メシア・シンドローム   作:人外好

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第十九話:膨熱

 

ゴールデンウィーク真っ只中に日本でも有数の繁華街を襲った熱波。

その事件から一夜明け、一時的にその賑を失った悠幻町では復旧作業が続けられている。

砕けたガラスに変形したコンクリート、もとが何かもわからなくなってしまった炭と燃えカスの塊が今回の事件の悲惨さを饒舌に物語る。

そこから幾らか車を飛ばしたとある建物、その中に町に甚大な被害をもたらした大罪人はいた。

個々の異能のために設計された特別な装置、身動き一つも出来ない程きつく固められた拘束。

体に埋め込まれた生命活動や異能を表示、可視化するメーター。

ここまで厳重かつ徹底的な管理は、他の一般人よりもむしろVIP待遇だと言えるだろう。

その待遇を受けている異能者は、強烈なサイレンの音により強制的に叩き起こされた。

 

目の下が窪んでいると錯覚する程のクマを溜め込んだ酷く気だるげな男がため息を吐きながら彼女の前に立ち、見た目通りの生気も抑揚もない声で、淡々と説明事項を話し始める。

「はじめまして小嶋 千遥さん、異能研究科の萩谷と申します。あなたの異能は技術転用の価値があると判断された為、こちらに収容されることに相成りました。」

「……え? 」

状況を飲み込めずにいる異能者を無視しツラツラと説明を終えた研究者らしき男は保護メガネを掛け、様々なメーターやボタンなどが取り付けられた装置の前へと移動する。

「今後の対異能犯罪の為ご協力お願いします、それではこれより耐久実験を開始します。」

わけを飲み込む前に進む物事に困惑する異能者を置いてけぼりにしながら、これまでも何十回と同じ説明を繰り返し飽き飽きとした表情のまま、冷酷ともとれるほど淡々に説明を述べた男は、ピアノで旋律を奏でるかように軽やかにボタンを操作する。

直後取り囲んでいたライトが発光、オーブントースターよろしくジリジリと彼女の全身を隈無く熱を加え始める。

苦しみ悶えつつも自身の異能により熱を吸収する様を、カメラのレンズが黙々と見つめていた。

加熱されてからきっかり三十秒後、実験の第一段階は終了。

ようやく彼女は責め苦から解放された。

「お疲れ様でした、次はもう一段回ハードなものを試してみましょう。」

「な゛ン゛て゛……こ゛ん゛ナ゛こ゛ト゛ヲ゛……! 」

「……では改めまして、ここはあなたのように異能犯罪を犯した者達を収容するための施設です。その中でもあなたの異能は熱の吸収、放出、耐性などなど色々な用途として転用できると判断された為、こちらのここで耐久実験などをしているわけです。後は異能者特有のものを諸々調べるためのサンプルとしてですかね。」

「た゛し゛テ゛……! タ゛し゛て゛く゛タ゛サ゛い゛……! 」

「それはできません、十分な量のデータを回収までこちらで過ごしていただきます。時間も限られていますので、実験を再開しますね。」

 

収容されてから幾ばくか経ったある晩、精神も肉体も疲弊し何もかもに諦めた彼女の心には、後悔の念が渦巻いていた。

あんなことをしなければ良かった、その言葉だけがこだまのように延々と自分の中で乱反射を繰り返す。

そんな普通の人間のようなことを考えながら、今日も今日とて淡々と行われる拷問じみた実験。

半ば日常となった実験は、いつもよりも早く終了した。

いつまで続くのか、自分は許されるのか、そんなことを考えながら一日を強制的に終わらせられる。

そのはずだった。

電気の衝撃により意識を断ち切られる直前、眼前に現れたのは《穴》。

何事も起こらない日常を過ごすはずであった、その日常という平穏と苦痛を破り裂くように現れた穴。

空中に突如として出現したその穴から、傲慢と見紛う程自信に満ち溢れた声が響き渡る。

『異能者達よ! 己の産まれた意味を知る時はいつか?! 君達は分かるかね? そのタイミングが? 』

当然、緊急事態であるこの状況を指を咥えて見ているほど間抜けではない。

けたたましく鳴り響く警報になだれ込む警備班、迅速に謎の穴を取り囲む。

いつも良いようにAXEのダシに使われる短絡的な異能犯罪者であればあっさりと捕縛され、新しい実験の対象とされるところだが、耳に触る厭味ったらしい言い草の台詞の主は悠々とした態度で何度も考えたであろう〆の言葉を言い放つ。

