『―――繋がっていますか?見えていますか?』
シャーレの視聴覚室。大型モニターには、多数の女生徒の顔が映っている。
この日、キヴォトス全学校の全生徒会に、連邦生徒会から緊急招集がかかった。発令したのは首席行政官である七神リン。驚きなのは、発令から1時間後に開催を宣言するという、およそ彼女を知る者であれば有り得ないほどの性急さだ。その上開催理由についても、『漏洩によって多大な混乱を齎す可能性がある』として知らされていないのだ。
『ええ、見えていますよ首席行政官殿。あまりに突然のことだったので、接続に不安があるのは確かですが』
区分けされた画面のひとつから、嫌味をふんだんに含んだ応答が飛んでくる。実際あまりに突然の呼び出しだったので、元々あった予定を大きくずらすことになった者は少なくない。画面に映る女生徒の多くには、顔に不満が浮かんでいた。
『それについては本当に申し訳なく思っています。しかし、あまりに重大な事態故に、こうして理由も告げず号令するに至りました。この後の説明を少しでも聞いていただければ、ご理解、ご納得いただけるものと確信しております』
画面越しにも伝わるリンの気迫に、不満も忘れてゴクリと唾を呑む者が続出した。キヴォトスの全権代行を務める彼女をして、そこまで言わしめる重大事態とは、一体何なのか。
『説明に移らせていただく前に、紹介いたします。今回の『発見者』である、アビドス高等学校の皆様です』
リンを映していたカメラが横にずれ、後ろに並んでいたアビドス高等学校の4名の姿を映す。
そしてその真ん中には、水槽がひとつ。
『今回の発見に際し、連邦生徒会はアビドス高等学校に勲章と報奨金を授与いたします。彼女たちが『発見』したものは、キヴォトスの生活様式を一変させることになる―――そう確信しております』
『…グルメ食材なのですか?』
『そうとも言えますし、そうではないとも言えます』
アビドスの面々は緊張はしているが、強い確信に満ちた光を瞳に湛えていた。それは、これからキヴォトスに訪れるであろう、希望に満ちた未来を見据えているかのようであった。
『それでは、説明に移らせていただきます。今回発見されたのは―――――』
会議開始の1時間程前。
アビドス高等学校の5人が、シャーレのオフィスを訪ねてきた。事前予約のない突然の訪問で、当時アカシアは自室でリンからサボテンドクターの育て方に関する相談を受けていたところだった。
「ん、アカシア先生。変わった魚捕まえた」
シロコが肩に提げていたクーラーボックスを差し出す。他の4人もそれぞれ釣竿や網を持っていることから、どこかへ釣りに行っていたようだった。
「これってグルメ食材でしょうか?美味しいなら食べてみたいし、高価な魚なら予算の足しにしたいなって」
アヤネが期待に満ちた目でそう語ると、セリカやノノミもうんうんと頷いた。
「今私が相談中だったのですが…」
「まあまあリン、初発見の食材だとしたら気になるじゃないか」
『透明な水槽持ってきましたー!』
事前に連絡し予約するという正規の手段を取ったにも関わらず横入りされたリンが唇を尖らせる。突然の訪問であってもアカシアなら拒まない、というのが常識化している雰囲気もあり、何かしら予約システムを作るべきか、と、水槽を机に置くアロナの横で、本気で悩み始めていた。
「それで、どんなのを捕まえたんだ?」
「ん、これ」
そんなリンの様子などつゆ知らず、シロコがクーラーボックスの中身を注ぐように水槽に移し替える。水が入った水槽の中に、2種類の魚と小さな貝が入り、アカシアがじっとそれを見つめた。
「ふむ、これは…ダイエットフィッシュだな。口から細い管を突き刺して、皮下脂肪を直接吸い取ってくれる魚だ。もちろん人間に害はないし、痛みもなく痩せられることで評判だった」
「…へえ~…」
ノノミが笑顔のまま猛禽類のような瞳に変わった。
「こっちはメラニングラミーだな。肌の黒ずみの原因となるメラニンを好んで食べる魚だ」
