シャーレの先生 アカシア   作:電シャーク

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大変お待たせしてしまい申し訳ありません。

以前のアンケートで得票数一位となった、連邦生徒会+カンナの食事回です。



連邦生徒会と尾刃カンナの『メインディッシュ』

「んん…!終わったぁ~!」

 

連邦生徒会の拠点サンクトゥムタワー、その一角にある執務室内で、財務室室長の扇喜アオイがうぅん、と大きく伸びをしながら叫んだ。その傍らには確認が済んだことを示す捺印がされた書類が山ほど積まれており、仕事が終わったことを如実に示していた。

 

「あら、案外早く終わったわね」

 

ふと外を見ると夕陽が半分顔を出している。当初は夜までかかると踏んでいたので、日没前に終わったのは嬉しい誤算だった。

執務机の横には、サボテンドクターが置いてある。数か月前からただでさえ速かったリンの仕事速度がさらに速くなったことを訝しんだアオイが問い詰めたところ、このサボテンを貸し出され、アオイもその快感の虜となった。

現在サボテンドクターは連邦生徒会メンバー全員が所持するようになっただけでなく、連邦生徒会が管理・販売を行うようになり、多忙を極めるキヴォトス各校の生徒会を中心に大好評を得ている。発端であるリンの入れ込み様は特に凄まじく、自室と執務室に2つずつ、計4株それぞれに名前を付けて可愛がっている他、サボテンドクターのファンクラブを立ち上げて生育に関するプレスリリースを定期的に発行し、今やサボテンドクターの第一人者として知名度を上げているほどだ。尤も、アオイ含め連邦生徒会メンバーは全員そのファンクラブの会員なのだが。

 

ともあれ、一仕事終わったので、帰る前にサボテンで寝てから行こうと思ったが、少し喉が渇いたので、外のドリンクサーバーに飲み物を取りに行くことにし、部屋を出た。

そしてドリンクサーバーの前まで来て、見慣れた二人の姿があることに気が付いた。

 

「お疲れ様です、リン行政官。それにアユムも」

「あっ、財務室長!お疲れ様です、休憩ですか?」

 

自分の姿を視認したアユムが、いつも通りの明るさで声をかけてくる。リンも小さく手を振りながら微笑みかけてきた。

 

「いえ、今日の分の仕事はもう終わりよ。これからサボテンちゃんで一休みしてから帰ろうと思って」

「あら、随分早いのね。今朝あなたの部屋を訪れた時、かなり書類が積まれてた気がしたけど」

「おかげさまで、毎日昼に30分サボテン休憩入れるようになってから、仕事の進み具合が段違いですから。私自身もう少しかかるかと思ったんですけどね」

「なるほどね。アオイにも気に入ってもらえているようで何よりだわ。売れ行きも好調でしょう?」

「ええ、毎日のように各学校の首脳部から注文―――というより、催促が殺到してます。注文数に栽培が間に合ってないですから。成長に少し時間がかかることだけが難点ですね」

「けど催促する気持ちも分かりますよね。私ももう、サボテンさんなしの生活には戻れないですもん」

 

その後もコーヒー片手に、彼女たちの生活に浸透しきったサボテンの雑談を続けていたのだが、不意にアユムがそうだ!と快哉に近い声をあげて、アオイに向き直った。

 

「私たちあと一時間くらいで仕事終わるので、その後ご飯食べに行こうかって話してたんですけど…アオイさんもご一緒にどうですか?」

 

そう言われて、アオイはこの後の予定が何も入っていないこと、そしてここ最近はサンクトゥムタワー内の食堂か自室でしか食事をしていないことを思い出し、外で美味しいものをお腹いっぱい食べたい、という欲望がむらむらと湧き上がってくるのを感じた。

 

「そうね、あと一時間ぐらいなら…サボテンで寝て世話をしてれば潰せるわね。いいわよ。行きましょうか。リン先輩も構わないですよね?」

「ええ、もちろん。けど待たせてしまうのは悪いから、お店は貴女が決めてくれていいわ。アユムもそれでいいわよね?」

「はい。予約とか取ってるわけじゃないですし、アオイ先輩の好みのお店にも興味があります!」

 

アユムの頼みにオーケー、と返したアオイは、そうと決まればと自室に踵を返した。戻りながら頭の中で、自分が知っている店を列挙していき、3人で食べるにはどこが都合が良いかを考え取捨選択していく。

 

(…連邦生徒会の面々が揃って食事をしていても悪目立ちせず、かつ味に定評があるところとなると…この間通りすがった、あの店かしらね)

