私は 恥と後悔の多い人生を送ってきました
三人姉妹の真ん中として生を受け 小学生から高校まで いや 生まれてこの方カーストと呼ばれる三角形の底辺に居続けていました
年中続くアカギレと 消えぬクマの見窄らしい外見
この見た目のせいで 少年期に必要な人間関係や成功体験もまともに得ることができず 気弱で引っ込み思案な性格と人格が完成されてしまいました これは 生まれ持った性格もあるのでしょうが
それもこれも[異能]のせいでしょう。
三人姉妹の中で唯一 何か異能を持って生まれたこの体ですが 二十三年生きていて一度も異能を使えたことがありません。
未だ自分の異能を知らない人なんて 私くらいなのではないでしょうか。
春の温かさも徐々に狂気を帯び始め 夏の足音が聞こえてこようとも収まらぬアカギレと醜い顔をさらしながら 今もこうして行きたくもない職場まで 足を動かしているのであります。
家族の軽蔑に満ちたあの顔を 学生時代に受けたあの屈辱を 糞上司の悪寒を感じる色欲を
フラッシュバックしながら会社へと歩を進めるのであります
「どケぇ!! 」
振り返る暇もなく押しのけられ 体をコンクリートに打ち付けてしまいました
何事かと目で追うと そこには走り去る異能者の姿がありました 土気色のツナギに手にはお上品なバック
ひったくりでしょう 突き飛ばされたのは頭にきましたが 文句を言う前に遠く遠くに行ってしまいました
突き飛ばされたせいで放り出された鞄を拾い 憂鬱になりながら再び歩を進めると チラリと上空に何かが通るのが見えました
私は それにどうしようもなく心を擽られ 正体が何なのか確かめたくなりました
大通りからから外れた路地裏 不安を煽るような狭さと薄暗さが支配するそこに 件のお方は居たのです
「ヒッ! 」
先ほどひったくりの男が触手によってぐるぐる巻きにされていたのです
思わず漏れ出たその声が その異能者にも聞こえたのでしょう キッと私の方を睨みつけてきたのです
殺される 家族に掛けられた保険金もなにか有意義に使ってくれるでしょうか
ですが こちらの心配は杞憂で終わりそうです
『あぁ大丈夫です怪しいものじゃありません! すみませんびっくりさせちゃって。』
面妖な機械に身を包んだその御仁は慌てた様子でこちらに向かって懇願するようでした 大人しくしていれば 危害をかけるような感じではなさそうです
「ぇっ、ぁあヒッャはい……。」
先程見たときは一瞬だったのでよくわかりませんでしたが 近場でまじまじと見てみるとそこまで大きくありません
声は変成器で変えられていましたが 威圧感のようなものもなく まだ十代の子どものような青臭さがありました
「ぁっ、あのあなたはソノ……なんなんですか? 」
『えーっと、その……。自警団みたいな活動をしております……。今もひったくりをした人を捕まえたとこです。』
「ぁぁ……ソノ……。」
『そうだ、あなた警察に通報してくれませんか? 』
「……通報? 」
『はい。ひったくりした人がいるって警察に。』
「……私が……ですか? 」
『はい、自分はもう行かなきゃならなくて、あなたにしか頼めないんです。』
「私しか……わっ、わかりました……。」
『あと、私のことは誰にも喋らないでください、警察にも。』
「……ナイショ……。」
『そうナイショです。今から取られたものを返しに行きますので、それではよろしくお願いします! 』
そう言うと その御仁は触手を何処かに伸ばし 空を縫うように跳んで行きました
無事警察が到着 軽く事情を聞かれたあと 私は解放されました
実際は三分もかかっていない 私には 何時間も何十時間もの濃く そして刺激的な時間でした
あの瞬間 私は非日常を体験できたのです
その余韻にただ頭を溶かしていたいと思った矢先 無粋なスマホからピロンと 電子音が鳴ったのです
あの糞上司からでした
時間を見れば 遅刻ギリギリではありませんか。興奮も冷めやらぬまま 私は全力で会社へと向かいました
