魔法少女リリカルなのはA's──記憶を無くした魔導師── 作:六道 天膳
――――目が覚めるとそこは白い空間だった。
ぼやけた意識で回りを見回すとそこは白い世界。
いや、白い部屋といったほうが正しいだろう。
一周見回すと正方形の窓のない真っ白な部屋ということがわかる。
そして部屋の中央にはテーブルと二つの椅子が置かれている。
「どこだ?ここは……」
――――ようこそ。
その声が聞こえた直後、椅子の一つに誰かが座っていた。
白い人型のナニカがそこに座っていた。
白い以外の特徴はない。顔もない。
声も中性的で男か女かもわからない。
自分は声を出しているがそのナニカの声は頭の中に直接流れてくる。
「誰だ……?」
ボクかい?そうだねぇ……
目の前の人型のナニかが顎に手を当てて思案するような仕草をする。
僕は神様だ。君を手助けるために天から舞い降りたんだ。
「はぁ?……そのカミサマとやらは俺に何の用だ?それにこの声……あの光に包まれる前に語りかけてきた声はお前か?」
お見事、正解だよ。
……ってあれ?思いのほか驚いてない?
「悪いが俺はカミサマってのを信じてないからな。記憶を失くす前がどうだったか知らないが。」
あぁ……そういえば君は記憶を失くしていたんだったね。
ちなみにボクは記憶を失くす前の君のことを知っているよ。
「なんだと?」
ふむ興味があるのかい?まぁそれは当然といえば当然だね。
自分が何者かわからないというのはとても不安だろう。あぁ大丈夫だ安心して、私は君を手助けするために現れた神様だからね。もちろん教えるさ。君は実は別の世界に住んでいたんだ。世界といっても別の次元世界という意味ではないよ?別の存在の全く違う世界の地球という星で君は生まれたんだ。その世界での君は普通の一般人だ。ちなみに言っておくけど、この世界のように魔法が存在しているような世界じゃない。そこには魔法が無ければ次元世界もないし、管理局も当然だが存在しない。平和で怠惰で人々が争いを繰り返している、という点だけは似ているんだけどね。まぁとにかく、君が知っている地球と似ているようで全く違う世界の地球。そんな世界で君は日本のとある地方で一般的な家庭に生まれ普通に育ってきたんだ。両親の仲は良好でそれなりに裕福な家庭だったようだね。そしてその両親と君と妹と猫2匹という家庭で育ったんだ。それから君は普通に学校に行き、普通に友達を作り、普通に彼女がいた。という普通の生活をしていたんだ。でもある日、君が散歩をしていた時のことだった……君は信号無視をしたトラックに轢かれそうな女の子を助けようとしたんだ。女の子は助かったものの、君は残念ながら死んでしまったんだ。もちろん家族も大変悲しんだ。いや、家族だけじゃない。正義感が強く、誰にでも優しく、学校の成績やスポーツ万能。人の輪の中心にはいつも君がいた。学校の友人、先輩、後輩、教師、近所の人々、よく買い物に行っていた店の店員、それ以外にもたくさん……本当にたくさんの様々な人々が君の死を悲しんだ。そこで現れたのは私だ。君の善行に心打たれた私は死んだ君の魂を拾い上げ、別の世界に転生させようとした。ただ、人を転生させるというのは簡単なことではない。私は君の記憶を代償にして君をこの世界に転生させたということなんだ。
……どうだい?ボクの作り話は。
「ふざけんな!作り話かよ!ってか話も長い!」
いやぁごめんごめん。
それに別に今の話を信じてるわけじゃないんだろ?
「そりゃそうだ。今の話なら俺の魔法の知識やヘイムダルの事に説明がつかない。」
ちなみに、以前の君を知っているのは本当だよ。
申し訳ないけど記憶に関しては君の力で何とかしてくれ。
「はぁ……そうか。それで、俺に一体何の用だ?ってかここはどこだ?」
あれ、反応が薄いね。
僕は君が失った記憶を知っているんだよ?気にならないのかい?