 

そうして決めたのは、アオイが先日通りすがった際に気になった店。準備中となっていたが、店の中から漂う香りだけでも否応なく食欲をかき立てられたのを覚えている。

新しい店を開拓するワクワク感を抱きながら、自室の扉を開け電話を手に取るのだった。

 

 

 

 

 

「それにしても、街の様子もすっかり変わりましたねぇ」

 

きっちり一時間で仕事を終わらせ合流した3人は、サンクトゥムタワーを出て目当ての店に向かい始めた。その道中の街の賑わいを見ながら、アユムがそう呟いた。

 

「いらっしゃいませー!オモチキンの焼き鳥いかがっすかー!」

「ラーメンダコのたこ焼き、美味しいですよー!」

「必勝カツオ、入荷いたしました!寿司でも刺身でも食べれまーす!」

 

アカシアとその家族が来訪してしばらく経ち、キヴォトスのグルメブームの高まりは留まるところを知らない。新種の食材が次から次へと発見され、街には食事店が乱立している。

街の賑やかさの大半が、銃声や爆発音ではなく、美食を楽しむ人の笑い声というのは、行政側である連邦生徒会の面々にとっては嬉しい音色であった。

 

「アカシア先生をシャーレに招いた時は、キヴォトスがこんな風に変貌するだなんて、想像だにしませんでした」

 

リンがアカシアとの出会いを懐かしみながら呟く。

アビドス砂漠の奥地からやって来た謎の男という、あまりに怪しい存在を倦厭していたのは本当に一瞬のことで、話している内に彼の篤実さが伝わり、気付けばシャーレの先生に着任してもらえるよう頼み込んでいた。

完全に独断だったため、直後に他の生徒会メンバーから散々責められたが、それすらも数日でさっぱり消え失せてしまう程、あっという間に誰からも篤い信頼を寄せられるようになっていた。

 

もしリンが、自分の下した政治的決断の中で英断だったのは何かと問われたならば、間違いなくアカシアとの出会いを真っ先に挙げるだろう。

それほどまでに、アカシアという男はキヴォトスを良い方向へと変革してみせたのだ。

 

「あっ、ありました。あのお店です」

 

アオイが指さした先には、赤提灯を掲げるおでん屋があった。グルメブーム以前からこの地区の路地裏でひっそりと営業している、知る人ぞ知る老舗だ。

 

「すいません、予約していた扇喜で…す…」

 

扉を開けて名乗ったアオイだったが、カウンターに座っていた人物と目が合い、言葉尻がすぼんだ。

カウンターだけの狭い店内の一番端に座っていたのは、ヴァルキューレ警察学校の尾刃カンナだった。カンナもまた、がんもどきを箸で摘まみ上げた体勢のまま、アオイたち3人を見つめて硬直してしまっていた。

 

「へい毎度。角の席どうぞ。飲み物は烏龍茶で良かったかい?」

 

そんな4人の硬直など露知らず、店の大将がカウンターのL字角の席を指す。

頷きながらおずおずと角に座った3人だったが、座るまでの間も座った後も、ちらちらとカンナの方を見る。当のカンナも横目で連邦生徒会の3人の方を伺い、視線が合うと即座に逸らしてがんもどきをちびちび食べる、という動作を繰り返していた。

そんなやり取りを数回繰り返した後、一番遠くに座っていたアユムが意を決して声をかけたのだった。

 

「こ、こんばんは…こちらにはよく来られるんですか?」

 

アユムに尋ねられたカンナは、一瞬目を見開いたものの、小さく頷きを返した。

 

「あ、ああ…結構前から、ちょくちょく…」

「カンナちゃんはグルメ時代前からのウチの常連だよ。週一で顔出して、アカシア先生たちも紹介してくれてなぁ。おかげでおでんの味もグンとあがったんだ」

「た、大将!?」

 

まさかの援護射撃にあわあわとするカンナを尻目に、大将が3人の前に烏龍茶を置いた。

 

「さて、注文は何にするかね?」

 

その言葉を受け、3人はカンナから視線を外し、改めてカウンターの向こうのおでん鍋を見る。

3人が座るL字カウンターの角から、カンナの目の前まで伸びる大きな鍋の中には、深い茶色の出汁がなみなみと詰まっており、その中で数多の具材が食べられるのを今か今かと待っていた。

ごくり、と誰かが生唾を飲み込む音が聞こえる。お腹に手を当てれば、我慢できないと空きっ腹が訴える声が響く。

 

