トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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8月下旬 5

「――お、とこ……橋口先輩が……男……んな馬鹿な……」

 

「あり得ない現象にも、ある程度は慣れてきたつもりだった……何が起きても驚くことじゃない。そう言い聞かせていたはずなのに……」

 

 真相を知った男子二人のショックはやはり大きかった。逆に、佐藤さんと速水さんは只々安堵している様子。

 

「じゃ、通過儀礼も済んだってことで、タモっちゃんも満足?」

「よきかな。普段から一年生と関わりを避けてる成果ってヤツやねぇ」

 

「……」

 

 そして当然の如く、この男も全てを知った上で合わせて立ち回っていたことは言うまでもない。この類の茶番に対する熱量については、改めて呆れる他ない。

 

「そんでもって、別にここまでの経緯はフワッとでよくて、これから何するのかだけ詳しくお願い」

 

「あー、何処で話が止まってたんだっけ?」

「っ……大潮の時刻について、かと」

 

「そういえばそんな話をしていたねぇ。確か、間の悪い副会長にしては悪くないタイミングだとか。つまりはもうまもなく、もしくは近い時刻なのだろう?」

 

「そういうこと。予定時刻は3時過ぎだから、今から向かえばちょうどいいかも」

 

「大潮? あぁ、正確には午後3時4分だったよ。向かうってのは、島の反対側とか?」

「正解。ってことで、早速向かおう。児玉さん、ありがと」

 

「うん。お礼は言葉でも気持ちでも態度でもなく、結果でお願い」

「まぁ、多分大丈夫っしょ……」

 

 さすがに忘れないだろうが、もしもの時はしっかりと証言しようと思う。

 

 先程飯島先輩が言っていた通り、我々は行って戻ってまた行く形で再度教会を目指す。まさかとは思ったが、運転席には橋口先輩が座る。助手席は変わらず先輩、後部座席は自然と男女に分かれ、男子三人が後方へ。

 

 そして、乗車回数とスピードが比例しているかのように、車は勢い良く走り出す。ただ、これについては全員が慣れている感覚ではある。

 

「――あの、この学園に一年通うと、自然と車の運転技術が身に付くのでしょうか?」

 

 この場の三人以外でも、レイカさんと稀崎先輩は運転が出来ると聞いている。サンプル数はまだまだ少ないのかもしれないが、運転が可能な上級生が多数派であることは間違いない。尚、レイカさんについては、たとえジャンボジェットであっても運転できそうではある。

 

 

「えっ? いや、普通に出来る方が少数派だろ。まぁ知らんけど」

「多分そうじゃない。ウチらが運転できんのは、遊んでたからだし」

 

「今振り返ってみれば、何故あのような無意味でしかない遊戯が流行したんだろうねぇ」

 

「それって、今の二年生の間で、車を運転して遊ぶのが流行ったってこと、なのか……」

 

「遊戯っていうのは、その、何か競技のようなことをしていたんですか?」

 

 佐藤さんの疑問は、おそらく一年生の総意であろう。

 

「えっとねぇ、今はもうほとんどの人は行かないんだけど『林道区画』ってトコがあって、要はずっと直線が続く道があるんよ。気持ちのイイ風の吹くトコで、途中にお団子屋さんなんかもあって、ウチは今でも結構好きかな」

 

「で、そこに二台のバンをべた踏みで並走させて、ドアも窓も全開にして互いに水風船をぶつけ合うっていうのが一週間位流行ったんだよ。何か、二日目には皆慣れてきて、車の方もガンガンぶつけ合ってたよな?」

 

「僕はぶつけられる方の専門だったが、あれも若気の至りと言ってよいのだろうか。仲間内では、中之島君以外は全員参加だったかもしれないねぇ」

 

「……」

 

 軽く想像するに、かなり品位に欠ける悪ふざけであると考えられる。

 

「いやぁ……でもそれ普通に面白そうじゃね?」

「まぁ……そうかもな」

 

 場面上、積極的に否定できない様子の久我谷君。

 

「でもやっぱり、皆さん一週間で飽きちゃったんですね?」

 

 やはり、速水さんもあまり好みではなさそうに見える。

 

「そうだねぇ。きっと遠からず飽きていたんだろうが、その前に強制終了させられたと言った方が適切なんだろう」

 

「えっ? 強制終了、ですか?」

 

「まぁ……平たく言えば、レイカとヒカリにバレてキレられたんだよ。やってたのもド深夜だったし」

 

「あの時はホントにびっくりしたよねぇ。シンと萌木乃君が気付かなかったら、皆仲良くリスポーンだったはずだし。ああいうのを襲撃って言うんだよね?」

 

