メシア・シンドローム   作:人外好

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それは、何の連絡も無しにやってきた。
妹が居なくなった実感がようやく湧いてきた頃だった。
男が五人と女が二人。
皆、妹と同じ学校の服を着て、一丁前に顔を曇らしていたと記憶している。
母が玄関先で対応していたが、急にガタイの良いやつが話しだした。
“妹には何度もお世話になっていた。“
“クラスメイトなのにイジメに気付くことができなかった。“
“七瀬というやつがイジメの主犯格だ。“
口々に謝罪の言葉を述べ、中には土下座までする者までいた。
家の中で聴いていたから、詳しくは憶えてないが、こんなことを言っていた気がする。
だが当時の母はその姿勢に心を打たれ、父もすっかり絆されてしまった。
怒鳴りつけてやりたかったがやめた。
妹なら、きっと許すだろうと思ったから。
結局俺も両親も頭を下げて感謝して、線香まであげさせた。
それを血反吐を吐くほど後悔するのは、今年が終わろうとしてる頃。
第三者委員会が出した結論は、“イジメは確認できなかった“というもの。
飛び降りの時以外で怪我の後もないし、持ち物もラインも綺麗なもので、ついでにそれっぽい証言もなし。
勝手に気を病んでの自殺、或いは不幸な事故として片付けられた。
勿論抗議した。
こんなのはおかしい、もう一度調べ直してくれ。
何度もお願いしても、泣きの一回は無理だって。
もう一回お通夜が来たよ。
そんで飯の味もわからなくなって、なんか赤ちゃんみたいな耳鳴りまでしだして、本格的に人として駄目になってた。
そんな時、郵便受けに入ってたのが一通の手紙とUSBメモリ。
これが、きっかけ。

「とりあえず、こんな感じです。」

「はい、一応時間設定もしたはずなんですけど……ちょっと、早すぎじゃないかなって思いますね。時間、ミスったかな。」

片順風満帆、友人も未来もある学生達。
片や吹けば倒れそうな程弱々しく、希望のキの字もない顔をぶら下げ歩く男。
陰と陽、何もかも真逆。
未来永劫交わることなどないであろう二組、その動線が交わった。
「すいませぇん。」
「はい? なんすか? 」
後ろから掛けられた声に思わず振り返る学生群。
小汚い男に皆怪訝な顔をする。
「俺のこと、憶えてますか? 」
首を傾げる者、顔を見合わせる者、思い思いのやり方で目の前の男について考えを巡らせること数秒。
群の中でリーダー格の男がこう切り返した。
「すみません、人違いじゃないですか? 」
そのリーダー格は、品行方正を形にしたような男であった。
筋肉質で大柄、礼儀正しく友人も多い。
カーストの最上位に位置する男。
「もういいですかね? これから友達の誕生日パーティーがあるので、失礼します。」
申し訳程度の会釈を男に贈り、その集団は再び歩き出した。
「そうか、憶えてないか。」
悩みに悩み抜いた末の行動であった。
何かリアクションがあれば、話の一つでも聞いてやろうと。
ありとあらゆる憤りを無理矢理飲み込み、慈愛と寛容の心を持って、接するべきであろうと。
愛した妹のように。
「逆に良かったよ。これで、心置きなくやれる。」
変質する直前、その男は笑っていた。
とてもとても、晴れやかな笑顔であった。


第二十九話:虚仮(こけ)

 

場面は佳境。

まるで果たすべき使命を遂げんとする心に感応するように、異能者の体はより大きく、より凶悪なものへとその身をさらなる異様なものへと変化させていく。

黄色く血走った眼。

大小様々に飛び出す鋭利な歯。

元々生物として歪な存在が更に大きく、更に異様なものへと変化していく。

ようやく自身が置かれている状況に気付き、踵を返す学生達。

地へ付かんとするほど酷く肥大化された双腕。

その片方をゆっくりと学生達へと向けた。

それと同時に優禍は飛び出す。

目の前の異常性に、悩む暇などないと知る。

触手が束ねられた剛腕が掌へと触れる刹那。

その身は、踏み出した地へと沈んでいた。

手応えも、触れた感触すらもないほど一瞬であった。

 