「じゃあ、大根とちくわ、玉子と…」

「私も大根。それとこんにゃく、牛すじ、あとは…」

「大将、この黒はんぺんというのは普通のはんぺんとどう違うのでしょうか?」

 

3人が口々に注文する一方、カンナもようやく動揺しっ放しだった心が落ち着いてきた。

この店は裏路地にあり目立たない。連邦生徒会の3人が揃って食事をしているのを目敏い者が見つければ、妙な騒ぎになってもおかしくないが、この店ならその心配はないだろう。

ひょっとしたら今後、彼女たち3人以外の連邦生徒会メンバーも訪れるようになり、連邦生徒会行きつけの店となるかもしれない。

けれど、一番の常連の座は譲らない。そんな小さな自負が芽生えたカンナも、負けじと注文をするのだった。

 

「大将、いつものやつ、貰えるかな?」

 

 

 

「はいよ、お待たせ」

 

数分後、大将が3人の前にそれぞれ注文の品を乗せた皿を置いた。

 

アオイの皿には、大根、玉子、こんにゃく、餅巾着

アユムの皿には、大根、玉子2個、ちくわ、手羽先、皿とは別に白飯

リンの皿には、大根、はんぺん、黒はんぺん、しらたき

 

「こっちはからしと味噌だ。お好みでどうぞ。でもって、はいよカンナちゃん、ロールキャベツだ」

 

カンナの方には別の皿、別の料理が運ばれていた。アオイが視線を送るとカンナと目が合い、ニヤリと微笑みかけてきた。

 

「ここのお店のロールキャベツは絶品ですよ。その大根に次ぐ、隠れた名物です」

「へえ…流石常連。次頼もっと」

 

常連が自信をもって推す品ならば間違いないだろうと、食べる前からすでに次に食べるものを決めてしまっているのが何だか可笑しく、カンナはくすくす笑っていた。

そんなカンナの様子を怪訝に思いながらも、3人はそれぞれの皿に向き直り、両手を合わせた。

 

「「「いただきます」」」

 

開戦の合図にも似た言葉を口にして、箸と言う名の武器を手に取る。

 

アオイが真っ先に手をつけたのは、もちろん大根だ。

箸を突き立て、4分の1にカット。味噌とからしは付けず、まずはそのまま口に運んだ。

 

「んんんんっ!!?」

 

じゅわっ、と。

口に入れて噛み締めた途端、大根から汁が溢れだした。

咄嗟に口を押さえ、汁が飛び出てしまうのを防ぐ。そうでなければ驚きのあまり噴出してしまいそうだった。

横を見ると、リンもアユムも同じように口を押さえている。目も真ん丸になっているが、おそらくアオイも同じ表情になっていることだろう。

 

「美味しいでしょう?このお店の大根はグルメ食材なんですよ」

 

常連であるカンナの自慢げな口調が耳に入るも、3人の神経は口の中に集中している。

口の中の大根をもう一度噛むと、再び大量の熱い汁が溢れだす。まるで大根が熱で溶けて液状になったかのようで、出汁をたっぷり含んでいる、というだけでは説明できない量だった。

熱さに耐えつつごくんと飲むと、出汁の風味とは別に、芯のある甘味を感じた。新鮮な大根が甘いというのは聞いたことがあるが、まるでジュースのようだ。おそらくこれが、この大根のグルメ食材としての特性なのだろう。

 

水飴ダイコンっつってなあ。フルーツ並に甘い大根なんだが、この店の秘伝の出汁とよく合うんだ。色々グルメ食材の大根は試したが、コイツが断トツで一番だったなぁ」

 

大将の説明を聞き、再び大根を口に運ぶ。先ほど同様噛んだ瞬間汁が溢れるが、今度はしっかり味わうことが出来た。

最初に感じたのは、大将が言及していた大根の甘みだ。水飴ダイコン、という名前が示す通りの強い甘さだが、くどさやしつこさ等はなく、新鮮な大根の持つ汁のように、引っ掛かりがなくするっと喉を通って行く。

そしてそこに、おでんの出汁の熱と風味が加わる。煮込まれて出汁を吸った水飴ダイコンは、本来の甘さに加えて出汁の風味をその身に取り込み、より深みのある味へと昇華した。ほぅ、と息を吐くと、喉に残る熱と味わいが再び口腔を潤すのを感じる。

 

もう一度飲みたいと、自然と箸が大根に向かって伸びていた。再び4分の1サイズに割った大根を、今度は隣の小皿に運んで行った。

 

