メシア・シンドローム   作:人外好

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第十一話:言訳

月曜日の鬱屈な空気も一区切りつき、今日も六時間目終了のチャイムが鳴る。

学生の大切な仕事が終わり、部活動へ向かう者、友人との談笑にふける者、そそくさと帰宅の準備をする者、様々な形で開放された時間を過ごす者がいる。

その中で浮かない顔をしながらノートをカバンに詰め込む者が一人。

「お疲れ〜。今日一緒に帰れる? 」

「ごめん、今日はちょっと用事があって。」

「お待たせ直海、行こっか。」

「なになに〜また二人して〜。」

「ヒュー昵懇(じっこん)〜。」

「なにそれ、てかそんなんじゃありません。」

「ほいほい、そういうことにしとくわ。」

「「それじゃまた明日。」」

「「バイバーイ。」」

――異能研究部 部室――

部室のドアを開けると椅子にバランスを取りながら座る先輩と、新しい事件のスクラップを壁に貼り付けるトモさんが出迎える。

「よーす優禍くんお久しぶり。と……どなた? 」

「私の友達で、相談したいことがあるって。」

「孤牙です、今回はよろしくお願いします。」

「あら相談、そちらへどうぞお二人さん。」

先に部室で気を抜いていた尾多に誘導され、二人は年長者と机を挟んで向かい合う形で着席した。

ダラリと背もたれに寄りかかっていた身を起こしポケットからメモとペンを取り出す。

「それじゃ、今回はどういった内容で? 」

 

「パパ活ぅ? 」

「……はい。」

隣の直海は意気消沈といった様子でコクリと力なく頷く。

「パパ活ってあの金もらったりするあれ? 」

普段の真夏日の太陽のような笑顔も陰り、萎縮してしまっている。

頷きから少し間を開けた後、消え入るような声で相談の概要をポツリポツリと語り始めた。

「ダンス部の練習が終わって更衣室で着替えてた時、聞いちゃったんです。」

「部活仲間がパパ活しました話でもしてたの? 」

「いえ、同じ時に部活に入った子が、先輩から勧誘と言うか強制? されてまして……。思わず割って入っちゃったんです。」

部室の空気が変わる。

パパ活と聞くと基本は《お金が欲しい女性が男性とご飯や買い物、Hなことをしてお金を貰う。》

言わば自発的に行うものだと考えていたが、部活で、しかも先輩から誘われるなんて考えられない。

 

「そしたらその先輩が『ウチの伝統みたいなもんだから』とか『じゃあ代わりにあなたがやりなさい』って。」

話が進むにつれて部室の雰囲気が重力が増したかのようにどんよりと重くなる。

部活動内のしきたりや伝統は時代によって受け継がれたり、悪しきものだと断たれながら変化してゆくものだが、先輩が後輩にパパ活を強制させるなど伝統なぞ言うことは可笑しいにも程がある。

