メシア・シンドローム   作:人外好

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1/13 加筆修正、三人称への視点の変換中


プロローグ

うねる混沌。

大地は歪み、空は黒く燃え盛る。

あらゆるものに書き足された文字は空気に溶けては消えていく。

荒廃そのものが形作られた大都会、嵐にも似た暴風雨が吹き荒ぶ夜に少女が一人。

華奢な、されど真っ直ぐ芯が通った体に打ち付ける人を拒絶するような黒色の雨と風。

されど少女の眼は燃えている。

『ねぇ、もうやめない? 』

たった一人、他に誰も存在しない。

そんな世界は、グズグズになって消える運命にある。

もしもあの時、選択を間違ってさえいれば。

もしもあの時、素直になってさえいれば。

無限に存在するifの世界に想いを馳せ、黒く塗りつぶされてゆく泡沫。

それでも立っている。

『やっぱりだめ? 』

燃ゆる一人の少女の言葉は、その暴力的なまでの雨風の轟音に遮られ、終に誰の耳にも届くことはなかった。

変身。

 

意識すれば薄っすらと白く目に映る息、ニットなどの防寒具を身に纏わなくては不安になる季節。

町は何気なくいつも通りですよと振る舞い、しかしながら道行く一部の者たちは殺気にも似た緊張と不安に満ちている。

ほんの一、二年前まで他人事だったの緊張感も、いざ己の番がくるとなると、気分が良いとはとても言えない。

そんな緊張感が支配する冷えた空気のまま、老若男女は歩道の信号に取り込まれたピクトグラムが歩き出すのを待ち望む。

その(まば)らな人混みの中、一人の少女。

学校指定のブラウスとブレザーの間にほつれたセーターを忍ばせた杓子定規な女学生。

緑がかった黒髪は背の中腹で切り揃えられ、彩りを失った浅葱色の瞳と相まって良く言えばミステリアス、悪く例えれば陰鬱な印象を抱かせる。

そんな一女学生のスマートフォンを操作していた軽く赤みが出始めた指が、定期的に送られるニュースで止まる。

“星見ヶ原市で異能者が三人殺害し逮捕、異能犯罪増加止まらず。“

 

「おーはよッ、優禍! 」

背中からの衝撃と快活でフレッシュさが溢れる声に、少女は思わずスマホを手放しそうになりつつも、声が飛び出してきた方へと振り向いた。

そこに立つのは、声にも負けず劣らずの良い顔を笑みでいっぱいにした少女。

「びっくりしたぁ。おはよ、陽菜。」

田島陽菜、優禍の親友にして、明るく快活な性格で眩しい笑顔が特徴の、“異能者“。

[異能者]

特別な力と異形の肉体を持って産まれた人間。

優禍や陽菜が産まれるよりも前になんの前触れもなく出現し、瞬く間に異能を持った人口は増加。

今では全人口の約三割が、何らかの能力を持って産まれた異能者である。

個人差は大きくあるものの、身体を構成する一部が人間とかけ離れた生物的、或いは無機物的な何かに置き換わっているというのも、異能者の大きな特徴の一つである。

田島陽菜も例に漏れず、身体のいたるところのパーツが人とは大きくかけ離れたもので代用されていた。

クリクリとした翠緑色の瞳は無数の複眼で構成され、眉間からはしなやかな触角がピクピク不規則と動く。

何より目を引くのは、肘から先のキラリと妖しく輝く鎌。

蟷螂(カマキリ)最大の特徴とも言える被食者の恐怖を思い起こさせるような鎌を器用に使い、カバンをプラプラ揺らしながら、冷え込んだピクトグラムが動き出すのを友人と共に待つ。

「何見てんの。」

「ん? ニュース、異能者が人殺しだって。」

「またぁ? やだわー今月何回目? 」

「えーっと……六、七件? 」

「いやだぁ、肩身がどんどん狭くなる〜。」

 

