メシア・シンドローム   作:人外好

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第二話:誕生

[異能対策班特殊兵装研究開発部長 田中一]

渡された名刺を手に取り、思考を停止しながら書かれている肩書きを読み上げる。

善意とはいえ、軽率としか言いようがない行動だった。

襲われていた親子を助けるために、自分の異能を開放して、襲っていた異能者を一方的に殴りつけた。

幼気な女の子に一生のトラウマを刻みつけてしまった。

後悔の海に浸っていた優禍には、今の状況を飲み込むことは到底できない。

 

「改めまして私の名前は田中一。警察やAXEで扱うような特殊な防具などを開発している者だ、以後お見知り置きを、十上優禍君。」

「……警察の人? なんで? なんで名前知ってるの……? 」

「君の名前だけじゃない。色んなことを知っているよ。」

黒装束の女は軽い咳払いを一回した後、身の毛がよだつようなことを淡々と語り始めた。

「本名、十上優禍、現在十五歳。身長は百六十三センチで血液型はAB型、星見ヶ原市立高等学校在学中、星見ヶ原市空碁町三丁目十一ノ零三にある西田荘二丸五号室にてみいとこ(曽祖父母の兄弟姉妹の曽孫)三人と同居している。異能を所有しているが出生届けには非異能者として記載されており、自身もそのような振る舞いをしているため周囲に自分が異能者であることは気づかれていない……これぐらい話せば、先の発言も嘘ではないと信じていただけるかな? 」

 

四月の夜は日中との寒暖差が激しい。

昼には丁度いい服であっても夜には心許ないこともざらにある。そんな涼しい夜なのに、いつの間にか全身から汗が吹き出していた。

冷たく、どろりとした気持ちの悪い汗。

この一、二分のやり取りで自身の全てが知られているという恐怖が、足の先からザワザワと這い寄る。

「君が私に対してどのような感情を向けているか大方予想がつくが安心して欲しい。何もこの情報を使って揺すろうだとか、脅迫をしようだとかそんなチャチなことはしないよ。ただ、君には“ボランティア“をしてもらいたい。」

「ボラン……ティア? 」

「そう、ボランティア。」

 

緊張と不安で今にも気を失いそうな優禍に対し、なにか裏があるとしか思えない不気味な笑顔を顔いっぱいに浮かべている。

「君には私達が開発した新しい強化装甲の被験体、いわばテスターになって欲しいんだ。対人間用ではなく異能者にしか使えない特別な代物でね。ちょうど適任だろう? 勿論、君は首を横に振るという選択肢をとることもできるが、そうなれば君は暴行及び危険異能使用行為により、その貴重な人生の大半を何も無い空間で無意味に過ごすことになる。賢い君なら、あとは何を言えば良いかわかるはずだ。」

複数の選択肢を掲げているようで、実質選択肢は一つしかない。

「はい……なります、その、テスター? に……。」

全ての物語が順調に進んでいるような、我が子が久方ぶりに返ってくると知った母親のような、そんな感情を乗せた顔を優禍に見せた。

「ありがとう、君の協力を心から感謝するよ。では早速、現物をお見せしよう。」

いつからか持っていたのか、厳重なアタッシュケースからアイスの蓋のような手のひらサイズの機械を取り出す。

「これが君が着るものだ。」

強化装甲という大層な名前の割には、想像とかけ離れた見た目にどこか拍子抜けになる。

「もちろんこれをこのまま着ろというわけではないさ。こちらは持ち運びの形態、本命はここからだよ。」 

そのアイスの蓋を指で軽く押す。

すると、質量保存の法則を無視した部品たちが飛び出し、ガシャガシャと仰々しい音を立てみるみるうちに変形していく。

それは腕を、足を、身体を形取り、変形音が止んだときには、手のひらサイズ程度の機械が、ものの数秒で優禍の想像をはるかに超えるスタイリッシュなアーマーとフルフェイスマスクへと変形した。

 

