前後編の2話構成で、後編は明日アップします。
それと、前回のあーかいぶでのココナの口調の件はすみませんでした。感想欄で多数の方からご指摘いただき、修正させていただきました。
やっぱり持ってないキャラは、書く前にもっとちゃんと調べないといけないですね…。
「―――ん…?」
三虎が目覚めたのは、どこかの廃墟ビルの中だった。
全く記憶にない建物と、全く身に覚えのない現況に、微かに動揺するも、即座に切り替えて、視線を動かさないまま周囲の空気感や気配を探る。
(…?グルメ細胞の気配が異常に少ない…というより、無い…?微かには感じられるが無いも同然…食材の匂いもほとんどしない―――ということは、異世界か)
自身が元居た場所ではありえない、グルメ細胞や食材の気配の薄さを即座に感じ取り、あっさりと元居た世界とは異なる世界であると看破する。
それよりも三虎が気になっているのは、自分が生身の肉体を得ていることだった。自分は確かに死んだ。そして魂となった身で、最愛の家族とようやく再会し、食卓を共にすることが出来た。だが、今の自分は魂だけの状態ではなく、生前とほぼ同じ―――死亡時の肉体を取り戻しているのだった。
そして気になることがもう一つ。
「―――目を覚ましたようです、リーダー」
「そうだな。おい、動くな不審者。何の目的でここに居るか、答えてもらおうか」
今、寝転がっている自分に、銃を向ける人間が居ることだ。
数は6人―――否、隣のビルに居る狙撃手も含めれば7人。いずれも油断なく銃口を向けているつもりだろうが、三虎にしてみればあまりに貧相な武装でしかなく、その気になれば1秒も経たず、死んだことに気付かれることすらなく鏖殺出来る程度だ。
だが気になるのは、その全員が非常に若い少女であること。少年兵の類だろうが、少女であるということ以外にも、何か違和感を感じる。
周囲の環境にも脅威になる要素は存在しない、と一旦結論付け、伸びをしながら身体を起こすと、包囲していた少女たちが掃射体勢に入る。
「動くなといっただろうが!撃ち殺されたいか!」
「大の字で寝転がったまま喋れっていうのか?手錠もかけれない体勢のまま?銃つきつけるより寝てる間に拘束する方が先だったと思うぞ」
余裕たっぷりの様子を見せる不審者の軽口じみた指摘に、リーダーである少女―――錠前サオリは、怒りと困惑、焦燥の混じった表情を浮かべた。
彼女とて言われるまでも無く、三虎が起床する前に拘束するつもりだった。何者かは不明だが、誰にも気づかれずにアリウス学区に潜入し、こんな廃墟のど真ん中で堂々と寝ている時点で、ただの不審人物ではない。他メンバーに銃口を向けさせた状態で拘束しようと近づいたが、それより早く三虎が目覚めた、というのが事実だ。そしてサオリの予想は、最悪の形で裏付けられた。
(この男と戦闘になってはいけない…!引き金を引いた瞬間、死ぬのは私たち全員だ…!)
目覚めた彼の目を見た瞬間、彼我の戦力差を瞬時に悟った。例えアリウスの生徒全員を率いたとしても、鎧袖一触される他ないだろう。
自分以外のメンバーにも銃口を向けさせたのは間違いだった。誰か一人でもこの圧倒的な実力差を認識できない者が居たら、次の瞬間この廃墟に6人分の屍が転がることになる。
隣のビルで銃を構えるヒヨリは大丈夫だろうか、と次の行動を考えていたサオリだったが、隣に居たメンバーの声が耳朶を打った。
「あの、リーダー…ひょっとしてコイツ、最近連邦生徒会に着任した『先生』の、アカシアっていう奴なんじゃ…?」
「何だ、アカシア様を知って…というか、居るのか?」
耳打ちのか細い声量だったにも関わらずあっさりと聞きとった三虎が、サオリの方に視線を向けた。
耳打ちした少女はヒィッと悲鳴をあげて後ずさったが、サオリは三虎の興味深げな様子に、ここが交渉のしどころだと踏んだ。
「そういう貴様は、アカシアの関係者…もしくはアカシア本人か?ならば詳しく話を聞かせてもら―――」
「俺の父だ。軽々しく呼び捨てるな」
鋭く、刺し込むような一言。
微かな苛立ちを込めたその言葉は、少女たちには覿面だった。
心臓を握りしめられるような怖気が全身を奔り、全身が金縛りにあったように硬直する。そして一名の少女が恐怖のあまり、三虎に向けて引き金を引いた。
「―――っ、よせ!!」