『そう、今だ!! 』

言葉の主を視認した警備の人間は引き金を引くより早く、その場へと倒れ込む。

ある者は腹を、またある者は頭を抑えながら陸上に跳ね飛ばされた窒息を待つことしか出来ない魚のように悶え苦しみ続ける。

足元に蹲る警備員達を退けつつ、優雅な足取りで凶悪犯罪者に向かって歩みを進める。

「た゛れ゛テ゛す゛カ゛……? 」

 

その出で立ちは異様であった。

いや、異様というよりは珍妙といった方が正しいだろう。

多数の三角形と円を魔法陣のように組み合わせた機械とも有機物とも見てとれるマントで全身をすっぽりと包み、顔は金魚鉢状のドーム内に煙が充満し、とても確認できたものではない。

最早何かのモニュメントと言われたほうが納得できるデザインである。

頭の先からつま先、シルエットまで何から全てが奇妙で統一されたその曇った金魚鉢は意気揚々と異能者へと話しかける。

『やぁどうも会いたかったよ、はじめまして。来て早々こんなことを言うのはどうかと思うけど、単刀直入に言わせてもらおう。僕達は君をここから出す手伝いをしに来たんだ! 』

「は゛い゛……? 」

困惑する犯罪者を尻目に、珍妙な出で立ちの男は子どもが親に嬉しかった体験を話すかのようなトーンで語り始める。

「話は聞いているよ……大変だったらしいじゃないか。自分の誕生日に放火され死亡、かと思われたが異能が発現、間一髪生き残る。」

大きな身振り手振りを交えながら、己の忌まわしき黒歴史を目の前で語られる彼女の心情は穏やかとは言い難い。

そんな心情を知ってか知らずか、尚も《小嶋 千遥》が歩んだ歴史をツラツラと語り続ける。

『その後は三日三晩生死を彷徨ったあと悠幻町へと出向き、異能を使用し暴走するものの、わけのわからん仮面の異能者(うちらのパクリ)とAXEの面々に取り押さえられ捕まって……それで今ここ、激動なんてちゃちな言葉じゃ言い表せない人生だね。』

「……」

人様の神経を逆撫でするコンテストがあれば上位入賞間違いなしの語り口、それに自信をデカ盛りして往年のヒーローモノのような決め台詞のように言い放つ。

『改めて要件を言わせてもらうよ、私達は君をここから出すために来た。』

「な゛ン゛テ゛……わ゛タ゛シ゛ナ゛ん゛テ゛す゛か゛」

『決まっているだろう?! 君が自由を求めたからさ! 力を使い、君は自由を得た! あのほんの一瞬でも君は何物にも縛られなかったはずだ! その自由を取り戻すために私達は来たんだ!! 』

「……ほ゛か゛ヲ゛あ゛タ゛っ゛て゛ク゛た゛サ゛い゛」

あまりの熱量の差に一瞬たじろぐ金魚鉢、しかしすぐに立て直し交渉を続ける。

『冷たいなぁ、そう突っぱねないでおくれよ。これは完全なる善意なんだぜ? 』

「ア゛な゛タ゛タ゛ち゛ノ゛こ゛ト゛ヲ゛……し゛ン゛ヨ゛う゛て゛キ゛な゛イ゛」

『何も私達の部下になれだとかそういうギブアンドテイクを求めてるんじゃない、ただ自由にしてあげたいだけなんだよ。それに君一人のためにここまでしたんだぜ? 他の奴らにゃ目もくれずにさ、寝っ転がってる奴らが信用の証ってことにはできない? 』

「……そ゛れ゛ニ゛」

『それに? なんだい? 』

「わ゛た゛シ゛ハ゛つ゛ミ゛を゛お゛か゛シ゛た゛……は゛ツ゛を゛う゛ケ゛る゛の゛ハ゛と゛う゛せ゛ん゛テ゛す゛」

『それ、本気で言ってる? 』

「ほ゛ん゛キ゛て゛す゛……ワ゛た゛し゛は゛あ゛の゛と゛ト゛き゛……し゛ん゛て゛お゛ケ゛は゛よ゛か゛っ゛タ゛ん゛た゛」

『……。』

「……た゛タ゛ミ゛て゛ホ゛し゛か゛っ゛た゛……な゛ニ゛か゛に゛な゛り゛タ゛カ゛っ゛た゛……そ゛レ゛な゛の゛に゛オ゛お゛ク゛の゛ひ゛と゛を゛……キ゛す゛つ゛ケ゛た゛」