「…ほー…」
アヤネが小さく震えながらクイッと眼鏡をあげた。
「それからこっちは泡美という貝だ。泡美は身にコラーゲンを多く含む他、抽出されるエキスに高い美肌効果を有しているぞ」
「…ふーん…」
セリカが平静に呟きながら生唾を呑みこんだ。
「しかし泡美もまだ稚貝だし、どれも食材にはならないな…一応フローゼに調理法があるか相談して…」
アカシアは気付いてない。
この部屋に居る女生徒たちが皆、普遍的な女性としての眼に代わっていることに。
今彼女たちの目の前に居るのは、ただの魚にあらず。
世代を超え、世界を超え、全ての乙女たちの福音となる、絶対無二の神の愛アガペー。どんな黄金よりもどんな宝石よりも価値のある、究極にして至高の至宝なのだ。
「ん、リンさん」
「ご心配なく。首席行政官の権限を以て、すでにキヴォトス各校のトップに緊急召集をかけました。一時間後に会議開始です。連邦生徒会に連絡し、水槽も確保しています。ではアカシア先生、しばらく視聴覚室をお借りします」
いつの間にかアロナの傍らに寄り、アロナ経由で各所に指示を出していたリンが、アヤネ同様眼鏡をクイッとあげる。声をかけたシロコはサムズアップを返し、リンとアロナも同じ動作で応じてみせた。
「さっすが首席行政官~、じゃあアカシア先生は私と一緒に出かけよっか。3時間ぐらい」
「ん?あ、ああ…サボテンドクターの話はいいのか?」
ここから先は男子禁制、乙女の領域。
陽動を買って出たホシノに引っ張られ、部屋の外へ連れ出されるアカシアに、リンは魚の正体を教えてくれたことへの最大の感謝を込めつつ、にっこりと微笑みかけた。
「ええ、それよりも遥かに重要な事案が発生しましたので(ニッコリ」
『――――というわけなのです』
『100万で買います!!!』
『250万!!!』
『300万出すぞ!!!』
『何言ってるの!?魚よ!?海の生物よ!!?それなら無条件で私たちオデュッセイアが引き取るのが筋ってもんでしょう!!?』
『アビドスの皆さん、借金あるって言ってましたね!?それ全額我々トリニティの方で肩代わりさせていただきます!!!』
大混乱である。
『まぁこうなりますよね』
『ん、気持ちは分かる』
アビドスの生徒たちも、リンすらも、うんうんと頷いている。
モニター内では勝手に入札が始まり出し、オデュッセイアの代表のように権利を主張する者も出始めた。今回が全校会議初出席となるアリウスの代表であるサオリだけは、白熱する雰囲気についていけずオロオロしていたが、見守り役として同席する三虎が「参加しなくていい」と助言をしていた。
『いいかしら、首席行政官。それにアビドスの皆さん』
すると、喧々諤々のモニター会議の中で、アリウスと共に沈黙を保っていたミレニアムの生徒会長、調月リオがリンに向けて声をかけた。
リンの尽力で何とかモニター同士の喧騒を鎮め、全員が静かになったことを確認し、リオに発言を促す。
『そのダイエットフィッシュ、メラニングラミー、そして泡美…大変魅力的な生き物であることは間違いないのだけれど、今捕まえてあるその数匹で全てなのよね?』
リオの確認に、アビドスの面々が首肯する。
水槽内の魚たちは、それぞれ十匹にも満たない数であり、動きも活発とはいえない。捕まえてそのまま持ってきていたので、弱っている可能性もあるだろう。偶然の発見だったので、仕方ない話ではあった。
『どの学校のどの生徒にとっても、喉から手が出るほど欲しいことは言うまでもない。けれど、その数匹しか現存しない上に、生育に適した環境も分からないとなると…どこが引き取ったとしても、無駄死にさせてしまう可能性が高い。違うかしら?』
リオのその指摘に、モニター内の生徒たちが揃って言葉を詰まらせた。
