一人称、三人称などの諸々を変更中
「えっと……一のBは、ここかな。」
慣れない校舎の中を配布された地図を頼りに自身の教室まで向かう。
すれ違う者達も、手元の地図と教室番号を見比べ各々の教室へと足を踏み入れる。
ようやく見つけ、扉に張り出された席の番号に自分の名前を確認し席へ座る。
まだ時間があるからか、諸々の荷物を置きながら教室を軽く見渡してみると色々な人がいる。
楽しそうに談笑するグループ、ソワソワと落ち着きなく自分の席に座る女の子、窓際でスマホをいじる男の子。
誰もが緊張と期待が入り交じった心の内を顔から滲ませながら、一年間学びを共にする同士と交流する教室の中で、一つも二つも格が異なる者が一人。
座っていても分かるスタイルの良さ、気品あるオーラ、切れ長で黄金の瞳、サラサラの黒みがかった茶髪はポニーテールでまとめられ、十代そこらとは思えないほどの色香を放ちながら少女のようなあどけなさも帯びている。
立てば芍薬という言葉が自然と脳内に浮かぶ様な美貌の女子生徒は、誰一人とて寄せ付けない凛とした存在感を放つ。
そこは神域のようであった。
優禍もその美に見惚れていると声がかかる。
「どうも、お隣さん。」
声の方を向くと、爽やかさが全面に押し出されたボーイッシュ少女。
ぱっちり開いた淡い橙色の目と健康的に焼けた小麦色の肌。
ショートカットの黒髪と世の中のイメージする元気いっぱいを形にしたような少女は、真夏のキンキンに冷えたサイダーのような爽やかな笑顔を浮かべる。
「自分の名前は
優禍自身、こういった類いの、特にフレッシュさの塊のような人間に久しく出会った機会を失っていた。
テンションの差に軽く困惑を顔に滲ませながら、今自分ができる限界ギリギリのフレッシュ笑顔で対応する。
「十上優禍です、こっちこそよろしくね。」
「トガミユウカさんだね、席は隣だから仲良くしてね。そうだ、出身はどこ? 」
グイグイとインファイト気味に行われるコミュニケーション。
コミュ力の高さに圧倒され、キラキラに必死に食らいついているといるとあっという間に時間が過ぎ先生が入ってきた。
簡単な先生の自己紹介と今日のやることの説明をされたあと、部活動紹介ということでホールへと向かった。
一学年全員が余裕で入れるほどの大きさのホールは席はフワフワで座り心地の良いものであり、気を保たなければあっという間に寝てしまうほど快適な代物である。
その後は野球部、サッカー部、バスケ部、美術部、茶道部などなど、それぞれどんな部活か紹介を受けた。
どの部活にもそれぞれの魅力があり、部活動を通しての友人や学ぶことも大いにあるだろう。
しかし、部費が高いところを選ぶと
有名どころの説明を受け、次の部の説明のためにセットを用意するとのことでトイレ休憩を挟むことになった。
そそくさとトイレへと向かおうとすると、最寄りのトイレは故障中で次に近いところになると渡り廊下を出た先の旧校舎くらいにしか空いていないと説明があり小走りで旧校舎へと向かう。
されどどこも満員御礼、待っていては色々と失いかねない。
しょうがなしと階段を下り、別のトイレへと急ぎ駆ける。
古めかしさがこべりつくドアノブを回し、目が合うのは先の美少女。
よもや誰かと出会うことなどないだろうと考えていた意識外からの衝撃。
反射的に出た声は、酷く間抜けであった。
声の方向へと注がれる鋭い眼光。
蛇も裸足で逃げ出す睨みを利かせる目、その目と正反対にデフォルメされたポップなキャラクターが描かれたラムネ菓子が握られていた。
「……どうも。」
「……。」
いたたまれなくなった優禍が声を掛けるも返答は無言。
数秒のロマンチック的邂逅の後、少女はゆっくりと食べ終わった菓子の袋を制服のポケットへとねじ込み、一言も発さぬままトイレを後にした。
様々な事が頭の中を錯綜しつつも、生理的反応が呆気に取られ忘れていた尿意を思い出せる。
用を足し、手を洗ってスッキリとした気持ちでホール戻ろうとすると、ふと今の状況に得体の知れぬ恐怖を感じた。
旧校舎の外観は度重なる改修により新校舎と何ら変わりないが、基本は二年生以上の部屋が大半であり、今日は部の説明をする人だけが来ているため、不気味なほど静かである。