サオリが気付いて叫んだ時にはもう遅く―――引き金だけ残して、手に持っていた銃が消失していた。当然銃弾など放たれるはずもない。それだけでなく、サオリたち他のメンバーが持っていた銃も、同じように消え失せていた。隣のビルに居たヒヨリも、突然握っていた銃が無くなり、半ばパニックに陥っていた。
ぺっ、と三虎が何かを吐き捨てる音に顔をあげたサオリが見たのは、自分たちが持っていた銃の銃口部分だった。
三虎の武器である『舌の矛』。
超音速で振るわれ、彼女たちの銃器を食い散らかした。もちろん当の彼女たちは、何が起こったのか皆目見当もつかない。
「武器の質も悪いな。使い捨ての兵士に持たせるような安物だ。…何だこのチグハグさは?お前たち、一体何を目的にした兵士なんだ?」
呆れたような口調の三虎に、少女たちは完全に反抗心を折られる。
だがここが彼女たちの主人たる“マダム”の支配する学区である以上放置は出来ず、加えて現在のキヴォトスの中心的人物であるアカシアの関係者ともなれば、是が非でも連れて帰り、尋問する他ない。ただでさえ彼女たちの主人は、ここ数日非常に機嫌が悪い。目の前の男を連行し尋問することなど、自分たちの実力では不可能だと頭では分かっていても、それ以外の手段を取ることは自殺行為にも等しいと、骨身に沁みて理解させられているのだ。
絶望的な面持ちで、次の行動を考えあぐねていたサオリたちだったが、立ち尽くす彼女たちの様子を見て、三虎が仕方ないと言わんばかりに立ちあがった。
「まあいい。俺もお前たちに色々と聞きたいことがある。知りたい情報があるなら教えるから、連れて行きたい場所があるなら連れて行くがいい」
あっさりと怒気を収め、協力的な姿勢を見せてくれたことに、サオリたちは心底ほっとした様子で、念のため彼を拘束しようと手錠を取り出す。三虎もそれに応じようと両手を差し出したが、かけられる直前に思い出したように言った。
「と、その前に…何か食べる物はあるか?小腹が減ったんだが」
三虎のそんな要求に、サオリたちは怪訝な顔をしながら答えた。
「あるわけないだろう。この後私たちについて来れば、そこで何か出すから―――」
「待て、無いのか?携帯食料すらも?曲がりなりにも軍人なら、簡易栄養摂取手段は必須だろう?」
三虎にしてみれば、大した要求はしていないつもりだった。年若くとも一端の兵士なら、簡易的な栄養補給食は持っているだろう、そんな気持ちで問いかけたのだ。
だが彼女たちの口ぶりは、そんな物持たされたことない、と言わんばかりだった。
三虎が彼女たちに抱いていたちぐはぐさがさらに補強され、三虎の方が怪訝な表情になっていった。
「…そうか、分かった。ならば行く前に…簡単にここで済ませるか」
三虎はそう呟くと、自らの舌を廃墟の外に伸ばした。
次の瞬間、三虎の手には、数匹のスズメと木の枝、そして、鉄筋を削って作られた串が握られていた。包囲していたアリウス生たちが目を丸くする。
枝をその場に置いて火を点け、簡易的な焚火をたき、スズメの羽を毟り、内臓を抜いてこっそり食べて、串に刺し、炙り始めた。
パチ、パチ、と火が弾け、焼けたスズメから脂が滴る。
…包囲する生徒の誰かが、ごくん、と唾を呑む。サオリがその生徒を目で咎め、次に三虎を睨むが、全く気にした様子はない。
「…そろそろか」
そう呟いてスズメを火からあげて、一口でばくりと食べた。
バリバリと骨ごと噛み砕き、一分足らずで飲み込んだ三虎は、残る数本の串を少女たちに投げ渡した。うち一本は、隣のビルで隠れていたヒヨリの足元に飛んで行った。
「あとはお前らで食うといい。腹減ってるんだろう?」
少女たちの間に動揺が広がる。
三虎の言う通り、お腹は空いている。むしろ空いていない時の方が少ないくらいだ。だが、目の前の恐ろしい男が不明な手段で捕まえ調理したものを、無防備に受け入れることの危険性を考慮に入れないほど不用心ではなかった。
が、三虎からすれば、そんな小さな反発すら馬鹿馬鹿しいものでしかない。
「…いいから喰え。毒が入っていると思うか?はっきり言って、お前らを騙すにしろ殺すにしろ、こんな迂遠な手は取らん」
三虎が語ることは紛れもない事実だ。わざわざ毒殺なんて回りくどい手段を使わなくとも、この場に居る全員を皆殺しにするのにコンマ1秒すらかからない。そもそもこの後彼女たちの塒に連れていってもらわなければならないのに、殺す理由など無いのである。
