今振り返れば、何の山場もなく瞬殺したのは、所謂ゲートキーパーと呼ばれる存在だったのではなかろうか。そしてゲームに例えれば、裏技を用いてストーリーを不当にショートカットしたような進捗なのかもしれない。
「――うん? 何か、ボーっとしてる?」
「いえ、この学園では、常に想像を裏切る展開があることを失念していました」
「何の話だよ……」
それが戦力的な理由でなくとも、行き詰りは行き詰り。
我々は既に20分程、巨大な滝の前で足止めされている。
「――やっぱ駄目やね。てか、ここって完全に危険区画じゃね? 身体能力制限まであるとか、全然『リゾート区画』じゃねーし。あ、暴力抑制って意味ではリゾートなのかも」
「――太刀川先輩、やっぱり左側も、ずっと行くと真っ白な空間になってるみたいです」
「まぁ、右がそうなら左も、だよなぁ……安定の手抜き空間。ここら辺も、危険区画っぽい性質を感じるっちゃ感じる」
「……」
ポータルを中心とすると前方40メートル程で滝にぶつかる。一気に深くなる遠浅の海のように、滝壺の周り以外は足首が隠れる程の水面が続いている。
右へ2キロ程進むと、先程速水さんも言っていた何もない白の空間で不自然に場が区切られ、その先は延々と不毛な地面だけが続いているらしい。私は初めて目にしたが、危険区画においてはそれなりに見られるとのこと。
「――後ろも同じです」
「凄ぇ空間だ……マジで……何であの白いトコには水が流れてねぇんだ……」
そして今し方、左、もしくは後方へ進んでも同様であることが確認された。
加えて、先程まで滝の上へ登ろうと前衛の三人で試みていたが、それもたった今中断した。
「まとめると、周囲は何もなしで、多分滝の上へ進むんだろうけど、登れないし跳べない。ギミックとしては、最初の岩石さんも含めて、一見何がしたいのかわからんな」
「ワンチャン、身体能力制限に引っ掛かってない一年生三人が気合で跳ぶっていう説は?」
「可能なら前代未聞の裏技になるけど、無理だからこそ制限が掛かってない訳だし、素直に従った方がいいっぽいな」
ゲートキーパーを一瞬で屠った輩の言い分ではないが、これについては同意ではある。
「ならやっぱり、さっきの岩石君は倒しちゃいけない系だったんじゃん?」
「最有力はそれだよなぁ……リポップすんのかな」
「……するとしても、最短で数時間は掛かるかと」
倒してはならないフィールドモンスター、オブジェクトを誤って倒してしまう。常日頃の依頼でも、比較的よくある足止めのパターンではある。
「っ……マズいな。俺明日、サボっちゃいけない系の会議なんだけど……」
「さすが副会長。多忙やねぇ」
何故か掴まることができないツルツルの岩肌に触れながら、完全なる他人事の橋口先輩。
「先輩、まだ知恵とやらを絞りますか?」
「何だその嫌な言い回しはっ」
時折、限定的に透けて見える先輩の考え。
「えっとぉ、何か、方法があるんすか?」
「まぁ……最終手段だな。名付けてっ、中原飛行大作戦だ」
「……」
もし実行に移すなら、作戦名の変更を求めたい。
「中原、飛べるのか?」
「えっ? でも、普段は飛べないって……」
そういえば、速水さんには会話の流れで話していたが、説明するには先輩のエネルゲイアにも話が及ぶため、、条件が必要とだけ付け加えておいたことを思い出す。
「現状、条件は満たしています。ただ、一応内密にしていただいてもいいでしょうか?」
「あ、うん。わかった」
「なら、少し離れておくよ。ほらっ」
「お、おぅ。でも、中原さんのエネルゲイアって……あぁ、だから内密か……」
気を遣ってくれた速水さんと男子二人は、一旦ポータルの方へ戻っていく。そこまで求めるつもりはなかったが、既存の情報との矛盾もあるため、ここはありがたく思っておく。
「あ、初耳。中原ちゃんの能力って、秘密にしとくヤツだったんか」
「あれ? タモっちゃん、もしかして知らない?」
「いやだって。ウチ、中原ちゃんのメッセすら知らんよ? ってことで、パパっと」
「っ、はい」
流れに従い、唐突にIDを交換する。
「もしかして、お互い避け合ってた?」
「んな訳……偶然っしょ」
橋口先輩はそう言うが、こちらとしては思い当たる要因があった。
