だいたい殴れば解決する   作:三回転半ドリル土下座

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交流会団体戦10 タッグマッチ

 ところで。虎杖悠仁はお祭りが好きである。田舎者の彼には町中で遊ぶにも場所が限られる(と野薔薇に言ったら蹴たぐり回されたが)し、実際、娯楽と言えばほぼテレビだった。そんな彼が、全身で楽しめる機会というのがお祭りだ。

 だから姉妹校交流戦後半も概ね楽しみにしていたのだが。周囲のテンションはめちゃくちゃ低かった。それこそあまりのテンション差にちょっと挙動不審になった程である。

 

「……あんた、無闇矢鱈に元気ねえ」

 

 背後から、気だるさを隠しもしない声。振り返ると、ショートボブでノースリーブの女性だった。

 

「えっと、禪院先輩」

「禪院はやめて。真依先輩か真依さんにして」

 

 やたらめったら不機嫌そうに、そう返される。

 禪院真依。先輩の妹なのに先輩という、微妙にややこしい立場の人だ。おまけに姉妹揃って名字呼びを極端に嫌っており、二重にややこしい。

 

「じゃあ真依先輩、なんでこんな皆してやる気無いの?」

「そりゃ東堂や天童と一緒になりたくないからよ」

「えー。強い奴と当たる分には、まあ経験になっていいんじゃ」

 

 つぶやきには、馬鹿を見る目で返された。

 

「戦いたくないんじゃなくて一緒になりたくないの。敵でも味方でも目障りなのよ、あいつらは」

(すっげえ嫌われてる……)

 

 いやまあ、好悪の分かれる性格だというのは分かるのだが。こいつら頭おかしい、とは悠仁も思っていたし。だがそれはそれとして、世話になった人がこんな扱いをされているのは、大分切ないものがあった。

 全体を見る限り、京都校に限った風潮でもないようだし。というか、実際に絡まれた野薔薇はともかく、恵すらそんな態度な当たり、どんだけウザいと思われているのか。

 

「やーやーみんな揃ったね」

 

 生徒がストレッチやら雑談やらをしている間に、教師陣もやってくる。手に持っているのは、先ほどくじを引いた箱だった。中身だけ入れ替えて再利用する気だろう。

 

「あ、勝負の前に一つ。真希と真依はほどほどでね」

「最初からこんなことで血眼になって頑張る気はないけど、どうしてだよ」

「君ら二人はこの後、準一級の査定があるから」

 

 言葉に、二年と三年があんぐりと口を開ける。

 

「え? 何? どしたの?」

 

 悠仁と同様、よく分かってない組、つまり一年と新人は、訳が分からずキョロキョロしている。今度は分からないのが自分だけでなくてよかった、とひっそり思った。

 

「は? マジで?」

「大マジも大マジ。禪院家もようやっと掌を返す気になったらしいね」

 

 とりあえず悠仁は、一番近くにいて事情を知っていそうな人へと話しかけた。確か三輪霞と言ったか。

 

「あの」

「ひゃっ」

 

 びくん、と霞が小さく跳ねる。なんか呪術師にしては、いちいち仕草がかわいい人だった。

 

「これどういう意味なの? なんかみんなめちゃくちゃ驚いてるけど」

「えっと、私も一般家庭の出身だからちゃんとは事情をしらないんだけど。どうも真依とそのお姉ちゃんって、実家ととても仲が悪いみたい。一度禪院家の使者って人にあったけど、すっごい苦手」

 

 うえー、と呻きながら言って。苦手どころではなく、とても嫌な奴だったのだな、とはすぐに分かった。

 

「ありえねえだろ。発案者誰だよ。ジジイか?」

「それがねえ、禪院扇なの」

「なおさらねえわ」

 

 真希がばっさりと切り捨てる。こちらは霞よりもよっぽど露骨に嫌悪を出していた。

 

「気持ちは分かるけど、今回に限ってはガチだね。全力投球すぎて僕ですら横やり入れられないほど。ねえ、冥さん」

「君達のお父上から準一級推薦で2000万、一級推薦時には3000万貰うことになってるよ。推薦者が全て禪院家の人間だったり、保守派で固めてたりすると外聞が悪いから無所属の私に依頼したんだろうけど、たかだか二名の推薦二回で5000万とは随分お大尽だ」

「……私らが()()()な呪術師になったからか。気に入らねえな」

「大方権力闘争でごちゃごちゃした結果なんだろうけど、まあ身内でやる分にはどうでもいいじゃん? せっかく昇進させてくれるんだからありがたく利用しな」

 

 数字にぎょっとして。またひそひそ話をする。

 

「呪術師の昇進が推薦制っていうのも初耳なんだけど、推薦一個にこんだけお金が動くもんなの?」

「ないない。禪院家、というか御三家がおかしいだけ。あれ? でも桃先輩が似たような事言ってたような……もしかして呪術界の旧家ってみんなおかしい?」

「よくわかんねーけど、古い家の金持ちってすげえなー」

 

 我ながら小学生みたいな感想だと思うが、本気で想像もつかない世界なので他に言い様もない。5000万円もの大金を右から左に動かせるとは、さすが資産家と言うより他なかった。

