メシア・シンドローム   作:人外好

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第二十二:熾熱 後編

革命を求める一人の異能者は、軽く深呼吸し向き直る。

自分の憧れとなった者の異常さを、自分達が怪物であったことを改めて実感したプロミネンスは再び覚悟を決める。

『……まだ私には人間が残ってる、貴方に対する憧れと、自分に対する懐疑心。それがある限り、私は本物になれない。』

アーマーの指先部分がゆっくりと展開し、そのまま手負いの獣へと向けられる。

『貴方を倒し、世界を変えて、私が、本物のヒーローになってやる。』

『私は……ヒーローなんかじゃない、けど……。』

壊れたマスクから覗かせる左目には、(おぞ)ましいほどの闘志をが燃えていた。

『止めますよ、皆のためにも……貴方のためにも。』

熱線を放射するよりも速く、プロミネンスの眼前を触手の洪水で覆い尽くし、遠く離れたビルへと叩きつける。

『グオヘッ……』

これまでただひたすら逃げ、攻撃をしてこなかった者からの強烈なしっぺ返し。

憧れも何もかもなりふり構わなくなった英雄もどきは周りの危害(同胞達)も気にせず、反射的に反撃へと出た。

アーマーが変形し、指先部分から肘まで露出する部分が拡大。

増えた放出面積により広範囲を熱波で薙ぎ払う。

触手を放った本体諸共吹き飛ばし、巻き上げられた自転車や植木がその威力を物語る。

ビルから抜け出し、上空から確認しようと宙に浮いたところを弾丸のようなスピードで先ほど吹き飛ばしたはずの緑の怪物が直撃。

優禍は吹き飛ばされた際咄嗟に地面へ吸着、舞い散る粉塵を目隠しにリュックをキャッチ、中身の水を全身に浴びて今まで失われた水分を一気に回収していたのである。

艶と太さ、靭やかさを取り戻した触手を周りの建物や信号に伸ばし、スリングショットの要領で力を溜め、プロミネンスが近づいたタイミングで、発射。

瞬きをする間もなく鼻先に触れる触手の束、勢いそのまま己の身諸共空中へ放り投げる。

何が起こったか分からぬまま無茶苦茶に熱を放出するプロミネンスを必死に拘束。

勢いが重力に負け始めてから数秒後、アスファルトへと自由落下。

転げ回りながら着地し、互いに大ダメージを受けながらも立ち上がる。

たどり着いたこの場所は、二人が二度目に出会った悠幻町の交差点。

中途半端な工事がされたビルが観戦する二人だけのリング、最後にふさわしい場所だと言えるだろう。

『……どうしたよ。』

十上優禍はどこかこの問題を楽観視していた。

話したらわかってくれるのではないか、何か妥協案があるのではないかと考えていた。

二人が会ったときと同じように、言葉による説得で落ち着いて、穏便に済ませることができるのではないかと半ば本気で考えていた。

『……来なよ。』

しかし、そんな甘ったるい夢は見るも無残に砕け散った。

和解しえぬ意志が真正面からぶつかり合うのであれば、ここから先は意地の張り合い。

立った者が正しい、立ち続けた者こそが正しい。

衝撃で足を引きずりつつも、肩で息をする革命家へと少しづつ歩を進める。

『その『熱』を……全っ゙っ部吐キ出せば……。」

一歩、また一歩踏み締める。

手足をバラし、触手で再構成。

今までで一番太く、硬く、大きな触腕と触脚。

異形の怪物と人間的機械が混じり合った怪物を、じっとりと月が見つめる。

「あなたも、少しはスッキリするデしょ……? ねぇ……? 」

度重なる熱波による乾燥と急速に投入された水分によって、十上優禍の身体にある変化が起きていた。

異能の触手には、乾燥を防ぎ、腕や足を再形成する際の繋ぎとして粘液が常に染み出しており、体内に蓄えられた水分を元に作り出される。

勿論水がそのまま体外に出るわけではない。

塩分や粘性を伴う成分が混じった状態で出てくるため、その水分がなくなれば残った成分が触手表面に残される。

過去にも触手が乾燥することはあったが、すぐに水分補給をし短時間で事件を解決、人間の姿へと戻るため、それが残り続けることはなかった。

