メシア・シンドローム   作:人外好

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第九話:黒箱

星見ヶ原市空碁町。(ほしみがはらしからごちょう)

人口六千二百人の比較的小さい町でありながらその治安は市内最悪、別名[異能者が流れ着く町]

一寸昔、異能犯罪を犯した異能者三人組がこの地に流れ着き、事情を知らぬ町民が助けたところ住み着いた。

その後も異能者が続々と町に訪れてはこの狭い町を永住の地とした結果今この町があるという噂があるが、この話の信憑性が上がる要因として、ほぼ半数の町民が町の外で何かしら問題を起こし、追い出されこの町に来た脛に傷ありの異能者であり、半ば落人村(おちゅうどむら)と化した閉鎖的な環境で部外者を寄せ付けぬよう独自のコミュニティを形成し生活している。

情報が外に漏れぬ故に噂に尾ひれが付きに付き『犯罪組織の温床になっている』『異能持ちの町民が数字よりもずっと多く、それを町は隠している』『空碁に入ると二度とでられない』などなど

結果非異能者が寄り付かぬ故に情報が漏れず、全国有数のブラックボックスと化している。

 

そんな危険とされる町に少女が一人、開店準備をする飲み屋の周りをうろつく大柄な毛深い男、ちらほらとシャッターの降りた商店街、公園に(たむろ)するボロボロの服を着た魚や虫、鳥によく似た異能者達。そんなとてもではないが一人で歩くには勇気を振り絞らなければならない風景を横目に歩を進める。

お好み焼き“馬頭(ばとう)“の前を通りかかった時、ノソノソと出てきた二人の異能者が道行く少女の前に立ち塞がるように前に立つ。

片方は大柄で筋肉質なナマズのような顔面をした男、もう一人はドロドロとしたスライム状の不定形の物体。

この町に来たばかりの普通の人間であれば、この二人に道を塞がれた瞬間スムーズに財布か携帯に手が伸びるだろう。

 

その二人は少女を一瞥すると

「優ちゃーん、お帰り! 」

「優ちゃんお帰りなさい。」ふんわりとした優しい表情でフレンドリーに声をかけた。

「これコロッケなんだけどいっぱい作ったから野呂さんにもあげたんだけどね。よかったらおすそ分け。」

「野呂さん藤ねぇ、ただいま。コロッケありがとう。タッパーまたお店来たとき返すね。」

「そうそう優ちゃん。またカラオケ一緒に歌いましょ。お兄ちゃん達にもお店に顔見せに来てって、よろしくね。」

三人は笑顔を浮かべながら世間話に花を咲かせる。

「そうそう優ちゃん、藤ねぇ。近くのスーパーあるじゃねぇか。そこ明日の六時から卵九十円で売るってよ。」

「え?! 本当!? 」

「とある情報筋からの信用できる話だ。けど一人一パックだからな、けどスタンバっていて損はねぇぞ。」

「……兄貴達、明日空いてたっけな。」

そこから十数分お喋りは続き、

楽しい世間話もそこそこに女子は再び歩を進める。

「そんじゃバイバイ。」

「「バイバーイ。」」

 

世間一般の目を通した空碁町はどんな魑魅魍魎が隠れているかわからないまさに魔境である。

しかしその町で育ち、住民に直接触れ言葉をかわし、同じ釜の飯を食らった優禍にとっては人情に溢れた人達と楽しいお店、沢山の思い出のある都である。

そんな町の一角にあるアパート「西田荘」に帰宅した。

「ただいま。」

夕日がほのかに照らす六畳半の部屋の中におかえりと返事をするものは今はいない。

三人の兄達は日雇いの仕事に出ており朝から晩まで外に出ているため、しばらくは一人の時間を満喫することができる。

カバンやお弁当箱、貰ったコロッケの入ったタッパーなど諸々を規定の位置に置いた後、制服から部屋着の二番目の兄である[兄さん]のお下がりのダボダボTシャツに着替える。

決して人に見せることはできないが、結局こういった着古した服が一番リラックスができるのだ。

未だに違和感の残る脇腹をさすりながら、今日の課題をちゃぶ台の上に乗せ取り掛かる。

この時間帯は家に自分しかいないため集中するにはもってこいの環境だ。外の車の通る音やシャーペンが紙に擦れる音といった環境音だけが鼓膜を優しく刺激する。

 

課題を始めてから三十分、粗方課題を片付け凝り固まった筋肉をほぐすためグーッと伸びをする。長時間固定された姿勢からの伸びでしか得られないなんとも言えぬ開放感と心地よい脱力感を存分に味わいつつ、緊張の糸をプツンと切るとタイミングよく自分の腹の虫が鳴る。

