正義実現委員会、風紀委員会、美食研究会の全員が、揃って食事会用の臨時食堂の扉を開けた。
出迎えたのは、全身の肉を捌かれた後に残った、ガララワニの巨大な骨格標本だ。
「うおぉっ…!!」
部屋に入った者から続々と、骨格に圧倒される。ハスミの案内で各自席を取った後は、自然とその骨格標本の周りに人が集まる。横には捌く前のガララワニの写真も添えられていて、見比べて驚く声が絶えなかった。
「骨は触ってもいいですが、牙と爪の鋭さは健在ですので、切らないように気を付けてくださいね」
ハスミから許可をもらうと、次々にあちこち触り出し、生態に思いを馳せ始めた。
「顎すっご…車でも噛み砕けるんじゃない?」
「足の爪も見てくださいよ。牙と同じくらい鋭いですよ~」
「結構指がしっかりしてるのね。ぬかるんだ地面でも踏ん張り効かすためかしら?」
「足の関節の可動域、結構広いっすね。この巨体でジャンプして飛び掛ってくるとかマジっすか?」
骨の周りにたむろする者が多い一方、少し離れた箇所からその骨格全体が見えるように立っているのは、ヒナとツルギだ。
「ねえ正実の委員長、貴女ならこのワニ、タイマンで仕留められる?」
「…ケヒッ、苦戦するけど、多分。銃や爆弾は効き目が薄い、から…顎と尻尾の届かない…首の根元を…キヒヒッ、ヒャハハハハァ…!!」
「テンションの上がり所が掴めないわね貴女…けどやっぱりそういう戦い方になるわよね…うーん、私だとフィジカルに劣る分、もう少し苦戦するわねきっと…」
「身軽な方が、回り込めるんじゃない…?」
「それはそうだけど、写真見る限り皮膚が分厚いのよね。貫けるだけの力が足りないかもしれないの。やっぱり近接戦用の装備、もう少し充実させるべきかしら…?」
両校入り乱れて、様々な視点からガララワニについて語り合う様子は、正に交流会そのものだった。
「うん、みんな来てるな!肉持ってきたぞ!」
部屋に入ってきたアカシアの言葉に、全員が一斉に振り向いた。
アカシアが背負う、巨大な肉の塊。ルビーを思わせるような、その美しい照り輝きと、生肉であるにも関わらず香ってくる芳醇な肉の匂いに、生徒たち全員から歓声と感嘆の声が漏れた。
「今日用意したのは、ガララワニの尻尾の付け根の肉だ。ガララワニは部位による肉質や味の違いがあまり無くてな。内臓はまた食感が違うが、足が早いから、捌いた当日に集まった全員で食べてしまった」
アカシアがそう語ると、美食研始め何人かがハスミとチナツの方を羨ましそうに見た。ハスミとチナツは素知らぬ顔だが、どこか満足感と優越感を感じさせた。
「さあ、早速焼いていくぞ。鉄板の近くで見てくれて良いが、油ハネには気を付けてくれ」
すでに鉄板には火が通り、油が敷かれている。委員長二人が一番前にしゃがみ、そこを境界線として生徒たちが各々見える位置に陣取っていった。美食研の4人はちゃっかり委員長たちと同列の最前列を確保していたので、ヒナもツルギも若干嫌そうな表情を浮かべている。もちろん美食研の面々はそんなものは気にせず、アカシアへ次々と質問を投げかける。
「ワニ肉は一般的にもっと淡い色と覚えていましたが、ガララワニの肉は赤が濃いですね?」
「一般的なワニとは違って、ガララワニは活発に動くからな。ミオグロビン含有量が多いんだ」
「ということは、味も一般的な赤身肉に近いんですの?」
「いい視点だな。その通り、一般的なワニ肉が鶏肉に近い味なのに対し、ガララワニの肉は牛肉に近い。だから焼く時も、牛肉と同じ焼き方をする方が良いんだ」
「ち、ちなみにお値段はどのぐらい…?」
「うろ覚えだが、1キロ20万は下らないんじゃないかな」
『にじゅっ…!!?』
美食研のみならず、生徒全員から驚愕の声があがった。1キロ20万ということは、100グラムでも2万円。彼女たちの想像を遥かに超える、超高級肉だ。そんな凄い肉を、こんなに容易く食べさせてもらっても良いのか。そんな躊躇いが芽生えつつあった。
しかし当のアカシアはそんなのお構いなしに、ついに肉をカットし始めた。
その切り方があまりに豪快だったので、生徒たちからさらに驚きの声があがった。
