だいたい殴れば解決する 作:三回転半ドリル土下座
「はーい! それじゃあ五条先生の臨時授業はっじめっるよー!」
元気よく挨拶したのに、生徒の反応はひたすら冷めていた。半分は白け、もう半分はどうでも良さそうな顔をしている。例外はよく分かってなさそうな悠仁だけだった。
でもめげないし気にしない。だって五条悟だから。
「というわけで今回のお話は『天童大地の術式について』でーす!」
「おい待てやぁ!」
椅子を蹴って(畳に座っていたのだから当然椅子などない。つまり椅子を蹴るような動きの真似をして)立ち上がったのは、野薔薇だ。
「前も思ったんだが、ここって術式に対する認識ちょっと軽すぎんでしょ! 普通術式ってのは身内であってもおいそれと話さないわよ! それをなんで他人の術式べらべら話そうとしてるわけ!?」
「いや、さすがに身内にも術式を秘密にすんのは、おめーの出身地がヤバすぎるだけだと思うが……」
いきり立つ野薔薇に、ぼやくようにして、真希。
悟はひっそり、修羅の国出身かな、とか大分失礼な事を考えた。普通に考えて、術式は秘するよりある程度情報を相続した方が強くなれる。他者に情報が漏れるリスクより、術式に説明書を付けて子孫が強くなるメリットの方が大きいのだから。
彼女らの発想は、どちらかと言えば呪詛師のそれである。もしかしたらひっそり一般人を呪ったりしてるのかもしれない。怖っ、などと失礼なことを考えた。
「マナーに反すると言えばその通りだけど、大地に対してはそういう問題は無いよ。だってあいつ、自分の術式隠してないもん」
「そんな馬鹿なこと……」
「あるんだよなあこれが。試しに直接術式聞いてみ? べらべら教えてくれるから」
御三家の相伝術式は、強力な分扱いが難しいものが多い。そのため、ある程度外に漏れる事も織り込んで使われている。その裏には相伝条件の一つに、知っていたところでどうしようもない、というのも理由の一つではあった。
「そもそも大地の『支配握術』については禪院家自体が全情報の解禁をしてるから」
「……どういう事です?」
「だから言葉の通り、支配握術に関して一切の規制や罰則を設けないって事になったの。意味不明だって思うかもしれないけど、これマジなのよねえ」
ちらり、と質問した恵が、二年を見た。揃って頷かれるのを見て、彼は眉をひそめる。
「もちろん自分達から術式の詳細を明かそう、なんて話ではないけど。さて恵、これが意味するところは何だと思う?」
「もしかして……術式が陳腐化した?」
「せいかーい」
持っていた、正解っぽい音を出すボタンを連打する。全員から一斉に鬱陶しそうな視線を向けられた。どうやらクイズ番組形式はお気に召さなかったようだ。ひっそりとボタンをポケットにしまう。
「支配握術は、流し込んだ呪力の総量に比例して対象への影響力を強めるっていう、まあ接触型のオーソドックスな術式だね。面倒くさい点と言えば、操作の範囲が広すぎて扱いきるのが難しいって点かな。ただ物体を操るだけなら、それこそ傀儡操術の下位互換になっちゃうし。まあまあ頭を使う術式だね」
この手の術式で厄介なのは、直感的な使用に向かないという点だ。
例えば触れた相手を確定で一秒制止させる投射呪法や、弱点を強制的に付与する十劃呪法などは、あれこれ考える必要など無い。それこそ彼我の呪力差すら無視して、相手へ強制的に術式を押しつける事ができる。そういったタイプの接触型と比べれば、利便性で一枚も二枚も劣ると言えた。
それでも相伝術式の一つに数えられていたのは、偏に便利だからだ。主力としては物足りないが、チームに一人いると便利、それが支配握術の立ち位置である。
いや。であった、か。