大きくため息を吐きながら年長者の二人が同情の言葉と共に続けた。

「……めちゃくちゃだね。」

「ひっどい先輩もいたもんだ、世も末っていうか。一応聞いとくけど大人に相談した? 顧問の先生とか親とか。」

顧問の先生と聞いて、なにか様子が変わる。

ビクッと体を震わせ、恐怖に押しつぶされまいという抵抗か、ズボンをギュッと握りしめる。

「もちろん言おうとしましたよ! 先輩にも、顧問の先生に相談させてもらうって。そしたら……電話がかかってきたんです。」

「電話か、内容はどんなの? 」

「『そっちの動向は見えている。顧問の先公に言うな、もちろん警察にもだ』って。機械か何かで加工された声で……。」

「……。」

「あとは『俺のバックには異能者の組織がある』とか『警察に言ったらお前の家族がどうなっても知らない』とか、『お前が代わりに来い』って……。」

その大ぶりな淡い桃色の眼が潤む。

「直海……。」

今にも泣き出しそうな直海の背中をさすりながら、気休めの言葉をかけることしかできない。

「……話を聞く限り、その先輩と電話の相手は十中八九グルだね。」

トモさんが話を聞きながら、自身のパソコンにカタカタと何かをタイピングし、一通り打ち込み終わると隣の尾多先輩に見せる。

その画面を見て、先輩は器用に左眉だけをクイッと上げた。

「それで『今週の土曜日に神田ビルの地下駐車場に来い。お前のお友達も何人か一緒にな。』そう言って電話が切られて……。」

「なーるほどね。」とサラサラと動かしていたペンを動かす手が止まる。

「とりあえずその電話の野郎をぶっ飛ばすってことでOK? 」

「……お願いします。」

脅して無理矢理なんて許せない、俄然やる気が出てくるってものだ。

 

「けどよ、だいぶやりやすい方だよなトモさん。」

パソコンを弄っていたトモさんに目配せするとブツブツと独り言を漏らした後、「……あぁなるほど。」と一人で勝手に納得してしまった。

「……“何人か一緒に“ってことは、ウチら紛れ込ませれるんじゃない?」

相手は複数人を望んでいる。トモさんの言う通り私達の中からスパイとして入り込めればある程度安心である。

護身用のアレコレを揃えておけば、警察が来るまでの時間稼ぎにもなるはずだ。

「そういうこと、相手が複数人所望の変態で助かったな。」

「よし、誰か囮にするか。トモさん女装セットどこしまったっけ。」

「……前女装して依頼こなした時、みんなの前出た瞬間笑われるわ、したらしたでソッコーバレるわで散々だったの……覚えてないの? 」

「……結構、自信あったのよあれ。」

「じゃあ西谷くんはどうよ。」

 

「私も行かせてください。」

「友達が危険な目に合うかも知れないっていうのに、黙って見てるのは嫌です。それに私も一応女の子です、先輩よりは自然に紛れ込めるはずです。」

「……友達の不安を和らげたいのも分かる、けどね……。」

「お願いします。危なくなったらその……何とかします。」

本当にいざとなれば校章を使う。

「その美し〜い友情には感動するけど、お相手さんは異能者で女の子二人は少し不安かな。ま、何とかするのは俺の仕事だから、そう気張らずに。」

背もたれにどかっと身を委ねながら

 

「とりあえず直海さんプラス護衛の何人かって感じで計画は進めていこう。幸い時間はたっぷりあるから、準備はし放題だし。」

ホワイトボードにサラサラと書いてゆく。

「……必要な物とか誰がどこに配置とか色々書いてくから。」

直海が「ごめんちょっとトイレ。」と席を離れると、小走りでトイレの方へと向かった。

 

「……」

その女は、トイレにて個室に入り便座へと腰掛ける。

放課後の旧校舎のトイレをわざわざえり好んで使う物好きはそうそういない。

自分の他には誰もいない。そんなわかりきったことを確認した後に自身のポケットからスマホを取り出し、手慣れた様子で画面を操作し電話をかける。

無意識に緊張を促す電子音が三回ほどトイレに響き、その相手と繋がった。

「もしもし。」

 

直海が席を離れてから三分ほどの時間でホワイトボードにミミズのような文字や矢印がビッシリと書き殴られていく。

護身用のアイテムは何にするか、どのような組織がバックにいるのか、脅してきたヤツの異能の考察などがそこそこに大きいボードに所狭しと書き殴られ迷路のようになってしまっている。