「結果的にではありますが、学生会を除いた出会いはほぼ依頼を通じてのため、橋口先輩とは場を同じくする機会がほとんどありませんでした」
「えっ? 何でだろ……」
「……基本ツーマンセルですが、効率のため、稀に別行動を取ることがあります。後から見ると、その時間帯における協力者ポイント申請の欄に、橋口先輩の名前を見るのは常であったように記憶しています。先輩に、その自覚はないのかもしれませんが」
「ほぅ……何だかそれだと、俺が原因みたいに聞こえてしまうな」
「いえ、はっきりそうだと言及したつもりなのですが」
「がっつりおめぇのせいやん」
何故この男は、投了すべき所で一手駒を動かしたがるのだろう。往生際が悪い、という言葉の典型例として取り上げてほしい。
「まぁでも、実際二人共、単体火力高め且つバランスタイプだから、中原が抜けて誰かってなると、筆頭がタモっちゃんになる事実は否めないな」
「ま、代わりでピックされてんのは知ってたけど」
つまり、二人共自覚していたと見ていいだろう。隙あらばとぼけてふざけるのは、この一派の悪しき習慣なのかもしれない。勝手にそう解釈しておく。ただ自分としては、橋口先輩と自分に重なる部分を見出せないのだが。
待機させている三人に申し訳ないということで、さすがに本筋へ会話を戻し、橋口先輩にはエネルゲイアについて伝えておく。今後を考えると、そうするべきだと思えた。
「――強化と見せ掛けて変容、かぁ……上位互換っぽいし、イイんじゃん?」
「俺もまぁそう思うんだけど、本人的にはそうでもないらしい」
これだけ一緒に行動していれば露見してても不思議ではないか。これについては、先輩の言う通りではある。話を広げるかどうか、多少迷ったものの、ポータルの方では談笑している様子が見られたのを都合よく捉えておく。
「先月末、また明らかな練度の上昇を自覚したのですが、どうやら、向上はその分の身体能力強化のみで、エネルゲイアとしての強化は、既に頭打ちとなっているようです。なので、遺憾ながら、強化は変容の一部に過ぎず、エネルゲイアの本質ではないことが確定しました」
「飛べたりするなら、変容のがイイっぽいけど、そこは価値観かぁ……集中って部分も、発動条件がある意味でエグいね。絶対使いこなせない自信がある」
「それは俺もだわ。まぁ俺的には、青天井でフィジカル上がられてボコされる将来が消えたから悪い話ではないな」
「つまり、私にとっては悪い話ということです」
「いやごめんて……」
本音でないことは分かっているが、こちらも既に睨むのが癖になってしまっている。
「――では、一つおまけして4個献上するから、張り切ってどうぞっ」
「っ……了解しました」
どうやら、要求する手間が省けた。一瞬切りよく5個を交渉しようという考えが過ぎるも、自重しておくこととし、羊羹を受け取る。さすがにどうかという思いから、ポータルからは背を向けて包装を裂く。
「ワシにも1個くれっ」
「そうすると雪崩式に後3個追加するという流れ一本が透けて見えるから、また今度にしよ」
言葉を返しながら、先輩はこちらへ通話。通信を繋いだ状態で上空を偵察するということだろう。
「お前……よく一気に3個も食えるな……必要数は2なのに」
「っ…………正直な話、比喩ではなく何個でも問題ないと思われます」
「とりあえず聞かなかったことにしておく」
集中が高まる感覚と共に、また新たな気付きを得た部分もあるが、戦闘に活かせる余地もないため、ここは先輩に倣って一旦保留させておく。
『んではっ、滝の上までレッツっ』
スマートフォンを掠め取った橋口先輩が通信役を務める様子。それなりにどうでもよい。
「――――」
少しだけ、五感が鈍麻する。それと共に、感じる時間の速さもやや曖昧になり、気持ちゆったりと流れ始める。
『凄っ、ガチで浮いてるっ』
まだわざわざ通話する距離でもなく、驚く声が二重に耳へと届くが、刺激は最小限の反応を経てすぐ消える。分かってはいたが、やはり戦闘に活かすには心許ない操作性であり、このような偵察用途が適切か。
それでも、神殿の封印を解いた際に比べれば大分安定した飛行により、落ちる水とは反対方向へと上昇していく。多少もどかしい。
