メシア・シンドローム   作:人外好

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三十一話:歴史の勉強と新たな依頼

「なぁ、やっぱ休んだ方がいいんじゃねぇか? 学校。」

「大丈夫だって、ちょっと寝不足なだけ。」

分厚い雲がお天道様の陽光を遮る朝、道行く人々の表情は沈みきっている。

反射的に目覚めさせる光を遮るからであろうか、それとも来て欲しくもない週の始まりがやってきたからであろうか。

その憂鬱に呑まれているのは一人の少女も例外ではない。

「本当か? 無理してねぇよな? キツかったら休んでもいいんだぞ。」

「ホントに大丈夫だって、小学生じゃないんだから。」

その言葉を、総悟はどうしても信じることができずにいた。

未だ顔にこべりついた火傷痕と不健康の代表たる(くま)が塗りたくられた笑顔で気丈に振る舞う姿は、一家の大黒柱の目にはただの空元気にしか見えていなかった。

「そろそろ家でないと遅れちゃうから、それじゃ兄貴も気をつけてね。」

「お、おう。いってらっしゃい。」

言うべきだったか、それとももっと元気に送り出してやるべきであったか。

自分の行動が正しかったのかと葛藤しながら、頭を雑に掻きむしる。

大きくため息をつきながら、総悟は仕事の身支度を始めた。

 

「みんなおはよう。」

「おはよー優禍……ってクマ凄いね。ちゃんと寝てる? 」

「うっわマジじゃん、パンダかよ。」

いつものグループに入って開幕一番、目の下の不健康印をイジられる優禍。

「そんなことない。」とやんわりと反論するも、それが人生最盛期とも呼び声高い高校生達に宿る美のプライドに火をつけた。

睡眠時間がどれだけ肌やスタイルに影響するのかを語り始める弧牙、蓮摘、剣縁の三人。

徐々にエンジンが掛かりだし、湯水の如く溢れ出るスキンケアやメイクの知識。

ブルベだ、イエベだ、プチプラだ。

聞き慣れない用語の嵐に、序盤から話の発端たる優禍は早々に置いてけぼり。

そしていつの間にか流行のメイク話へとすり替わり、次に遊びに行けるタイミングのすり合わせへと着地した。

「優禍、絶対似合うメイクしたげるから。今度遊び行こう。」

今週の土曜日に遊び行こうと約束を決められ、豆鉄砲を食らった鳩のように固まっていると、そっと肩に手が置かれる。

「大丈夫、私もわからない。だから少しずつ覚えていこう。」

天ノ宮の優しく諭すような声に、優禍はゆっくりと首を縦に振ることしかできなかった。

 

「どもーお疲れ様でー……なにこれ。」

「なに? どうかした? ってうわ! 大丈夫ですか?! 」

放課後、いつも通り部室へと足を運んだ西谷と生成が扉を開けた先に広がっていたのは、ゆるゆると時間が流れるまったりとした空間いつもの異能研ではない。

ここだけ地震が直撃したのかと見紛うほどの散らかり具合。

あちこちに点在するファイルやプリント、キラキラと太陽によって光り輝く埃が、部活の長二人がどれだけ熱中していたのかを物語る。

「二人とも何してんの、ドアの前で。」

あとから遅れて来た優禍はひょこっと二人の隙間から覗き込む。

そして、見えた景色に、言葉にならない声を上げた。

「ん? あぁお疲れ様。」

「これは……何があったんですかこれ。」

「いやさ、この間のビル捻じ曲げ異能者で思い出してよ。休みの日も必死こいて二人で調べたからな。まぁ座って座って。」

「座れる場所、あります? 」

換気と掃除を済ませ、三人はそれぞれ定位置に座る。

話の先陣を切ったのは生成であった。

「さっき調べ物って言ってましたけど、何を調べてたんですか? 」

「あーそれなんだけど。まず俺らの話をする前に、異能犯罪の歴史についてちょっと知っておいてもらうことになるのよ。」

「歴史? 」

「そ、歴史。それじゃこれから長ーいお話をするから、今のうちトイレ休憩行ってらっしゃい。」

お膳立ては十二分、片手で(もてあそ)んでいた飲みかけの飲料水を口に含み軽く喉を潤す。

「大丈夫? なら始めようか。」

 

