星見ヶ原市
市内最大の繁華街であり、映画館付きの大型ショッピングモールを筆頭に、豊富な飲食店が立ち並ぶ通常[垂涎通り]、ストレス解消に最適なカラオケや体を動かすためのバッティングセンター、ちょっと変わった掘り出し物まで取り揃えた雑貨店。
そんな賑やかなアミューズメントが密集する中央部分に楽しみ疲れ少し外れれば、昼は緑に心安らぎ、夜は綺羅びやかな光の宝石達が映える公園で休息を取れる。
駅からのアクセスも良く、また優禍達の通う星見ヶ原高から電車一本で来れるというアクセスの良さから、学生を中心に平日休日問わず多くの人がごった返す。
そんな学生にとって理想郷とも言える街の一角に構える神田ビル。そこの地下駐車場に休日にも関わらず制服を着た三人の少女
――正確には一人はれっきとした男であるのだが――
が緊張の面持ちで[パパ活]の相手を待っていた。
「……緊張してきた。」
普段着ない制服を身に纏い、私達は薄暗い駐車場で相手を待つ。入学式くらいでしか着なかった、カッターシャツにブレザー、胸元のリボンと変にカッチリしており色々と慣れない。
それは生成くんも同じなようで、特にスカートに違和感を感じているのか裾を抑えもじもじしている。
一方直海は心此処にあらずといった様子でボーッと虚空を見つめている。
お相手が来るまで仲良くお喋りに花を咲かせる、なんて空気でもない。
時計の進みが遅くなり始めた頃、一台の黒色の車が駐車場へと入り込んでくる、そのいかにもな車が一台眼の前に停まり、その中から安そうなプラ製のお面を着けた男が降りてくる。
身元や顔がバレないようにとのことなのだろう、私がどうこう文句を言える立場ではないが。
すると、何処かを見つめていた直海が不用意にも男に近づき尋ねる。
「電話の人ですか? 」
「如何にも、それで……こいつらがお前の連れか。」
その男は私達を一人一人舐め回すように体と顔を交互に視線を動かし、一通り吟味し終わったのか満足そうに頷いた。
「うむ、まあいいだろう。君達はこの車に乗ってもらう、もっと楽しい場所へと連れて行ってやろう。」
指差す車の中にはうっすらと人影が見える。
「だが……少しくらいの味見は許されるだろう。」
コツコツと靴を鳴らしながら私達の周りをクルクル周る。
そして、その靴音はある一人の後ろで止まり、怯えて震える肩へゆっくりと手を伸ばす。
「まずは……君からだ。」
男の手が生成くんの肩に触れた。
《交換》
「イヤ〜ン、もっと優しくして〜ん。」
男の手が肩に触れたその瞬間、気の弱そうなマスクの少女がお世辞にも似合っているとは言えない女装した男子に変貌した。
「?! 何だお前は! 」
「なによ失礼ね! ピッチピチのJ・K・よ♡ 」
女子制服に下手な化粧、極め付きはヘアゴムで短い青毛を無理矢理ツインテールするという徹底ぶりで、どの人物を参考にしたのかクネクネ体を動かしながら挑発するようにウインクをバチバチキメる。
信じられないものを見たと驚き離れた男に向かい、「これお近づきの印、受け取って♡ 」
とポケットから無駄に可愛らしいヘアピンやヘアゴムをそこら中にぶちまける。
「走って! 」
―パパ前日 異能研部室―
今回の協力人である生成を加え、副部長が作戦の概要を説明し始める。
『それじゃ作戦一、どんな形であれ相手さんが接触してきたら俺の異能で位置を入れ替える。俺が合図をするから残った二人は逃げてもらって、あとは俺がどうにかする。以上! 』
自信満々な笑顔を浮かべながら、今説明した通りの文章がでかでかと書かれたホワイトボードをペシペシと叩く。
『まーた俺の時みたいに脳筋作戦すか? 』
『脳筋なのは否定できない、けど今回はちょっと違う。』
ボードに備え付のマッキーでペン回しをしながら先輩は説明の続きを行う。
その続きに私は耳を疑った。
『まずお相手さんだけど十中八九、駐車場には来ないと思う。』
