とある暗部の少女救命(サルベージ)   作:エビセン

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ハッピーバースデー、加納神華。






……………お久しぶりの更新です。


第二章 悪夢は光を呑み干す Tranquility_is_over.⑤

 

 

 

 じゅうじゅうと、香ばしい肉の焼ける音と香りが部屋中に広がっていた。

 部屋の中央に鎮座するちゃぶ台のさらに中心、目玉焼きの黄身のように君臨するのはファミリーサイズのホットプレート。鉄板の上に続々と投下されるのは、鶏、豚、牛に羊に至るまで。あらかじめ味付けのなされた、肉、肉、肉。おまけのようにプレートの隙間を埋めるのは工場でカットされたパック詰めの野菜類だ。栄養バランスを考えているにしてはあまりに物寂しい緑黄色の量は、それらがあくまで箸休めに過ぎないことを言外に語っていた。

 学園都市第七学区。

 身長一三五センチのミニマム高校教師、月詠小萌の住まうボロアパートの一室。その体躯に反してミニマリズムとは無縁の、ビールの空き缶と山盛りの灰皿にの散らばった四畳半の空間にて、三人の人間が食卓を囲っていた。

 

「はーい、早速薄切りの豚タンが焼きあがりましたよー? 結標ちゃんとー、ええーと、家出少年ちゃん?」

 

 一人目。甘ったるい声に反してテキパキと素早い動き食材を分配していくのはこの部屋の主にして見た目女子小学生の高校教師、月詠小萌。

 その服装はいつの間にか、桃色のワンピースから緑のウサ耳パジャマへと切り替わっていた。着替えるにしてもこの部屋(ワンルーム)に仕切りらしい仕切りは無いので、押し入れにでも潜り込んで早着替えしたのだろう。小柄な身体も使いようだ。

 

「いただこうかしら」

 

 そして二人目。異様な空間にも関わらず涼しげな顔で食材を受け取っているのは、この部屋で居候をしているらしい女子高生、結標淡希。その容姿は長い赤髪を二つ結びにし、胸元の地肌にサラシを巻き、その上から名門霧ヶ丘女学院のブレザーを軽く羽織っただけという、異様な出で立ちをしている。それでも、彼女が日夜学園都市の『暗部』にて裏稼業に勤しんでいることに比べれば格好の方はまだマトモだと言えるか。

 

「……か、加納、加納神華、です。……ええと、その、月詠……先生」

 

「はーい。自己紹介ありがとうございますですよー。家出少年君改め加納ちゃん。ちなみに先生のことは気軽に小萌先生、でいいのですよー? なんなら結標ちゃんみたいに呼び捨てでも構いませんしー」

 

「……それじゃあ小萌先生、ぼくも一枚もらい……いただき……ます」

 

 最後に、三人目。慣れない敬語に悪戦苦闘しつつ、このあり得ない状況に逆らうことができず流されてしまった一二歳くらいの少年、加納神華。いつものフード付きジャケットや空色のインナーは丸ごと脱がされ、現在は謎の女性教師のパジャマの予備、すなわち色違いピンクのウサ耳パジャマで全身を覆っている。

 以上三名。

 ウサ耳パジャマが二名。さらしブレザーが一名。中心にはちゃぶ台。そして大量の肉を乗せたホットプレート。

 大変昭和の香り漂うボロアパートの一室にて、焼肉パーティーとパジャマパーティーが同時並行で開催されてしまっていた。

 意識の無い間に二羽のウサ耳パジャマの内の一羽となってしまった少年、加納神華は、あまりに目まぐるしい現実に向き合うため、今現在に至るまでの過程を脳内で振り返ることにした。

 

 事の始まりは加納が予知能力者の夢を宿した『インディアンポーカー』を入手したことだった。そしてその情報を嗅ぎつけた『インディアンポーカー』専門のカツアゲに狙われて襲われた際に、偶然『インディアンポーカー』関連の事件を追っていた友人、フレンダ=セイヴェルンに救出される。その後訪れた巨大複合商業施設ダイヤノイドにて、フレンダが追跡していた事件の犯行チームの一人から襲撃を受ける。こちらについても弓箭猟虎と名乗るその少女を主にフレンダの活躍によって撃破、その日は無事に帰宅することに成功する。