『それで、全速力?』
「……はい」
『うん? お眠?』
「……いえ。この状態だと、身体の感覚がやや鈍くなるようです。おそらく、練度の問題かと」
確信はないが、この効果は甘味により一時的に集中が引き上げられたものであり、特に異常な感覚はないものの、ある意味で薬物投与による限界の突破に近いと考えられる。
手から離れた風船のように高度を上げた私の身体は、数十秒か、もしくは数分掛けて、滝の背をやっと追い越す。
「……」
それは、例えるならハリボテ。
滝の上は、何もない白の空間だった。つまり、下のポータルから左右後ろへ進んだ先と同様と言い切れる。そして、着地した白い地面のすぐ先には、淡く光を放つポータルが確認できる。
「上は白い空間で、すぐ近くにポータルがありますが、その先に何があるかは分かりません。おそらく、何もないと思われますが」
『へぇ……ポータル……白の空間ってのは、こっちにあったのと同じ感じ?』
「はい。私にはそう見えます」
『どする? これも初物じゃね?』
『とりあえず、ポータルを解放して、こっちに戻ってこよっか』
「了解しました。一度切ります」
通話を終了させ、そのままポータルを解放、教会の時と同様に光が消失する。思わぬ臨時収入だが、これが分かっていれば水着購入時の流れは変わっていたであろう。
そんな詮無き事を考えながら、転移を実行する。
「――お? えっ? 中原さん?」
「あれ? 何で?」
「っ……滝の上にも、ポータルがあったのか?」
「はい。また行先が一つ追加された形になります」
「――さすがに想定外だな……」
「てか、上にロ理事長がいるんじゃなかったん?」
先輩二人もこちらへ戻ってくる。
「俺は勝手にそう思ってたんだけど……まぁ、理事長の姿形をしているかは別として、何らかの拗らせの具現化がいてくれると信じてたというのに……」
軽口を言いながらも、よく見るウンザリ顔の先輩。仮説を棄却し、また新たな仮説を頭の中で構築しているのだろう。
「ホテルの近くにあるメイン、教会、ここと合計3か所のポータルが確認されていましたが、4か所以上というのは、今までに例がないということでしょうか?」
「あぁ、学園区画もそうだし、単純に敷地面積が広い区画だと、数としては全然あるんだけど、こういう形でのってなると、初めてになる」
「初見嫌いの副会長としては、テンションの下がる展開だねぇ」
「いやいや、初見分からん殺しされて愉快なヤツなんぞ、変態ドM紳士位だろ……」
そう聞くと、残念ながら割と近くに存在はしている。
「あの、ポータルが沢山あると……やっぱりマズいんですか?」
「な、何でだ?」
「多分、ポータルが複数あることが問題って訳じゃなくて、前例のない状況が好ましくないって話だと思う。ただでさえなのに、何が起こるかより分からないからな」
「うん、そゆこと」
久我谷君の言葉を笑顔で肯定する先輩。どうやら、いつもの展開予測とやらは済んだ様子。
「どうしますか?」
「一旦ホテルに戻ろう。で、残念だけど、三人はここまで。未知ってことは、移動先に閉じ込められる可能性もあるっちゃあるので」
「もう既に閉じ込められてんのにねぇ……あれ? ウチはイイの? 学生会所属じゃないんやけど」
「いやいや、現状における最大戦力の一角だろ……っていうか、これを機に入ってみる?」
「間に合ってる」
先行きは不透明だが、この二人のやり取りに緊迫感は加わらない。
「っ……いや、どう考えても俺じゃ足手まとい、か……」
「お前はまだ展開次第で出番があるかもしれないが、俺はそうだろうな」
「……はい、わかりました」
「ぶっちゃけると、戦力的には付いてきてほしいんだけど、これ以上はガチで危険な可能性があるから。出待ち系だったら一瞬で終わる場合もあるし」
「そこに連れてかれるウチと中原ちゃんの扱いよ」
「いえ、私は納得していますが」
とにかく、納得してくれた三人も一緒に、一度初期位置へ戻る流れとなった。
「手伝ってくれそうな人に……でもそっち系の三年は誰もいなかったしなぁ……タモっちゃん、誰か見てたりしない?」
