トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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8月下旬 3

「――あ、あの……太刀川先輩、俺なんかが助手席で良かったんすか?」

 

「……うん? あぁ、別に、何かあった時に一番危険なのが助手席なんだよ……あ、違う違う。ほら? お前は……普通に人が着目しない部分に気付ける才があるだろ? それに期待してんだよ。頼むぞ」

 

「え……あ、久我谷、代わってもらってもいい?」

「頼りにされてんだから、頑張れよ」

 

 先輩は考え事をしている時に話し掛けられると、返答の質が著しく雑になる。漏れているのが本音かどうかは、その時々で異なるらしいが。

 

 これに関しても適当に選んだとのことだが、レンタルしたのは三列シートの広々としたオープンカー。区画内ではよくあることらしいが、メーカーなどは不明で、先輩も車自体に関心は薄いため、全く気にしていない。

 

 指示されて助手席に乗った円谷君以外は流れのままの席順で、右ハンドルで運転する先輩の後ろが速水さん、その隣に久我谷君、後部座席に私と佐藤さんが座っている。詰めれば一列に三人、合計で八人が悠々乗れる大きさだ。

 

「観光気分じゃ駄目なのは分かってるんだけど、こうしてるだけで気持ちいいね。私、オープンカーに乗るの人生初だから」

 

「そういえば、私も初めてになると思います」

 

 それに加えてこの眺めでは、気が緩むのも無理はない。

 

 設置されていたマップによれば、島はやや歪な楕円形で、東側の隅であるホテルやビーチ、ボート関連の施設を除けば、他は常夏の自然が広がっている。

 

 ただ実際に見てみると、道路はしっかりと舗装され、所々に人の手が入っているためか、以前訪れた無人島のような鬱蒼とした印象は感じられない。

 

「……」

 

 あり得ないとは思うが、もし高台からレイカさんに狙われたら、一巻の終わりだと考えられる。

 

 そのような険吞な仮定を思考から追い出すと、視界は変わらずに海を捉えながら、無人の道路を車が程よいスピードで走っていく。確かに、それだけで十分に非日常の体験と言えるだろう。

 

「車で回る分には、島全体の広さはそこまででもない、のか……」

「そうですね。それに正直、危険があるようには……」

 

「一年生はやっぱ真面目だな。多分だけど、危険な展開はないと思うから、とりあえずは観光するノリでいいと思うぞ。何かあっても、中原がいるし」

 

「お、俺も特訓の成果を見せますよっ」

「マジで? もしかして、切断が発生する確率が飛躍的に上昇したとか?」

 

「あ……すいません……そこは……現状維持です……」

 

 文句を言う前に会話が進んでしまったが、円谷君のエネルゲイアは、無生物限定という縛りはあるものの、40%の確率で繰り出した手刀に切断効果が付与される、強力な能力。

 

「あ、あの……そういえば、副会長に色々とアドバイスしてほしいって内容も、依頼に出して大丈夫なんですか?」

 

「お前迷惑だろ……」

 

「えっ? 別にいいけど、それなら依頼とかじゃなく、直接来てくれて構わんよ?」

「ほ、本当っすかっ」

 

 そういう言葉を軽々しく言うことが、自身の隙間時間を圧迫している事実に気付いていないのだろうか。とは言え、自分が口を出すことでもない。

 

「それより、外と連絡が取れなかったり、転移出来なかったりするのは、何かしら妨害している存在が島の中にいるってこと、なんですか?」

 

 話を逸らしつつ、考えていた疑問を口にする久我谷君。

 

「俺もその線で考えてる。夏休みも終盤だし、終わりたくないっていう学生の共通認識が作用している可能性もあるし、バカンスから抜け出せないっていうのも、同じようなベクトルで発生しているかもしれない」

 

「そういう、こともあるのか……」

「……」

 

 我々学生の思いが区画に反映されるという現象は、実際に認知されている事実ではある。頻度としては稀だが、それにより区画が出現する場合もあると聞いている。ただ、この区画がそれに該当するかは、まだ断定するのは早計かと思われる。

 

「島の輪郭をなぞるように道路を敷いてくれてるからマジでドライブにいいな。しかも、一周するのに1時間も掛からない感じだし、こんな謎トラブルが無かったらなぁ……」

 

「ですね……っ、あの、太刀川先輩、ずっと見えてる建物って、教会ですよね?」

 

 島の西側、ちょうどホテルとは真反対に位置する比較的大きな、そして唯一の建造物。煙突のように突き出た塔の頂点には十字架が見え、白を基調とした全体的な外観も含めて、教会でなければ何なのかと思ってしまう建物ではある。

