シャーレの先生 アカシア   作:電シャーク

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全4編の第2話になります。
前話をまだ読んでない方は、注意事項も含めて前回から読み始めていただきますようお願いいたします。


美食神とキヴォトスの未来②

 

「彼女たちがここに来たということは、今日から彼女たちも第0の一員という理解で良いのでしょうか?」

「もちろんだ。本日から彼女たち2名を代表として、百鬼夜行連合学院が第0ビオトープに加入することになる」

 

リンの問いかけをアカシアが肯定し、百鬼夜行連合学院の二人も小さく頭を下げた。箱舟組やゲマトリアも含め、これで9校目の加盟校だ。

 

「そして、彼女たちを招聘した理由だがここに居るナグサが、フルコースのひとつと接触していることが判明したからだ。そしてそれだけに限らず、百鬼夜行合学院に所属している学生が一名、フルコースの中に囚われていることも明らかとなった」

 

再びざわめきが会議場を満たす。

フルコースが単なる食材ではなく、獲得や摂取の過程で大きな災いを起こし得る危険な存在であるという話は聞いていたが、実際に生徒を拉致監禁する事例が発生していたというのは、全員にとって予想外の事態であった。

 

「ではナグサ。済まないが、君の右腕を皆に見せてもらえるか」

「…はい、承知しました。お見苦しいものをお見せしてしまいますが…」

 

そう言ってナグサが袖をまくると、包帯が巻かれた右腕が姿を現した。そしてそのまま包帯を解いていき、その下に隠されていたものが露わになった。

 

「っ、これは…!?」

 

思わず声が漏れ、サオリが慌てて自らの口を塞ぐ。

 

包帯の下のナグサの腕は、真っ黒に染まっていた。

染めているわけではないことは一目瞭然だが、腐っているかと言われればそうではない。型抜きのように腕だけを切り取り、無明の闇を貼り付けたかのような、そして見る者に否応なく嫌悪感を与える、そんな黒色だ。

 

「…この腕は数年前、“黄昏”に接触したことによりこうなりました」

 

ナグサが経緯をぽつぽつと語り出す。

 

数年ほど前、当時調停委員会の委員長だった七稜アヤメと副委員長だったナグサは、「花鳥風月部」と名乗る二人組に遭遇し、敗北した。ナグサは何とか逃げおおせたものの、アヤメは花鳥風月に囚われてしまった。

その時花鳥風月が使っていたのが”黄昏”で、ナグサはそれに触れたことにより右腕が黒化し、アヤメは黄昏の中に連れ去られたという。

 

「つまり彼女の言う”黄昏”が、星のフルコースのひとつだと?」

「ほぼ間違いなくそうだろう。後から説明するが、彼女の遭遇した黄昏の性質は、我々の世界における“魂の世界”と性質がよく似ている」

 

アカシアが重々しく頷く。新たなフルコースの存在が判明したのは確かだが、すでに生徒に被害が及んでしまっているという点については、受け止める他ない。脇に控える一龍や三虎らの顔が険しいのも、すでに最悪の事態が発生していたという事実に、歯噛みするしかないからである。

 

「…黄昏については、百鬼夜行連合学院内の伝説、もしくは怪談の一種として語られています。アカシア先生からの要請を受け、現在調査を進めてはいますが、いずれも信憑性の低い単なる噂話と片付けられていたため、確証のある情報には辿り着けていません。花鳥風月部についても同じです。…百鬼夜行の長であるにも関わらず、この体たらく。恥じ入るばかりです」

 

そしてニヤの表情もまた、彼女を知る者であれば目を疑うような、苦渋に満ちたものであった。自分のお膝元で発生していた、学院はおろかキヴォトスを揺るがしかねない大災厄の兆しに、今日まで気付けていなかったことに、忸怩たる思いを抱えていることが伺えた。

 

「…今でも、あの黄昏を思い出すと、震えが止まりません…あんなに怖ろしいものは未だかつて見たことも聞いたこともなく思い出すだけで、アヤメのことも、調停委員会のことも、もう何にも関わりたくないくらいで…!そうじゃないと、またあの黄昏が、やってくるんじゃないかって…」

 

悍ましい色に染まった腕を隠すように自分の身体を掻き抱きながら、ナグサは震える声で自らの罪を述懐する。アカシアとフローゼが沈痛な面持ちでナグサの背中を優しく撫で、気持ちを落ち着かせようとしていた。

 

「ナグサちゃんの腕を調べてみたが、黒く染まっている以外異常は見られなかった。だが全く動かすことは出来ない。ノッキングを行うことで一時的に動かすことは出来たが、それも短時間のみ。察するに、この腕は現在制御権を奪われておる」

 

ナグサの腕について次郎が説明を引き継ぐ。ナグサと出会ってすぐにアカシアは次郎と引き合わせ、腕の状態を確かめると共に、ノッキングを主体としたリハビリを実施し続けている。

しかし、次郎の技術を以てしても、一時的に動かせるようにするのが精いっぱいという有様だった。

 

「奪われた…失った、ではなく?そして何に?」

「伝聞だけの推測じゃが、おそらく”黄昏”と呼ばれる空間そのものに、じゃ。置いていかれてしまったという方が正しいかもしれんの」

 