「リゾートって聞いて飛び付くまともなのは皆戦わない感じだしねぇ。多分、児玉さんがトップじゃん? ジャンピング土下座でもすれば?」
「あの人土下座嫌いなんよ」
逆に好む者などいるのだろうか。いや、世間は広いということを思い出す。
まとまらず、我々はポータルで転移、そのままホテルへと向かう。
「――外と連絡が取れればなぁ……何か、裏技ない?」
「あればやっとるし、手伝わずに一人で帰ってるって」
「ですよねー」
何となくだが、現状の三人で向かうことになると思っておく。
「――っ!? あれっ? カエデちゃんから着信ですっ!」
「マジでかっ! これはキタかっ」
「っ……」
先輩は声を張るが、自分としては違う展開を想像していた。
「――あ、うん。えっと……今、メインポータルの――っ、あれ? 切れちゃった」
「先輩、アレを」
ホテルから飛び出してくる桃色の髪の女性を肉眼で確認し、現場の上司に報告する。
「っ……学生会の警告無視したってだけか……」
表情を見るに、新たな戦力を見つけたプラスと、ぬか喜び分のマイナスに、そしてこの後の展開についても、やはりマイナスの推量が浮かんでいるのだろう。
「あ、えっと――むっ――」
奇襲を仕掛けるようなスピードで肉薄した麻月さんは、有無を言わさずに速水さんを抱き締めると、すぐに先輩へ鋭い視線を向ける。
「っ…………何でアオイを同行させているの? それと、ここまでの間であった危険を全て白状して。後、アオイの水着姿を視界に入れないで」
「冷たっ」
南の島に場を移しても、三者が空間を同じくしている際における、普段通りのやり取りが展開される。つまり、先輩が言い訳をして速水さんが宥めるまでが予定調和だということだ。
「あ……いやでも、ここまで危険な要素は一切なかったよな?」
「お忘れのようですが、我々は先程、巨大な岩の怪物に襲われました」
「っ……」
「待て待て待て、それはマズいって。ここリゾートだからっ」
更に表情を険しくした麻月さんは、不幸の手紙を綴るかの如く、指で宙に文字を描くが、何とか思い止まった様子。
「――ぅっ、あ、あの、違うの、カエデちゃん。私から無理を言ってお願いしたのっ。あ、後……あ、確かに怪物もいた、けど、特に危険はなかったから」
「…………」
そして最後は、麻月さんの無言の圧でコミュニケーションは一旦収束する。
「――毎回飽きずに、よくやるぜ……」
「っ、ナギ先輩」
気配なく麻月さんの後を追ってきたのは、先輩が求めていた要素そのものといった人物。
「おぅ――っ、お前、海だと開放的になるんだな」
「違います……」
もしや、今日初見の顔見知りからは絶対にそう言われてしまうのだろうか。何故私は、先輩の趣味に付き合ってしまったのか。今更ながら後悔の念が募る。
「貴女が言うことではないでしょう」
「そりゃてめぇもだ」
この区画にいるため当然のことながら、二人もドレスコードを遵守しているが、上着を羽織っておらず、加えて両者共に大分大胆にデザインされた、所謂マイクロビキニと呼ばれる水着を着用している。
麻月さんが白、ナギ先輩が黒で、端的に、色が被らなくて良かったと思う。もし実際のリゾート地をこの二人が歩けば、そこにいる全ての男性の視線を釘付けにすることだろう。
「私は好みのデザインのものを着ているだけ。中原さん。私はとてもよく似合っていると思うわよ。こういう場で開放的になることを、別に恥じる必要はないわ」
「ま、似合う似合わないで言やぁ、似合ってるとは思うぜ」
「……ありがとうございます」
そして私は、無駄な抵抗を止めた。また、セレクトした者の名も公開しない方がよいだろう。
「……閉じ込められはしたけど、やっぱここに来たのは間違いじゃなかっただろっ?」
「頼むからあんまり喋るな」
二人を凝視する円谷君と、そちらから顔を背ける久我谷君。
「で……えっと、二人はどこら辺まで状況を把握してる感じ? てか、そもそも何で来た――のかは聞かなくても分かるか……つまりナギは付き合わされた系?」
「あぁん? 入ったら出られねぇ区画なんて、面白そうじゃねぇか。そんだけだ」
「あ、あの、ナギ先輩は、何でそれを?」
「アオイはもう関わらなくていいのよ」
