シャーレの先生 アカシア   作:電シャーク

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お待たせしました。セミナー回です。


セミナーと明星ヒマリの『魚料理』

「この後なんだけど、三人とも予定はあるかしら?」

 

ミレニアムサイエンススクール、セミナー。

週末の定例会議が終わり、三々五々に散っていくはずが、いつもなら真っ先に席を立ち颯爽と部屋を出るはずのリオが、椅子に座ったまま他の3人に問いかけてきた。

 

「私は特に…ユウカちゃんは?」

「私も無いですね。仕事はありますが、急ぎってほどじゃないです」

「アタシも問題なしでーす。何か美味しいご飯とか奢ってもらえるんですか!?」

 

それぞれセミナーの一員として着任してから、こんな風にリオに尋ねられたことはなく、戸惑いながらも特に予定がないことを明言するノアとユウカに対し、コユキはストレートに食事の誘いと判断し、元気よく肯定した。

それを咎めようとしたユウカだったが、今回はコユキの能天気さの方が的を得ていた。

 

「当たらずとも遠からずね。ご飯、ご馳走するわ」

 

想像だにしていなかった言葉に、3人の口がぽかんと空いた。

 

セミナーの一員となって久しいが、これまでリオと業務上のやり取り以外で会話をしたことなどほとんどない。それすらもアカシアや一龍がこの世界にやってきてからまだ改善された方で、以前は会話はおろか顔を合わせることすら稀だったのだ。いわんや会長から食事の誘いなど、想像すらしたことがなかった。

そんな没交渉気味な生徒会長ではあったが、彼女の能力の高さはもちろん認めていたし、一度じっくり話をしてみたい、と長らく思ってきていたことも紛れもない事実だった。それ故この降って湧いた機会に、しばらくぽかんと口を開けていた3人だったが、ようやく事態を呑み込み、快哉をあげた。

 

「う、嬉しいです…!どこのご飯でしょうか!?」

「こないだミレニアムに新設されたビルの屋上庭園レストランですか?」

「あ、ひょっとして今オデュッセイアが動かしてる、ディナークルーズ船とか!」

「残念だけど、どれも違うわ」

 

リオはそう言って頭を振ると、白魚のような指で目の前の机を指差した。

 

「ここよ。このセミナーの部室で、一緒に食べようって誘っているの」

 

リオの言葉を受け、3人の頭に疑問符が浮かぶ。学内食堂ですらなく、いつものこの部室で食べるというのは、リオが言う“ご馳走”との繋がりを感じられなかったからだ。

 

「ということは、出前ですか?」

 

ユウカがそう尋ねると、リオは再び頭を振り、言い放った。

 

「私が作るわ」

 

 

 

準備があるからしばらく待ってて、と言い残し、リオが部屋を出て行ってから、間もなく1時間。

それを待つセミナーの部屋は、誘われた当初の快哉は何処へやら、まるで感染病棟の待合室のように薄暗い雰囲気に包まれていた。

 

「…ユウカ先輩、あんま不安そうな顔しないでくださいよ。アタシまで不安で押し潰されそうになっちゃいますから」

「そんなタマじゃないでしょアンタ。…まあ、顔に不安がにじみ出ちゃってるのは確かだと思うけどさ…」

 

リオの帰りを待つ3人の顔は、どことなく重苦しい。

リオは一龍からの課題としてレモネード屋を経営し目標額の達成を目指しているが、同時にリオの食事の捉え方が大きくずれていた事実も露呈していた。「理論的科学的には正しいけれど食事としては正しくない」代物を売ろうとして、セミナーの面々が軌道修正に手を焼いたのは記憶に新しい。

そんなリオが、自らの手で料理を作って振舞おうと言い出したのだ。レモネード屋で普通のレモネードを売る様骨を折った3人からしてみれば、一体何が出てくるのかと戦々恐々としてしまうのも無理からぬことであった。

 