思考の後に追いつく激痛。

何が起きたか。

飛び出したのは妄想であったか。

だが今は、思考も、声を出す時間も惜しい。

異能の絡繰を暴くため、飛び起き再び突撃する。

瓦礫を触手で巻き取り遠心力を相乗させた弾丸。

それすらも、真黒に染まった腕に触れる事も叶わない。

他者とのあらゆる物事を縁ごと弾き返すその力により、なすすべもなく吹き飛ばされる。

けれども突撃は無駄ではない、学生達は逃げている。

一歩でも遠く逃げるための時間稼ぎ、この場から離脱し保護さえされれば実質的な勝利はもぎ取れる。

己の役割を果たすことはできている。

優禍自身そう考えていた。

逃げ切れると誰もが確信した時、彼らは異能者の前へと戻された。

切れた息とともに漏れる呆けた声。

そこに容赦なく振り下ろされる真黒の手。

間一髪身を盾にしようと諸共吹き飛ばされる。

引き寄せとその真逆、反発。

第二の異能かと見紛う程の拡大解釈。

過剰にブーストされた異能に手も足も出ない。

それでも阻み続けた。

尚も挑み続けた。

己の行動は本当に正しいものなのかと考えながら戦い続けた。

へばりつく疑念を振り解けぬまま、その力を振るい続けた。

だがそれも焼け石に水。

纏わりつく小蝿を払うが如く、あっさりと地へと叩き落された。

奇しくも変異する前と同じ様な形で捕らえられる。

されど今は異能が違う。

「アイツラだケダ、アイつラダケ殺セレばジシゅスルさ。」

反発と地面のサンドイッチ。

体を持ち上げようと掌に近づく程反発は力を増し、耐えられない地面ばかりが陥没する。

どれだけ力を込めようと、地面が割れ抉れようとも、脱出するには至らない。

「ダカラ、ダカラジャマシなイデくれ。」

『ウゥゥ……ヴゥグァラ゛ァ゛ァ゛あ゛あ゛ア゛ア゛!! 』

されど吠えたところで現状は変わらない。

学生の一人が黒く大きな手へと吸い込まれる。

スッポリと収まる顔。

喚く男の話を聞くことなく、異能者は力を込め。

『やめっ――。』

パンッ と軽い音が町に響いた。

 

飛び散る鈍い色をした血。

肥大化した手が学生の頭を握り潰すその時、一発の弾丸が黒腕を貫いていた。

衝撃により手を離し異能も解除される。

拘束が解除された優禍は背に蛇が置かれた猫のように飛び退いた。

瞬く間に異能者を取り囲む特殊兵装の集団。

『全員両手を頭の後ろに組んで腹這いになれ! 』

「ドイテくレ! ソイツラ殺シタラ全部おワル! 」

やっぱ駄目か。バックパック、ガイシャを保護。』

どれだけ吠えようと一糸乱れぬ行動は淡々と行われる。

スコープには仮面の異能者(優禍)も捕捉していた。

『隊長、仮面(まえ)のやつです。』

『OK、逃げ足速いからハイランダーを待機させといて。』

『了解。』

忠告も聞かず掌を向けた瞬間、容赦なく放たれる弾丸の雨。

正確な狙撃は足を崩し、あらゆる方向から繰り出される波状攻擊。

異能を使わせる暇を与えぬ一糸乱れぬ連携に遠中近距離多種多様なガジェット。

数と技術の暴力は、暴れ狂う異能者を瞬く間に窮地に追い詰める。

一方、反発から解放された優禍の前に、新たな包囲網が迫る。

ジワリジワリと狭まる距離、足に溜められる力と水分。

そのどちらもが臨界点に達した時、仮面の異能者は空に跳んだ。

弾丸かと見紛う速さの戦線離脱。

一刻もこの場を離れるため、最寄りの建物へと触手を伸ばした時、再び軽い音が響く。

次に脳が受信するは腕の痛みと脱力感。

 

獲物を狙う(ふくろう)のように、音もなく宙に浮くAXE。

ハイランダーと呼ばれた狙撃手は、機動力を失い落下する再び標的に再び狙いを定める。

三度鳴る銃声。

一筋の閃光は、正確に頭部へと着弾した。

『こちらハイランダー、被疑者落としました。』

『気ぃ抜くな。確保するまでがお仕事だからな。』

『了解。』

墜落した仮面を取り囲むAXE。

屈めば触れられる程の距離、ピクリと仰向けの体が動く。

気付いた時には流転腹這い。

引き金を引くよりも早く、蜚蠊(ごきぶり)も裸足で逃げ出すスピードで、近付いてきた隊員の股座(またぐら)を縫うように這い回る。

走る、というより滑る。

珍妙ともいえる動きに空も地も咄嗟に発砲。

何発が命中するも止めるに至らず、砂底を泳ぎ回る蛸のように仮面の異能者は建物の隙間へと吸い込まれる。

空中地上どちらも追いかけるもそこに優禍の姿はない。

何棟も建てられたビルが織りなす歓楽街特有の迷路。

ただでさえ光が刺さぬ路地が夕闇と相まって、捜索は更に困難を極めた。

暴れまわる異能者を制圧し護送車へと押し込んだ頃、一息ついていた隊員に連絡が入る。

『こちらハイランダー。被疑者を見失いました。』

『いわんこっちゃない。』

『路地から出てきた奴は六人程、全員怪我なし、アーマーらしきものも持っていませんでした。』

『再生能力持ちか、今頃どっかに紛れてるだろうし……OK、追跡は切り上げて戻って来て。』

『了解。』

 