「お、大きくないですかアカシア先生?まさかそれが一人前ってことはないですよね…?」
今切られた肉は、少なく見積もっても500グラムはある。値段に直せば10万円以上だ。そんな塊を次から次へと切り出していくのは、目の前で金塊が切り分けられていくようで、少し心臓に悪い。この後その金塊が、自分たちに無償で配られるというのだから尚更だ。
「もちろん一人前だ。焼きやすく食べやすいように、もう半分ずつにカットするが…ああ、遠慮はいらんぞ、本当に。何ならお代わりも自由だ。いくらでも食べていってくれ」
お代わり自由と聞いてアカリが途端に色めき立っていたが、それは無視しつつ、ヒナが皆の気がかりを代表して尋ねた。
「あの…予約していた正義実現委員会の人たちならともかく、何故飛び込みの私たちや美食研なんかにまで…?せっかくの高級肉なのに、これほど大盤振る舞いしていただくのは、とても申し訳ない気持ちになって…」
「うーん、本当に気にしなくていいんだけどなぁ」
ヒナの心底申し訳なさそうな申し出に、アカシアは苦笑する。
「ありきたりな言い方になるが、私は人が美味しそうに食事をしている姿を見るのが何より好きでね。それが自分の獲ってきた食材だったり、自分に近しい人間だったりすれば尚更だ。だからまあ…これは、私の自己満足に近い行動でね。自分が獲ってきたガララワニを、自分の生徒たちが食べて美味しいと言ってくれるのが、楽しみで仕方ないんだ」
にっこりと微笑みかけるアカシアに、ヒナも、他の生徒たちも、何も言えなくなった。
彼が語る望みが、嘘偽りなく100%の本心からの台詞であることが、はっきりと感じ取れたから。
「…素晴らしいですわ、アカシア先生」
普段から食への真摯な姿勢を自他に厳しく求めるハルナも、感服するほかなかった。美食に対する思いが、自分ではなく他人の満腹と幸福に向いている。本人は自己満足と謙遜するが、それが聖人の在り方でなくて何なのだろう。
「さあ、待たせたな!肉を焼くぞ!」
厳かな雰囲気になりかけた場を、アカシアの呼びかけが引き戻す。
鉄板に乗せられた肉が、ジュウッ!と小気味良い音を立てて焼け、芳しい匂いが全員の鼻に届き、唾液腺を否応なく刺激する。
「各自皿を持って並んでくれ!予約していた正義実現委員会の子たちから先だ。貰ったら席について、各自食べ始めてくれて良いぞ!冷めたら勿体ないからな!焼き加減はミディアムだが、調整してほしい者は言ってくれ!いただきますを忘れずにな!」
その言葉に、我先にと生徒たちが釘付けになっていた鉄板から離れ、皿を片手に整列する。
先頭のツルギが皿を差し出すと、250グラムの肉が2枚乗せられ、さらにその上からグレービーソースとマッシュポテトが乗せられた。ツルギが瞬きした瞬間には完成しており、その早業に驚きつつも、席に戻った。
立ち昇る肉の香りに恍惚とし、思わず涎が滴り落ちる。床に落ちてないか気になったが、皿から目が離せず、振り返れないまま自席に戻った。
「い、いただきます…!」
委員長として、部下の着席を待つべきだったかもしれないが、正直我慢が利かなかった。「待て」を解かれた犬のように、即座にフォークとナイフで一切れ切って、口に運んだ。
「―――――!!」
口の中に入れた瞬間、爆発した。
いや、肉が、ではなく。旨味が爆発した。
圧倒的な味の奔流。肉の美味さが渦潮のように口の中を覆いつくし、瀑布のように喉を滑り落ち、間欠泉のように美味さが脳を突き抜ける。
「っ…!!っ、っ―――!!」
濃厚なのにくどくない、肉と脂の味。
どんな獣でも惹き寄せる、媚薬のように芳醇な香り。
ワタアメのように柔らかく、儚く溶けていってしまう食感。
味も、食感も、匂いも、これまでの人生で食べてきた、どんな肉より―――否、どんな料理より勝る。
ツルギは今この瞬間、トリニティに残している仕事や周りの部下、心を重くする悩み事、それら全てを忘れ去り、目の前の肉に夢中になっていた。
「うっ、まぁ…!!」
「…!!…!!」
それはツルギに限った話ではなく、真っ先に肉を貰った正義実現委員会の面々は、もれなく全員が委員長と同じく何も話せず、何も考えられず、ただ肉の美味しさに恍惚として、夢中になって頬張るだけの生き物と化していた。