異能者が起こす犯罪において突発的かつ単独で行われるものは、その大半が欲求を封じ込める蓋が圧迫され続けた末、タガが外れた結果、犯行をするというのが基本的なパターン。

これを三流とするならば、二流は自分の力量を推し量り綿密な計画を立てたうえでの犯行、或いは、はみ出された者たちが群れを作る組織的なものとなる。

そして、闇へと潜み、誰にも気付かれぬまま拡大を続けるのが一流である。

多種多様な一流がありながらも、その中で一際(ひときわ)力を持ったのが“パビリオン”と呼ばれる組織であった。

《融合》の異能者を中心としたたった五人の集団は、瞬く間に異形の弱者達を吸収し、最盛期には構成員五千、その内異能を持つ者は四十三名という、初めて異能が確認されて以来有数の巨大組織へと変貌した。

多種多様な異能を使用したシノギによる莫大な資金の確保と、それを安全かつ効率的に行えるセーフティエリアの確立。

それらを完璧に管理する“パビリオン”は栄華を極め、誰も手を付けられぬほどの脅威へと成り上がった。

 

「とまぁ、こんな感じでパビリオンはでかーい組織になったわけ。」

長々とした異能者の歴史を話し終え、一区切りといったような尾多とは対照的に首を傾げる一年生たち。

どこか話の全貌が見えず、西谷は質問を投げかけた。。

「それで、そのパビリオンでしたっけ。それが凄い悪いってことはわかりました。それで調べものって何だったんですか? 」

「……そこの一番大きなシノギは違法薬物の生成と売買、そこの元締めをやってたの。」

「後輩くん達もニュースとかで聞いたことあるんじゃないかな? 」

人差し指をピンと立てる仕草も相まって、まるで小学生が問題に四苦八苦しているときに、さりげなくヒントを教える先生のように記憶の棚を探らせる。

その手助けがあってかは分からないが、件の薬物のことを思い出すのにさほど時間はかからなかった。

「あ、確かエピペンでしたっけ。」

「ピンポーン、正解。」

正解の効果音代わりに軽快に鳴る指パッチン。

テンションが上がる尾多と異なり、ダウナーな雰囲気を崩さない部長(ともか)はボソリと次の問題を投げかける。

「……あと、西谷くんと孤牙さんの事件、覚えてる? 」

「はい、覚えてます。ストーカーと催眠野郎の事件ですよね。」

片や浮遊する巨大な目玉を操り西谷の姉を監視し、片や弧牙を洗脳しあまつさえ異能を使わせけしかけた、優禍にとっても異能研にとっても思い出深い一件である。

そして、突然持ち出された二つの事件と違法薬物(エピペン)を結び付けるには、そう時間はかからなかった。

「まさか、使ってたんですか? その二人も。」

「ご明察。だけどそれだけじゃない、ここ数年に起きた異能犯罪を洗いざらい調べてみたんだけどよ。ある一定のタイミングから、そのエピペンを使用した異能者の数がドドーンと急増してるのよ。」

シャーペンを注射器に見立て体に打ち込むジェスチャーという軽いブラックジョークを挟み、再び一年生たちの方へと向き直る。

各々頭の中で与えられた情報を時折反芻(はんすう)しながら整理していると、当然の疑問が湧き出た。

「けど、その組織が異能者集めて薬物作ったりしてるんですよね。けどそんなの聞いたこともないですし、そもそもなんで警察はその人達を捕まえないんですか? 」

「……それなんだけどね、そのパビリオンはもう解体されてるんだよ。」

思いも寄らない返答に漏れ出たのは、三者三様の素っ頓狂な声。

今までの話は何だったのかと湧き出た疑問はさらなる疑問を引き込み、とうとう話の着地点を予測できなくなった一年生三人組は眉間にしわを寄せることしか出来ない。

それでも話は止まらない。

「言いたいことはわかるぜ。今さらぶっ潰れた犯罪組織を持ち出して何がしたいのって感じだろ。それにゃ俺達の原点、稀人英雄的浪漫について話す必要がある。」

(しば)し休憩と口と喉を再び潤し、いざ準備万端と笑みを浮かべたその時、来客がドアを叩く音が響いた。

 