すると、部屋のドアがコンコンと叩かれる。

一瞬ビクッと身体を震わせたが、ドアを開けて入って来た人物はリオではなかった。

 

「お邪魔しますね、皆さん」

「こんにちは、ヒマリさん。お話は伺ってますのでどうぞ」

 

やって来たのは明星ヒマリ。リオが部屋を出る前、ヒマリも参加するから、とついでのように付け加えていたので、ちゃんと彼女の席も用意してある。

 

「そういえばエイミさんは不参加なんですか?」

「ええ。『わざわざ熱い料理とか食べたくない』って言って」

 

そう言って肩を竦めるヒマリを、セミナーの3人は物言いたげな顔で見つめていた。

 

「どうしたんです?人の顔をじろじろ見て。まあ私は天も羨む絶世の美少女なので見惚れてしまうのも無理からぬことではありますが―――」

「いえそうじゃなくて、会長が手料理を振舞う会にヒマリさんが素直に来たのが珍しいなって」

 

ノアが尋ねると、ヒマリはやや憮然とした表情に変わる。いつもの自画自賛を途中で打ち切られたことが不満なのかと思われたが、そうではなかった。

 

「そりゃあ、今回の食事会を唆したのは私ですからね。何かの伝手でグルメ食材手に入れたそうですが、レモネードに使える食材でもないから私にやるとか言い出しましてね。あの女に物を貰うとか死んでも嫌なので、だったらセミナーの皆に振舞ってあげればと言ったんですよ。私が来たのは、そんなアドバイスをした責任感の現れってやつです」

 

そう言って再び肩を竦めるヒマリに、セミナーの3人は目を丸くした。

リオとヒマリが犬猿の仲であることは、セミナーのみならずミレニアム全校の常識である。現在二人が経営しているレモネード屋は相変わらず閑古鳥が鳴いているが、二人の仲の悪さを知るミレニアムの生徒たちが、いつ爆発してもおかしくない爆弾のような目で屋台を見ているのも、売れ行き絶不調の原因のひとつだった。

そんな相性最悪の二人の間で、相談と助言が行き交ったという事実は、驚天動地の事態ともいえる。

 

「ああ、ひょっとして3人とも、あの女がちゃんとした食べ物出すのか不安に思ってましたか?だったら心配無用ですよ」

 

ヒマリが3人の不安を言い当て、その上でその不安は不要なものだと断言した。これもまた、二人の不仲具合からすれば信じられない話である。

 

「あの女は栄養さえ摂れれば食べ物なんて何でもいいって考えてる、前時代的思考に囚われ凝り固まった阿呆ですが…それを他人に強要することはありません。何せああ見えて、グルメ時代真っ只中の今のキヴォトスを、この上なく平和で平穏な時代だと、とても好意的に受け止めていますから。グルメ食材を皆に振舞うってことになれば、否が応でもちゃんとした調理法と調理器具を揃えて作ってきますよ」

 

ヒマリが唇を尖らせながらも、リオなら大丈夫と太鼓判を押す言葉を紡ぐ。

リオのレモネード屋では、ヒマリも一緒に働いている。調理担当がリオ、経営担当がヒマリという分担なのだが、ただでさえ犬猿の仲の二人なので、経営方針から無関係な些細なことまで、毎日口喧嘩が絶えない。

 

にもかかわらずレモネード屋が今日まで潰れずに経営が出来ているのは、内心ではお互いを認め合っているからに他ならない。

 

“全知”と讃えられるヒマリの頭脳。

“ビッグシスター”と畏怖されるリオの手腕。

 

互いに右に出る者の居ない天才であるからこそ、負けたくないといがみ合い、自分を負かすことが出来るのはコイツしか居ないと認め合う。天才であるが故の孤独という物は、共にレモネード屋を営むこの二人の間には存在しないものになっていた。

 

(…なるほど、一龍先生はこうなることを望んで、あんな課題を出したのですね…)

 

二人にレモネード屋経営という課題を課した一龍の思惑を読み取り、二人を導く“先生”の存在があったからこそこういう関係を築けたのかと、ノアが納得し、その深謀遠慮に嘆息したのだった。