『……。』

「た゛か゛ラ゛……も゛う゛……」

懺悔、己のが生まれたこと、己のしたこと、己の生き様全てを悔い、拒絶する罪の告白。

それを大人しく聞いていた金魚鉢は、時間をかけて準備したサプライズが不発に終わったかのような落胆のため息を漏らす。

そして、人であろうと掴み縋る咎人を静かに見据え、冷たく言い放った。

『思い出せよ。自分がなにをされてきたか、その時なにを感じたかを。』

その声色には、ここに現れた時のような尊大さなどどこにもない。

鈍色に光るギロチンが如きその声が鼓膜を揺らしたその瞬間、小嶋 千遥は記憶の本棚に仕舞われたとある記憶を思い出していた。

 

 『……あぁ、帰ってたの。』

困惑。

『愛美お帰り〜。学校どうだった? 』

『楽しかった! 』

『良かったね〜。おやつあるから後で一緒に食べよっか。』

『うん! 』

疎外感。

『何よこの点数は、ちゃんと勉強してんの? ……点数が取れなきゃ意味ないの! ったく、莉奈のほうが賢いんじゃない? 』

劣等感。

『うわっ化け物じゃん。』

『こっち来ないでよ気持ち悪い。』

『いじめ? そっかぁ……そんなことがあったんだ、まあでも、いじめを受ける方にも問題があるんじゃない? 』

『だってほら、君異能者だし。』

孤独感。

『また高校落ちたの?! 〜〜ッあぁもう! これで何回目よ! 』

『あなたからも何か言ってやってよ! 』

『滑り止めも落ちやがってこのクズ! 』

逃れることのできない不安。

そして

幼少の頃より押し殺してきた

溜め込み、熟成し、反省と自己嫌悪の陰に隠してきた

『愛美と莉奈だけ産まれてきたら良かったのに。』

「や゛メ゛ロ゛!! 」

心からの怒号が、現実へと引き戻した。

『……思い出してくれたかな? 』

 

『君がどんな人生を歩んできたか、君がどれだけ苦しんだのか。私には、私達には痛いほどよく分かる。』

泣いている子供を優しく諭す保護者のように優しく慎重な声色で金魚鉢は語りかける。

世の中から忌避され続けた、一人の異能者として。

『同じ母体(はら)から、ただ異能者として産まれた、たったそれだけの違いで比べられ、疎外され、差別されてきた。』

『決してやり返すこともなく、ただ耐え続けた。それが正しいと信じてずっと、ずーっと。』

『誰もがそれを美徳と考えている、誰もが今に甘んじている。だがそれは見せかけの平穏、近い将来キャパオーバーした不平不満は爆発する。』

『君が、そのトリガーになるんだ。』

「……わ゛た゛シ゛か゛? 」

『あぁそうだ! 君は思うがままにその力を使うんだ! その恵まれた力を! 一度は恨み自分を振り回した力と社会を、それを今度は君が操り壊すんだ! 君にはその権利がある!! 』

一度は飲み込み、完全にしまい込んたはずの怒りという熱。

燃え残りのカスと化したそれを無理矢理引きずり出し、薪を焚べ、風を煽り、忘れていた怒りを思い出させる。

煽り、称賛し、誑かす熱狂の言葉。

『誰もが君に夢中になる! 誰もが君に心酔し、敬意を示す! 君の熱という異能が! その異能が停滞と澱みを変えるんだ! 君にはそれができるんだよ! 』

そして、この一言が彼女を今一度動かした。

『私が! いいや皆が! 君を必要としているんだ!! 』

「わ゛た゛シ゛か゛……ひ゛ツ゛ヨ゛う゛……! 」

『あぁそうだよ君だ! 君が必要だ! 悠幻町での大事件、あんな芸当君以外でできるやつがいるか? 答えはNOだろう?! 君だからできたんだ! 君じゃなきゃ皆を動かせないんだ!!  』

鼓舞と狂乱の滝により、彼女の異能と思考のボルテージは指数関数的に上昇してゆく。

周囲の熱を吸収し、生命の源が萎縮し怯え、固まることしかできなくなる境を下回ったその時、革命者を捕らえていた忌まわしき拘束の繭は破壊され、解き放たれた。

否、たった今、本当の意味で生まれ直した。

『さぁ、君はどうしたい? 』

「……か゛そ゛く゛」

一度は全てを諦めたその女の目には、今や復讐という大義名分の火が灯っている。

その灯火は瞬く間に心と思考を支配し、生きることの喜びを膨張させていく。

「カ゛そ゛ク゛ニ゛ア゛イ゛た゛い゛!! 」

『OK! 会わせてやるさすぐにでも! ……と言いたいところだが、君には必要なものが二つある。まず一つ目はその身を飾る鎧だ。』

数日間の拘束及び実験に際し、燃え残りの皮膚や靴といった不要な装着物は全て剥ぎ取られた今、彼女に与えられたものは人としての尊厳を最低限守るためのサポーターしかない状況である。