「お、からしを付けますか。分かってますね」

 

カンナに食べ方を褒められるのを少しくすぐったく思いながら、ちょこっと付けたからしを断面全体に薄くのばして、口に運ぶ。

 

三度、汁の洪水が口の中を満たす。

しかし今回真っ先に感じたのは、からしの味。つーん、と鼻の奥を刺すような強烈な味がアオイを襲う。

だがその直後、その強烈な味にも勝る大根と出汁の味が、波濤のようにからしの味を呑み込む。からしによって鋭敏に研ぎ澄まされた味覚が、大根の味わいを深海の如く奥深いものへと変貌させていく。

舌根から脳へ、そして胃袋へ、まるで一本の柱のように大根の味がアオイの身体を縦断し、胃と心を満たした。

 

再びほぅ、と幸せそうな吐息を漏らしながら、吸い寄せられるように箸を伸ばしたアオイだったが、それが最後の一欠片であることを思い出し、自然と言葉が口をついて出ていた。

 

「…大将、大根もう一個貰っていいかしら」

 

 

 

隣に座るリンもアユムも、真っ先に大根に手をつけ、溢れる味わいに耽溺していた。

 

(はぁ、大根美味しかったぁ…!)

 

大根の最後の一欠片を名残惜しげに呑み込んだアユムは、間髪入れず次の品に箸を伸ばす。

 

(じゃあ次は…玉子!)

 

2つある玉子のうち1つを縦に割り、箸の先で掬った少量の出汁を黄身の上に垂らした後、口に運んだ。

 

(美味しい…!白身にも出汁の香りがしっかり染み込んでます…!)

 

弾力のある白身と、ほろほろと崩れる黄身。

食べ慣れた固ゆで卵の食感だが、おでんの出汁が加わると全く別物といっていい味になる。出汁の風味を吸い込んだ黄身は、崩れる度に出汁の味を醸し出す。そして同じく出汁を吸い込んだ白身は味玉のように色が少し濃くなり、淡白な味に彩りが加わる。

卵自体はグルメ食材ではない普通の卵のようだが、調理法によってグルメ食材にも等しい一品となっている。大将の腕前の高さが窺えた。

 

(よし、じゃあ残る半分はいつも通り…)

 

残る半分の玉子には先ほどより多めに出汁を垂らし、今度は白飯の上に乗せた。

 

(ここにちょびっと味噌を溶かす!)

 

さらに小皿から味噌を少し取り、黄身の上に乗せる。そして箸の先で軽く混ぜる。半分ほど黄身を溶かしたところで、下の白飯ごと豪快に口に運んだ。

 

(んん~…!濃厚な黄身に出汁が溶け込んで、そこに味噌の風味がプラス…!そこに白ごはん!間違いなく最強の組み合わせです!)

 

言わば簡易的な味噌玉子丼だ。

白飯と玉子、白飯と味噌汁の相性は言うに及ばず。そこに絶品のおでんの出汁の風味が加われば、これを嫌いと言う者はほとんど居ないだろう。

 

(そして、もう一個の玉子は…)

 

残る一個の玉子もまた半分に割ったが、今度は黄身だけを取りだし、ちくわの中に突っ込んだ。そしてちくわの穴に出汁と味噌を掬い入れ、上から黄身を押し潰すような形で混ぜる。残った白身も適当な形に割ってちくわの中に入れた。

 

(名付けて、“玉子ちくわ”!はしたないですけど、止められないんですよね…!)

 

中身が零れないよう気をつけながら齧ると、先ほどの味噌玉子丼以上に濃い黄身と味噌の味が、ダイレクトに舌に伝わる。ちくわの弾力と白身の弾力、二つの異なる食感と、噛むたびに黄身と味噌の味がするのが、卵を割ったかのようで面白い。

 

人には紹介しづらい食べ方だな、と自覚しつつも、アユムはすでにもう一度この組み合わせで注文することを決めていた。

 

 

 

アオイとアユムが大きく顔をほころばせながら食べているその一方、リンは黙々と大根、そしてしらたきを頬張っていた。とはいえ大根の味わいに感動している点は同じで、一見無表情に見えるその唇の端が僅かに釣り上がっていた。

満足げにしらたきを食べ終えたリンは、皿に残る二色のはんぺんを見た。

 

(これが黒はんぺん…初めて見るけど、確かに灰色に近い黒ね…)

 