『……じゃあ今回の作戦土台からだめになりますけど。』
『そう! それが狙い、作戦一は初めから破綻するようにできてるんだ。というわけでこちらをご覧ください。』
どうゆうことかと頭にハテナマークを浮かべる私達一年をよそに尾多先輩はホワイトボードに手を掛ける。
クルリと回転したボードの裏側にはさらにでかでかと書かれた[作戦二]の文字。
『……これは今までの事件を見てきた統計的な話なんだけど、万能感を持った異能者は基本能力に任せて暴れることが多い、けどそれは《異能が攻撃力を持つ者》がほとんどなんだよ。西谷くんの時の人も一応物理的な攻撃はできたわけだし……。』
確かに私がこれまで戦った異能者を思い出してみても、トゲを生やしたりネバネバな液体を出したりと、もれなく全員何かしら殺傷能力があったり、逃走時の戦闘において役に立つ異能ではあった。
『僕、素人なので何もわからないんですが……先の話と今回で何の関係が? 』
『人を傷つけることができる異能なら直接脅したりしたほうが早いし、そもそもそういうのは通報されてAXEに倒されるのが落ちだから……それをしないで直接顔を見せずにわざわざ電話越しだったりなんて回りくどいことをするってことは、直接攻撃力のない搦め手タイプの異能ってことなんじゃないかな〜という考え。』
『な・の・に・ここまで遠回りなことしといて最後の最後に異能者含む複数人の前に顔を出すってところに違和感感じちゃってさ。』
相手の異能や考えなんかも今の話でなんとなくはつかめて来た。それでも解消できない点がいくつもある。
『あの、色々聞きたいことがあるんですけど……。』
『はいはい、なーに? 』
『最初に、わざわざ別の作戦作る必要がわからなくて……あと、何で直海がいないんですか? 今回の依頼人だし当日来るし、情報共有したほうがいいんじゃないですか? 』
『あーそれ? それなんだけどね。』 ―――――――――――――
――――――――
――――
――
「なるほど、一杯食わせたつもりか……だが。」
気を取り戻した男が「おい」と合図をすると車から同じような面をつけた奴らが新たに三人も出てきた、更にその手にはバットやスタンガンのような物が握られている。
「君達がそういうつもりなら仕方ない。今後の関係について“相談“しなくてはいけないな。」
「OK、手荒な相談大歓迎! ですわ〜♡ 」
手筈通り、残りの二人である私と直海は指定の場所にまで一直線で駆け抜ける。
作戦一の通りに進めば、トモさんや西谷くんのいる安全な場所に向かう段取りになっている。
そんな私達を見逃すわけもなく男の一人がこちらに向き直る。
面の下からでもわかる苛立ちや焦りを言葉に乗せながら、こちらへと向かって来た。
「逃がすわけが《交換》
「ないなんて言わせな〜い! 」
「このガキ……ッ。」
「まぁまぁ皆さん落ち着いて。ま、大の大人四人も人集めた挙げ句、ガキンチョに手玉に取らて骨折り損とすりゃ
《交換》
手でも出したくなるよな。分かるぜ、その気持ち。」
言葉を遮るように、死角に回った一人がバットのスイングする不意打ちも、周りに散らばった小物と《交換》し距離を取ることで難なく避ける。
四方から来る攻撃も、時に風に揺れる柳のようにクネリと体を曲げ受け流し、時に異能を使用することで捌き切る。
「そうムキになるなって。」
《交換》
「お疲れちゃん。」
《交換》
「惜しい惜しい。」
《交換》
避けるときの煽りも忘れない。
その際肩や腰をさり気なく手を回すことで、次の交換元を確保していく。
誰よりも自身の異能のメリットを理解し、立ち回りを確立した戦法。
今回も同じセオリーに乗っ取り、四対一という圧倒的数的不利を跳ね除けパパ達を手のひらの上で転がし続ける。
「え〜ん? もう終わり? 体力な〜い、こういうのは長〜く楽しもうぜ、お・じ・様♡ 」