そしてそれを見計らったかのように、扉を叩く音が響いた。

 

「待たせたわね、みんな」

「失礼いたします、皆様」

 

扉を開けたリオの後ろには、彼女の従者である飛鳥馬トキも居た。

二人とも金属製の大きな筒を載せた台車を運んできており、その筒からはもうもうと白煙が立ち昇っていた。

 

「わあ…!これって蒸し器ですか!?」

「ええ。私の手作り蒸し器。この程度作るぐらいなら、エンジニア部を頼るまでもないもの」

 

蒸し器の製作とて決して簡単なものではないが、自立兵器の製造や要塞都市の建造と比べればお茶の子さいさいといった具合だ。他の面々もリオなら作れて当たり前としか思っていないので、特に突っ込んだりもしなかった。

 

「わ、何かすでにスッゴイ良い匂いがします…!」

「何を蒸してるんですか!?ていうか開けていいですか!?」

「いいわよ」

 

リオが許可を出すや否や、興奮気味のコユキが蒸し器の蓋をパカッと開けた。

途端に真っ白な蒸気が立ち込め、芳醇な香りが部屋中に充満する。嗅覚から食欲を直接刺激する、この上なく香しい匂いだった。

そして3人は中を覗き込み、匂いの元が何であるかを視認して、歓声をあげた。

 

「一龍先生に聞いたり自分で調べたり、色々調理法を探してみたけれど…このグルメ素材の味や栄養を最大限楽しむのなら、蒸すのが一番良いという結論に達したの」

 

中に入っていたのは、誰もが知る海の食材にして、高級食材の代表格。

手に入れたリオが、他の皆にも振舞ってあげようと思い立つのも頷ける、憧れの食材。

 

「というわけで、にんにくガニの丸ごと蒸しでございます」

 

トキがわざとらしい程の恭しさでそう告げると、3人もまたわざとらしい程の歓声と拍手で応えた。

 

にんにくガニ。

捕獲レベルは低いが、それ故に手に入りやすく食べやすい、そしてにんにくと蟹という人気の高い味の融合した食材ということで、ここ最近巷でも非常に評判のグルメ食材だ。

 

「足は外して読むから、机の真ん中を開けてくれる?」

「こちら蟹酢です。にんにくガニは味付けや調味料なしでそのままでも食べられますが、お好みでどうぞ」

 

リオとトキがテキパキと食卓のセッティングを進めていき、あっという間に机の真ん中に足と甲羅が別々に積まれ、各自の前に皿とお手拭き、殻入れ、蟹酢などの調味料が置かれ、準備が整った。蟹は未だホクホクと湯気を立てており、最高の状態で皆の口に納まるのを今か今かと待ち構えている。

 

「それじゃあ…いただきます」

『いただきます』

 

リオを皮切りに、厳かに食事前の挨拶を行う。各々手を合わせ、頭を下げ終わると同時に、山のように積まれた蜜の足から手近な一本を取っていった。

 

「わ、綺麗に切れ目入ってる!会長が仕込んでくれたんですか!?」

「ええ。そのままでは食べにくいと思って」

「有り難いですー!蟹って美味しいけど、殻から取り出すのメンドいんですよね!」

「ああ、分かるわそれ。手もべたべたになっちゃうものね」

「臭いも付いちゃうんですよね。放っておくと自然と手指が生臭くなっちゃって、洗って落とすのが大変で…」

 

コユキの主張にノア共々頷きながら、ユウカは殻の切れ込みに力を込める。

蟹の足から殻を外すと、肉厚な紅白の身がまろび出た。ほくほくと立ち昇る湯気からは、濃厚な蟹の匂いと仄かだが存在感の強いにんにくの香りが凝縮されていて、食欲を嫌でも駆り立てた。

 

たまらずかぶりつく。

前歯で蟹足の骨を挟み、骨から身を削ぎ落すように口の中に入れた。

 

