メシア・シンドローム   作:人外好

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一部、誤字脱字を修正しました


第一章:変身
第一話:邂逅


いつもよりも早く目覚めた朝。

鏡の前にはブカブカの制服に着られながら、引きつった顔を見せる優禍がソワソワと意味もなく髪型や襟元を直している。

友達との勉強会を何十回と繰り返し、脳みそから絞り出した自己アピールポイントを先生に添削、修正を何度も共同で行った。

己の全力をぶつけ、そして桜は咲いた。

光陰矢の如し、あっという間に時間は過ぎ、今日は晴れの入学式と相成った。

「おう、緊張してんな。」

兄さんがニヤつきながら茶々を入れる。

無論、優禍は今にも倒れそうなほど緊張している。

心臓の鼓動が周りにも聞こえているのではと錯覚してしまうほど、その高鳴りは激しくなっていた。

「当たり前だよ……あー緊張する……。」

額からタラリと汗が流れる、依然呼吸は浅く早い。

「そうだな、当たり前だよな。でもよ、自分より緊張してるヤツを見ると少しは心が楽になるぞ。例えば……。」

時々口元を押さえ笑いを噛み殺しながらチラチラと雄二(兄さん)が見ている目線の先に目を向けると、ニヤけている理由が理解できた。

普段着る機会などほとんどない借り物のスーツに身を包み、ブツブツ何かを唱える総悟(兄貴)の姿がそこにはあった。

「大丈夫……俺は大丈夫だ……大丈夫。」

まだ何も始まっていないのに滝の汗を流しており、傍らには笑いを必死にこらえているお兄ちゃん()の姿が見える。

「今日の主役は優禍だよ~、なーに兄貴が一番緊張してんの。」

「ぅぅうゔるせえ! 大事な俺等の妹の晴れ舞台だぞ!? 緊張するに決まってるだろ文句あっか?! 」

「あるわ、流石に緊張しすぎだろ。」

家族の慣れぬ雰囲気といつも通りを貫く姿勢に、優禍に纏わりついていた緊張も、笑い声と共に何処かへ吹き飛び、いつもの調子を取り戻すことができた。

そんなことをしていたら、もう出発の時間、急げ急げと小さい玄関で靴を履く。

「それじゃ、行ってきます。」

「ないとは思うけど道迷わねぇようにな、兄貴は途中で倒れんなよ。行ってら。」

「……おう。行ってきます。」 

「もうグロッキーじゃん、ウケる。いってらっしゃーい。」

残る家族に見送られながら総悟(兄貴)と共に、入学式が行われる市民ホールまで向かった。

普段の乗ることのない電車に揺られながら、きっと良い学校生活なるだろうという希望と、未だ全貌が掴めぬ漠然とした不安を胸に秘め、最寄駅に着くまで心地よい揺れを堪能する。

 

何事もなく入学式を終え、帰路に着く。

その途中で、総悟はこれからバイトということで解散し、再び心地よい揺れと流れ行く景色を味わいながら、学校生活の妄想をポツリポツリと思い浮かべては泡のように忘れていく。

一頻り妄想が終わったとき、最寄りの駅に着いた。

自転車にまたがりいざ帰らんとペダルを漕ぎ出そうとした時、お使いを頼まれていたことを思い出した。

確か“スーパーのざき“は今日がセールの日だったはずだ、ここから行くには少し遠いが全体的に他のスーパーよりも安く品揃えもいい。

しかも月に一度セールとあれば、行く価値は十二分にある。

善は急げと自転車を方向転換させ、セールが始まらんとすスーパーへと向かった。

着いて早々無数の買い物客に揉まれ、命からがらセール品や頼まれていた物を買い揃え、帰ろうと自転車に手を掛ける。

いざもう一踏ん張りと愛車にまたがったとき、なんとも言い得ぬ違和感を感じた。

まさかと嫌な想像をし確認すると、想像通りタイヤがベコベコにへこんでいた。

しかも前と後ろ両方とも。

 