「すでに聞いたことがあるかもしれないけど、大地は支配握術を縛りやら何やらでぐっちゃぐちゃに改造してね。今や原型もないの。禪院家としては要点が縛りの内容になってて、今後生まれてくる支配握術の使い手はその通りに縛りを結ぶ事になってるだろうね。だからミスリードの意図も込めて、あえて支配握術の詳細を隠さなくなったのさ。現状、秘伝として扱われているのは縛りの方だ」
とはいえ、真似たからといって大地ほど強くなれる訳ではない。彼は今の力を手に入れる前でも、禪院最強の術師だった。特級呪術師・天童大地は、あくまで彼の才能と――なにより気が遠くなるような研鑽あってこそである。
「じゃあ今から教えてくれるのは、あくまで支配握術の方であって、天童が実際に使う術式じゃないって事?」
「いいや、普通に大地の力を教えるよ」
一年が揃いも揃って、なんでじゃい、という顔をした。こういうのが面白くて、わざわざ回りくどい話し方をしたのだ。大成功。
「言ったでしょ。あいつは術式を全く隠してないの。知られてないのは、あくまで使用頻度が高くないのと、見てる奴がそれを理解できないからだよ」
ちなみに敵で知っている奴はいない。対峙すれば漏れなく始末されている。
「大地の力について語る場合、真っ先に思いつくのが強力無比な式神だよね。――ぶっちゃけあれ、大分微妙な性能です」
「あれで!?」
声を上げたのは悠仁だ。いかにも式神の力を直接見た人間の反応だ、と悟は小さく笑った。
「論理的に能力を上げると分かりやすいんだけどね。特殊能力なし、これと言った特徴なし、射程距離は式神としてあまりに短すぎる半径10メートル。そりゃあ普通の式神と比べれば悪くないけど、術式由来の式神としては明らかに色々と足りてないね」
しかも、これは未確認情報だが、式神のダメージは本体にフィードバックするらしい。なおさら産廃性能である。正直、何を考えてこんな式神にしたのか聞きたいくらいだった。
「でもめちゃくちゃ強いぜ?」
「それは単純に大地が強いから。式神の性能は呪力量に比例するから。その上半径10メートルなんて縛りをつけてりゃ、それこそ接近戦で無双してくれるくらいじゃなきゃ割に合わないよ」
へー、と悠仁が気のない返事をする。これは分かっていない反応だ。まあ、呪術師歴数ヶ月では仕方ないが。
悟は仕方ないな、と小さく肩をすくめて例を出した。
「恵や順平を見てみなよ。澱月は大して呪力量がないのに高い防御力と汎用性を持ってるし、攻撃力不足も毒と手数で補ってる。十種影法術なんて、いかにも式神特化の術式らしくもっと卑怯だよね。破壊された式神の力と特徴が他の式神へ引き継がれるなんて破格だよ」
「そうなの?」
と、恵と順平の方を見るが、反応は鈍い。彼だって自分以外の術式由来な式神使いを見たことがないのだから当然だ。
「恵はもちろん、順平の方だって普通の式神使いが見たら助走を付けて殴るレベルだからね」
「そっかー」
と、どこかしょんぼりした虎杖悠仁君(生得術式なし)。術式そのものがうらやましいお年頃だった。そういえば、前に生得術式がないと言った時も、随分へこんでいた。
まあ、その悠仁も悠仁で、天与呪縛のフィジカルギフテット以上の身体能力に呪力まで出せると、一昔前の真希が助走を付けて殴っても文句言えない存在なのだが。こういった所は、自覚するのが結構難しい。人間、基本的に無いものを見る。
「まああれ、実は式神じゃないと思えば、より一層しょぼいんだけど」
「オクラ?」
「そうなの?」
「あれが式神じゃなかったら何なんだよ」
二年生組がこぞって言う。
その反応を待っていたとばかりに、悟はにっと笑った。
「普通の式神は形代を楔にして作る。形代じゃないにしても、楔の存在は術式に刻まれた式神ではない場合、絶対に必要だ。でも大地は楔なんて用意してないし、当然支配握術に式神なんて刻まれてない」
