メシア・シンドローム   作:人外好

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第十六話:私だけの友達 あなただけの物語

―――一方 フードコート―――

優禍がお手洗いにと席を立った後、残された四人は思い思いの行動をしつつ帰りを待っていた。

次の目的地の話をし、なくなった水を補充。

適当な世間話も底をつき、一人、また一人とスマホに手を伸ばし始めた頃、時間にして四、五分といったところで、剣縁がしびれを切らし口を開いた。

「優禍遅くね? 」

「いやせっかちすぎん? もうちょい待とうよ。」

「だってさ〜さっきウチらがトイレ寄ったとき結構空いてたし、パパっと帰ってくるもんだと思ってたから余計遅く感じちゃって。」

「体調が優れないのだろうか? 或いは別の原因でここに戻ってこれないか。」

「別にそんな感じじゃなかったし……。」

「「「「……。」」」」

別の原因があるのではないか、その言葉はフードコートの一テーブルに不安の種を植え付けた。

体調が悪そうな素振りもなく、普段の学校での時間なども考えてここまで長くなることは経験上ない。

たまたまだろう、いずれ戻ってくるとわかっていても、直近での直海という前例があるせいで、霧のように彼女達の思考に纏わりつく。

その前例が、席を立つ。

「ちょっと私見てくるわ。」

「え〜心配しすぎじゃない? 」

「慎重すぎるくらいが丁度いいの、まぁすぐ戻ってくるって。」

「入れ違いにならないようケータイは持っておいたほうが良い。優禍君が帰ってきたら連絡する。」

「OK、行ってきまーす。」

 

「居ないな……どのトイレ行ったんだろ。」

直海は最寄りのトイレを覗いたが中に優禍は疎かどれも空いており、まさかと思い別のトイレへと足を運ぶも優禍らしき人影は見当たらない。

フードコートを中心に近くのドラッグストア、スーパー、靴下屋さんと手当たり次第に周りを捜索していると、それらしき風貌をした者が視界に入る。

「おーい、優禍……ん? 」

何があったかは後で聞こう、皆と話す時に教えてもらおうと思いながら、直海は少し大きめの声で話しかけようとした。

が、何やら様子がおかしい。

 

彼女は会話をしている、にこやかにかつ軽やかに言葉のキャッチボールを行うその姿は、何の変哲もない日常の一幕である。

だがそれは、相手がいて初めて成り立つものなのだ。

笑顔で語りかける彼女の前には誰もいない、虚空に向かって楽しそうにお喋りを続けている。

それを咎める者も、不審がる者もいない、周囲の人間はただ通り過ぎるだけだ。

夏のホラー映画でも最近は取り扱わない手垢のついた演出まがいの光景に、直海は己の目を疑った。

ただ何故か、恐怖とは異なる[近づいてはならない]という強い直感、或いは強迫観念のようなものが、直海の足を掴んでいた。

どうすべきかと手をこまねいていると、幻覚が見えているであろう友人は唐突にフラフラと歩き出す。

それを見失わないよう追いかけるが、触れることも見ることもできない壁がその歩みを阻みその距離は縮まらない。

結局、声を掛けることが出来ぬままエレベーターへと乗り込み上の階へと行ってしまった。

階数を記す数字がみるみる大きくなっていく。

「優禍……まじでなんかあんじゃん。」

残された直海の側にあるのは、困惑を主とした言い知れぬ感情だけだった。

 