逢魔時(おうまがとき)、学生服に身を包んだ少女が一人。

補導されるかどうかの瀬戸際の時間にて、ゾンビのような足取りの少女は駅に向かって歩を進める。

ブツブツと相手も居ぬのに独り言、されど焦点だけはどこかに合っていた。

彼女の受けたことは何ら不思議なことはではない。

違法に活動する自警団まがいの小童が、大人に実力の差を思い知らされた。

或いは未熟な思春期のガキがどうにもできない事情に首を突っ込み、勝手に己の無力感に打ちひしがれている。

何も難しくはない、単純なことである。

それでも少女は謝罪の言葉を呟き続け、そのまま人と異能者の群れへと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◯晴馬「みんなお疲れ。」

 

◯トモチー「おつ。」

 

◯ショウジ「事情聴取初めて受けた。」

 

◯→や「逆に貴重な体験だったわ。」

 

◯はしもと「一生に一度クラス。」

 

既読₆「ハゲたおじさんに長々色々聞かれた。そっちは大丈夫だった? 」◯

 

◯MINAMI「うちは女の刑事さんだったよ。」

 

◯はしもと「全員話長すぎ。」

「終わったら外真っ暗だった。」

】《/right》

 

とある住宅街の一角。

無事生き残った学生達は、チャットアプリにてメッセージを送り合っていた。

人生初の事情聴取を受け、全員が解放された時にはどっぷりと更けた夜。

今から誕生日を祝う気にもなれず、なし崩し的に彼ら彼女らは解散という運びになった。

グループのうちの一人、真希(まき)はベットの上、風呂上がりの熱を冷ますついでに自室で弄るスマホは眠気を奪い、更に明日は休日という免罪符が夜更かしを加速させる。

 

◯晴馬「せっかくプレゼントとか買ったのに色々潰れたちゃったわ。」

◯「トモチーごめんな。」

 

◯トモチー「気にしないで。」

「また別の日に行こうよ。」

 

既読₆「心広すぎ。」◯

 

◯ショウジ「でもせっかくのバースデーなのに空気読んでほしいよな。」

 

◯はしもと「てかなんで勝手に死んだのに俺らのせいにされんの? 」

 

◯→や「何がイジメじゃ。」

「犯罪者に罪を償わせてあげてるだけなのにな。」

 

◯MINAMI「マジそれ。」

 

◯トモチー「けどなんか証拠がどうたら言ってなかった? 」

 

◯晴馬「そうだっけ? 」

 

◯トモチー「うん。」

 

既読₆「どうせ嘘でしょ。」◯

既読₆「なんかキチガイそうだったし。」

 

◯はしもと「異能者なんて全員キチガイでしょ。」

 

◯MINAMI「何が“憶えてますか“だよ。」

「速攻警察呼ばなかっただけ感謝してほしいわ。」

 

◯→や「犯罪者に罪を償わせてあげてるだけなのにな。」

 

◯ショウジ「良いことしてんのに気分悪いよな。」

】《/right》

 

楽しい時間というものは、あっという間に過ぎていくものである。

そろそろ切り上げねば本格的にお肌に影響が出る時間。

名残惜しくも床につく旨のメッセージを打ちこむ途中、チャット上に挙がるは「やばい」の一言に添えられた動画のURL。

その内容に真希は、否、そのグループ全員は己の目を疑った。

「なにこれ。」

 

動画の中の教室は悪意に満ちていた。

(あざけ)り、罵倒(ばとう)し、(なぶ)る。

たった一人の異能者が歪な顔を泣き腫らし、大多数の人間がそれを見て嗤う。

醜悪や悍ましいという言葉であっても表現が足りぬ、あってはならないそれが、一切の加工もなく鮮明に記録されていた。

動画内の人物たちを晒すため、ネット上での捜査は始まった頃、少女は光り輝くパソコンを前に、渾身のガッツポーズを繰り出した。

「あ〜スッキリした。やっぱり勧善懲悪! 悪は滅びてなんぼだよねーどっちでも。」

ひとしきり喜んだ後、鼻歌交じりにペンを取った。

(たま)にブツブツと独り言を漏らしながら、書き終えた紙を床へと投げ捨て次の紙へと手を伸ばし、延々とペンを走らせる。

ゲーミングチェアが十何度目かのリクライニングを発揮した頃、満足したように凝り固まった筋肉達を伸ばし解し、全力で体の力を抜き立ち上がる。

少女は薄い桜色の髪を揺らしながら部屋の外へと消えていった。




※キャラクター・設定紹介※
平田 敬司(ひらた けいじ)二十六歳
異能《引力》 誕生日3/8
半径二十メートル以内の人間を自分の手へと引き寄せる。
右手には男性、左手には女性が引き寄せられる。
薬を使用すると異能の拡張性、精度が大幅に上昇し、更には反発の性質を獲得。
防御や移動に使える他、手と地面で挟んで反発させ続けることで拘束する事も可能。

平田 愛美(ひらた まなみ)享年十五歳
異能《修復》 誕生日4/9
生物、非生物問わず手のひらで触れたものを修復する。
受けたダメージが大きいほど修復には時間と体力を要する。
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