メシア・シンドローム   作:人外好

21 / 32
〜あらすじ〜
ゴールデンウィークの惨劇から、熱の異能者は拘束され人体実験を受けていた。
日々受け続ける非人道的な実験に耐えかねた小嶋 千遥は、虚空より現れた“リメンバー“と名乗る機械に身を包んだ異能者によって解放させる。
異能をコントロールするアーマーと新しい名“プロミネンス“を手に入れた小嶋 千遥もといプロミネンスは、復讐のために施設を脱出する。
一方、優禍は以前スリを行った少女によって保護されていた。


第二十話:苛熱

 

十上優禍は、痛みによって目が覚めた。

都会の星空に良く似た、(まば)らに光が見える天井が広がる。

急な稼働命令に叩き起こされた脳細胞は未だ濃霧に覆われ、ぼうっと偽の星空を見つめた。

私はあのあとどうなったのだろうと、とにかく状況を整理するため、思い出せる範囲での記憶整理及び反芻を行う。

いつものようにパトロールをして、ご飯を食べて、異能者が暴れてたから呼び止めて……そして。

彼女の脳裏に嫌な光景が浮かぶと同時にじくじくと胸に痛みが滲み出る。

後悔の念に浸ろうとしたよりも早く、優禍の眼前の光景は少女の顔に覆われる。

「おはよぉ。」

「うわっ?! 」

予測できない咄嗟の出来事に、距離を取ろうとするのが動物である。

しかしそれがまずかった。

見えない壁に後頭部をぶつけた上、急に動いた反動で杭が撃ち込まれたかが如き激痛が全身を襲い、その二重苦に耐えきれず優禍は再び横たわる。

余りの苦しみと痛みに声も出せずに(うずく)る優禍に労いと心配の混じった声をかけ、その少女は近づく。

おかっぱの黒髪に迷彩柄のパーカー、その独特な獣臭は何時ぞやのスリの少女。

記憶に強烈なインパクトを残し嵐のように去っていった女の子が今、理由のわからない空間に二人きりという、痛みも相まって今の状況が飲み込めぬ優禍は、鯉のようにパクパクと声にならない声を出す。

「今は安静にしときなよぉ、ボロボロだったんだからぁ。」

驚く怪我人を半ば適当にあしらいながら、お粥や飲料水などを使い古されたレジ袋から取り出し整理していくその少女。

だんだんと脳に血液が送られ、少しずつ冷静になってきた優禍はおぼろげながらもあの夜での出来事を思い出す。

熱波によって吹き飛ばされた優禍は全身を打撲、痛みで意識を失い、それをスリの少女に見つかり、ここに居るという状況である。

その記憶を裏付けするように、所々壊れたアーマーの隙間から痛々しい火傷が露呈する。

自身の身体から発する痛みの危険信号から、見えていないだけで他の所も火傷や怪我をしているのだろう。

「一応消毒なんかは一通りしてるからねぇ、服はよくわからなかったからそのまんまにしてるの。」

「……。」

「お腹空いたでしょう、ご飯とか買ってきたからお食べ。あ、お腹が受け付けないだろうから最初はお粥からね。」

「……今日は何日? 」

「ん〜?」

火傷を見ていた優禍の顔がみるみるうちに青白く変色する。

「あれから何日経ったの?! あの異能者(ひと)はどうなったの?! というか……ッ、ここはどこ?! 」

熱の異能者の交戦中に気絶し、事の顛末を知らぬまま、わけの分からない空間に自分がいるという不安に飲み込まれた精神を拭うため、脳をフル稼働させありったけの疑問を出会って数時間も経っていない少女へとぶつける。

止めどなく膨張する不安に言葉と息を詰まらせながら、疑問をぶつけ続ける優禍の勢いに押されながらも、少女はなるべく刺激しないよう言葉を選びながら冷静になるように促す。

「と、とりあえず落ち着いて、冷静になって、ね? 」

狂乱状態となった優禍をなだめ、落ち着かせた少女は少しづつ今の状況について話し始めた。

 