 しかし就寝前に加納が使用した例の『インディアンポーカー』によって、信じ難い未来が明らかになった。──フレンダ=セイヴェルンの死。その死の真相を突き止め、運命を変えるべく、加納は再びダイヤノイド上層フロアへ侵入を試みる。変装により中層の警備を搔い潜り、上層フロアへ足を踏み入れた加納の前に、『暗部』の一人、結標淡希が表れる。加納をあくまで一般人として扱い、心を折ろうとする結標との戦闘の最中、フレンダの部屋に侵入することに。その部屋には『暗部』のフレンダに接続できるようなものこそ無かったが、何より大切な少女の『本性』があった。

 その『本性』に自ら敗北を認めた結標は加納の意識のみを奪い、このアパートに連れてきたのだった。

 

「加納ちゃんはー、ちょうど成長期真っ盛りなんですからー、お客さんだからって遠慮しないで、たくさん食べてくださいねー?」

 

「……あなたに成長期について語られると釈然としないわね」

 

 結標はそうぼやきつつも、ホットプレートの端から野菜類をつまんでは焼肉のタレにすらつけずに食べている。

 

「あーっ! 結標ちゃんも端っこの玉ねぎとかピーマンばっかり食べてないでお肉もバランスよくですねー? ヘルシー指向そのものが悪、とまでは言いませんがー、基礎代謝が落ちてしまうとカロリーだって消費されにくくなりますし、結果的に肥満になりやすい身体になっちゃうのですよーっ!!!!」

 

「はいはい、分かってるわよ」

 

 ヒラヒラと手を振り受け流してはいるものの、加納には本気で嫌がっているようには見えなかった。他人のお節介など気に求めなそうな結標が、小萌に対しては彼女から指導を楽しんでいるような雰囲気すら醸し出している。

 事情を知ってか知らずか、小萌が『暗部』の人間すら居候させてしまうのはこういうさらりと懐に潜り込む力によるのだろう。

 その力は加納もよく知る金髪の少女のそれに近しいのかもしれない。

 少年が小萌の存在に少し頬を緩ませたところだった。

 お茶の間に雷が落ちた。

 いい加減ハッキリさせておこう。

 

「なんなのッ!? 一体なんなのこの状況はッッッ!!!!!!!?」

 

 ズギャーン!!! と、ついにこの異様な世界に耐えられなくなったピンクウサ耳パジャマの加納が勢いよく立ち上がり絶叫した。

 数秒、時間が凍りついたように世界が固まる。

 ベニヤ板で補修した天井の穴から、ヒュルリと風が抜ける。

 その風が優しく女性教師の頬を撫でた。上機嫌に缶ビールのプルタブに指をかけたまま固まっていた緑ウサ耳パジャマの小萌また、少年に呼応するように全てを思い出す。

 

「そーいえばそうなのですよー!!! 結標ちゃん!!! 一体この子はどこの誰でーっ!!!!!!! 結標ちゃんは何のつもりで先生の部屋に連れてこられたんですかーっ!!!!!!!!!」

 

「そうね、そろそろいい加減説明しておこうかしら」

 

 赤毛の少女のの表情から常に浮かべていた薄い笑みが消える。加納は

その顔を知っていた。あるいはダイヤノイド高層、フレンダ=セイヴェルンの『秘密基地』にて加納の意識を奪う前に見せた表情。あるいは、フレンダ=セイヴェルンが加納にインディアンポーカーについて尋ねた際の顔。昆虫の複眼やカメラのセンサーに似た、感情の無いあの目だ。

 感じる。レバーを切り替えたように、彼女の中で日常と『暗部』が切り替わったのだ。

 加納の背筋が伸びる。足の痺れとは無関係に、正座したままの膝が震えだす。

 きっと初めて見る表情なのだろう。小萌先生も固唾を飲み、じっと赤髪の少女を見つめていた。

 結標の、しなやかな人差し指の先が震える加納に向けられる。

 口を開く。

 

「その子は私の弟よ」

 