だから、と続ける。
「あいつは楔の代わりに中身を用意した。呪術師なら大抵の人間が持ってるそれを、楔の代わりに中へ敷き詰めたのさ」
「まさか……!」
「察しがいい子は気付いたね。そうだよ、式神の中身は生得領域なんだ。生得領域を結界術で覆い、人型にした。それがあの式神の正体だ」
「ありえな……いや、ありえるのか?」
「まあ僕だって話を聞いただけなら「馬鹿じゃねーの」で終わらせてたよ。でも実際に見せられたら納得するしかないよね」
悠仁と順平以外が顔を引きつらせる。その顔が見たかった、と大きく頷いた。アホ面晒したのが自分だけなのは気に入らなかった所だ。
呪術師の最終奥義、“領域展開”。つまり、大地の式神は極端に変則的なそれだった。
必中必殺の効果などない。結界で内外を区切りもしない。出し消ししても術式が焼き切れない。限定的な作成方法故に、技術的な手法による分解もできない。この世で最も堅固な、そして無力な領域展開だ。それこそ異例すぎて、どの方面から評価すればいいかも分からないほどに。
「散々虚仮にしたけど、だからといってあの式神が弱い訳じゃないんだ。10メートル以上じゃ無力な代わりに、10メートル以内ならほぼ無敵だよ。特に殴り合いとか考えちゃ絶対にいけない相手だ。僕でも勝てない」
「え? 先生でも?」
「うん。百回やって百回負ける、とまでは言わないけど、まあ九割以上負けるよね。式神単体でもクッソ強いのに、あの式神を相手にするって事は、自動的に大地から挟撃を受けるって事でもある」
「げっろ」
「でしょ?」
うえっ、と舌を出す悠仁に軽く詰める。この共感も欲しかった。
接近戦に特化した上、能力までも極振りしたが故の性能。それこそ、殴り合いでは大地に勝てる者などいないのではと思わせる。
いくら悟が強いと言っても、六眼に無下限呪術の組み合わせは過去存在した――ということは、少なくとも悟に匹敵する術者は過去に存在したという事だ。しかし大地は、間違いなく呪術師の中でも歴代最強の近接戦闘能力を持つ。
一体何を食ったらそんな発想が出てくるのか。少なくとも悟は思いつきだってしない。ましてや実行するなど頭がおかしいとしか言い様がなかった。そこにたどり着くための努力まで考えたら、執念すら感じる。
「つまり大地は、術式だけじゃなく基礎能力もえぐいのさ。あいつのおかしい点は表向きの性格だけじゃない」
「あの……」
「はい順平君!」
お行儀良く手を上げた順平を指名する。みんな好き勝手喋っているのだから、勝手に発言すればいいのに。育ちの良さが窺える。
「ざっくり強いっていうのは分かったんですけど、それって他の『強い』って言われてる人とどう違うんですか? 例えば一級呪術師なんかと比べると」
「はい、今非常にいい質問しましたよー!」
順平は新人だから分からない――という訳ではない。実のところ、この中で術師歴が一番長い棘ですら、具体的にどう大地が強いのか分かっていないだろう。
「術式という要素を抜いて大地が強い理由は三つ。生得術式をいじくり倒す頭のおかしさは今まで説明したろ。そのほかに呪力操作技能と呪力の性質がある」
後者、呪力の性質については、一年全員が心当たりがなく、不思議そうにしている。
今度手を上げたのはパンダだった。
「はーい、せんせー。それって秤みたいな感じですかー」
「そうそう。知らない子に説明するとね、秤の呪力はざらついてて、殴るとヤスリで殴られたみたいになるのさ。拳に松ヤニと砂を塗したって言った方が分かりやすい?」
「たまにいる、呪力が熱かったり寒かったりするやつか?」
「それも正解。つまり、呪力の性質は個々人によって千差万別なんだけど」
さすがに秤金次ほど表面化している者は珍しいが、全ての者に呪力性質の偏りはある。こればかりは悟とて例外ではない。