「……ごめんなさい、その、取り乱しちゃって。……イテテ。」

「いきなりびっくりしたよ、まぁわからなくともないけどさぁ、いきなり動いたりするから体もびっくりしてるじゃないか。」

「ここはねぇ、私の異能で作った空間だよ。私の異能は“どんな隙間にも入り込める“力。どんな隙間でもこの場所につながるんだぁ。」

「それじゃ今すぐここから出して。まだあの異能者が……。」

「そこら辺はぁ大丈夫、熱の異能者は、もうAXEに捕まったよぉ。だから安心していいよぉ。」

「それで、今日は何日? 」

「五月の二日、おねーさんを拾ってから……一、二(ひぃ ふぅ)……大体二日と数時間かな。」

返答を聞き、優禍の顔はゆっくりと血の気が引いていき、青白くなっていく。

「最悪だ……絶対兄さん達心配してるよ……。どう説明しよう……。」

ガックリと肩を落とし、今後起こるであろう家族会議に頭を抱える。

そんな姿を苦笑いで受け流しながら、少女は手際よくレトルトのお粥を加熱し、白湯と共に優禍に手渡す。

「まぁ、なにはともあれ生きているからいいじゃないか。家族と再会できるのも、今からお粥が食べれるのも、何事も命あっての物種だよ。」

少女とは思えないほど達観した答えに驚きながら、ゆっくりと白粥を口へと運び、胃を優しく起こしていく。

ほぅと最大限の安堵、食事は人が活動するために必要不可欠な行為の一つである、久しぶりに命の火に薪を焚べる行為に、優禍は一気に顔をほころばせた。

半分ほど食べ進め、幾らか体にエネルギーが充填してきた頃、優禍のスマホを弄っていた少女が「ん〜〜? 」と怪訝な声を上げる。

その声に釣られた優禍が小さいスマホの画面を覗き込むと、青天の霹靂が如き映像が目に飛び込んできた。

『あー……どうも皆さん、はじめまして。』

 

事の始まりは、優禍達が映像を観るより少し前に遡る。

かつての自宅へと舞い戻った小嶋 千遥もといプロミネンスは、逃げ惑う家族に対し、熱い抱擁を交わした。

その時の家族の表情も、彼女がどんな心境であったかも、彼女以外に知る由もない。

ただ、彼女の目元からは、白い湯気が立ち上っていた。

目や耳から泡を吹き出し変色した元家族を両脇に寄せ、ソファでくつろぐプロミネンス。

何も知らずにその場面だけを切り取れば、肩を寄せ合う仲睦まじい家族そのものである。

そんな作られた家族団らんの空間の中で、適当なテレビのチャンネルを流し見しながら、彼女は次の復讐の対象を考える。

『終わったかい? 』

穴の中から顔を出した金魚鉢が、くつろぐプロミネンスに声を掛ける。

『……終わりましたよ。』

『そうかい? 大丈夫? 私、血とかそういうの駄目だからさ、オエオエしちゃうんだよ。いやはやにしても、とりあえずお疲れ様。スーツの感想とか異能の具合とか色々聞きたいところだけど、悠長にやってるまたAXEが来るだろうから、まずは移動しようか。』

返答を聞くこともなく、虚空より出現した穴が熱の異能者を飲み込んだ。

吐き出されたのは悠幻町にあるビルの屋上、千遥が再び産まれた余波によって破壊され、今は無人となっている。

『……なんでこんなところに? 』

『よくぞ聞いてくれました! 君にはとある大事な役割をしてもらいたいんだ。』

待ってましたと言わんばかりの声色で、今後の計画を話し始める。

『君には異能者のシンボルになってほしいんだよ、立ち上がるための旗印に! 異能者の現状を知ってるかい? 』

『嫌と言うほど知ってますよ……誰よりも。』

その異形や得体のしれぬ力を恐れ、同じ人の腹から産まれた者であるにも関わらず拒絶し、排除しようする。

極々普通の、防衛本能の一つである。

実際、異能者の起こす事件は周りに対する影響や被害が多く、無関係な者達を巻き込みかねない。

しかし、その大半が生活苦やストレスに耐えきれなくなった者たちが背中を押され、最後の手段として力を使うというケースである。

その最後の手段を使わせないためのセーフティネットとして、外界からの接触をなるべく減らした空碁町のようなコミュニティが存在するのだが、そこからあぶれた“無害な異能者“は、誰が起こしたかもわからない、自分が受けたわけでもない憎しみをぶつけられる羽目になる。

