トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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8月下旬 7

「……………………」

 

「……いつまで黙ってんだ……おいシン。誰だよこの女?」

 

 硬直し掛けた場の中で、沈黙を破るナギ先輩。ただ、その矛先は不意打ちの相手からすぐに左の男へと移行する。

 

「えっ? いや、マジで……分からんけど……レイカの妹か姉? いやアイツ一人っ子か……」

「……」

 

 確かに、当人よりもはっきりとしたブルーアイも含め、顔立ちが似ていると言われればその通りではある。狙ったのかは不明だが、水着の色と同色で、個人的にはよく似合っていると思われる。

 

「いや、どうりでムカつく系統の顔だと思ったぜ。先に手ぇ出したのはそっちだよなぁ?」

 

「はっ? 目の前で延々とイチャイチャしてるからでしょ。そんなことより、何でここまで来た訳? 来られないようにしておいたはずなんだけど?」

 

「けっ、喋り方まで何となく似てるじゃねぇか……」

 

 ナギ先輩とレイカさんは学園内でも有名な犬猿の仲。何より、私は二人が場を同じくしている所をほとんど見たことがない。口調も含めた相手の印象は、確かにレイカさんと近いものを感じるが、碓氷先輩と重なる部分もある。やはり落ち着いた印象の美人だからだろうか。

 

「…………あの、もし外れてたら申し訳ないんだけど、髪の毛がリゥと碓氷さんで、顔……と身体も、かな……ナギとレイカ、マコトと……ヒカリ、の……ミックス、的な? そんな感じに、見えたりするんだけど……どうすか?」

 

 先輩の口調は、何故か女性を宥めるかのようだった。

 

「だから、貴方の好みでしょ。何? 気に食わないとか言い出すつもり?」

 

 棘を隠そうともしない女性は、不満そうに言いながら腕を組み、数歩先輩へにじり寄る。

 

「は? いや……そんなことは決して……でも、髪の色は……まぁ、嫌じゃないけど……」

「色に関しては、何色にしたって被るじゃない」

 

 確かにお二人と同色の、人工的には再現不可能だと思われる鮮やかな髪色、指で梳いているその姿からも、人間離れした美しさと言えるだろう。

 

「いや、この学園じゃ、髪の色で個性出すのは違うだろ……じゃなくて、その、貴女が、俺らをこの区画に閉じ込めている張本人ってことは何となく分かるんだけど、目的とかって、聞けたりする?」

 

 こちらの勝手な経験則だが、先輩は内心で、既に対話での解決は難しいと捉えているように見える。それでも、言葉が通じる相手には諦めることを知らないのだが。

 

「張本人と言われればそうだけど、まだ閉じ込められてると言う程の時間は経ってないでしょ? せめて、後一月過ごしてからもう一度訪ねて。素直に戻るなら、今すぐホテルまで送ってあげるから」

 

「いや長いって……夏休み余裕で貫通するし。こっちもせめて、何がしたくてこうしてるのか位は教えてほしいんだけど……駄目っすか?」

 

 常にそうではあるが、相手が美人である場合、更に一段階腰が低い先輩。そしてその様子は、明らかにナギ先輩と麻月さんの機嫌を損ねているようにも見える。

 

「てかさぁ、見た感じ向こうはシンのこと知ってる感じやん。多分年も同じ位で、こんな美人を忘れるシンじゃないっしょ。誰なん? この人。で、一応確認なんだけど、理事長先生は……違う?」

 

「はい。理事長とは別人だと考えられます。ただ、理事長の記憶の中の誰かである可能性はあります。以前、そのような現象が見られたので」

 

「ふーむ……ロリじゃないしね。お姉さん、名前を聞いても大丈夫?」

 

 ロケットランチャーを撃つ時も、正体不明の相手に名を尋ねる時も、その軽い口調に一切変化が見られない橋口先輩。こういう方をマイペースと称するのだろう。

 

「……シラユキ。出来れば、穂村ナギと中原サヤには危害を加えたくない。貴女達二人は、とてもイイ人だから」

 

「あん? 俺も……中原も初対面なはずだぜ。でなきゃ、ここまで黙ってねぇ」

「はい……私も、初めてだと感じています」

 

