メシア・シンドローム   作:人外好

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第二十三話:熱影

AXE。

対異能犯罪のために発足された特殊部隊の一つ。

普通の人間とは異なる力を備えた異能者を制圧、確保するための強化筋肉を採用した強化装甲と形状記憶合金を超圧縮技術で複数携帯を可能とした多種多様な武装。

この二つに加え、一糸乱れぬ統率のとれた隊員達。

これが、無力とされた人間が異能者に対して抑止力たらしめる理由であった。

そのAXEの本拠地たる星見ヶ原警察署休憩スペースにて、各々の至福の一杯を傾けながらテレビから流れる情報を受け取っていた。

『こちらが集団異能使用事件があった場所、悠幻町です。割れたガラスや抉れた道路がその凄惨さを物語っています。この事件の首謀者とされる小嶋千遥容疑者は、以前行方が分かっておらず、警察は捜査を続けています。』

特に話をするわけでもなくニュースを聞いていた集団、その集団の中でも特に未熟さを感じられる一人の女性隊員が眉間にシワを寄せながら呟いた。

「“近年で最悪の異能事件……警察の対応の遅さにも怪訝の声“か。好き勝手行ってくれますよね、こっちの事情も知らないで。」

「まあ色々と結構頑張ってんだけどねー。ただでさえAXE(こっち)の人員が少ないってのに、一気に異能犯罪がでてくることなんてほとんどないんだから。」

不機嫌というオーラを前面に出しながら画面に向かって文句をたれる若人と、それをなだめる丸みを帯びた体型の女性。

尚の事ムカッ腹が収まらない新人隊員はガックリと肩を落としながら、腹に収められているムカつきを口から吐き出す。

「そうっすよね?! 大体隊員の数自体が少なすぎるんすよ!! なーにが少数精鋭すか! 入隊する人がいないからって取ってつけたような理由で誤魔化してんじゃないっすよホント! あの量すよ? プラス一人いない六人すよ?! どうしろってんですかホント! 」

プリプリと怒りを露わにするAXEの女性隊員は片手に持つエナジードリンクを喉に流し込む。

「うんうん、わからなくもないけど、人が少ないってのはどうしようもないからね〜。今対応できる人だけで、できることを頑張らないとね。」

「そうなんすけど〜、配属されて初っ端これはキツイっす。」

ブツクサと言いながらも粗方不平不満を吐き出し、ムカつきで膨らんだ腹も萎んだ新人隊員は半分ほど中身の残った缶をくるくる回しながら、全国のお天気の中から自分の地元を無意識に目で追っていた。

「んじゃそろそろ会議始まるし、ムカムカはやめやめ! 新人君も切り替えて行こう。」

「……っよし! 了解っす。」

二人は缶に残った心のガソリンを飲み干し、新たな公務のために会議室へと小走りで向かった。

 

薄暗い部屋の中にて生真面目に働く映写機がスクリーンを煌々と照らし、幾人かの異能者の顔写真と共に能力の概要が映し出されていた。

「先日の集団異能使用事件、確保した異能者はいずれも『あの映像を観たらなぜか異能を使いたくなった。』『衝動的に使ってしまった。』などの供述をしており、自らの意思で使用したわけではないと。」