だからこれはほとんど三虎の好意による行動だった。
先ほどか弱い少女相手に脅し過ぎた、と少し反省し、その詫びの気持ちも込めたものであったし、何より彼女たちが空腹なのが気になったからだ。
しかしやはり、少女たちは口を付けようとしない。
三虎の言い分が理解出来ていないわけではない。すでに力の差ははっきりしている。わざわざ毒など入れる手間は取らないと、ちゃんと分かっている。
では何故食べないのか。
その理由に思い至り、三虎は眉をひそめた。
「…命じられているのか、許可がなければ食べるな、と」
少女たちからの返答はない。だが雄弁な沈黙だった。
傍から見れば、厳格な規律を忠実に守る優秀な兵士、と取れなくもないが、これまで彼女たちが見せたちぐはぐさと、今彼女たちが浮かべている陰鬱な表情が、それを否定している。
「だとしても、この場に居るのは俺とお前たちだけだ。お前たちさえ互いに黙っておけば、バレるわけではないと思うが?」
もしこんなことを、本当に優秀な兵士たちに言ったならば、間違いなく気分を害していたことだろう。だが少女たちは怒りも喜びもせず、三虎の言葉に何故か挙動不審な様子を見せていた。
その彼女たちの、周囲を窺うような眼の動きを見て、三虎が察した。
「―――そうか。互いに
三虎の言葉を受け、ほぼ全員がビクンと身体を跳ねさせた。
彼女たちが怖れていたのは、食べることでも規律を破ることでもなく、自分たちの中の誰かに、自身を除く隊員の違法行為を密告されることだった。
互いに互いを監視させあい、疑わせ合い、不信を抱かせ合うことによる規律の遵守―――到底まともな兵士や部隊に取らせる手法ではない。ましてや年端もいかない少女たちに、である。
「…分かった。じゃあさっさとお前らの首領のところに連れていってもらおうか」
重い沈黙の後、三虎が腰をあげる。その手にはいつの間にか、彼女たちに渡した串が再び握られていた。
立ち上がった三虎を見て、サオリが唾をのむ。先ほど一瞬見せた彼の怒気が、再び立ち昇っているのを肌で感じ取った。
「―――正直興味が湧いてきたよ。こんな頭の悪い、悪の秘密組織ごっこしてる
アリウス分校の主、ベアトリーチェは苛立っていた。
最近現れたアカシアと名乗る男が、連邦生徒会肝入りのシャーレの先生に就いてから約二週間。キヴォトスでは未知の食材が数多く発見されるようになり、アカシアやシャーレを介して生徒間、学校間の交流も盛んになっている。
加えて先日ゲヘナに着任したフローゼは、瞬く間にゲヘナの荒くれ者たちの心を掴み、確固たる地位を築くと共に、治安の沈静化にも貢献している。キヴォトスの掌握を狙うベアトリーチェにとっては大変都合が悪く、心底気に入らない話であった。
だが何より苛立たしいのは、つい数日前にベアトリーチェが属する秘密組織「ゲマトリア」に新たに加わったメンバーである、ペアのことだった。
顔合わせとして黒服に紹介されたその場で、ペアは言い放った。
『俺はアカシアたちの味方なんで、お前らが敵に回るならアイツの側に立ってお前らを潰すから、そのつもりで』
その発言に憤ったベアトリーチェに対して、更にこう続けた。
『特にお前。今のうちに手ぇ引いてどっかに隠居しとけ。お前が今やってること、アカシア達の逆鱗に触れかねんから』
当然聞き入れるはずもなく、逆上して本気の姿で襲いかかったベアトリーチェだったが、ペアは歯牙にもかけず捻じ伏せてみせた。
『アカシア達は俺なんかより遥かに強い。俺程度にこんな無様晒すようじゃ、何にも上手くいきゃしねえよ。全部諦めるのが一番賢いやり方だと、よーく覚えとけ』
地べたに這い蹲るベアトリーチェを見下ろしながら、そう吐き捨ててペアは去っていった。
思い返すだけではらわたが煮え繰り返るが、今の自分がペアにもアカシアにも及ばないのを自覚し、今は復讐心を抑えるだけの冷静さは持っていた。
奴等の鼻を明かせる“何か”はないか―――そう考えていた矢先、飛び込んできたのが、アカシアの息子と名乗る男を確保した、という連絡であった。
「で、貴男がそうだと言うのですね?」
「ああ。アカシアの義息子の三虎だ」
生徒たちに連れられてやってきた大男は、ベアトリーチェの態度にも負けず劣らずの尊大さでそう返してきた。
