とある暗部の少女救命(サルベージ)   作:エビセン

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 大変お待たせしました。
 3月までに終わらせるとはなんだったのか。とんでもない大遅刻をかましてしまいましたがエタらないよう頑張って更新頻度を上げていきます。


第一章 日常はダイヤのよう The_assassin_is_in_the_jewelry_box.②

 

 

 

 


 

 

 最初は単純に好奇心だった。これを機に急に一つも二つもレベル上がるなんて、少年マンガの覚醒イベントみたいな夢をみていた訳じゃない。単に『能力を使う感覚』を掴むキッカケになれば、とか、夢の内容を話してクラスのヒーローなれたら、とか、そんなありふれた動機だった。

 荒唐無稽な噂話に飛びついた切っ掛けなんて、そんなものだ。

 

 

「―――お前さんが求めるのはどんなカードだ?」

 

 見るからに怪しい男だった。

 レジャーシートの上で胡座をかいていても分かるほどの大柄。よれたグレーのTシャツからは伸びるごつごつとした筋肉質な腕は、少年の腕を四つ束ねたものよりも太いだろう。口元こそニヤついているのものの、目元がサングラスに覆われていて、本心がどうにも窺い知れない。

 

 学園都市第一〇学区。全体的に治安の悪い学園都市、その中でも最も治安の悪いエリアとされる場所。表通りでさえ札付きの不良が跋扈するこの町の、さらに路地裏。その場所を不釣り合いなほどカラフルなビーチパラソルが埋め尽くしていた。

 パラソルごとに敷かれたレジャーシートに並ぶのは、電子タバコに不自然なほど廉価な高級肉のイミテーション、発禁ものの書籍に、違法改造されたエアガンに至るまで。あらとあらゆる『商品』が揃っていた。そう、これらは『露店』なのだ。当然、誰も届け出など出していない。その上、パラソルの影から覗く店員のほとんどは中高生というのだから始末におえない。俗にパラソル街と言われる、合法非合法の境なしにあらゆるものが集う「暗部」式のアングラフリーマーケットだ。そんな黒い商人達の巣では、金になるならどんなものであろうと商品もなる。

 そう、例えば。

 

「『インディアンポーカー』は人間の夢をまるごと閉じ込める。はっきり言って何でもアリだ。ありとあらゆる分野の達人等が持つ超人的なスキルが欲しいなら技術系。他人の脳内を覗いて束の間の非日常を味わいたいなら体験系。ウチはどっちも扱ってる。好きに選びな。」

 

 ……こんな玩具(オモチャ)なんかも。

 スマートフォン程のサイズのカラフルなカードが、皺一つなく広げられたレジャーシートに規則正しく並んでいた。

 『インディアンポーカー』。それも、店頭に並ぶ全てが、あらかじめ誰かの手によって様々な夢が封入された既製品である。

 『インディアンポーカー』は、その夢の希少性や有用性によってランク付がなされる。また、『インディアンポーカー』の入手法は基本的にトレード、もしくは現金の購入が多い。そして、ランクと言う形で価値が保証され始めると、早々相場が崩れることは無くなっていく。つまりトレーディングカードのように、『インディアンポーカー』の売買がビジネスとして成立しだしたのである。

 彼は、そうしたカードの交換や売買を通じて利益を上げる、トレーダーの一人だった。

 

「もし、それらじゃ満足しねえ物好き野郎にはこんな()()()()もある。こいつぁ有用性や希少性でランク付けされたカードの中でも最上位、Sランク。しかも、Sランク級をパカパカ量産できるって噂の天賦夢路(ドリームランカー)様でも作れねぇ逸品だ」

 

 そのカードは立ち並ぶ『インディアンポーカー』のカードの中でも、一際黒かった。その体毛の黒さから光の殆ど吸収してしまうというカタカケフウチョウという鳥がいることをSNSの記事か何かで見たのを思い出す。じっと見ていると平衡感覚すら失ってしまいそうな、異様な黒。カードの色は明るい内容な暖色、暗い内容なら寒色というように夢の傾向で決定される。では、この吸い込まれそうなほど真っ黒なカードの内容とはいったい何なのだろうか。

 

