メシア・シンドローム   作:人外好

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第十話:語為

「待って!! ねぇ待って!! 」

休日を悠々自適に過ごそうと考えていた矢先、持ち物を丸ごと掻っ攫われた挙句しかもその犯人が年端もいかないであろう女児という思いもよらぬ始まりを迎え、有無を言わせぬ追いかけっこがスタートした。

自分の大切なスマホや財布はもちろん、何より校章(アーマー)が何かの弾みで展開されてしまえばどんなことになるかわからない。

何としてでも取り返さねばならない。

とはいえ高校生と小学生、身体能力の差を考えればすぐに捕まえることができるだろう。

優禍自身、そう考えていた。

しかし女の子はその小柄な体躯を活かし、小さな抜け穴をすり抜け、障害物をパルクールで軽やかに躱していく。

右へ左へと路地を折れながら、焦点が合わないうちに狭い道を潜り抜けていく。

優禍も決して運動神経は悪い方ではない。

異能を使うことができずとも、人並みの足の速さは最低限持ち合わせている。

対する物取り少女は大荷物を背負っているというハンデがありながら、それを感じさせぬほどすばしっこく疾走している。

恐らくリュックがなければ、今頃見事に巻かれていることだろう。

小回りとテクニックで翻弄する逃亡者と執念と根性で追い縋る追跡者という形になり、追いつけずとも振り切られない距離で道路を、路地裏を、町中を駆け回る。

追いかけっこが始まってから約十分、優禍に好機が訪れる。

数メートル先にあるT字路を曲がった先には色々な店や住宅が詰まっておりとてもではないが人が入れる隙間はなく、これまで方向転換もできず大きな障害物もない

この直線で残りの体力を全て出し、女の子に追いつく。

勝負をかけるにはここがベストだろう。

女の子が右へと曲がる。勝負のT字路を曲がった次の瞬間

 

その女の子は忽然と姿を消した。

一瞬何が起こったのか飲み込めず、急いで周りを確認しても姿どころか影すら見当たらない。

優禍がわけが分からず呆然としていると、スナックの前で箒とちりとりを持ったドロドロの生物かどうか一目では判断しかねる物体が柔らかな声で話しかける。

「おはよう優ちゃん……どうしたのそんな息切らして。」

「藤ねぇ! こっちの方に女の子がこなかった?! リュックサック背負った小学生くらいの! 」

「女の子? いや〜掃除してたからはっきりとは見てないけど……。こっちの方に来たのは優ちゃんくらいよ。」

T字路を曲がった先の道は飲食店やらがかなりギチギチに詰まっている。

店に入り込めるとしても曲がってすぐの三軒は朝はシャッターを下ろしており、最短でも四件目にある町中華の建て付けが悪い扉を開ける必要がある。

目を離したのはほんの数秒、隠れたりお店の中に入ったりするにはいくらなんでも時間が足りないだろう。

一度呼吸を整え脳に酸素を送り込むために深呼吸を繰り返す。

「何かあったの? 大丈夫? 」

「ハァ……ハァ……フーッ、藤ねぇごめん大丈夫。ちょっと色々あって。」

頭に酸素が行き渡り思考が少しずつ纏まってくる。

もしあの子が異能を持っていたら、透明になったり何処かに飛んだりするにしても異能を使うために異形になる必要がある。

そうなら異形になっている間に追いつくことができるし、藤ねぇが気付かないはずがない。

理由がわからず休憩がてらうんうんと唸っていると後ろからガサガサと音がした。

 

「女の子ってあの子? 」

藤ねぇが指差す方には、先程まで確実に居なかったのはずの道の真ん中に、物取りの女の子が息切れもせず涼しい顔でこちらを見つめている。

「うん! あの子!」

何故私より先を行っていた子が後ろに居るのか、何処かに身を潜めやり過ごすにしても隠れる所がなかったはずなのにと混乱していると、「ヌッフフェヒヒヒヘヘヘイイィ」と珍妙な笑い声と無邪気な笑顔をぶつけながら乳白色のビニール袋からうっすらと透けて見える財布やスマホをガサガサとこちらに見せつける。

「……人のことおちょくりおってからに……。」

「なに? なんかあったの? 」

フツフツと静かに怒りが込み上げる。

怒りがあちらに伝わったのか、それともおちょくることに満足したのか無邪気な笑顔を見せたままクルリと背を向き再び走り出した。

「藤ねぇありがと! じゃあね! 」

「ちょっと! えぇ? ……転ばないようにね〜。」

 