「ねぇ、話変わるけど優禍って高校どこ行くんだっけ? 」

「星見ヶ原高。」

「マジ? あそこめっちゃ人来るからな〜、倍率が……? 」

「大体四倍だって、受かるかな私。」

今一度現実の壁にぶつかった優禍は、何度か「四人に一人」と言葉を転がし、。

「大丈夫、心配する必要はないよ、この私が凄ーくいい言葉を授けてやろう。」

流れる車を目で追いながら、何度も指折り数えている友達を気にしてか、ニンマリとした笑顔でアドバイスを授ける。

「どんな受験でも、“受かるかどうか“は五十パーセント、つまり、二分の一の確率で合格できるんだよ! 」

「なにそれ。」

「つまり! 倍率なんてお飾り、本当はニブイチで合格できるってわけ! 」

「なんというか……すごい考えかただね、あとあんまり変わってないし。」

「けどいい考えでしょ? とにかくダイジョーブ! 優禍なら絶対受かるよ、ウチが保証するし。」

「ありがとう。頑張るよ。」

そんな素晴らしい考えを授かったタイミングで、皆が一斉に歩き出す。

少女達はまた進む、あと何回こんな他愛のない会話をしながら、通学ができるだろうかと考えながら。

未来に不安がないわけではない。

だがさっさと大人になりたいわけでもない。

そんなセンチメンタルな考えに優禍はふけっていると、その(ふけ)りを消し飛ばすような、異質な現実が目の前からやって来た。

 

異様に背の高いファーコートの男。

フードの影から覗く顔は痩け、爛々とした目玉はどこにも焦点は合わず、誰もいない虚空に向かってブツブツと独り言を吐き続ける。

十人中九人が避け一人が逃げ帰る風貌のまま、おぼつかない足取りで道を歩いていた。

「大丈夫かな? あの人。」

「シーッ! 触らぬ神に祟りなしだよ、目合わせずさっさと行こ行こ。」

そこに膜でもあるかのように一定の範囲を保つ者達と同じく、優禍と陽菜は存在を空気と同化させ、目を合わせぬまま男とすれ違う。

その際、何か柔い布がコンクリートに落ちた音が、微かではあるが二人の耳に入り込んだ、しかし振り返る勇気など持ち合わせていなかった。

少しずつ歩みが鈍くなり、ある程度の距離が空いた後、ゆっくりと振り返る。

道の真ん中に、花の小さな刺繍が入った白いハンカチが、物悲しそうに横たわっていた。

「どしたの優禍? 早く行こうよ。」

「……うーん。」

友の催促を空返事で受け流しつつも、そのハンカチから目を離せずにいた。

人を見た目で判断してはならない、そんな素晴らしい言葉を一度捨てざるおえないハンカチの可愛らしさと持ち主の雰囲気。

ほんの少しの逡巡、嫌な雰囲気を感じ取った陽菜はどうにかこちら側へ引き戻そうと声を掛ける。

「ねぇ、ほっといたほうがいいって。ほら行くよ。」

友人の正論をが耳に届きつつも目が離せない、行くか戻るか悩みに悩み、結局制止を振り切る形でハンカチを拾い、千鳥足で進む男を追いかける。

悩んで走り出してからは一分も経過していないものの、件の男の姿は小さくなるほど遠く離れてしまっていた。

ギリギリ変化する信号を運良く駆け抜け、よろよろ歩き続ける男に軽く息を切らしながら声を掛ける。

「あのッ! 落としましたよ。」

誰もが思わず忌避する男へ、見た目にそぐわぬハンカチを差し出した。

ひん剥かれた眼球の焦点が、声の方向へと向けられる。

遠目で見るだけでも危険性が滲み出ているヤバいヤツ、それが二、三歩ほどの間近に存在するというのは、また違った恐怖感があるだろう。

自分の決断で首を突っ込んだとはいえ、届けたことを後悔し始めた時、恐怖の源が口を開いた。

「へっ、アッ……どうも、ありガ……っス。」

ボソボソと聞こえるか否かの感謝。

何事もなく粛々と終えた受け渡しは、本人の無計画と不安とは裏腹に何のトラブルもなく終了した。

「おーい、大丈夫? 何もなかった? 」

幾らか面食らっていた優禍だったが、後ろから追いかけてきた友人の声に、自身が通学途中であることを思い出す。

「うん、何も……というか今何時? 」

「今? うっわ八時過ぎてる。」

スマホの時計が映し出すは、八時超え。

通常の二人のペースであればそろそろ校門が見え始めている頃であるが、イレギュラーの引き返しで何時もとは大幅に遅れていた。

「よーし! 走るよ! 優禍! 」

「う、うん!」

 

時刻は八時二十五分、ホームルームがギリギリ始まらないタイミングで教室のドアを開ける。

なんとか間に合ったことを二人で安堵し、制服の中に込められた蒸気と外気を交換。

いくら冬とはいえ全力ダッシュによる体温上昇、大きく深呼吸し体内、体外共にクールダウンし、息を整えた。

「ギリギリせーふ! けど暑っ……。」

「お疲れ……ハァ……まだ授業始まってないのに……ハァ……もうしんどい……。」

心臓の鼓動を感じながら教科書をカバンから机に移し替え、何時も変わらないホームルームをこなす。

机を一つ挟んだ窓から覗く植木は寂しい。

今日の体育は持久走、また走るのかと辟易しながら、ほのかに優しい香りを纏った体操服に腕を通した。

 