 

「うん。まぁ、南の島と言ったら教会って話もあるし、一応行っとくか。ワンチャン、ボスが待ち構えてるかもしれん」

 

「えぇっ? あ、でも……ゲームだと教会ってそういう場所か……」

 

 浅はかな発言にも聞こえるが、円谷君の言っていることはこの学園において、そこまで誤った思考の方向性でもない。非常に不本意ではあるが。

 

 ただ、先輩の口振りからは、その可能性は低いというニュアンスが込められている。油断は禁物だが、この男の勘はその人格とは切り離してよい程に、信頼性が高い。

 

 

 20分程のドライブを経て、車は教会の駐車スペースへと到着する。詳しくはないが、おそらく一般的な規模のものだと思われ、シンプルな外観となっている。人気はないが、やはり警戒すべき後ろ向きな印象は感じられない。

 

「あ、あの、ありがとうございますっ」

「ん? 何が?」

 

「えっ? あ……た、太刀川先輩の運転する車に乗るのって……その、何というか……そ、そうですっ! 夢だったのでっ! 一つ、叶いましたっ」

 

「夢て……あぁでもそっか。結構前の夢ん中ではアオイちゃんには別口で苦労を掛けたっけ。確かに、色々あってもこっちは終始ドライブだったからなぁ……」

 

 以前の、麻月さんの意識内でのことが話題になっている様子。かなりハードな体験だったと聞いたが、佐藤さんも懐かしむように話へと加わっている。

 

「南の島……教会……南の島と言えば、教会、なの?」

「結婚式を挙げる方も多いと聞くので、連想内容としてはそこまで不適切ではないかと」

 

「へぇ……金持ちかぁ……」

「別にそれ限定じゃないだろ……」

 

 短い階段を上り、チャペルへと続く大きな扉を男子二人が開く。何の気配もないことは、場の全員が承知していることだろう。

 

「――――――」

 

「――なっ!?」

「――うおあぁぁぁぁっ!?」

 

 一足早く、前室から礼拝堂へ入った久我谷君は驚いて下がり、円谷君は叫びながら尻餅を着いて、そのまま高速で後退る。

 

 比較的質素な作りの室内は、左右に会衆席、最奥に小さな祭壇が設けられており、色彩豊かなステンドグラスが輝いている。だが、空間の中央には、それらの認識を後回しにする程の異常な光景が我々を出迎えていた。

 

 会衆席に挟まれるように、血だまりの上で仰向けに倒れている男性。眼鏡を掛けていたようだが、片耳からフレームが外れてずり落ち、苦悶で歪んだ表情は顔半分が血で染まっている。

 

「――あーちょっと……アオイちゃんと佐藤さんはここで待ってて」

 

 隣まで来た先輩が、素早く振り返って女子二人を前室に留める。確かに、進んで目にするべきものではない。

 

「…………先輩」

「あぁ、っていうか、円谷はこういうの慣れてるんじゃなかったっけ?」

 

「あ……あ……っ!? い、あの……こんな、死たっ――いえ……うっ――」

 

 両手を押さえ、ギリギリの所で嘔吐を踏み止まった様子の円谷君。ただ、ある意味で正常な反応と言えるだろう。

 

「うーん……うん? ドゥー、ノット……アタ? 最後の何?」

「おそらくアタック――攻撃しないでくれ、という意味ではないかと思われます」

 

 男性の左手人差し指から伸びる模様のような血痕、一般的にはダイイングメッセージと呼ばれる文字列は、確かに最後の単語が汚くてよく分からない。

 

 

「誰対策だよ……ハァ……おいっ、飯島。もういいから起きろ。後輩が一人吐きかけたんだから、十分満足だろ?」

 

 

「……」

 

 確かに、先輩が不在であったら何かしらの攻撃を仕掛けてしまう可能性もあったかもしれない。とにかく自分には、その行動の意図が全く掴めなかった。

 

 

「ぁ、あぁ……血が固まって気持ち悪い……いやぁ思ったより早かった……のかはわからない。今何時?」

 

 

 全身血塗れのまま平然と立ち上がり、眼鏡を掛け直す飯島先輩。

 

 身長は先輩と同じかやや低く、その細身な身体とやや長い頭髪から、少し不健康な雰囲気が感じられるが、今はとにかく全身を濡らす血に意識が引っ張られてしまう。ちなみに、同じ庶務である八重樫先輩の恋人である。

 