メニューを見た時に真っ先に気になったのが、この黒はんぺんであった。

はんぺんは白いもの、という常識しかなかったリンには驚くべきものであり、大将にどういう違いがあるのかを詳しく尋ねた。

大将曰く、魚の身だけをすり潰して練り上げた通常のはんぺんとは異なり、骨も皮も含め魚を丸ごと使って練られたのが黒はんぺんであるという。

 

(まずは普通のはんぺんから…ん、美味しい)

 

まずは普通のはんぺんに手を付ける。

白雪を思わせる純白の分厚い三角形は、リンの期待通りの優しい食感だった。

 

(出汁を吸い込みつつ、ふんわり、しっとりと噛みきれる独特の歯ごたえ…癖になりますね…)

 

同じ練り物でいえば蒲鉾があるが、はんぺんは遥かに柔らかく、そして型崩れしないままに味を吸い込みやすく出来ている。よく煮込まれたはんぺんは赤ちゃんの頬のように柔らかく、噛むと仄かな弾力を返しつつもすっと歯が通っていく。ちょっとした子供のおやつにも思える、楽しみのある食感だった。

 

そして今度は黒はんぺんを頬張り―――目を見開いた。

 

(―――――!なるほど、味が濃い…!)

 

真っ先に感じたのは、魚の味。

通常のはんぺんとは比べ物にならない程に、魚の風味が強かった。

 

(骨も皮も全て使っているからでしょうか、魚の味がしっかりと残っています…!それでいて出汁の味もしっかり取り込んでいて…まるで、鮮魚が出汁の海を泳いでいるかのよう…!)

 

リンの脳裏に、雄大な茶色の海を悠然と泳ぐ魚の姿が思い浮かぶ。

“原始の海のスープの中で生命の源が作られた”―――そんな学説があったはずだが、不思議とその説に頷ける。魚という生き物、おでんの出汁となった昆布、それらが息づく海のエネルギーを、噛み締めるごとに感じる。

 

改めて黒はんぺんを見てみると、通常のはんぺんと比べて遥かに薄い。二つを並べると黒はんぺんに物足りなさを感じてしまうが、食べてみるとその薄さにもちゃんとした理由があることが窺える。

 

(黒はんぺんが普通のはんぺんと同じくらいに分厚かったら、味の濃さが際立ち過ぎて、おでん等の料理に使うには適さなくなるでしょう。この薄さだからこそ、おでんに入れても調和を見せるのですね…)

 

強い味の調和のさせ方、それはまるで強い力の使い方にも似て―――

 

(っと、いけないいけない。今は食事に集中しないと)

 

些細なことでも職務に絡めて考えてしまう悪癖は、以前アカシアにも指摘されていた。食事している時は料理の美味しさや得られる満足感に素直に向き合っていれば良い、と。

アカシアの言う通り、今はこのおでんの美味しさを素直に堪能するべき時だ。

そう考え直しながら他の面々の皿を見て、早速次の品を注文することにした。

 

「すみません、玉子とちくわ、それとロールキャベツを―――」

 

 

 

三者三様に舌鼓を打つ連邦生徒会の面々を、カンナは机の端から眺めていた。

 

(何というか、ああして美味しそうにおでんを頬張ってる姿を見ると…彼女たちも、私と同じキヴォトスの一生徒に過ぎないんだなと、ちゃんと思うな…)

 

普段は融通の利かない堅物揃い、という印象の強い連邦生徒会の面々だが、今目の前でおでんを食べている彼女たちは、同年代の等身大の少女の姿だった。

何となく色眼鏡で見ていたことを省みながら、目の前のロールキャベツを見る。

 

(この裏メニューのロールキャベア(・・・・・・・・・・・・・)も、紹介してもいいかもな)

 

そう、カンナが食べるロールキャベツは、通常店で出されているものとは異なる、特別な裏メニュー―――かつてカンナが発見して仕留め、フルコースのサラダに加えた猛獣“キャベア”を用いて作られた、ロールキャベアなのである。

 

(うぅん…!流石私のフルコース、やっぱり美味しい…!)

