後編は日付が変わるまでにはアップします。
「アカシア先生、失礼いたしますわ!」
ガララワニ食事会から二日後。
一通り書類を終え、昼ごはんの支度をしようかと考えていたアカシアのもとに、珍客が訪れた。
「いらっしゃい。初めましてだね。ゲヘナの子かな?」
「ええ、私たちはゲヘナ学園の『美食研究会』、私が会長の黒舘ハルナですわ!」
「会員の鰐渕アカリです~」
「同じく会員の赤司ジュンコ。突然の訪問、悪かったわ」
「獅子堂イズミです!」
「そうか、いらっしゃい。シャーレで先生を務めているアカシアだ」
ジュンコの言う通りアポなしの突然の訪問であったにも関わらず、アカシアは彼女たちを快く迎え入れた。
一方彼女たちを厳しい視線で見ているのが、今日のシャーレの当番である羽川ハスミだった。
「それで?アポも取らずに突然押しかけてきて、何の用です?いえ、大体分かりますけれど」
「お察しの通り、ガララワニですわ!聞くところによると、一口で舌がとろけるほどの絶品のお肉だとか!美食研究会として、是が非でもこの舌にその無比なる美味を刻まねば、とこうして駆け付けた次第ですわ!」
さあ出せ!と言わんばかりのハルナの態度に、ハスミが呆れたように溜め息をついた。
美食研究会の悪名はゲヘナの外でも広く知られている。勝手に料理店に押しかけて勝手に品評し、気に入らなければ店を爆破することも辞さないという、キヴォトス屈指の犯罪者集団。未だにヴァルキューレに逮捕されていないことが不思議でならないし、野放しにしているゲヘナには呆れ果てるばかりだ。
正直に言って力づくでお帰り願いたいところだが、短い付き合いとはいえアカシアの人間性を掴みつつあるハスミは、彼がこの申し出を断るはずがない、と理解していた。
「そうか、それは光栄なことだな。もちろん食べていきなさい」
アカシアの言葉はハスミの予想通りだった。
とはいえ先んじてガララワニを食べさせてもらっているハスミは、美食研究会が満足しないはずがないだろう、とも考えている。万が一彼女たちが暴れ出しても、アカシアならあっさり抑え込めるはずだ、とも。
「ただ、今日はトリニティの正義実現委員会の子たちも食べに来るからな。相席になるが、そこは勘弁してくれ。他校同士で交流を深めてくれるなら、ますます大歓迎だが」
そう、ハスミの頭を本当に悩ませていたのは、今日この後来る予定の同僚たち―――正義実現委員会の面々のことである。
ガララワニの肉を堪能したハスミは、ぜひ仲間たちにも食べてもらいたいと思い、アカシアと同僚たちの橋渡しをし、今日この日に食事会をセッティングすることに成功し、チナツに当番も代わってもらって、仲間たちの喜ぶ顔を想像しながら、万全の態勢で待っていた。
しかし突然割り込んできた珍客が、キヴォトスに名高いテロリスト集団となれば、仲間たちの警戒心は高まり、和気藹々とした食事会は望めなくなるだろう。
何とか席を離すか、時間をずらしてもらおうか、と考えていたハスミだったが、その思考をジュンコの声が遮った。
「…ねえ、正義実現委員会って、今このビルの玄関に大挙して来てる集団のこと?」
窓の外を指さすジュンコの声は、心なしか震えていた。
「何でか知らないけど、ゲヘナの風紀委員会も来てて…玄関前で正義実現委員会とにらみ合ってるんだけど…」
「キヒヒヒッ…!ゲヘナ学園…風紀委員会ィ…!」
「…ええそうよ、正義実現委員会。『トリニティの狂犬』の噂はかねがね聞いていたけど…噂以上の狂犬ぶりね?」
「おーおー、随分とご挨拶っすねぇ?ウチの委員長に何か文句あるんなら、高く買ってやるっすよ?」
「あら、体面だけは品行方正がウリのトリニティの割には、随分と気が短いですね?正義実現委員会というのは、トリニティのあぶれ者集団だったのかしら?」
「そもそもがあぶれ者集団のゲヘナにそんなこと言われたくはないですね。ゲヘナでは品性に劣る人の方が褒められるんですか?」
「めんどくさ…最初に絡んできたのはそっちだろ。狂犬だのあぶれ者だの言われても仕方ないと思うけど?」
『………あぁ?』
『………何よ?』
「一触即発ですわよ!?」
「な、何で風紀委員会が…!?」
肉を取ってくるから食事会場に案内してきてくれ、とアカシアに頼まれ、シャーレのオフィスビルの玄関口に向かったハスミ(と何故か着いてきた美食研の面々)だったが、あまりに剣呑な状況に出ていくことが出来ず、玄関の陰で様子を伺っていた。