「その言葉を我が身で体験させられるとは、世もまた奥床しい……いやぁ、今でも僕は、何が起こったのか全く理解していないよ。ただ、瞬時に副会長を売る判断が間違っていなかったのは、歴史が証明してくれたようだ」

 

「何でだよ……まぁ、そうしなかったら間違いなく死者が出てたし、英断とは言えるのか……」

 

「っ……先輩は、レイカさんと欧陽先輩の追撃を受けて、命を落とさなかったのですか?」

 

「壮絶な質問だな……」

 

 久我谷君の言葉も尤もだが、気になるのも事実だった。ちなみに、欧陽先輩の存在は一年生には破壊神という二つ名で語られており、誰もが畏怖を抱いている。

 

「そりゃもう必死だったよ……ただ、ほら、土曜日だったし……とにかく拝み倒した」

「なるほど……」

 

 何となく想像は付くが、それにしても先輩の悪運の強さはやはり常軌を逸しているのではと思い直す。

 

「土曜日? あ、教会って、アレ……しかねぇやな。で、何か……」

「光っ、てる?」

 

 日中であるため、少々分かりにくいが、その形をなぞるように扉が薄っすらと光を放っているように見える。

 

「現在3時10分です」

「やっぱり、満潮だからってこと、だよね?」

 

「さっき来た時は何もなかったし、そう考えるのが自然、なのかな」

「うーん……回り込むのダルいから、普段通り道なき道を行く?」

 

「いや、借り物だから止めとこう」

 

 大きく左へ切ろうとしたハンドルを助手席の先輩がやんわりと押さえる。おそらく、我々一年がいなければ制止することはなかったと推測される。

 

「りょ」

 

 直接の関わりは少ないが、やはり橋口先輩も常識人枠には収まらない。分かっていたことではあるが。

 

 程なく、車は再び教会の駐車スペースへ。比較対象が生まれたことで、先輩が一応気を遣って運転してくれていたことに気付く。とは言っても、少々の揺れを気にするような身体の繊細さは、この場の誰もが失った感覚ではあるだろう。

 

「そういやだけど、ここも緊急発生した区画になる感じ?」

 

「ふーむ。扱いは通常の区画のはずなのだがねぇ……考えてみれば、このケースは初めてなのかもしれない」

 

「特殊指定区画でも、危険区画でもなくこんな現象が起きるのは間違いなく初。そもそもは期間限定のサービス区画の扱いだったんだけど……とにかく、自分のいる代での初物は勘弁してほしい」

 

「ってこたぁ、例の理事長先生が絡むってヤツ? ロリなんだよね?」

 

「あぁ、ロリだね。紛うことなき、ね」

 

「お前が言うと犯罪の香りが漂うな……」

 

「橋口先輩は、理事長と面識はない、のですか?」

 

「そりゃないよ。学生会に入ってても大半は直に会わないって聞いたし、飯島だってないっしょ?」

 

「僕はあるよぉ。軽く踏んでもらったこともある」

 

「もう止めろって……何も知らずに踏んでしまった理事長は、心に深い傷を負ったんだから……」

 

 とにかく、車を降りた我々は教会の入口へと足を向ける。ここまで近付くと、扉は明らかに光を放っているのがわかる。

 

「何か、光の感じが完全にポータルやね」

「だな。これは、もしかしたらな展開かもしれん」

 

 全く緊迫感のないやり取りのまま、先輩は無警戒に扉を開き、中へ足を踏み入れる。どうやら、光っていたのは扉ではなく前室の先、礼拝堂の中だと思われる。

 

「おぉ、マジでポータルだ」

「それも天啓のように、ちょうど僕が倒れていた辺りだね」

 

「何の話やねん」

 

 天啓ではないと信じたいが、確かに飯島先輩が血塗れで横たわっていた地点を中心に、小規模なポータルが出現していることは間違いない。

 

 自分としては意外な展開ではあったが、二年生組に驚いた様子は見受けられない。

 

「これはもう協力者特権だな。クジ引きアプリを起動……では、学生会に属していない一年諸君、好きな色をタップして」

 

 先輩の唐突な奇行については、もう気にしないことにしているが、そうではない四人は面食らいながらもそれぞれ先輩のスマートフォンを順番にタップしていく。

 

「では…………はいっ、青の人っ」

「あ、私……です……」

 

 当選したようだが、不安気な佐藤さん。

 

「じゃあ、転移アプリを起動して、解放する、みたいな表示をタップして」

「えっ? あ、はい…………あ、本当に……っ」

 

 佐藤さんがスマートフォンを操作すると、目の前のポータルの光が収まる。そして今更だが、ポータルが出現するのと入れ替わるように、並べられていた会衆席が無くなっていた。

 

「……えっ? あれ? 5万ポイント、入ってるんですけど?」

 