電気の点いていない薄暗い廊下は窓から入る陽の光のみによって照らされ、シンとした廊下はただ無音だけが響く。
その静寂をやや気の抜けた声が破く。
「あ、一年生くんでしょ。ごめんね~近くのトイレ、壊れちゃってて使えなくなってたでしょ? 」
その男は、まるで何度も人生を過ごしたような、そんな奇妙な雰囲気を纏っていた。
手作りの看板を片手に引っ提げ先輩であろう人がトボトボと向こうの方から歩いてくる。
良い草といい声のトーンといい、言葉の端々に人を食ったような飄々が滲み出ている。
さらに奇妙さを助長しているのはその服装だ。
指定の制服であるブラウスにパーカーを合わせ、足はスラックスにスリッポン、腰にはブレザーが巻き付けられており、鮮やかなブルーハワイ色の髪は短く切り揃えられキツネのヘアピンがキラリと光る。
服装も髪型も髪色も自由という校風は伊達ではない。
「そうそう入部しない? うちの部活。部費も殆どないし上下関係なくて結構緩いし。」
部費が少ない、という言葉に思わずぐらつくがそれを補って有り余るほどの怪しさ。
「いやぁ……ちょっといいですかね……。」
警戒心が勝ち、愛想笑いをしながらなるべくやんわりと、そこはかとなく誘いを断ろうとバレない程度のスピードで歩を進め、ホールへ戻ろうとする。
「そんなぁ。部室近くだし、ちょっと覗いていってよ〜。うちの部活今年で誰も入らなかったら廃部でさ。これもなにかの縁てことでお願い! この通り! 」
廃部と聞いて彼女の心が再びグラリと揺らぐ。
このまま無視して行くというのもバツが悪いが信用するには材料が足りなさ過ぎる。
むうんと悩んだが話を聞くだけならタダだの、いざとなったら幽霊部員になろうだのと結局自分に言い訳をつけ彼女は話を聞くことにした。
「じゃあ、説明だけ……。」
「マジ?! よっしゃホンットありがとう! ここじゃあ何だし、座って聞くついでに早速見学してってよ。」
「え? 見学?」
「ホラここ、うちの部室。」
指は隣の部屋を指している。
彼女がよくよく上の方を見ると、掠れて読めなくなっているが部室と確かに書いてある。
研究部という文字はかろうじて見えるものの、肝心の何を研究しているのかが不明であるため、ますます彼女の懐疑心を膨らませる。
そんなこともお構いなしとガラリとドアが開け放たれた。
六、七人入れる程の部屋には名前の知らないアニメのフィギュアや話数が飛び飛びの漫画が雑多に並べられた棚や、大量の付箋とミミズが這ったような文字が書き殴られているホワイトボード。
中でも目を引くのは壁一面に貼られた異能関係の記事をまとめた新聞のスクラップ、ひと目見ただけでピンとくる凶悪な事件から、聞いたこともない小さい事件まで几帳面にマーカーまでされて飾られている。
「ようこそ! 我らが“異能研究部“へ。」
「それじゃ早速部員の紹介。俺は副部長の
四つ揃えられた机の窓際奥の席にパソコンに向かっている猫背の人がビクッと身を震わせた。
マスクで顔の印象は掴みづらいが、ボサッとした黒髪と妙に眼力のある四白眼、猫背で小さく縮こまっている様は、陰の香りを醸し出す。
「……ドモ。」
「部室はこんな感じ。そんじゃ
「エッあっはっ……ワタシ? 睦月くんが説明してよ。……ワタシ喋りとか説明とか下手だし、キモいし。」
「俺が外出て人集めと説明と看板持ち全部一人でやってるんだから、たまにはいいでしょ説明くらい。頼むよトモさん。」
「えぇ……。」
明らかに嫌悪の表情を示しながらおずおずと立ち上がり、二、三回深呼吸をし、新入生に向き直る。
「……どうも、ではまず……どんなことをしているかの前に、一つ……今現在、異能者が恐れられ忌避されているよね? ……なんでだと思う? 」
「……私はね、『何も知らないから』だと考えているんだ。……そんないきなりポッと現れて、しかも空飛んだり、火を出したりする。」
「……その原理は? 体の構造は? 見た目も人とは違う。人は理解できないものを嫌悪し排除する悪い癖がある。だからね、だからこそ、知る必要があるんだよ。知れば怖くない……! 」
陰鬱な印象を抱かせる四白眼に生気、あるいは狂気が宿る。
「あぁ、大丈夫大丈夫。トモさんハイになるとあんな感じになるから。」
煩わしくなったマスクを剥ぎ取り、なお説明、否演説は続く。