 名を呼ばれた際、初めて視線が交わったが、その感覚も含め、初対面に相違ないと思われる。

 

「えっと……うわぁ、ホントは聞きたくねぇ……その、二人がとてもイイ人、なら……俺は?」

 

「最悪とは言わないけど、はっきりしない男。私はそう思ってる」

 

「確かに、頷ける評価ではあるわね。私は最悪でも構わないけど」

 

 隣の麻月さん程辛辣ではないが、自分としても、概ね理解はできる。

 

「いや頼むから今は味方でいてくれよ……っ……シラユキ、さん……でもマジで俺も初対面なんだけど……前世的なヤツ?」

 

「いいから。早く戻ることを了解して。従うつもりがないと、戻すのも大変だから」

 

「――――シッ――っ!?」

「――――っ!?」

 

 それは一瞬のやり取り。

 

 完全に虚を突いたはずの左上段蹴りが防がれ、驚愕するナギ先輩。それも、相手は瞬時に蹴りを回り込んで躱し、右手で足首の辺りを掴んでいる。

 

「っ……言ったでしょう? 危害を加えたくないって。それと、何で体育館にサンダルのまま入ってきているの? 非常識――」

 

「――――ぅらっ! ちぃ……」

 

 基本、相手の発言など構わずに攻撃をするナギ先輩は、左脚を掴まれたまま強引に延髄蹴りのような一撃を繰り出すが、それも左腕一本で受け止められ、サンダルを身代わりに跳び退いて離脱する。

 

「……ハァ……この学園に、常識なんて存在しなかったわね」

 

 シラユキと名乗った女性は、溜息を吐きながら左手のサンダルを横へ放る。

 

「ナギっ、一回ストップ。不意打ちの分は今のでチャラだろ? それに、単なる嫌がらせじゃないっぽいし」

 

「はっ、てめぇに対する嫌がらせの線は消えてねぇけどな」

 

「いやいやいや。えっとぉ……俺への嫌がらせ、じゃないっすよね?」

 

「……とにかく、貴方が来るのが早過ぎる。機会を得たのに、ここまで予定と違うのは納得できない。こっちは、貴方達がもう少し事の重大さを理解してから話がしたいの。何より、あの障壁を中原サヤが通過できるなんて、聞いてない。それも貴方の責任よ」

 

「なる、ほど。つまり、やっぱ理事長の記憶関連の人、か。でも、シラユキ、さんとは間違いなく初対面……中原とナギも会ってる……いやでもタモっちゃんの言う通り、こんな絶、美人を忘れるなんて考えられん……」

 

「そうね。それについてはしっかりと確認がしたいわ。この容姿は、貴方の理想ということで、間違いないのよね?」

 

 再び、シラユキさんは先輩の方を向き、対峙するように視線をぶつける。

 

「いきなり何の話……いや、まぁ好みか否かと聞かれると………………………………はい」

 

「っ……」

「おいっ」

 

 当然のことながら、ナギ先輩の声色にやや険呑な圧が加わる。

 

「そういえばさっきの指摘。確かに、髪の色は明らかにミオさんと阿僧祇先輩と同じ。身長もそうだけど、身体のラインも、言われてみれば……」

 

「そう、ですね。体幹の強さという部分も、共通ではないかと思われます」

 

「まとめると、シンのタイプって、その皆のいいトコ取り、かぁ……ホントなら、そこはかとなく全員キレそうではあるねぇ」

 

「はっきりと言っておくが、俺がそんな妄言を吐いた事実はない。それと、リゥも碓氷さんも、ナギもレイカも、マコトもヒカリも大抵の男にとってタイプだからっ。これは事実」

 

「ま、確かに事実やね。学園内のランキングでも上位だし」

 

 ランキング云々は流すとして、自分も同意できる話ではある。

 

「別に、何かを証明したい訳じゃないから構わないわ。それで、戻る気はないの? 五人全員から、その意思が伝わってこないけど」

 

「っ……例えば、こっちが一か月待ったとして、その後は話を聞いてくれるってこと?」

 

「話を聞くだけじゃ何の意味もねぇだろ。ま、端から出す気はねぇって面に見えるけどな」

 