「なにせ、このカードで追体験した夢はいずれ現実として起こるって話だからよ。技術の会得とか、空想の体験なんてモンじゃない。()()()()()()()()んだよ。そう、これは予知夢に特化した予知能力(ファービジョン)系能力者の夢なのさ。希少(レア)な能力を使用する感覚を掴める「技術」系でありながら、未来を知れるって意味じゃ「体験」系としても一級品。予知夢系の能力者じゃなきゃ作ることすらできねぇんで希少性も十分ときたもんだ。文句無しのSランクってやつさ」

 

 当たり前だけど、怖い。得体の知らない器具に身を預けることは。インディアンポーカーの原型は洗脳装置(テスタメント)という噂を耳にしたこともある。そうでなくても夢の共有なんて十分危険だ。

 でも。だけど。

 それでもやっぱり諦められない。

 だから。

 

「おう。コイツを買うってのか? 別に十分な代金かトレード用のカードがあるってんならかまわねぇが。ただ一つだけ警告しておくぜ? コイツは『曰くつき』。このカードを売って以来、小遣い稼ぎにパカパカカード作ってた件の予知能力者は一切能力を使えなくなったらしい。見ちまった『夢』はそんくれぇ壮絶な予知内容ってこった。コツを掴みたくて能力者の夢ばっか買い漁る無能力者(レベル0)は結構いるんだが」

 

「……逆に二度と能力者に成れなくなるかも知れないぜ?」

 

 まあ、単なる都市伝説ってヤツさ。眉唾程度に気に留めておくんだな。そう笑顔で付け加えた彼の目元はサングラスに遮られていて、やっぱり腹の内が読めなかった。

 

 


 

 

「……ちゃん! かの…ちゃん!!!」

 

 ぺちん。幼い少年の頬に、陶器のように冷たく、しかし柔らかい感触があった。

 

「うぅ……、うん?」

 

 頭がまだ重い。意識と意識がスムーズに連続せず曖昧だ。それでも、真っ暗な部屋の壁の感触を手探りで確かめるように、恐る恐るゆっくりと瞼を持ち上げ始める。

 

(アレ?……どうして……ぼく…眠っ……んだっけ………………?)

 

「……ちゃん! 加納ちゃん!」

 

(そうだ……ぼくは…………ダイヤノイドで……)

 

 思考が明瞭になり、意識が覚醒していく。瞼が完全に持ち上がり、その瞳が、世界を正常に認識し始める。

 

 (そういえば、こうしてぼくが寝かされてるってことは、ここはダイヤノイドの多分ベンチかどこかなの……?)

 

 目を見開いた視線の先にあったのは炭素製の天井梁ではなく、ウルトラドアップの美少女の顔面だった。

 ダイヤノイドのエスカレーター横の休憩用の座席で、フレンダ=セイヴェルンは膝枕をしながら、加納神華の顔を覗き込むようにしていたのだった。

 

 「うっひゃあッ!?」

 

 少年は起き上がり小法師のようにぐりんと飛び起き、そのままベンチから立ち上がる。それを金髪ベレー帽の少女は身を逸らして躱しつつ声を掛ける。

 

「あーっ! やっと起きた! 最近寝不足だったりする? 結局世界最強食材こと鯖の脂肪酸には実は睡眠改善の効果なんかもあったりする訳だし、結局鯖缶でも食べる? 」

 

 そして流れるようにどこからともなく鯖缶とフォークが差し出された。基本的に女性の服はポケットが少ないと聞くのだが、彼女はいつもどこに鯖缶を収納しているだと少年は思う。……そもそもスペースがあろうがなかろうが鯖缶を四六時中持ち歩いているのは真っ当ではないのだが。

 とりあえずパンクしそうな情報量から頭を落ち着けるために、周囲を見渡すことにした。タッチパネル式の案内版が読める。ダイヤノイド六階。意識を手放した水着店と同じフロア。寝起きのぼんやりした少年の頭でもなんとなく状況がわかってきた。

 

「鯖缶は大丈夫だけどありがとう、ぼくを介抱してくれたんだよね」

 

「へへー? お礼とかいいっていいって!! 結局元は私が原因な訳だし」

 

「そうだ思い出してきたぼくはあの時試着室で……!?」

 

 言いかけたところで、口元を少女の手のひらに塞がれた。

 

「もぎゃ!? そ、そこはもう思い出さないで、正体不明ミステリアスお姉ちゃんのイメージがぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」

 

