メシア・シンドローム   作:人外好

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7/4〜
三人称視点への変更中



第六話:一歩

「あくまで噂なんだけどな、周辺に異能者がもう一人いたらしい。それも奇妙な格好でな、ヘルメットだかアーマーだか着込んで……大丈夫? 汗やべえぞ。新入生くん。」

「……はい。」

その噂を聞いた瞬間、少女の背中を伝う冷たい汗。

同時に嫌な考えが頭をよぎる。

優禍自身、見られているということは重々承知である上、そのことは頭に入っていた。だがもし学校までのルートを見られていたら? 着替える瞬間を見られていたら? いつどんな経緯で正体が露見するか分からない。

一度不安の霧が頭にかかったら最後、その霧の迷宮からは中々抜け出せない。

「……ねぇ睦月くん。なんか忘れてない? 」

「な~んか忘れてる? ん~~?」

通称トモさんの呼びかけに、その先輩は片手でブルーハワイの髪をクリクリと弄り、片手で看板をクルクル回しながら記憶を辿る。

五、六秒程経ったあと思い出したのか、一気に顔が自身の髪と同じような青色に染まる。

「あ、部活動説明。」

その声と同時に二人はバッと自分のスマホの時計を見る。

片方はとっくにトイレ休憩の時間を過ぎていること。もう片方は説明の順が迫っていることについて焦りを見せる。

急いで礼を言ったあとダッシュで今来た道を戻り、渡り廊下を駆け抜ける。先輩も手作りの看板を抱えたままダッシュで向かう。

 

結局、茶道部の説明真っ最中に戻り、教師に見つかった。

何かあったのかと先生に問い詰められたが、途中で場所が分からなくなったことと、トイレ終わりに先輩に絡まれたと言い訳をして厳重注意ということで事は済んだ。ちらりと脇を見ると、先輩がヘラヘラしながらお叱りをうけていた。

しかし、最近嘘をつくことが多くなった。家族にも先生にも、これからもっと嘘を付く相手が増えていくのだろう。隠し事は隠せば隠そうとするほど大きな嘘で塗り固めることになる。

いつかバレるときが来るのだろう、正直に皆に話すべきか。

異能のこと、暴行事件を起こしたこと、女の子の心を深く傷付けたこと……。

今は、考えることはやめておこう。今は、浪漫に溺れておこう。

 

部活動説明会が終了し、各クラス順番に各々の教室へと戻る。

自分達の番がくるまで待っていると前の席の直海さんが振り返って喋りかけてきてくれた。

「ねぇねぇ、どんな部活入る? 」

「文化系にしようと思ってるけど、まだ決めてない。」

「そう? 私バスケか陸上にしようかなーと思ってるんだけど。 」

「勉強とかの兼ね合いとかもあるしね。」

「はーい私語は謹んでね、次はウチのクラスです。戻る途中でも騒がしくしないように。」

「ヤバ……、また後でね。」

「うん、じゃあね。」

自分たちのクラスへと戻ると先生が喋り始める。

「はい、皆さん部活動説明会はどうでしたか? 気に入った部活または研究会があれば部室に行って用紙を貰うか、顧問の先生に話してください。三年という時間は長いようでとても短いのです。強制するわけではありませんが、友達と、或いは先輩後輩と共に何かに打ち込むというのは良いものですよ。」

「……」

 

放課後、再びあの渡り廊下を歩く。

もし異能研究会が色んな事件や異能について調べているなら、今後の活動の肥やしになるかもしれないし、事件の情報もいち早く手に入れられるはず。それに、もし部の中で活動がバレたとしても[英雄的浪漫]の事もあって邪険にされることはないだろう。

そんなことを考えながら、再びあの扉を開ける。

「お。いらっしゃい、さっきぶり。」

「……さっきはごめんね、変なタイミングで引き止めちゃって。睦月くんが。」

「んで、なぁに? 入部してくれるの? 」

ゆったりとした覚悟でその言葉を吐く。

「はい、入部しに来ました。」

 

 

 

 