 先輩の質問を遮って、先に推量を重ねるナギ先輩。自分としても、相手が対話だけで折れるとは到底思えない。

 

「それは、太刀川シン。貴方次第。もちろん、阿僧祇リゥや碓氷ミオが出てくればどうにもならないことは、私も理解している。だとしても、止める気はない」

 

「……」

 

 何となく、以前訪れた『霊園区画』での話を思い出す。諸般の事情により、私は完全に蚊帳の外ではあったが、理事長の記憶にある非業の死を遂げたという兄、確か源蔵さんと言ったか。彼の言動と通じるものがあるように見える。

 

「うん……そもそも何故俺……なぞなぞとしてはグレード高過ぎだろ……その、協力できることなら全然何とかしたいって思うんですけど、それでも事情は話せない?」

 

 こちらも、その際と同じようなことを言っているが、これについては最大限の譲歩を伝えるという意味で、適切であるとも考えられる。

 

「話せないというよりは、話したくない。私のしようとしていることは、貴方にとっては今日中に片付けたい雑務のようなものでしょ? そんな風に思っているヤツに、話したいと思う?」

 

「それは、道理ね」

「同意早くね?」

 

 やはり、麻月さんは先輩と敵対しているのかもしれない。一応言及しておくと、速水さんの同行は間違いなく当人が懇願したことなのだが、彼女が絡むと正常な判断ができないのも、普段通りではある。

 

「っ……だから一月待て、と…………皆は、どう? 例えば、一月バカンスして待てる?」

 

「待てる訳ねぇだろ」

「明日で飽きるっつーか、そもそも『サウナ区画』行きてーし」

 

「依頼もそうですし、授業も始まるため、現実的ではないかと」

「私は単純に嫌」

 

「あ……そっすか……」

 

 四人一致の回答に、先輩は何故かやや肩を落としたような様子。もしかして、という訳でもなく、この男はここで一か月休暇を取りたいのだろう。

 

「事情を話す気はない。こっちも折れるのは多分無理筋……あ、っていうか、何で体育館だったんすか?」

 

 ふと思い出したように、先輩は質問を投げる。

 

「このタイミングだったら、こうなるって思ったから。運動するなら、体育館でしょ?」

 

「えっ? まぁ、運動するなら、そうだろうけど……」

 

「おい、向こうもそのつもりなら、もうお喋りは十分だろーが。言いたくねぇなら聞きたくもねぇし、出さねぇってぇなら勝手に出るまでだ」

 

 どうやら、エネルゲイアを封じられていようと、何かが変わるナギ先輩ではない様子。

 

「ねぇ、さっきの動き、見たでしょ? それに、エネルゲイアを封じるような力を持っている。中原さんは、そんな相手に勝てると思う?」

 

「っ……それはやってみなければ分かりませんし、私は誰が相手でも後れを取るつもりはありません」

 

 とは言え、この人数差で仕掛けるのは、正直に言えばあまり気は進まない。相手の見た目が、こちらと変わらない人間の姿だからだろうか。

 

「……これは、貴女に聞いた私の落ち度ね……」

 

 呆れられているようだが、こちらとしては特におかしなことを言ったつもりはない。

 

「…………ま、貴女はそういう人よね……いいわよ。ただ、私は貴女を傷付けるつもりはない」

「――――――」

 

 シラユキさんが向き直った瞬間、姿勢を低くして迫るナギ先輩。先程よりも更にスピードを上げ、一気に肉薄する。

 

「――――」

「――――」

 

 超絶速度上でのやり取り。

 

 恐ろしい程に伸縮のスムーズな全身バネから繰り出される一撃。軌道としては焼き増しのような左上段蹴りは、インパクトの瞬間にその動きをピタリと止め、しなる鞭の如き体躯が浮き上がったかと思えば、反転して体勢は瞬時に右の蹴りへと切り替わる。

 

「――っ!?」

 

 が、目標であるシラユキさんの姿が消失。瞬間を跳躍するような速度でナギ先輩の後方へ回り込み――――

 

「「「――――っ!?」」」

 

 ――――両者は突如灰色の煙に包まれた。

 