 

キャベアは全身がキャベツで覆われた緑色の熊だ。瑞々しく歯応えも素晴らしいそのキャベツは、そのまま食べてもサラダにしても絶品だが、もう一つカンナが好んでいるのが、こうしてロールキャベツにして食べることだ。

キャベアを仕留めてキャベツを剥し終えた後の肉がどうしても気になり、馴染みの大将のもとに持ち込み相談し、二人で試行錯誤の末生まれたメニューだ。料理する上でネックだったキャベアの肉の癖の強さは、同時期に人工飼育に成功し市井に広まり始めていたグルメ食材“生姜豚”を混ぜ込むことで解決に至った。

 

(キャベア本体は少し癖のある熊肉だが、生姜豚との合挽ミンチにすることで、臭みが消えて味の強い肉へと変わる…)

 

肉の味、キャベツの味、出汁の味。

3つの味がカンナの口の中で渾然一体となり、小さな嵐のように渦を巻いている。

 

(その肉を、おでんの出汁で煮込まれ柔らかくなったキャベアのキャベツが包む。肉の主張の強さをキャベツという羽衣が優しく包んでくれることで、野菜の甘みと出汁の旨味と合わさり、飽きの来ない味になる…!)

 

ごくん、と飲みこんだ後も味の嵐は胃に向かって降下していく。その余韻が喉を奔り、鼻に抜け、脳に快感となって突き刺さる。

カンナの抱える仕事の疲労も、未来への不安も、今この時だけは全て忘れて、連邦生徒会の面々と同じように顔をほころばせながら、料理の美味しさに耽溺した。

 

「大将、ロールキャベツもう一皿。それと白ごはんを頼む―――…大将?」

 

胃を満たす温かさを心地良く感じながら、さらに放り込もうと注文したが、大将からの返答がない。

不審に思ったカンナが大将の方を不思議そうに見ると、何か考え込んでいる様子だった。

 

「いや、皆美味しそうに食ってくれるなと思ってな…よし」

 

ぱん、と大将が手を叩いたことで、カンナのみならずおでんの皿に夢中になっていた連邦生徒会の面々も顔を上げ、大将の方を見た。

 

「カンナちゃん、それに連邦生徒会の方々。ちょいと新メニューの味見を頼まれてくれねえか?」

 

そんな大将の提案に、4人がそれぞれ首を傾げる。

 

「少し前から考えてた新メニューがようやく形になってな。自信作ではあるんだが、やはりお客さんの反応が見たいんだ。もちろんタダで良いから、正直な感想を聞かせてくれ」

 

突然の提案ではあったが、これ程美味しいおでんを食べさせてもらったならばと、一様に首肯する。

ありがとうよ、と応えていそいそと準備を進め、1分ほどで4人の前に小皿に乗った料理が出てきた。

 

「あいよ、これが新メニューだ」

「これは…巾着ですね?」

 

期待感に満ちた4人の前に出てきたのは、先ほどアオイが食べていた餅巾着と同じ、口部分をかんぴょうで綴じた油揚げの袋だった。

箸で持ち上げると、ずっしりと重い。小皿に戻し訝しげに突っついていたアオイだったが、箸が油揚げを貫通し、その中身が溢れだしてきた。

 

「えっ―――うわ、わ、うわわわ!?」

 

その零れ出た液体を見て、アオイが驚き慌てる声が店中に響く。

3人がその皿を覗きこみ、目を丸くする。その液体は濃厚な黄色で、万人がよく見慣れている食材であるはずだが、同時に大きな矛盾に突き当り、俄かに混乱することになった。

 

「こ、これって、卵の黄身…!?」

「卵巾着ということですか?…いえ、湯気が立つほどの熱さ、それにおでんの出汁で煮込まれているのに固まらない黄身なんてあるはずが…!?」

 

同じように巾着を割り、溢れ出る濃い黄色の液体を見たアユムとカンナが驚く。

確かに見た目は卵の黄身にそっくりだが、巾着からも黄身からも湯気がほくほくと立ち昇っており、見ているだけでその熱さが伝わってきそうなほどだ。その温度で黄身が固まらないはずがなく、アオイも含め困惑しながら流れ出る黄色い何かを見つめていた。

 

だが、その中で唯一、リンだけはその正体に心当たりがあった。

 

「…ひょっとして、ビナーのコアですか?」

「おお、知っていたかい。眼鏡のお嬢さんの言う通り、コイツはビナーのコア。その名も『ビナー巾着』だ」

 

ビナーのコア、と聞いてアオイたちも得心がいく。

今やアビドス砂漠の名産品となったビナーは、その装甲から上質な出汁が取れる他、コアも滑らかで上品な甘さが特徴の食材であると知られている。当初はなぜ機械生命体の部品に味が、と混乱していたが、アカシア一家の世界の常識外れっぷりを嫌でも理解させられる内に、自然と受け入れてしまっている。考えるのを諦めただけともいえるが。

 