「“対異能者用身体変異制御抑制型強化装甲“内側にある無数の微細な針から対人身体変異用異能制御薬を流し込み、異能使用に伴う身体の変態を制御、抑制し通常の人間の体に留める。付属しているマスクも同じく異能使用時の脳内麻薬の分泌を抑え、人としての思考を確保し過剰な暴力、及び暴走を止める。またこれ等二つは連動をして、抑制薬の注入する量の調整を行う。」

いくら原理や仕組みを話されたところで、優禍の耳には届いていない。

「大方、考えもなしに異能を使用し、あの母子を助けようとしたのだろう? だが分かるよ、自分の異能を過信するのは異能者の性だ。」

「……。」

「だがそうまでして得られた結果は暴走による過剰防衛。あまりにも憐れじゃないか。だがまだやり直せる、これを使えば、君は人としての思考を残したまま異能を扱うことができる。」

「思考を……? 」

「あぁそうさ、異能力を使用するとまず身体が変化し、続けてエンドルフィンなどの脳内麻薬がドバドバ溢れ出す、それをこれは抑えることができるんだよ。つまり、頭も体もどっちも人間の状態で能力だけ使えるということだ。」

人でありながら、人ならざる姿と力を持つ異能者。

力を使う時、見た目も、思考も、何もかもが人を逸脱してしまう、それは誰であろうと例外ではない。

今、少女の目の前にあるのは、その“例外“を作り出し、異能者を人たらしめる人知を超えたオーパーツなのだ。

「あの……。」

「ん〜? どうかしたかい? まさかとは思うが日和ったわけではあるまいね。」

優禍は、まばたきも忘れて機械を見つめたまま首を振る。

自分の理解を超えた現象や光景に脳を叩きつけられる子供のように、オーパーツの魔力に惹きつけられたまま。

「これを使ったら、もっと人を助けられますか? 」

「……。」

「女の子みたいな人を、助けることができますか? 」

「……あぁもちろん。」

その眼は澱み、膜が張っていた。

 

「さてと、これで諸々の説明は終わりだ。それでは家までお送りしよう……と、その格好で家に帰ったら誤解されてしまうな。」

舐め回すような視線に、何事かと今一度自身の姿を鏡で見物する。

髪はボサボサ、目も泣き腫らし顔も手も制服も血塗(ちまみ)汗塗(あせまみ)れ。

そこに写っていたのは、どんな人間でも事件性を感じざるおえない格好。

「服はすぐにでも用意しよう、自転車は……そのままの方が自然かな? 」

他に仲間がいるのか、周囲の暗闇に向かって相談するような素振りを見せるが、しかし周りには人の気配はない。

どこまでも得体の知れぬ黒色に、堪らず距離を取る。

後ろに下がる、その一歩目を踏み出した時、二人はアパートの前に有った。

確かに公衆トイレに居たはずが、いつの間にか家の前にいた。

風が頬を撫で、ポツポツと疎らに光が見える星空が広がる。

新品の制服が着せられ、傍らにはパンクした自転車まで添えられて、場面が切り替わったように移動したことに、優禍は驚くこともできなくなっていた。

「そうそう、追加事項を一つ。あの機械のままだったら持ち歩くには便利だが紛失の可能性があるし、何より不自然だ。だからデザインを君の学校の校章にさせてもらった。これなら一々服を脱ぐ必要はないし、学生が自身の校章を持つのは自然だろう。何より無くさない。」

胸部分の校章が命が宿ったかのようにジワリと光る。

「着るときには異能使用と同時に校章を二回押すと良い、あとは自動でだ。脱ぐときは異能を解除しもう一回押す、いいね? 」

「着る時は二回タップ……脱ぐ時は一回……。」

忘れぬようにオウム返し。

情報過多でオーバーヒートした頭を必死に回転させ、必死に飲み込み、数回コクコクと首を縦にふる。

「わかってくれたかい? それでは有用なデータを期待しているよ、じゃあね。」

「あの……。」

「ん? 」

「なんで私なんですか? 」

この世の三割の人間は異能者である。

金も無い、名誉もない、明日を生きられるかわからない人や犯罪に走らなければならない者は五万と存在する。

効率や情報漏洩の点を考えれば、人間を使用した実験はそんな失っても誰も困らない、社会の不必要を使い潰すというのが鉄板である。

それに対して、優禍は世間的にはただの人間かつ学生、しかし異能を持っているという非常に奇異な存在である。

替えが効かないものでありながら、未知の機械の実験に使うというのは、少々不自然である。

脅すにしても、親子を助けるかは不確定。

“どうして私だったのだろう“と考えるのは自然なことであった。

 

