皆様も良いお年を。
「こんにちは、アカシア先生。連絡した書類を受け取りに参りました」
「ああ、いらっしゃいリン。これが書類だ、確認してくれ」
『私お茶淹れてきますねー!』
とある日の午後。
書類の受け取りのため、連邦生徒会のリンがシャーレを訪れた。アカシアがそれを出迎え、GTアロナは来客用のお茶と茶菓子を取りに行く。リンに限らず、書類や備品の受け取りに来た生徒たちは、用事ついでにアカシアと茶を飲むことが通例になっていた。
アカシアから受け取ったリンは、一枚一枚目を通していく。着任して以来アカシアがこの手の書類を出し忘れたり書き損じたりしたことはほぼ無いので、熱心に読み込む必要は然程ない、とリン自身も分かっているが、それでもチェックを欠かさないのが、彼女の真面目さだった。
「はい、問題ありません。いつもありがとうございます」
「こちらこそ、ご足労いただいてすまないね」
『お待たせしました、お茶でーす!静か茶の良い茶葉が手に入ったんですよ!』
リンが書類に目を通し終え、予想通りミスが無いことを確認したタイミングで、ちょうどアロナも戻ってきた。手に持っているのは、最近キヴォトスでの栽培が始まったグルメ食材の茶葉だ。言うまでもなく、アロナよりアカシアの方が茶を淹れるのは上手だが、アロナたっての希望もあり、アカシアの手ほどきを受けて美味しい淹れ方を学んでいるのだ。
「美味しいです。また腕をあげましたね、アロナさん」
『えへへー、師匠の教え方が良いので!』
頭部モニターに映るアロナがガッツポーズした。
シャーレに訪れる回数の多いリンも、アロナの練習相手として彼女の淹れる茶を頻繁に飲むため、当初のコメントに困る味からの格段の進歩に素直に喜んでいた。
そんな二人のやり取りを微笑ましく見守っていたアカシアだったが、ふと先日聞いたリンに関する噂のことを思い出し、聞いてみることにした。
「そういえばリン、この間小耳に挟んだんだが、ペットを飼い始めたんだって?」
尋ねられたリンは、目をぱちくりとしばたいた。
リンにとって初めて聞く話で、かつ全く心当たりのない話だったからだ。
「…?何のことでしょう?私、ペットなんて飼っていませんが…?」
首を傾げ、誰かと間違えていないか、と言外に尋ね返すリンだったが、アカシアとアロナも同じように首を傾げた。
「んん?いや、確かに聞いたぞ。なあアロナ?」
『はい、先日ハイネさんとスモモさんが訪れた際に、それぞれ同じ話をされてましたよ』
噂の出所を示すアロナに、リンの頭にますます疑問符が浮かぶ。
脳筋で騙されやすいハイネはともかく、いつも眠たげだが話はちゃんと聞くスモモが、根拠のない噂を口に出すとは思えない。しかも、それぞれ、ということは、全く別のタイミングでシャーレを訪れた二人が、同じように話をしていた、ということだ。連邦生徒会内では割と知られている噂、ということになるが、だからこそますます分からない。
「ご存知の通り、私は連邦生徒会で毎日激務に追われていますので、ペットを飼って可愛がる時間なんて取れないですから、そんな噂が出ること自体おかしいのですが…」
自分が毎日どれだけ大量の仕事を抱え、処理しているかを知らない生徒会員は居ないはずだ。その彼女たちが、自分がペットを飼えるはずがないことなど自明の理のはずなのに、その噂を口に出すということは、それなりの根拠があってのことだろう。
その疑問は、アカシアやアロナも持っていたはずだが、彼らも何を以てその話を信用したのか。リンが先を促したところ、ふむ、と考え込む姿勢になったアカシアが、アロナの方を向いた。
「とはいえその連邦生徒会の人間からのタレコミだからなぁ。確かペットの名前をリンが呟いてたとか…何て名前だったかな、アロナ?」
『えっと、確か…そうそう、くうた、って名前と聞いてます』
くうた。
くーた。
クータ。
その名前を聞いた瞬間、リンの頭の中で、点と点が繋がった。
ゆっくりと顔を覆ったリンが、直角に腰を折って目の前の机に突っ伏す。頭部から飛び出た耳は、真っ赤に染まっていた。
「…すみません、心当たり、ありました…」
覆った手の隙間から、羞恥心に満ちたうめき声が漏れる。
いつ口に出したの、とか、人前で口に出すとか、と自分への怨嗟をつぶやくリンに、アロナが背を摩りながら話を聞こうとする。
「その、ペットと言っても実際の生物とかそういうのじゃなく…いえ、広義で言えば生物ではあるんですが…」
ゆっくりと顔をあげるリンだが、顔全体が耳と同じく真っ赤に染まっていた。そして何故か、アカシアの顔をちらちらと見ている。
しばらく言い訳のような何かをつぶやいていたリンだったが、覚悟を決めたようにアカシアに向き直った。