「小嶋さん、これ明日までにやっといて。」
「……。」
「ねぇ聞いてる? 」
「ハイ、すみません……。」
「もっかい言うけど期限は明日までだから、じゃよろしく。」
「……ワカリマシタ……。」
何故私は生きているのか
そんな疑問がどうでも良くなるほど 夢中になれるものを見つけました
“やぁお嬢さん。調子はどうですか? “
「元気ですよ〜フエへへ。」
“それは良かった! 今日もお仕事頑張ってください、応援しています! “
「エヘヘ、ありがとうヒーローくん。」
鏡の前で 妄想上の異能者さんとお話するのが最近の日課です
あの仮面の異能者さんは誰なのか そもそも何故あんなものを着ていたのか 最近何にも興味を持つことができなかった私が ここまで熱中したのは 小学生のときの折り紙くらいでしょうか
ネットで情報を漁ってみたところ 昔の 同じような人達のことを書いた本を見つけたので 久しぶりに自分のためにお金を使いました
自分も異能を持っているからでしょうか 自分でもできるのではないかと思えてきてしまうのです
今まで重荷にしか思えなかった異能が 今では早く全貌が判明してほしいとまで変わりました
そして これで会話をシメるのです
“貴方が必要なんです。いつか貴方の異能がわかったら、一緒に戦ってください! “
「エヘヘ、わかりました! 」
毎朝鏡の前に立つという一行為も 今では自分を励ますルーティンの一つとなり 今までの億劫さも何処かへと行ってしまいました
ほんの少しだけ 自分が 未来が明るくなった気がしました
夜二時を少し回ったくらいの深夜 アパートに帰宅しました
世間様はゴールデンウィークとやらに浮かれ 旅行だ遊びだとざわめき立っているようですが 私には関係などありません
なにが休みだ なにがゴールデンだと全てを投げ打てる気概があれば ここまで悩む必要もないのでしょうが
冷蔵庫の中のケーキだけが明後日に迫る特別を 知らせてくれる
いや もう明日か
二十を過ぎれば誕生日が恐ろしくなると学校の先生が言っていた気がしますが 今は生きる方がよっぽど恐ろしいです
大丈夫 きっと明日は きっといつかは私を世界は認めてくれる
私も あの仮面の人のようになれる
そんなことを思い 己を慰めながら 私は泥のように夢へと堕ちていくのです
大丈夫 きっと
私は生きてていいはずだ
時計をみたら定時を少し過ぎたところ 今日中に終わらせておかねばならない仕事も丁度終わりました さぁ帰「はいこれよろしくー。」
やだよ! 今から帰るんだよタイミングわかんねえのか!!
てか自分でやれよクソハゲ無能野郎!!
これが言えたらどれだけいいことか
「……ハイ、わかりました。」
「期限は明日までだから。じゃ、お先! 」
「……。」
結局 終電ギリギリには間に合いましたが 私がパンプスを脱いだのは 日が変わってからもう一時間は過ぎたくらいでした
誰も待っていない 狭い ボロい 暗い自宅
よくわかりませんが 孤独感 喪失感 或いは無力感のせいで 着替えることなく布団に倒れ込んでしまいました
すると スーッと体の力が抜け 急激な睡魔が私を襲い 瞼がこの世の何よりも重くなります
あぁ 折角ケーキを買ったのに
「誕生日おめでとぉ……私。」
明日には 異能が使えたらいいな
その男は、チンケな学生だった。
これといった趣味もなく、信頼できる友人もいない。
特に成績も振るわず、バイトではミスが重なり店長に叱責される始末、鬱屈な日々を送っていた。
では、その男のストレスは何処に発散したのだろう。
健全なものであれば、運動や料理、適切な量の睡眠などが挙げられる。
少々アウトラインを超えるものであれば、SNSでの誹謗中傷などが代表的だろう。
例に漏れず、男はSNSでのストレス解消を行っていた。
だが、彼が人と違っていたのは誹謗中傷は行わなったこと、そして
そのこととは、放火であった。
自分の放った火が、人々の注目を集める、そのことがその男の興奮を掻き立て、心の靄を晴らす唯一の方法であった。