追いかけっこが再開し、既に三十分近く格闘した体は悲鳴をあげ、体力が底をつき始め上がらなくなってきた足を気力で持ち上げ尚も追い縋る。

対する女の子は未だ余裕綽々といった表情。

徐々に差をつけられて見失うのは明白だろう。

優禍の体が悲鳴をあげ始めた頃、あるものが視界の隅に入る。

「きみさん?! きみさん大丈夫!? 」

「痛、イタタタ……タタ……。」

二人組の老婆の片割れが腰を抑え道で蹲まっており、もう一人の老婆は心配そうに様子をうかがう。

 

この時、十上 優禍が行うべき行動は<自身の持ち物を奪取した若人を追いかける>ことである。

蹲る老婆はとどのつまり赤の他人であり助けた所で利点も無いに等しい。それに放って置いても老婆の片割れが救急車を呼ぶか、誰かが助けるはずだろう。自分の大切な金、個人情報、自己の欲望を解放するための隠れ蓑。どちらを選ぶべきか言うまでもない。

十上 優禍は老人を見て見ぬ振りをし、眼の前の若人を追いか「大丈夫ですか!? 」

優禍は踵を返し、蹲る老婆へと駆け寄った。

「お嬢ちゃん。急にきみさんが動けなくなって……腰が悪いとは言ってたけどどうしましょう。」

「ぎっくり腰ですかね……? とりあえず病院に。」

「それなら、近くにきみさんが通ってる接骨院があるのよ。そこの先生なら何かわかるかも。」 

「分かりました、そこまで連れてきますから道案内お願いします。」

優禍は蹲るおばあちゃんを背負う。

「そこの二つ目の角を曲がって……。」

 

――接骨院――

「ハァ〜……。」

疲弊しきった足をトボトボと動かしながら接骨院を後にする。

おばあさんを接骨院まで送り届け、無事大事には至らずあとは先生に任せることにしたが今からおばあちゃんのいた場所に向かっても女の子はとっくにその場を離れているだろう。

何ならこのこの町から出ている可能性も十分にあり得る。

間違ったことは決してしていない、しかし自分の行動に後悔が全く無いとは言い切ず、ジワジワと後になってタラレバがぶり返す。

<やらぬ後悔よりもやる後悔>という言葉はあるが、その代償が無視するにはあまりに大きい。

自身の個人情報、家族が必死に稼いだお金、異能を制御できる装置という唯一無二の存在を取り返すために追いかける。

自分の大切かつ人から受け取った異様なテクノロジーを見捨て、赤の他人を病院に運ぶ。

この二つの選択肢から後者を選んだ。

その理由も何とも陳腐なものである。

[ただ良い人だと思われたかったから]ただそれだけの理由で駆け寄った。

「……。」

スマホがないため警察に相談するしか手段がない。

藤ねぇか銭湯のおばあちゃんか、近くの知り合いに電話を借りて百十番しよう。

沈みきった心と足を無理繰り動かし一歩一歩足を進める。

「あ。」

切り替えられぬまま顔をあげるととっくの昔に振り切られたはずの女の子が笑顔でガサガサとビニール袋をゆすっている。

「ご褒美。」

そう言うと持っていたビニール袋を優禍の方に投げつける。

ポーンと投げられたビニール袋は綺麗な弧を描き、優禍の元へ収まった。

 

「ヌッフフヒヒヒヒヘヘヘイィィ。」

満足したのか珍妙な笑い声を漏らしながらフラリと姿を消した。

ビニール袋の中を確認すると財布やスマホがしっかり入っており、財布の中も開けて見てもお金や身分所代わりの学生書はおろか、レシートまで何一つとして手を付けられていなかった。

「……なにがしたかったんだろ、あの子……。」

呆然としているとスマホが震え、確認すると非通知からの電話だった。

「はいもしもし。」

『やあやあやあ観ていたよ優禍くん。』

電話から低めの女性の声が響く。久しく聞いたその声はやや笑いを含んでいた。

「田中さん……。すみませんでした、校章が……。」

『“観ていた“と言っているだろう、それにあのアーマーには生体認証機能がついている。私や君のような特定の人物以外あの小さいのから装甲状態に展開することは出来ないようにしているんだよ。』