「デタラメなんじゃないんすか? わざとじゃないんだー見逃してくれーみたいな。」

「そうだ! 口からでまかせに決まってる! 大概ノリだのなんだの言って後先考えずやるものなんだよこんな奴らは。」

「だから、板倉さんが前も言ったでしょ。『こんなんで異能者が異能使ってたらこの世はクーデターまみれだー。』って。」

「そのクーデターもどきを起こした奴さんはの情報は? 」

騒がしい隊員達を無視し、淡々とした口調で会議の進行を促すリーダー格の男。

その言葉を待ってましたと言わんばかりにに、スライドは次に移行する。

(くだん)の集団異能使用事件、その首謀者と思われる異能者は、我々が捕らえた小嶋千遥が使用していた異能と酷似していたため、十中八九同一人物で間違いないでしょう。」

静止画でも分かる程の気の小ささが滲み出る小嶋千遥、人間の頃の写真と、映像から切り抜かれたプロミネンスの画像が映された。

「生前の小嶋容疑者は虫も殺せない性格で、特に人前に立つことを非常に嫌うような人間だったと。」

リーダー格のオールバックは背もたれにその身を預け、うっすらと見える天井に事件の道筋を描き始める

「そんな臆病な一会社員が不特定多数に向かって革命まがいのスピーチをする凶悪異能犯罪者になっちゃったと、いくら何も豹変しすぎでしょ。」

「隊長、いつ何時異能者が異能を使うなんてのは分からんもんですぜ。ハイになったヤツのことなんて考えるほうが難しい。」

「松さん、そうゆうのノンプラ違反。」

軽く注意をしながらリーダーは再び別人とも思える程変化した二つの写真を見比べる。

「もし同一人物だってんなら、問題は捕らえてからどこで抜け出したかだねー。護送車から出たなら俺等に連絡が来ないわけがないし、そうなると送られた先の刑務所ってことになるけど……まぁいいや、それで? 」

スライドを操作していたメガネの巨漢は少し苦虫を噛み潰したような顔で報告をする。

「……まだ公表はしていませんが、悠幻町ショッピングモール前での爆発から、異能が暴走し死亡した可能性が高いです。」

「クソッ! 好き勝手暴れて逃げか! 」

「松さん、いくらなんでも言いすぎですよ。」

「被疑者死亡で終了……てな具合ではい終わりなんてことはないよね。」

「はい、次にこちらをご覧ください。」

スライドが移動し、今までの異能者とは異なる格好。

黒の機械的なスーツに緑色のラインが走る近未来的且つどこか生物的デザインをシルエット。

触手を使って宙を舞い、プロミネンスへと向かう十上優禍が映し出された。

「この異能者は以前、小嶋容疑者の身柄を拘束した際にも存在を確認しています。今回の事件でも同様です。」

「この二人はなんか関係あるんすかね? お仲間とか? 同じような機械だし。」

二人の写真を指差し見比べながら二人の関係を考察する新人。

「まぁフルフェイスと顔出しの違いはあるけど、大方同じ所っぽいよね。なんなら触手の方はうちらにも似てるし。」

「えー……続けますと、馬橋隊長のおっしゃる通りどちらも我々が使っている強化装甲のようなものを装着しています。関連性は不明ですが、強化装甲製造元のアクシス・アークス社には現在確認中です。」

「またどちらも過去に自警団まがいのことを行っていた連中が同じような格好をしていましたが、それよりも遥かに性能や機能性が向上しています。」

「ただの一般人がこんなもの持ってるわけないだろう。仮に片方の異能で作った物だとしても、それ自分で着て、もう片方を着たヤツとドンパチするなんて、いくら頭の沸いてる犯罪者でもあるわけがない! まったくこれだから異能者の考えることは分からんのだ。」

「まーつーさーんー。」

ラインを超えた年上の部下をたしなめつつ、再び上を向いて考え始めるリーダー。

それを見て、今までだんまりを決め込んでいた長髪の男が自身の考えを話し始める。

「ま、まぁ松さんの言う通り、単独犯、及び二人の共謀だとしても犯罪を犯すほどのメリットや成功する確率が少なすぎます。こ、混乱に乗じて金だの何だのを手に入れるにしても、町には自分が先導した異能者が暴れ回っている。そんな状態じゃ巻き込まれて終わりです。」

「……んまー皆解ってるとは思うけど、やっぱりいるよねー。二人を焚き付けた人。」

支援者(スポンサー)ってやつっすか? 」

「うん、二人とも同じ人から支援されてるのかそれとも別の人なのかどうにも言えないけど、異能の変態を抑えるスーツ持ってる一般人なんて居たらたまったもんじゃないし。」

「過去にやってたやつのノウハウでもあるんじゃないのかな? ほら、スポーツ選手が引退したら監督になるみたいな。」

「何にせよ今回の件に関わっていることは自明の理、こちらの触手の異能者を重要参考人として扱います。」

「今後の事件にも現れるかも知れんし、とりあえず気を引き締めて行こうか。という訳で解散! 」

ミーティングが終了し、隊員達はトレーニングや整備に向かう中、部屋の中に残ったオールバックの男はポツリと呟いた。

「……悠幻町の亡霊、ね。」

「隊長何か言いました? 」

「んー? いや何でもない、それじゃいつも通り行きましょ。」

 

―――――――――

―――――――

―――――

 