 正体不明はともかくミステリアスのイメージはまったくないと思うが、ともかくあの見ちゃ行けなかったヤツを記憶から消そうと少年は決意。ここまで強調されるとムササキカガミの都市伝説みたいに忘れられなくなりそうだけど。

 

「はあっ、はあっ、け、結局。そろそろ本題に入ろっか」

 

 ベンチからひょいと立ち上がったフレンダ=セイヴェルンは、改めて加納神華に向き直る。

 

「本題?」

 

「そう本題。といっても、別にここで加納ちゃんと水着を見たかったのがまるっきり嘘って訳じゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 空気が、ガラリと変わった。

 じっと小柄な少年を見下ろす金髪の少女の表情も、声色も、変わらない。いつも通りの、妹や友人に向ける人懐っこいものだ。

 ただその視線だけが明らかに違う。喜怒哀楽を読み取れない。昆虫の複眼のような、レントゲン検査やCTスキャンによって自分でも知りえない骨格や内臓の配置まで丸裸にされているような、無感情な眼差し。

 少年の頬にピリピリとした緊張感が走り、普段とは異なる雰囲気に、思わず生唾を飲む。

 顔中から血の気が引いていくのを感じながら、ただ、怯えるように次の言葉を待つ。

 

 そして、決定的な問いかけがあった。

 

「加納ちゃん。結局、インディアンポーカーって知ってる?」

 

 そう言って、金髪の少女は緩慢な動きで長い髪をかき上げた。

 普段は長髪に隠れてみることのない彼女の左耳は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() 

 真っ白な包帯には赤黒い染みが広がり、傷跡の痛々しさを無理やり叩きつけてくる。

 転んで擦りむいたとかボールが飛んで来たとかそんな日常で起こりうるような外的要因によるものには思えなかった。もっと、こう、鋭利な何かでに肉をえぐられたらこうなるような。

 拳銃、ライフル、()()()()()()()()()()()。否応にも暴力的なビジュアルが脳裏を突き抜けていく。

 

 「なっ、な、ななな、何それっ、なんで、そんな、だってフレンダは……!」

 

 

「それじゃ、加納ちゃん。ちょっと正体不明のミステリアスお姉ちゃんと二人っきりで、人気(ひとけ)のないトコ、行こっか?」

 

 

 

 


 

 

 

 そして耳付きフードの少年が金髪ベレー帽の少女に連れてこられたのは六畳程度の茶室だった。畳敷きの部屋の中央には座卓が無く、艶のある二つの紫の座布団を行灯が薄く照らしている。壁端の一段盛り上がったエリアには違い棚と水墨画の掛け軸が。少し開いた障子の襖の奥には屋内だというのに、木樋を鹿威しで繋いで作られた小規模な和風庭園すら用意されていた。

 とりあえず部屋の空気に流されるまま、中央の座布団に縮こまるように正座する加納神華はきょろきょろと落ち着かない様子で口を開いた。

 

「ここは一体………?」

 

 向かいの座布団の上でどっかりと胡坐をかく金髪の少女は相も変わらず慣れた様子で、

 

「ん~? 結局外商専用のVIPルーム的な? ほらこのダイヤノイドって知っての通り和風趣味じゃん? んでここ、中層エリアはアクアパレスっていって水の芸術を推してる訳よ。そのへんのイメージをミックスした結果の茶室モチーフってとこかな。まあ材料的に見れば畳もい草じゃなくて炭素繊維編み込んで作ってるんだろうけど」

 

「ぼくにはまずその外商ってのが分からないんだけど」

 

「じゃあ親切なお姉ちゃんが教えてあげる。富裕層は百貨店とかデパートで買い物する時、裏のVIPルームで専門のスタッフとカタログ見ながら購入する商品を選んでるって話聞いたことない? それが外商。結局、実際になろうと思ったら一年の購入金額が一定の基準に達してるとか専用のクレジットカートを作るとかいくつか条件があったりする訳よ。例えばダイヤノイドだと上層のマンションエリアに部屋を持っているか、とかね?」

 

 つまり、少年の目の前のあっけらかんとした少女はダイヤノイドレベルの場所で上位数パーセントのVIP会員の立ち位置にいるわけだ。つくづくとんでもない友人を持ったものだ。

 しかし彼女が少年をここに連れてきた理由は、ただの自慢話ではないだろう。

 息を大きく吸って、吐く。薄い胸に手のひらを当て、どうにも落ち着かない心臓の鼓動をなるべく押さえ込む。

 かぽん。と、鹿威しの倒れる快音が響き渡った。

 今度は少年のほうから切り出した。

 

