魔法少女リリカルなのはA's──記憶を無くした魔導師── 作:六道 天膳
時は少し遡り、4月3日の夕方の図書館。
空はオレンジ色で図書館にいる人はほとんどいない。
そんな寂しい図書館の入り口ではやてはある人物を待っていた。
閉館の十分前には迎えに来る約束をしていたのだが、閉館時間になっても来る気配はない。
一人で帰ることもできないので、はやては一人でぽつんと図書館の入り口で待っていた。
「遅いなぁ……なにかあったんやろか……」
図書館が閉館し、しばらくたった頃。
どうしようかと悩んでいると、一人の女性がこちらに向かって走ってきていることに気が付いた。
「シグナム!」
はやてが手を振りながら女性の名前を読んだ。
「はぁ……はぁ……申し訳ありません。ここに来る途中に道に迷った子供が泣いていたので交番まで送っていたら遅くなってしまいました。」
相当急いで走ってきたのか、運動神経抜群のシグナムがこんなに息が切れているのは珍しかった。
「そんな気にせんでもええよ……っくしゅん」
この季節に待っていたので体が冷えたのだろう、シグナムは急いで自分の首に巻いてあるマフラーをはやての首に巻く。
「ありがとなシグナム。ほな帰ろっか。」
こうして、ようやくはやても帰路についたのだった。
その道中のこと。
「ふーんふふーん♪」
図書館で何かいいことがあったのか、機嫌がいいらしく、はやては鼻歌を歌っていた。
今まで何度もこの図書館に来ているが、こんなにうれしそうなはやての姿を見るのは初めてだった。
「今日は何かいいことがあったんですか?」
ふと、少し気になったので聞いてみた。
「今日な新しい友達ができてん。」
「そうなんですか?」
「うん!トウカさんっていう男の人でな、カッコイイっていうより……きれいな人って感じかなぁ。あとその人な、背が高くて、髪が長くてきれいやねん!」
はやては満面の笑みでとても楽しそうに今日の出来事を話していた。
最初の頃はみんなで毎日幸せに暮らしていた。まさに夢のような日々、笑顔が耐えない本当の家族のように。
だが、最近のシグナム達ははやてに秘密でリンカーコアを回収しているので昼は交代でリンカーコアを集め、夜ははやてが寝た頃を見計らって深夜に行動したりなど、全員で集まることがだんだん少なくなっていた。
だから、シグナムはこんなに楽しそうなはやての笑顔を見るのも久しぶりのような気がした。
道に迷った子供が泣いていたので交番まで送っていたとシグナムはさっき言っていたが、それはまったくの嘘である。
今日もシグナムは先ほどまで蒐集のために別の次元世界で戦っていたからだ。
(申し訳ございません……主はやて……)
主であるはやてにこんな嘘をつき、そして迎えに行く時間さえ遅れてしまったシグナムは心の中で謝罪する。
もう、あまり時間は無い。ついに管理局が動きだしたからには、今までのようにはいかないであろう。
──だが、彼女達は今夜も戦うだろう。
すべては主のために。
◆◆◆◆◆
12月5日。ハラオウン家。
さて、突然だがハラオウン家の朝食は忙しい日以外は全員そろって食べている。
だが今朝の朝食は雰囲気が少しだけ違う。ちなみに部屋の家具の位置も照明も何一つ変わっていない。
なにが違うのかというと、少し緊張気味のフェイトがなのはたちが通う私立聖祥大学付属小学校の制服を着ているからである。
「そういえば、フェイトちゃんは今日から学校だっけ?」
少し遅れて部屋から出てきたエイミィはフェイトの制服を見て眼をキラキラさせている。
「うん……へんかな?」
「ううん。そんなことない!とっても似合ってるよ。」
そんなエイミィとフェイトのやり取りをトウカはパンをかじりながら聞いていた。
やはり子供は子供らしい生活が一番だということでリンディがフェイトが学校に通うことを決定したのはつい先週のこと。
先週の翠屋でなのはの両親に挨拶に行った時、うれしいような恥ずかしがっているような表情で受け取ったフェイトをトウカは思い出していた。
そう、今日はフェイトの初めての登校日なのである。