「2時過ぎ。で、何かわかったことがあるなら共有したいんだけど?」

 

 質問を受けても緩慢な動作を崩さない飯島先輩は、会衆席の下に隠していたらしい麦わら帽子を被る。今更なことだが、上は久我谷君、円谷君と同じアロハシャツ。先輩は見慣れたTシャツ姿だが、これこそが、当区画での男子のドレスコードなのかもしれない。

 

「先輩、その前に、後ろの四人に最低限情報共有すべきかと思われます」

「あ……皆は初めましてか」

 

 佐藤さんと速水さんは待機、男子二人は未だ驚愕の中にいる。

 

「後ろの人は一年生? 学生会庶務二年の飯島です。よろしくお願いします」

「いや先に血を何とかしろって……」

 

 言うまでもなく、青地のシャツはその大半が赤黒い。

 

「そんなことを言われても、コレはニワトリの血だからね。どうにもならないよ」

「ニワトリて……」

 

 比較的早く立ち直った久我谷君、意外と問題なかった女子二人はスムーズに自己紹介を済ませるが、円谷君はまだ直視できない様子。

 

「あの、飯島先輩。ここで何をされていたのですか?」

 

 一向に尋ねようとしない先輩に痺れを切らし、質問を投じる。

 

「そう聞かれてしまうと少々困るよ。具体的に言えば、何もしてはいなかったからねぇ」

「えっ? じゃあ、何で血塗れで倒れていたんですか?」

 

 速水さんの口から漏れたのは、当然の疑問。

 

「そうだねぇ、強いて言えば、隙間を埋める作業に似ている。速水さんと言ったかな。君は、数分から数十分の隙間時間が生まれた時、何をして過ごすのかな?」

 

「す、隙間、時間……えっと、本を、読んだりします」

「うんっ、つまりはそういうことだよ」

 

「い、飯島先輩にとってのそれが、ニワトリの血を被って倒れてること、なんですか?」

 

 その意図を汲み取ろうと、久我谷君が質問を重ねる。

 

「そう。この学園でさえ、常に衝動のままには生きられない雁字搦めの世界だからね」

「……」

 

 とにかく、この話題が早く終わってほしい。

 

「あの、太刀川先輩。よく、わからないんですけど……」

 

 この中では最も鷹揚だと思われる佐藤さんが、困り顔で先輩に助け船を求める。

 

「いやいや。理解する必要もないし意味もないから。飯島は彼女の八重樫と待ち合わせで先にここにいたんだけど、連絡脱出不可な時点でその内俺と中原が来るってわかってたんだよ。で、調べられる範囲で調べて、ここで暇を潰してたって話。中原に命乞いの一文も添えて」

 

「そ、そう、だったんですか……」

 

 最後の解説だけは余計だったが。

 

「さて……ほんの少しだけすえた臭いがしてきたなぁ……」

 

「「「「――――っ!?」」」」

 

 そう言いながら、飯島先輩はおもむろに空の輸血パックを取り出しその蓋を開くと、床の血だまりも含めて場にある全ての血液が数秒も掛からずに吸い込まれ、収まる。当然、初見である一年生四人は、再び身を震わせて驚愕する。

 

「だからお前能力で遊ぶなって……彼女にチクるぞ」

「こんな些末なことを告発されても、大した仕置きは期待できない……」

 

「後輩いるんだから自重しようぜ……」

「……飯島先輩のエネルゲイアは、自身以外の血液も操れるのですか?」

 

「そんな器用なことは不可能だ。もしかして中原さん、本当にコレがニワトリの血だと思ったのかい? それこそ、ニワトリに悪いじゃないか」

 

「っ……」

 

 八重樫先輩には制裁を許されてはいるが、どうしたものか。

 

「っていうかお前、俺らは別にだけど、教会でこんな悪ふざけして、場合によっては真面目な問題に発展しかねんぞ」

 

「一理ある。そこは、その時々におけるリビドーとの対話だよ」

 

「まぁ俺はもう知らん。で、この建物内って、何かあった?」

「何も」

 

 二年二人はそのまま教会から出る。一体我々は何をするためにここを訪れたのだろう。

 

「ここから見えるほぼ全域を血で調べた所、生体反応はなし。海も、食用の魚しか存在しない。区画がレジャーのための空間であることを強調する情報だと仮定される。後、最西端には岩場がある」

 

「岩場……そういえば、車で通った所は全部砂浜だったかもしれん」

 

「そう、ですね。不自然な位、何処からでも遊泳出来そうでした。逆に、島に岩場が存在するのは、むしろ自然なことのように思いますけど、何か意味があるんですか?」

 