『家族からも、社会からも、疎外され続けた君はみんなから共感されるべき存在さ。その君が“異能さえ使えば現状を変えられる、自由を勝ち取れる“ことを証明すれば、皆に勇気を与えることができる。このクソッタレな世界はたった一人の熱気によって変えられるということを見せつけるんだよ。』

『私がシンボル……。』

『今からそのための声明を出す、世界中に君の旨を伝えるんだ。君の率直な意見こそが、皆を動かす呼び水になる。』

話しながらも、どこからか取り出したビデオカメラをセットするリメンバー。

一方のプロミネンスは、軽く深呼吸をしたあと、覚悟を決めた顔をした。

そこに虐げられた気弱な異能者は居ない、あるのは復讐という大義名分に溺れた一人の代弁者である。

 

―異能研究部部長・古原知佳・自室―

「知佳〜、お風呂沸いたから入っといで〜。」

「……お母さん先行っといて、私最後でいい。」

古原知佳は、馴染みのおもちゃ屋で購入した戦利品をコレクション用の棚へと飾り終え、ネットサーフィンを楽しんでいる最中であった。

適当な動画をラジオ代わりに雑多にサイトを行き来していた時、動画の音声が途切れ、突如として聞き慣れない声がイヤホンを通じて鼓膜へと届く。

『あー……どうも皆さん、はじめまして。』

何事かと動画サイトを確認すると、そこには一人の異能者が映し出されていた。

彼女のパソコンだけではない。道行く者のスマホに、家族で観覧していたテレビに、果ては街頭モニターでさえ、その異能者が画面を占領していた。

   『あー……どうも皆さん、はじめまして。』

『唐突にこういったメッセージみたいなのを送ってすみません、けれどこれを皆さんに伝えなければならない。』

くだらないと斜に構える者、何事かと身構える者、ただ見つめる者、反応は十人十色であった。

『私達異能者は、今まで散々な扱いを受けてきました。勿論私も、その扱いを受けてきた一人です。』

『親からの虐待、学校での虐め、社会からの懐疑の目……挙げればキリはないでしょう。』

休憩中であったAXEの面々も警戒しながら動向を見守る。

「な~んすかね、これ。」

「これまた珍しいタイプが出てきたな。とりあえず、発信元割り出して貰って踏み込むから……新人君も準備だけしといて。」

「了解。」

『けれど、そんな扱いを受けてきた私でも、クズと言われ続けた私でも、現状を変えることができるくらいの力を持って生まれてきたんです。』

『ですが、私一人では限界がある。それぐらい根深く……大きな問題です。だからこそ、だからこそ力を貸してほしい。同じような境遇にあい、その辛さに知っている人がいるなら、私に力を貸してください。』

『貴方一人の力で、今を変えられる。変える力を持って、貴方は産まれて来たんです。』

『最後に、これだけは忘れないでください。』

『貴方は自由だ。』

その言葉を最後に、映像は途絶えた。

一体何なんだったんだと混乱している人間と異能者、そんな時に一人の異能者が苦しそうに(うずくま)る。

人間的なシルエットがみるみるうちにハリネズミのような怪物へと変化し、周囲の建物や人間に向かって無作為に攻撃を始める。

それを皮切りに各地で異能者による暴動が起き、街は大混乱に陥っていた。

「クッソ、面倒臭いことになってきたなこりゃ! 」

「やっぱあの映像のやつのせいで皆奮い立っちゃったんすかね。」

「バカ、あんなもんで一々感化されてたらどこもかしこもクーデター祭りだわ。こりゃ絶対なんか絡んでるね。」

『諸々やらなきゃならないこともあるけど、今は事態鎮圧が最優先、とっとと終わらせよう。それじゃ“AXE“出動。』

 