「もちろん気になるけど……そもそも俺はお前のことがよくわからない。そんなヤツの言葉を信じろっていうのが無理な話だ。それで、ここはどこだ?そしてもう一度聞く、それで俺に何の用だ。お前は……誰だ?」
ふむ、それもそうだね。じゃあ僕を信じてもらうために君の質問に答えよう。ここは君の夢の中さ。
「夢?」
そう、夢の中。
正確には眠っている君の意識の中にボクがお邪魔させてもらっていると言ったほうがいいね。
それでボクだが……それはまだ言えない。
だが間違えないでほしい、僕は君の味方だ。
「味方だと言いながら自分の素性は明かさないか……悪いけどそんな簡単に信じる事が出来るほど俺はお人好しじゃない。」
でも死ぬ寸前だった君を助けたのはボクだよ?それでも信じてくれないと?
「ふむ……そういえば俺はあの後どうなったんだ?本当に俺は助かったのか?」
あぁもちろん。
言っただろ?貸し一つだって、ボクの力があればこれくらいなら簡単なことだ。
「やっぱりあの時聞こえた声はお前だったのか。それじゃあまずはどうやって借りを返せばいい?」
ふふっ、律儀だね。
「違う。よくわからん奴の借りをさっさと返したいだけだ。」
うっ……そ、そうかい。そうだね……ボクのことを信じてくれればいいよ。
「……それだけでいいのか?」
正直、別に貸し借りとかボクにとってはどうでもいいことなんだ。
とはいえ、まだ説得力は薄いだろうからね。
まずは手始めに君の望みを聞こう。
とはいえもちろんタダでするわけにもいかないんだけどね……代償を貰うことになるんだけど……いいかな?
「そうか。じゃあ……なのは達を助けたい。」
えっと……それだけかい?それに代償の内容とか聞かないでいいのかい?
「それだけってなんだ、俺には重要なことだ。代償の内容は気になるけど……そんなことをいちいち気にするよりもなのは達を助ける方を優先するってだけだ。」
ふふっ……あははははははは!!
「なんだ、急に笑い出して。それでやってくれるのか?やってくれないのか?」
はー……久しぶりに笑ったよ。
本当に君は面白い……わかった。
君がそれを望むなら、それで契約成立だ。
では、そろそろ時間だ……また会おう。
「ちょっと待て。まだ聞きたいことが……」
大丈夫、ボクはいつも君を見守っている。
君が本当に望むならまた助ける為に現れよう。
でも、出来ることなら何度もボクの力を借りるような事にならないようにね……
またね、ボクの――――
次の瞬間、トウカの視界は暗転した。
◆◆◆◆◆
「うっ……ここは……?」
軽い頭痛と共にトウカは意識を戻した。
「あっ!トウカさん!起きたんですね!」
重い頭を傾けて声がした方向を向くと、今にも涙が溢れ出しそうな顔をしているなのはがトウカの手をぎゅっと握りしてめいた。
「あ、あぁ……なのはか。それにここは……」
半身を起こし周りを見渡すと、そこは以前トウカが待機させられていた管理局本局の一室だった。
服も白い患者衣に着替えさせられている。
なのはがいる事、そして管理局にいるということはあの戦いの後ということだろう。
ふと、あの雷の事を思い出す。
今でも鮮明に覚えている、あの紫色の閃光、そしてあの威力。
全てを破壊せんとする破壊の雷。
――――そして光に包まれたなのは達の姿。
それを思い出した瞬間、トウカはなのはの両肩を掴み、顔をぐっと近づける。
「あの後、どうなったんだ……?なのはも大丈夫だったか!?」
「あわわわわ!だ、大丈夫です!」
なのはは顔を真っ赤に染めながら目をグルグルと回している。
あの後どうなったかトウカにはわからなかったが、夢の出てきた神様と名乗った人物が約束を守ってくれたということだろう。
そのことに安心したトウカはなのはの肩からゆっくり手を放し大きくほっと胸を撫で下ろした。