「普通は表面化するほど呪力特性があった方が強いんだけどね、大地は真逆を行った。つまり呪力性質を極端なまでに平均化、あらゆる特徴を消してフラットな状態へ持って行ったんだ。訓練でね」
「それって何か意味があるのか?」
「ない……とは思うんだけど、本人曰く、その方が呪力の扱いに癖がなくなるらしいよ」
曖昧な言い方になってしまうのは、六眼を以てしても効果の程が分からないからだ。もしかしたら、ただのプラシーボかもしれない。
ともかく大地の感覚では、呪力が波打たない状態の方が術式効果が安定し、また細かい部分まで調整しやすいとか。悟のみならず、大抵の人間は「んなオカルトに傾倒するより呪力出力を増やしたり呪力操作を高めたら?」と思うだろう。まあ、そちらの伸びしろがないから訳の分からない理論に走ったのかもしれないが。
分からないだらけだが、現実として呪力の平均化が成ってから、大地は今の術式を成功させた。
「呪力性質に関してはあいつの執念がヤバいってだけでもいいけど、呪力操作は本気でえげつないよ。そうだな、例えば一級呪術師の平均的な呪力操作技能は、数字にすると0.3くらいなんだけど……あ、ちなみに僕は1だよ。六眼のおかげで完全にロスなし」
「え? そんなに低いの?」
と、悠仁が驚く。実のところ、この数字はあまり公になっていなく、また本人も感覚だけでは理解しきれない領域だった。
多分、この世で正確に数字を測れるのは悟ただ一人だ。
「この数字、見た目より遙かに強さに繋がるんだよね。術師の力っていうのは、大体『術式×呪力出力×呪力操作』で決まるんだ。呪力操作は0.05違うだけで、覆しようがない力の差が生まれると思った方がいい。これは比喩でもなんでもないよ。呪力操作は性能の底上げだけじゃなくて、術式の拡大向上に必要な素地でもあるんだ。操作が精密であればあるほど、術式の解釈を広げた際の自由度が変わってくる――見た目以上の戦力差が生まれるのさ」
実のところ、呪力操作こそが悟を最強の術者たらしめる所以だ。完璧な呪力操作があるからこそ、無下限呪術が強いと言えるのである。
「ちなみに大地を除き、生徒の中で最大値は与の0.321、最低値が真希の0.146だね。真希は呪力に触れたのも最近だから要修行だ」
「くそっ」
悔しがったのは、妹に大敗しているからか。これに関しては、目覚めていきなり勝てる訳もないので仕方ない。なにせ真依は、少ない呪力でどれだけ上手くやりくりするかを考えさせられていた術者だ。呪力操作技能なら、生徒でも上位に食い込む。
「で、マジキチ大地くんはなんと驚異の0.918です」
驚きはある――が――いまいち価値が分からないという感じの驚きだ。凄いは凄いが、そういう奴もいるんじゃね、的な。
「ちなみにどれだけ高度な呪力操作技能があっても、0.4にギリ届かないくらいだからね。0.5以上なんて、呪術師の歴史でも六眼持ちくらいしか確認されてないよ。……なんて言っても分かりづらいよねえ。でもこれ、反転術式で考えれば悲惨な数字が出てくるんだ」
黒板にでも書いた方が分かりやすいか、と思ったが。この部屋に筆記用具はない。生徒の待機室から近場だという理由だけで、適当に押し込めたのだから当然だ。仕方なしに言葉で説明する。
「反転術式は、順転術式に順転術式を掛け合わせて精製する力だ。という事は、呪力出力×呪力操作×呪力操作で最終的な出力が決まるわけ。僕だと相変わらず1、大地なら0.81まで落ち込む訳。さて、一級術師として平均的な0.3だと?」
「……0.09?」
「そ! 元の呪力を一割も生かせないという結果になる訳」
