メシア・シンドローム   作:人外好

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第二十六話:人の顔を使って悪いことをしよう

その日、少年の顔は晴れやかであった。

言葉の端々にこべりついていた言葉の投げやり感も取れ、外出の際必ず装着しているマスク越しでもわかるほど、表情に柔らかみを取り戻していた。

「うぃーす、元気になってるけどなんかあったの? 」

「おはよう、ようやく五月病が抜けたって感じかな。」

目に見えて生気を取り戻した友人とともに、ある程度の馬鹿話で朝の時間を潰している最中、二人のスマホが同時に受信音を鳴らす。

「なぁ、ドッペルゲンガーって知ってる? 」

「ドッペル……何? 」

 

時は過ぎ放課後、異能研の部室。

集まった五人は、巷に流れ噂になりつつある異能者について語り始めた。

「みんな、“休済者ドッペルゲンガー“って聞いたことあるか? 」

「ドッペル……なんですかそれ。それにキューサイシャって言うのも聞き覚えがないっていうか。」

通説通りであれば、ドッペルゲンガーとは自身と全く同じ見た目をしている赤の他人であり、出会うと片方が死んでしまうというのも有名な話である。

全員が引っかかった点は“休済者“という二つ名。

単なる当て字か、意味を無理に与え死を救済、改め休済と捉えるのであれば、あながち噂も嘘とは言えない。

「……こっちでも色々と調べてみたんだけど、正直有用な情報はほとんどないんだよね。」

「どの情報からも言えるのは、そいつは他人そっくりに化けることができるってことだ。にしてもドッペルゲンガーて……こりゃまた懐かしいもの引っ張り出してきたよな。」

如何(いかん)せん情報もない状態での議論は不毛と考え、久方ぶりに部活へと顔を出した生成は話を回し始める。

「それで、そのキューサイシャがどうかしたんですか? 」

「……四日前くらいかな、コンビニ強盗が起きたんだけど知ってる? 」

一年生軍団に差し出されるのは、事件を纏めたニュースサイトのスクリーンショット。

《ナイフを持った男が強盗、現在も逃走中》という不謹慎とはいえごく普通、一般的な事件のあらましが簡単に書き綴られていた。

それに加え添付されていたのは店の防犯カメラから抜粋されたであろう犯人の顔。

画質はそれほど良いものでないものの、特徴などの大まかな部分を確認するには十分なものであった。

「あーテレビで観ましたよそのニュース、監視カメラで顔バッチリ出てたからパッて捕まるもんじゃないんすか? 」

「……それが、そうでもないんだよ。」

スマホはスライドされ、次に現れたのは事件周辺の地図を切り取ったスクショ。

丁寧に丸で囲まれているのは事件現場のコンビニ、それとは別にバツ印でマークされた場所。

意味深に記されたバツ印に、これは何かと優禍は尋ねる。

「一つはコンビニですよね、けどもう一つは? 」

「交番だよ。」

三人はそれぞれ自分の耳を疑い、同時に顔を上げた。

「その監視カメラに写った犯人がな、事件が起きた時間交番に居たんだよ。」

改めて三人は手元のスマホに向き直る。

何百分の一にまで収縮されたことを考慮しても、その距離は数分そこらで往復できるものではない。

「なるほど、それがドッペルの仕業。」

「それだけじゃあないんだな、これが。」

待ってましたというようにスライドされたスマホが映し出すのは、五つの丸印と事件が起きたであろう日時。

「同じような事件がここ三ヶ月でもう五件も起きてんだよ。“アリバイはあります、別の場所にいました。“って話はあったらしいんだけど、対して重要視されなくてね。けど交番の件で見直しがあったっぽくて浮かび上がってきたわけ。」

「それが、噂のドッペルゲンガーってやつの仕業? 」

「……それはよく分からないけど、そんな名前してるから関連性はあると思う。」

「自分が付けたかどうかは知らねぇが、通り名が異能に関連したものだとしたらよ。」

「……その人の異能は“他人に変身する“或いはそれに類似したものだと考えられる。」

「けど、もしそんな異能持ってたら見つけようないんじゃないですか? 毎日適当な他人に化けてれば、足取りのつきようもないし。」

異能の大まかな予測を立てたものの、次に現れたのはどうやって手がかりを得るのかという壁。

皆ウンウンと唸り話が停滞した時、今の今まで顎に手を当てながら黙りこくっていた生成が口を開いた。

「多分だけど……僕、知ってるかもしれません。ドッペルゲンガー。」

 