「てめぇの過保護も大概だな……んなもん、外と連絡が取れない中でコイツが状況報告に戻らない時点で確定だろーが」
先輩の性質から逆算した見事な推察ではある。
「んでもって、丸っとまとめると、ナギちゃんと麻月さんもこっからはパーティの一員ってことでOK?」
「もちろん、アオイの安全が条件だけど」
「それより、釣果の方はどうなんだよ?」
「んーと、毎度な感じに、ここってなんちゃって南の島だったんよ。んで目ぼしいのだとぉ、クエが釣れましたぁ、ので、後で下ろしてもろても?」
「いいぜ。ちょうど魚の気分だった所だ」
そのやり取りから察するに、二人は釣り繋がりだろうか。また、ナギ先輩が料理上手だという情報は、つい先日知ったばかりだ。
そういえば、もう最近では自炊する機会がほぼ無くなってきていることを思い出す。関心の低さもそうだが、周囲のレベルが高過ぎることも、要因の一つだと考えられる。
取り留めのない話を挿みつつ、現状を確認すると、二人は既に飯島先輩と佐藤さんから情報共有を済ませており、先輩からの補足説明も、大分短い内容となった。
麻月さんの主張である速水さんの安全についても、最初からその方向であったため特に荒れることなくナギ先輩、麻月さんを加えた五人で新たなエリアへ挑む形で落ち着いた。
戦力的には久我谷君を含むのが理想だと思われるが、おそらく先輩としては、当人の思いを汲んだのだと考えられる。
「――先に言い訳をするつもりはないけど、この面子で無理ゲーなら、外出てる組全員招集するレベルだろ。場合によってはリゥか碓氷さんの気まぐれに賭けるしかないとも言える」
「つもりはなくても、ヘマした時の予防線引いてるようにしか聞こえねぇがな」
もはや言及するまでもないが、ナギ先輩が同行してくれると、先輩への対応という面で非常にありがたい。
「まぁまぁまぁ。っていうか、メインポータル、教会、滝、滝の上、それでクエスチョンマーク。このチェックポイントの数はやっぱり新鮮だな。じゃ、皆さん準備はよろしいっすか?」
その確認に対して、全員が頷く。
「あの、くれぐれも、気を付けて下さいね……」
「えっ? あ、うん」
「何? アオイが折角気を遣ってくれているのに、そんな返答しかできない訳?」
「もう何言ってもキレるやん……ポチっとな――」
「―――――」
追及から逃れるように、先輩は転送を開始させる。一瞬均衡が取れていた男女比が、1対4になったと思ったが、すぐに勘違いであったことを悟る。
「っ……」
そして、転移してまず最初に気付いたことがある。
「マジでポータルねぇ……こりゃ帰れないかもしれん……ヤバい……」
「んだよ喜べよ? 勘が当たったじゃねぇか」
「ナギちゃんはやっぱ頼りになんねぇ」
それでも、悲壮感を抱いているのは先輩のみの様子。
「……体育館? 一気に世界観が変わったわね。しかも、グラウンドには桜が咲いてる。高校みたいだけど、何処をモデルにしているのかしら」
四方を見渡しながら、周囲の様子を説明するように感想を述べる麻月さん。
確かに、空間としては学校、グラウンドの様子から、小学校ではないように見える。
「あー、グラウンドの方は見えないプヨプヨの壁だ。正面が体育館だから、そっちがルートって感じか」
「っぽいね。校舎の方も、プヨプヨで進めないし。体育館の向かいが二、三年の下駄箱かぁ。一年生は左の方の校舎なんかな」
正面に体育館、右に砂地のグラウンド、左と後方には校舎が見える。試しに渡り廊下を横切って左の方へ行ってみるが、やはり進むことはできない。
「俺らって、水泳の授業終わりに見えんのかな? まぁ季節は春だけど、温水プールを備えた水泳強豪校かもしれんし」
「そういうプールって、普通の授業でも使うの? しかも春に水泳はカリキュラムにないっしょ。そんな設備イイ感じに見えないし」
「もしそうだとしても、この水着が許されているとしたら、すぐに炎上しそうだけど」
「確かに、SNS社会じゃなくても物議を醸すだろうな」
「場違いもそうだが、突っ立ってても始まらねぇ。とっとと中へ入ろうぜ」
「はい。警戒して進みましょう」
臆する必要はないが、安全圏に戻れないことは明白であり、戦力が充実しているとは言っても、気を抜ける状況ではないだろう。