「この部屋に来る前に話を戻すけど。フレンダ、さ、さっき見せてくれた耳の傷は何なの? ぼくには日常生活の延長戦でついた怪我には思えない。何か()()()()()()()()に巻き込まれているようならぼくに相談してほしいんだ。ぼくなんかじゃ力になれないかもしれない。だとしても、フレンダの為にできることならなんだってしたいと思ってる」

 

「そうね、質問を質問で返すようで悪いんだけど私も加納に聞きたいことがある訳よ。『インディアンポーカー』について知ってることを全部話しなさい。結局、私も加納を個人的な()()()()に巻き込みたくはない」

 

 ぐらぐらと焦点が揺れながらも真っすぐな少年の眼差しと、正座へと姿勢を直した少女の視線がぶつかり合う。これはある種の真剣勝負だ。互いに思い合うからこそ、互いに引かない。綱引きのロープのように、場の空気がピンと張り詰める。

 数十秒の睨み合い。

 少年の焦点が一点に集中し、少女の碧眼の中心に固定されていく。

 さらに、数十秒後、先に折れたのはフレンダ=セイヴェルンだった。

 金髪の少女は、ガシガシと頭を掻き、姿勢を再度崩す。 

 

「あーもう! 結局、こういう時の加納には叶わない訳よ。涙脆いけど土壇場での度胸は人並み以上っていうか」

 

「!」

 

「ま、そもそも私から傷跡を見せつけた訳で、結局自分から言うつもりだったし」

 

 そうなげやりな調子で告げると、彼女は普段通りの様子で語り始めた。

 

「単刀直入に言うわ。この街には、『インディアンポーカー』を利用して大きな事件を起こそうとしている勢力がある。」

 

「『インディアンポーカー』を………?」

 

 幼い少年は首をかしげる。確かに『インディアンポーカー』は優れたツールだ。他人の夢に入り込むことによる睡眠学習は一晩で一言語体系を習得できるほどだと聞くし、超能力の成長にだって使えるかもしれない。しかし所詮は夢、実体のないものだ。札束の風呂に浸かる夢を見たって現実で億万長者に成れる訳ではないのだし。それが悪事に利用されるイメージは湧かなかった。

 厳かな和室とは大変ちぐはぐな印象の金髪の少女は続ける。

 

「そう。結局有象無象の一般人の夢やシンプルな技術単体なんかに価値は大してないでしょうね。本気で一勢力が追うほどじゃない。でも、例えば研究データなんかは? 研究者の夢から極秘の研究の内容や、今後の技術開発のインスピレーションをかすめ取れれば相当な利益を得られる訳よ。結局、所詮は夢。実際にラボに入って盗んだ訳じゃないし、まだ始まってすらいない研究のアイデアなら、例えその技術の研究が他で始まっても同じ考えの人間がいたと思うだけで、盗まれたとすら気づけない。それなりの技術をもった組織なら『インディアンポーカー』から得たエッセンスを十分悪用できるってワケ」

 

 一回使い切りの『インディアンポーカー』なら証拠も残らないから立件できない訳だし。と付け加える。

 

「つまり、フレンダはそいつらに狙われて………!」

 

 フレンダは長い金髪のちょうど左耳のあたりに指をさしつつ、

 

「多分ね。昨日、私の友達が何者かに誘拐された。何とかその子は奪還したんだけど、その直後、その組織の人間っぽいやつが報復に来たって訳よ。結局()()はその時にできた傷。」

 

「結局そいつは私が返り討ちにした。………でも今振り返ると妙なところがあった訳よ。そもそものハナシ、なんで奴らはあの子を連れ去ったのか。あの子は無能力者(レベル0)っぽかったし、飛び級の研究者って訳でもない。好きなそうなことと言えば家事全般と()()()()()()()()()くらい。」

 

「流行り物って、まさか………!?」

 

 少年の頭の中で要素と要素が繋がり像が結ばれていく。都市伝説、『インディアンポーカー』、それを狙う組織。

 