 まるで一部の隙も無い、カンペキな真顔だった。

 あまりの大ボラに口をぼんやりさせたままフリーズする加納をよそに小萌先生が絶叫する。

 

「それ絶対冗談ですよねーっ!? 先生の専攻は『発火能力(パイロキネシス)』ですけど一応心理学のプロでもあるんですからね!!! どんなにシリアスなお顔をしても、先生に嘘は通じませんよー!!!」

 

「ええそうよ。でも、彼はそんな嘘をついてでも貴女の元に置いておきたいくらいには訳アリなのは本当よ。分かってもらえたかしら?」

 

 うーん、分かったようなはぐらかされたような……と、呟きながら、

ホットプレートに、キッチンペーパーを使って油を広げる小萌。なんやかんや焼肉パーティーを中止するつもりはないらしい。

 作業がひと段落した小萌先生はやっぱり気になるのか、今度は加納に向けてパワーを爆発させる。

 

「こなくそーっ!!なら家出少年ちゃんに聞くだけなのですよー! それで加納ちゃんは一体全体どんな理由で家出してきちゃったのですかー?」

 

「そ、それは……」

 

 弁明の言い訳が思い付かずしばらく固まっていた加納だったが、いざあちら側から詰められると弱い。まさか友人が死ぬ予知夢を見たから。などとは言い難い。学園都市の能力者を管理する教師の力そのものは借りたいのだが、加納神華は現在『警備員』(アンチスキル)に連絡できないよう携帯端末を制限されている。その警告じみた状態を無視して教員、ひいては『警備員』《アンチスキル》への連絡を行えばどうなるか。『暗部』とやらがどんな脅威を差し向けてくるか予想がつかない。例え可能性の話であっても、こんな危険な事件に見ず知らずの自分をここまで心配してくれる人をを巻き込みたくない、というのが、少年の本音だった。

 

「ごめんなさい……ぼくは……」

 

そんな加納の内心を見透したかのように、月詠小萌は缶ビール片手にこう続けた。

 

「別に言いたくないのでしたら無理に言う必要もありませんよー。ですけど、言いたいと感じたら是非相談してくださいね? 我々教師は、どんな事情を抱えていても生徒ちゃん達の味方ですから。大体結標ちゃんなんて、未だに学校に行ってない間何してるか教えてくれないんですよーっ!」

 

 何があっても味方だと、なんでもなさそう語る小萌に、加納はあの金髪の少女の面影を感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 気がつけば深夜になっている。

 あの焼肉パーティーの後三人で銭湯に向かい、三人分の(家出少年、少女の保護のため常備しているらしい)布団を並べたと思ったら、小萌先生はすぐさま眠りについた。明日は多分平日、早朝出勤が当たり前の学校の先生は大変だ。

 

(そういうぼくも、いつまでも学校を休んでいられる立場じゃないか)

 

 そう自嘲気味に笑いながらも、加納の目は冴えていた。

 

(よし…………と)

 

 なるべく物音を立てないよう、ゆっくりと布団を剥がし立ち上がる。

 そのままピンクウサ耳のパジャマを脱ぎ捨て、着替えを手に取る。スカイブルーのインナーとソックスに、黒系のジャケットとショートパンツ。小萌先生曰く、あの結標が自ら洗濯を申し出たらしい。いつもの服装は綺麗に畳まれて揃っていた。

 意識のない間、加納の身体を拭いていたのもあの少女だという。

 友人のタイムリミットが分かっていない加納としては一分一秒が惜しい。あの『インディアンポーカー』の映像は夕暮れ時だったはず。下手をすればあの少女はもう死亡している可能性さえある。動ける内に動く。できることは何でもやる。そういう覚悟を決めてダイヤノイドに向かったのだ。

 

「逃げ出そう、なんて考えない方が身の為よ」

 

「ッッッッッッ!!!!!!?」

 

 囁き声が加納の耳元をくすぐり、ゾワリと心臓が跳ねる。加納は反射的に迫り上がる絶叫を、両手で口元を絶叫ごと押さえ込み喉の奥になんとか飲み込んだ。その声の主は当然、赤髪を二つ結びにした『暗部』の女子高生、結標淡希だ。