それから一通り食事を済まして食器を片付けた後、なのはと待ち合わせをしているようなのでフェイトは玄関へと向かった。
「フェイト、いってらっしゃい。」
「……いってきます。」
そしてトウカは玄関でフェイトを見送った。フェイトは一応返事を返したものの、結局最後までトウカと目を合わそうとしなかった。
今は何事も無く普通に暮らしているトウカだが実は今1つ悩みがある。
それは言わずもがな、フェイトのことである。
「ふむ、フェイトはまだトウカの事を警戒しているのか……?」
「なんだ見てたのか?趣味が悪いぞ。」
今のやり取りを見ていたのか、クロノがやれやれといった様子で後に立っていた。
正確には警戒しているというより、信用できないから心を開けないといったところだろう。
こんな感じで普通に?会話はできるのだが、どうしても目を合わせて話そうとしないのだ。
人が人を信用するにはそれなりに時間が掛かるし、相手の気持ち次第でもある。
人を信用するということは意外にとても難しいことである。
フェイトが自分のことを信用していないことはトウカ本人が一番よくわかっている。
だからといって、取り繕って接したところで信頼を得られるわけでもないし、無理に信用してもらおうともトウカは思っていない。
フェイトは非常に純粋な女の子である。
いきなり現れた見ず知らずの男と一緒に過ごすというのは警戒するな、と言うほうが難しい。
だからこそ、トウカはフェイトに対して変に気を使ったりせずに、普通に接していた。
「まぁ、ゆっくり仲良くなっていくさ。」
だから、フェイトのこの反応はある意味正しいといえる。
記憶が無いとはいえフェイトにとってトウカは不審者以外の何者でもないだろう。
クロノやリンディはそれなりに信用してくれているようだ。
エイミィに関してはあの性格だからというのもあり、トウカを受け入れている。
なのははむしろ慕ってくれているぐらいだ。
だが、一応同じ食卓で食事をしているのだからもう少し話し合ってお互いを理解し合いたい、というのがトウカの本音だったりする。
◆◆◆◆◆
その日の午後こと。
『クロノ君、駐屯所の様子はどう?』
「機材の運び込みはすみました。今は周辺探査のネットワークを……」
『そう……』
クロノは自分の部屋で眼鏡の女性と魔法陣を通して会話していた。
眼鏡の女性の名前はレティ・ロウラン。時空管理局の提督でリンディとは同僚であり、友人でもある。
『ご依頼の武装局員一個中隊は、グレアム提督の口利きのおかげで指揮権をもらえたわよ。』
「ありがとうございます。レティ提督。」
レティは本局運用部に勤務しており、人員や艦船の配置などを取り仕切る立場の人間である。
クロノは今回の事件を捜査するためにレティに武装局員を派遣してくれるように依頼していたのである。
『それで、記憶喪失っていう例の彼。え~っと……名前はトウカだったかしら?その後の様子はどうなの?』
「あぁ……彼のことだったら心配ないですよ。」
どうやらリンディからトウカのことを聞いているらしく、レティも少しトウカに対して興味を持っているようだった。
『そう。それならいいのだけど、一応病院には連れて行ってあげたら?リンディから聞いたわよ~まだ行ってないって。』
「そうなんですけど、本人がめんどくさいって行こうとしないんですよ……」
実は以前クロノはトウカに聞いたことがある。
『トウカ、一応病院に行ってみたらどうだ?記憶がどうやったら戻るか聞いてみたほうが……』
『え、病院?めんどくさい。』
と、即答で却下されてしまったのである。
『う~ん、私もこの間グレアム提督に聞いてみたのだけど”まぁいいじゃないか”って言ってたし……』
「そうなんですか?」
『えぇ。”彼は大丈夫だろう”って』
「グレアム提督が……?」
クロノは不思議に思っていた。グレアムは適当な事を言うような人間ではないので今までは納得していたが、この放置ぶりは流石に疑問を感じていた。
(グレアム提督は何か知っているのか……?)