ダイエットフィッシュ達は、自分たちにとって最高の福音であることは間違いない。だが、仮に運よく自分たちが引き取ることになったとして、それをむざむざ死なせてしまえば、大損どころの話ではない。他校からの批判も免れ得ないだろう。モニター越しに見るダイエットフィッシュ達が、唐突にババ抜きのジョーカーのように思えてきた。
『で、あれば…』
他校からの反論が無いことを確認し、リオが切り出す。
『我々ミレニアムで引き取って、研究機関で観測し、最適な生育環境を構築した上で繁殖させ、希望する各校に配布する…というのはどうかしら?』
その提案に、モニター内が一斉にざわついた。
反射的に反論する者、反対する者、他校と相談し考え込む者と様々だ。
リンが再度場を宥め、静かになったことを確認し、リオが自身の提案の続きを口にする。
『そして、繁殖後の配布を希望する学校の皆様には、研究を行う上での『寄付』をお願いするわ。繁殖の目途がつき次第、こちらから最低額を提示させてもらうので、指定の口座に入金してもらう形で。発見者のアビドス高等学校には、この寄付額の数割を支払わせていただくけど…金額にもよるけれど、とりあえず1/3を目安に考えておいてほしいわ。もちろん、連邦生徒会からの報奨金とは別にね』
リオの提案は、事実上ミレニアムの一人勝ちを示唆するものだ。
しかし一分の隙もない正論であり、同時に各校にも益が大きいものだった。時間はかかるだろうが確実に手に入り、生育に関する情報も調べてもらえる。寄付金額がいくらになるかは分からないが、入札形式で青天井になるよりは遥かにマシだ。
何よりミレニアムには、一龍が居る。ダイエットフィッシュが元居た世界の住人であり、キヴォトスでのグルメ研究を事実上主導する人物だ。生態調査を任せる上で、これ以上の人材は間違いなく居ない。
『にゃははっ、良いとこ持っていきますねぇ、ミレニアムさん』
そんな全員の気持ちを代弁するように、百鬼夜行連合学院の天地ニヤが発言する。
『とはいえ、繁殖研究と配布、大いに結構。目途がつき次第っていうのも上手いですねぇ。万が一失敗した時は、ミレニアムさんに全責任をおっかぶせることが出来るわけですし~』
続くニヤの発言は、各校が怖れていた生育失敗のリスクを掻き消すものだった。
少なくとも、キヴォトス最高峰の技術と人材を持つミレニアムで万が一にでも失敗するようなことがあれば、どの学校で引き取られていたとしても上手くいかなかっただろう、という安全弁にも繋がる。ミレニアムの独占という部分に引っかかりを覚えていた学校も、賛同する方向に大きく心が傾いていった。
『百鬼夜行はミレニアムさんの案に乗りますよ。何だったら先行投資として、寄付とは別に出資させてもらっても大丈夫ですよぉ』
『結構よ。抜け駆けも出遅れもなく、ここでは足並みを揃えることこそ肝要なのだから』
『おや、これは手厳しい』
抜け駆けするな、と言外に釘を刺され、ニヤは肩を竦めた。
そのやり取りから、リンはニヤが密約の存在に気付いていることを察したが、それを指摘するつもりはなく、むしろ後押しする姿勢を見せたことに、勝利を確信した。
『ゲヘナも賛成する。元からウチじゃ扱いきれんからな。騒乱の種になるのがオチだ』
『トリニティも同じく。我々は学園が再開したばかりですし、復興に注力したいので。もちろん寄付は惜しみませんが』
キヴォトス三大学校のうち二校が賛同したことで、モニター内の各校も、続々と賛成意見を表明し始める。
その様子を見届けて、リンはほっと胸を撫で下ろしていた。
実は、ミレニアムに飼育を一任する、というリオの案は、会議前にリンの方から具申された内容だった。
リンが何より恐れたのが、ダイエットフィッシュによるキヴォトス経済の混乱である。
ダイエットフィッシュの存在は、あまりにも魅力的過ぎる。会議に参加した面々も予想通り一瞬で色めきたったように、このキヴォトスに住む女生徒ならば、例外なく虜になるだろう。
だが同時にそれは、大きな危惧の種にも成り得る。何故ならば、このダイエットフィッシュを掌握することが、キヴォトスの経済を左右する力を手にすることに直結するからだ。