「んん~~っ!!美味っし~いぃ……!!」

 

ユウカの口から、自然と歓喜の声が溢れ出た。

 

「うっわ、マジで美味いですねコレ…!!」

「正直に言って、この味の記憶だけで3日は白飯だけでもいけそうな気がします…!」

「素晴らしいです…!このヒマリちゃんのように完璧な味です…!」

 

他の面々からも大好評で、皆が皆類をほころばせている。普段感情が表に出にくいリオやトキも、満足げなオーラが出ていることから、この蟹がどれほど美味しいかが窺い知れた。

 

指三本分はあろうかという肉厚な蟹の身は、かぶりついた瞬間内側からじゅわっとのエキスが溢れ出てくる。その勢いたるや、まるで間欠泉だ。その間欠泉がごときエキスには、自然なにんにくの風味がしっかり効いていて、これだけで凡百のスープを薙ぎ倒せるほどの味わいだった。

蟹とにんにくの風味が尾を引きながら胃袋に吸い込まれ、胃から鼻腔まで香りが貫き、幸福感が全身に満ちていくのを感じる。

 

するとコユキが、机の端に積まれた胴体を勢いよく指差し、リオに呼び掛けた。

 

「会長、会長!胴体いただいてもいいですかっ!?」

「もちろん構わないわ。今回一人一匹用意してるから、胴体も一人一つあるわよ」

「会長愛してまぁす!!」

 

リオへの感謝を叫ぶや否や、コユキがにんにくそっくりの胴体を掴み、足を切り外した際の割れ目に力を込めた。ばきっと派手な音がして、甲羅が割れる。

その瞬間、足の殻を外した時とは比べ物にならないほど、色も匂いも濃い湯気が立ち昇り、その極上の匂いを真正面から嗅いだコユキは思わずクラっとしてしまう。

 

中の味噌は極上の腐葉土のような美しい茶色で、両手のひらを合わせたより大きいにんにくガニの胴体にぎっしりと詰まっていた。ぜんぶ取り出したら、手のひらから寄れ落ちてしまうこと請け合いの量だ。

さらにその甲羅の内側からは、ちゃぷちゃぷと水音がする。蒸した時に甲羅の中に溜まった水蒸気が水となり、そして蟹のエキスと蟹味噌を吸って極上のスープとなった音だ。

 

堪らずコユキは、ご飯を掻き込むかのように甲羅にむしゃぶりつき、小さな口を目一杯開けて味噌とスープを一気に掻き込んだ。

 

「っっ~~~!!」

 

最早声にならない。

だが口から声が出る代わりに、全身の全細胞がその美味に雄叫びをあげていた。

 

旨味という旨味を全て詰め込んで凝縮した結晶の如きスープは、口に含んだ瞬間に旨いというデータそのものに置き換わるかのようだった。

同時に、蟹味噌のパンチの効いた味わいが、眠っていた味覚や細胞をも叩き起こす。口の中でねっとりと溶けて広がっていく蟹味噌は、味覚も嗅覚もより鋭敏に研ぎ澄ましていく。脳や脊髄、味や舌根、全ての組織や細胞に、スープの味と、その中心部にあるにんにくガニの味をますます強く刻み込まれていくのを感じる。

先ほどの蟹の身の味は、一噛みにつき一回ずつハサミで味覚を挟んでくるかのような味わいだったが、この蟹味噌と甲羅スープの味は最早、蟹が舌の上でブレイクダンスを踊っているような強烈な味だ。

 

コユキを皮切りに、ユウカもノアもヒマリもトキも、次々と胴体に手を伸ばし、甲羅をこじ開ける。全員一口つけた瞬間に恍惚とした表情に代わり、一心不乱にジュルジュルと中身を啜り始めた。

生粋のトリニティ生が見たら顔を顰めそうな、上品とは言い難い食べ方であるが、そんな行儀など、この圧倒的旨さの前では塵芥の如く些細なものだった。

 