入学式と買い物戦争の疲弊感が体を重くする。

鉛のように重くなった足を動かしながら、トボトボと歩きで家へと帰り、ようやく見慣れた住宅街へと差し掛かったときには、優しく照らす半月が見つめていた。

眠気が纏わりついてきた頭を覚まさせるほど、まだ四月の夜は冷たさを感じさせる。

良い一日だった。

幸せと充実感を噛み締めていたその時、閑静な夜の住宅街を轟音と共に衝撃波が響く。

たおやかな幸福感に包まれていた頭は一転、状況を判断するため一気に臨戦態勢に入る。

周りの住民も先の轟音に気付き、何事かと窓から様子を伺う。

何だ、どこからだ、警察に通報するべきだ。

喧騒が辺りを支配していたとき、少女は自分でも気付かぬまま、音のした方向へ走っていた。

 

「逃げ……て……。」

「やだ! ママと一緒にいる! 」

倒壊された家に親子が取り残されている。

元々ニ階建ての戸建てが今では瓦礫と化し、幾本かの柱がここは家であったと悲しく物語る。

「お願い、逃げて……あなただけでも……。」

母親は倒壊した瓦礫や柱に挟まれ逃げられない。

その母親を助けようと駄々をこねながら必死に母を引っ張る娘。

その前には、大小細さ様々な棘が身体のいたるところから突き出ている三メートルはあろう異能者が立っていた。

ブツブツと脈絡もない単語を呟き続けながら、何処でもない虚空を見つめている。

異能者特有の能力使用によるハイ状態、その異常性が顕著に現れていた。

幸いなことに優禍は丁度建物の死角に陣取り、誰にも存在を気づかれていない。

テレビの向こう側でしか見る機会のない光景、心臓の鼓動が指数関数的に速度を上げる。

届く酸素と共に様々な考えが彼女の頭を駆け巡る。

警察に通報しなくては 黙ってみてるだけでいいのか? 流暢に待っている時間はもうない 今どうにかできるのは自分だけだ。

呼吸だけがどんどんと速くなる。

自分一人で何とかなるのか? これがあの家族の運命だ 死んでしまうのではないか? 恐い恐い恐い。

自己保身と恐怖感が思考を染めていく。

だが。

拳を握り、己を鼓舞する。

やらぬ理由は無限にあれど、やる理由は一つしかない。

深く深呼吸し、覚悟を決める。

それでも助けたい。

私にはそれができる。

今日だけは、今日ばかりは。

彼女は、彼女自身を曝け出した。

 

「ママ……。」

ゆっくりと棘の異能者が少女の方へと向き、棘によって変形した歪な腕を振り上げる。

その息は荒く、未だボソボソと呪詛を吐き漏らしたまま。

誰でも良い、神様でも悪魔でもなんだって良い。

なんだって差し出したっていい。

だから、娘を助けて。

母親の願いを踏みにじるように、棘の異能者が勢いよく腕を振り下ろされた。

刹那、不自然な影が異能者を包む。

月からの光を遮るものなどなにもないはずなのに。

フラリと影の主の方へと振り向き、その姿を確認する。

電柱の上に何かがいる。

恐らく“理解してはいけないもの“がそこにいる。

生物が元来所有する本能と言われるものが、棘の異能者に危険信号を発し、振り返るなと警告を出す。

しかし、振り返ってしまった。

見てしまった。

赤く、大きく、視るもの全てが不安が襲われるほどに満面の笑みを浮かべた月に照らされその全貌が、その御姿(みすがた)が晒された。

 

それは、人間に似ているが、生物としてはありえないほど痩せさらばえた身体と染み出す粘液。

細く長い触手に覆われた貌は獅子の(たてがみ)を思わせる。

そしてその貌を全て覆い尽くすほどの触手と、大きく開かれた口からは猿によく似た鋭い牙と根源的恐怖を思い出させる闇が延々と広がっている。

名状し難き怪物は機会を伺うかのように、ただ黙して人の子と棘の異能者を見つめている。

ほんの数瞬、時間が止まったような沈黙が流れた。

笑みを浮かべ続けていた月が雲によって顔を隠された時、怪物はフワリと跳躍し。

事は 一瞬だった。

 