 

「眠っている間に貴方の体内にGPSを埋め込ませてもらったわ。私の『座標移動(ムーブポイント)』の射程距離は八〇〇メートルを超えるの。この範囲なら貴方を連れ戻すのに一秒も掛からない。立場は分かってもらえた?」

 

 セミロングの少年の全身から嫌な汗が吹き出す。そうだ、結標はこのアパートまで加納を運び込んだ張本人。それくらいの細工は彼女の能力なら容易いだろう。自分でも把握していない臓器の中まで掌握されている感覚に震えながらも、加納は結標に切り返す。

 

「……ぼくの身包みを剥いだのはそれが狙いだったの? 身体を拭くのを申し出たのは、ぼくの内蔵の配置でも外側から調べてたのか?」

 

 すると何故か結標は顔を赤くして逸らしながら咳をして。

 

「……げふんげふん。そうよ、その通り、全部貴方を徹底的に監視するためであって個人的な欲……感情なんてっ! いい一切っ!!! ないに決まっているでしょう!!!?」

 

 妙に歯切れの悪い結標だが、加納の監視が目的であることは確からしい。

 思えば初めから疑問だった。

 結標ならば『暗部』として加納をいつでも殺害できる。

 仮に一般人として加納を追い払いたいのだとしても、ダイヤノイド内で意識を奪ったのち、能力でその辺りに転がしておけばよかったはずだ。

 彼女の居候先にわざわざ加納を連れてくる理由が分からない。

 少年が面を上げ、二人の視線が交差する。

 加納は、最大の疑問点を投げかけた。

 

「あんたがここに、ぼくを連れてきた理由は何?」

 

 窓から差す月明かりが、不適な笑みを浮かべる結標を照らす。彼女の掲げられた右手の指には、加納が借り受けていたはずのテープロール状の『導火線』とペンシルタイプの着火装置が挟み込まれていた。

 当然だ。『無能力者(レベル0)』である加納の唯一の武器を彼女が無視する道理がない。

 絶望的な戦力差が、さらに歪む。

 その上で、結標は答えた。

 

「小萌を起こすと悪いわ。外に出ましょう?」

 

 


 

 

 十月初旬ともなると熱帯夜も落ち着き、ショートパンツ姿の加納には少々夜風が肌寒い。上半身はサラシの上からブラウスを羽織っただけ、下半身はミニスカートという格好の結標は何故平気な顔をしているのか。

 二人は小萌のアパートを抜け出し、学生寮の隙間にできたテニスコート一面くらいの大きさの、小さな児童公園に足を運んでいた。

 結標は五段程度のジャングルジムの最上部までするりと登頂すると、加納に来るようにジャスチャーする。加納が言われるがまま登りきると、結標は最上部から一つ突き出た形の足場にもたれかかった。加納もおっかなびっくり同じブロックの別側面に寄りかかる。九〇度開いた背中合わせの形になった。

 その様子を確認し、結標は口を開いた。

 

「私にはね、『仲間』がいたの」

 

 もう二度と帰ってくることのできない、遠い故郷でも振り返っているかのような口ぶりだった。

 加納神華は直感する。きっとこれは、赤髪の少女の最も深い所にあるものだ。結標淡希を構成する上での基幹となる最重要要素。今、彼女が背負っているもの、そのものだろう、と。

 赤毛の少女は続ける。

 

「あの子たちは、かつて私の掲げた計画に集ってくれた同志だったわ。でも、その計画は失敗したの。それでも、あの子達は最後まで私を逃がすために命懸けで庇ってくれたわ。私さえ無事なら、計画は成就するって、無邪気に信じてね? けど、結局主犯の私は捕まって、計画の()は砕かれた」

 

 当然全部違法行為よ? と赤髪の少女は薄く笑いつつ付け加える。

 

「あの子達は全員第十学区の少年院に送られて、私だけが生き残ったの。私の能力を欲した『暗部』の意向ね」

 

 そこまで話して、結標の皮肉げに釣り上がっていた頬が平坦になった。

 