「おはよー、今日も遅刻三分前。ギリギリだね。」

「おはよう。乗る電車毎回混んでてさ、一本ずらしたほうがいいかな? 」

「そうしたほうがいいんじゃない? 何事も余裕をもって行動ってやつ。」

切れた息と火照った体を整えながら鞄の中身を机へと移し、少し遅れて鳴り響くチャイム。

今日も今日とて学生たちの一日が始まる。

既にクラス内での大まかな立場や役割が形成され、まだ深いところを知らぬ友人たちと戯れながら、未成年なりの秩序を築いている。

本格的に始まった勉強はまだ柔くぬるく、中学時代の記憶がはっきりしていれば十分についていけるほどであった。

数学の公式を駆使し目の前の問題を淡々と解いていく。

時計が気にならなくなったタイミングで、同じ音であるはずなのに何故か開放感が含まれたチャイムが響いたと同時に、学生達は教科書を閉じ自由時間を謳歌する。

「優禍、トイレ行かない? 」

「……。」

「優禍? 聞いてる? おーい。」

「……え? 何? 」

まさに夢うつつ、心ここにあらずといった様子。

できて数日の友人が見せる度が過ぎる気の抜け具合に、直海は思わず心配の声をかけた。

「大丈夫? 体調悪いなら無理せず保健室行きなよ。」

「大丈夫大丈夫、ぼーっとしてて……。」

「ちゃんと睡眠とか朝ごはんとか取ってる? シャキッとしなきゃだよ。」

謝罪と共に苦笑いが漏れ、微妙な空気を作り出す。

そのような空気を作り出した優禍の頭の中は、その大半が自身の活動のことで埋められていた。

その後もふわふわと足がつかない言動は続き、時間は刻々と、そして緩慢に過ぎていった。

「お疲れ優禍、途中まで一緒に帰ろ。」

ゆるりと流れたショートホームルームも終わり、直海は優禍へ声をかける。

「そう言えば優禍って、なんか部活入ったの? 文化系って言ってたけど。」

「異能研究部ってとこ。入部した時には特に説明なかったけど、内容の説明とかされるのかな? 」

「そんなとこあったっけ? まぁ分かったら内容教えてね。」

旧校舎を結ぶ渡り廊下にて二人は別れた。

 

「失礼しまーす……。」

立て付けの悪いドアを開け、乱雑な文字が書き殴られたホワイトボードが鎮座する部室へと足を踏み入れる。

年季の入った学校机を六つ纏めて形成された大机に着席するのは、胡散臭さが滲み出る青髪と、陰気な雰囲気を纏う猫背の少女。

「おー来た来た新入生くん。」

「よろしくお願いします、部長、副部長。」

「やめてくれよ小っ恥ずかしい。俺は尾多先、部長はトモさんでいいって。あ、席は自由ね。」

コロコロとした笑い声が狭い部室の中で響く。

ひとしきり笑い声を上げた副部長は、思い出したように部活動の詳しい説明を始めた。

「そうそう、ちゃんとした説明をしなくちゃな。異能研(ここ)は一応土日以外は毎日部室開けてるから、なるべく部室には来てね。それと活動内容なんだけど、トモさんお願い。」

「……えーっと、異能研の活動は主に二つ、一つ目は事件のプロファイリングだね。」

部長がヒョイと指さす先には、色とりどりの分厚いファイルがビッシリと本棚の下部を埋め尽くしていた。

「……過去に異能者が起こした事件だったり、その人の異能だったりをまとめて、事件の傾向なんかを推察したりするんだよ。」

本棚を占領するファイルを手に取り、中身を優禍へと見せる。

新聞のスクラップやニュース、一般人が知るには難しい情報などが丁寧にまとめられたそれは、普段そういった事件をネットニュースで流し見する程度の優禍からしても、非常に理解しやすい内容であった。