「お邪魔しまーす。」

どうぞと返事をする暇も与えず開かれる扉。

スラリとした長身、お洒落な服を着こなしながらこざっぱりとした清潔感を持ち合わせる、スクールカーストに当てはめるなら一軍は堅い男がそこにはいた。

その男は軽く部室を見渡し、見つけたといったように尾多へと声をかける。

「今、大丈夫? なんかめっちゃ色々話してたの聞こえてたけど。」

「ミッちゃんじゃん、さっきぶり。そんでどうしたんだよ、お前が来るなんて。」

「えっと、お知り合いですか? 」

「うん、三田 昂輝(みた こうき)通称ミッちゃん。俺と同じクラス。」

「よろしくね、後輩くん達。」

ひらひらと手を振りながら放たれる眩しい笑顔に、特に陰の者に近い生成は目を(つぶ)りかける。

「んで改めて聞くけどよ、なんで異能研(うち)にまで来たんだよ。」

「実はさ、どーしてもお願いしたいことがあって……ガキを探してほしいんだよ。」

「お前、いつの間に父親に。」

「違ぇよ! ちゃんと聞け。」

上級生達の馴れ合いは後輩三名をほったらかしにし、追いつかせる暇もなく依頼内容を話し始めた。

「この間、悠幻町に遊び行ってたんだよ。色々ショッピングとかゲーセンとか寄って気分よく歩いてたらさ、路地からガキが飛び出してきてよ。ドンッてぶつかってそのまま何も言わずに素通りよ。」

「マジかよ、災難だったな。」

「最近のガキはモラルがねぇなって思ってたらさ、持ってたカバンが無くなってたんだよ。慌てて周り見てみたらフワってカバンが宙に浮いててよ、そのままさっきのガキがカバン持って逃げ出したんだよ! ダッシュで! 」

当時の焦りや怒りを思い出したのか、話が進むにつれてどんどんと語気が強まっていく。

その勢いに気圧されながらも、生え出た疑問を解消するため優禍は浅く挙手し発言する。

「相手は子供だったんですよね。頑張って追いかけたら捕まえられそうですけど。」

「もちろん追いかけたって! けど、こっからが異能研(あんたら)が好きそうな話になってくから。」

 

どうどうと副部長の(なだ)めが入り話は中断。

上がりすぎたテンションを幾ばくかローへと戻す。

「そんで、話の続きだけど……そのガキ、路地の方に入ってったから走って追いかけたんだよ。けどさ、曲がったらガキがホント忽然と消えちゃって、どこ探してもいなかったんだよ。」

「……何秒くらい目を離したの? 」

「一瞬だったしな……視界から消えて二秒もかかってないと思うけど。」

フワリとひとりでに浮かぶバックに忽然(こつぜん)と消える子供強盗。

超常的な力が存在するこの世界において引ったくりや強盗のハードルは文庫本一冊よりも低い。

それでも子供がするものかと疑念が広がる異能研に対し、嬉々として三田は話を振る。

「どう? 浮かぶカバンと消えたガキなんて異能研(おまえら)の好きそうな話だろ? だから頼むって。」

被害を受けているはずなのに妙に上がったテンションて、同意を求める三田。

なかなか煮えきらずうんともすんとも言わぬ同級生二人に対してか、急にしんみりとした声色のとなる。

「その鞄の中、財布とかもそうなんだけど婆ちゃんのお守りとか、大事な物が入ってんだよ。一秒でも早く手元に戻ってこないと、俺婆ちゃんに顔向けできねぇよ。」

「お前、先週忌引きの理由に婆ちゃん使ってなかったっけ。」

「ありゃお前そりゃ……分かんだろ。んなことよりよ、頼れるとこも他にねぇし、異能が関係してるだろ? ここ異能絡みだった大体首突っ込んでくれるって聞いたぜ? 」

「噂流した人、何でこんな的を得てること言えるんでしょうね。」

「知らね。」

「頼むって! このとーり。」

テコでも退かせぬ拝みの体勢。

普段関わりのない上級生の頭を下げる姿に、どうしたものかと同じく上級生たる副部長に指示を仰いだ。

その態度に対し、返答の代わりと言わんばかりにとっておきのイタズラを思いついた子供の如く、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

「オーケー、突っ込ましてもらおうじゃん? 首。」

「……まずは情報収集だね。三田くん、引ったくりに遭った時の状況とか子供とか、もっと詳しく教えてくれないかな。」




三田 昂輝(みた こうき)(17)
身長178cm 血液型AB型
尾多、古原のクラスメイトで愛称は《ミッちゃん》
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