メシア・シンドローム   作:人外好

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第三話:覚了

星見ヶ原市空碁町。

通称『異能者が流れ着く町』。

そこに密集しているボロアパートの一つ。

六畳一間の空間にて、十上優禍は目を覚ます。

作日の一件もあり、興奮と不安、罪悪感が混合され脳が活性化し熟睡できなかった彼女の目元には、寝不足の代名詞がこべりついていた。

靄がかかった頭を動かしながら布団を仕舞い、小さな台所の隅に置かれた朝食の食パンと冷えた目玉焼きを口へと放り込む。

微々たる咀嚼音だけが頭の中を何度か反射し、簡素な朝食は終了した。

顔を洗い、歯を磨き、幾らか栄養も補給され、脳にかかっていた靄はいつの間にか晴れていた。

まともな思考ができるようになった午前九時、自然と視線が校章へと向かう。

未だ少女は、淡い期待をその校章へと寄せていた。

あの日の出来事は夢か幻覚であり、本当は何も起こっていなかったのだと。

泣いていた女の子も、家族を襲った棘の異能者も、真っ黒のスーツに身を包んだ女性も、全ては少し早い春の夜の夢だったのだと。

そんな極々小さな希望、願望を抱いたまま校章を制服から取り外す。

「……二回、トントンしたら着れる……。」

馬鹿げた夢だと理性は笑い、もし万が一と不安は小刻みに震える、今目の前にあるのは妄想の産物かそれとも現実か。

大丈夫、それを確認するだけだと、彼女は自身の意識内に同居する人物たちをなだめながら、そっと指先で二回触れる。

「……。」

何も起きない。

何も、起きない。

ヒビの入った目覚まし時計が、刻々と空間内の時間が進んでいることを音で報告する。

優禍が先程までの不安や焦りの混じったため息をどっと吐き出し、胸をなでおろした次の瞬間、

ギシャン!!

「え?! 」

ギララララ! ギガ! ガシャン!!

作日聞いた嫌と言うほど耳にこべりつくガチャガチャとした嫌に大げさな機械音を上げながら、手のひらサイズ程の校章がメカニカルなヘルメットと競泳水着風のライダースーツへと変貌した。

 

夢であると半ば盲信していた優禍の撫で下ろされた胸は今一度上げ直され、目の前に存在する現実へと無理矢理向き直される。

『“対異能者用身体変異制御抑制型強化装甲“。内側にある無数の微細な針から対人身体変異用異能制御薬を流し込み、異能使用に伴う身体の変態を制御、抑制し通常の人間の体に留める。』

作日の黒装束の女の言葉を反芻したところ、目の前にある二つのオーパーツは嘘をつかれていないかぎりひとまず危険ではない。

考えもなしに起動させ、さてこれをどうするべきかと恐る恐るヘルメットを手に取り、まじまじと観察する。

黒で塗りつぶされたシンプルなデザイン。

外骨格のような生物的な材質、自分自身の顔や後ろの壁が反射する。

その後も回転させながら一通り外側の確認を終え、残るは中だけである。

湧き出る恐怖を飲み込みながら恐る恐るヘルメットを被り、暗闇へと侵入した。

いざ被ってみたところで、優禍の視界が黒一色で染まっただけであり、それ以上はうんともすんとも言わない。

何も起きないと、何とも言えない肩透かし感が彼女の心に生え出て数秒、暗黒だった視界が一気に光を取り戻し、いつもの六畳一間が現れる。

それだけでなく、日時やメッセージ、アーマーの接続状態などの情報が次から次へと目の前に現れては消えていく。

 

『音声メッセージが一件、再生を開始します。』

優禍が迫りくる情報の波に圧倒されていると、目の前に件の黒ずくめの女が現れる。

『あーあー……久しぶりだね十上優禍くん、この動画が再生されたということは正常にそのサンプルが作動したことだろう。改めまして私の名前は田中一、異能の研究、及びそれらの技術転用を生業としている者だ。』

まるでそこに存在しているかの如く佇むその女は、足が机を貫通しているという一つの事実が、これは映像だということを伝えている。

『君に渡したそれは異能による身体と脳の変化に対して真っ向から否定するために作られたものだ。身体の変化とホルモンの分泌を抑制し、なおかつその状態で異能を使用する事が可能となる。しかしこれはサンプル品でね、正式なものは君のデータを下に作られる。』

機能、全体図、正式名称、田中の動きに現れては消えるスライドに、優禍はただ目で追うことしかできない。

『そこでだ、君はそれを装着して自由に異能を使ってもらいたい。私達の出会いの日のようにするのも、己の欲望の赴くまま力を振るうのも、どう使ってくれても構わない。異能さえ使ってくれれば、どうしようか君の自由だ。これで説明は以上、良き行動を期待しているよ。じゃあね。』