これこそ、反転術式が超高度技術と言われる最大の理由だ。一般的な術師の到達点であっても、エネルギーの一割しか運用できないのだから然もありなん。ましてや反転術式は並列して高度な呪力操作を行う必要があり、労力に見合った結果を現実できないというクソみたいな仕様となっている。
家入硝子という反転術式
理論上は、大地なら反転術式のアウトプットもできるだろう。彼以外にそれができるのは、特化型の硝子か、もしくは膨大な呪力を持つ憂太くらいか。とはいえこれは向き不向きの影響が強い。悟のように、出来ない奴はできなかった。
「同じ呪力でも、ざっくり三倍以上の威力が出ると思った方がいい。ましてや術式となったら、比べるのも馬鹿馬鹿しいよ。呪術界じゃ僕に匹敵するって言われてるけど、正直それでも過小評価だね。現状彼は、僕を殺しうる唯一の術者だ」
「それって……天童の術式が関係してるんすか?」
そう。膨大な呪力と、高度な呪力操作だけでは悟に勝てない。重要なのは、なんだかんだ術式。
こうテンポ良く質問してくれると、説明しているこちらも楽しくなる。教え甲斐があるというものだ。
「端的に行こうか。大地が改造を繰り返し、その果てに新しく生み出した術式は『時間停止』だ」
「…………」
しばし沈黙の後、真希がぼやけた一言。
「はぁ?」
何言ってんだコイツという視線が(それこそ悠仁や順平に至るまで)刺さってきた。信頼がなさ過ぎる事にちょっと泣けてくる。
「さすがに荒唐無稽すぎますよ。嘘つくにしたってもうちょっと何かあるでしょ」
「ここってところでフカシてんじゃねーぞ悟」
「そーだそーだ」
「しゃけしゃけ」
「ねえ、五条先生っていつもこうなの?」
「そーよ。しょっちゅういい加減な事言うし嘘だって言うわよ」
「気持ちはわかるぞ順平。俺もそうだった」
「ちょっと、僕がふざけてる前提で話進めないで。あと棘は消しゴム投げるのやめなさい。地味に嫌だよ」
頭に当たった消しゴムを掴んで、棘に投げ返す。受け取った棘は、消しゴムをペンケースにしまい直した。
「で、本当は何なんだよ」
「いやマジマジ。あいつは最大で10秒――まあ時間が止まってるのに秒って数えるのもおかしいけど、まあとにかく体感で10秒、時間を止められるんだ」
「だからその嘘はもういいって」
「とりあえず聞いて。大地の呪力探索範囲はおよそ1キロ。大雑把に動きが把握できるのは二百メートルで、精密な動きを把握できるのが百メートル。あいつの身体能力なら、障害物が何もない平地で1キロ、平均的な市街地で七百メートル、これが10秒以内に接近し、かつ致命傷をたたき込める距離な訳。自分の術式に合わせて感知能力を伸ばした結果だね。ちなみにこの致命傷っていうのは呪霊基準で、つまり全身跡形も無く粉微塵に粉砕できるって意味だよ」
「……もしかして、マジなのか?」
「大マジも大マジよ。いやー、初見の時はほんと死ぬかと思ったね」
やっと本気を感じたのだろう。生徒全員が、口をあんぐりと開けていた。まさに絶句といった様子だ。
「いや、そんなことあり得るんですか?」
「今までの常識に当てはめるなら、絶対に無理と断言するよ。でも、実行されたらできるとしか言い様がないよね。あいつはあらゆる物体を掌握できる支配握術を、ただ一つ、時間という方面に割り振った――あるいは振り切ったんだ」
断言され、言葉もないといった様子の皆に対し。
「どう? 禪院家が大地を、大地が構築した縛りの順手をありがたがる理由が分かったでしょ。あそこまで執拗にならなくとも、三割程度真似できれば、十分に今までの常識ではあり得なかった現象を引き起こせるんだ」
間違いなく、時間停止は大地が考えた中でも最大最強の術式に違いない。そこまでいかなくとも、例えば既存の物より強大な火を生み出す術だったり、あるいは対処法が分からない術式を叩き付けるだけならば、もっと簡単に行くだろう。いや、行く。ある程度の確証があるからこそ秘術として隠されたのだ。
