メシア・シンドローム   作:人外好

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第二章:戦友
第二十四話:浪漫に身を任せ


『実は私、異能者なんだ。』

目の前の友人、或いは後輩が仮面ライダーのようなスーツに身を包み、堂々と仁王立ち。

告白する方が覚悟を決めていようとも、される方が決めているとは限らない。

あいわかったと納得できる者がこの世に何人いるだろうか。

沈黙の室内。

申し訳無そうに小さく反響する機械特有の軋みが、雰囲気のシュール加減をエスカレートさせる。

「あぁー……うん、とりあえずリアクションしたいんだけど、でかい声出していい? 」

『やめてください、お願いします。』

空間に耐えきれなくなった副部長、その間の抜けた返答に優禍は真剣な口調で切り返す。

明らかな温度差があることに問題を起こしている本人は気付くことなく、拒絶や軽蔑、どんな反応だろうと受け止めるという構えで、どっしりと構えていた。

「……色々と言いたいことがあるんだけど、何から言えばいいのか……ちょっとわからない。」

驚きよりも困惑が支配する今の状況について、聞くことが多すぎて渋滞を起こし、逆にどのような質問をすればよいのか。

要石よりも大きな一石を投じられ、各自自分の頭の中でなにを聞くべきか、どこまで踏み込んでいいのかと勝手に牽制し足踏みし合う。

『皆が聞きたいことは答えます、答えられる範囲でですけど……。』

「じゃあ、質問。」

少し困惑気味に質問を促す加工された声が呼び水となったのか、先陣を切ったのはライダーオタクの男。

「その……なんていうか、ライダーみたいな、その、それはなに? 」

散歩中に見かけた見知らぬ着ぐるみの正体を、友人に聞くようなフランクさで、超科学の真髄ともいえるスーツに指をさす。

ストーカーの一件から初めて目にした非現実。

出会ったときと同じ、西谷は憧れの存在に似た強化装甲に色々な感情を乗せた眼差しを向けていた。

『これは……自分でも詳しくは分からないんだけど、異能の変態を抑える為の機械、みたいな感じ。』

「あんま歯切れよくねぇな。」

『一応これ、貰い物だから。原理とかどうとか、あんまり分かってないんだよね。』

「オーズみてぇ。」

自身の好物とミックスさせた感想はごく一部の者にしか伝わらなかったものの、場の雰囲気は当初のものより改善はされた。

「じゃアタシも質問、いい? 」

先の西谷がファーストペンギンとなり、弧牙がそれに乗じる形で手を挙げる。

その顔は、前者の何も考えていない顔とは異なり、険しく真剣なものである。

「さっき“異能の変態がなんちゃら“って言ってたけど、異能って今使えるの? 」

優禍は腕を触手に変化させ、自身の通学バックに巻き付けて持ち上げる。

皆が中に浮かぶバックを感嘆の声を漏らしながら目で追う中、納得いかない様子で友人のことを見つめていた

「そんな異能自由に使えまーすみたいなの、なんでそんなもん持ってんの? 貰い物ってたけど。」

『それは、その……話せば長くなりまして……。』

優禍にとって、このアーマーの入手経路は非常に苦い思い出である。

行き過ぎた暴力、怯えきった少女の顔、理由で塗り固めた異能の使用、そのどれもが彼女にとって思い出すのも憚れるものであった。

しどろもどろとしていると、機械によって変えられた声とは異なる生の肉声がどこからともなく響く。

「確かに優禍くんの口から説明するのは時間がかかる。ここは私が代わりを務まろう。」

聞いたことのない声色が放たれる方向に全員の視線が向けられる。

元々優禍が座っていた席に黒装束を身にまとった女性が、さも当然といった様子で腰を掛けていた。

いつから居たのか、どう侵入したのか、またも眼前に出現した理解しがたい現象及び人物に、優禍以外の人間は自然と距離を取る。

「え? 誰? 」

「はじめまして、私は異能対策班特殊兵装研究開発部長、田中 一という申します、以後お見知り置きを。」

寄せ集められた机の中心に滑るように置かれた名刺、副部長が恐る恐る手に取りながら、ただ微笑みを浮かべながら行儀よく座る黒色と名前と役職のみの名刺を交互に見比べる。

「えっと……話の続きは……。」

「失礼、では話させていただくよ。」

田中は一呼吸置き、優禍と優禍の異能力が歩んできた一ヶ月を話し始める。

なぜ異能を行使してまで少女を助けたのか、なぜ今まで正体を隠してきたのか、所々脚色や嘘の加えられたストーリーを真実のように語る。

やがて話し終えた黒色が再び薄ら寒い微笑みを張り直し、周囲を一瞥したとこらで、一人の人間が声を上げる。

開口一番苦言を呈したのは、優禍が高校入学で初めてできた友人だった。

「いやさ、それ脅迫じゃん。データとか正義とかごちゃごちゃ言ってるけど、やってることはいいように使ってるだけでしょ。人様が勇気出してしたこと勝手に撮って脅してんじゃねぇよクソ野郎。」