黒服の呈した疑問に、次郎が答える。ノッキングの達人たる次郎ですら十全な回復が出来ない程の、呪縛じみた後遺症となると、確かに星のフルコースくらいの劇物、災厄でなければ為し得ない結果と見て間違いない。そしてそれは、ナグサの置かれた状況とその裏にあるフルコースの存在が、想像より遥かに厄介であると印象付けるのに十分だった。

 

「以前我々の世界における“裏の世界”についての話はしたな?」

 

アカシアの前置きに、生徒たちが揃って首を縦に振る。

 

裏の世界とは、この世の食材に未練を残し死した人間の魂、通称“食霊”が居着く空間で、その最深部は“魂の世界”とも呼ばれていた。この世界内では時間も空間も意味を為さないため、生身の人間では到底立ち入ることは不可能となっている。

 

「黄昏とは、我々の世界でいう魂の世界に近いものと考えられる。そしてこの黄昏に踏み入るには、特定の何か───我々の世界で言うなら、星のフルコースのスープであるペア。それと同等のものを摂取しなければならない」

「…つまり彼女が腕を奪われたのは、それを摂取していないのに黄昏に踏み込んでしまったから?」

「そう考えるのが妥当だろう。腕だけで済んでいるのは偶然か、花鳥風月部がわざとそうしたか…もしくは、行方不明になっているアヤメ委員長が庇ったか、だ」

 

アヤメの名が出た瞬間、ナグサが身を強張らせた。ナグサにとっては拭い去ることの出来ない深い傷だ。それを察したフローゼが優しく背中を撫でる。

 

「じゃあその…ナグサさんやアヤメさんを陥れた花鳥風月部って連中は、キヴォトスの星のフルコースのひとつをすでに入手している、ってことですか!?」

 

フウカの悲鳴じみた台詞は、その場に居た生徒たちが真っ先に思い浮かべ、そして口にしたくなかった予想だった。

 

「にゃははは。最悪の予想では、そうなりますねぇ」

 

しかし意外にも、ニヤが無闇に明るい口調でその予想を否定した。

 

「しかしナグサさんの証言では、彼女たちは黄昏に扉を開いた、とのこと。アカシア先生の世界でも、魂の世界に立ち入るには『食霊の門』というのを潜らないといけないそうですし。彼女たち自身が黄昏を手にしたわけではなく、黄昏を利用する道具───それこそ、門か扉を手に入れた、という可能性の方が高いとは思っていますよ。それに先ほど裏で、現在有力視されている仮説について伺いましたが、それが正しければ、黄昏を得たところでそれを制御する術まで得ているとは考えにくい。部分的に活用…もとい、悪用する術を得て暗躍している、と考える方が理にかなっています」

 

ニヤの言う通り、星のフルコースの専門家であるアカシアたちですら全容が解明出来ていないものを、容易く入手して容易く扱えるはずがない。そんなことが可能なら、とっくに百鬼夜行は花鳥風月部の手に落ち、学区外にもその悪名が広まっていてもおかしくないはずだ。

ほぼ全員がその理論に納得し、何人かは安堵の息をもらした。しかし唯一厳しい表情を崩さなかったリオが、その表情と声のまま指摘する。

 

「けれど、今愛清フウカが口にした最悪の予想だって、有り得ないわけではないわ。理にかなっているからといって、楽観視するのはいかがなものかしら」

「───流石に楽観視なんてしてませんよ」

 

その途端、ニヤの声が重く、鋭いものに変わった。

 

「花鳥風月の存在を廃れた伝承として、被害者であるナグサさんごと放置して無視を決め込んでいたのは、百鬼夜行を統べる部長として恥ずべき失態。今後は百鬼夜行における最優先捜索対象として、身命を賭して彼女たちの行方を追い、必ずやその尻尾を捕まえることをお約束いたします」

 

細い瞳を猛禽類のように鋭く尖らせ、百鬼夜行連合学院という巨大な学園の長としての威厳に満ちた声で宣誓する。

そして隣に控えていたナグサも、拳を強く握りしめながら、感情のままに言葉を紡ぐ。

 

「私も…親友を、あの恐ろしい世界に置き去りにして逃げ延びたことが、悔しくて、情けなくて、でも怖くて……ずっと見ない振りをしてきました。けれどもう、脅えてばかりなのは嫌。あの黄昏を乗り越える手段を、アヤメを救う手段を探したい…・!」

 

アヤメを黄昏に取り残し、一人逃げおおせてしまったという事実は、ナグサにとって最大の悔恨となって今も彼女を苛み続けている。アカシアから第0ビオトープへの参加を打診され、それを受諾したのも、アヤメを救出できる僅かな可能性に賭けて、勇気を振り絞ったが故だった。

 

そしてニヤとナグサが、同時に深々と頭を下げた。

 

「改めて、私たち百鬼夜行連合学院が、この第0ビオトープの一員として末席に座らせていただくこと、何卒ご容赦くださいませ」

 

言うまでもなく、それを否定する不心得者など居るはずもない。万雷の拍手で百鬼夜行連合学院が迎え入れられたのを見届け、アカシアが重い雰囲気を吹き飛ばすような快活な声で宣言した。

 

「よし、一旦休憩にして、ニヤとナグサの歓迎会としよう。用意した料理も、冷めてしまう前に食べたいしな!」

 

 

 

 

 




続きは来週の土日になります。

それでは感想お待ちしております!
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