もちろん、美食研究会も、風紀委員会も、同じ運命を辿ることになる。
「か、会長…!!これは…!!」
「ええ…比べるべくも…ないですわね…!!」
ジュンコとイズミが蕩け切った顔で肉を味わう一方、ハルナとアカリは比較的冷静さを…保っているように見えて、眦から一筋の綺麗な涙が零れ落ちていた。
「食材から調理、料理人の姿勢に至るまで、正しく完璧…!これまで食べてきた全ての料理の中で、断トツの一位に間違いありません…!」
「ふふ、そう言ってもらえると、ホスト冥利に尽きるな」
振り返るとアカシアが立っていて、ハルナたちの皿の横にそっとグラスを置いた。
「飲み物のサーブだ。ミネラルウォーター、烏龍茶、ワイン…の代わりにグレープジュースだ。どれが良いかな?」
「まあ、
肉料理に合う飲み物は様々だが、純粋に肉の味を楽しむならばミネラルウォーター、胃もたれを防ぐなら烏龍茶、食欲増進ならばワインが良いとされている。グレープジュースにしたのは未成年故の配慮であり、ステーキを提供する上での最低限の知識として万全の準備を整えていたのだ。
「それではミネラルウォーターをいただけますでしょうか、アカシア先生」
「では私は、グレープジュースを~!他二人もそれで構いませんよ~」
もちろん、と頷いて、アカシアは美食研の全員分のグラスに飲み物を注いでいった。
その後ろでは、風紀委員の皆が、舌鼓を打っていた。
「はぁ…すっごく美味しい…!」
ヒナが思わず感嘆の息を漏らす。
普段ならアコ辺りが素早く反応しそうな色っぽい息の吐き方だったが、そのアコも含め風紀委員は皆ステーキの美味しさに耽溺しているため、誰も聞いていないようであった。
普段のヒナは、どちらかというと食が細い方だった。
そのため、今日肉を焼いている時に、一人500グラムと聞いてたじろぎ、皿に盛ってもらう時に1枚だけにしてもらおうとしたのだが。
(―――いや、君はもう少し食べた方がいいな。2枚乗せておくから、食べきれないと思ったら、部下の子に分けてあげればいい)
そう言って押し切られ、2枚乗せられてしまったのだ。
複雑な気持ちだったが、一口食べた瞬間に、火山が噴火するように食欲が湧き出し、気付けば今、2枚目を食べ終えようとしている自分が居る。
(…思えば、最近はカロリーバーやインスタントラーメンばっかり食べてたっけ)
風紀委員会の激務に追われ、食事の時間なんて取る暇もなく、適当なものでばかり済ませていた。そのせいか食事に対する欲求というのも薄くなり、自然と食も細くなってしまっていた。
おそらくアカシアは、自分を一目見て充分な食事がとれていないことを察したのだろう。この美味しすぎる肉を食べたことで、眠っていた自分の味覚や食欲が、息を吹き返した感覚がある。
「…うん、明日からはもうちょっと、食事をちゃんと取るようにしようかな」
思えばこれは、アカシアから自分への食育だったのかもしれない。
アカシアの姿を探すと、どうやら各テーブルを回って飲み物を注いでくれているらしい。
来たらお礼を言って、それからお代わりも貰おう。
そう決めたヒナは、残り少なくなった2枚目のステーキに、再び手を伸ばしたのだった。
全員分の飲み物を注ぎ終わって、鉄板の前に戻ったアカシアがお代わりを焼くぞ、と宣言すると、ほぼ全ての生徒がお代わりを要求した。
ガララワニの肉の味に恍惚としていた生徒たちも、二皿目以降は喋る余裕も出てきて、口々にその美味しさを伝えあい、褒め合い、写真を撮るなど和気藹々とした雰囲気になった。
誰からともなく、正義実現委員会と風紀委員会が入り混じって喋るようになり、互いの学校の自慢や愚痴、はたまた腕相撲なども始まった。
もちろんお代わりも活発で、美食研のアカリに至ってはすでに10キロ近く平らげている。他のメンバーも少なからずお代わりをしており、味の感想等を口々に話し合っていた。
ツルギはイチカやマシロと共に、補習部の活動のため来れなかったコハルへのお土産をどうしようか、と話し合っている。
ヒナは最終的に750グラムを平らげ、満足げにお腹を押さえていた。アコはそんなヒナを甲斐甲斐しく世話している。