その一言に、部内の視線は全てマスクの少年に集まる。

急に向かれた視線に物怖じしながら、生成はポツポツとドッペルについての情報を開示し始めた。

「近所に握原(にぎはら)さんっていうおじいさんが居るんだけど、前にその人がお酒の席で自分の異能のことを話してたんだ。“若い頃はこの能力で人をよく化かしてた“とか“お前の顔も借りたことある“だとか……。」

唐突に出された老人の名、新参の情報が正しければ最低限その老人の異能は今回の犯人と一致する。

しかし、そこで水を差したのは優禍。

「でも、握原さんって肩が悪くてまともに腕が上がらないって言ってたから、変身する時大変なんじゃないかな。」

「え何? 知ってんのその人。」

「珍しい名前なんで記憶に残ってるんです。」

「多分だけど、体も変身する人と同じになるんじゃないかな? それで腕も大丈夫になるのかも。」

「えーっと……優禍くん以外の俺たち、その和原さんていう人のことわかんないんだけど、話がマジならどうやっておびき出すよ。連絡先とか知らないの? 」

「僕の祖母が知り合いで、どうにか説得すれば連絡がつくと思います。」

結局、アポの結果は後日ということで今日の部活は解散という運びとなった。

各々の事情で家へと帰る一年生と、情報集めのためにと部室に残った二年組。

学年ごとに別れてから数分、唐突に部室のドアが開く。

「ちょっといいですか? 」

忘れ物でもしたのかと軽く対応するためドアの方へと顔を向けたが、何か含みを持たせた目に思わず二人は襟を正す。

「さっきの生成くんの話です。」

 

「まず、さっきの肩が悪いってのは嘘です。」

「はい? 」

唐突なる嘘宣言、意図も何も分からぬまま鳩が食らった豆鉄砲。

いまいち状況と言いたいことが飲み込めない二人に、優禍はついた嘘について一つ一つ話し始める。

「まずさっきついた肩の話なんですけど、悪いのは腰なんです。だから飲み屋に行くのも一苦労だって、行きつけの銭湯でボヤいてました。」

「そうなの? でもどっかで間違えたって可能性もあんじゃねぇの? 」

「それだけじゃないんです。その握原さん、最近好きな配信者ができたらしくて、ほとんど毎晩配信を観てるんです。こないだ自分の書いたお題だとかが読まれたーって楽しそうに飲み仲間の人たちに自慢してました。」

「若いねーそのじいさん。」

「さっき見せてもらった事件が起きた場所と日時でその配信があった日があったんです。少なくとも強盗しながら推しの配信は観ないかと。」

「なーるほどね。となると次の問題は、どうして生成(あいつ)はそんな嘘をついたのか、だな。」

「……ドッペルゲンガーと繋がってるか、或いはもう既にドッペルゲンガーが化けてるか。」

「飛躍しすぎでねぇの? 如何せん、直接話を聞くしかなさそうだけど。てなわけで、ちょっと頼まれてくれねぇか優禍くん? 」

 

時は飛び明日と今日の境目。

数少ない飲み屋にぽろぽろと灯る光も弱々しく、道行く異能者の足取りもおぼつかない。

床に就くのが早い町、空碁町。

そんな町でも夜に行動を主とする者も存在する。

日は確実に落ちているにも関わらず、目深に被ったフード。

顔の下半身を覆い隠すマスク、夜の暗闇に便乗するように上下は暗く、変身者のイメージをオリジナルの一つも入れずそのまま形にしたような格好は、警戒心がどれだけ薄い人であっても、近付こうという選択肢がでないだろう。

その者は、手首に巻いた時計を僅かな光源から確認しつつキョロキョロと待ち人来たか周囲を見渡す。

そうして時は経ち今日が明日になった時、件の待ち人は現れた。

ミラーハウスを人の形に押し固めた様なその待ち人は、大げさなほど深々と、腹に手まで添えられたお辞儀とともに、塗装された丁寧な言葉で挨拶を交わす。

「大変お待タせ致しました。本日も同じ内容でよロシいですか? 」

この場を誰にも見られたくないであろうフードの男は急かすように軽く頷く。

焦って落としそうになった年季の入った財布から、何枚かの紙幣を取り出した。

「その、またお願いします。」

「えぇ、ちょうどいただきました。それでは始めましょうか。」

 