 急に視界から二人が消えたと思った時にはすぐ後方に気配。ナギ先輩を抱えた先輩が、得意の月面宙返りから着地を決めている。

 

「何なん? あの煙」

 

「えっと、斑鳩印の俺専用七つ道具の一つ『すぐ広がる煙幕』っすね。ちなみに、成分はゼリー飲料と同じだから、緊急時は軽い朝飯にもなるんよ」

 

「意味分かんねぇけど凄ぇ……」

「……」

 

 これが、以前月見里先輩の言っていた準備とやらなのだろうか。

 

「てめぇ何邪魔してんだよっ」

 

「ガチなら邪魔しないけど、ナギだってあんま乗り気じゃないっしょ?」

「いいからさっさと下ろせよ」

 

 下ろした瞬間に放たれたカーフキックを、先輩はギリギリで躱している。こうしたやり取りの中で、先輩の危機回避能力は日々高まっているのかもしれない。

 

「っ…………コレって、ラムネ味?」

「あ、一応、グレープフルーツとリンゴとの三択っすね」

 

 すぐに収まる気配のない煙の中から現れたシラユキさんは、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。

 

「なら、ハズレを引いたようね。それと、少しムカついたから、やっぱり貴方にはある程度痛い目に遭ってもらおうかしら」

 

「えっ? いやいや。無害な煙だったし、アレは攻撃判定じゃないだろ……」

 

 言いつつ、自然な体捌きで我々三人を遮蔽物にする先輩。

 

「それが相手の神経を逆撫でしているという点にいつまでも気付けないのが、この男の憐れな所ね」

 

「さっきからだけど、麻月さんってシンとチーム組んでたのに、仲良しなんじゃないん?」

「チームを組むことが、必ずしも友好的な関係を意味する訳ではないかと」

 

「はぁ……浅深いねぇ」

 

 この件はおそらく、私も橋口先輩もそれ程関心がないと思われる。

 

「怪我をさせても、エネルゲイアが戻れば治せるのよね……だったら――っつ」

 

 その時、何かがシラユキさんの蟀谷部分を捉える。虫に刺されたような反応で握った左手を開くと、見えるのは金属の塊。

 

「何? コレ……弾?」

「っ……」

 

 信じられないことだが、被弾した弾丸をキャッチしたということだろうか。そこでやっと後方を振り返ると、頭上の窓ガラスに小さな穴が確認できる。

 

「え……あれ? 何でアイツらは能力使えんだ……」

 

「ハァ……エネルゲイアを封じるなんて、この空間限定であっても、そんな簡単に出来ることじゃない。にしても、タイミングが早いし、あの二人まで来てしまうと…………」

 

「……レイカさんと、稀崎先輩」

 

「あまり思い出したくないけど、見えない足場を出すエネルゲイアね……」

 

 おそらく、障壁のある箇所ギリギリの地点からの狙撃。スナイパーライフルを構えているレイカさんの傍らには、不可視の足場を形成し、スポッターも務めている稀崎先輩。

 

 当然ながら、両者共に水着を着用。何度指摘されても自分にその気はないのだが、元来誰もが海では開放的になるものなのか、お二人共安定のビキニ姿。色は稀崎先輩が薄めのパープル、レイカさんはシラユキさんとほぼ同色のブルー。

 

「援護は助かるけど、何の確認もなしかよ……っていうか、それ喰らって何ともないとか、マジで白旗やん……」

 

「さすがに結構痛かったけど……」

「あぁいや、ちょっと、詫び入れさせるんで、少々――」

 

 まるで口実を得たように、男はそそくさと入口の方へ。

 

「……これはもう、しょうがないわね」

「何だよ? アイツらが来ると、何か状況でも変わんのかよ」

 

「何も話さなければ、また貴女が襲い掛かってくるだろうし、それは桐島レイカも同じでしょ。問答無用で引き金を引いてくるんだから」

 

「あんなヤツと一緒にすんじゃねぇ……」

 

 言葉自体は刺々しいが、既にナギ先輩から戦闘の空気は感じられない。ただ、その空気は一瞬で充填されるため、今がどうであるかは大した問題にはならないのだが。

 