固く握られた拳は鋭く伸びた棘も意に介することなく、正確に顔面を捉え地面に叩き伏せる。

再び住宅街に轟音が響き渡った。

爆発と見紛うほどの衝撃で巻き上げられた土煙が晴れ、細かい瓦礫がパラパラと落ちてくる。

少女は、今の状況を理解できずにいた。

否、理解を拒み、思考を停止していたと表現したほうが正しいだろう。

幸せな時間と、自分の家族を突如として襲った異能者。

大好きな母の、そして自分の命の灯火が潰えそうになった瞬間、異様な怪物がその異能者をいとも容易く蹂躙した。

そして今、その怪物は月に向かい、金切り音にも似た甲高い咆哮を上げる。

少女は、ただ震えることしかできなかった。

 

一頻り吠えたあと、その怪物はぬらりと少女の方へ振り向く。

少女は恐怖に支配され、カタカタと震えている。

逃げることも、生きることも諦め、ただ自分の運命を待っている。

そんなことも気に介せず、怪物はおもむろに口の中の暗黒に手を入れる。

ヘルメットのバイザーを無理矢理開けるように上顎を引き上げると、ブチブチと肉の繊維が引きちぎれる音が響く。

ブチッと完全に肉が剥がれ、ズルリと上顎を剥ぎ取ると

「アンしンして!! モうダイジょうブだよ!! 」

そこには、高揚感に満ち溢れた、己を英雄だと錯覚する優禍の顔があった。 

自分はこの家族を救えた 自分は良いことをした 

そんな幻想を味わいながら、この世の春と歓喜の笑みを浮かべる優禍の目に、絶望に染まった少女の顔が映ることはなかった。

遠くからサイレンの音が聞こえる。

「それジゃあワタしはカえルネ! バイバイ! 」

世界が自分を中心に回っていると錯覚したその怪物は、その痩せ細った足からは想像もつかぬほと高く跳躍し、夜の闇へと消えた。

その全てを、月は黙して見つめていた。

 

「こりゃ酷いな……。」

防護服を着込んだ男が惨状を見て思わず声を出す。

家は瓦礫と木片の山と化し、大切なも思い出であっただろう品々は見るも無惨な状態だ。

「母親は命に別状なし、父親は電車の遅延現場には居なかった。でもまあ……娘さんのほうが……。」

二人は少女に一瞥する。

心が砕かれ、人として屍となった肉の人形が、ただなにもない虚空を見つめていた。

「ああ、そっちのほうがもっと酷えか。」

「心の傷は一生もんだ。可哀想としか言えないな。」

その少女の行く末を憂いたあと一呼吸置き、男が今一度喋り始める。

「そういや異能者は? AXEが来たときにはもう伸びてたって聞いたけど。」

「ああ、顔面にでかいのがぶち込まれてて陥没。ワンパンだよ。ご自慢の棘もバキボキだった。」

軽くジェスチャーを交えながらの状況説明。

顔面陥没というワードに、男は肩をすくめた。

「他にも居たんだろうな、別個体でしかも強力な化け物が。でもよ、逃げられたんなら目撃情報の一つや二つ挙がってる筈だろ? 」

「もうとっくに人に戻ってるだろうよ、その逃亡者は部隊に任せとこうぜ。俺等はただの下っ端だからよ。」

「それもそうだな。」

「それじゃあ、とっとと後片付け行くか。」

「だな。」

 

とある公園の公衆便所にて、少女が一人。

薄暗く汚れた手洗い場に、汗で濡れそぼった学生服姿の少女が鏡に映る己を見つめている。

「私は……私……は……。」

ただ助けたかっただけだった。

見返りも、何もいらなかった。

しかしあの時の優禍は、確実に能力を使うこと、暴力を振るうことに快楽を感じていた。

悦楽に浸っていた自分は、確実に存在していた。

夢であると信じたい。

否、夢であると考えなければ耐えることができない。

だがどれだけ目を逸らそうとも、左手にいくつも開いた穴からダラダラと流れる血と痛みが、これは現実であると告げる。

 

良いことをしたはずだった。

見捨てればよかったのか?