隣に立つ生徒の倍はありそうな身の丈に、幾多の修羅場を潜り抜けてきたと思しき風格。そしてその内側に秘める、この世の全てに絶望し尽くした者の見せる、深い闇を抱く眼差し。
この男は使える―――そう考えて、内心でほくそ笑んだ。
「ええ、ええ、ようこそ。我がアリウス分校はあなたを歓迎いたしますわ。あなたのご両親のこととか、お聞きしたい話はたくさんありますが、まずは体と心を休めて―――」
「下らんおべんちゃらは要らん。それより聞きたいことがあるから、答えろ」
三虎は物腰柔らかな態度を装ったベアトリーチェをあっさり切り捨て、その鈍色の蕾のような頭部に浮かぶ数多の目玉をひとつ逃さず睨みつける。
「道すがら、ここの名前は聞いた。アリウス分校、という学校らしいな」
三虎がこのベアトリーチェの常駐する広間に辿り着くまでの間、生徒たちにキヴォトスの基本知識や、彼女たちが属する学校の名前を聞いた。
その過程で、アカシアだけでなくフローゼまでもが来訪していることを聞き、驚愕し戸惑う姿を見せてしまい、同行する生徒たちも反応に困っていた。
しかし同時に、あの二人が揃っていながら、この学校の惨状が見逃されている―――否、隠匿されている、という事実は、何か疾しい事情が秘められているということに他ならない。
「キヴォトスの治安が総じて良くないことも聞いたし、銃火器で武装するのも普通のことと聞いた。だからそれはいい。だがそれを差し引いても、こいつらの育て方は歪に過ぎる。何故、未熟な精神のまま、中途半端に技能を伸ばし、粗末な武器を持たせて、少年兵未満の存在に仕立て上げている?それだけに飽き足らず、互いに互いの猜疑心や憎悪を煽り合わせるのは何故だ?身体と技術と装備と精神、全てが噛み合っていない。こんな非効率的な育て方をする理由は何だ?」
ここまで生徒たちと触れ合う中で感じた違和感をひとつひとつ上げながら、ベアトリーチェに言葉で詰め寄っていく。
しかし同時に、どうせ碌でもない理由だろう、とは薄々察しており―――それを裏付けるように、ベアトリーチェが唇の端を歪ませる。
「何故憎悪を煽るのか、ですか?そんなもの決まってます―――それが最も効率よく、この子供たちを統制し得る手段だからですわ」
ニッコリと。
美しく、されど吐き気を催しそうな笑顔で、そう言ってのけた。
「Vanitas vanitatum omnia vanitas(全ては虚しい。どこまで行こうとも、全てはただ虚しいものだ)―――私が手ずから、この小娘たちに
さも当然と言わんばかりに、ベアトリーチェがほくそ笑み、独談が続く。
話を聞く三虎の瞳は、漆黒の闇を映しだしたような虚無で、そこに感情の色は伺えない―――少なくとも、ベアトリーチェにはそう見えていた。
「事実を歪曲し、真実を隠蔽し、本心を曲解し、嫌悪を助長し、他人を永久に他人とし―――互いに互いを憎み、騙し、傷つけ合う、子供たちの『地獄』。」
三虎が横目で生徒たちの様子を伺う。真横に居るサオリの表情は伺えないが、拳を強く握りしめ、必死に何かに堪えているのを感じ取った。そして後方から感じるのは、悲愴感、絶望感、無力感、それら全てを包括する諦観。
朗々と暴論を語るベアトリーチェに、反論する生徒は誰一人として居ない。反抗する気概はとうの昔に根絶され、反抗して得られる未来はどうしようもなく閉ざされている。
このアリウス分校は、無間地獄にも等しき監獄だった。
「その地獄の中で、私たち「大人」が「子供」を支配する。無意味で無価値な子供たちを、私たち大人が利用することで、初めてその生に意義が生まれる。私たち大人の道具として使われることこそ、空っぽの生徒たちに与えられ得る唯一にして最大の価値。その最大価値を以て築かれることで、世界は美しく磨かれていく」
背後の生徒たちの悲哀を感じ取りながら、三虎はかつての自分を思いだしていた。
家畜の餌として生まれ、幸いにして生き延びながら、怖れられ、疎まれ、殺されかけて。
奇跡の出会いを果たし、黄金に輝く日々を過ごしながらも、自らそれに背を向けて。
家族が託した願いを捻じ曲げ、家族の作った幸福な時代を壊し尽くした。
それでも自分には、救いがあった。
アカシア、フローゼ、一龍、次郎。何物にも代えがたい、自慢の家族が。
―――ああ、それならばこの娘たちは。
―――家畜の餌のように、貪られるだけの、こいつ等は。
―――俺とよく似たこいつ等は、誰が救う?