その言葉を最後に、黒ずくめの女は風の前の塵のように消えていき、メッセージが終了した。

 

『もう一度メッセージを再生しますか? 』

抑揚のない機械音声がやまびこのように繰り返される。

それを無視してヘルメットを脱ぎ、そのままゆっくりと重量に身を任せ、そのまま仰向けに寝転ぶ。

一方的な語りが終了しても、優禍の体は動かずにいた。

異能者の理想が詰まった何もかもが、今自分の掌の上にある。

その事実が心を押しつぶす。

鉄砲水のように流れ込んだ情報を捌ききれずフリーズした頭は、未だ起き上がる力が湧き出ずにいた。

木目の天井、垂れ下がる電気のひも、空気中に漂う(ほこり)が柔らかい日差しに照らされキラキラと輝く。

無我の時間が続く。

『……なんでこうなったんだっけ。』

ポツリと漏れ出た純粋な感想。

全ては思いつきの行動であった。

待っているだけじゃ間に合わない、今この場で少女と母親の命を救えるのは自分しかいない。

自分しか、助けられない。

エコーチェンバーにより肥大化した正欲のまま力を振るっていた。

結果は散々なものであったが、あの時、あの瞬間だけは生を感じた。

十上優禍という一異能者の短い人生の中で、最大で最高の輝きを放っていた。

それは異能者特有の魔力によるものか、或いは正義によるものか。

もしもあの時、別の道を選んでいれば、少女は無残にも殺されていただろう。

あの時、自転車がパンクしていなければ、もっと被害が広がっていたことだろう。

頬を両手でピシャリと叩く。

鋭い刺激、決まる覚悟、絡みつくifの糸を断ち切り腹上のヘルメットを持ち上げ対面する。

「よし……! 」

 

実際に学校が始まるまで今日も含めて三日、この三日間のうちに自身の能力を知り、使い方をマスターする。

優禍自身、無理難題レベルのスケジュールであると理解しているが、うだうだと思い悩んでいる時間はない。

彼女は、二つのオーパーツを校章の形に戻し、制服のあるべき胸部分に装着した状態で今一度展開した。

質量保存則を無視したそれは胸から全身へ覆い尽くし、最終的に競泳水着のようなデザインへと落ち着いた。

頭の先から腹周りまで、機械と生物の中間らしき装甲が覆っているものの、腕と脚はほぼ丸出しの状態である。

顔を覆い尽くすフルフェイスも相まって変態チックな風貌、この状態で外に赴くのは、特殊な癖を持ち得ぬ優禍にとっては難易度が高すぎる。

いくらなんでもと羞恥心を覚え、何かないかとを押し入れから家族の古着を漁る。

色褪せたスカジャン、モスグリーンの半ズボン、どちらともサイズが合わなくなったが捨てるのはもったいないと、タンスの肥やしと化した服達であるが、今の優禍にとって十分すぎるほどだ。

オーバーサイズの服たちに袖を通したお陰で、幾らか変態感は払拭されたものの、それよりも遥かに大きい問題がぶち当たる。

十上優禍は、異能の使い方が分からないのである。

 

異能者は自身の身体を異形の姿へと変化させ、初めて異能を使用できる。

考えを巡らせるわけでも、誰かに教えを請うわけでもない、ただ本能のままに使うことができるのが異能である。

優禍もあの夜は、何も考えることなく自身の力を使っていた。

しかし、今回は本能よりも理性が彼女の手綱を握っている。

どういった方向性で異能を使用するのか、力加減は、限界はどのくらいかなどなど様々な考えを巡らせ、感覚だけでなく理屈が必要となってくる。

その経験と理屈が、圧倒的に不足していた。

どんなに便利で有用な異能を持ち合わせていようとも、扱う者がその力を使う術を知らなければ宝の持ち腐れ。

どうすれば異能を使えるのかと、ジャンプや体に力を入れるなどの一通りのアクションを起こしたものの何も起きず、自身を俯瞰でみてしまったせいで急に恥ずかしさに襲われる。

一度気分をリセットしようと軽く伸びをし、水を飲む為に台所へ向かう、その一歩踏み出した時、違和感に気づいた。

ズルリと腕が畳を擦る感覚、それも一本ではない。

二本しかないはずの手が、何本も畳と皮膚の摩擦を感じ取っていた。

彼女の腕は、立ち上がっている状態で腕が畳を擦る程長くない。

恐る恐る下へ目をやると、そこに人の腕はなかった。

黒緑色の粘液に覆われた蛸のような触手が腕の代わりに何本も生え、力なくしなだれている。

人は驚きすぎると一周回って冷静になるものである。

例に漏れず、彼女は驚きよりも、自身の異能のビジュアルに少しばかり落胆していた。

「……タコって……。」

 