部屋の中で、紙を鉛筆で擦る音が反響する。

日も早めに落ちて数時間、受験勉強の手を一度止め、凝り固まった筋骨達を伸びのストレッチで無理やり引き伸ばす。

ポキポキ鳴らしながら全身引き伸ばし、緊張をほぐしていると、ガチャリと玄関のドアが開いた。

「お〜す、ただいまぁ。」

「たっだいま~。」

「お帰り、兄貴、お兄ちゃん。」

十上家には男衆が三人、長男の総悟(そうご)、次男の雄二(ゆうじ)、三男の(けん)が存在する。

優禍にとっては同じ兄であるものの、呼び方を統一していると齟齬が起きるため、三人それぞれの呼び方を変えることで、混乱を防ぐというルールが設けられている。

「雄二が帰ってきたら風呂行くから、今のうち準備しとけよ。」

その台詞をトリガーとなったのか、再び扉がガチャリと音を立てた。

風呂桶とタオルを携えて、優禍達家族四人は近くの銭湯までトボトボ歩く。

風呂無しのアパートでまともに汗を流す場所といえば、台所か銭湯くらいしか手段がないのだが、その道中は酷く厳しい。

十一月の夜の風は、朝よりも一層殺人的な寒さで人類を迎え入れる。

ほうと出した息は凍り、夜空に溶けて消えていく。

身を寄せ合い震わせながらもたどり着いた銭湯にて、番台のおばあちゃんが温かく迎え入れてくれた。

「おやおやいらっしゃい。一人三百円……お嬢ちゃんは百五十円ね。」

「もう覚えてるっつーの、さすがに聞き飽きたぜバァちゃん。」

何百回と繰り返しているであろうやり取りを終わらせ、家族はそれぞれお金を番台に渡し、脱衣所に向かう。

「んじゃまた。」

「「「おう。」」」

暖簾(のれん)をくぐった先には誰もいない。

貸し切り状態に少し寂しさを感じつつも、心を浮つかせながら優禍は足早に風呂場へと向かった。

体を洗い、身を清めたあと、湯船にゆったりと肩までつかりながら、優禍は寒さに耐え抜いた自身の体に労いを与える。

じっくりと冷えた体を温め、心の汚れを湯に溶かし出していく。

しかし、一つの問題が頭から消えると他の問題を思い出してしまうというのが人間だ。

受験のこと、友達との別れ、家の金銭問題。

そして、自分自身の隠し事。

風呂に入った故頭が冴え、雨後の竹の子のようにポコポコと不安が頭の中をあっという間に埋め尽くす。

学生である自分ではどうしようもないことであるのは優禍自身重々分かっているはずなのだが、解決できない問題がいつまでもまとわりつくというのは不快極まりない。

パンク寸前になった不安達のガス抜きと、湯に鼻まで沈めブクブクと不安や弱音を吐き出す。

誰にも聞こえぬように。

己に聞こえぬように。

息継ぎしては吐き、息継ぎしては吐き、そんなことを何度も繰り返していると、あっという間に顔が茹でダコになっていた。

千鳥足で出た脱衣場で髪を乾かし、新しい服に着替えてから番台へと向かう。

別れた家族の姿は見えない。

軽く散策している優禍の目に、煌々と光り輝くテレビのニュースが飛び込んできた。

『本日株式会社アクシス・アーカム社CEO海原 猛氏により、異能実験都市ANHCの完成発表会が行われました。海原氏は……。』

画面にはCEOと紹介されていた大柄な男が自信たっぷりにスピーチする姿が映し出され、字幕が少し遅れて態度よりも自信に溢れた言葉達をお届けしている。

「異能者のための都市……かぁ。」

住んでみたいと思うがきっとお金がべらぼうにかかるのだろう。最低限の生活をしなければならないほどお金がない者達にとっては、絵空事の世界だ。

その後も流れるニュースを流し見し、天気予報が一週間に切り替わったタイミングで、体から薄っすら湯気を出しながら暖簾をくぐるのは三人。

「「「「ありがとうございました。」」」」

番台のおばあちゃんにお礼を言いながら、湯冷めしない程度に銭湯を後にし四人は帰路につく。

道中、さらに寒さを増した風が頬を撫でるが、お風呂に入りしっかりと温まった体の前には、幾分かましに感じた。

 

