シャーレの先生 アカシア   作:電シャーク

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前後編の後編になります。
前編を読んでいない方は、先に一つ前の話を読んでくださいませ。


神の料理人、ゲヘナで腕を振るう(後編)

「ふぅ、疲れたぁ…」

 

時刻は14時半を回り、昼ごはんを求める生徒はもう居ない。

野外に急遽設けられた弁当販売所の周りには、フウカと同様に地べたに座ってようやく終わったという実感に浸る生徒たちが多数居る状態だった。

 

「ほとんどフローゼ先生一人で乗り切ったようなものよね…」

 

フローゼは鳥を捌いた後も、八面六臂の大活躍だった。

 

まず戦車の外装で作った大釜にありったけの米を入れ、そこに捌いた肉と調味料を入れてそのまま炊いた。俗に言うとり飯だ。人数に比して少ない鶏肉でも、これなら全員に行き渡る。

さらに炊き上がるまでの時間で鶏ガラスープを作った。具材は内臓だが、スープを別売りかつ具を入れるか選べる仕様にしたことで、少ない量でも足りた。

加えて鉄板で皮を焼いて油を取り、目玉焼きを焼いて販売時に乗せるライブクッキングまで行った。次から次へと押し寄せる客のペースに一切押されることなく、焼いた目玉焼きを鉄板から弁当の真上へ飛ばすパフォーマンスは、並んでいる生徒に大ウケだった。数千個焼いて飛ばしていたが、もちろん一枚も弁当から外さず着地させている。

 

フウカたちが何より大変だったのは、客のペースに一切怯まないフローゼのペースに合わせることの方だった。

とり飯を容器に詰めるまでは、フローゼがやってくれたが、その後は目玉焼きを焼くのに集中していたため、弁当の袋詰めや客の対応は、給食部と万魔殿総出で行った。

 

幸運だったのは、骨だけの鳥が闊歩している、と通報を受けてやってきた風紀委員の一部隊と、美味しそうな匂いを嗅ぎつけてやってきた美食研が手伝ってくれたことだ。

どちらも根掘り葉掘り事情を聞こうとしてきたが、フローゼがアカシアの依頼でやって来たことを告げると、途端にビシッとなって自分たちの方から手伝いを申し出てきたのだ。

今までいくら頼んだって、手の一つも貸してくれなかったのに、とフウカは内心イラッとしたものの、列の整理や弁当詰めでクタクタになっている姿を見ると、多少憂さが晴れた気持ちがする。

 

ちなみに骨鳥はまだその辺を動き回っていた。飛ぶのは諦めたようだった。

 

(本当に疲れた、けど…何だか凄く、心地良い…)

 

今フウカの身体を満たしているのは、良い仕事をしたという満足感だ。

料理することは大好きだ。しかし給食部では文句や因縁をつけられる方が圧倒的に多く、こんな充実感を味わったことは一度もなかった。

そしてそれだけではなく、フローゼの料理技術を間近で見られた、というのも大きい。

彼女は終始包丁一本しか持っていなかった。にもかかわらず、魔法のように全てを完璧にこなしてみせた。その隔絶した技術は、自分など到底比べ物にならない。手伝いに来た美食研が夢中になっていたのさえ、怒るよりも同意する気持ちの方が圧倒的に強かったほどだ。

彼女は自分のことを『神の料理人』と名乗っていたが、今ではその異名がしっくり来る。彼女が纏っていたオーラも、料理の神そのものだったのかもしれない、とさえ思った。

 

(私もあの人みたいに――――)

 

これまでの人生で感じたことの無かった強い憧れが、フウカの胸中を走る。

 

と、そこへ、何かを持ったフローゼの手が伸びてきた。

 

「お疲れ様フウカちゃん、ハイどうぞ」

 

受け取って見ると、金属製の筒だった。おそらく戦車のパーツの、薄い部分を使って作られたのだろう。

そして中に入っている黄色い物体は、プリンだった。

 

「私特製のプリン。こっそり作っておいたの。一日中頑張ってくれた皆へのお礼に、ね」

 