「うん? あーそれ、特典だよ。危険区画とかでたまにあるヤツ」

 

 知らなかったことが意外であるような、そんな表情を浮かべる橋口先輩。

 

「そんなシステムが……」

「あ……あのクジ引きって、そんな重い選択だったのかよ……」

 

「いえ、あの……コレ、私が貰っちゃってイイ、んですか?」

 

「イイ、というよりは、ポイントの譲渡が不可能な以上、そのポイントは既に佐藤さんの物で確定しているよ。何より、クジに選ばれたのだから、気にすることはない」

 

「あ、協力者ポイントは別で挙げとくから、そこら辺は安心して」

 

「っ……何か、太刀川先輩と関わるとイイことしか起きない気がするんだけど……」

「佐藤さんは、稀有な例かと思われます」

 

 誰しもがそうではないということを、強く伝えたい所ではある。

 

「でででっとぉ……危険区画なら、ボスエリアにご案内なゲーム展開?」

「僕はその辺りには疎いのだが、そうなのかい?」

 

「危険区画なら大抵そう。まぁいずれにせよ、区画内の別エリアへの転移が解放されたのは間違いない」

 

「つまり、この先には危険が待っていると考えた方がよい、ということですね」

 

 自分が深部まで経験している危険区画は、先月の『海底神殿区画』のみだが、それを加味すれば十分な警戒が必須なように思われる。

 

「迷惑係コンビに……一年の子はどんぐらい強いん?」

「いえ、俺達は足手纏いになると思います」

 

「あれ? キミ強そうやん」

「っ……そんなことは……」

 

 橋口先輩の推量通り、久我谷君は少なくとも、一年生の中では上位に位置する使い手だと考えられる。

 

「久我谷は強いっすけど……あ、二人も実は超強い、とか?」

 

「私は絶対に雑魚っ」

「わ、私も、残念ながら、足を引っ張ってしまうと思います……」

 

 胸を張る佐藤さんと縮こまる速水さん。発言の意味は同じでも、その様子は対照的な二人だった。

 

「僕も、暴力は受ける専門であるが故に、同行はここまでだね」

 

 そしてブレるはずもない飯島先輩。多少無理を押してでも、八重樫先輩に同行を頼むべきだったかもしれない。先輩はそう考えなかったのだろうか。

 

「……児玉さんを攫う、か」

「素ギレする確率100パーやけど?」

 

 それについては自分も同意見だ。

 

「だよなぁ……とは言え、未知の危険が考えられる所に中原以外の一年生を連れていくのはさすがに……か。タモっちゃん、そのクーラーボックス、武装のティアは?」

 

「食べたいのもあるから……それを除くと、2かな」

 

「クーラーボックス……あの、魚だけではなく、武器も入ってるんですか?」

「えっ? 一緒に入れてイイもの、なの……」

 

 至極当然の疑問が口をつく女子二人。

 

「触れた魚を武器とか諸々に変えるって能力。さっきスペシャルコースを止めたのも正体はこの中にあったお魚だよ」

 

「さ、魚が……武器に……」

「ホントに何でもアリだよな、エネルゲイア……」

 

 何でもアリと言えば久我谷君の方とも思えるし、円谷君のエネルゲイアにしても、間違いなく個性的ではある。

 

「ぶ、武器って、例えばどんなのなんすか?」

 

「基本、見てのお楽しみをモットーにしてるからネタバレは控えるけど、シャチに触ればシンと中原ちゃんよりも火力出る感じ」

 

「いやいや、シャチはヤバいってマジで……」

 

 この声のトーンは欧陽先輩相当であると推測される。おそらく、本当に凄まじいことになる火力を備えているのだろう。

 

「とりあえずいつも通り、ヤバかったら即離脱方式を採用しよう。まぁ、ポータルの先から戻れないはさすがにないだろうし、そもそもこの三人で無理だったら危険区画レベルの備えが必須って話になる」

 

 実際、先月の件は月見里先輩がいたことで攻略できたようなものであるため、先輩の言葉はある程度適切かと思われる。

 

「――あ、あのっ! 太刀川先輩っ、無理な時に引き返せるのなら、私も同行させてもらえないでしょうかっ?」

 

 決意の眼差しでそう志願する速水さん。それを受け、若干意外そうな先輩二人。飯島先輩は既に、前室まで引き返している。

 

「あ、あのっ、俺も、お願いしますっ! 久我谷も、来るだろっ?」

「っ……お前が行くなら、行くよ」

 

「へぇ? やっぱ一年生ってイイ子が多いんやね」

 

「この四人は特にって話だけど……なら、佐藤さんは飯島と戻って待っててもらう感じで大丈夫?」

 

「あ、はいっ。その、後から援軍? みたいな形で来る人達も、いるんですか?」

 