「それは僕には見当も付かないことだ。その様子だと、ホテルで児玉さんとは会っていない?」

「ないな。何か言ってた?」

 

 何故か自然な流れで車に戻ると、どうやら飯島先輩が運転する様子。この学園の二年男子は、皆乗用車の運転技術を備えているのだろうか。先輩は円谷君に優しく声を掛け、自ら助手席に腰を下ろす。

 

 円谷君を気遣う速水さんと佐藤さんが三列目に座り、私は飯島先輩との対角線を避けて運転席の後方を選択した。車はスムーズに発進し、ホテルの方へと引き返す。

 

「児玉さん曰く、あからさまで特徴的な情報があるから、ギミックがあるならそれが本命だと胸を張っていたよ」

 

「いやいや、胸を張ってたは盛り過ぎだって……あの人絶対、部屋で一人の時以外は一生ローテンションキープだろ」

 

「――先輩。最初から飯島先輩が教会にいることを予測していたのですか?」

 

 そう考えなければ違和感しかない程に、引き返すのが早過ぎる。

 

「ん…………えっ? いやいや。言ってただろ? どうした中原、昼飯食い過ぎ、もしくは寝不足か?」

 

「いえ、確実に聞いていません。他のメンバーも同様のはずです」

 

 察するに、車をレンタルして駐車スペースへ向かうまでの間、考えただけで勝手に話したつもりになっていたのだろう。時折見られるパターンでもある。

 

「何か、ちょっとだけ、考え事をしているようには見えました」

「考え事……あ、そういえば、立体駐車場の時も、そんなことがあった気がします」

 

 言った言わないの水掛け論程不毛な言い争いはないと聞く。今後は客観的な証拠を確保するべきなのかもしれない。

 

「なるほど……で、中原は俺がここでゴネ倒したら今後音声を絶えず録音しますとか言い出したりする?」

 

「……内心で検討はしていました」

「マジでか……いや、ゴメン。気を付けます」

 

「はい。後二度同じ現象が確認されたら、再度検討します」

 

「審判は下されたか。となると……困るよ副会長。キミが事前に伝えておいてさえいれば、中原さんから殺気を向けられることもなかったというのに……とは言え、それについては僕も、二律背反な思いを抱えてはいるのだが……」

 

「……」

 

 それはまた別の話だと思うのだが。

 

「それはまた別個の話だろ……しかもお前、ちょいちょい中原にチャレンジングな言動取るの止めろって……いつか事故に遭うぞ」

 

「分かっている……分かっているさ……ただ、キミの言葉で言えば浪漫だ。中原さんの苛烈極まる暴力に、僕のMはどうにも焦がれてしまう……忘れているようだが、僕はキミに心から嫉妬している。それをゆめゆめ忘れないことだ」

 

「変な裏切りフラグはともかく、後部座席に後輩が座ってんだからマジで抑えろ。八重樫が素ギレするぞ……」

 

「っ……学生会は、庶務であっても、やっぱり俺にはかなりハードルが高いな……」

「いえ、それは誤解です……」

 

 小林先輩調べの、隙あらば学生会に入れたい人リスト上位である久我谷君の入会が、確かに遠のいたことをここに確認した。

 

「で、児玉さんはホテルの何処に?」

「サウナ、軽食、足つぼマッサージをヘビーローテーションすると豪語していた」

 

 常人が実行すれば、何処かしらの機能不全を起こしそうな繰り返しではある。

 

「だから豪語はしねぇって……となると、二周目入ってすぐにカチ合うと、女性陣に聞き取りを任せる展開になるな……」

 

「サウナかぁ……いつか……忘れたが、中之島君、萌木乃君と四人で行った記憶が淡く残っているかもしれない」

 

「それ多分一年位前だよな。となると久しぶりだなぁ。あれ? 久我谷君と円谷って、サウナ平気系? あぁでも、円谷は無理か……」

 

「あーいや、もう全然平気です。速水さんから貰ったプチトマトのおかげっす」

「お、俺は、経験ないですけど、普通に興味あります」

 

「マジか。アオイちゃんナイス。じゃあ――」

「――いえ、私達が話を聞きに行く展開になったとしても、男子四人がサウナに入る必要はありません」

 

「ぅっ……おぉ……背中に響く、漆黒の、圧っ……」

 

 

 そんな、無為な会話を重ねていると、往路よりもスピードを上げた車は、20分も掛からずにホテルの駐車スペースへと戻ってきたのであった。

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