「そう―――それこそが『楽園』。私たち大人が、道具である子供を使うことで、現実に築かれる、私たち大人にとっての真なる美しき世界。私が主導するこのアリウスこそが、その階となるのです。お分かりいただけたかしら?」
ベアトリーチェは最後まで朗々と、美麗かつ醜悪な笑顔を崩すことなく、己の信義を謳い上げた。まるで拍手を受けて当然、と言わんばかりの態度であった。
「…ご高説どうも。聞くに堪えない妄言だった」
三虎が無感情な表情で、無感情に吐き捨てる。相変わらずその瞳は闇そのもので、感情は窺い知れない。
「で、アカシア様の弱みが聞きたいんだったか。良いぞ話してやる」
妄言、という三虎の発言に一瞬苛立ちを見せたベアトリーチェだったが、すぐに先ほどの醜悪な笑顔を浮かべ、三虎の発言を待った―――――が。
「まず聞くが、お前、地球を片手で握り潰せるか?」
「は?」
突然漫画でしか有り得ないような質問を投げかけられ、ベアトリーチェは思わずぽかんと口を開けて聞き返した。
しかし三虎は繰り返すことなく、続けて尋ねる。
「ひとつの銀河に存在する数百万の惑星の全生命、全食料を喰い尽くして滅ぼすことは?」
聞かれたベアトリーチェも、様子を見守る生徒たちも、三虎の言葉の意味が全く分からないまま立ち尽くす。そしてそれを気にすることなく、三虎の質問は続く。
「一秒で千年が過ぎ去る超常時空に飛ばされて、悠久の時間をかけてその時間速度に適応した進化を遂げ、力ずくで脱出することは?」
話すうちに、三虎の瞳に光が灯っていく。
ベアトリーチェは知る由もないが、それは、お楽しみはこれからだと―――ここからは全て俺の
「いい加減にしなさい、真面目に―――」
「出来んのか。じゃあ無理だ。全部諦めて大人しく引っ込んどけ」
揶揄われている、と判断したベアトリーチェが、うんざりした様子で本題に移らせようとするやいなや、三虎に話自体を打ち切られた。
三虎の表情は、ベアトリーチェの論説を妄言と吐き捨てた時から、1ミリも変わっていない。妄言に妄言で返しただけ―――そんな悪質な揶揄いであったと、ようやく悟ったベアトリーチェが、一瞬にして怒りに沸く。
それを目にした三虎が、ようやく表情を崩した。誰が見ても明らかに、ベアトリーチェを嘲る笑顔であった。
「今頃気付いたのか?馬鹿な糞餓鬼と一目見た瞬間から思ってはいたが、本当に底なしの大馬鹿だな。その腐ったメロンみたいな頭は、何が詰まってそんなに膨らんでいるんだ?灰汁か?」
そして揶揄いの妄言に続き始まったのは、徹底的な罵倒だ。
バキン、と。ベアトリーチェの手の中で、愛用の扇が握り壊される音が、嫌によく響いた。
「さっき自慢げにくっちゃべっていた話にしてもそうだ。絶望と搾取の楽園?学校もどきの監獄もどきを作って、人形もどきの生徒もどきを虐げる、神様もどきの怪物もどきが一人寂しく興じているだけのごっこ遊びが、楽園の端緒だと?餓鬼の発想としてもあまりに貧困だ。滑稽過ぎて笑いすら出てこないな」
先ほどのベアトリーチェの演説を呆れ果てながらも聞き通し、感じたままに徹頭徹尾こき下ろす。
もしここに居たのが次郎であれば、半分も聞かないうちにベアトリーチェは床のシミになっていただろうから、こうしてちゃんと全部聞いた上で論評してやる分むしろ有情だ、というのが三虎の内心だった。
「終いには辞書開いて適当に見つけたそれっぽい言葉を捩って、生産性皆無な穴だらけの持論を自慢げに語り出す始末だ。一人遊びの最中に無い頭絞って作った設定なんぞ、一人遊びの範疇は出ん。妄想と現実の区別すらつかんのか?」
「っ、黙って聞いていれば…!!」
くるくると。
三虎が自身のこめかみで、指を回して見せる。
そのジェスチャーに激高したベアトリーチェが、握り潰した扇の残骸を放り捨て、三虎に掴みかかろうと一歩踏み出し―――
―――次の瞬間、三虎に顔面を鷲掴みにされていた。
「何もかもが出来損ない、何もかもが中途半端。つくづく度し難い糞餓鬼だ。こんな糞餓鬼のトチ狂った悪ふざけに無理やり付き合わされたコイツらが、哀れでならん」
バスケットボールのように顔を掴まれたベアトリーチェは、手足は拘束されていないにもかかわらず、指一本動かせないでいた。顔面を掴む力が物語っているのだ。動かした瞬間、力尽くで引き千切られる、と。
恐怖を噛み殺すように歯軋りするベアトリーチェには目もくれず、三虎は後方で戦いを見守る生徒たちに視線を送る。その最前方に立っていたサオリと目が合い、小さく微笑んでみせた。
「あんまりにもこの娘たちが哀れなんでな―――」
ミシ、と。
ベアトリーチェの顔面と、三虎の踏みしめる足元から、同じ音が響く。
「――――お前を潰して、この学校をもらうとしよう」
―――俺とよく似たこいつ等を、誰が救う?