「つまりは『インディアンポーカー』。結局、あの子の持っていた何らかのカードが奴らの目的だった可能性が高いって訳よ。────そして加納ちゃん。『そういう』組織は下部組織として街の武装無能力者集団(スキルアウト)をよく使う。だから私はその組織の尻尾を掴むために、『インディアンポーカー』を狙う専門の武装無能力者集団(スキルアウト)を洗ってた。」

 

「も、もしかして、あの時フレンダが助けてくれたのは………!?」

 

「結局、高ランクインディアンポーカー狙いのヤンキー連中として、私が追ってたからな訳よ。タイミングが合ったのはタダの偶然」

 

 ま、身のこなし的にそいつらは下部組織未満のチンピラだった訳だけけど。と呆れたように補足しつつ。

 一呼吸置いて。

 フレンダ=セイヴェルンは、加納神華に正面から突きつける。今まで少年には見せてこなかった『裏』の顔で。少女が自ら引いていた一線を、あえて自分から超える形ででも伝えなくてはならないと判断したメッセージを。

 

「この街には、ヤバいのがいる。例えば、私でも()()なるような。結局、私が話せるのはコレだけ。ヤツらの正体は今も分からない。とりあえず『インディアンポーカー』を狙っていそうってことが推測できただけな訳よ。だから、改めて言うわ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「───っっっ……………………!!!!」

 

 友人が、フレンダ=セイヴェルンが少年の知らない世界の住人であることなんて薄々勘づいていたことだった。どこから手に入れたのかなんて分からない財産も、超人的な戦闘能力も、あまりに浮世離れしている。

 自分が『インディアンポーカー』を手にしていることなんてとっくに気づいた上で、あくまで相手から自発的に行動させようとしてくれているのだ。『インディアンポーカー』には関わるな、と。わざわざダイヤノイドに来たのはここが彼女の知るなかで最も安全な場所が()()だからか。

 

 友人は何も知らずに日の当たるの世界でのうのうと生きてきた自分には隠すべき、大きな『何か』を背負っているのだろう。そして、そんな世界を見てきた上での彼女の発言は優しくて、正しい。

 でも。だけど。

 だからこそ、彼女が少年の知らない世界で命のやり取りをしていることを知ってしまったからこそ。

 

「確かに、ぼくは『インディアンポーカー』を知ってる。第十学区の路地裏で、今までかき集めたカードとトレードして手に入れた、Sランクのカードだって持ってる。」

 

 偽ることはできた。

 知らぬ存ぜぬで突き返したって良かった。

 でもそれでは意味がない。

 

「なら、それを私に預けてほしい訳よ」

 

 ここで嘘をつくことは、こちらを信じて話してくれた友人への冒涜だ。

 加納神華は金髪の少女を真っすぐと見つめる。

 

「ごめん、フレンダ。でも、これはぼくの力だ。これだけはフレンダにだって邪魔なんてさせない。見つけたんだ。やっと出会えたんだよ。ぼくが変われるキッカケに。無能力者(レベル0)の、泣き虫の、いつもうずくまってばっかりで惨めで何もできない自分を変えるための夢の()()()()を!」

 

 だからこそ、『これ』は、何が何でも手放すことなんてできない。

 眦に熱が籠っていくのを感じる。両足に普段の何倍もの力が満ちる。

 少年は思わず立ち上がっていた。その勢いで、目元から暖かい雫が零れ落ちる。そして、普段は少し上から見つめてくれる友人を、真っ赤に腫れた目で見下ろすようにして、正面から叫ぶ。思いの丈をぶつける。

 

「あんな話を聞いてッ! うずくまって、目を隠して、見て見ぬふりして回れ右なんてできない!!!!! ぼくだってッッ!!!!!!!! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 それはほとんど暴論だった。例え『暗部』が関わらなかろうが、小さな少年は武装無能力者集団(スキルアウト)狙われ少女があの時偶然間に合わねば悲惨な事になっていたし、そもそも『インディアンポーカー』を使えば能力に目覚めるなんて眉唾物の噂話だ。仮に能力が手に入ったとしてもそんな付け焼き刃の力では、裏の世界で今日まで生き抜いてきた少女の足元にも及ばないだろう。

 けれど、その言葉は。幼くて拙い、どうしようもないほど剥き出しの本音は。

 『友人』の心を確かに動かした。

 フレンダ=セイヴェルンもまた、立ち上がる。

 