悠幻町の事件から丸一日、凄惨な事件現場からほど近い星見ヶ原市総合病院にて雪崩のように担ぎ込まれた患者のうちの一人に、優禍はいた。

腕部、足部、顔面の左半分に重度の火傷。

その他体の各地に軽度の火傷。

全身打撲による骨折、脱水、ets。

虫の息もいいところであった。

普通の人間、否、異能者であったとしても死んだ方が楽になるのではないかと言う考えが脳裏を過る方が多いだろう。

そんな状態でも、世界は彼女が死ぬことを許さなかった。

「いやぁ本当に良かったよ、異能のポテンシャルというのもあるだろうが、一日寝るだけで目が覚めるとは驚異的な生命力だね本当に。」

天井、床、シーツ、病院の清潔な白とは真反対の不吉の黒。

その色に身を包んだ女性がニヤニヤとした笑顔を向けたまま、手慣れた手つきでナイフを扱いリンゴをウサギ型に形成していく。

対する優禍は包帯によって過剰なほどに梱包された手足と効かなくなった左目を無表情のまま見つめていた。

一通り切り揃えたウサギリンゴを皿に並べ、残った切れ端をパクパクと口に運ぶ田中はホクホク顔で話を続ける。

「それに加え今回のデータはとても貴重なものだったよ、異能が限界を超えるあの姿! 異能が人を変える瞬間! 良いものを見せてもらったよ。」

「……。」

「他にもスーツの改善点や追加機能も思いついたからねぇ。あぁ、これから忙しくなるよ。」

「ごめんなさい……。」

「ん? 」

「私は……あの人を助けられなかった……。」

目から溢れた感情が頬を伝う。

その姿を目の当たりにして、黒装束の女は一瞬眉がピクリと動いたものの、気味の悪い笑みは崩さぬまま言葉をかけた。

「助ける? まさかあの熱の異能者のことを言っているのかい? 優禍くん、君は他の異能者を扇動して暴動を起こし、あまつさえ君を殺そうとしたヤツを退けた。むしろいいことをしたんだ胸を張るべきだ。君の行動は称賛されることはないが、罪なき人間に対する被害を抑えたことは変わりない事実さ。」

子供をあやす母親のように行動を肯定し、優しい声色で語りかける。

柔らかみを含ませた瞳で見つめながら言葉をかけ続けても、優禍の涙は止まらない。

「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい。」

謝罪の言葉が口から出るために息は荒くなり、それに比例して出てくる涙は多くなる。

「助けてって言ったのに……助けることができたのに……! 」

優禍の目には、田中の顔も包帯に包まれた自身の体も入らない。

あの時の顔が、伸ばしてきた手が、助けを求める声が、今もハッキリと彼女の瞳には見えている。

止めどなく溢れ出し、映る景色が柔く形を失ったとしてもそれだけは消えることはない。

「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい。」

「……。」

「もう……私は、私は怖い……。」

涙と鼻水でグズグズになった顔。

部屋に反響する嗚咽。

流石に笑みを失い押し黙る田中は幾つか考え、今までの甘みを含んだ言葉とは真反対、鉄のように冷たく重い口調に切り替える。

笑みを失ったその顔は、ひどく無機質であった。

「傲慢だね、実に子供らしい。」

「でも……。」

「君は全員助けられると本気に思ってるのかい? 自分が介入すれば物事は全て丸く収まると? もう一度言わせてもらおう、それは傲慢だよ。」

強い語気は体も心もズタズタの状態の優禍にとって処理するには重い情報である。

言葉にならない語の断片を漏らしながらも、真剣な顔で淡々と話し続ける田中に圧倒され続けている。

「全部が全部手が届くわけじゃない、溢れてしまうことだって絶対にある。それでも伸ばしたのが君だ。君は立ち上がる義務がある。他の異能者とは違う己を律する力を得た。その力を、君は他者を助けるために使った。」

「……。」

「君が救えなかった人に対する後悔も、懺悔も全部背負ってもっと多くの人に手を伸ばすんだ。今よりも遠くに、多くの人へ、それしかないんだよ。」

すべての言葉を聞き終えた時、熱に染まった異能者の姿は幾らか薄れていた。

 