そんな様子を眺めるアカシアの顔は、とても満足げだった。
「嬉しそうですね、アカシア先生」
アカシアと同じくホスト側でありながら、密かに1キロ分食べていたハスミが声をかける。彼女もまた、非常に満足げな表情だ。
「ああ、先日ハスミやチナツ、ユウカやリンに振舞った時もそうだったが…やはり、美味しい食事を食べて皆が笑顔になっているこの雰囲気は、何度味わっても良いものだと…そう実感していたのだよ」
「私も、今回ホスト側に回らせていただきましたが…アカシア先生のお気持ち、分かります。突然の来客もありましたが、その方も含め全員が笑顔になっていることが、凄く嬉しい…凄く心が満たされて、満腹な気持ちです」
普段から犬猿の仲であり、ハスミ自身も嫌っているゲヘナの生徒が、美味しい食事で満たされている様子を見るだけで、こんなにも幸せな気持ちになるなんて、思っても見なかった。
「アカシア先生、改めて、ありがとうございます。このような素敵な場を…高価で貴重なお肉を惜しげもなく振舞ってくださって…」
「こちらこそありがとう。ハスミがこの美味しい肉を、みんなにも味わってもらいたいと、そう思ったからこそ実現した場だよ。誇るといい」
提案時にもアカシアに素晴らしい、とお褒めの言葉をいただいたが、こうして大成功を迎えた上で改めて褒められるのはより嬉しく、顔が自然とほころんだ。
「それに…うん、これは私の勘だが。これからきっと、このガララワニと同じか、それ以上に美味しい食材が、このキヴォトスに溢れかえることになる。ひょっとしたら、それを美味しく調理できる料理人も…いや、それは望み過ぎか」
「それはどういう…?」
「おそらくこのガララワニなら、彼女たちでも仕留められるだろう。しかし、これよりも美味しいが、遥かに強い猛獣も現れるようになる。その時には、ここに居る正義実現委員会と風紀委員会、場合によっては美食研究会の子たちも、協力しなければ斃せないかもしれない」
先日の食事会で、アカシアが話してくれた内容を思い出す。
グルメ細胞と、それを搭載した猛獣たちの強さ。骨格だけで圧倒されたあのガララワニですら、アカシアの世界では下から数えた方が早い位置に居たという。それより強い猛獣となれば、確かにゲヘナとトリニティで手を取り合わなければ相手にならないだろう。
以前の自分たちなら、ゲヘナと協力して共通の敵に立ち向かう、なんて考えもしなかった。しかし今、こうして同じ釜の飯を共にした両校ならば。
「両校力を合わせて仕留めたその猛獣は―――」
「間違いなく、ガララワニ以上に美味しい、ですよね?」
アカシアが言おうとした言葉を、ハスミが引き継ぐ。
一瞬呆気に取られたアカシアだったが、すぐに大きな声で笑い始めた。ハスミもつられて大笑いし始める。
「お、何やらアカシア先生とハスミ先輩が良い感じっすよ!何の話してるんすかー!?」
「な、なあ風紀委員長…私と貴女の二人で、アカシア先生に、腕相撲挑んでみない…?」
「無謀ね…けど、乗ったわ。私もアカシア先生の実力、直に確かめてみたいもの」
「アカシア先生、今日ステーキに使ったグレービーソースについてご質問したいのですけれど―――」
「おかわりくださーい♡」
アカシアも巻き込んで、食事会の盛り上がりは冷めることなく。
この日、昼ごろから始まった食事会は、外が薄暗くなるまで続き、1トン近い肉が消費された。
そしてこの日を境に、トリニティの正義実現委員会とゲヘナの風紀委員会の関係は非常に良好なものとなり、共同で犯罪集団や猛獣に挑むことが多くなったという。
それぞれの台詞が誰のものかは、声を想像しながら読んでいただければ。
余談ですが、ヒナとツルギの捕獲レベルは5~6ぐらいを想定しています。
あくまでこの時点では、なので、今後グルメ細胞の摂取、成長具合で、グングン伸びていくかと。
あとアロナは食堂端っこに置かれたタブレットから恨めしそうに見てます。GTロボ出来るまで待っててね…。
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