「我が部活では異能の発生原因、及びその理屈を解明し! 世界に正しい異能者の本質を発信する! ゆくゆくは『稀人英雄的浪漫』の再来ッ! これが我が異能研究部の内容と目標です! ご理解していただけたかな?! 新入生クン!! 」
鼻が触れるか触れないかの距離まで顔を近づけ、その爛々とした目でこちらを真っ直ぐに見つめてくる。その迫力はいつかテレビで見たスペインの闘牛を彷彿とさせる。
「ね。すごいでしょ、この人。」
相も変わらず気の抜けた発言をしている。
だが、一つ、説明の中で聞き慣れない言葉があった。
「あの……。」
「ン? どったの? 」
「稀人……浪漫でしたっけ? それってなんですか? 」
「ん? ああ、実は異能者がもてはやされた時代があるんだ。それこそ創作のヒーローみたいにさ。今じゃ雑な噂とか都市伝説の類になっちゃってるけど。詳しい説明はトモさんから。どうぞ~。」
「ごめん……い、今……無理」
「あらら、エンストしちゃった。トモさんダウンしてるから俺が説明ね。」
先の興奮が切れたのか、通称トモさんはゼェゼェと肩で息をしながら、ヨロヨロと元いた椅子に座り込む。絵に書いたような満身創痍だ。
胡散臭い男が椅子に馬乗りになり数度髪を弄ってから、異能者が稀人と呼ばれた歴史をポツリポツリと語り始めた。
「むか~しむかし、といってもそんな昔じゃない。俺等が生まれる前よりちょっと前くらい。真夜中にとある女の子が異能者に襲われた、ここまでは最近でもよく聞く様なありきたりな悲劇だ。けどな、ここからがちょ〜っと違う。」
ニヤリと不敵に、そして楽しそうに笑みを浮かべながら落語の語り部が如く膝をポンと叩く。
「そこに現れたるは異能者三人組。それぞれの能力を生かし、見事女の子を救い出した。その話は人伝、言伝に瞬く間に広まり当時の人と異能者の関係に漬物石もびっくりな大きな一石を投じた。初めて異能者がなんの見返りもなしに人を助けたんだよ! これを聞いた異能者たちは考えた。そしてみ〜んな考えることは同じだった。」
「『この方法なら欲求を満たしつつ人に認められるんじゃないか? 』『この方法なら能力を使ってもいいんじゃないか? 』」
身振り手振りが段々と大きくなりその男は嬉々として語る。
「だいぶ打算的な考えだったけど、当時は対異能者の特殊部隊なんてのもなかったからね。マッチポンプとか何とか言われたけど異能者を止められるのは異能者ぐらいだった。需要があったわけだ、そっから後はみんな顔を隠して人助けよ。間違いなく一番イカれてた、そんで一番異能者が輝いてた時代でもあったんだ。けどよ、そんな時代は長く続くわけがない。」
「そっから数年、ようやく対異能者用の国家公認の部隊が設立された。《Anti,eXtraordinaryhuman,Enemy》通称AXEの誕生だ、まぁ歴史とかで習ってるか。お上としては異能者がデカい顔して能力使ってたのが気に食わなかったんだろうな。周辺諸々、爆速で整備が進められて、一気に異能者を制圧して逮捕。浪漫に溺れてた何人かもしょっぴかれて、馬鹿みたいに溢れてた人助けブームは一気に沈静化した。けどよ、あの時代は良くも悪くも間違いなく異能者は必要とされていた。自分の能力を使って誰かを助けていたのは紛れもない事実だ。最近じゃ産まれてくる異能者の数も異能犯罪の数も右肩上がりだろ。AXEも完全無欠じゃねぇ、対応しきれない場面が徐々に出始めてる。また必要になってきてんだよ、自由に動けるやつが。誰かのためにバカやれるやつがな。」
「……とまあこれが俺等がもう一回来てほしいと思ってる『稀人英雄的浪漫』の歴史だ。ご清聴ありがとさん。」
「そうそう、そういや何か今朝事件あったじゃん。異能者が強盗したあとボコボコにされたやつ。知ってる?」
ギクリと心臓が跳ねる。だが大丈夫なはずだ。田中さんが言うには『人や監視カメラの少ないルートを選択的に選んでナビする機能がついているから君はその通りに進めばいい。』とのことから、もし見られていても触手を使って高速で動いていたから目には映らないだろう。
「あくまで噂なんだけどな、周辺に異能者がもう一人いたらしい。それも奇妙な格好でな、ヘルメットだがアーマーだか着込んで……大丈夫? 汗やべえぞ。」
「……はい。」