家族になんて説明しよう。

あの女の子の顔は?

ただ傷付けただけだろう。

 

不安や焦燥感から様々な思考が頭を巡り、更に不安を加速させる。

ついには、全てから逃げることしか考えられなくなっていた。

ワタシは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼、少々お時間よろしいかな? 」

不意に後ろから声がかけられる。

鏡に映る自分の姿と、その後ろに浮かぶ、貼り付けられたような笑顔を浮かべる生首。

声にならない声を上げ、反射的に後ろに飛び退いた。

二秒ほど記憶は飛び、気付いた時には腰が抜け、生首相手にみっともない姿を晒していた。

言いたいことが多すぎる、恐怖と焦燥感、罪悪感それら全てがグルグルと頭の中を渋滞を起こし、言葉と紡ごうとするがパクパク口を動かすだけで声を出せずに終わる。

「これはこれは、脅かしてしまい申し訳ない。しかしここまで驚くとは想定外だったものでねぇ。」

つらつらと言葉を話す生首に対して、更に優禍の頭は混乱する。

なんとか対話を試みるために深呼吸を繰り返し、脳に新鮮な空気を供給したことで幾らか正常な判断ができるようになった。

後ろから語りかけてきた生首をよくよく観察してみると、その正体に気付く。

ふわふわと浮いていた生首は存在せず、周りの暗闇に誤魔化されていただけで、五体満足の人間であった。

ただ、不自然なまでに“黒“だ。

身を包む服装品の全てが黒なのだ。

髪、瞳、スーツ、コート、シャツ、パンツ、手袋、靴、その全てが純粋な黒である。

恐らく目視できぬところも黒なのだろう。

「深呼吸か、いいね。もっとゆっくり、鼻から吸って口から出す。」

脳が大量の酸素を受け取ったことでエンジンが掛かり、ようやくまともになりつつある思考をフル回転し言葉を絞り出す。

「あ……なた、誰? 」

「ああ、失礼。自己紹介がまだだった。」

懐から丁寧に、そして無駄のない動きで名刺を取り出し、尻もちをついたままの優禍へと差し出した。

「私、こういうものです。」

 

[異能対策班特殊兵装研究開発部長 田中一]




※キャラクター・設定紹介※

・異能犯罪
異能者が異能を使用する行為のこと。
異能犯罪の数は日に日に増加し続けており、原因の大半は生活の困窮やストレスにより、欲望の枷が外れてしまうことにある。
差別よる困窮によりどうにもできなくなった異能者或いは生き残るため、或いは一発逆転を目指して異能を使う。
一時的とは言え使用している限り、強い万能感と興奮が思考を支配し、現状を変えるための勇気が湧き出る。
冷静な判断ができなくなり凶行に及ぶ。
今度は異能を使った際に得られる異常な快楽を今一度味わうために能力を使用する。
このサイクルのせいで再犯率も高く、異能犯罪の根絶は難しいとされている。

・星見ヶ原市立高等学校
星見ヶ原市に存在する高等学校。
市の平均以上の偏差値でありながら、服装自由、髪型や髪色もある程度自由が保証されるなどといった緩い校則やアクセスの良さ、豊富な進学先などが魅力である。
そして何より新しく就任した校長の方針により、当人または家族が異能者であれば、一部学費免除といった特別措置が取られるようになった。
多くの反対の声がありながらも、「未来を担う若者を、どのような形で産まれたかでその道を決めるなどあってはならない。」
と半ば無理矢理推し進め、その結果非異能者、異能者共に毎年多くの志願者が絶えない。
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