「学園都市がその気になればあの子達の身分も命も、どうとでもできるわ。今のあの子達は、効率よく私を縛りつけるための首輪であり足枷なの。私という便利な能力者をコントロールするための、都合の良い人質」

 

「……………………………………………………………………………」

 

 加納は俯くことしかできなかった。

 自業自得と吐き捨てるのは容易い。結標も、その仲間達だって覚悟の上で罪を犯したはずだ。『仲間』達が結標を庇ったのだって、その計画を成功させるために結標が必要だったから、という合理的な側面もあったのだろう。

 だとしても、彼女等の繋がりが、何も知らない『暗部』とやらに利用される筋合いなんて何処にある。犯した罪を償わせるだけで終わらせず、都合の良い操り人形を生み出す為の枷として、最後の一滴まで搾り取る。そんなやり方を、彼らは悪人で犯罪者だからの一言で諸手を挙げて歓迎できるのか。

 幼い少年には、できなかった。

 黙りこくる加納に向けて、結標はさらに続ける。

 

「私の『仲間』には、貴方くらい歳の子も大勢いたわ」

 

「他人に入れ込みすぎる人間が、(いたずら)に『暗部』に首を突っ込めばどうなるか、分かるでしょう? これは、『暗部』の地獄を見て来た一人の先輩として、未来の()()()()へ向けた警告(アドバイス)よ」

 

 正論だった。

 ダイヤノイドで出会ったあの時から、結標が加納に向けて来た言葉の数々は、加納を守るためのものでしかなかったのだ。結標は『暗部』のルールに縛られながら、それでも加納をかつての『仲間』と同じ目に合わせないために行動していたのだ。

 

「どうして貴方を小萌の元まで連れて来たのか、だったわね。……監視なんて嘘。貴方を保護してもらう為よ。『暗部』の友人とやらのことは忘れなさい。貴方、『秘密基地』を見たことで止まれなくなっているんじゃないの? やめておきなさい。私達は等しく最低な人殺し。例え善良な側面があるように見えたとしてもその事実は変わらないわ。絶対にね」

 

「そう……だね」

 

 結局、加納神華は本物の『暗部』を知らない。

 フレンダ=セイヴェルンは、友人の少年には『裏』の姿を隠していた。

 弓箭猟虎を撃破したのは同じ『暗部』の金髪の友人で、加納は何より先に安全地帯に逃がされていた。

 そして結標淡希は今なお加納神華を殺すどころか、その身を案じてさえいる。

 ぬるま湯に浸かりながら暗部の氷山の一角を眺めていただけの加納に、できることなど、ありはしない。

 でも。

 だとしても。

 

「そうだ。僕が見てきたはほんの一部で、あの子にも残酷でどうしようもない本性隠しているのかもしれない。それでも、言ったはずだよ。あの子が『暗部』で何をしていようと、それでぼくがあの子から受け取ったものが全部嘘になる訳じゃないって」

 

「……死ぬわよ?」

 

「あんたの『仲間』達も、きっとこんな気持ちだったんだろうね。……ぼくの友人はあんたか、そのちょっと下くらいの歳の女の子だよ。ぼくの命一つであの子が助かるのなら、惜しくない」

 

 勇ましく宣言した加納の両膝は震え、今にもジャングルジムから落ちてしまいそうなほど頼りない。それでも、その少年の(まなじり)はその両目に浮かんだ雫だけは決して落とすまいと、堪えていた。

 結標淡希は、心底呆れたように、しかし小さく笑いながら、わずかに息を吐いた。

 

「……………本当に、仕方ないわね」

 

 どうしようもなかった。

 軟禁でも監禁でもよかったのだ。結標の能力ならば、どんな頑強な金庫にだろうとシェルターにだろうと加納を放り込める。対話の余地など残さず、四肢の機能を奪って物理的に移動を封じたってよかった。

 結標淡希は他人を傷つける側の人間だ。能力の有無など無関係に、己の願望のためならばいくらでも他者を害することができる。『残骸(レムナント)』を取り巻く事件の中で、とある同型能力者の『風紀委員(ジャッジメント)』が暴いたその『本性』は変わらない。かつての『仲間』を学園都市の檻から助け出したい、というのも突き詰めれば結標の我儘でしかないのだ。そのために『暗部』の仕事を繰り返す自分は、結局『本性』から逃れられていないのだろう。