仮にどこかの学校がダイエットフィッシュを手にしたとして、死なせてしまったならばまだ良い。有形無形の批難が飛び交うだけだ。だが、仮に生育に成功し繁殖させてしまった場合、間違いなくそこからダイエットフィッシュは爆発的にキヴォトスに広まり、大規模な市場を形成することになる。
カイザーPMC等巨大企業の参入、金の延べ棒のような資産化、その程度ならまだ良い。密造、盗難、詐欺、裏取引、最悪の場合ダイエットフィッシュが新たな有効貨幣となり、キヴォトスの経済が二大本位制となってしまう可能性すらある。
その、予期され得る最悪の事態を避けるためには、その存在が世間に知れ渡る前に、経済圏の確立が難しくなる程度の数を確保するのが最も確実だ。そしてそれが出来るのは、ミレニアムの研究機関を置いて他にない。
会議招集後、リンはすぐさまリオに連絡を取り事情を説明。リオからも同意を得て、この出来レースの会議を始めたのだった。
そこに私欲があったわけではない。
ただリンは、キヴォトスの平穏を願って、この茶番劇を仕組んだのだ。
尤も。
ミレニアムに便宜を図る代わりに、ダイエットフィッシュの実証実験に加えてもらうよう頼む程度の、乙女心の発露はあったが。
『それではダイエットフィッシュ、メラニングラミー、泡美はミレニアムサイエンススクールに預け、繁殖研究を行っていただきたいと思います。後程連邦生徒会からアカシア先生に依頼し、届けていただきましょう』
連邦生徒会名義で最高の運び手に託すことを明言し、完璧な態勢を証明してみせる。会議の緊急招集から最高機密の輸送まで、終始隙のない、文句の付け様のない対応だった。当初リンが言っていた通り、誰もが納得する他ない会議となった。
『ではこれで会議を終了…する前に、三虎先生にお聞きしたいのですが』
そのまま終了、という流れだったところを、リンがおずおずと三虎に声をかけた。
『…このダイエットフィッシュ、元の世界だとどれぐらいの価格で取引されてたのですか?』
リンの質問に、今度はリオも含めて、画面内の全員が耳をそばだてる。
三虎はふむ、と少し考え込むような素振りを見せて、答えた。
『実際に入ったことがあるわけではないから、又聞きでしかないが…ダイエットフィッシュの居る温泉は、入浴料が1時間1万円ぐらいじゃなかったかな?』
1時間で、1万円。
効果の程はともかく、確実に痩せられる。
その言葉を聞き、その意味を呑みこんだ、リンを始めとする会議参加者たちは、ほぼ同時に、一様に叫んだ
『何それうらやましい!!!!』
羨望のこもった女子たちの声が、キヴォトス中に響いたのだった――――
余談:
リン「…1時間で1万円…私が本気でキヴォトスの経済を心配した生物が…1時間で1万円…」
ノノミ「り、リンさんの尽力が間違ってたわけではないですから…!」
セリカ「リンさんのおかげでキヴォトスの危機が一つ去ったんですから!ね!?」
リオ『あまり気にし過ぎない方がいいわよ。私たちの非常識が彼らの常識なんだから』
シロコ(リオさんも遠い目してる…)
アヤネ(思い当たる節がたくさんあるんですね…)
癒しの国ライフとかいう理想郷。
次回はあーかいぶを挟んで三虎編になります。
活動報告にも書きましたが、ガララワニ食事会みたいな、生徒たちが美味しい食事に舌鼓を打つ話を書きたいと思います。
で、いくつか構想が浮かんでますので、どれが良いかをアンケートで皆様に選んでいただきたいなと思います。
もっとも票数の多かったものを書かせていただきますが、あくまで優先度を決めるアンケートですので、選ばれなかったものについても隙を見つけて書いていきたいと思います!
それでは感想&アンケートへの回答、お待ちしております!
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