「優禍〜〜ッ!! 」

熱烈な抱擁、フワッと鼻を通る甘い香り、一定のリズムで聴こえる心音、柔い熱。

体感的には数分は抱きしめられたのだが、実際には十秒も経ってない。

徐々に話し声や近くの大型テレビから流れる広告といった環境音が認識できるようになり、やっと一時停止した思考回路に酸素が放り込まれ稼働しだす。

「ちょっと! ちょっと待って、離してください! いきなり何するんですか! 」

自分の知り合いの中でこんなに美人さんはいないし、いきなり抱擁をかます外国チックな人もいない。

熱烈な抱擁から開放されようと半ば強引に引き剥がすと、私の拒絶に女の子は名残惜しそうに体に巻き付けた両腕を離す。

腕から解放されたあとも、その少女はこちらの困惑も気に介することなく頰を緩ませきった満面の笑みで見つめてくる。

「ほんっと……いきなり何するんですか。あと、どこかであなたとお会いしましたっけ? 」

至極当然なこの疑問に、彼女はキョトンとした顔で「私だよ〜私、覚えてないものかね? 」となおもフランクに接してくる。

ここまで自信満々に接してくると本当に私の知り合いなのではないかと思えてきてしまう。

「はい……。その、なんかすみません。」

「日野! 日野亜束(ひのあづか)! 」《日野亜束は十上優禍の親友である》

「ひのアヅカ……さん。アヅカ……アヅカ……? 」

聞いた名前を口で転がし、自分の記憶の引き出しを、特に古ぼけ錆びついたものを中心に開いていく。

しばしの逡巡、笑うアヅカさん、徐々に懐かしさという手がかりが見えてくる。

そして、その正体を掴むことができた。

「もしかして……アヅカちゃん? 」

「そう! 大正解〜や〜っと思い出してくれた。」

 

日野 亜束、改めアヅカは初めてできた、それこそお互い物心つく前からずっと一緒にいた最初で最高の親友だ。

お互い赤ちゃんのとき同じタイミングで施設に引き取られ、隣のベッドで育てられた。

ご飯のときも、お昼寝のときも、勉強のときも、成長し私が兄貴達に引き取られるその日までずっと一緒にいた。

以降も何度か手紙でのやり取りはあったものの、中学校に進学してからは、めっきり減ってしまい疎遠となってしまった。

その親友が今、目の前にいる。

身長は勿論のこと、声や髪色なんかも変わっているが、その宝石や宇宙を思わせる玉虫色の瞳は今も変わっていない。

「にしても本当に久しぶりだね。小一のとき以来だから……九年ぶりだっけ? 」

「そのくらいだね。元気だった? 」

「勿論! すこぶる元気だよ、元気すぎて思わずハグしちゃった。」

幾ら親友であったとて、いきなり抱擁というのは少々、いや大いに常識外れなのではないだろうか。

それでも、九年ぶりに親友と再開した喜びと驚きと比べたら些末なことなのだろう。

「そうだ! 折角会えたんだからさ、今からお茶しない? 詰まる話もあるってね。」

「ごめん、今友達と一緒に来ててさ。スマホとかもおいてきちゃってるし……取り敢えず一旦みんなのとこに戻らなきゃ。」

魅力的な提案であるが、今日は一人で来た訳では無い。

もっともっと話していたいが、直海達をこれ以上待たせるわけにもいかない。

「え〜、ちょっとだけ良いでしょ? 本当すぐ終わるからさ……ねっ? 」《日野亜束は十上優禍とお喋りをした その間 誰一人として邪魔をする者は現れなかった》

「……しょうがないな、少しだけね。」

「やった、お気に入りの場所があるからそこで話そ。」

そうして、私が誘われるがままエレベーターへと乗った。

 