「ハスミさんハスミさん…!」
と、そんなハスミに声をかける人物が居た。
風紀委員会の一員で、本来今日シャーレの当番だった火宮チナツだ。集団を抜け出し、こっそりシャーレのビル内に入ったところで、陰から状況を覗くハスミを見つけたのだ。
「あ、チナツさん!どういう状況なんですかこれ!?」
「私が聞きたいです!何でこの場にトリニティの方が居るんですか!?美食研の取り締まりならゲヘナの職務で…!」
「何でも何も…ガララワニの食事会に呼んだだけよ?そのために今日当番を代わってもらったんだし…」
「しょ、食事会…?そういえば…そんなこと言って…ああっ!!?」
正義実現委員会の食事会、という話を思い出したチナツが、ある可能性に気付き、顔を青くした。
「これ…双方勘違いしてる?」
「多分…」
ハスミも同じ可能性に思い至り、同じく顔を青くする。
全く訳が分かっていない美食研の面々が不思議そうな顔をして、説明をするように促すと、二人は嫌そうな顔を浮かべながらも解説し始めた。
「本来このシャーレの敷地内は、どこの学区にも属していない、非武装の中立地帯。そこにゲヘナのテロリストが襲来したので、同じ学校に所属する風紀委員会が、身柄を確保しに来た」
「けど現着したら、そこに居たのは他校の武装集団。自校の犯罪者を拿捕しに来た風紀委員会からすると、他校の人間が、非武装中立地帯で、その犯罪者を捕まえようとしているという、越権行為に見えてしまっている、と」
「そして正義実現委員会からすれば、美食研究会が来ていることなど全く知らないのに、明らかに有事に対応した武装集団が、食事会と聞いていたので装備等していない自分たちを、非武装中立地帯で敵意満面で待ち構えていた、という状況に見えている…」
「ただでさえ仲の悪いゲヘナとトリニティですから、第一印象からして最悪ですしね…」
つまりどちらも、「何でここに自分たち以外の武装集団が居るんだ」「自分たちを嵌める何かの罠か」と色めき立っている状況なのだ。
悪いことに、唯一状況を理解し、間を取り持てる可能性があったチナツも、今はそこに居ないので、誤解が自然に解かれる可能性はほぼ無いに等しい。
「私たち犯罪行為をした覚えはないんですが?」
「普段の貴女たちの行動を省みて下さい」
美食研の抗議はチナツが正論で一蹴して黙らせた。
実際、そもそも美食研究会がやって来ていなければ、こんな一触即発の状況は生み出されていなかったので、チナツの対応は当然といえば当然である。
すでに両委員会のボルテージは限界まで高まっており、いつ爆発してもおかしくない状況だ。犯罪者を捕まえに来た自分たちの仲間が、逆に犯罪者そのものになってしまう、という受け容れ難い結果に繋がってしまいかねない。
「とにかく、誰かが引き金を引く前に…」
「やあ、こんにちは」
そんな、緊張感のない声が響いた。
緊張で張り詰めていたハスミとチナツの後ろを、いつの間にかアカシアがすり抜け、対峙する二団体の中に入っていく。
アカシアから見れば、彼女たちが火花を散らし合っている、という認識はほとんどない。何だか雰囲気悪いな、とは思いつつも、数多の戦争や怪獣同士の喰らい合いを見てきた彼にとっては、スポーツ大会で対峙する両校、程度の感覚でしかなかった。片方は招待した客だし、もう片方は招待していないにしても、シャーレにやって来た生徒たちだ。肉もまだ充分あるし、歓待しない理由はない。そんなことを考えながら、常日頃と変わらない自然体で話しかけた。
―――が、それはあくまでアカシアにとっての姿勢であり、突然アカシアに割り込まれた彼女たちの反応は違う。
よく耳に通る穏やかな声に反応し、振り向いた先に居たのは、見上げる程巨大な御仏だった。
初めて目にしたアカシアは、そんな幻覚を見てしまうほどに圧倒的だったのだ。
もとより彼女たちは、どちらもキヴォトス屈指の武闘派として知られる集団だ。戦闘行動に通ずるからこそ、実力差は初見でも大体理解できる。
だから、アカシアを一目見た瞬間、戦える、だとか、自分は強い、だとか、そんな傲りは一切消え去った。
戦いにすらならない。戦いとすら認識してもらえない。
蟻の喧嘩を象が気にするはずがないように、例え抵抗しようとも、歯牙にも及ばす踏み潰されるだけだと、その場に居た生徒たちは皆、否が応にも理解させられたのだった。
「君たちが正義実現委員会の子だね?シャーレで先生を務めているアカシアだ。ハスミにはいつも世話になっているよ」