「カンナちゃんは知ってると思うが、ウチのおでんの出汁にはステーキ昆布の他にビナーの装甲が使われててな。その仕入れの縁でビナーのコアが手に入って、どうおでんに活かしたもんかと考えてたんだが…色々試しているうちに、ビナーのコアは卵の黄身みたいな味だが、卵と違って熱を加えても固まりにくい性質があると分かってな。それだったらと、巾着に入れてみたってわけさ」

 

玉子巾着という料理は、油揚げの中に生卵を入れて丸ごと茹でる料理だが、この場合は卵の代わりにビナーのコアを使用している。

ごくり、と唾を呑みこんだアオイが、いの一番に小皿を持ち上げ、皿の中に零れ出たコアごとジュルッと一気に啜った。

 

んん~~~っ!!はふ、はふっ…!すごい、こんなの初めて…!!」

 

小龍包を彷彿とさせるような、包みを破った瞬間に中身が溢れだして舌が焼けそうになる感覚。それが黄身の味と舌触りを伴って襲ってくるというのは、間違いなく人生初、ひょっとしたら人類初かもしれない衝撃体験だ。

 

「凄い、本当に黄身の味だわ…!」

あちっ!?舌火傷した…!?熱々トロトロの黄身で舌を火傷するなんて、生まれて初めてだ…!」

 

襲い来る熱さに慌てふためきながらも、各々が舌を慣らしながらゆっくり、じっくりと初めての感覚を味わう。

味は見た目通り黄身のそれだが、普通の卵と比べると遥かに濃厚だ。以前食べた時は黄身よりも薄めの味だったので、こうして煮込むことで黄身の味にぐっと近づいたのだろう。さらに、元々コアの持っていたとろっとした食感と上品な甘みは損なわれることなく、おでんの出汁の風味を吸い込んでより豊かに、より華やかに味が広がる。

 

(玉子に出汁と、材料だけ見ると茶碗蒸しのようですが…味の濃さが段違いですね。何よりこの熱さと喉越し…!)

 

無理やり例えるならば“飲む茶碗蒸し”もしくは“熱々濃厚プリン”といったところだが、どちらも正確性に欠ける。

ビナー巾着という新料理、新ジャンル。

それが、この画期的な料理に対する最上の褒め言葉だろう。

 

そうしてこの世に産まれ出た新料理を存分に堪能していたところ、突然ガラっと勢いよく店の扉が開き、客が一人入店してきた。

 

「邪魔するぞい―――おや、今日は千客万来じゃの」

 

聞き覚えのあるその声に、ビナー巾着の味に夢中になっていた4人が揃って箸を止め、振り返り、そして異口同音に叫んだ。

 

「「「「次郎先生!!?」」」」

 

よぅ、と気さくに手を振って挨拶しながら入店した次郎は、連邦生徒会の面々とカンナの間の席に慣れた様子で座った。

 

「おう大将、いつもの」

「あいよ」

 

まるで自宅に帰ってきたかのような、最短の注文。大将も言われる前から分かっていた様子で片手で了解のサインを出してみせた。

 

「じ、次郎先生もこちらの常連なのですか?」

 

アユムがおずおずと尋ねると、そうじゃよ、とあっさり答えた。

 

「カンナちゃん程じゃないけどな。けどカンナちゃんと実際にここで合うのは初めてじゃったっけ?」

「そうですね。次郎先生がちょくちょくいらっしゃってるというのは、大将からお聞きしていましたが…」

 

確かに先ほど大将が、カンナからアカシア一家を紹介してもらった、と言っていた。それが縁で常連になったというのは納得できる話だ。

とはいえ、本場のグルメ世界の住人が常連として通う店となれば、それだけで店の料理の腕前は保証されているようなものだろう。

 

「ええ腕しとるよ、ここの大将は。ワシらの来訪前からこつこつ腕を磨いておったから、食材の味に頼ったり慢心したりすることなく、自らの作る味を研鑽し続けている。信頼のおける料理人じゃよ」

「他ならぬ次郎先生にそう言ってもらえるたぁ、有り難いねぇ。お銚子一本分サービスしとくよ」

 

大将が湯気の立つ徳利とお猪口を次郎の前に置いた。

次郎の賞賛に気を良くした大将のおごり宣言に、次郎も上機嫌でカカカと笑う。どうやら常連である以上に、気の置けない友人でもあるらしかった。

 

「それが次郎先生の“いつもの”ですか?」

「ああ、この店で毎回最初に頼んで呑む一杯―――“清酒のおでん出汁割り”じゃ」

「出汁割り…!」

 