先輩とナギ先輩が並んで体育館にしか見えない建物の入口を開く。金属製の引き戸に鍵は掛かっておらず、ここから見ても、中は明るい。
「……誰もいないし気配もねぇ。中も、中学ん時に見たのと大差はねぇな」
「うーん……っ、うん? あれ?」
扉に手を掛けていた先輩がこちらを振り返り、一度出て、また入るを繰り返している。
「どうかしたのですか?」
「ちょっと皆……能力、使えなくね?」
「あん?」
「っ……あ、ホントだ」
「えっ? 嘘……っ、確かに使えないわね」
「っ……私も同じです」
身に起きている現象を説明すると、感覚に変化はないが、エネルゲイアが発動しない。身体能力については、問題なく反映されてはいるようだが。
「体育館は関係なくて、多分このエリア自体がエネルゲイアを封じているのかもしれない」
「ま、こっちからしたら収穫しかねぇな。おいシン。てめぇはいつもこんな早いタイミングで反射を仕込んでやがんのかよ。とんだビビリじゃねぇか」
やはり、どのような場面においても、この人の価値観は揺るがない。
「いやそりゃそうだろ。何が来ても一発目は俺の身体で防げんだから。だから先行きが分からん時は、あんま前出んなって……」
「チッ、こっちはてめぇに庇われる位なら死んだ方がマシなんだよ。ビビりは一歩下がってろ」
「何でだよ……あ、違うか。今は使えないから、俺が先頭に立つメリットがない……よし、俺が殿を務めてみせようっ」
身を挺するという先程の発言が今、完全に消し飛んだ。
「っ……うるせぇ。さっさと進めっ」
「――ちょ蹴るなって。あ、そっか……今ならナギに蹴られても痛いだけで済むのか……」
「あぁん? てめぇのタマを潰すのに、能力なんざ要らねぇよ」
「うっし。クーラーボックスはここに置いとこっと」
橋口先輩には僅かながらではあるが仲裁を期待していた。なので大した落胆はない。
「……エネルゲイアが使えたら、軽く燃やすんだけど……」
「……っ、どうやら、エイドスも使用出来ないようです」
今度はハリセンではなく真剣でと思ったが、同様に封じられているようだ。加えて、今日は短刀を持ってきていないため、戦闘の際には徒手空拳のみということになる。
その一方で、見ようによってはデートDVを続けるナギ先輩に対し、宥めようとしながらも順当に墓穴を掘っていく先輩という絵面。水着姿も相まって、普段よりも更に痴話喧嘩の様相が濃い二人は、やり取りを継続させたまま体育館の中へとサンダルのまま入っていく。
「うん。斥候してくれてると思って、ちょい離れて付いてこっか?」
「そうですね」
ポジティブな解釈をする橋口先輩の言葉に頷き、こちらも土足で体育館の中へ足を踏み入れる。
外観同様、やはり内装も一般的であり、0度のスリーポイントラインが大分窮屈になってしまうが、バスケットボールのコートが二面分取れる広さと、奥のステージにはグランドピアノが置いてある。
「何か足りないと思ったら、校歌の歌詞がドドーンっと、デカい額縁のヤツ? それがない感じやね」
「っ、そういえば、この学園って、校歌はあるの?」
「……いえ、わかりません」
「多分ねぇんじゃね?」
入学式もなかったため、そうなのかもしれないが、やはりどうでもいいと思ってしまう。
「ハァ……それよりあの二人、いつまでじゃれ合っ――――」
「――――っ!?」
先を歩く二人の位置はちょうど空間の中心、その5メートル程上空に、突如として人影が出現する。
「「――――っ!」」
それに気付いた両者は互いを押し合って左右へ高速で離脱、踏み付けるように落下してきた一撃をやり過ごす。
「はっ、随分と上品な不意打ちじゃねぇ――っ!?」
「っ……」
目の前に現れたのは、こちらを、ではなく先輩の方を鋭く睨む、水着姿の女性。その容姿を確認したナギ先輩とおそらく同様に、私の胸中にも驚きが広がる。
主張の激しい長い髪は、右半分が燃えるような赤色、左半分が純銀を溶かしたようなシルバー、スタイルの良さもそうだが、細くしなやかに鍛え上げられた体躯には、何故か既視感を覚える。
「っ…………誰っ?」
そして、素早く体勢を立て直した先輩の言葉は、メンバー全員の心中を代弁していた。