何かあったかと冷蔵庫を開けるとお兄ちゃんが貰ってきた賞味期限スレスレの海苔弁にメモが添えられていた。

『優禍へ

多分遅くなるから食べといてくれ。

あと銭湯も先に行っとけ。お金は弁当の上に置いておく。

雄二より』

よく見るとひんやり冷たい百五十円もある。それらを引っ張り出し、貰ったコロッケを一つ添える。

「いただきます。」

やや寂しいご飯を頬張りながら今日の出来事を思い出す。

 

-異能研究部 部室-

新しく入部した西谷と知佳が楽しそうに共通の趣味である仮面ライダーの話で花を咲かせる。あのライダーはどうだ、あの展開はこうだなどなど水を得た魚のようにお喋りは止まらない。

そんな楽しい語り合いに水を差すように尾多が一言呟いた。

「仮面ライダーで思い出したけどさ。あの異能者さん凄かったよな。」

「あぁあの仮面の人ね! 画面越しだったけどかっこよかったな~ぁ。過去の異能ファイルにも似たよう能力なかったから新しい人かなぁ! スーツもヘルメットもだいぶ近代的になってたしどうゆう構造してんのかな〜! あのシャープなやつも好きだけどやっぱり昔のなんて言うかな、荒削り? 無骨? なやつも捨てがたいし〜! ん? そういやいつからあの人やってるんだろ。もしかして稀人英雄的浪漫を知ってる世代の人? だとしたらブツブツブツブツ……」

「ともさん落ち着いて、一旦声のトーン落とそう。」

好きなもの、興味があるものを語る時には人が変わったように饒舌になるトモさんを先輩がどうどうとなだめ、話題は仮面の異能者に移る。

「一応確認としてあの[仮面の異能者]はみんな見てるよね。少なからず俺と西谷くんは生で見た。ともさんはカメラで存在を確認した。十上くんは……そういや十上くんだけか。あの場に居なかったの。」

自分がそうだと言うわけにも言わず、適当な嘘で話を合わせる。

「一応公園方向に飛んでく人の影っぽいのは見たんですけど……それですかね。」

「さよかぁ……とりあえず全員見たことはあると。」

 

落ち着きを取り戻したトモさんが発言する。

「……軽くネット漁ってみたけど、だめだね。……少しぐらい話題になって取り上げてそうなもんだけど見当たんない。」

「仮面ライダーだったら正体隠してるやつが実は知ってる人物でした! っていうのはあるあるなんだけど。」

嫌な汗がたらりと背中を伝う。

「うーむ、一応中身はぶっちゃけどうでもいい。肝心なのは英雄的浪漫が今でもやってる人がいるってところだ。」

続けて尾多は

「表沙汰になってたらAXEに目付けられてしょっぴかれてるはずだろ。仮に俺等しか知らないとして、ここで無闇に情報を出したら仮面の人も困るだろうし、『口外しないで』みたいなこと言ってたから……うーん、どうしよ。」

「……とりあえずこの件は異能研のトップシークレットってことで。もし今後新人君が来てもその子が目撃するまで黙っとく。てな感じてどう? 」

「そうだな。ここであーだこーだ言っても情報がない限りはただの妄想だし、御縁があればまた会えるだろ。二人もこれでOKかい? 」

二人も了承し、[仮面の異能者]の件は一旦区切りとなった。

 

「けどずーっと仮面の異能者って言うのもなんかあれじゃない? 長いし……。今度名前でもつけようぜ。」

「……そうしようか、それじゃ今日はもういい時間だし閉めようか。それじゃみんなまた来週。」

 

そんなことを思い出しながら箸を動かしてあっと言う間に完食した。

 

諸々の片付けを済ませ、食後のリラックスタイムということでスマホをいじる。私が指をスライドするとスマホの画面に私のために様々なニュースが映し出されては消えてゆく。

『異能者自身の異能を使い暴行、AXEが鎮圧』

『アクシス・アーカム社、高性能ホログラムを搭載したドローンを発表。』

『NPO法人コスモス会がデモ活動、「異能者を不当に酷使する現状を見過してはならない。」』

次々に現れては通り過ぎゆく古今東西の情報に目を滑らせながら暇な時間を潰す。

[明日は休日]という大義名分のお陰でついつい心が緩み、ダラダラと時間を過ごしてしまう。明日は何をしようか。とりあえずパトロールはしたいし、卵九十円は見逃せない、兄貴達も総動員で行かなければ。

そんなことを考えながら片手間でスマホをいじっていると、スマホの時計は九時半を少しまわったことを示していた。風呂桶やタオルを小脇に抱えいつもの銭湯へと向かう。体に吹き付ける春夜の風は柔らかく心地よい。

 