「ひどい言いようだね。」

「当たり前だろ。」

貼り付けられた笑顔と真逆の冷徹な顔。

その声は内側の怒りに反比例した淡々としたトーンだが、放たれる言葉の端々には隠しきれない感情が滲み出る。

「だが、君たちは私を非難する権利を持っているのかい? 」

「ハァ? 何言ってんだよあるだろふざけんな。」

「いいや、少なからず西谷くんと弧牙くんの二人は私を責めることはできない。」

「え? 俺も? 」

唐突に名指しされた二人は、驚きと自身への懐疑感からギョッとした表情で田中の方へと視線を向ける。

その二人を軽く一瞥する黒色は軽く頷きながら話を進めていく。

「理由は単純明快、君たち二人は優禍くんの異能によって助けられた。西谷君の方はまだいいだろう、あの魚の目玉程度の異能なら尾多君の異能によってどうにかなったかも知れない、だが君の場合はどうだろう? 」

より一層両口端の角度を上げながら湿度の高い笑みを向けてくる得体のしれない女に、齢十六程度の精神は梅雨よりも深く重い色へと染まっていく。

「……何が言いたいんだよ。」

「君は催眠をかけられた状態ということを差し引いても、犯罪の片棒を担がされようとしていたはずだ。それを優禍君は異能者を退け、弧牙君を助けた。いや、優禍君だからあそこまで穏便に助けることができたんだ。」

「それはっ……!」

薄ら笑いを浮かべながらつらつらと放たれる事実に、怒りを纏わせた顔から、弧牙は苦虫を噛み潰したような顔へと変化していく。

反撃しようと言葉を探している弧牙を無視して、田中は話しを途切れさせない。

「では仮に弧牙君が他の友人に対して同じことをしたとしよう。例えば君の友人の二人だ、その娘が異能を持っていなかったら? 持っていたとして相手を退けるほどの力を持たない異能を持っていたら? 何も抵抗できず、新しい玩具にされて、さらにその友人、そのまたその友人と数珠つなぎ的に被害は広がっていたことだろう。」

水を得た魚といったようにやや演劇じみた声色は反撃を許さない。

苛立ちを隠しきれていない少女を、身に纏う衣服よりも黒く黒い黒色の瞳が捉える。

「優禍君は自身が異能者であることも隠していた。そのことも相まって、弧牙君は他者を傷つけることなく、被害を最小限に抑えることができたんだよ。」

「……。」

完全に口を(つぐ)んでしまった弧牙、実際に危険な目に遭わせてしまったという負い目、それがある意味最善の方法であったことなどが重なり、自分が腹の底で煮えたぎる憤りをしまい込んだまま、不満と苛立ちに満ちた顔で自身の席についた。

 

「えーっと……空気感最悪のところで申し訳ないんだけど〜。」

罰が悪そうに片手を挙げたのは副部長。

普段適当で明るく過ごしている尾多にとって、犬も逃げ出すピリピリとした空気に耐えきれなくなったのか、どうにか場を和ませようと少しおちゃらけたトーンで舞台回しを試みる。