 

「君達の潜在能力を解放したのが禪院家縁の大地だったのもよかったんだろうね。他だったらこんなスムーズに行ってなかったんじゃないかな」

「あいつに感謝するのすげえ嫌なんだけど」

「別に感謝する必要ないんじゃないかな。本人めちゃくちゃどうでもよさそうだし」

 

 言葉につられて大地を見ると、話に飽きたのか、欠伸などしている。態度はあからさまにはよ始めろと告げていた。

 短い付き合いだが、彼の考えていることはなんとなく理解できる。それほどあけすけであり、同時に単純な思想をしていた。つまるところ、全ては興味のあるなしなのだ。一度飽きたものはとことんどうでもいい。

 そして、だらだらとしているのも嫌う。このまま時間を食っていたら、どこかへすっ飛んでいってしまいそうだ。

 

「ちなみに僕達教師は忙しいから、監督の準一級以上は生徒の中から自分で選んでね」

「棘、頼む」

「しゃけ」

「与」

「分かってる」

 

 真希はともかく、真依までもがノータイムで大地と葵を避けていた。巻き添え事故を食らった、ええと、糸目な準一級の人は泣いていい。見た目からは何かしら思っているようには見えないが、若干うつむき加減になってる気がする。

 というか、思ったのだが。

 

「ねえねえ。呪術師の昇級が推薦制って結構しんどくない?」

「実際しんどいよ。コネがないと低い階級でずっとくすぶってるとか結構聞くし」

 

 それはさんざん人材不足を嘆かれている界隈としてどうなんだろう。もしかしたら、そういう所も含めて悟の改革があるのかもしれない。

 真希と真依に対する注意が終わったところで、早速くじ引きに移った。悠仁の順番は真ん中あたり。まあくじなど引く順番で何が変わる訳でもないので、特に奪い合ったりと言ったことはなかった。

 悠仁が引いたくじは『1-A』。とりあえずくじを掲げながら声を上げる。

 

「1-A引いた人ー」

「俺だ」

 

 と、なぜか腕を組んで格好付けながら紙を指に挟んだ大地が答える。

 

「げ。てことは」

「1……B」

 

 野薔薇と恵が、やたらめったら引きつった顔で答える。第一試合は悠仁・大地組対野薔薇・恵組のようだ。

 他にも第二試合に葵がおり、真希・真依姉妹が悲鳴を上げていたり。第三試合組が露骨にほっとしていたりと、悲喜交々はあったものの。おおむね悟の手腕(つまり無視)で進められた。

 それぞれが位置につくと、はいはじめー、という気の抜けて合図と共に、試合が始まる。そしていきなり、悠仁は投げ飛ばされた。

 

「えっ!? なに!?」

 

 勢いはたいしたことなかったので、着地に困るような事はなかったが。如何せん唐突すぎて混乱する。

 そんな様子を見ながら、大地はさも当たり前の様に言った。なぜか微妙に格好付けて。

 

「二人では相手にならん。悠仁(ブラザー)よ、丁度いい機会だ。お前は特級との戦いでレベルを上げた。ならばここで俺と戦い、上げたレベルの感覚を完全に定着させるんだ」

「お、おお……。意外に考えてるんだ。できれば先に言葉で説明してほしかったけど」

 

 まあ一度分かってしまえば。後は全力でブチ込むだけだ。

 一歩で懐に飛び込み、最速最短で突き出した右の拳は――あっさりと左手で、外側にいなされた。

 

「あれ?」

 

 という呟きが、最後まで声に出たかどうかは分からない。ただ、前後して左頬に衝撃が走ったのは分かった。重くはない、が、鋭い。ショートフックを貰ったと気付いたのは、地面を三回転くらいした後だった。

 ぎょっとしながらもすぐ立ち上がれたのは、本当にただ当てただけの攻撃だったからだろう。頭も、多少激しく揺さぶられた程度で、ダメージはない。

 驚いたのは、至極あっさりと対処された事だ。

 自慢ではないが、悠仁は喧嘩が強い。多人数に囲まれても負けたことはないし、葵にだって互角以上に通じていた。悟には攻撃が通らないからおいとくとして、ここまで明確に格下扱いされたのは初めてだ。

 

「禪院家は御三家の中でも一番接近戦の相伝術式が多い。つまり、体術の本家でもあるわけだ。お前が弱いとは言わないが……やったことは、格闘技のプロに素人が無策で突っ込んだも同じだな」

「今のでよく分かったよ……。俺も少しは格闘技かじってたんだけどな」

「それこそ町中の喧嘩自慢って程度だろ。つまり、工夫をしろという事だ」

 

 言葉と共に飛んできたのは、ジャブ、だと思う。見えなかったから、あくまで予想だが。続いて右ローキックを貰い、一回転以上して地面に叩き付けられた。お手本のような対角線の攻撃だった。例え一発目を受けられたとしても対処しきれない。

 

「虎杖が子供扱い?」

「嘘でしょ? あいつ、コンクリの壁を「鉄筋じゃないから平気」なんて言ってぶち抜く奴なのに」

 