「え? 」

『当たり前だろう。あんな誰でも触れられる物に条件をつけないなんてどうかしてる。もし認証機能がなかったら、君はもっと早く正体がバレていることだろうね。』

『が、色々と改善点が見つかったねぇ。身につけていても不自然ではない、それでいて紛失の危険性が少ない形状、次の開発に活かせる……それじゃあ今後こういったようなことがないよう気をつけて、それじゃまたね。』

ご機嫌な声色でプツリと電話が切れた。

 

「……。」

緊張の糸が切れたからか疲れや空腹感が思い出したかのように襲い来る。

まだ世間一般では昼とは言い難い、家に帰っても不自然に思われるだろう。

どうするわけにもいかず当初の目的であるパトロールに向かうため、持ち物を注意を払いながら適当な路地裏に入った。

 

――銭湯――

「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん。」

銭湯にて一日の汗や疲れを根こそぎ洗い流し脱衣所で髪を乾かしているとおばあちゃんがちょいちょいと手招きする。

「……? ああ! 今朝はどうも。」

よく見ると病院までの道を教えてもらったおばあちゃんだった。

「きみさんのこと。ありがとうねぇ、きみさんも助かったって言ってたよ。」

「とりあえず大事にならなくて良かったです。」

「はいこれ。ほんの気持ちだけど。」

そう言うと番台にも売っている牛乳を取り出してきた。

「いやいやいや……。お礼が欲しいから助けたみたいになりますから、こうゆうのは気持ちだけで……。」

「良いのよ、こういうのは受け取っておきなさい。こっちはお返しがしたくてしたくてたまらないんだから。それともコーヒー牛乳の方が良かったかしら。」

この後も受け取る受け取れないの押し問答を続けたが、根負けする形で牛乳を受け取り、喉に流し込む。

風呂上がりの牛乳なんて小学生ぶりだろうか。

今回は持ち物も手元に戻り、おばあちゃんも無事。

こうして丸く物事が収まったが、ただ運が良かっただけ。

都合が良すぎるほどに運が味方していた。

普通であれば取り返しがつかないことになっていた。

今後このようなことはあってはならない。

気を引き締めなければならない、そんなことを思いながら優禍はご褒美としてもらった牛乳を飲み干した。

 

 

――星見ヶ原市立高等学校――

「おはようみんな。」

「うぃーす、おはよう。」

「おっはよー優禍。」

「おっはー優禍。やっぱり月曜はキツイねー。」

誰もが憎み、自然に憂鬱になる月曜日。

そんな気分が落ち込む一週間の始まりにこの世の春を謳歌する高校生達は気さくに朝の挨拶を交わす。

誰が言ったか「ねぇねぇ聞いて。」という典型的な話の糸口を皮切りに休みにあったことを中心に様々な話題でお喋りが始まった。

美味しいものを食べた、どこに行った、スリにあったと思ったらよくわからない理由で帰ってきた、そんな他愛もないお喋りや噂話をしている内に自分の入っている部活の話になった。

自分の部活のあるあるや嫌な先輩の話を思い思いに話す内に直海に振られる、

「そういやナオミン、そっちの部活どう? ちゃんとダンスってる? 」

「あれ? 直海なんか部活入ってっけ? 」

「そうそう優禍! ウチダンス部入ったんだ。前一緒にご飯食べてたときに言おうと思ってたんだけど……そっちのサークルの話で記憶飛んじゃって。」

「何その話気になる。」

「ダンス部かぁ。やっぱりこう、踊るの? こんな感じで。」

ダンスのつもりでクルクルと腕を不格好に回す。

「アハハ、練習とかはしてるよ。そんな感じじゃないけど。」

楽しいおふざけの最中に何かを思い出したように直海の表情に陰りが表れる。

周りの友人達がダンスの話に盛り上がっているときにそっと

「……あのさ優禍、今日そっちの部活開いてる? 」

と耳打ちする。

「開いてるよ。と言うか大体いつでも開いてるけど、どうかした? 」

優禍の返答に、気まずそうに直海が続ける。

「そう……? じゃあちょっとお邪魔していいかな? 相談したいことがあって。その……異能関係もちょっとあって。」

周りに聞こえないようにとコソコソと内緒話をしている二人に

「な〜に〜? 直海、内緒話なんてしちゃって。」

「蜜月〜。」

茶化す二人を「何でもない。」の一点張りで押し通す。

じゃれ合っていると始業のチャイムが鳴り響く。

「それじゃ放課後。また後でね。」

学生達は皆各々の席に着き、憂鬱な気持ちをそこそこに、本分である学業に身を投じた。

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