しかし今回は違う。

「あなたが……! あナタが私のせいデこんなコトニなったんなラ、私が責任取ラナきゃ駄目だから! 」

能力を使い終えることなく粘液を染み出し続け、乾燥に晒され続ける。

残された膜状の成分の隙間から染み出しさらに乾燥、そこから染み出しといった具合で、幾層にも重なり硬質化。

まさに、天然の鎧と化した。

「来いよ……! 全部私ガ! 受け止メテやる!! 」

宣言が耳に届いた瞬間、プロミネンスは絶叫とともに熱波を打ち放つ。

相対する優禍が放つのは全力の拳。

威力は同等、熱波は拳を、拳は熱波を真正面から打ち消した。

二度三度と熱波を打ち放つが、そのたびに拳で相殺。

ならばと範囲を絞り熱線に切り替え、プロミネンスは所構わずレーザーで薙ぎ払う。

建物や道路を豆腐のように切り裂くレーザーを撃ち続けるプロミネンスを中心に円を描くように避け続ける。

獣のように駆け回る優禍を捉えきれず幾つもの熱線が空を切り、解体途中のビルを粉々に切り刻む。

熱波は足を止め拳で相殺、レーザーは足を使い回避。

攻撃が全て通用しないことに、プロミネンスは焦りを感じていた。

体内に溜められている熱は有限、放ち続ければ底が尽きる。

空気中の熱を吸収したところで焼け石に水、ジリ貧になることは目に見えている。

対する優禍は、ブレーキが完全に壊れていた。

死の淵に立つことによる火事場の馬鹿力と、アーマーが壊れた事による異能変態の解放。

それに加え、全身を覆う断熱材代わりの粘液の鎧。

次を一切考慮しない、アクセルベタ踏みの百パーセント。

次を考える者(異能者)次を考えぬ者(怪人)

能力の相性は圧倒的に有利であるはずであるのに、背水の陣となった本物の怪人により下馬評をひっくり返されていた。

「まダ足りナイでしょ……? 来なヨ! 全部受け止めるって言ったでしょ?! 」

腹の底から湧き出る血反吐を飲み下しながら尚も叫ぶ。

その姿に、異能者は焦りや不安を吹き飛ばした。

全身のアーマーを解放、爆発にも似た熱波の波状攻撃を発動するプロミネンス。

名は体を表すその紅炎は周囲を丸ごと溶かし吹き飛ばす。

生命を拒絶する波動を全身で受け止め、優禍はその場に根を張り攻撃(不平不満)に立ち向かい続ける。

爆発が止んだ時、二人以外に何も残っていなかった。

互いに虫の息、目線が交差する時間が続く。

先に動いたのは優禍。

右腕の触腕を解き、ゆっくりと左腕に集めていく。

それに対して、同じように左腕に身体の熱を集積させるプロミネンス。

共に咆哮、全てが終わる。

持ちうる全ての熱を凝縮された灼熱の暴風。

それに相対する右腕の触手を左手に総動員した最大の剛腕。

闘争の結果を左右する運命の一発は同時に放たれる。

両者直撃クロスカウンター。

ズバァアン!!

 

観客もいないリングに破裂音が響く。

先に膝をついたのは、プロミネンスであった。

『アァ……アッアあァァァアあッ! 』

身体から大量の湯気を出し、絶叫と共に膝から崩れ落ちる。

だが、その剛腕が顔面を捉えたという事実はない。

クロスカウンターとなった一撃、その当たる瞬間に優禍は大量の触手の束に隠し持ったペットボトルを握り砕き、水をぶちまけた。

中身の水は熱の権現である異能者の全身へと降りかかり、残り少ない欠片のような熱が蒸発によって奪われる。

力なく地面に這いつくばるプロミネンス。

『いや! イヤッいやだ! やだぁ!! 』

熱が、勢いが水に溶けて消えていく。

自身を守り、革命者へと押し上げていた力が抜けていく感覚に、彼女は恐怖を感じていた。

悶え苦しむその姿を片目で見つめるは怪人。

フラフラとおぼつかぬ千鳥足。

濃集された小さな太陽を零距離で受け、辛うじて形を保っていたマスクは炭と化した。

この世のなによりも重くなった自分の体、揺れる体液入り皮袋の傾く重心に身を任せ、右へ左へとよろめきながら、一歩一歩横たわる異能者へと近づける。

「フゥーッ……フゥーッ……。」

両者死屍累々。

立つのは一人。

 