カンナが感嘆の声を漏らす。

以前他の客が注文し、美味しそうに呑んでいるのを見たことがあった。常連となって長いカンナだが、未成年であり警官であるカンナには決して口に出来ない逸品だった。

 

そんなカンナを余所に、次郎はお猪口に熱燗を注ぎ、口元に持っていく。

お猪口から立ち昇る湯気が次郎の鼻腔に吸い込まれていく。強さの中に滑らかさのある、豊かな酒精の香りを堪能しながら、ぐいっと飲み干した。

 

清酒が舌の上を撫でながら、喉の奥へ、臓腑の奥へと流れていき、流星のように辛みと香りを残し、喉をキュッと唸らせる。

身体の内側から立ち昇る香りは、大地の恵みとしての匂いと、手間暇かけて編み込まれた出汁の匂いの螺旋だ。清酒の通り道からじわじわと全身に熱が広がると同時に、芳醇な香りが嗅覚を刺激し、次郎を夢見心地へと誘う。

 

「―――――はぁ、美味い」

 

ほぅ、とアルコールを含んだ吐息が次郎の口から漏れる。

その姿が妙に様になっていたため、4人の目は釘づけになっていた。アカシアや一龍、三虎らが時折垣間見せる、長く濃密な人生を経てきた者にしか出せない深みを、次郎の中にも見出していた。

 

「ひょひょひょ、お主らも呑むかい?」

「い、いえ!み、未成年ですし…!我々法を守る側の人間がそれを破るわけには…!?」

 

そんな4人の視線を感じてからかい半分に酒を勧めてくる次郎に、アユムを先頭に揃って慌てながら否定した。その様子にますます楽しそうに笑いながら、次郎は再びお猪口に酒を注いでぐいっと飲み干す。

 

「けれどまあ、呑める年になるまであともう少しじゃ。呑んでも良い歳になったら、浴びる程呑むがいいぞい。近い未来、キヴォトスにはきっと美味い酒が溢れておる。お主らの人生を豊かなものにしてくれるじゃろうて」

 

次郎やシグレの活躍で、レッドウィンターを中心にキヴォトスには質の高い酒類が多数出回るようになった。飲酒年齢を公に引き下げようとシグレが暗躍しているものの、それが認められる頃には、この場に居る彼女たちは普通に酒を飲める年齢になっていることだろう。

彼女たちが美味しい酒を心から堪能できる世界を作り、保つことが、今この世界に居る自分たちの役割だと、次郎は自覚していた。

 

「その時は、ワシから一杯奢らせてもらおうかの」

 

4人を見つめる次郎の眼差しは、アカシアに似て優しい。

鬼神の如き怒りを放ち、それ以上の力を振るう、超人揃いのアカシア一家の中でも最強と謳われる次郎だが、生徒たちを庇護し、その健やかな成長を見守る彼は、間違いなく尊敬すべき大人であった。

 

「―――はい。その日を目指して、これからも頑張っていきます」

「肩肘はらんでいいんじゃよ。お主らが生きやすい世界を作るのは、ワシらの仕事じゃ」

 

リンの真面目な受け答えと皆の真面目な眼差しに苦笑しながら、次郎は徳利に残る酒を全て飲み干し、改めて食事に向き直るのだった。

 

「さ、食おう食おう!大将、大根と玉子を。それと今日のおすすめは何じゃ?」

「あ、それなら是非次郎先生に食べていただきたいものが――――」

 

そうして、おでん屋の夜は更けていく。

4人の生徒と1人の教師が、美味しい料理に舌鼓を打ちながら、笑い話に花を咲かせながら。

 

きっと何年か後に、少し年を経た同じメンバーで、同じように笑い合えることを予感しながら。

 

 

 

 




このシナリオ考えたのが冬だったので、夏前の今になって出力するのはどうなんだと思わなくもないですが、おでんはいつ食べても美味しいから無問題ってことで。

活動報告で書きましたが、ちょっと職場で新人教育を任されることになり、その準備と通常の仕事に追われて軽く修羅場ってます。
そのため夏頃まで忙しく、執筆の時間が取りにくいです。更新ペースもがくっと落ちてしまいますので、ご了承ください。拙作を楽しみに待ってくれている皆さまには申し訳ございません。

次回はあーかいぶを挟んで給食部回です。あーかいぶだけでも早めに書き上げたいな…。

それでは感想お待ちしております!
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