メシア・シンドローム   作:人外好

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第十二話:虫拳

四月も中盤を過ぎ、もうすぐゴールデンウィークと浮足立つ。

朝行く学生もサラリーマンもその顔からは緊張といった初々しさが鳴りを潜め、友人や同僚、先輩と共に自らの環境に幾らかの慣れを見せグループの中の立ち位置を確立しつつある。

しかしそんな者たちとは対象的に、この世の立ち位置を見いだせぬ者も存在する。

「ヒィヒィ……フィヒ……ハァ、ハァ。」

春のパステルカラー的な空気感とかけ離れた土気色のツナギを着た男が道行く人達を押しのけて、全速力で街を駆ける。

その手にはその見た目に似合わぬバッグが、もう片方の手にはナイフが握られていた。

その男は息を切らしながら路地裏にへと入り込み、周りを確認する。

やっと撒けた、逃げ切ったと胸を撫で下ろし、急いでバッグの中身を漁る。

ハンカチーフにティッシュ、手帳と目当ての物は見つからない。焦りと特有の高揚感で手が震える。

お目当ての財布を見つけた次の瞬間、件の追跡者は上空から現れた。

『ハイストップ!! 止まって下さい。』

腕から触手を伸ばし、異様な機械に身を包んだおおよそ他の異能者とは異なる別物の異端者は、手慣れた様子で淡々と話を続ける。

『その手に持っているバッグ、そのバッグを持ち主に返して、自首するなら許してあげます。あと中身も。』

その触手の異能者は機械で弄られた無機質な声で、淡々と自首を進める。

全力疾走からくる汗と直面している状況から出る冷や汗、この二つが混じり男の背中はビシャビシャだ。

「お前! お前何なんダよ!! 」

『けどもし、逃げたり無茶なことをするなら容赦はできません。ちょっと痛い目に遭ってもらいます。』

この時男の取れる選択肢は二つに一つ。

ナイフ一本と自身の異能である[均一]でわけのわからん機械野郎を相手取る、もしくは大人しく従い自首をする。

「……わカったわかっダよエヘヘェ、返すっテ約束するヨ。」

後者は無論、取れるような選択肢ではない。どうせろくな人生は今後送れやしないなら賭けに出るしかない。

大丈夫、ソレは君を守ってくれる。

ならばと後にも先にもいけなくなった男は、悪しき方へと覚悟を決める。

「けど……今じゃねぇ!!

 

バッグを老夫婦に返し、学校に向かうため街の上空を駆ける。

向かって来た男はアッサリ触手で拘束でき無力化できた、結局異能は何か知らずに終わってしまった。

しかし腕全体を一々触手にして拘束、というのはオーバーキルだし少し時間がかかるし何より疲れる。

少ない変態で手早く無力化、猫騙しみたいな運用をできれば、無駄な力みをなくして効率化ができるはず。

流石に空中で練習するのは落下する危険があるから、家に帰る時に適当な場所で練習してみよう。

そんなこんなでホームルームの時間が迫ってきた。

急がなければ。

いつもの物陰でアーマーを仕舞い、下に来ている制服で素知らぬ顔で校門をくぐる。

教室にたどり着き、友達と挨拶を交わしながら一時間目の準備をする。

今日もいつも通りだ。

 

西谷友樹は心躍らせていた。

高校入学後、すぐにまずまずの友人はできたが、己の趣味である[仮面ライダー]の話を開放できるほどには至らない。このまま好きを表に出せずやきもきしたまま時間を過ごすのかと考え始めていたところ、思わぬ好転。

居心地の良い空間と念願の趣味を共有し合える友人を超えた盟友、そして何より自分の人生の指標とも言ってもいいライダーが現実に、しかも自分を助けてくれた事。

あの夜のことは鮮明に記憶に残っている。

なに由来で変身をしているのか? 何をモチーフにしているのか?

必殺技はどんなものか? 溢れ出る妄想でその日の夜は興奮で眠ることができなかった。

週初めは姉の用事に駆り出され、顔を見せることは叶わなかったが、休みの間に用意してきた話も潤沢であり、なにから話そうか心を弾ませていたところ不意にあまり聞き慣れない声に呼び止められた。

「えっと、西谷くんだよね。」

 

放課後、異能研究部の部室内には私と先輩二人。ホワイトボードをジッと見つめる。

直海の強制パパ活の日まであと二日、今日は先輩が考えた作戦の内容や皆の配置、お相手の異能が何かの考察などを全員に説明するということで、普段解読不能な文字モドキの載せられたホワイトボードには比較的読める文字やカラフルな線が所狭しと書かれている。

あとは西谷くんが来るのを待つだけだが少し早く来すぎたのか、来る気配が全く無い。正確な時間を計ることを諦めた壁掛け時計がカチカチと一定のリズムを奏で続ける。

ホワイトボードを見るのにも飽きてきた、来るまでにボルトロンの続きでも読むかと棚に目をやると、タイミングよく部室の戸が開いた。

 

