とある暗部の少女救命(サルベージ)   作:エビセン

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第二章 悪夢は光を呑み干す Tranquility_is_over.②

 

 金髪碧眼の友人を、フレンダ=セイヴェルンを死の確定した未来から救い出す。

 加納神華は確かに決意した。

 しかし救う助けると口に出すのは簡単だが、現実の問題としてどう動く?

 まだ5W1Hの内、WhoとWhatしか判明していない。何時、何処で、何故、どのようにして金髪の少女は命を落とす事になったのか。

 事件が起こったのは黄昏時だったが、一体何月の何日だ?

 あの陸橋は具体的に第何学区何丁目の何橋だ?

 フレンダ=セイヴェルンが死亡した理由は?

 ストレートにあの茶髪の女が金髪の少女に何かした?  それとも、金髪の少女は不可避的な事故の被害者で、あの女はパニックになって少女の体を引き回していただけだった? 

 仮に単なる事故だったとしてその詳細は?

 それらを全て特定するとまでいかずとも、いつ、どこで、くらいは調べなくてはどうすることもできないだろう。

 また、あの尋常でない傷口は、加納が生活するような真っ当な環境で生じるものだとは思えない。学園都市の裏側。少年にとって実在していることすら昨日まで信じられなかった場所であり、最悪を極めた弓箭猟虎や、フレンダ=セイヴェルンのもう一つの顔が棲む世界。

 しかしそんな世界への接点など少年には皆無だ。もはやオセロの裏表どころか、座標的には重なっていてもレイヤーが異なるため観測すらできない、というレベルに近い。強いて言うならば友人であるフレンダそのものがそうか。

 

「そうだ……! フレンダに連絡……!!」

 

 当たり前といえば当たり前の行動だが、パニックのあまり加納の頭から抜けていた。一人きりでなんとかしてなくてはならない訳ではないのだ。別に少年は孤独なヒーローではない。 警備員(アンチスキル)風紀委員(ジャッジメント)は勿論、フレンダ本人に協力を仰いだって良い。

 フレンダの端末は先日弓箭に破壊されていたようだが、SNSのチャットサービスを使ったやりとりならば加納も就寝前にしたばかりだ。デスクトップPCか予備の端末かケータイゲーム機か。種類までは知らないが、なんにせよ連絡はできる。

 本人が例の場所に近づかないようにすれば。なんなら夕方は外出しないようにお願いするだけでも未来は変わるかもしれない。

 早速、加納は手持ちの端末を震える指先でなぞり、慎重に文章を打ち込んでいく。

 

 

『こんな時間に悪いけどフレンダに『インディアンポーカー』の件で伝えないといけない事が二つあるんだ

 一つはダイヤノイドで話した例の『インディアンポーカー』は予知能力者の夢を封入したものでその夢の内容は未来の現実そのものだってこと

 もう一つは ぼくがそのカードを使った見た夢にはフレンダの死体が映っていたこと

 時間も場所も正確な事は分からないけど夕方の陸橋できみは茶髪の女性に引き摺られてた

 だから気をつけて これがフレンダの言う『暗部』の

 

 

 そこまで打ち込んだ瞬間だった。

 紙飛行機のアイコンをタップする暇もなく、『FUKIDASHI』のアプリが落ち、ホーム画面に戻されるのだ。

 

「?」

 

 加納は小首を傾げつつも、もう一度同様のメッセージを入力しようとアプリを立ち上げようとする。

 しかし画面にはこうあった。

 

 現在『FUKIDASHI』は使用できません。

 起動できない原因として以下のものが考えられます。

 アプリケーションをアップデートをしていない。

 端末のOSをアップデートしていない。

 通信環境に問題がある。

 アカウントが不正にアクセスされている。

 不正アクセスの疑いがある場合は、こちらのお問い合わせ窓口まで。

 

 一通りSNSを巡回するが、広範囲でのアプリの不調があるという書き込みは見受けられなかった。先程まで問題なく使用できていたのだ。一時的な電波の不調だろうと加納は結論づける。

 しかし。

 

現在『FUKIDASHI』は使用できません。

 

現在『FUKIDASHI』は使用できません。

 

現在『FUKIDASHI』は使用できません。

 