そして退院、久しぶりの帰宅。

大きく残る火傷跡に効かなくなった左目。

愛する末妹が数日間音信不通になり、やっと帰ってきたと思ったら全身に傷をつけた状態で帰宅。

二度見も三度見もする事実に三兄弟は驚愕、特に優禍を大事にしていた長男は気絶してしまった。

ガタイのいい巨人が倒れ込む姿を見て慌てて残りの二人が支えつつ、一体妹に何があったのかを同行してきた黒装束の女から聞き出した。

《いつもの散歩ルートを外れて悠幻町まで足を伸ばし、フラフラとお店を回っていたが運悪く熱の異能者が起こした事件に巻き込まれて大怪我を負い入院。

昏睡状態が続いていたが奇跡的に回復して退院、そして帰宅した。》

という長い間連絡がつかなかった理由について、なるべく穏便なカバーストーリーをでっち上げ、自身の涙で溺れてしまいそうな三兄弟に安心を演出した田中。

色々とツッコミどころがありつつもそれどころではない兄達に、優禍は苦笑いを浮かべていた。

 

「なぁ優禍、別にもうちょい学校休んでもいいんだぞ? 行かなきゃなんて考えなくていいからな? 」

二メートルにも届きそうな大男からの心配そうな声を「大丈夫。」と適当な空返事で対応し、優禍は制服に身を包む。

傷跡を隠すための眼帯とアームカバーを装着した優禍は、久しぶりの学校に覚悟を持って臨んでいた。

「それじゃ、行ってきます。」

「……おう、行ってらっしゃい。気を付けてな。」

異能を使った通学を始めてからめっきり乗ることが少なくなった電車。

その独特な香りと揺れと人の多さに、優禍は何とも言えない懐かしさをしみじみと感じていた。

何事もなく学校に到着し、忘れかけた教室の場所を思い出しながらドアを開ける。

「皆おはよう。」

「おはよー、って優禍何その格好。大丈夫? 」

「眼帯なんてしちゃって、ものもらいでもできた? 」

「いやー実は色々あって、話したら長くなっちゃうからまた後でね。」

「あ、そうだ。放課後時間ある? 」

「私はあるぞ。それよりものもらいってなんだ? 」

「あたしもあるけど、どしたの? 」

「……ちょっとここでは言えない。悪いと思ってるけど、何も聞かずに異能研の部室に来てほしい。」

「なんだよ〜うちら省いてイチャイチャチュッチュてか? ちょっと会わない間に進んじゃってさー。」

「茶化すな茶化すな、あと絶対そうゆうんじゃないでしょ。」

「はいはい、置いてけぼりの私達はあまり者同士で仲良くしときますよ〜。」

「……なぁ、ものもらいってなんなんだ? 」

わざとっぽく泣き真似をしながら抱き合う二人に笑みをほころばせる彼女達。

朝のホームルームが始まるまで、その和気あいあいとしたじゃれ合いは続いた。

 

午後の授業も終え、帰宅する者やクラブ活動に赴く者など様々な表情で自分の居場所へと向かう中、優禍は引きつった顔で部室へと足を進める。

「何かあったのか」と様子を心配する友人たちに「着いたら話すから」と場をしのぎつつ、部室のドアを開けた。

既に他のメンバーが各々好きな席に着き、おもいおもいのやり方で時間を潰していた。

「おひさ〜、みんな元気してた? 」

「……皆、お久しぶり。」

荷物を空いている机に置き、二、三分の自由時間。

自分の趣味の話や読書、過去の異能事件の閲覧など適当に暇を潰し、何事もなく時間が進んでいたが、唐突に優禍が立ち上がる。

「皆さん、今いいですか? 」

頭にクエスチョンマークを浮かべる部員達の返答を聞くことなく、優禍はスタスタと部室内を歩き回る。

カーテンを閉め、鍵をかけ、外部へ情報が漏れぬよう密室を作り上げた。

「……どうしたの? (やぶ)から棒に。」

意図のわからない行動に、ただ動き回る優禍を目で追う異能研の部員達。

外部からの情報を断ったことを確認し、優禍は意を決したように全員の前に立つ。

「その……今から発表することは、いきなりのことでびっくりさせちゃうかもしれないんですけど。これは遅かれ早かれ皆に言わなきゃいけないことなんです……。」

「あー、その眼帯のこと? 」

「まぁ良くわかんないけど、もったいぶらずに言ってくれよ。」

大きく深呼吸、覚悟を据えた目で発表を待つ皆に視線を送る。

「実は私……。」

胸に飾られた校章に触れる指先。

直後、体を這うように展開されたスーツが体を包み込む。

最後に顔面をマスクが覆い、《装着完了》の文字がモニターに映し出された。

『異能者なんだ。』

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