「アカシア先生が、先週下さった、あのサボテンのことなんです…!」
自分の名前が出てきたことに驚き、一瞬止まったアカシアだったが、すぐに思い至った。
「ああ、サボテンドクターのことか!!?」
先週中頃の連邦生徒会。
見るだけで吐き気を催しそうなほどの職務に追われ、リンはこの日ですでに二徹。ビルから外に出ることも出来ず、休憩も碌に取れず、気を抜いたら廊下でも寝てしまいそうな疲労感に苛まれながら、それでも目の下の隈以外には億尾にも出さず、会議室から執務室へ戻り再び書類に向かおうとしていた。
シャーレで出されるお茶やお菓子が恋しい、と空しい懐かしさを感じていたその時、曲がり角からそのシャーレに居るはずのアカシアが姿を現した。
「お、いたいた。やあリン、ちょっといいかな?」
アカシアがリンの姿を認め、気さくに声をかけてきた。
その気配りは嬉しいが、仕事に追われる今のリンは、その好意に応えるだけの心の余裕がなかった。
「こんにちはアカシア先生、私にご用ですか?今日は少し立て込んでいますので、あまり時間は取れないのですが…」
しかし、そんなリンの有様を見ても、想定通りだとばかりにアカシアの様子は変わらなかった。
「ああ、もしかしたら多忙な君の助けになるんじゃないかと思ってね。面白い植物を発見したので、君にその効果を体感してもらって、感想を聞きたいんだ」
「植物を、体感ですか…?いつものように食べるのではなく…?」
いつもは珍しく、美味しい食材を見つける度に、料理して食べさせてくれるアカシアから、食べてほしい、ではなく体感してほしい、という聞いたことのないフレーズが出てきたことに、リンの関心がぐっと引かれる。
それを感じ取り、上手く興味を引けたことにアカシアが内心でほくそ笑んだ。
「そうだ。サボテンドクターと言ってね―――リン、ちょっと時間をもらうぞ?」
そうして。
アカシアが持ってきた等身大の人間サイズのサボテンの上に、恐る恐る寝転がったリン。
当初は30分の予定だったが、疲労困憊の様子を見かねたアカシアが最低でも一時間は寝ろ、と厳命。
そして一時間経ち、アカシアが去り、さらに一時間後の執務室に―――――
「ここからここまで、オーケーです。こちらは却下、この山は再提出です。それぞれの担当者に返すように。それと―――」
―――物凄い勢いで仕事をこなす、リンの姿がそこにあった。
普段から並外れて仕事の速いリンだが、この時は特に凄まじく。
三徹目に突入することは確実と思われていた書類の山は瞬く間に片付けられ、今や日没前に終わりそうな程になっていた。
(な、何でこんなにキレキレなのよ?ここ数日カンヅメって聞いてたけど…!?)
(そのはずですよ、今朝見かけた時は疲れが顔に出てましたし…!?)
(疲れどころか、数日休んでリフレッシュしたぐらい活力みなぎってるわよ!?)
驚いたのは、リンの激務を知っていたアオイとアユムだ。
ただでさえ連日莫大な仕事量に追われている同僚に、申し訳ないと思いつつも新規の書類を届けに行ったところ、そこに居たのはこの数日の仕事も疲れも無かったかのようにバリバリ仕事をこなすリンの姿だった。特に今朝のリンの疲れた様子を目にしていたアユムの驚きは相当なもので、次第にあらぬ方向へ想像が働きつつあった。
(まさか…危ないお薬を使ってる、とか…)
(さ、さすがにそれはないんじゃ…いやでも…)
「それでお二人の書類ですが―――…アオイ?アユム?どうしましたか?」
「「いっ、いいや何でもないです!!確認お願いします!!」」
「…?」
何故か背筋を正して丁寧な口調で接する二人に疑問符を浮かべながら、書類を受け取る。
結局リンはこの書類も含めて、一時間ほどの残業で山のような仕事を終わらせ切ったのだった―――――
「先週下さってから毎日使っているんですが、効果覿面でして…1回使うだけで、全身マッサージを受けたみたいに疲れが嘘のように無くなって、頭も心もシャキッとして、その結果物凄く仕事が捗るんです。それで、毎日使ってたら、次第に愛着が湧いてきてしまって…」
『名前つけるほど可愛がっていると…』
こくり、と顔を真っ赤にしたままリンが小さく頷く。
今思い返してみれば、クータに癒されたい、とか、クータに水やらないと、とか呟いていた気がする。そんな聞き馴染みのない名前を何度も口に出していれば、自分をよく知る人物ならペットを飼い始めたのか、と勘違いしてしまっても仕方ないだろう。完全に自分のミスだった。
『クータ、っていう名前は…?』
「…
その結果無意識で付けた名前がそれというのも、恥ずかしさに拍車をかける。安直にも程がないだろうか。せっかく名前を付けるなら、もっとちゃんと考えて、可愛い名前にしたかった。