直美は私の手を引き走り続ける。パパの奴らは尾多先輩に足止めしてもらったことで十分すぎるほどの距離を取ることができた。
「直海……。」
駐車場を抜け、ビルを出てからもしばらく走り、路地裏を抜けた少し開けた場所に着いた時、急に速度を緩め私の手を離す。
最初に設定していた[安全な場所]とはかけ離れた不穏な雰囲気が漂う空き地。
普通の生活を送っているのでであれば近づくことはないであろう場所に女子が二人、ミスマッチした組み合わせにこの雰囲気にマッチしすぎたはぐれものが一人。
『いやーおつかレおツカれ。ヨーやっタよ。』
あくまでフランクに、良くできた部下を褒めるかのように軽い口調でこちらに喋りかけながら物陰から何かがこちらに近づいてくる。
酷くノッペリとした、生物としての熱が感じられない無機質なフォルム。
二本の腕や足が糸に縛られ、無理矢理一つにされた四肢。
縋るように寄り集まった多数の操り人形により形成された体。
その中でも特に豪華な装飾をされた人形が玉座にふんぞり返るように縛られ、本来顔が存在するべき場所に鎮座している。
人の形を取った人ならざるモノ。
その見た目にそぐわない軽い口調で友達と同じようなノリでこちらに歩を進める。
「ま、とりアエずこっちおイでよ直海ちゃん。」
―――二度異能研 部室―――
『まず孤牙さんはグル! 何かしらの形で今回の[パパ]とつながってる。』
軽い気持ちで質問をしたつもりが、帰ってきた答えはとてもじゃないが受け入れがたいものだった。
『ちょっと待って下さい。直海は、部活の先輩がパパ活をさせようとしてたのを止めて、その件で電話で脅されて……。』
『十上くんウチの部活のこと孤牙さんに話したことある? 俺の異能のこととか。』
『え? はい、あります。この間のご飯食べてた時に。』
『そん時に繋がってたかどうかは分かんないけど誰が異能者かどうかも話したことがあるってんなら……』
先輩は椅子に跨り私を真っ直ぐに見つめ、言葉の先を溜める。
ピッと指で拳銃を作りコチラ指差しながら溜めた言葉をぶつけてくる。
『お相手の狙いは多分、君だよ十上くん。』
『え? 私? 』
特に価値はない自分が目的
『正確には君そのものが狙いっていうより、[異能を持ってない孤牙さんの友人]ってのがデカいと思う。』
『……孤牙さんが相手の異能なり自分の意思なりで君に接触した、ってことはコガさんじゃ何か不都合なことが相手側にあったんじゃないかな、例えば[異能の有無]とか。』
『さっきも言った通り、こっちの状況なり作戦なり異能をもっているか否かもコガさんを通じて筒抜けだろうしね。ならそこを利用しようってのが[作戦二]だ。』
直海はそのまま異能者の方へと進む。駐車場で待っていたときのように、何も考えず何も感じず、ただ命令された通りの動きを行う。
「アンタが元締め? 」
「そういうこと。朝の駅とカ通学路とか色々努力シテさ、華ノJKを自分のモノにでキたと思っタラ……。」
人形がなにか合図をすると直海はブラウスのボタンを外し、腹の部分を露出させる。
晒された腹部は歪に捻れた樹木に変形していた。
「コレだよ。折角顔は合格点ダってのニ……萎エルわ〜。」
侮蔑するように顔をペチペチと叩き、ため息混じりで理由のわからないことを話し続ける。
「僕はね、異能者じゃ興奮しないの。分かる? どんな大人しい顔してても一皮剥けば怪物、そんな裏側がチラチラしてたら興奮できないの。」
《そんなことで? そんなくだらないことで? 》
少女の思考は、この一言で埋め尽くされた。
自分の利益の為に異能を使用する者はごまんと存在する。
しかし、異能者と対峙した数がようやく片手では収まらなくなった優禍でも、この男の異能の使用方法は理解ができなかった。
もっと有益かつ人の助けにも或いは世界の脅威にもなりかねない強力な異能を持って生まれながら、やることはちょっと手の込んだ痴漢。
