メシア・シンドローム   作:人外好

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第四話:初陣

日中でも薄暗く、陰鬱な雰囲気が漂う路地裏。

有事でもない限り、滅多に人が寄り付かない場所にて、少女は今一度知性ある怪物に変身する。

粘液滴る肉体に纏わりつくように広がるアーマー、顔面を包んだヘルメットの後ろから溢れ出すたてがみのような触手の束。

携えたスカジャンとズボンを着込んだその姿は、遠目から見れば細身の男に見えなくもない。

起動したアーマーと変異した体を確認し終え、そのままゆっくりと薄汚れた壁に触れた。

蛸の吸盤から着想を得た壁登り、自身の触手は蛸に似ていると考え、自分の力を活かした方法。

片手で全体重を支えながら、自分の考えを確信に変える。

もう片方の手も無事張り付いた優禍は、壁の先に広がる鈍色の空を目指し、一手、また一手と壁を登る。

忍び込んだそのビルは高さこそイマイチであったものの、モニター越しに広がる町並みは、優禍に興奮を与えた。

腹の底から湧き出る正体不明の圧迫感と心地よい焦燥感を感じながら、異能者と人間の間の本格的な第一歩を踏み出した。

 

興奮をそのままに、隣のビルへと飛び移る。

しかしこの時、優禍は人間の頃での肉体と同じ力加減で飛んでいた。

今の肉体が異能者の、人間を遥かに凌駕した身体能力の肉体であるにも関わらず。

軽く助走をつけた跳躍は、少女を天高く跳ね上げた。

隣の建物に飛び移る想定が、思いもよらぬ大跳躍。

民家、交番、商業施設、何件もの建物を飛び越し風を切る。

いくら空中で手足を動かそうとも、空中では制御は効くわけもなく、肉の塊は抗う暇もないまま運悪く建物同士の隙間へと吸い込まれ壁に激突。

幸い回収前のゴミ袋がクッションとなり、大事には至らなかったものの、再び自身の行動を客観視した優禍は、痛みと恥ずかしさにマスクの中を赤く染める。

一刻も早く抜け出すためにもがいている最中、画面上に表示されるはとあるニュース。

《隣町のコンビニにて強盗が発生、犯人の異能者は現在も逃走中。》

現場は現在地からほど近い。

優禍は、心を躍らせながら犯人を追い始めた。

 