「そういえばサボテンドクター渡した翌日に、育て方を事細かに聞いてきてたなぁ。うっかりしてたよ」
アカシアも恥ずかしそうに頬を掻く。
サボテンドクターの生育環境等や必要な栄養素等をちゃんとまとめて、レジュメとしてリンに渡していたのだ。
「でもリンが気に入ってくれて何よりだ。あれを手に入れて、一番最初に思い浮かんだのがリンの顔だったからね」
しかし、激務に追われる彼女を思いやって用意したサボテンドクターが、自分が想像した以上に気に入ってくれたのは、アカシアにとって嬉しい限りだった。
アカシアのその思いやりに、リンの心も温かくなる。
「改めてありがとうございます、アカシア先生。私もう、あの子無しの生活は考えられないくらいです」
サボテンドクターがリンの身体に及ぼした好影響は計り知れない。
過労により蝕まれていたリンの心身は、サボテンドクターの療養機能により急速に回復し、連邦生徒会に入ってからは感じたことのない体調の良さと溌剌とした心地で、毎日万全の態勢で仕事に臨むことが出来ていた。おかげで毎日仕事は絶好調で、これまでの2~3倍のペースを維持して進められている。おかげで残業も目減りして、ちゃんとしたご飯と温かい風呂に入り、ぐっすり眠って明日に備えるという、健康的な生活を送ることが出来ていた。
それもこれも全てサボテンドクターのお陰であり、この短い間でなくてはならないものとなったサボテンドクターに、リンは惜しみない感謝と愛情を注いでいた。
事実、リンは毎日サボテンドクターを使うだけでなく、アカシアからもらったレジュメの内容を毎回見て、水やりや土の栄養配分、日光への当て方等気を付けながら育てている。それはある意味、実際のペットを飼うより慎重で、かつ愛情にあふれたもので、ペットを飼っていると噂がたつのも無理のない話ではあった。
年相応の少女のような、屈託のない笑顔を浮かべるリンと、実の父親のような温かい眼差しでその笑顔を見るアカシア。
アロナも交えて3人で、サボテンドクターの生育や効能の上昇に役立ちそうな情報をやり取りし、家族のように楽しい時間を過ごす。
そんな温かい時間が流れる部屋のドアをノックする音が響いてきた。
「こんにちはアカシア先生」
「失礼いたします。む、首席行政官殿もいらっしゃったか」
「おや、ヒナにカンナ。どうしたのかね?」
入ってきたのはゲヘナの風紀委員長、空崎ヒナと、ヴァルキューレ警察学校公安局の局長、尾刃カンナの二人だった。
「先ほど風紀委員が新種の生物を発見したの。ひょっとしてアカシア先生の世界の生物じゃないかと思って、確認してほしくて」
「我々は先日禁止薬物の違法取引の現場を摘発したのですが、その中に見慣れない食材がありまして。もしや麻薬食材ではないかと思い、極秘裏に確認していただこうと…」
そう言って二人がアカシアの許に近づき、各々の持ってきた実物の写真や資料を見てもらっていた。
そんな二人の様子を見ていたリンが、不意に声をかけた。
「…お二人とも、随分お疲れですね?」
突然リンに話しかけられたヒナとカンナは驚いたようだったが、二人とも困り果てたような顔で同意した。
「はい…その違法取引の件で、余罪や関与が山のように出てきまして。現場検証や取り調べも長引いていて…」
「私はもう、ゲヘナだから。大小揉め事も絶えないし、報告書も絶えないし…」
はぁ、と二人の溜め息が重なる。
そして、それを聞いた三人が顔を見合わせ、頷き合った。
「…アカシア先生、まだあります?」
「ああ、下の空き教室に保管してる。私はもらった資料に目を通しておくから、アロナ、リンと一緒に案内してあげてくれるか」
『はーい!じゃあヒナさんカンナさん、付いてきてください!』
え、と驚く二人の手をアロナが掴み、アカシアの執務室の外に連れ出す。
「す、すまないがこの後まだやることがあって…」
「わ、私も確認だけしてもらって、すぐに帰るつもりで…」
有無を言わさず手を引くアロナに戸惑う二人だったが、その後ろからリンが、笑顔を浮かべてその肩をポン、と叩いた。
「実はお二人に、ぜひ紹介したいものがありまして―――ちょっと時間をもらいますね?」
―――一時間後。シャーレのオフィスを出たヒナとカンナの顔は清々しさに満ちていて。
翌日からヒナとカンナの執務室には、サボテンドクターが常設されるようになったのだった。
シロコ「ん、それ私の決め台詞…」
年内は多分これが最後です。
活動報告にも書きましたが、次回はグルメあーかいぶを挟んで次郎編です。またの名をトリニティ崩壊RTA編。鋭意製作中ですのでよろしくどうぞ。
感想お待ちしております!
どれが見たい?
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