―――ショッピングモール屋上―――

屋上の広場は休憩や子どもの遊び場でもある芝生に加え、悠幻町を一望できる展望台が設置されている。

私達は、自然の調和の象徴である青空と綿雲のマーブル模様と、人類が作り築いてきたビル群が一度に楽しめるベストポジションのベンチへと腰掛けた。

チラリとアヅカの方を見ると、お昼の少し加減を間違えたような日差しに照らされて、気持ちよさそうに伸びをしている。

「ここ私好きなんだよね、お休みの日とかよくここに来て景色見たりしてるの。」

「確かにアヅカ好きだったもんね、高いとこから空とか景色観るの。」

「バカと毛虫は高いとこが好きってね。」

「自分でバカって言うもんじゃないよ。」

「にしてももう十五か〜、優禍って高校行ってるの? 」

「行ってるよ、星見ヶ原校ってとこ。アヅカは? 」

「ん~~内緒。」

「なにそれ、勿体ぶらずに教えてよ。」

「内緒〜、秘密主義でーす。」

彼女はいたずらっぽく笑う。

はっきり覚えているわけではないが、小さい頃はずっと一緒にいたから秘密なんて一個もなかったのに。

変わっていないのは、その思わず何でも許してしまいそうな笑顔だけだ。

「じゃあさ、なにしてるかだけでも教えてよ。」

「神様。」

「……新興宗教始めた? 」

「ホントだよ、空だって飛べちゃうんだから。」

「うち壺とか買うお金ないよ。」

アヅカはそのまま二ヘラと笑い、対するこちらは苦笑い。

なにがあったらこんなに不思議ちゃんになってしまうなのだろうか、“空も飛べる“というのは今の時代、不思議なことではないのだが。

「そんな優禍に神様が予言をして差し上げよう、特別だよ〜。」

「ホントにできるの? 予言なんて。」

こっちの懐疑の目を気にせず、アヅカは頭に手を当てムムムと何かを念じ始める。

一頻り唸ったあと、何かを受信したのかクワッとコチラを見据える。

「優禍さん! 次は《熱》に気を付けてください! 」

「なにそれ、どうゆうキャラ設定? 」

曖昧過ぎる予言の内容に、どういう返答をすればいいのか分からない。

真面目に話を広げるわけにもいかないし、冗談だろうと軽く受け流そうと笑っていたら

「まぁ、いずれ分かるよ。」

その顔は、笑っていた。

こちらの何もかもを見透かしたような笑顔だった。

 

「優禍! 」

「あ、直海。」

「『あ、直海。』じゃないよ、ここトイレじゃないじゃん! 屋上! しかも屋外! 」

「だって……あれ? 」

何で、私はここに居るんだろう。

「ほら行くよ、みんな待ってるんだから。」

「……うん。」

なにがなんやらわからないまま、手を引っ張られ皆が待っているフードコートまで戻った。

戻ってからは体調はどうとか、何で屋上で、しかも一人で居たのかなど色々なことの質問責め。

気付いたら居たと正直に答えたら、「なにそれ、怖。」の一言で済まされてしまった。

最終的に、この件は思考を放棄することで決定、取り敢えず何もなかったということにして、楽しいショッピングを再開した。

服やアクセサリー、日用雑貨に本など隅々までモール内を見て回り、ならば次はとモールを飛び出し、垂涎通りまで足を運んだ。

あれが食べたい、これが食べたい、これ半分こと。

 

最後に入ったお店は[カラオケボンバイエ]。

やっぱり締めはカラオケだと言う事で、やってきたのはカラオケ店。

何回か藤ねぇのスナックで歌ったことはあるから人並みには歌えるだろうが、友達の前というのはまた違ったむず痒さというものを感じてしまう。

各自自分の好きなドリンクを手に持ち、何を歌うかと特につるぎが息を巻く。

「っしゃー! 喉ガッスガスになるまで歌ってやる! 」

「トップバッター誰行く? 曲入れとくよ。」

「ちょっとトイレ行ってきまーす。」

「みんな持ち歌とかあるの? 」

「私はポ◯ョがいい。」

各自歌う曲を決め、トップバッターははっすー。

「一番、蓮摘秋穂! 歌います! 」

いかにも盛り上げるぞって感じのハイテンポな曲、初めて聞くので合いの手なんかはわからなかったが、それでも楽しむことができ、最後まで個室内のテンションをアゲアゲにして、一曲目が終了した。

「おっしゃい! 次誰行く?! 」

その後も歌い、飲み、散々喉を痛めつけ、笑い疲れヘトヘトになりながら解散、結局十九時を少し過ぎたくらいの時間に帰宅した。

 

気がつくと、夢の世界から一瞬で現実へと引き戻す目覚ましの音が頭上で鳴り響いていた。

いつの間にか寝てしまっていた、兄貴たちが引いてくれたのかしっかり布団の上で。

寝ぼけ眼で台所へ向かうと、まだ温かさをもつ目玉焼きと食パンと、それに紙が添えられていた。

「優香へ。

藤ねぇさんとこのタッパーが溜まってきたから、起きたら返しておいてください。

お兄ちゃん一同。」

サクッと朝食を食べ終え、身支度を整える。

昨日のカラオケで調子に乗りすぎたのか、声がガサガサだ。

スナックに行く途中の電気屋さん、そこのテレビから流れる極々ありふれたとあるニュースが妙に、自然に耳に入り込んで来た。

 

『先日未明、星見ヶ原市空碁町で「火の手が上がっている」と近隣の住人から消防に通報がありました。

消防などによりますと、この火事で木造のアパートが全焼し、午前四時前に鎮火しました。

アパートに住む小嶋 千遥(こじま ちはる)さんと連絡が取れないことから、警察が確認を急ぐとともに、出火原因などを調べています。

続いてのニュースです。』

ボソッと声が漏れ出た。

「近くじゃん、怖。」

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