「……それで二つ目は課外活動、具体的には実際に異能関係の事件を解決すること。」

「学校内外でのトラブルがあった時、その中で異能が絡んだ依頼をこなすのが課外活動ってわけ。」

優禍はゴクリと喉を鳴らす。

稀人英雄的浪漫という過去の偽善的行為は、今行っている優禍の活動とほぼ合致している。

古きを訪ね新しきを知る、先人たちの紡いだ歴史を取り入れ己を磨くことも、通学途中の時間帯以外であっても誰かを助けることができる。

自身にピッタリな活動内容に、優禍は奮起していた。

そのやる気を感知したのか、部長はその背を更に丸めながら申し訳なさそうに話を続ける。

「……けど、ここまでお膳立てしておいて本当に申し訳ないんだけど……滅多に相談に来ることないんだよね。」

「そうそう、一年に一回あったらビックリ仰天レベルよ。だから実質的なメインの活動は一つ目の事件調べになるね。」

「……ごめんねぇ、けど私たちが暇だってことは、少なくともこの学校でトラブルに巻き込まれている人はいないってことになるでしょう? それっていいことだと思うんだ。」

「ま、巻き込まれたんなら普通警察(サツ)に行くんだけどな。」

話のオチもついたところで、再びケタケタと笑い声をあげる副部長。

心に少々複雑なものがコポリと湧き出るも、そうゆうものだと優禍は飲み込んだとき、“ビックリ仰天”は唐突に舞い込んだ。

「あの〜ここ異能研で合ってます? 」

 

少し着崩した制服に身を包み、四角い黒のフレームの眼鏡。

垢抜けた雰囲気を出しながら、自分の趣味こだわりは譲らない芯を感じさせる男が、ドアの前に立っていた。

「そうだよ。入部希望の子? 」

「あ、いえ違います。ここって“異能のトラブルに首突っ込んで、色々かき回してなんだかんだ解決してくれる”って聞いて来たんですけど、今相談できます? 」

「なんちゅう言い草だよ。まぁ、とりあえず座りなさいや、一年生くん。」

その依頼人は、西谷 友樹(にしたに ともき)と名乗った。

埃が払われた椅子に座り、水筒の水で軽く喉を潤した後、話の本題にへと入る。

「……それで、相談の内容っていうのは? 」

「あー……実は、ストーカーにあってまして。」

「ストーカー? 君が? 」

「あぁいえ、被害に遭ってるのは俺じゃなくて、俺の姉ちゃんでして……。」

ストーカー被害に遭い始めたのは、先月頃であった。

現在OLで一人暮らしの姉が夜中一人で帰宅しているとき、どこからともなくヒタヒタと足音が聞こえだしたのが始まりである。

その場に留まれば音も止まり、走ったら音も早まる。

しかし振り返っても影も形もない。

ただの偶然と割り切るには無理がある、そう考え出したタイミングで、一通の手紙が投函された。

“あなたが好きです、いつでも見ています。”

無機質にワープロで綴られたラブレターに、とうとう耐えきれなった姉は弟である友樹に相談して今に至る。

「なるほどなるほど、一応確認だけど警察に相談はしたの?」

「はい、今言ったことを相談しまして、帰宅ルート周辺をパトロールしてもらってたんですけどほとんど変わらなくて……これ以上は実害がないとって言われちゃって。」

「ふんふん。それじゃなんで異能者が関係してるって思ったの? 警察の目があったけど、それを掻い潜ってとかもあり得るわけじゃん。」

「それが……俺、見たんですよ。」

「見た? 」

「前、姉さんの付き添いを頼まれて、一緒に家まで帰ることがあったんですけど、なんの気無しに上の方見てみたらなんか丸いのが浮いてたんですよ、これ写真です。」

異能研の三人はスマホを覗き込む。

急いで撮った故の手ブレが目立つものの、その写真には宙に浮かぶバスケットボール大の球体が写されていた。

「うーん、確かに丸いのは写ってるな。」

「あの……どうスかね? 引き受けてくれます? 」

部の長たる友香は真剣な顔で告げる。

「……えぇ、異能研究部がその依頼、しかと引き受けました。」

「よし! 新入部員くん、さっそく活動開始と行こうか。」

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