するとその横で、リオが各人の専用容器に積まれた足の殻や甲羅を次々に回収し、蒸し器とは別の機械に放り込んでいく。何をしてるんですか、という視線をユウカたちに向けられ、リオは答えた。

 

「これは粉砕機よ。残った殻と甲羅を粉末状に砕くのだけど…」

 

そう言いながらリオは、蒸し器の陰に隠れていた容器を取り出して皆に見せる。

そこに入っているのは―――白米だ。

 

「これで作った蟹の甲殻パウダーを使って、蟹雑炊か炊き込みご飯を作ろうと思うけど、どちらがいいかしら?」

「そんな唐突に究極の選択を放り込まないでくださいよぉ!?」

 

事も無げに尋ねてきたリオに、コユキが頭を抱えて絶叫する。

 

「こ、ここは雑炊じゃないかしら…・・?エキスを吸い込んだご飯もスープも楽しめるし…!」

「でも、炊き込みご飯も捨てがたいです…!余ったらおにぎりにして持ち帰ることも出来ますし…!それに私、猫舌なので…」

「どっちも食べたいけどお腹の容量はどっちかしかいけない…!でも切り捨てるには惜しいです…うわーん、どうすれば…!」

 

コユキのみならずユウカもノアも悩む。

鍋料理の〆の定番であり、出汁の旨味を最もダイレクトに味わうことの出来る雑炊と、その出汁を一滴残らず吸い尽くし芯まで出汁の味に染め上げる炊き込みご飯。

その場で全て食べ尽くすのであれば雑炊に分があるが、炊き込みご飯にすれば日持ちが期待できる。その場で全部食べるなら雑炊だが、明日も明後日も味わおうと思えば炊き込みご飯の方が良いだろう。

 

3人が迷い唸っていると、ヒマリが静かに手を挙げ、リオに尋ねた。

 

「リオ、両方作ることは出来るのですか?」

 

ヒマリの質問にリオは首を傾げた。

 

「もちろん出来るけど…両方作っても食べられないでしょう?蟹パウダーの状態なら日持ちするから、どちらかは今度、にしたら?」

 

リオの疑問と提案は至極真っ当なものであり、セミナーの3人もそれに同意しようとするが、ヒマリは頭を横に振った。

 

「いえ、両方作りましょう。それで、ヴェリタスとエンジニア部、それにエイミにもお裾分けです。こんなに美味しい蟹ですからね。雑炊や炊き込みご飯なら全員に分け与えられるでしょう?」

 

その提案に、皆がおお、と感嘆の声を挙げた。

にんにくガニはとても美味しい。しかし美味しいからこそ、この味を自分たちだけで独占してしまっていることに僅かな罪悪感を覚えていたところだった。身の方は元より人数分しかなかった上に、夢中になっている内にほとんど食べてしまったが、雑炊や炊き込みご飯にすれば万遍なく行き渡る。雑炊と炊き込みご飯という二種類で提供するなら尚のことだ。

 

「それなら、C&Cの皆も呼んでよろしいでしょうか?」

 

ヒマリの提案にかぶせるようにトキが請願する。C&Cは今日は特段仕事がないので、部室待機となっていたのを思い出したのだ。

 

「もちろんいいですよね、リオ?」

「構わないわ。ならトキ、両方作るのなら1時間程度時間がかかるから、調整しながら皆を呼んできてちょうだい」

「承知しました。ではC&Cメンバーの予定を確保した後、手伝いに参ります」

 

トキがそう言い残して部屋を出ると、セミナーの3人も自主的に行動に移り始めた。

 

「それならヴェリタスには私から声かけますね。ユウカちゃん、エイミちゃんとエンジニア部の子たちにお願いできる?」

「ええ、もちろん。コユキ、人数分の椅子と食器、確保してきてくれる?連絡終わったら運ぶの手伝うわ」

「了解でーす!あ、でもこのにんにくガニ食べてからにしません?熱い内に食べきっちゃいましょうよー!」

「いえ、今食べてる分で止めておきましょう。せっかく皆来るんですから、皆にもこの味を堪能してもらいたいです」

「ええー…!?もうちょい食べたかったなぁ…」

「気持ちは分かるけど、文句言わないの。この後の雑炊と炊き込みご飯の分の胃袋、残しておきましょ」

 