少しの沈黙の後、これまで絶やすことのなかった笑顔がみるみるうちに消え失せ、光のない、とてもとても長いトンネルのような真っ黒い瞳を向ける。

「……たまたまだよ。君を選んだのは偶然、“偶然“君を見つけて、“偶然“君が異能を使っていて、“偶然“君のデータを持っていた。ちょうど扱いやすそうだったから声をかけた。」

それまでの生暖かさがある表情と態度とは異なる、あまりに冷たい威圧感に、優禍は思わずたじろぎ息を呑む。

「私の仕事は説明したよね、君の情報を知っていたのはこういった仕事をしていると色んなデータがチョロチョロ出るんだよ。そこでたまたま君のデータが入り込んでいた。異能者だったのは嬉しい誤算だったけどね。それともなんだい? 自分が何か特別だから選ばれたと思っているのかい? それは自惚れだよ。」

面食らっている私を他所に、時計を確認し黒いコートを襟を整える。

「それじゃあ、良いデータを期待しているよ。じゃあね。」

何事もなかったかのように不気味な笑顔を見せる。

それに対しての返事をするよりも先に、黒尽くめの女はまたも忽然と消えていた。

消える瞬間までその笑顔を顔に張り付けたまま。

全てはは何事もなかったかのように、ただ夜空には星々が浮かび、月が少女を見つめている。

 

辺りは明かりも消え、人の気配は微塵もない。

スマホで時間を確認してみると深夜一時を過ぎていた。

一度ドアの前にて深呼吸をし、どうしてこんなに遅くなったのかの言い訳を一通り作り、覚悟を決めドアを開ける。

「優禍? 優禍か?! 優禍ァ!! 」

ドアを開けた次の瞬間、総悟(アニキ)の、巨体と(おにいちゃん)のオウム貝が、ラグビーのタックルが如く優禍に飛びついてきた。

抱きしめてくる力が強く窒息してしまいそうになりながら、何とか号泣している二人をなだめる。

「遅くなってごめん……兄さんは? 」

「オグッ……グス、お前探しに出たよ……お前が行きそうなとこ……ズビッ、片っ端から探してる……ズビッ。」

「ほっっんとに心配したんだからね! マジで良かった! ホント……マジでさぁ……。」

「明日休みだからなぁ! しっかり寝ろよぉ! 風呂はもう明日行け! 明日! 」

一方的に溢れ出る感情を全身で受け止めながらやり取りをしていると、息を切らした雄二(にいさん)が帰ってきた。

「駄目だどこにもいな……いるじゃん、帰ってんじゃん……。」

 

「何があったかは、お前が話したくなった時にしてくれりゃいい。取り敢えず今日はお休み。」

テキパキと敷かれた布団に潜り込まされ、強制的に床につく。

ドリームランドに落ちるには、出来事と秘密が多すぎた。

余りにも目が冴えている。

紐がぶら下がる電球と隣にぶら下がる雄二(にいさん)を見つめても、一向に眠気はやって来ない。

布団に包まり、縮こまる、そしてそのまま目を閉じ息を吸う。

“家族に嘘をついている“、その事実に心をキリキリと締め付けられながら、優禍は今日の夜が明けるまで待ち続けた。




※キャラクター・設定紹介※
十上 優禍(15)
身長 160cm 誕生日 11/03 血液型 O型
異能:蛸の足によく似た触手を操る。
水分を経口摂取、皮膚摂取など吸収することでべらぼうに膨らみ、より靭やかに、より強靭になる。
逆に水分がなくなると固くなり、パワーダウンする。
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