寝る前の最終確認とパジャマ姿のまま参考書をめくっていると、不意に長男からお呼びが掛かる。

「優禍、ちょっとここ座れ。」

一家の長である総悟(アニキ)が、胡座をかいて座っている。

強面とガタイの良さに違わぬ豪快でゲラの、優禍にとってのいつもの兄貴と異なり、いつになく真剣な面持ちで見つめている。

「優禍、お前が何か心配してそうだから先に言っとく、金のことは心配すんな。」

うまく状況を飲み込めない優禍を「わかってるから。」となだめつつ、ヨレヨレになったスウェットのポケットからお金、それもかなりまとまった額を取り出した。

「優禍が家に来てから俺達三人でずっとコツコツ貯めて来た金だ、お前が三年高校行っても大丈夫なようにな。」

「えっ? いきなりどうしたの……? 」

あまりに唐突な出来事に混乱していると、兄貴がずいっと顔を近づけ勝ち誇ったように腕組みしながら語り始めた。

「あんま馬鹿にすんじゃねぇよ、俺達は優禍(お前)のことなんてなーんでもお見通しなんだよ。」

「というか優禍わかりやすぎんだよ、俺らと喋るときとかぎこちなかったり。」

「そーそー、感の鈍い兄貴でもわかるくらいだったんだよ。」

「うるせぇ! 余計な事言わんでもいいだろ。」

入れられた茶々に逸らされた気を戻すため軽く咳払い、今一度総悟は十上家唯一の女子に向き直る。

「いいか優禍、俺等は高校に行ってない。だから高校がどういったものかはほとんどわからない。けどな、お前は俺等とは違う。異能者じゃない、普通の人間だ。真っ当で幸せな人生を歩む権利があるんだよ。」

その時、優禍の言葉が詰まる。

透明な手に口を塞がれ、喉を絞められているように声が出せない。

そんな妹の状況を感じ取れぬ家族の長は、尚も熱く語り続ける。

「だからな? 金のことなら心配すんな、俺達三人がちょーっと頑張ったらこんぐらい稼げるんだからよ。」

違う。

「俺達は、お前に幸せになって欲しいんだよ。」

真っ直ぐ、実直な瞳が優禍を捉えて離さない。

嘘偽りや打算的考えの欠片もない、愛のこもった力強い瞳で。

違うんだ。

「高校行って、沢山勉強して、遊んで、友達作って。」

言わなければならぬことがある。

これだけは、言わなければならぬ。

「楽しんで、学んで、卒業する時にありがとうって言ってくれれば良い。そんだけで十分だ。」

私は。

「……あ……とう。」

「ん? 」

「……ありがとう。」

「おっし! そんじゃ試験頑張んないとな! 俺も雄二も健もみんな優禍の味方だからな! 」

ガハハと豪快に笑いながらワシワシの頭を撫でる。

「ありがとう……本当に……」

私も『そう』なのに。




あれから時間も経った。
紅白のまんじゅうを貰うついでに、学校を去る卒業式。
青みが少ない曇天に、映えぬ咲きかけの桜。
一瞬で過ぎていった中学生としての時間も今日で終わる。
陽菜は体の水分を全て涙として出しているのかと思うほど号泣していた。
その姿に笑みをこぼしながらも、優禍もつられて自然に目頭が熱くなる。
笑いながら「またね」と再会の言葉を交わそうと約束していたのに、これではできそうもない。
「陽菜、さすがに泣きすぎだよ。」
「グスッグスッ……うぅ~、だっで〜。」
互いに一頻り泣き合い、思いの丈をぶつけ合った。
心の内に秘められたものを根こそぎ吐き出し、軽く脱水症状になりかけた頃、最後の言葉を交わす。
「それじゃあ……ウギッ……そっちでも頑張ってね……ズビッ。」
「うん……ズズッ、そっちもね。」
「「それじゃあ」」
「「またね!」」
これから、お互い新しい物語が始まる。

























《始まりか?》
《そうだな》
《いつも通りか?》
《少し違う》
《イレギュラーだ》
《今までにないな》
《だがいつも通りだ》
《やることは変わらない》
《では始めようか》

プロローグ 観測


※キャラクター・設定紹介※

・異能者
特別な力と異形の肉体を持って産まれた人間。
優禍や陽菜が産まれるよりも前になんの前触れもなく出現し、瞬く間に異能を持った人口は増加。
今では全人口の約三割が何らかの能力を持って産まれた異能者である。
なぜ現れたのか、なにが原因かも分からず、その特異な容姿と能力から純粋な人間に危険視され、ほぼ迫害のような扱いを受けている。
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