しかし、クロノはいくら考えても答えが出ることは無かった。
◆◆◆◆◆
一方、その話の当事者のトウカはというと、のんびりとリビングのソファで本を読んでいた。
そこへ一仕事終えたのか、エイミィがリビングに飲み物を取りに自室から出てきた。
「あれ?またトウカさん本借りてきたんだ、今度は何の本?」
「ん?神話の本。」
トウカは一度本を閉じて本の表紙を見る。
そこに書いてあったのはギリシャ神話。古代ギリシアの諸民族に伝わった神話・伝説を、様々な伝承や挿話の要素が組み込まれてできあがった、世界の始まりと、神々そして英雄たちの物語である。
この本を読んでいる理由は特には無い。 偶然図書館で見つけたので暇つぶしのために借りた本である。
ちなみに、なぜ国籍を持たないトウカが図書館で本を借りることができるのかというと、この市の図書館はどうやら本人確認のための身分証明証が必要ないらしく、リンディから聞いたこのマンションの住所を書いたらあっさり借りることができた。
「この国の話じゃないけどなかなか面白いよ。別に神様を信じてるわけじゃないけどね。」
「へぇ……本当にトウカさんって本好きなんだね。そんな風に見えないけど。」
言いながらエイミィは冷蔵庫を開けてジュースを取り出した。
「失礼な。これでも勉強好きなんだよ。」
まぁそれしかやることがないというのが本音である。
そんなことを話しているとちょうどクロノがレティとの通信を済ませて戻ってきた。
「おぉ、クロノくん。そっちはどう?」
「武装局員の中隊を借りられた。調査を手伝ってもらうよ。そっちは?」
「……よくないねぇ。昨夜もまたやられてる。」
そういってエイミィはリモコンのような機械を操作し映像を出現させた。
「今までより少し遠くの世界で、魔導師が十数人。野生動物が約4体」
「野生動物?」
「魔力の高い大型生物。」
そしてモニターに映し出されていたのは体中が石でできだ亀のような生物が映し出された。
「なるほど。魔力があれば何でもいいってことね。」
と、本を読みながら話を聞いていたトウカはぽつりと呟いた。
「うん、そうみたいだね。」
この闇の書はリンカーコアさえあれば、その魔力をページに出来る魔力蓄積型のロストロギアだ。
全ページである666ページを埋めたとき、その魔力を媒介に次元干渉レベルの巨大な力を発揮することができるという。
そして闇の書には厄介なところがもう1つある。それは本体が破壊されるか所有者が死ぬかすると、白紙に戻って別の世界で再生するという半永久的に生き続けることができる機能が備わっている。
しかも闇の書とその主を守る守護騎士達もいるというオマケつき。
これではさすがの時空管理局でも簡単に封印できないわけだ。
「あたしたちにできるのは闇の書の完成前の捕獲?」
「そう。あの守護騎士たちを捕獲して、さらに主を引きずり出さないといけない。」
そのクロノの一言にエイミィは頷いていた。
そんな二人の会話を本を読みながら聞いていたトウカはふとクロノに疑問を投げかけた。
「ちなみに聞きたいことがあるんだけど、死者はまだ出ていないんだよね?」
「あぁ。たぶん、闇の書は対象を潰してしまうと蒐集できなくなるから対象を殺しても意味が無いからだろうな。」
「なるほどね……」
「それがどうかしたのか?」
「ん?いや、ちょっと聞きたかっただけ。」
トウカはそういって何事も無かったかのように再び本を読み始めた。
◆◆◆◆◆
その日の深夜のこと。
「今日は7ページか……まだまだ先は長いな……」
夜のビルの屋上で赤いポニーテールの女騎士……シグナムはため息をついていた。
今日の収穫は7ページ。しかしまだ闇の書の666頁を埋めるには程遠い数字だ。
「あと少し……あと少しだ……」
シグナムは焦っていた。
時間はあと少ししか残されていない、闇の書は今も主はやての体を蝕んでいる。
しかし、焦っていても始まらない。
もう少し時間が掛かるかもしれないが、いつかきっと元の平穏な生活に戻れる……
だから今は主はやてが待つ我が家へ帰ろう。
そう思ったとき。
「こんばんは。リンカーコアの蒐集に行ってきたのか?ご苦労さん。」
唐突に。
背後から何者から声を掛けられたのだ。
そして同時に周囲の色が一変し、ドーム状の結界が展開された。
「結界か!?」
シグナムは咄嗟に武器を構えて、声が聞こえた方向に振り返る。
給水塔の上。
そこには闇に溶け込む黒い影がシグナムを見下ろしていた。
(……何者だ?しかもこの結界、そこまで大きくないが隠密性の高いかなりの高等結界……これではシャマル達は気づかれないか。)
この結界はちょうどシグナム達がいるビルの屋上だけをすっぽり覆っているだけの小さいものだったが、手練の魔術師が張った結界だとシグナムは感じていた。
シグナムは警戒心を解くことなく、真っ直ぐに給水塔に立っているその影。もとい、その人物を睨んだ。
風貌は全身を覆う黒いロングコートに黒いブーツ。顔はコートに付いているフードを深く被っているので見えるのはせいぜい口元ぐらいまでだった。
「始めまして。ベルカの騎士さん。」
(……男か?)
そう言って黒い男は給水塔から降り、シグナムと対峙する。
一目見ても性別が分からない格好だったが、声ですぐに男だということが分かった。
「……私に何の用だ。貴様、もしや管理局の人間か?」
「正確には違うけど、まぁ一応そうなるのかな。ちなみに、用件なんだけど・・・少し話がしたいと思ってね。」
目の前にいる男の正体はわからなかったが、シグナムは完全に彼を敵とみなした。
「残念だが……貴様に話すことは何もない。」
「……はぁ~こりゃ予想以上に頭堅そうだな。どうする、ヘイムダル?」
『そんなの聞かれても困ります。』
───そう、この黒いコートの男の正体はトウカだった。
というわけで11話でした。いかがでしたでしょうか?
ここから本格的に物語は動き出すと思います。一年もかかってますが(白目)
では次回も宜しくお願いします。