―隙間内・異能空間―

「凄いねぇ、さっきの人。」

ことの顛末を見届けた優禍は、冷め始めた残りのお粥に水、ゼリー飲料を喉の奥へと流し込む。

「お腹がびっくりしちゃう。」と制止する少女を無視し、もの十数秒で平らげた優禍は、自身の身体とアーマーのチェックを行う。

パーカーとズボンは端が所々焦げ、本体はヒビこそ入っているが異能による体の変態は起きていないため、それ以外は正常に動作しているのだろう。

体は正直少し動くだけでも痛みが襲ってくるほどであるが、寝ていられないと自分に喝を入れ、この空間から出る準備をする。

「ねぇ。」

「駄目だよぉ。」

「まだ何も言ってないよ。」

「どうせ『あの異能者を止めるから、ここから出して』とかなんとか言うつもりでしょぉ。おねーさん、自分の体ボロボロだってわかってるよねぇ。」

図星を突かれ、たじろぎながらも優禍はその姿勢を崩さない。

「それでも行きたいんだ。私が行かなきゃダメなんだよ、ここから出して。」

「ヤダよぉ。倒れられても困るし、死んじゃったら目覚めも悪いし。それにさぁ、放っておけば良いじゃん。おねーさんじゃなくてもAXEの人たちがなんとかしてくれるでしょぅ? おねーさんが行く理由ないよぉ。」

「あの人に初めて会ったとき……いや、二回目に会ったとき私は、あの人を助けられなかった。」

「今まで、なあなあでやってきた。調子に乗って、特に考えもなしに能力を使って、目についたトラブルとかに首突っ込んで……その結果がこれで……。」

「私がもっとしっかりしていたら、あの人のことを思い出して、もっと穏便に済ませていたら、こんなことにはならなかった。」

「だから次は、手を掴まなきゃダメなんだ。あの人も助けなくちゃいけないんだ。」

「……ふーん。」

「だからお願い、ここから出して。」

「うーん……。」

狂気を孕んだ真剣な眼差しで見つめられた少女は、何かを思案したあと、おもむろにリュックサックを漁る。

「あったあった」と取り出したのは一本の注射器とアーマーのマスクであった。

「道に落ちてたから念の為ってことで取っといたんだ。これ、おねーさんのでしょ? 」

「うん、ありがとう。」

「それとこれは痛み止め、効果は大体一時間。切れたら痛いのがとんでもないほど襲ってくるよ。」

説明を聞き終わらないうちに迷いなく痛み止めを打ち込み、ヘルメットを被る。

モニターにはヒビが入り時々ノイズが走るものの、その他に機能には何ら問題はなく、正常に動作している。

早速効いてきた痛み止めの力を借り立ち上がった優禍は、少女の方へ向き直り感謝を伝える。

『本当にありがとう、これが終わったらお礼をしにくるよ。』

「どぉいたしまして、上の光が漏れてるとこから出れるからね。」

上の出口を確認し、いざ行かんと触手へ変態、深く腰を落としたところで『あっ。』と声を漏らす。

『本当に申し訳ないんだけど……もう一つだけ頼まれてくれないかな……。』

「……おねーさん、結構図々しいんだね。」

 

月もそのまぶたを閉じかける宵の時、家族への仇返しを終え、不条理と革命を伝播した狂乱の熱波は、虐げられていた同胞達が町を破壊し廻るその様を、感慨深く見つめていた。

何者でもなかった自分が他人を動かすことができる、世界を変えることができるという成功体験が彼女の歪に捻じ曲げられた自尊心を膨張させていく。

『見えるかい? 君の言葉によって突き動かされた者達が! 君が現状を変えたという事実を! さぁ君も行くんだプロミネンス、今を変える為に、皆の希望になるために。』

『……そうですね。』

アーマーに設置された放出口から徐々に熱を噴出するプロミネンス、その姿はまさに本物の太陽のようであった。

高ぶりが最高潮に達する手前で、後方から車が衝突したかのような衝撃音が響き渡る。

自分がこんなことをすれば、奴が飛んでくるのではないか、自分とまた話してくれるのではないかと、ほのかに期待していた。

その期待が、()憧れの存在が、そこにはあった。

『お久しぶりです、覚えてますか? 私のこと。』

『……えぇ待ってたよ、ヒーロー……! 』

体内から漏れ出た熱により発生した陽炎(かげろう)がユラユラと周囲の景色を歪める。

吹きすさぶビルの風、煌々と光る三日月、そして二人の異能者。

本能が拒絶するほどの熱とのリベンジマッチが、今幕を上げた。




※キャラクター紹介※
プロミネンス(小嶋 千遥)
異能:《吸熱》
周囲に存在する熱を吸収、体内に溜め込み、任意のタイミングで放出できる。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。