 加納が何度ログインを試みても、同じ表示の繰り返し。深夜という時間帯もあってか、人間味を感じない文章が孤独感を与え、加納の心臓を締め付ける。

 通信環境の改善、アップデートの再試行、キャッシュデータのクリア、サブアカウントの作成。何を試しても表示は変わらない。24時間対応の公式窓口への連絡すら繋がらなかった。

 状況を不信に思った加納は『警備員』(アンチスキル)『風紀委員』(ジャッジメント)に通報しようとするが、こちらも全滅。

 明らかに普通ではない。

 まさか。

 

「違う……! もしかしてこれ、只のアプリの不調じゃない……!? ぼくがフレンダに伝えようとした内容が『裏』の世界のタブーに触れたのか……!? それで、向こう側からぼくの端末の方に攻撃してきた……!?」

 

 いいや、これが『裏』の世界からの攻撃なら、SNSのアカウント停止程度では済まないはずだ。これは『警告』。こちらはお前の個人情報など当然握っている。こちらにこれ以上近づくならば、お前程度如何様にもできるぞ、と。

 その事実に気が付く頃には、ぶ厚いカーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。

 おかしい話ではない。むしろ、『裏』の世界を生きるフレンダと単なる一般市民に過ぎない加納が日常的に連絡を取り合えていた過去の方がおかしいくらいなのだ。これまで見過ごされていたのは、彼女の方から線引きをして『裏』側の因子やエッセンスを持ち込まないようにしていたからなのだろう。彼女が空港で疫病の輸入を防ぐ防疫官のように瀬戸際で食い止めていた。

 しかし、今回は加納側からその一線を踏み超えた。日本では清浄化された狂犬病に、海外旅行中の日本人が罹患してしまうように、こちら側から『裏』の世界に触れようとした結果、こうなった。

 加納神華とフレンダ=セイヴェルンを繋ぐ糸はこのアプリしかない。

 ここにきて、加納は金髪碧眼の友人の電話番号や住所、通う学校どころか、本当に学生なのかすら知らなかったことに気づかされる。信用されていないのではなく、あえて連絡経路を一か所に絞ることで『秘密』を隠しやすくしていたのだろう。その気遣いが今はもどかしい。

 二三〇万人が住むこの街を闇雲に探して見つけるなんてもっての外だ。

 認めるしかない。

 金髪の少女や『警備員』(アンチスキル)に危機を伝えることはできず、加納一人で予知の真相に迫り、直接彼女を助けなくてはならないのだと。

 すると自然と最初の課題に立ち返ることになる。

 

「ぼくと『裏』の世界に接点なんてないぞ……?」

 

 結局この振り出しに戻ってきた。

 フレンダの妹のフレメアに聞くという手もあるが、流石に幼い彼女までは巻き込めない。思考を振り払うように頭を振る。

 加納神華は『裏』の世界の住民ではない。精々ダイヤノイドで『裏』の戦いに巻き込まれた程度の存在でしかないのだ。芸能人と知り合いというだけで偶然カメラに映り込んだくらいでは、自分は芸能界の人間ですと言えないのと同じようなものである。

 そうしてあれこれと頭を悩ませる加納の脳裏に、ある単語がよぎった。

 

「……ダイヤノイド?」

 

 天啓でも降りたかのように加納は目を見開く。

 『裏』との接点についてではない。この閃きはもっと手前、フレンダ=セイヴェルンの足取りを直接掴むアイデアだ。

 

「そう、ダイヤノイドだ! フレンダはダイヤノイド上層のマンションエリアに部屋を持ってる! そこに入ることができたら……!!!」

 

 あくまで加納は少女から部屋を持っていると聞いただけ。素性を隠したがる彼女が口にしたということは三六五日住んでいるような拠点ではないだろう。

 それでも、拠点は拠点だ。金髪の少女の足取りを掴む取っ掛かりにはなるだろう。電話番号、郵便番号、本住所、籍を置く学校、利用する能力開発機関、その他個人情報。どれか一つでも判明すれば正体不明の少女の身元にぐっと近づける。

 方向性は定まった。

 『警備員(アンチスキル)』や『風紀委員(ジャッジメント)』はおろか、少女本人にすら頼ることはできない。

 危険度は測定不能、期限は今日の夕暮れにはもう訪れるかもしれない。

 それでも。

 学園都市の『暗部』を相手にした、小さな少年の孤独な戦いが始まった。

 

 

 

 

 

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