ボヤでもいい、すぐに消されてもいい。
ほんの小さいニュースに載るだけで、男は満たされていた。
そして今、彼はストレスが溜まっていた。
男は決まって人の居なさそうな、または異能者が多く住んでいそうな年季の入った建物を狙い、火を放つ。
異能者は差別しても良いというネットの情報を鵜呑みにし、それでありながら人は殺すのは気が引けるという、浅ましさの表れだろう。
そして徘徊から二十分、男は標的を発見した。
手慣れた手つきで着火剤を新聞紙につけ、マッチを擦る。
マスクでも隠しきれないその笑みは、まさに邪悪であった。
気付いた時には、もう手の施しようがなかった。
その火はアパートを包み込み、もうもうと黒煙をあげる。
鳴り響くサイレン、集まる野次馬、そして。
普段の仕事の疲れがなければ、こんなことにはならなかっただろう。
少しでも早く帰宅し帰宅していれば、こんなことにはならなかっただろう。
あと少し、何かが異なれば、こんなことにはならなかっただろう。
だが、火とは何事においても平等である。
それが大切なものであろうとなかろうと、燃えゆく人に価値があろうとなかろうと、火は全てを焼く。
それを、受け入れるしかないのである。
その理不尽を呪いながら、小嶋 千遥はその生涯に幕を閉じた。
そして自身の身体に起こる変化を、死にゆく彼女自身も気づいていなかった。
「………………。」
熱い
その女は生きていた。
息が できる
だが、同時に死に絶えていた。
「ぁあァァァ……ァ。」
痛みと熱で彼女は目を覚ました。
ここはどこかにわからない、ただ焼け落ちたアパートではないことは確かである。
「ハッ……はっ……。」
灼熱の炎と熱波に身の外も中も焼かれ、殆ど炭のようになってもなお、女は死にきれずに地を這いつくばっていた。
行先は彼女自身もわからない。
ただ生に縋り付くようにがむしゃらに進み続ける。
しかし服も、髪も、喉ですら焼け焦げた彼女にも、ほんの少しの理性だけは焼け落ちていなかった。
服 服は どこかに
彼女の願いが天に通じたのか、目に映るのはホームレスの住宅という名の段ボールハウス。
おあつられ向きといったようにそこにかけられたボロ布のような衣服。
彼女はその中から特に使い古されたパーカーとスウェットを手に取り、己の炭と化した身体を包み隠した。
悠幻町は眠らない。
休日の連鎖による追い風もあり、その輝きと盛り上がりの膨張は留まることを知らず、無礼講だのオールだの気が触れたように大声で叫び合っている。
そこに現れる、招かれざる客が一人。
おかしい 色が 変わってる
皆 赤 緑 時々 青 コンクリって こんな 青色だっけ
オレンジ いっぱい
「ッチ、気を付けろよ。」
道行く人々に肩がぶつかり、注意や罵倒をされようとも彼女の耳には届かない。
眠らぬ街を夢現の思考で歩く、ただ記憶を頼りに、自分に生きていても良いと思わせてくれたあのヒーローに逢えたあの場所へ。
異様な風貌、おぼつかない足取り。どう考えてもまともな状態とは言えない、そのことを町をパトロールする警官たちも気がついた。
いつもの酔っぱらいか何かだろう、うんざりしながらも己の職務を全うするため、その推定酔っぱらいに声をかけた。
「どうもこんばんわー。大丈夫です……か……。」
フードによって隠された顔が晒される。
長時間火にによって焼かれ硬質化した皮膚は、あかぎれのように亀裂が入り、マグマを思われるオレンジ色の流動する何かが覗かせている。
爛々と明るく輝くその目を見た警官たちは、その異様さに警鐘を鳴らす。
この異能者は危険であると。
なんで みんな慌ててるんだろう
警戒態勢となった警察官を前に、異能者は何が起きているか理解ができず、焦りと困惑が蛇のように左足から這い登る。
そして、自身の姿を知る。
夜の暗がりによって鏡の性質を得たガラスに映される、その異形の体に異能者は言葉を失う。
「な゛に゛……コ゛れ゛……。」
憧れの英雄の姿とは似ても似つかない、何の変哲もないただの化け物だった。