―――決まっている。俺しか居まい。
次の瞬間。
まるでドリブルのように、ベアトリーチェの頭部が床に叩きつけられた。
床面を砕いてめり込みながら、幸いにも潰れずに済んだが、くの字に折れた腹部に、今度は三虎のつま先が刺さり、広間の端まで蹴り飛ばされる。
「ん、少し加減し過ぎたか。異世界の人型を相手にするのは、意外と難しいな」
ベアトリーチェをドリブルした手を握ったり開いたりして、感覚を確かめながらぼやく。加減なしなら最初に頭部を掴んだ瞬間に、ミニトマトでも握るように潰して殺していただろうが、殺し切るにはまだ早いと思い、意識を刈り取る程度に留めようとしたものの、吹き飛ばしたベアトリーチェが呻く声が聞こえてきたため、力を弱めすぎたことを察したのだ。
三虎の耳に届くベアトリーチェの呻きは、すぐに怨嗟の声へと変わった。それを聞き、三虎がせせら笑う。
「何だ、初対面の時と印象が違う、か?そりゃそうだろう。お前の目を欺くための擬態だったからな。昔の俺の姿を軽く見せてやっただけだったが、あっさりと釣られたな、お前。操りやすい良い手駒になるとでも思ったか?」
「っ…!!よくも、この私をここまで虚仮にィ…!!」
砕けそうなほどの歯軋りが、遠く離れて身を守りあう生徒たちにも届きそうな程に怒りを立ち昇らせているが、三虎には毛ほども通じない。瓦礫を押し退けて立ち上がろうとするベアトリーチェを冷めた表情で眺めながら、挑発を重ねた。
「そう無様に憤るな。力による抑圧、絶望、搾取、憎悪に嫌悪―――どれもお前が今までやってきたことだろう?お前の番が回ってきただけだ。ほれ、何か手があるならさっさと出してみろ。どうせ無駄なんだから、せめて時間だけは一秒でも無駄にするな」
「黙れえええぇぇぇぇ!!!」
ベアトリーチェが吼えると同時に、その身体が瓦礫を突き破り、肥大化していく。戦闘形態に入ったと、それを知る生徒たちが震える。
目玉だらけの蕾のようだった頭部が、鈍色のヒマワリのように花開く。
スカートが血の色に染まりながら、床に根を張るように広がっていく。
細身の身体がさらに細く、血塗れの白骨のように変化して、枯れ枝の如き触腕がいくつも生えて伸び、鋭利な枝を三虎に向ける。
朽ち果てた樹木と惨死した人間の死体を混ぜたような、悍ましい姿。
それを目の当たりにした三虎は―――
「これは―――まずいな」
―――小さくそう呟く。
優位に立ったことを確信し、ベアトリーチェは歪な笑顔を浮かべる。対する三虎は、先ほどまでの様子が嘘のように、吐き気を堪えるように口元を押さえていた。
「不味い。とてつもなく不味い。しなびたホウレン草を思わせるえぐみだ。さっき食べた雀の内臓の方が幾分ましだぞ…」
本当に、吐き気を堪えていた。
顔から笑みを消し、怪訝な顔で見ていたベアトリーチェの足元に、ぺっ、と三虎が何かを吐き捨てた。
血塗れの白骨のような枯れ枝。
ベアトリーチェに生えていた触腕だった。
「あ―――あ゛あ゛あ゛あああっっっ!!?」
それを目にして初めて、ベアトリーチェは自身の腕が肩口から抉り取られていることを理解する。不意に襲う激痛に、耳障りな悲鳴をあげながら、残る腕を振り回そうとして―――その腕も、無くなっていることに気が付いた。
「うるさい」
呟くと同時に舌の矛が唸りを上げて振るわれる。
瞬く間にベアトリーチェの触腕を喰いちぎると同時に、床に根を張る脚部を空間ごと舐って抉った。蓮根のように穴だらけにされ、ただでさえ細い下半身がバランスを失い、身体を支えきれなくなって、自重で潰れて床に転がる。
のた打ち回るベアトリーチェの悲鳴の中でも、心底面倒臭そうな三虎の声は、その一方的な戦いを見守る生徒たちの耳によく届いた。