さすがに異常としか言えない努力の果て、平均化した呪力特性に、0.9もの効率を誇る呪力操作前提という事はあるまい。そこまでしなければものにならないなら、そもそも支配握術の詳細を秘匿解除されなかった。
あくまで天童大地が飛び抜けて強いだけであって、後続の支配握術を持つ者にとっても十分有用。そういった性質のものであるだろうし、大地はこうした細やかな気遣いができる男だ。
(もっとも、時間停止が全てじゃないだろうけどね)
時間停止だけでは説明がつかない事象が、彼の周囲で度々起こっている。
例えば究極メカ丸が与幸吉として現れたり。超人的な支配握術の持ち主としてならば、説明がつかないこともないが、時間停止ではどうやったって不可能だ。真依と真希の相互関係を書き換えたのも同様。彼にはまだ、悟すら知らない切り札がある。
知りたくはあるが、さすがにそちらまで無理に明かそうとは思わなかった。やってしまえば後は戦争だ。
とはいえ、あまり警戒もしていなかった。というのも、彼は戦闘中に『変化』ないしは『改変』の力を使ったことがない。
『時間停止とは一緒に使えない』か、『戦闘中には使えない縛り』を結んでいるかのどちらかだと踏んでいる。後者の線が濃厚だが、仮に使えても、性格的に好んではいないだろうというのは分かっていた。
「ねえ! 時間停止って五条先生ならなんとかできんの?」
「あっはっはっ。無理!」
手で大きくバツを作りながら断言する。
「えっ……そんなあっさり……」
「だってさあ、うぬぼれでなければだけど、時間停止も式神も近接戦闘に特化したのも、全部僕に勝つ為だよ。接近戦なら九割以上負けるけど、中距離以上なら十割勝てる。普通は平均的に負けないようにするもんだけど、やっぱあいつ頭おかしいね」
「先生って天童とそんな長い付き合いなの?」
「初めて会ったのはだいたい十二年くらい前かな。どんな出会いだったかは全然覚えてないけど、時期だけははっきり覚えてる。丁度、恵を迎えに行ったのと同じくらいだ」
これに関しては、恵や大地と出会ったから覚えていた訳ではなく、親友が裏切った日に近かったらたまたま記憶に紐付いただけなのだが。間違いなく理解されないだろうから黙っておく。
昔懐かしもうとして――すぐ止めざるをえなかった。本気で記憶にない。あの頃は自分でも引くほどろくでなしだったし、大地も覚えられないほど弱かった。実際、彼の名前を認識したのはそれから数年後の事だ。
「交流会じゃ時間停止は使わないだろうし、それこそ式神だって使うか怪しいけど。知っておいて損はないでしょって事でとりあえずね。対策くらいは考えときなよ」
「いや、時間を止められたら対策もクソもねえだろ」
「あはは! そりゃそーだ!」
手を叩きながら笑う。
生徒の中には何人か、いずれ自分の位置までやってきそうな者はいる。ただし、それは今日明日の話ではない。現段階で自分と同等の大地に勝とうと思うのは無謀だ。
その上で大いに悩めばいい。学生というのは、若いというのはそういう事だ。
今は無意味でも、いずれ届く時が来る。それくらいは期待してもいいだろう。
「さて、結構時間を食ったね。じゃあそろそろ、交流会後半に行こうか」
手を叩いて意識を引き戻し、グラウンドまで引っ張って行く。
大地と戦う事になったならばそれでよし。あれで面倒見がいい彼の事だから、きっと得がたい経験をさせてくれるだろう。そうじゃなくとも今年の京都校は、葵に幸吉にとスタッフ揃いだ。共闘でも敵対でも、同じ戦場で戦う意味は大きい。
もしかしたら、この戦いを経て実戦経験を積めば、何人か一級に推薦できるかも。未来を想像しながら、悟は思った。
やっぱり教師は難しいが、同時にとても楽しい。