-銭湯-

「いらっしゃいお嬢ちゃん。百五十円ね。」

「おばあちゃん、私もう高校生だよ。子供料金卒業してもいいでしょ? 」

「あらそお? けどね、子供の時は一瞬なんだから。ちゃーんと成人してから大人用の料金を貰うからね。その時までお預け、ね。」

「おばあちゃん……。前も同じこと言ってたよ。」

その後も色々とありがたいことをご享受してもらった結果、上手く言いくるめられいつもと同じ子供料金をおばあちゃんを渡し、のれんをくぐる。

湯に浸かる前に身をしっかりと清めなければならない、適当に選んだシャワー席に座り頭を濡らす。

シャンプーをしていると二つ隣の席に女の子が座る。小学生くらいの背格好に黒髪のおかっぱ、やや黒ずんだ肌と小脇に抱えた妙に年季の入った風呂桶とタオル……あと何故か近くを通ったときに鼻につくツンとした変な匂い。子供の頃真夏日に汗だくに帰ってきた兄貴達の体臭の匂いをもう少し濃縮したような思わず顔をしかめてしまうものがモワッと鼻腔を刺激する。

否が応でもその女の子の方に注目が行ってしまうがジロジロ見るのも失礼だろうと思い直し、再び体の汗を流す。

しっかりと身を清め終わり、大きな湯船にゆっくりと入る。

熱めの湯にしっかり肩まで浸かると一日の疲れなど溶け流れ出てゆく。

トロトロになるまで湯の力に癒やされてからふと、先程の女の子が気になりチラリも視線を移すと体を洗っている最中だった。この銭湯に来る人たちは大概顔見知りなのだがよくよく見ても覚えがない、新しく町にやって来た子だろうか。

 

風呂からあがり、じっくりと芯まで温めた体から汗が引くまで涼みながらテレビを見る。

バラエティ番組をボウっと見ていると先の女の子がのれんをくぐり脱衣所から出てきた。

オレンジ色のボーダーTシャツ、迷彩柄のパーカーを羽織り指空き軍手、手拭いのマフラー。

これだけならちょっと遅めにお風呂に来たファッションセンスが独特な子なのだが背負っているリュックサックが寝袋やアルミの食器でやけにパンパンである。前にバックパッカーの話をテレビで見たことがあるが、その人も同じくらいパンパンに荷物を詰め込んでいた。

そんな大荷物を背負いながらその女の子は銭湯から去っていった。

 

朝八時、卵の焼ける香ばしい匂いが寝ている少女の鼻腔を刺激する。 

「兄貴、おはよ。」

「よう優禍。もうちょい寝てても良かったんだぞ、せっかくの休みなんだからよ。」

洗面台兼台所で顔を洗う、休みの日は平日よりもパチっと目が覚めるような気がする。

おにぎりと目玉焼きを頬張りながら今日の予定を確認する。

「兄貴は今日お休み? 」

「俺は夜からだからな。飯は雄二と健と一緒に食べといてくれ。」

「夜勤ってヤツ? 」

「おうよ。けど頑張るためにエネルギーチャージしなきゃな。だからもうちょいしたら昼寝するわ。」

「それじゃ居たほうがいい? 散歩行こうかなーって思ってたんだけど。」

「いんにゃ大丈夫大丈夫。昼飯までには帰ってこいよ。」

外出用の服に着替え、財布やスマホ、校章などをポシェットに入れ靴を履く。

「行ってきまーす。」

「おーう。」

適当な所でアーマーを装着するために適当なところをブラブラ散歩する。

最近は西谷くんの件以来大きな事件もなく、平和な日常が続いている。自分が手が届く範囲、目が届く範囲で人助けをしているつもりだがこういう暇なのはとても良いことだ。

適当な路地裏に入り校章を取り出すためにカバンを漁っていたら少女とぶつかった。

「あっ、ごめんなさい。」

よく見ると昨日銭湯で見かけた女の子だった。匂いは風呂に入ったのでもちろんしないが昨日と同じようにどでかい荷物を背負っている。

「こっちこそごめんね。大丈夫? 」

「うん大丈夫。」

女の子はペコペコとお辞儀をしたあと大荷物であることを感じさせないほど軽やかな足取りで元気に走り去る。

あんな子の笑顔を守れるような人になりたい。さてそろそろアーマーを着よう。

「……? 」

ない。

「……?? 」

校章がない。と言うかティッシュやスマホ、財布などなどポシェットの中身が丸ごとない。

家を出てからポシェットのチャックは一回も開けていないし穴が空いているなんてこともない。

残る可能性は、あの少女しかないが正直疑いたくはない。

「ちょっとお嬢ちゃんお話が……。」

一応の確認、疑いを晴らすためと自分に言い訳を言いながら後ろを振り返ると見た目にそぐわない邪悪に満ちた笑顔を浮かべた女の子と目が合った。

「……。」

「……。」

二人の間に数秒の沈黙が流れる。

沈黙に耐えきれなくなった女の子は女児には思えぬ速度とフォームで急に走り出だした。

「嘘でしょ?! 」

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