「すみません、遅くなり……。」とトイレから帰ってきた直海の顔が笑顔から一気に困惑へと変わる。

正直専門用語みたいなのをバリバリ使っていて、私もおいてけぼりだったので殆どわからない。

「そこそこに書けたね。」

「……ちょっと少なくない? 」

トイレから帰ってきた直海へ向き直り「あ、そうそう直海さん。」と声を掛ける。

「こっから先はただの考察になっちゃうから、すごいつまらなくなる上に長くなっちゃうのよ。だから今日はお帰りいただいて後日に本作戦を伝えるって感じでいいかい? 」

「えっ……はい。」

「しっかり対処するからご安心を。それじゃ今日はお疲れ様。」

チョイチョイと手招きするトモさんに耳を貸す。

「……今日はお友達と一緒に帰ってあげて。怖いだろうし、誰か一緒にいるだけでもだいぶ違うだろうから。」

「……はい。」

 

こうして部室を後にした優禍達は、最寄りの駅まで歩を進める。

その道程も、駅のホームで電車を待つ時間も大して相槌や会話が噛み合わず、ギクシャクとした空気で電車を待つ。

ちょうど二人掛けの空いている席に座る。

二人の間に、沈黙が流れる。とてもとても永い沈黙。

その車両には他にも何人か同乗していたが精神的な、水飴のようにねっとりとした二人だけ空間。

電車がレールを走るときに出る一定間隔で流れるリズム、眠りを誘う心地よい揺れと降ろされたカーテンから溢れる西日がその場を支配する。

しかし、二人の五感には響かない。

「優禍、あー……その……。」

その沈黙に耐えられなくなったのか、直海が口を開く。緊張か、はたまた心にやましさがあったのか。

言葉の始まりが上擦れていた。

「うん? 」

途切れてしまった言葉の先を、ぎこちなくマゴマゴと言い淀む。頭の中ではスムーズに組み立てられたはずなのに。

「……前さ、覚えてる? 一緒にご飯食べた時『そんな部活やめたほうがいい』って言ったこと。」

「うん。」

片方は『そういえばそんな事もあったな』と軽い気持ちで頷いた。もう片方にとっては忘れていてたほうが幸せだった、というような面持ちでバツが悪そうに俯く。

「そんなこと言ったのに、いざ自分が困ったことになったら相談するのって……虫が良すぎるよね。」

「……。」

「都合がいいときだけ、友達って言葉使って助け求めるとか……ホント一番やっちゃいけないのに。」

 

「直海……それは違うよ。」

「確かに都合がいいときだけ頼るっていうのは、いけないことだと思うよ。けど、直海は脅されて誰にも言えない時に、相談してくれたんでしょ? 」

「……。」

「それに友達が困ってるときに[あーでもあんなこと言ってたしなー]なんて、そんなこと考えてらんないよ。」

「怖くても勇気を出して私達に相談してくれた。でいいじゃん。それに、話だけ聞いたらそう思ってもしょうがないよ。実際かなり危なかったし。」

「優禍……ありがとう、本当に。」

「全然! 困ったときはお互い様っていうでしょ。」

電車のリズムが、差し込む西日が感じられるほどの余裕が二人に戻ってきた。

二人に笑顔が戻ってから少し立った時、優禍がなにかに気付く。

徐々に真顔に近づいていき、後ろの窓から流れる景色をジッと見つめる、そんな友人の様子に思わず直海も困惑する。

「どうしたの? 」

「……降りる駅過ぎちゃった。」

 

 

 

 

一方、部室にて年長者二人が解読不能な記号が書かれたホワイトボードと壁に飾られたスクラップを交互に照らし合わせながら語り合う。

「トモさん、今回のどうよ。」

「……いくつか同じような事件を見つけたよ。」

「っぱ違和感あったしよ。とりあえず相手さんの能力は確定でいいよな。」

「……一番は大本を叩くこと。これが一番の対処法だけど。」

「なる早でどうにかするよ。」

「……でもどうするの? 後輩くん達が危険な目に遭うのは嫌だよ。」

「なるようにはなるとは思うけど……。問題は直海くんだっけ? その子の対処がめ〜んどくさい。」

「……どうしようか。あれは十中八九掛かってるし。」

「ま、優禍くんなら何とかしてくれるんでねぇの? 」

「……優禍くんが? 」

「ほら、友達だし。」

 

 

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