「俺も質問していい? な〜んで俺等に正体バラしたの? 」

皆が「あぁそう言えば」といった顔で再び優禍の方へと視線が傾く。

『ゴールデンウィークの事件、覚えてます? 』

「……私もパソコンで観たよ。……色んな事件は粗方知ってたけど、あんな動画を出すやつを観たのは初めてだったから驚いたよ。」

多くの人々が食後の血糖値が上がるあのゆったりとした時間と過ごすタイミングに流れた犯行声明。

唐突に占拠された電子機器から流れ出た映像に目を奪われた者は少なくない。

『こうやって皆に話したのも、その事件がきっかけなんです。』

ゆっくりと外されるマスク、その下から露わになる火傷傷。

濁った白色の左目に、それを覆うように爛れた皮膚。

ショックのあまり口を覆う者、思わず目を逸らす者、只々見つめる者。

いつも接している学友或いは後輩という現実と、それを侵食する大きな非現実との乖離に、誰も言葉を発せずにいた。

『事件を起こした人と、前に一回会ったことがあるんです。異能が暴走して、パニックになって……助けを求めてた。』

大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。

生物が行う極々普通の行為が、部室内の緊張を加速させる。

『けど、助けられなかった。あの時手が届いていたら、ゆっくり話を聞けてたら……もっと違った結果になってたんじゃないかって、今でも後悔してるんです。』

「……。」

『手を伸ばそうとできる限りのことはしてきたつもりなんだけど、けど……それには限界がある。』

優禍は一呼吸置くと、今一度姿勢を正し風圧で近くの机に置かれていた紙がふわりと舞うほどの勢いで、深々と頭を下げた。

『わがままだってことはわかってる。けど、一人でも多くの人に手を伸ばしたい。だからお願いします、私に協力してください! 』

「オッケーいいよー。」

『えっ!? 』

腹を決めた一人の少女の覚悟に対する返答としては、あまりにも拍子抜けな返答。

思わずお願いした本人も顔を上げる。

「軽っ! 軽くないスか先輩?! 」

「いやさーぶっちゃけ、やってることいつもの部活動とそんな変わんないからいいかな~って思って……。」

ナハハと笑いを浮かべながら頭を掻く副部長に、部員達は心配と呆れを混ぜた何とも言えぬ表情で見つめる。

特に付き合いの長い部長に至っては、数多の言葉や感情の代わりにひどく大きなため息を吐き出した。

「それでは優禍くんのものと別のスーツが必要になるなぁ、見た目の要望などはあるかね? 」

「じゃあ俺もやりたい。できます? 」

「あぁもちろん可能だ。異能についても詳細はなるべく細かく教えてくれよ、見た目に関しては絵がついてるとなおよし。」

 

「ちょっと待ってよ。」

トントン拍子に進むスーツの要望、それに待ったをかけるは今まで項垂(うなだ)れ、口を真一文字に縫い付けていた友人。

前に揺らめき立っていた怒りよりも、もっと弱々しい光を纏う瞳を携え、縫われた口を開く。

「正直助けてもらったことはマジで感謝してるし、アタシも異能者だから異能が使えたらーとか、色々とわからんでもないっていうか、けど……けどさ、別に優禍がやらなくてもいいじゃん? 」

くるくると手を回し、心に埋もれた感情から出る言葉の糸を必死につむぎ、一人の大切な友人に捧げ続ける。

「私もあんま詳しくないんだけど、そういう事件とかってAXEが解決してくれるし、やっぱ何回も危険なことやってんでしょ……? そういった専門の人らに任せたほうがよくない? 」

縋り付くように出た言葉は、密室に静寂を招く。

「……いいや、そうでもないよ。」

その招かれた客を打ち払ったのは、空間の中でただ一人の人間だった。

「……実はね、AXEが発足されるより前に異能者が治安を守ってた時期があるんだよ。」

『稀人なんちゃら浪漫、でしたっけ? 』

「……うん。AXEが発足されたあとはごそっと逮捕されちゃって、殆ど絶滅しちゃったんだけど……少なくとも誰かの希望にはなってた。」

おもむろに立ち上がったともかは、本棚に眠っているファイルの一つを取り出し、とあるページを開く。

「……先人たちは大きな事件だけを解決してたわけじゃない、小さい喧嘩やカツアゲの仲裁だったり、ペット探しやゴミ拾いまで、自分の異能力が活用できるならどんなことだってやってたんだ。」

そこには、読み飛ばされそうなほど小さい新聞記事や笑いながら人助けをする写真など、古今東西様々な異能者達の活躍がページ一面にびっちりと埋め尽くしていた。

「……それにAXEは事件が起きたあとに対処するのがほとんどだけど、異能者の場合は事前に防止、なんなら異能者同士のネットワークなんかを作ってセーフティネットになったりしてるんだ。異能者同士で悩みを聞いて助け合ったり小さなコミュニティを作って、異能犯罪を防止してる人もいた。」

先人たちから継ぎ足しされてきた英雄の情報。

英雄と呼ぶには凡庸すぎる、輝かしさの欠片もない鈍色の歴史。

ただ己の欲望を満たすために使われた都合のいい言い訳。

それでも救われた人がいたことを、ファイルに飾られたスクラップ達は雄弁に物語っていた。

「……別に危険を冒して大多数を助けることだけが英雄の行為じゃない。助けてくれる人達の盲点、手を差し伸べられない人達を助ける。まずは、そこから始めてみてもいいんじゃないかな? 」