「あの雷が落ちてきた時、トウカさんが助けてくれなかったら私たちもどうなっていたか……」
「なのは、ちょっと待ってくれ俺が助けたって……?」
この時、自分の記憶となのはの記憶がかみ合わない事に気が付いた。
いくら思い出そうとしてもトウカは自力でなのはを助けた覚えはない。自分が覚えているのはあの雷の光に包まれた瞬間までだ。
一体自分がどうやってなのは達を助け、何故ここで寝ているのかいくら思い出そうとしても思い出すことが出来なかった。
「覚えてないんですか?あの雷が落ちて来た時、トウカさんが急に現れたと思ったら転移魔法で全員を遠くまで避難させてくれたんですけど……」
それからあの時起こった事をなのはは語る。
雷が降ってきた瞬間、なのは、フェイト、ユーノ、アルフ、の4人は一か所に固まり、防御結界を展開した。
アルフとユーノはこの防御魔法、結界魔法を得意としているため、並みの魔法では二人の守りを抜くことは無い。
しかし、雷の威力があまりにも強大だった。一時は耐えていたものの収まる様子のない雷がなのは達の結界を砕こうとした瞬間。
トウカが突然現れたのだという。
そしてトウカは全員を転移魔法でその場から数km先まで移動した後に意識を失って、ここに運ばれたというのがこれまでの経緯らしい。
被害としては局員が数名負傷と町は結界が砕かれたものの、大きな被害は無いというのは不幸中の幸いだった。
ちなみにトウカが寝ていたのは半日ぐらいということだった。
「そう……だったのか……」
「トウカさん大丈夫ですか?顔色が悪いですけど……」
やはり今の話を聞いてもトウカには全く覚えがないことばかりだった。
これがあの自称神様が言っていた願い事を叶えるということなのだろうか。
それ以前にトウカは転移魔法を使えない。決して難しい魔法なのではないのだが、トウカは今ある記憶の中で転移魔法の知識無い。それどころか転移魔法を使えるほどの魔力はヴィータとの戦いでほとんど無くなっていたためそんな余裕はなかったはずである。
そしてこのすっぽりと抜けてしまっている記憶。
(この抜けた記憶……まさかこれがあの神様が言っていた代償なのか?もしかして俺の記憶喪失に何か関係が……)
「……トウカさん?」
「え?あっ、すまない。大丈夫だ。ちょっとまだ寝ぼけてるのかもしれない。」
色々考え込んでいたらなのはが心配そうにトウカの顔を除いていることに気が付いた。
まだ心や状況の整理ができていなかったが、なのはを安心させようと笑顔を作り、わしわしとなのはの頭を撫でる。
「その様子だと、もう大丈夫そうだな。」
またなのはが目を回しながらトウカに撫でられていると、トウカの様子を見に来たのか、クロノが部屋に入ってきた。
「クロノ。心配かけてすまない。」
「あぁ、急に飛び出したから驚いた。しかもおかげであの二人を取り逃がしてしまったしな。」
皮肉たっぷりの黒い笑みでクロノが答える。
もちろん冗談だというのはわかっているものの、勝手に戦線を離脱したというのは責められて当然なのでトウカはバツが悪そうに頬を搔く。
「あ~……すまない。こっちも必死だったんだ。」
「まぁ、結果的になのは達を助けてくれたんだ、4人が無事だったのは君のおかげだ……ありがとう。」
クロノは言いながらぷいっと顔を反らして言う。
本当はそのことについて言いに来たのであろうというのはすぐにわかったが、あまりにも素直じゃないクロノに対してトウカは苦笑いするしかなかった。
「でもあまり心配掛けるような真似はよしてくれ。なのはを一度家に帰すために苦労したんだぞ。」
「ちょ、ちょっと!クロノくん!」
なのははまたも顔を真っ赤にしてクロノに対して怒っている様子。
今日のなのははコロコロ表情が変わって面白いのだが、今まで寝ていたので状況をよく呑み込めていなかったトウカは頭にハテナマークを浮かべた。