あれだけ忙しく動き回っていたのに、プリンを作る余裕まであったのか、と少し戦慄した。

フローゼが一人一人にプリンを配って回るのを見ながら、一匙掬って、食べた。

 

「んんんんっっ!!?」

 

あまりの美味しさに、疲れが吹き飛ぶ。

食材はほとんど手元になかった。普通の卵と普通の牛乳、何も特別なものは使っていないはずだ。

 

なのに、この美味しさは何なのか。

異常とすら言える滑らかさ、甘さ、絶妙な味のバランスは、どうやって作り出しているのか。

 

自分が―――この領域に辿り着くまで、どれほどの研鑽と年月を積めば良いのか。

 

「おいしーーーい!!!フローゼ先生、これすっっっごくおいしいーーー!!!」

 

プリンを食べた生徒たちから、続々と歓声があがる。一際大きいのが万魔殿のイブキだ。

普段ならその声を聞けば自分の分も喜んで分け与えるマコトやサツキですら、決してプリンを手放そうとはしていない。美食研に至っては、4人揃って滂沱の涙を流している。

 

フウカがその中にフローゼの姿を探したが、居ない。辺りを見回したところ、ひとつのプリンを持って、彼に近づいていた。

 

「―――はい、あなたにも」

 

フローゼが最後のプリンをあげたのは、骨のままうろうろしていた鳥だった。

すでに内臓は何一つ残っておらず、舌もなく、味など分かるはずもない。しかしフローゼは気にすることなく、プリンを差し出した。鳥は逃げることなく、空っぽの頭骨を傾けてプリンを啄んだ。美味しい、と言いたげに頭を上に向けて嘶くが、喉がないので鳴き声が出るはずがない。

 

「ありがとう。あなたのおかげで、この学校に居るたくさんの人たちが、幸せな気持ちになってくれたわ。美味しくて、嬉しいって。本当にありがとう」

 

フローゼは鳥のクチバシと頭蓋骨を、優しく撫でる。

鳥は安心し切ったかのように身を縮め、撫でやすい体制に丸まった。

 

「御馳走様でした。ゆっくり休んでね」

 

そのまま一分ほど撫でつづけ、フローゼが手を離したときには、鳥は動かなくなっていた。

自らの死を自覚したのか、眠っただけのつもりなのかは分からないが、それは安らかな眠りであり、ゲヘナの生徒の胃と心を満たしたその鳥にあげられる、最良の終わりであった。

 

フウカも、ジュリも、万魔殿も美食研も風紀委員も、プリンを食べる手を止めて、目を閉じ合掌して骨鳥の眠りを見送った。

「御馳走様」という言葉に込められた思いを、しっかりと意識しながら。

 

そして、再び目を開けたフウカが見たのは、骨鳥を見送る慈愛に満ちたフローゼの顔で。

 

「ふっ―――フローゼ先生!!!お願いがあります!!!」

 

それを見た瞬間、フウカはフローゼのもとに走り寄り、地に額をつけた。

 

 

 

「私、愛清フウカを!!貴女の弟子にしてください!!」

 

 

 

止められなかった。止まらなかった。

この人に学びたい、この人から教わりたい、この人のようになりたい、その気持ちがフウカの内から溢れ出し、衝動のままにフウカに叫ばせていた。

 

「何でもします!!どんな雑事も、身の回りの世話も、どんなことでもやります!!貴女の料理の技術を、御傍で学ばせてほしいんです!!どうか、どうか至らぬ私に、教えを授けてください!!どうか未熟な私を、導いてください―――!!!」

 

フウカの後方で、ジュリや美食研など、彼女をよく知る者たちが驚きの表情を浮かべて成り行きを見守っている。

フローゼは驚きと困惑の顔を浮かべた後、フウカの手を取って立ち上がるよう促した。

 

「弟子にするのは構わないわ。けれど、一つだけ聞かせて頂戴」

 

フローゼは真剣な表情で、フウカの目を見つめて問う。

 