新しい環境に未だ慣れず、緊張の面持ちで新天地へと向かう者もいれば、期待に胸を膨らませ軽やかな足取りで向かう者。

そんな人々の日常を嘲笑うかのように、狂騒が街を走る。

『事件発生、事件発生。星見ヶ原市にて異能者による金品強奪が発生。現在異能者は逃走中。繰り返す……。』

「エヘヘェヘヘェ、金! 金ッ! 」

ヒキガエルとコウモリを足して割らずにぶちまけたような風貌の異能者は、水を吸った麩のような肉体とあべこべな身軽な動きで対向車の屋根を次から次へと跳び移る。

その小脇には、強奪したであろうレジがしっかりと抱えられていた。

『そこの異能者、至急止まりなさい。』

追跡するパトカーの制止も、異能者の耳には届かず、餌を人間に奪われた猿のように飛び跳ねながら、がむしゃらに走り続ける。

「エヘエフェエエヘヘ、いヤダ。これは、こレハ俺のカネ……ダァっ!! 」

突如異能者がブクブクと腕が異様に膨らみ、次の瞬間手から砲弾が次々と打ち上げられた。

放出されたトリモチのような粘液は周りの車を巻き込みながらパトカーへと着弾。

粘つく液体で次々と車を使い物にならなくしてゆく。

ハンドルを取られ連鎖的に起こる事故により、団子状態になった車を尻目に走り去る。

グフグフと下品に笑いながら、逃げ回る異能者は確信していた。

このまま逃げ切れると、やっとまともな飯が食えると。

安心したその時、レジを抱えるブヨブヨの腕を蛸のような触手が絡め取った。

ビルの側壁から飛び出した触手の主、仮面の異能者(優禍)はとにかくレジを取り返し、あわよくばこのまま引き止める、その想定で触手を放ち腕に巻き付けた。

つまり、自身の力が相手と同じ、或いは上であると考えた結果、このような行動を起こしたのである。

しかし、優禍は甘く見ていた。

犯罪を犯すほど切羽詰まった者の底力を。

『止まりなさぁぁあああ!? 』

へばりついた腕は一撃で引き剥がされ、体は宙を浮いていた。

鞄についたストラップのように振り回されながらも、それでも異能者を止めさせるために声を荒げる。

『止まりなさい! 』

「ナンだおマえ?! 」

『止まりなさい!! 』

「いやジゃボケぇ!! 」

面識もない変人からの唐突な命令。

急に絡んできた妙な格好の異能者を振り落とさんと、右へ左へ突き進む。

緩急についたアクロバットに加えてとてつもない推進力。

水上バイクに引きずられるバナナボードと化しながらも、優禍は必死に喰らいつく。

遂に来たは一直線の大通り。

車も人も少ない道路のど真ん中、これは勝機と手当たり次第にもう片方の触手を絡み付けつつ、全身全霊で足に力を込める。

コンクリートにめり込まれた足は丸太のように膨張。

足、腕、全身の力を使って踏ん張り、暴走するヒキガエルをその場に静止させる。

もがくヒキガエル留める仮面、綱引きの均衡を破ったのはヒキガエル。

「なニスん……ダァッ!! 」

動きを拘束していた触手を掴み、渾身の力で振り回す。

目まぐるしく変化する景色、増長する遠心力。

何度か同じビルを視認した辺りで吹き飛ばされた優禍は、街路樹へと叩きつけられ、根を張る為に存在する申し訳程度の土に力なくずり落ちる。

「クッソ! なんナんダよ?! 」

わけの分からないまま混乱する異能者、群がり承認欲求を満たそうとする野次馬、フラフラと背中を押さえながら立ち上がる珍妙な格好の異能者。

三者三様の行動を、耳を劈くサイレンが一撃で統率した。

『ヤバっ。』

「クっソ……! 」

皆がサイレンに気を取られている隙を見逃さず、優禍は物陰へと身を潜める。

装甲車に似た大型車から飛び出すのは、優禍の様な防護服とヘルメットに身を包み、銃や警棒で武装した集団。

一糸乱れぬ動きで困惑する異能者を取り囲む。

対異能犯罪鎮圧部隊、AXE。

黒で統一された集団の中での異質、白いバックパックを装着した一人が拡声器越しに警告する。

『あー……公共の場での異能使用は禁止されている、直ちに異能使用を辞め、投降しなさい。』

いきなり出てきた変な異能者、そのせいでやって来たAXE、何もかも上手くいかない現状に、とうとう異能者の気が触れた。

残った理性を投げ捨てた返答は咆哮。

バックパックの男は軽くため息をつきながら、腰に着けた近代兵器を構える。

『はい、言う事聞きませんっと。そんじゃちゃちゃっと確保してこうか。』

『『『了解。』』』

そして始まるドンパチ、慣れた動きでAXEが異能者を追い詰めていく。

その光景に、バレないようにこっそりとその場を後にする優禍の視界に、一瞬あるものが映る。

『……ん? 』

皆が大捕物に釘付けとなっている中、野次馬の中にいた女性が、路地裏へと引きずり込まれていった。

 