これまで圧倒的な力による恐怖政治を敷き、少女たちの身も心も支配してきた絶対的存在が、自分たちを虫けらのように踏み躙り続けていた存在が、虫けら同然の姿と成り果てて、蹂躙されている。これまでの自分たちの人生が、根底から覆るような光景が信じがたく、只管呆けた顔で喜劇じみた蹂躙劇を見つめる他なかった。
三虎は、密かに舌を伸ばしてフロア中を探査し、探し当てた水で口を漱ぎながら、ベアトリーチェの許に近寄り、起き上がれずうつぶせで蠢く彼女の後頭部を踏みつけた。
時間にしてわずか2分で、アリウス分校の女帝は無惨に引きずり落とされたのだった。
「サオリ、といったか。今出払っているこのアリウスの学生、ここに全員召集させろ。この馬鹿女の名前も使え。出来るだけ早くだ」
「は、はい!」
その厳めしい声に逆らえず、命じられたサオリ以外の生徒たちも、一様に戦場に背を向け去っていく。ベアトリーチェに助けの手を差し伸べる者は、誰一人としていなかった。
後に残されたのは、這う這うの体で何とか逃れようともがくベアトリーチェと、それを踏み潰さない程度の力加減で抑え込む三虎のみ。
「さて、倒すのは簡単だが、不味すぎてこれ以上は食べたくないし、全員揃うまで殺しきるわけにもいかんから、舌の矛は封印だな。となると素手だが…」
ベアトリーチェの頭をゴリゴリと踏みコロガシながら、少し考えていた三虎だったが、やがて頭部から足をどけて、カバンをぶら下げるようにベアトリーチェの身体を持ち上げた。
「やはりここは、昔次郎の兄者が叱られてた時のアレだな」
何をする気だ、と恐れ慄くベアトリーチェに、三虎は冷徹に、そして極めて真面目に宣告する。
「アカシア様曰く―――悪い子にはお尻ペンペン、だそうだ」
「………え、何これ?」
白洲アズサが、かつての仲間である槌永ヒヨリからの久しぶりの連絡を受け、彼女に連れられて古巣であるアリウス学区に密かに戻り、目にしたその光景に、理解が全く及ばず目を丸くする。
彼女の視線の先では、アリウス分校の絶対的独裁者―――であったはずのベアトリーチェが、見知らぬ男に片手でぶら下げられながら、物凄い勢いで尻を叩かれていた。
スパァン!スパァン!と、一回叩くごとに打上花火のような破裂音が轟く。正直に言って尻たたきで出ていい音ではない。
叩かれているベアトリーチェの顔はアズサの位置からでは見えないが、叩かれる度にネズミの鳴き声のような音が混じるので、おそらくそれが彼女の悲鳴なのだろう。
かつて自分が虫けらの如く扱っていた生徒たちの目の前で、一方的に叩きのめされた挙句、幼児を相手にするようにお仕置きされる。その屈辱は計り知れず、嬲られて殺された方が遥かにマシなのは間違いない。叩かれる度、寄せては返す波のような激痛と共に、ベアトリーチェの心を粉々に砕いていく。
アズサの目に映る今のベアトリーチェに、支配者だった頃の面影は微塵も残っていなかった。
「ね、来て損はなかったでしょ?」
呆気に取られた様子のアズサの顔を見て、ヒヨリは満足げだった。
密かに隠し持っていたアズサの連絡先に電話を繋ぎ、過程と現状は秘密にしたまま、渋る彼女を説得し古巣に連れてきた。まさかヒヨリもベアトリーチェが尻叩きされているとは夢にも思わなかったが、思った以上の反応を得られたことで、やはり連れてきて正解だったと内心自画自賛していた。
そのままアズサの手を引き、サオリの居る最前列まで連れて行く。かきわけるアリウス生たちは皆、アズサ同様呆気に取られ、目の前の光景を信じられずに何度も目を擦ったり、頬を抓り合ったりしていた。
「なっ、アズサ!?何故ここに来ている…!?」
「呼ばれた」
「誰に…ってお前かヒヨリ!?何故そんなことを!?」
アズサに指さされ、サオリに対して片手だけで謝罪のポーズを取ってみせた。