「うーんどうだろ。今日中に片付かなかったら誰かしら来てくれそうだけど……もしホテルで出くわしたら、事情を説明してくれると助かる」

 

「了解しましたっ」

 

 二言、三言を添えて、指針は決した様子。

 

 車に戻るペアに若干の不安も覚えたが、佐藤さんからは以前、他者の性癖を否定するのは良くない、という主旨の発言が聞かれていることも含め、問題ないと思っておく。

 

 そして、来るものは拒まず、去るものは一旦追う構えの先輩は、彼らの意思を尊重するという立場を取ってはいるが、内心ではパーティメンバーが増えたことを喜んでいるのだろう。

 

「――おっ、仕様はやっぱ同じ、か……まぁ車置きっぱも悪いし、良しとしよう」

「っ……確かに、このポータルからホテルまで転移できるようですね」

 

「その下が、ハテナ、マーク? ここに行くん、ですよね?」

 

「『ピラミッド区画』の時は『深部』とかだったけど、こういう伏せ字なパターンもあんだね」

「また懐かしいの来たな」

 

 思い出を振り返るような二人だが、確実に生易しい記憶ではないのだろう。

 

「ぴ、ピラミッド……ちなみに、どんなトコだったんすか?」

 

「んー、やたら堅いミイラとか、一生落ちる床とか、落石とか鉄球とか炎とか毒矢とか、触れたら死ぬ呪いとか、そんなん」

 

「……マジで危険……」

 

「てことで、三人は基本下がり目、いのちをだいじにって感じで頼む」

 

「「分かりました」」

 

 青ざめている円谷君は置き去りに、二人は声を合わせる。

 

 高速で同行者設定を完了させ、各員へ確認を取った先輩は、スマートフォンに親指を這わせる。

 

「―――――――」

 

 普段体験している転移と同様の現象。ポータルという基準点があるため、もう今では通常の交通機関と同じような感覚になってしまっている。

 

 

 次の瞬間、視界の先には陽光に包まれた巨大な滝。その中央はやや突き出た岩肌が剝き出しになっており、二又に分かれて落ちる大量の水が、一本の道を形成しているようにも見える。そしてどうやら、ポータルの一歩先からは足首まで隠れる程度の静かな水面となっている。

 

「――もっと閉鎖的なトコをイメージしてたけど……まぁサンダルの本領発揮か……おっ?」

「っ……」

 

 先輩が先頭で水面に足を入れたと同時、前方15メートル程に音も無く異形が姿を現す。

 

 

「っ、ゴーレム……」

 

 

 それは無数の岩を連ねて人型を形成したような、確かに久我谷君の漏らした単語が適切だと思われる特徴を備えていた。その全長は、優に20メートルを超える。その推定により、奥の滝は高さ50メートル程だと思われる。

 

「タイムタイムタイム。こちらに敵意はな――っと、せぃっ!」

「――っ!?」

 

 腕を振り上げる相手の動作を確認した先輩は、両手を挙げての無抵抗ポーズを即座に解除、一足飛びで肉薄し、滝の真ん中目掛けて異形を吹き飛ばす。その岩と岩が高速でぶつかる衝撃はポータルにいる我々にもしっかりと伝わり、後方の円谷君が尻餅を着く。

 

「撃ちまーす」

「――――っ!?」

 

 こちらの状況判断を許さない追撃。

 

 いつの間にか右膝を着いてロケット砲のような何かを構えていた橋口先輩。宣言通りに撃ち出されたのはやはり、ロケット弾にしか見えない。

 

 歩兵武装の最大火力とも言われる一撃が、岩肌に減り込む異形の頭部に命中。そして通常の兵器を圧倒的に凌駕した爆発により、視界一面は暫し、眩い光に覆われた。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………すすっ、凄い……」

 

 唇を震わせながら、短い一言を吐き出す速水さん。私自身、感想は概ね同じだった。

 

 例によって、どういった物理現象なのかは不明だが、煙の晴れた視界には異形の姿は跡形もなく、それなのに岩肌にはあまり損傷が見られない。

 

「――えっ? 今の、もしかして鯛?」

「……」

 

 ハッと振り返った男の質問も、例によってふざけたものだった。

 

「そだけど。あ……真鯛大好きっ子か。後2匹おるから、安心せぃ」

 

「よし、これ以上のロケランは控えよう」

「へーい」

 

 気の抜けた返事で肩にクーラーボックスを掛け、欠伸を漏らしながら水面を歩いていく、女性用の水着を纏った可憐な少年。

 

 

「……レベチ過ぎんだけど……」

「そりゃそうだろ……」

 

 現状において、この戦力で行き詰る展開を、私は想像できなかった。

 

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