「貴女は私から料理を学んで、何をしたいの?何のために、料理をするの?」

 

フローゼから投げかけられた質問に、フウカの声がぐっと詰まる。

ありきたりの質問だが、料理を学び、料理をする上で、何より大切なものを問うもの。これに答えられなくては、フローゼから学びを得る資格など決して得られはしないだろう。

 

「―――私は」

 

これまでの人生で経験したことのない緊張に苛まれながらも、フウカの口は答えを紡ぐ。

 

諍いが絶えず罵詈雑言も投げかけられるこのゲヘナで、人手不足に毎日悩み、入る学園間違えたと思いつつ、それでも給食部の責務から逃げなかったのは、何故か。

自分の心に問いかけ、その答えを言葉にする。

 

「私は、美味しいご飯を食べて、誰かが喜ぶ姿を、見たい…!!誰かの笑顔のために料理をして、それを私の笑顔にしたい…!!」

 

自分の料理で、人を笑顔にしたい。

それが愛清フウカの、原初の思い。学生生活を料理に捧げる彼女が、心の柱とする信念。

 

 

 

「私は、料理で!!人を笑顔にしたい!!!」

 

 

 

彼女が人生をかけて大切にしてきた想い。それを今、嘘偽りなく伝えた。

どうか否定しないでほしい。フウカは人生で一番強く祈った。

 

フローゼの答えは、早かった。

 

「―――ふふっ、そんな立派な心構えが出来てるなら、教えることなんてほとんど何も無いじゃない」

 

フローゼが笑顔でそう言いながら、フウカに背を向け、成り行きを見守っていたマコトに声をかけた。

 

「マコトちゃん。ゲヘナ学園への教師の着任は、貴女に申し出れば良いのかしら?」

「キヒヒヒッ、もちろん…いや、先生の着任となると、連邦生徒会に話を通した方が…あ、それ以前にシャーレに行った方がいいんじゃないか?シャーレから派遣されてきたんだろう、貴女?」

「え、それ信じてたの会長…?どう考えてもその場しのぎの嘘だったじゃん?」

 

イロハが馬鹿を見るような、ある意味いつも通りの視線を送るが、マコトは気付いていない様子だった。

一方フローゼは、ちょっと困ったような表情を浮かべていた。

 

「うーん…直でシャーレに行ってあの人に再会すると思うと、流石に緊張するわね…連邦生徒会に行くとしましょうか―――案内してくれるかしら、フウカちゃん」

 

そう決めるとフローゼは、再びフウカの方を向いて、言った。

 

 

 

「弟子として、最初の仕事よ」

 

 

 

「はいっ…!はい!!ご案内します、師匠!!」

 

一瞬ぽかんとした後、涙を拭いながら返事をして、フローゼのもとに駆け出した。

ジュリも同じくらい涙を流して、その後を追う。その二人の後ろ姿を、万魔殿と美食研、風紀委員会が微笑ましそうに見守っていた。

 

 

 

 

―――この日。キヴォトスにはいくつかの出来事があった。

 

ゲヘナ学園で小火騒ぎと、怪鳥の出現情報。

別の世界で離れ離れになった夫婦の涙の再会。

ゲヘナ学園給食部への、新任顧問フローゼの着任。

 

そして。

後に開かれるキヴォトスクッキングフェス、その初代優勝者にして、第一回料理人ランキング1位、『神授の料理女王』愛清フウカの船出の日でもあった。

 

 

 

 

 




なお再会後に、「よく考えたらフローゼ見殺しにしてるし息子たちも殺そうとしてるし次郎に至っては本当に殺してるし、迷惑かけっぱなしだったよなぁ…気まずい…」となって積極的に会いに行かなくなる模様(グルメあーかいぶっ!③参照)
もちろんフローゼはキレる。ついでに給食部と美食研に惚気る。

感想お待ちしております!

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  • 前菜×梅花園
  • 魚料理×セミナー+ヒマリ
  • 肉料理×シスターフッド
  • メイン×連邦生徒会+カンナ
  • デザート×陰陽部
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