「うわぁ……もう全方位水着美人しかいねぇってヤツやん」

 

 性別は違えど、自身もその方位に含まれていることを、彼は自覚しているのだろうか。

 

 

「――敵じゃないって、敵じゃなくてもどうにかしなきゃここから出られないんでしょ? ならやるしかないんじゃないの?」

 

「何でそんな好戦的なんだよ……遠目からも、話が通じる感じに見えただろ?」

 

 何故だろう。水着にスナイパーライフルという組み合わせがマッチしているという現実に、どうしても違和感を覚えてしまう。

 

「確かに、私はそう進言したが、最終的には二人で判断した形になる――おや? サヤ……後ろ姿では分からなかったが……」

 

 入ってくる二人と、戻ってくる一人。ただ一人サンダルを脱いでいる稀崎先輩は、何故か私を見て言葉を止める。

 

「っ……シンのパワハラじゃなかった、ってこと……ま、言った通りではある、か。サヤも、海に来ると開放的になるタイプだったようね」

 

「やはり、か。助かったよレイカ。サヤもそうであるなら、私がこのような格好をしていても、そこまで不自然には映らないだろう」

 

「…………」

 

 もう、それでいいのかもしれない。加えて、否定してもおそらく意味はない。

 

「……」

「……」

 

 そして一瞬、レイカさんの眼光がこれ以上ない程に鋭さを増すが、文字通り一瞬の交錯であった様子。あまり考えない方がいいだろう。

 

「いや、それよりも先に、言うべきことが――っ……」

「桐島レイカに、稀崎マコト……さっきの発砲のことなら、別に気にしてない」

 

 稀崎先輩の言葉を手でやんわりと制し、先回りするシラユキさん。その表情は、やや頑なに見えた先程とは少々違い、本人も言っていたように、しょうがない、といった様子。

 

「……これは、まさか……すまない。貴女の名前を、聞かせてもらえないだろうか?」

「……」

 

 その姿を見て、僅かに首を傾けた稀崎先輩に、シラユキさんは再び、少し表情を強張らせる。

 

「あん?」

「もしかしてマコっちゃん、シラユキさんのこと、知っとる?」

 

「マジでか?」

 

 私の目から見ても、そのように感じられた。そして、橋口先輩の発した名前にも、明確な反応が見られる。

 

「シラユキ……そんなことが……いや、そこまでおかしな話ではないね。キミは、本当にシラユキなのかい?」

 

「っ……」

 

「シラユキって……えっ!? 嘘……でしょ。それって、あの……ぬいぐるみ?」

「はっ? 何て?」

 

 稀崎先輩の発言に対し、ピンと来た様子のレイカさんと、真反対の先輩。ただ、そう思う私自身もその真反対側に属している。

 

「いやアンタだって知ってるでしょ。ね――理事長のぬいぐるみよ、ぬ、い、ぐ、る、みっ」

 

 単語を認識していなかった様子の先輩に、レイカさんは指を突き立ててその五文字を強調する。私自身も確認する側だが、確かにぬいぐるみ――布を縫合し、主に綿などを内部に詰めて動物や特定のキャラクター等に似せて成型した愛玩物、そう聞き取れた。

 

「えっ? ぬいぐるみ…………クレーンゲームとかの? いや…………シラ、ユキ……あっ! あぁ、いつだったか、腕がイキかけて理事長が深夜に大騒ぎしたヤツ?」

 

「――その言い方は止めて」

 

 シラユキさんは、先輩の言葉に被せて少し声を張る。

 

「うわエピソード一致て……それって、シラユキさんホントに理事長先生愛用のぬいぐるみなん?」

 

「ぅ……」

 

 その指摘に、彼女の表情は明確に曇る。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

 

「……マジかよ」

 

 全員の注視と沈黙を浴びるシラユキさんに、やや顔を引き攣らせるナギ先輩。麻月さんは、何やら思案しているようにも見える。

 

 雰囲気としては、つっこみを入れたことが決定打となった様子。

 

 

 つまり彼女は、ぬいぐるみが自我を持った存在ということなのだろうか。正直な所、この学園においては、そうだと言われれば抵抗なく納得できる話ではあった。

 

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