そんな露出魔紛いについていく者などいないだろう。

『どんな象徴でも一定の見栄えは必要。』と、金魚鉢はとある小瓶のような物を彼女の前に差し出した。

『君の異能のポテンシャルを最大限引き出しつつコントロールするサポートアーマーだ。これが凄い優れものでね、能力の出力を調節するのは勿論、頭がスーッと晴れやかになるんだよ。今までグチャグチャだった思考が纏まって次にやるべきことが自然と理解できるんだよ。モーセが海を割った時も同じ気分だっただろさ。』

手のひらサイズの小瓶が黒を基調としたフルフェイスとボディスーツへと変化する。

シャチなどの海洋生物を思わせる滑らかな流線型。

肩や胸部分に装飾が施されたヒロイックなシルエット。

血管のように張り巡らされた赤いライン。

奇しくもそれは、優禍の使用しているものと酷似していた。

差別点としては、風にはためくコートとスボンくらいである。

『ついでにその声、火傷によりダメージを受けた喉の代わりに声も補正してくれるからね。』

『……本当だ。』

『正式に君は私達の仲間だ、だがまだならなきゃならないことがある。』

「……他にも何か? 」

今にも爆発しかねない情動をなんとか押し殺しながらも、その異能者は尋ねる。

『私達は人の名前を捨て自身の異能を名前として付けている、そういうルールで生きているんだ。例えば私であれば《リメンバー》というようにね。だがまだ君には名前がない、人の頃のしがらみに縛られたままなんだよ。そこでだ、私が君にぴったりな名前をつけてあげよう、新しく生まれ変わるために。』

どこを向いているかもわからない金魚鉢が宙を仰ぎ、思案しているというポーズをとる。

『その美しいマンダリンオレンジと朱色のコントラスト、目を奪われる芸術的な熱の波動、まるでこの世の人々、いや生きとし生けるもの全てを服従させる太陽のような様をとって名付けよう! 君の名は《プロミネンス》!! 』

 

『改めましておめでとう《プロミネンス》!! 君は権利を勝ち取った! 君は好きな場所で自由に異能を使い、皆を先導してきてくれ!! さぁ何処に行きたい? 今からどこへでも連れて行って差し上げよう! 』

クサいミュージカルのように身振り手振りを大きく派手に動かしながら新人へとエールを送る奇妙なオブジェとは対照的に、熱の権現は冷たく、冷静を装って返答を呟く。

『実家に。』

『わかったOK了解だ! それじゃあ行きたい所の……今回でいうと君のご実家だね。それをしっかりイメージして、なるべくはっきり明確に。それさえできたらあとはワームホールがいい具合に繋げてくれるさ。あぁワームホールってのはね……。』

初めてできた友達に自分のコレクションを次々自慢する子供のように嬉々として説明するリメンバーを無視し、プロミネンスは記憶を巡らせる。

自身にとってトラウマの巣窟を、小嶋 千遥にとって全ての始まりである場所を。

はっきりと、明確に、隅々まで。

その目を開けたとき、プロミネンスの目の前には穴が広がっていた。

『さぁ、笑顔で里帰りといこうか。』

 

熱に浮かされた異能者が解き放たれたときと同時刻。

施設からも悠幻町からも離れたとあるドラッグストアにて、迷彩柄のパーカーに身を包んだとある少女が買い物カゴに商品を放り込んでいた。

ミネラルウォーターにレトルトのお粥と風邪を引いた親のお使いのような内容のものを手際よくひょいひょいと詰め込む。

「これ、お願いしまーす。」

ドラッグストアを後にした少女は道ですれ違う有象無象の話を耳に入れつつ、目的の場所へと歩を進める。

耳に入る声も賑も徐々に少なくなり、たどり着いたは何の変哲もないもない公園。

人気のない公園にて女児が一人というシュチュエーションも相まって、幽霊か何かの類と見紛いそうであるが、片手にぶら下げたビニール袋が現実へと引き戻す。

少女は自分以外の人間がいないことを確認すると、公衆トイレの一個室へと入り、己の中身を露わにしていく。

歪に延びる身体、裂ける口、取り込まれる眼球。

二本足で立つスタイリッシュなモグラにトカゲと空力学を足してこねくり回したようなフォルムの異能者は、便器とフタの間に身を寄せる。

触れるか否かのその刹那、異能者はその隙間に吸い込まれていく。

ヌルリとたどり着いたのは二畳半程の広さの空間、その大半を占領している大きなリュックサックの傍らには、ボロボロのまま寝かされている優禍の姿があった。

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