「……………………はぁ。─────────あーもう!!! 仕っ方ないわね!!! ひとまず帰りは私が加納ちゃんの学生寮まで送ってあげる!!! その後『インディアンポーカー』はとっと使いきっちゃいなさい!!!!! ま、この耳の傷つけたヤツは私がぶっこ……げふん、げふんひとまずやっつけた訳だし、大船に乗った気持ちで構えてなさい! 結局、このフレンダ=セイヴェルン様が無料(タダ)でアンタの身の安全を保証してあげるってんだから!!!!!」

 

「……フレンダ!」

 

 がしっ!!! と、思わず小柄な少年は、少し自分より背の高い金髪の少女に力強く抱き着いた。

 

「ええっ!? いやちょっと大胆すぎっていうかそれはいくらなんでも大人の階段飛ばしすぎっていうか結局ッッッッッ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」

 

 

 

 

 


 

「うぅ……どうしてぼくはあんなことを……!」

 

「はあっ、はあっ、本気のま、まさか加納ちゃんここまで大胆だとは……!」

 

 全体的にもじもじした様子で茶髪セミロング(それが平常運転)と金髪碧眼(滅多に見られないのに何故か本日二度目)の友人コンビは、ダイヤノイドの商業エリアまで戻っていた。

 

「結局、あの武装無能力者集団(スキルアウト)が『暗部』の人間じゃなかった以上、アンタのカードがピンポイントで狙われてるってパターンは多分なし。よっぽど帰り道は安全だとは思うけど」

 

「『暗部』?」

 

「ええと、結局、『暗部』ってのは

 

 そう言いかけたフレンダな声は、

 ビュン! という空気を切り裂く音に掻き消された。

 

「ッッッ!」

 

 とっさに金髪の少女が加納を床に押し倒していなかったら、彼の頭に直径一センチの風穴が空いていたかもしれない。そう現実に少年の思考が追いついたのは、金髪の少女が覆い被さるような形で木目調の床に仰向けで倒れ込んでからだった。

 ズガアァ!!!!!! と、思い出したように壁に何かがダーツのように突き刺さる音が響き渡る。

 

「うひゃあっ!?」

 

 (屋内での狙撃!? 結局、あの陰湿スナイパー生きてた訳!? いや大丈夫! ダイヤノイドの複合カーボン素材なら障子一枚でもあれば狙撃は防げ

 

 シュボッン!!!!! 瞬時に状況を把握しようとしたの思考を、業火が炸裂する音が遮った。パチパチと木目のような炭素系素材が焼けつき、炭を炙ったような焦げ臭さが二人の鼻を刺す。

 じりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりり!!!!!!!と、慌てたように火災報知器が鳴り響き、各地で通路の防火用シャッターが落ちる。

 

「う、そ………でしょ!?」

 

 拳銃の弾丸程度なら障子一枚で耐えられ、ダンプカーが突っ込んでも壁一枚す強靭な炭素系素材にも弱点はある。

 何故和風に拘るダイヤノイドが、内装の行灯に電気を使っているのか。

 何故こんなにも水を使った芸術にこだわるのか。

 答えは一つ。─────ダイヤモンドは()()()()

 壁、床、天井、照明、階段、エスカレーターにエレベーター、にフロアを区切る障子や襖。

 全方位が彼女らの命を奪う燃料となる。

 

「あの女ッッッ!!!! 結局ダイヤノイドを全焼させてでも私達を焼き殺す気かッッッ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてダイヤノイドの何処かで、誰かが呟いた。

金髪(ゴールド)、いいえ、フレンダ=セイヴェルン。今度こそ、ええ、今度こそ、わたくしと()()()になりましょう?」




 


 今更ですが加納神華の学年設定は中学一年という解釈です。誕生日を迎えていない新約12巻の『藍花悦』になる前の路地裏シーンで、すでに12歳程度と描写されているので、その後12月1日に誕生日を迎えて13歳に→十二月に13になる=中学生一年生ということ流れですね。学年が佐天さんと並んでキリがいいです。
 とはいえ、旧約一巻の一年ほど前である少女共棲2巻の序章では10歳程度、とされています。この時点で10歳だとして時系列を進めると新約12巻の誕生日が11歳→12歳という流れになり小学六年生となります。これはこれでフレメアとのコンビは小学生の低学年と高学年となって悩ましい。
 かまちー作品は年齢は明かされても学年が不明なことが多いので解釈に幅ができるのが面白いところ。
 
 



 
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