腕が四本に増えたというよりも、腕から指先までが四本に裂け、一本一本が独立しているような感覚。

人の時の腕を上げるように力を込めるが、上手いように上がらずただ右に左に畳を擦る。

一旦休憩を挟もうにも、そもそも腕がもとに戻らない。

そこで優禍は、ステップを作ることにした。

蛸足と変化していないもう一つの腕とを見比べ、親指や人差し指などのパーツ分けをし、どこがどこに対応しているのかを確認する。

一本一本に力を込め、折り紙を折るかのように丁寧に、少しづつ人の腕の形へと触手を巻き付けた。

それっぽい形になると、湿った触腕は見覚えのある細い腕へと変化した。

ホッと一息ついたと同時に、一つの大きな課題が立ちはだかる。

一つの行為にここまで時間を掛けていたら、異能を使うどころかまともに生活もできない。

そこで優禍は、先ほどのステップを紙に書き、口に出して機械的に行う。

何事もトライアンドエラー、繰り返し実践し悪い点を一つずつ潰していく。

成功まで最も長く遠い回り道であり最短ルートでもあるこの方法を彼女は選択した。

力を抜き、触手に変化させ、いい具合に巻き付け人の腕に戻す。

触手に変化させ、人の腕に戻す、変化させ戻すの反復練習を何回も何回も繰り返し行う。

当初よりもはるかにスムーズに触手への変身を行えるようになり、次のステップへと移行する。

飲みかけのコーラの缶を取り出し、飲み干してからキッチンの流し置いたあと、狭い家の中で精一杯距離を取る。

慣れた手つきで校章(アーマー)を展開し、触腕へと変化させた腕に力を込め、ゆっくりとコーラの缶へと伸ばす。

ぎこちなくウネウネと動かしながら、空中を這うように近づけ、台所へ、そして流し台へと近づける。

何度か空振りながらも、触手の何本かのうちの一本が缶に巻き付き、ゆっくりと持ち上げる。

「よし……! 」

と気を抜いた時にはもう遅く、力加減を間違えた触手がいとも簡単に缶を握り潰していた。

ペラペラの紙のように潰れた缶をゴミ袋に入れ、その代わりにペットボトルを引っ張り出す。

先の缶コーラの練習を今度はなるべく早く、正確に、力加減を間違えないように慎重に。

失敗を繰り返しながら、十何回目の練習にてようやく完全な状態でペットボトルを手元に持ってくることに成功した。

そこで集中力の糸がプツンと音を立てて切れ、大きく息を吐く。

それが引き金となったのか大きく腹の虫が鳴り、時計を確認すると時間は十七時の中頃を指していた。

「お昼、食べ損ねた……。」

 

お天道様がその日の勤務を終え月へとバトンを託した頃、十上家は食卓を囲っていた。

狭いちゃぶ台を占領するコンビニ弁当とコップが人数分。

いつもと異なるのは、領土内に忍び込む電子機器。

「優禍、ずーっと小難しい顔して何観てんだよ。」

雄二(兄さん)が興味本位で突っかかる。

普段夕食中は動画を観るどころか、積極的に会話のスタートを切る妹を、箸を並べる前から夢中にさせる動画とはどんなものかと。

返答代わりに無言で突きつけられた画面に映るのは、タコの生態や特徴を解説する一般的な雑学系動画であった。

「タコ? なんで? 」

「なんかオススメに上がってきてさ、観てみたら結構面白くって。」

「動画なら後でいくらでも観れんだろ、飯食う時ぐれぇ我慢しろよ。」

「はーい。」

総悟(アニキ)の叱責を空返事で対応し、改めて食事に集中し始めた。

今まで観ていたタコの特徴をどう自分の異能に活かすのか、頭の中を一杯にしたまま。




※キャラクター・設定紹介※
十上総悟(42) 誕生日4/7 十上家の長男、通称兄貴
異能《頑丈》
・全身が通常の人間より硬く強い肉体を持つ、特におでこ付近は至近距離で拳銃に打たれても傷一つ付かない。
また、免疫力も非常に高い。

十上雄二(35) 誕生日8/23 十上家の次男、通称兄さん
異能《触髪》
・頭から髪の毛の代わりに群青色の触手が生える異能。
通常の髪の毛のように伸び、手指のように自由自在に操ることができる。

十上建(28) 誕生日10/15 十上家の三男、通称お兄ちゃん
異能《菊石》
・下半身がアンモナイトの殻のように変化している異能。
殻は全身が軽々収納できるほど広い。
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