「いや、だって…間違いなく全部ひっくり返るじゃないですか?主導者も、体制も、方針も、未来も…元とはいえ、仲間でしたし。知らないままなのは違うかなって」
へらへらとしながらも、その口調にはどこか、暗闇の中で一筋の光を見つけたような、強い期待が込められていた。
それはかつて、自分とアリウスの許を去った日のアズサを彷彿とさせ、サオリの心を再び大きく揺り動かす。
「おーい三虎、ちょっといいか?」
その時、誰も視線を向けていなかった、生徒たちの真横の闇の中から突然声が響く。
生徒たちが驚き、三虎もベアトリーチェの尻を叩く手を止め、全員が一斉に同じ方向に視線を向けた。
柱の陰の闇が歪み、その中から二人分の人影が這い出た。
その先頭に立つ、鳥の嘴のような頭部を持つ男を見て、三虎が嘆息した。
「…ペアか。こいつの仲間か?」
「形式上はな。お前、アリウス分校の学区に迷い込んだんだろ?俺の場合はコイツらの領域だったってだけだ。お前やアカシアを敵に回すほど入れ込んでもいない。数日前に来たばかりだしな」
三虎の方へ足早に歩み寄ったペアは、その勢いのままベアトリーチェを蹴飛ばす。結局こうなったか、と呆れる声を片耳で聞きながら、三虎はペアと共にやってきたもう一人の不気味な男に目を向ける。男は三虎に睨まれながらも、慇懃に一礼してみせた。
「初めまして三虎様。黒服、と申します。先ほどペアが触れましたが、彼女は我々の組織―――『ゲマトリア』の一員でして。救難信号がありましたので、迎えに来た次第です。もっとも、我々としても、ある程度沙汰を受けるべきだと思いましたので、しばらく放置していたのですが」
「元々俺たちもこの女の居場所、というかこのアリウス学区自体を探してたんだ。まだアカシアもキヴォトスに来て日が浅いもんだから、この学区の存在は知らないんだが―――明らかにあいつの逆鱗に触れるからな。お前が来てくれて助かった」
要するに、ベアトリーチェの体制の崩壊は時間の問題だったのだ。
横たわるベアトリーチェには、わざと遅くやってきた黒服を罵倒する体力は欠片も残っていなかった。手足を捥がれ、僅かなうめき声をあげながら身を捩る様子は、死にかけの芋虫にしか見えない。酷い有様ではあったが、その姿に同情するものは、この場に一人も居なかった。
「回収しに来たなら、とっとと持ってけ。そして二度とここに近付けさせるな」
「承知しました。誓いましょう」
「アカシアには俺から連絡しといてやるよ。あと、迷惑料キッチンに置いといた」
三虎の許可を得たペアが、薪でも運ぶかのように小脇に抱える。通りすがりざま、黒服とペアが三虎に声をかけた。
「私が言えた義理ではないですが、彼女たちには申し訳ないことをしたと思っています」
「尻拭いさせちまうみたいで申し訳ないが、面倒見てやってくれ」
そう言い残して、ペアと黒服は再び部屋の陰に戻っていき、気配を消した。
「言われなくても」
三虎の返答が聞こえていたかは定かではない。
確かなのは、ベアトリーチェがアリウス分校を去ったという事実。長年この地獄を統べてきた独裁者は、あまりにも呆気なく、あっさりと消え失せ―――
「さて、色々ごちゃごちゃしたが、改めて名乗らせてもらう」
―――そして、その空白を埋める男が、一人。
「本日付でアリウス分校に着任した三虎だ。この学校は、俺がもらう」
ということで、ベアおば1話で退場。
絶望に濁った擬態をすることで、ベアおばに御しやすい人間だと錯覚させる、三虎の釣り餌作戦に見事に嵌められた形。アカシア一家で一番レスバ強いのは三虎だという謎の信頼感がある。
後編はまた明日アップします。ちなみに現時点で完成度85%くらい。な、何とかなるはず…!
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