既に夢の中に落ちた町が目を覚ます喧騒。

不審者と異能者の待ち合わせ場所から数百メートル。

特に繁盛もしていないコンビニにて、他者の顔を借り悪事を働くドッペルゲンガーが現れた。

酷く興奮した人の顔は包み隠さず、握られた包丁一本で強盗を働く姿は、事情を知らぬ者達には計画性のない間抜けに映ったであろう。

自動化されたレジから根こそぎ取り出した少ない現金をビニール袋に詰め込み、店を飛び出した。

それと同時に優禍(仮面の異能者)が風を切った。

山感でパトロールしていた場所が偶然当たり、絶好のタイミング。

犯人が逃げ場も少ない一本道に入り込むのを同時に放たれる触手。

一直線に犯人へと向かった触手は、その身に巻き付くよりも早く、透明な何かにぶち当たる。

何が起きたと動揺、原因を考える暇もなく犯人は道を曲がり視界から消える。

脱兎の如く追いすがるも、曲がり角には誰もいなかった。

逃げ足は人並みで、他に身を隠せる場所もないにも関わらず、そこには影も形もない。

狐につままれた様な気分になりながら、優禍はその場を後にした。

 

夜が明け、学校。

休み時間にて優禍は隣のクラスへと顔を出す。

「生成くんは? 」

「一応来てるぞ、今トイレ行ってるけど。」

「実は昨日、ドッペルに会って捕まえようとしたんだけど、何ていうかその、言葉にしづらいんだけど……謎判定というか。」

「なに言ってんだよ、どこぞのゲームじゃねぇんだから。」

手をワキワキと動かしながら説明するも、得られるのは小馬鹿にしたような眼差しと鼻から空気の抜けた微笑。

眉間のシワを少しばかり深めた少女は、今回の

の帰還を待つ。

程なくして、出すものを出し身軽となったキーパーソンが教室のドアをあけた。

真っ直ぐに少女が見つめようとも、己の行動による罪悪感がほんの一瞬合った視線を外させる。

自身の席に戻ろうとした少年、その歩みは一言で止められた。

「ねぇ、お昼空いてる? 」

 

打ちっぱなしの壁と砂利が混じった埃だらけの床を照らすのは、申し訳程度のガラスすら割れてしまった窓のみ。

何処からか入り込んだか男が一人、ドロドロに爛れた両目をギョロギョロと動かしながらガタガタになった爪をギシギシと噛み潰す。

ブツブツと苛立ちを込めた独り言を口からこぼす男。

その男の前に、空間が沈み込み穴が開かれた。

『いやー失敬失敬、遅刻ギリギリだ。』

以前、プロミネンスにアーマーを与えたリメンバーと自称する金魚鉢が、虚空から現れた黒紫の渦の中から現れた。

胡散臭い口調のまま喋り始める金魚鉢の言葉を言い切らぬうちに、男は掴み所のないアーマーに掴みかかる。

「おい、ありゃなんだ。」

開口一番喧嘩腰、それを金魚鉢はよく回る口を使い慣れた様子で受け流す。

『どうかしたのかいそんなに怒って。商品に不備はないはずだよ、ちゃんと君にあったモノを作ってあげただろう。』

「ちげぇよクスリの話じゃねぇ! お前みたいな変な機械着けた異能者だよ! 何なんだよあれは! お前の仲間じゃねぇのか?! 」

空気が変わる。

飄々とした雰囲気も、口調も、口も全て閉じられた。

『……詳しく聞かせてほしい。』

昨夜の出来事は語られた、よほど興奮していたのか事実だけを述べるなら一分もかからないであろう話を、主観と感情を大量に詰め込み五分にも引き伸ばしながら。

『にわかには信じられないな……そんなことありえないのに。』

「んなこた知らねぇよ! なぁ、こっちは気持ちよく異能使って、楽して金稼げるって聞いて来たのにどうゆうことだよ!! 」

『OKわかった了解だ。冷静になろう、そっちのほうがかっこいいぞミスター。』

自身を考える人に置き換え数巡、再び開いた渦から一本の注射器をを引き出した。

『これは今まで使ってたやつよりトベちゃうやつ。すっごいキツーいから、本当にピンチのときに使いなさいや。』

黄色透明の液体に満たされた、筒状の注射器。

話半分に引ったくった男は汚く笑う。

考えることは復讐か、さらなる強奪か、鼻息荒く薬を見つめる男を尻目に金魚鉢は渦に帰った。

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