着々とタスクを積み重ねながらも、ユウカたちがにんにくガニを食べる手は殆ど止まっていない。それだけ蟹の味に夢中になっている証拠であり、その美味を互いによく知る仲間たちに分け合おうという姿勢を自然と見せていることが、リオには何故だか誇らしく感じられた。

すると、そんな会話の輪から自然に抜け出たヒマリがリオに近づき、彼女にしか聞こえない声で囁いた。

 

「…本音は、炊き込みご飯の方が良かったのでしょう?夜食を作るなら、そちらの方が作りやすいですものね?」

「…何の話かしらね」

 

そう言ってそっぽを向くが、誰がどう見ても図星を突かれたが故の反応にしか見えない。自分の予想が的を得ていたことを察し、ヒマリは笑みを深くした。

 

「ま、せいぜい感謝することですね。全員の希望も腹も存分に満たし、貴女個人のちょっとした我儘も叶えられるパーフェクトな案を瞬時に導き出した、この美と知と思いやりに満ちたエクセレントパーフェクトレディ、明星ヒマリちゃんの大いなる慈悲に!」

「…はいはい」

 

いつもの自画自賛を始めたヒマリを、これまたいつものように冷たくあしらいながら、リオは今のミレニアムを支える自慢の後輩たちのやり取りを温かく見守るのだった。

 

(―――あの人も、いつもこんな風に私たちを見守っているのかしら)

 

恩師がいつも見ている光景もこうなのかと、思い描きながら。

 

 

 

 

 

深夜。

人気もなく真っ暗な学園の一室に、唐突に灯がともった。

 

執務室の電気をつけたのは、一龍だ。今日はミレニアムと共同研究を行っているオデュッセイアを訪問し、グルメ食材や技術に関する支援を行っていたため、一日学園を留守にしていた。

今日の研究のレポートと簡単な資料整理を行うため、普段リオと共に職務を行っている部屋に戻って来た一龍だったが、自分の机の上に何かが置かれていることに気付いた。

 

───おにぎりだ。

 

机に置かれた皿の上には、赤い粉末混じりの炊き込みご飯のおにぎりと、添えられた沢庵。その横には汁物が入っていると思しきマグカップサイズの魔法瓶。そして皿に挟まれた一枚の書き置き。

 

『お疲れ様』

 

たった一言だけの短い言葉。だが一龍はその書き置きを見て、顔をほころばせた。

 

ふと悪戯心が湧いた一龍は、リオのデスク近くのごみ箱を覗き込む。予想通りくしゃくしゃに丸められた紙屑があったので、広げてみてみる。

そこには、大したものじゃない、とか、お腹が空いてなかったら、とか、様々なメッセージが書かれ、その全てがその上から何重もの線で塗り潰されていた。

 

改めて書き置きを見る。一体どれだけ言葉に悩み、考え過ぎて不安になるあまり何一つ言葉に出来ず、その果てに集約された「お疲れ様」だったのだろうか。

まるで、調月リオという少女の内面そのもののようなその書き置きに、慈愛に満ちた笑みを浮かべながら、一龍はおにぎりを頬張り始める。

 

「美味しいよ、リオちゃん。ありがとさん」

 

そう独り言ちながら、一龍は満足げにおにぎりを食べ進めるのだった。

 

 

 




セミナー面々の食事風景はこんなイメージです。

リオ…栄養素以外は求めていない
ユウカ…肉が付きやすい
ノア…かなりの猫舌
コユキ…食べ方がハムスターのそれ

次回はあーかいぶです。
それを挟んで最終回(前後編になります)の投稿を始めます。

それでは感想お待ちしております!
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