おいてけぼりの少女を気にも留めず、その異能者は独自の価値観を語り続ける。
「ソの点ただノ人間は安全だし、万が一異能が解ケテもちょっと脅せば口を閉ざシテクレる。わかった? どンダけ人間の方ガイいか。」
「俺の異能は《催眠》。コんな恵マレた異能はないよ、男だッタ一度は夢見るもんダぜ? それでも骨折り損にするのも嫌だろ。せっかくJKが居るのに。けどな、こいつの通ってるとこ。こいつの友達の二、三人でも連れ帰って最悪バレてもこいつが色々被ってくれる。」
「てかさぁ! 今どき異能者っテダけで白い目で見られんだから、ガンガン能力使ッて楽しんダほうが得だろ?! お前みタイナただの人間ニゃ分かんねエかも知らねェケど!? 」
「……御生憎様。」
「ハァ? 」
「あんたの考えは全部お見通しだよ。」
『作戦二! はじめは作戦一と同じで[一緒に安全な場所に向かう]ってとこから違ってくる。』
『十上君を連れて孤牙さんは本物のパパの下に向かうだから、そこを叩く! 以上! 』
『結局脳筋ゴリ押しじゃないスか。てか先輩の異能で俺とか悠一とかと優禍の位置、交換できないんスか? 』
『これができないのよ。俺の異能、
と、これまで笑みを絶やさなかった先輩の顔がスッと締まり、真剣な顔とトーンで私に語り掛ける。
『……今回、パパに一番近づけるのは十上くん、君だ。けどそれは最も危険だってことも意味する。』
『……。』
『だけど、これはある意味最高のチャンスだ。相手がこちらを“反撃手段の持ってないカモ“と考えているのなら、相手は確実に面食らうはずだよ。』
『……そのためのグッツはちゃんと仕入れるから。』
『今回の作戦は君が鍵になる、君の行動が友達を救うか否かを決めるんだ。友達をクソ野郎の魔の手から助けてあげな。』
『……はい……! 』
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「……やっパアの作り話は無理あっタか〜、細ケエ指示は無理か。」
ブツブツと独り言とこぼしながら、バツが悪そうに男はポリポリと頭の部分をかく。
「パパ活を強制してきた先輩とか、その先輩に無理矢理パパ活させられそうになってた娘も嘘だよね? 」
「あーウソウソ、コイツに考エサセた作り話。」
「……あー良かった。」
「ん〜? 」
「だってそうでしょ? 今までのが作り話ってことは酷いことする先輩も脅されてる子も居ないってことだし、変な伝統があるダンス部も存在しないってことじゃん。どこまでが嘘でどこまでがホントかハッキリしていたのがいいからさ。」
《こいつ何言ってんだ》と哀れみと蔑みの混じった表情で人形は少女を見つめる。これからイイようにされる
「おい押さエトけ。あーそウダ、異能も使ってイいゾ。」
「ハイ。」
これまで沈黙を続けていた直海が命令された瞬間、腹から身体がメキメキと変態し、酷くボロボロに千切れた人間や山羊の手足が細く幾本もの植物の蔓によって無理矢理繋ぎ止められ、人の形を成している。
顔があるべき部分ではいくつかの種や葉が寄り集まり、何処か苦悶に満ちた般若が如き面をしていた。
「安心シロよ、催眠しテル時の記憶はネーから。」
その男は、これから自分が行えることを想像しながら、勝ち誇ったようにヘラヘラと笑う。
「わかった、最後に言っとくよ。」
友達をコケにしたこと、人をものとしか思っていないこと、良い異能を持っていながら他を貶めることにしか使っていないこと……その他全部がグチャグチャに混じった結果、こちとら怒りのボルテージはとっくにマックスだ。
幸い私は何の対抗手段を持っていないひ弱な人間ではない。
ブレザーにつけられた校章にゆっくりと手を掛ける。
「あんまり人のこと、舐めないほうがいい。」
闘争の火蓋が切られるその瞬間、コロコロと何処かから銀色の筒が転がってきた。