 

 なのに。

 

 この少年を暗部の世界から引き剥がす。この目的を達成するために、少年自身を傷つける選択を取れなかった時点で、結標淡希はとっくのとうに揺らいでいたのだ。

 

「………………『フレンダ』『暗部』『爆弾使い』、念の為、これらのワードは調べてあるわ。結果は空振りよ。『裏』は勿論、『表』での情報一つすら手に入らなかったわ。相当隠匿されてるのね? 機密ランクは最低でも私()と同格、もしくはそれ以上。彼女、『暗部』の中でもそうとう『深い』所にいるわよ。どうするつもり?」

 

 滔々と金髪の友人について語り出した結標の発言内容の急変化についていけていないのか、加納は目をぱちくりとさせて、小首を傾げていた。

 

「……ぼくを()めないの?」

 

「どうせ貴方は言っても聞く気はないでしょう? 言ったでしょう。私、貴方くらいの歳の男の子を痛め付ける趣味はないの。それで実際の所、どうするつもりなのかしら?」

 

 振り切れたような表情の赤毛の少女に、まだ状況を吞み込みきれない顔の加納は静かに言った。

 

「……あんたが協力してくれるって言うなら、別に案が無い訳じゃない」

 

今度は結標が首を傾げる番だった。

 

「一体何? 言っておくけど、表の交友関係がどれほど強固だろうと『暗部』の人探しには一切通用しないわよ?」

 

 加納は軽く首を振る。茶色いセミロングの甘い匂いが振りまかれ、風に溶けた。

 

「あんたも全く知らないやつじゃないよ。少年院に伝手があるんでしょ。なら、それを借りたいんだ」

 

「少年院、ということは私の『仲間』に、かしら? 面会を取り付けることくらいはできるけれど、それに何の意味が……」

 

「いいや、その子達じゃない」

 

 加納はそこまで話しかけた結標の言葉を遮り、そして続けた。

 少年はすでに巡り合っている。金髪の少女の道筋を辿る方法の一端に。

 

「知らないとは言わせないよ。ダイヤノイドの警備を任されていた『暗部』のあんたが、その前日の起こった『暗部』絡みの()()()()、その犯人を名前を知らないだなんて」

 

 考えてみればおかしかった。あの日、あのマスク姿の少女はどのようにしてフレンダの動向を予測していたのだ?

 

()()()は拘束されて、今は『警備員(アンチスキル)』の詰め所、恐らく今は少年院にいるはずなんだ」

 

 あの時点で『暗部』の()()()はフレンダの情報を掴んでいた。あの金髪の友人に先回りし、ダイヤノイドに適した凶器でフレンダを狙って襲撃した。しかし、同じ『暗部』の結標はフレンダにまつわる情報に一切アクセス出来なかったという。

 その上で()()()はフレンダならば単独で撃破できる程度の敵だった。()()()が金髪の少女よりも圧倒的に格上だから情報を掴めていた、という訳ではないのだろう。

 つまりは、何かある。

 『暗部』としての格を無視して情報を掴み取ることのできる『何か』が。

 

「ぼくは知ってるぞ。あの日ダイヤノイドで起こった放火騒ぎは、ただの『暗部』の暴走じゃない。……フレンダとあいつの戦闘行為の余波だってことを。だとしたらおかしい。あんたですら尻尾を掴めないフレンダの行動を、更に先回りして襲撃するなんて」

 

「それって……!」

 

「弓箭猟虎。どうやらあいつはあんたでも掴めないフレンダの情報を『先読み』していたみたいだった。あんた、面会の取り付けはできるんだよね? なら少年院を尋ねて、あいつから情報を聞き出そう」

 

 

 

 

 敵味方を論ずる段階はとうに過ぎ去った。

 こちらの最終目的は『運命』を覆すこと。

 その為ならば、仇敵の手だって借りてやろう。

 その先に、彼女の命はきっとある。

 

 

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