派手な銃撃戦と衝撃音が鳴り響く大通り。

光、人、流動の全てが取りこぼされた路地裏を少し抜けた先、密集しているが故に生まれた死角。

誰も見向きしない場所で、樹木のようにひび割れた皮膚の異能者が、女の口を押さえつけていた。

「俺ってツイてるなぁ〜、なぁ? そう思うだろ、な? 」

女性は必死に声を出そうともがくが、覆われた手は振りほどくことができない。

たとえ声を出せたところで、表で繰り広げられている大立ち回りに気を取られ、誰も見向きもしないだろう。

「あんな騒いでAXE呼ばれて、バカだよなぁ? こうゆうのは頭使わねぇとなぁ? 」

身を捩る姿を笑みを浮かべながら求めるのは共感。

ケラケラと笑いながら自身の犯行について自慢する異能者は、ゆっくりと鞄へと手を伸ばす。

「一対一でお恵みいただくほうが、何倍も安全なんだよなぁ。やっぱり少なくても安全は取らなくちゃ。ありがてぇありがてぇ。」

中を弄り財布の形を指先で捉えた直後、異能者は気配に気付く。

自分たち以外に誰かいる。

否、誰かがこちらに向かってきている。

ペタペタと微かに、されど確かに大きくなる足音。

ぬらりと佇むシルエットは、人に似ていた。

『その手を離しなさい。』

「……なんだよ、お前も異能者じゃねぇか。見逃してくれよ、なんなら山分けしてもいいからさ。」

徐々に近づき、明らかとなる影に異能者は胸襟を開く。

自身と同じ異能者であれば、辛い現状や苦しい生活を共有できる、少数故の強い結束がここで発揮されるものだと安堵していた。

『その人に何もせず、今後こんなことをしないって約束してくれたら、今回のことは見逃してあげます。』

「そんなこと言うなよ、こうゆうのも助け合いだろ? 」

返答は沈黙。

表情も隠され、声も変えられ、残る考えを読む為の材料は、その人が纏う空気。

同族のよしみで見て見ぬふり、そんなことをする相手ではないと肌を感じ取る。

「んだよ、わかんねぇ奴だな。」

衣服は身体に取り込まれ、体の幹となる部分は早回しの竹のように伸びていく。

「正義感なんてあっても生きてけねぇのに、まぁいイや。」

枯れ枝程しかない細く長く伸びた肢体と、切り揃える前の金太郎が如く掴み所の無い体。

触れれば折れてしまうのではないかと錯覚するアンバランスさと、橙色に染まったドロドロの目は、人間の底にある不安を呼び覚ます。

「とットとお前ブチのメして、サクッと逃げルわ。」

見上げるほどの長さにたじろぐ優禍に迫る拳。

動きこそ速いものの直線的な軌道、異能を解放し身体能力が上昇した優禍にとっては避けられないスピードではない。

割り箸を繋ぎ合わせたような手を避け、懐の女性を助けんと距離を詰める。

届くと確信した瞬間、急激に失速。

刹那、足に走る鋭い痛みに勢いそのまま地に伏せる。

肘から突き出すショーテルのように大きく湾曲した鋭刃が太ももを切り裂いていた。

「あらラ、もウチょっとデ足がスッパりダっタノに。」

腑抜けた台詞とは裏腹に、正確に(てのひら)から剣が射出される。

避けども避けども連続で飛び出す剣の応酬に、串刺しにされまいと何とか転がりながら距離をとる。

「だめカぁ〜、モうチョッとでザクッとイケたのに。」

上腕から肘、前腕、掌と順々に突き出される刃。

恍惚とした表情で魅せられるそれは、己の異能への自信と異能使用によるハイによるものだった。

「こうさセたノはそっチダからサぁ。()()()にナンカなりタかないっテノによぉ〜! 」

 

異様に細長い腕のリーチにプラスされた刃。

狭い空き地を三次元的に扱いながらも、両腕から伸びた曲刃は壁や地面を削り取りながら追い詰めてゆく。

直線的とはいえそれを補うほどの圧倒的リーチは、今日初めてまともに異能を人に対して使用した少女の精神を確実に擦り減らす。

されど諦めぬのは人の意地、自分と人質の安全が埋め尽くす思考の許容範囲で、僅かな隙間にて逆転の一手を模索していた。

下手に反撃し逆上すれば、標的が女性に向かう可能性もある。

狙うは一撃必殺。

バレぬように、気取られぬように、最善の一手を攻撃の合間で探る。

そして最大のピンチにして最大のチャンスがやって来た。

想定よりも粘る仮面の異能者(優禍)に焦りと苛立ちを募らせた枯れ枝は、力任せに凶刃を振り下ろした。

鈍色の刃がマスクを掠める。

それと同時に、優禍は全身のバネをフル稼働し地面を蹴り込んだ。

刹那、視界は青と白に支配された。

地上に残された異能者にぶつかるのは突風のみ。

本日二度目の空中遊泳、事態を飲み込めぬ異能者二人と人間一人を他所にぐんぐんと上昇を続ける。

『ちょっと……跳びすぎたかもッ!? 』

ようやく重力が目に見えて仕事をし始めた頃には、枯れ木のような異能者の姿は最早糸のように表示されていた。

『けど……これならッ!! 』

一秒でも長く空中に留まろうとスカイダイビングのように大きく手を広げ滑空、標的をしっかりと見据え覚悟を決める。

表示されるのは標的捕捉完了(ターゲットロックオン)の文字。

更にビルの手すりや配電盤を触手で巻き付け引き寄せ加速。

スリングショットのように射出された肉体は弾丸と化した。

『うぉぉぉぉぁァァァアアアア!! 』

触手による加速と重力を味方につけた飛び蹴りは、刃と腕の防御をもろともせず直撃。

地響きと共に衝撃波が町に響き渡った。

 

ほんの少しの痙攣を最後に、打ち伸ばされたそばのような身体は空気の抜けた風船のように萎み、人間体へと戻ってゆく。

足りない酸素に切れぬ動悸。

破裂しそうな程に脈打つ心臓と呼吸器の苦しみとは裏腹に、興奮と達成感は自然と笑みが溢れさせる。

『やった……勝った、勝てた。』

勝利の余韻をそこそこに、隅で震える女性へと声を掛ける。

力の誇示などの他意はなく、ただ安心を与えるために。

『あの、大丈……。』

「イヤッ、来ないでッ! 許してッ! 」

何もかもを拒絶する構え。

相手の言葉を遮り、子供のように泣きじゃくりながら、やたらめったらに手を振り回す。

『いや、私は……。』

「もういやぁ……お願い許してぇ……。」

恐怖に染まり、涙でグズグズになった顔。

その姿に優禍は何の言葉もかけることができず、ただひたすらに立ち尽くす。

気付いた時には、ガヤガヤとした声のごった煮とヒキガエルを恐怖に陥れたサイレンがすぐそこまで迫っていた。

一歩、二歩と女性からゆっくり距離を取り、適当な壁を這いずりながらその場を後にした。

 

名もなきビルの屋上、優禍はブツブツと一人で呟く。

『自己満足……自己満足……。』

刃物でズタズタとなった借り物の衣服を見つめながら、再び町へと繰り出した。




※キャラクター・設定紹介※
路地裏の異能者(堀田 五郎)(37)
身長 176cm 誕生日 2/8身長 血液型 B型
異能:鋭刃
・腕から巨大な三日月状の刃物を生成する。
生成できる本数は一度に二本まで。
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