「君が倒れた後、余程心配だったのか、二人とも一緒に本局に行くと言って聞かなくてね。フェイトはともかくなのはは家に帰さないといけないからリンディ提督と僕の二人で説得して何とか帰したんだ。まぁそれでもこんな早朝からなのはは来てしまったわけなんだけどね。ちなみにフェイトは今頃リンディ提督と一緒に君を見てくれた医者の元に行ってるよ。たぶんすぐに戻ってくるさ。フェイトもすごく心配してたからちゃんとお礼言っておくんだぞ?」
やれやれと言った様子で言うクロノ。
ふと、トウカが部屋にある時計を見る。当然管理局と地球の時間軸は違うのだが、今の時間を地球の時間に当てはめると午前5時だった。
「こんな朝早くから……心配かけてごめんな。」
「い、いえ!私を助けたせいでもあるんでトウカさんは気にしないでください!」
気にするなと言われても流石にそういうわけにはいかないが、なのはがそういうのならばあまり深く話を掘り下げるようなことはしないが、その代わりもう一度なのはの頭を撫でる。
今度は優しくゆっくりと、心配をかけた謝罪とこんな時間にお見舞いに来てくれたお礼の気持ちを込めて。
「トウカさんくすぐったいですよぉ……」
とは言うものの、嫌がる様子はなく、なのははまるで猫のように気持ちよさそうに目を細めてトウカの撫でる手を受け入れていた。
◆◆◆◆◆
少し時は遡り、なのは達が騎士達との戦いを終えて少し時間が経った後の事。
時空管理局本局にある医務室で一人の初老の医者が今日精密検査した一人の男の診断結果に目を通していた。
運ばれてきた時はその男は意識を失っていて、簡単な診察をしたところ、急激な魔力不足によるものだったようなので簡単な検査で済ませようとした。
しかし、一緒に任務に同行していた執務官がついでに精密検査をして欲しいと依頼された。
「リンカーコアの状態は良好。気を失っている理由もうやはり急激に魔力を消費したことが原因だろう。」
その医者は長年管理局に従事している。勤務態度も良く、経験、本局勤めということもあり実力的にも人柄的にも局内では評判も高い。
「ふむ、特に異常はないな。こっちはどうだ?」
その長い経験の中で様々な患者を診てきた。
未開の次元世界で未知の病に感染した局員、ロストロギアで体を蝕まれた者、犯罪行為を行う要注意団体に実験され廃人になっていた者、そして使い魔、野生動物等の人ではないこともあった。
当然助けられなかった命もあったが、それ以上に助けた命も多く、管理局内でも有数の医師の一人である。
「……ん?なんだこれは。」
一見すると普通だったはずの診断結果に一つの違和感に気づく。普通の医師であれば気づく事ができないほどの小さな点。
だが普通ではありえない、普通の人間では出てはいけないその異常な点。
それにその医師は気づいた。
優秀であるが故に気づいてしまった。
「ありえない。まさか測定ミス……?いやそんなはずは……」
これまで様々な患者を診てきたこの男は今までに経験したことがない結果をみて狼狽する。
なにかの手違いやエラーでこのような結果を出してしまったかもしれない。いやそうに違いないと自分に言い聞かせ、医師が診断書を急いでまとめると今も寝ているであろう男の元へ行こうとした。
「確認する必要がある……今すぐにでも彼をもう一度検査を……」
「いえ、その必要は無いです。」
その声にハッとなって振り返ると、診察室の入り口にはいつの間にか一人の人物が立っていた。
「あ、あなたは……!」
診断した医師が悪いわけではない。
「それ以上探られると少々困る人がいるというだけですよ。」
確かに彼は優秀だった。
「何故あなたがここに?!」
優秀であるが故に気づいてしまった。
――――気づいてはいけないことに気づいてしまった。
ただそれだけの事。