「あ、え、せせ、正義実現、いい委員会、の、委員長…剣先ツルギ…です…こちらこそ、本日は、お、お招き、いいいただき…」
「ははは、そんな緊張しなくても大丈夫だよ。今日はよろしく。それから君たちは…ふむ、ゲヘナの子たちかな?」
「は、はい。ゲヘナ学園風紀委員会の、空崎ヒナです。お騒がせしてしまって申し訳―――」
「いやいや、何も謝る必要なんてないさ。うん、せっかくだから君たちも食べていくといい。ハスミ、彼女たちも臨時食堂に案内してあげてくれ。私は追加の肉を取りに行ってくるよ」
それだけ言い残して、アカシアはスッとその場を去っていった。生徒たちが自分に気圧されている、ということを感じ取り、立ち去ったのだろう。
陰から一部始終を見守っていたハスミとチナツもようやく一息つき、自分たちの背後で、お化けを見たような表情を浮かべる美食研究会に釘を刺す。
「…美食研究会の方、食べるのは構いませんが、武器や危険物は今のうちに捨ててきてくれますか?万が一この後の食事会で何か起こそうものなら―――真っ先にアカシア先生が怒りますよ?」
『そ、そうします…』
美食研究会の面々も、荒事にはそれなりに通じているため、火花散る両校の間に何事もなく割って入ったアカシアが、いかに並外れているかを勘付く力はあった。そそくさと武器を車に置きに行くのを見て、ハスミとチナツはようやく各々の同僚のもとへ近づいて行った。
「大丈夫ですかツルギ?それと、風紀委員会の方たちも?」
「だ、だい、じょぶ…」
「私も、一応…アコ、立てる?」
「すみませんヒナ委員長、腰が抜けて立てないです…」
アカシアが居なくなったことでようやく緊張感から解き放たれた生徒たちは、ようやく呼吸の仕方を思い出したかのように、全員が脱力しきっていた。中にはアコのように、腰を抜かして立てなくなった者も少なくない。
「ハ、ハスミ…先に、言っておいて、ほしかった…心臓に悪い…」
「言いましたよ、アカシア先生は間違いなく、物凄く強いから、驚かないでくださいね、って」
「あー…そういえば言ってたっすね…いやでも、あれは想定外っすよ…腰抜かさない方が無理っす…」
「終始自然体でしたよね…?戦闘態勢とか入ってなかったですよね…?その状態であそこまで圧倒されるとか、本気出したらどんだけなんですか…?」
「私、戦闘力にかけてはキヴォトス最強だと自負してたんだけどね…」
「あ、あはは…ちょっと桁が違い過ぎましたね…」
「比べちゃいけないってありゃ…スワンボートの中に戦艦持ち込むレベルだろ…」
「…今さらですが、あの人を特定の学校や組織ではなく、シャーレの先生に任命した連邦生徒会の慧眼を褒めたいです…」
そうしてお互いに息を整えたところで、正義実現委員会と風紀委員会が改めて向かい合った。最初に切り出したのは風紀委員会だ。
「ごめんなさい。私たち風紀委員会が軽率だったわ。この通りお詫びいたします」
「う、ううん…私たちも…刺々しい反応、返しちゃったし…」
「そうっすね。私が挑発するようなこと言っちゃったから、互いにヒートアップしちゃいましたし。だから、正義実現委員会としての咎はアタシにあります。この通り」
「い、いえ!売り言葉だったとしても、買い言葉で返しちゃったのは私ですし、火に油注いじゃってますし…謝るならこちらも…!」
先ほどまでの剣呑な雰囲気は無くなって、互いの態度を反省し合い、謝罪の言葉を投げ合っていた。それが一通り済んだところで、ハスミが改めて声をかける。
「じゃあ、お互いに反省も済んだところで、仲直りの証として、両校の交友を深める食事会といきましょうか。食堂に案内しますよ」
「…えっと、アタシたちもいいんですか?」
「構いませんよ。今から断る方が、アカシア先生は悲しみますから」
アカシアの名前を出すと、再び全員がビクッとなった。
食事前に薬が効きすぎたわね、とハスミは苦笑するのだった。
この後、簡単な事情説明の後に美食研が合流し、全員に「こいつらのせいで」という目で睨まれたのだった。
正実と風紀が言い争うシーンのセリフは、上から順にツルギ→ヒナ→イチカ→アコ→マシロ→イオリの順です。コハルは不在。
後編は本日中にアップします…出来るはず、うん…。
感想お待ちしております!
どれが見たい?
-
前菜×梅花園
-
魚料理×セミナー+ヒマリ
-
肉料理×シスターフッド
-
メイン×連邦生徒会+カンナ
-
デザート×陰陽部