再び弱者へと下り落ちた女性は、迫りくる異常者に死を重ね、ただ身を震わすことしかできなかった。

ゆっくりと、ただゆっくりと足を引きずりながら近づくは、全身から粘液の結晶が生え出た触手の怪人。

『やめて……こないで……。』

「……。」

見下ろす側と見下される側が入れ替わった状態で、完全に機能を失った左目を使い、同じように悲しみを含ませた視線を向ける。

「……り゛……ョ゛う゛。」

熱で焼け焦げた喉から漏れ出る枯れきった声。

聞き取ることが困難なほどかすれた声を絞り出し、精一杯言葉を紡ぎ出す。

「……や゛り゛ナおし゛シ゛マ゛ょ゛う……いちカら。」

『……え? 』

「ドん゛ナひト゛でも゛……やリなおすキカいは゛あルハすです……。貴方も……ミンな゛も……。」

ふらつきながらもゆっくりと跪き、震えて蹲る元革命者に差し出される火傷だらけの手。

なんとかマスクにより守られた右目からポロポロと雫を落としながら、優禍は自分の望みを晒し続ける。

「だカラ゛……私に償わせてください。」

『……。』

「貴方を、こコまでしてしまった罪を償わせてクダさい。貴方がやり直す手伝イを……私にさせてクださい。」

「こんな私のわがままを、どうカ聞いてくれませんか。」

彼女は呆然とするしかなかった。

自分が本気で殺そうとした相手からの涙ながらの謝罪、縋るような声を漏らす自分より一回りも幼い女子が、一時とはいえ自分の心の支えとなったという事実。

手を取るのは、彼女が少し嗚咽を漏らした後であった。

貸した肩にほんのりと熱が伝わる。

「あーー……どこ行コウ、病院……? 」

こんな状態で行けるところなんてあるのか、と担いだとこで気付いた優禍は、鉛のように重くなった体と働かなくなった頭を惰性で動かしながら歩を進める。

「まぁ、大丈夫かな……大丈夫大丈夫……。」

『……あの。』

『……やり直せますかね? 私。』

人間の頃の何もかもに怯えきった時の表情でオズオズと質問を投げかけた。

そんな小動物のように震える微熱に、優禍は持てる力の残りを使い優しく笑いかける。

もう二度とこんなことにならないように。

「ヤり直セマスよ……きっと、誰だって。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《プロミネンスは自身の異能が暴走し、十上優禍の前で死ぬ》

 

『え? 』

世界にノイズが走る。

それを何かと思考を巡らせる暇もなく突如プロミネンスの体が発光。

アーマーのあらゆる所にある吸熱口が開き、周囲に存在する熱という熱を吸収し始める。

「?! 」

『嘘!? なんで?! なんで!! 』

何が起こっているのか本人でさえも理解できない。

組んだ肩を振りほどかれ、地面に倒れ込む優禍。

そんな姿が目に入らないほどの苦しみ、急な力の暴走に耐えられないプロミネンスは錯乱。

腕をやたらめったらに振り回しながら走り出す。

とにかく助けなくてはと優禍も足を踏み出すが、ガクンと力なく転倒する。

次の瞬間全身に走る杭を打ち込むような激痛。

痛み止めとアドレナリンという魔法が消え、目を逸らし続けていた痛みのツケが今になって回ってくる。

ガクガクと震える身体、霞む視界、途切れる意識。

それでも暴走する熱の塊の方へと這いずる。

助けると誓った、その約束を守らなくては。

その言葉だけが彼女に無茶をさせている。

だが、その信念を嘲笑うように熱はプロミネンスの体へと入り込み続け、オーバーフローした力に耐えられないスーツは内側から押し上げられ破壊。

全身にヒビが入り、そこから熱が溢れ出す。

制御できなくなった力に見境はない、自信をも破壊しながら溶かし、壊し、熱し続ける。

優禍が手を伸ばした時、目が合った。

自分の終わりを悟り、絶望が目に膜を張った。

臨界点に達したその身が、一際強く輝いた。

『助け

その日、悠幻町では夜明けよりまだ時間があるにも関わらず、ほんの数秒だけ太陽が昇ったとされる。

眩き閃光、その直後に放たれる爆風。

それが自由を夢見た一人の異能者、最後の花火であった。

暫くして、本物の太陽が顔を出し夜が明ける。

ある者は愛する者の亡骸を抱えて泣き腫らし、ある者は何の関係もない異能者に対して怒号を吐く。

暴れ回っていた異能者達の一部は拘束、専用の車へと押し込まれ、残った動かないタンパク質の塊は道の端に掃き溜められている。

結果、異能者を含む百十余名が負傷、十八名死亡という、AXE発足後最大とも言える集団異能使用事件は、多数の人間、異能者に多大な影響を残しながらも、被疑者死亡の形で幕を閉じた。

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