優しく諭すような声色で心の警戒を解きほぐす。

その言葉に、警戒心がマックスにまで上がっていた弧牙は、幾らか落ち着きを取り戻した。

「それでも、やっぱウチは無理だわ……うん、なんかごめん。」

優禍の誘いに乗る者、弧牙のように拒絶する者、返答を決め倦ねる者。

最終的に副部長の尾多と西谷、部長のトモさんは活動に参加、弧牙は拒絶、生成と天之宮は保留という形で、今日は解散という運びとなった。

 

部室に残った活動参加組と生成に別れの挨拶をし、部室を後にした優禍達は帰路につこうとしていた。

靴底が旧校舎の床を鳴らす音だけが、友達グループの絶妙に開いた距離に反響する。

何度鳴ったか数え忘れた頃、唐突に弧牙が口を開く。

「ねぇ……優禍。」

「ん? なに?」

「さっきの質問のとき、聞きそびれたんだけど……なんで私達にもバラしたの? 」

「え? それは、助けが欲しかったからで……。」

「そこそこ。」

「? 」

「なんで異能研の人たちにだけに頼まなかったのかなーって思って。私は別の部活入ってるし、アメちゃんは帰宅部だし別に言わなくてもよかったんじゃないかな? 私に至っては催眠? の時の記憶ないからあんなロボットみたいなのほぼも初見だし。」

時は夕刻、優禍は足を止め、つられて二人も制止する。

各々の鼓膜に届くのは外からの運動部の声と何処かを誰かが歩く音だけ。

「……なんでだろ。」

出た返答は的を得ぬもの。

納得できない弧牙は大きく深呼吸し、鋭い眼光で散々隠し事をしてきた友人を睨む。

ずんずんと距離を詰めてくる弧牙に気圧され、一歩二歩と後ろに下がる優禍。

「約束して。」

「んぇ? 」

逃げ場がなくなった優禍の眼前が健康的に日焼けした美顔に埋め尽くされた時、真剣な声で約束の内容を一つ一つ提示し始めた。

「絶対に無茶と無理はしないこと、今回の火傷みたいな怪我するようなら逃げてこのボランティアもどきを辞めて。それから自分を犠牲にとかしないこと、優禍のこと大事に思ってる人のことを考えない行動なんて絶対に考えないで。この二つ破ったら友達やめるから。」

「えっ?! 」

「ほら、どうするの? 約束するの?! しないの?! 」

「……わかった、約束する。」

歯切れの悪い返答。

隠し事をしていたという負い目があるにもかかわらず、なかなか煮え切らない優禍の態度に、ムスッとした表情を出しながら弧牙は呼気を強める。

「もう一回! 大きな声で! 」

「約束する! 」

「よし!! ご飯行こう!! 」

「なんで?! 」

「うるさい行くよ! 」

若干の体育会系じみたやり取りを終え、答えを聞くよりも先に走り出すスポーティ少女。

訳がわからないままその後ろをついて走り初める蛸のライダー、最後尾は特に何も分かっていないアメちゃん。

テンションが変な上がり方をした少女達は、大急ぎで新校舎へ繋がる渡り廊下を走り出した。




某ファストフード店にて。
そこそこ繁盛した店内、ガヤガヤと人が群がる一回の受け取り口から七歩以内のテーブルにて駄弁るのは、学校と駅の導線にあると理由でふらりと滑り込んだのは秘密を共有した異能者ガールズ三人組。
シェアしたポテトをつまみつつ、口内に残った塩味と油を炭酸飲料で洗い流す。
ファストフードを効率的に楽しむよう設計された嗜み方で、テンションも下に戻った三人は、特に中身もない話を延々と続けていた。
「体重がヤバい。」だの「あそこのスーパーは安い。」だの関連性もへったくれもない話題を続けていた。
揚げられたポテトがぬるくなった頃、天之宮が唐突に口を開く。
「そう言えば、私も聞きそびれたことがあった。」
「ん? 何の話? 」
グレープソーダを一口飲み込み、短いポテトをつまんでいる優禍の方へと向き直る。
「部室でのアレだ、正直驚いて頭が回らないままどんどん話が進んでいったから質問できなかったんだが……あのピコピコは異能の制御以外の機能は何かあるのか? 」
「色々あるよ、ネットに接続して検索したりビデオ通話したり……ベアリングしたらケータイとかも使える。」
「大体なんでもできんじゃん。……じゃあなんであの真っ黒そんなもん持ってんだよ。」
「あ、あと顔文字。」
「何その絶妙に使わなそうな機能。」
「マスクのディスプレイ上にニッコリマークとか悲しい〜って感じの映像が出るんだって。」
「スタンプみたいな感じか? 」
「うん、まだ使ったことないからわかんないけど。」
「使う機会あんのかなそれ、お、ラストポテト。」
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