「ヤッピー西谷くん……と、何方(どなた)? 」

部室の全員が戸の方へと視線を移すと、西谷くんの後ろの方からおずおずとマスクをつけた少年が顔を出す。

ミルクティー色の柔らかそうな髪の毛、クリクリとした栗色の瞳、自分と同じくらいの小柄な体躯とかなり中性的な子が立っていた。

男子用のカッターシャツを着ているお陰で何とか性別が男だと判定できるが、服装が変われば判別がそうそういないだろう。

「俺のクラスメイトです。十上さんに用があるって。」

生成 悠一(きなりゆういち)といいます、よ、よろしくお願いします。」

自己紹介をしたあと、生成くんは小さくお辞儀をする。

真面目なのか、あるいは気が小さいのか緊張がこちらにまで伝わってくる。

「あらそう。立ったままなら何だからとりあえず二人共座って座って。」

尾多先輩に促され、二人は席に座る。

生成くんは私の正面、西谷くんはいつも陣取っている棚近くの椅子に腰掛け、ここに来た理由であるを喋り始める。

「十上さん。この前はうちの祖母を助けていただき、ありがとうございました。」

祖母……おばあちゃんを助けたと言われても心当たりがない。

最近ので思い出せるものというと、今朝ひったくりに遭った老夫婦の持ち物を取り返したくらいだが、こんなにもちゃんとお礼を言われるようなことはしていない。

しかもその時はアーマーをつけていたから、顔も名前もわからないはずだ。

そこから十上 優禍(わたし)に繋げるにはあまりにも無理がある。

「えっ……と、ごめんなさい。ちょっと思い出せないカモ……。」

愛想笑いで誤魔化しながら何とか記憶を漁る、しかし心当たりがない。

手を(こまね)いていると、あぁと気づいた様子で「ごめんなさい、何処でとか言ってませんでしたね。空碁町で腰が痛くなって動けなくなった時に、接骨院まで運んでくれたっておばあちゃんが……覚えていますか? 」と助け舟を出してくれた。

そこまで言われてやっと思い出した、お礼の牛乳まで貰っていたのに。

正直それ以前の出来事が衝撃的過ぎて記憶からすっぽ抜けていた。

「その節はドウモ……。おばあちゃん、あれから元気? 」

「はい! おかげさまで。本当はもっと早くお礼を言えたら良かったんですけど、なかなかタイミングが噛み合わなくて……。

それでいつも異能研(ここ)に居るって聞きまして。同じクラスの西谷くんに聞いてここまで来ました。」

「わざわざお礼なんて、おばあちゃんも元気そうで何よりで。」

 

「なーんか知らないけど……十上くん、色々あったのねぇ。」

何かを思い出したような悪戯を思いついた子どものように、先輩の顔が徐々に悪どく口角が上がっていく。

すぐさまその笑顔を隠し、誠実で良い先輩の面に付け替える。

「なぁ生成くん、だっけ? 」

「? はい。」

「今の話聞いてたんだけどさ、とどのつまりウチの十上くんに借りがあるわけだ。すごい言い方悪いけど。」

まるで詐欺師がカモをを引っ掛ける時の貼り付けた笑顔で気の弱そうな少年に語り掛ける。

「実はさ、今十上くんのお友達がちょーっとトラブルに巻き込まれちゃっててさ……丁度君にしかできないことがあるのよ、よければ協力してくれないかな。」

「僕にしかですか? 」

次の瞬間、先輩が考えているであろう筋書きがフッと頭に過る。

中性的で小柄、何なら声も男子にしては可愛いの部類に入る。

しかし殆ど初対面、部活にすら入ってもない上大して信頼関係も築けていないのに[こうゆうこと]を頼むのは流石に非常識が過ぎるだろう。

一瞬でもこの考えが出てきてしまった自分が嫌だ。

「そ。俺が言うのも何だけど『袖振り合うも多生の縁』なんて言葉もあるわけだしさ。」

その不穏な空気を感じ取ったのかトモさんが静止に入る。

「……睦月くん。流石にそれは駄目だと思うよ。部活の事情とか知らないのに巻き込むのも……。」

「いえ、僕ができる事ならお手伝いさせて頂きます。」

「あらそう? 嬉しいね。それじゃ早速女装してくれない? 」

「……え? 」

「言い方ァ!! 」

 

考える中で最悪のお願い方をした。

生成くんは今のお願いを理解できないのか、或いはしたくないのかフリーズし、トモさんは激昂し普段の喋り方を完全に忘れている。

発言した本人は何を考えているのか、いつもの変わらずにニコニコしている。

「こうゆうのは説明が一番大事だからな。こうゆう理由があってこうだから頼むってお願いできねぇのか。」

「ごめんごめん、結果だけお先に口から出ちゃった。」

「少しは! 考えて! 発言しろって言ってんの! 」

近距離、と言うかほぼ零距離でトモさんが尾多先輩に説教してる。

「とりあえず百十番(ひゃくとうばん)しますね。」

「西谷くんそれは勘弁して。」

一人の発言により部室は一気に賑やかとなった。

 

その後改めてトモさんが懇切丁寧に説明を行い、誤解を解くとともに直海の件についての情報共有を行った。

「……という訳なんだ。ごめんね変なことお願いして、というか君はこのこととは無関係だし全然断ってもらっても……。」

「……いえ、やらせて頂きます。恩人の友達を助けるお手伝いができるなんて、これ以上に恩を返せる機会なんてありませんから。」

「お前、覚悟決まってんな。」

こうして緊急で生成くんを加え、来る強制パパ活日に向け作戦会議をすることになった。

「OK、じゃあ……どれから話そうか。」

 

 

そんな優禍達を部室の外からじっと様子を見る者が一人。

その者の存在に気付くものは誰も居なかった。

 




※キャラクター設定※
冒頭のひったくり犯
異能:[均一]
「青あざができる」以上の衝撃を全て「青あざができる」程度の衝撃に変換する。(上限はあり。)
たとえ新幹線に衝突しようとも、二十階建てのビルから落下しても、異能さえ発動していれば、「ちょっと痛い」程度で済み、致命傷を受けることはない。
刺突や斬撃、熱には無力。

生成 悠一(15)
身長 163cm 誕生日 08/13 血液型 AB型
異能:現在不明
幼稚園から小学六年生まで空手に似た我流の拳法を近所の兄貴分から教わっていた。
現在も兄貴分が設定した自主練は続けている。


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