 改めて、天童大地はめちゃくちゃ強かった。ここまでだと、身体能力がどうとか呪力がこうとか、そんな細かい事ではない。全ての面において圧倒的に上を行かれている。

 才能、センス、勘……そういったものでは絶対に埋め切れない差が横たわっていた。実力差がありすぎて、どこをどうすれば少しでも埋まるかが分からない。

 かといって、この状況で奇策やらというのも思いつかなかった。そういったものは得てして地形や障害物を利用するのであり、要素が少なければ少ないほど地力での勝負になる。後は、定石で言うなら数を頼りに袋たたきだが。それは工夫でもなんでもないし、そもそも勝てる気がしない。

 

「虎杖! クソッ、満象!」

 

 影絵を組んで現れたのは、象だった。各所に派手な装飾があり、カーニバルを連想させる。象は恵のすぐ近くで構えると、ぷくりと頬を膨らませた。

 ここに居たら巻き込まれる。咄嗟に判断して、転がるようにしてその場を離れた。悠仁を巻き込む事前提で放つのだから、そう危険な攻撃ではないだろう。しかし、大地へ向けるのだからそれなりに思い切ったものではあるはずだ。

 が、警戒は杞憂に終わる。

 一瞬で移動した大地が、象の足を軽く蹴った。少なくとも見た目には。四肢の一つを折りたたまれるように曲げられたそれは、あっけなくすっころび、攻撃さえも中断させられる。柔道か何かの応用なのだろう。ただし、悠仁が知っているそれより極端に高度化した。

 これで恵も無防備になると思われたが。満象は倒れ込んだまま影の中に沈んでいき、代わりに大地の影、死角となる位置から出てきたのは玉犬・渾。恵と大地の影が繋がった事で可能な、酷く限定的な技だ。ただし、場面が限定されているが故に、推測も難しい。

 玉犬・渾の鋭い爪が背中に刺さりそうになって――しかし彼は振り向きもせず半身になり、あっさりと躱した。さらに玉犬・渾の手首を掴みながら足首を払い、勢いを利用して恵に投げつける。

 

「悪くない連携だが、満象とやらは少々露骨すぎたな。あれではいかにも見せ札ですと言っているようなものだ。やるならせめて名を呼ぶな。叫ばなきゃ召喚できないなら、言霊なしでも呼べるようにしておけ」

「あっさり言いやがって!」

「あっさりにもなる。呪力が足りないだけなら、もうちょっと突っ込んで言えるがな。お前の問題は単に練度不足だ。まあ安心しろ。見込みはある」

 

 言っている間にも、野薔薇が連続して釘を放っていた。それも、ハエでも払うかのように軽くたたき落とされている。

 

「込めている呪力の割には威力が弱いぞ」

「うるせぇ! 虎杖!」

「応!」

 

 悠仁は両手に呪力を込め、思い切りスレッジハンマーを落とした。ただし、対象は大地ではなく地面だ。強烈な打撃がひび割れを生み、局所的な地震が発生する。目的は動きを制限することではなく、今まで放たれた釘を巻き上げる事。

 浮いた釘が、最高点に達したところで。野薔薇が宣言した。

 

「『簪』」

 

 釘に込められた呪力が破裂し、杭打ちみたくなる。が、それが機能する前に、全て明後日の方向へ向いてしまった。

 大地がやったのは単純、両腕を振り回したのだ。生み出した風圧で、軽い釘が舞い上がる。

 

「発想は悪くない。が、伏黒の焼き回しだ。本命を当てたいなら、一手目の時点で真に迫れ。布石だと思われた時点で大抵は失敗する」

「拳圧だけで釘をぶっ飛ばす化け物がそうそういてたまるかボケ!」

「どうどう釘崎」

 

 気持ちはひたすらに分かるが、どれだけわめいても詮無い。そして、気を抜いてる暇も。

 悠仁は姿勢を戻すのすらおざなりに殴りかかった。正拳、裏拳、回し蹴り、果ては猫欺しまで。正道の技から意味不明な行動まで、あらゆる手が先読みされている。今は受け流されているが、その気になったらかすりもしないだろう。

 が、それでいい。所詮はただの時間稼ぎだ。

 悠仁が釘付けにしている内に、恵と野薔薇が接近した。恵が何かを手渡し、受け取った野薔薇が凶悪に笑うと、藁人形を取り出す。中に込められているのは、先ほど玉犬・渾がかすめ取った髪だ。

 

「おっ死ね!」

 

 芻霊呪法、共鳴り。野薔薇渾身の呪いが叩き付けられ、それが大地へと襲いかかった。

 筈なのだが。

 

「……?」

「なんでだよォッ!」

 

 全くのノーダメージ、どころか本人が何かされた事にすら気付いていない。野薔薇は金槌を思い切り地面へ叩き付けた。

 

「いくらなんでもおかしいでしょ! ショボい触媒だったからって効いてないなんて事あるわけねーだろ! どういう体してんだ!」

「ふむ。どうやら術式の本質は呪力の追跡、ないしは応報か。ということは、先ほどの呪力に指向性を持って爆発させるのは拡張術式だな。さすがはハニー、もう高度な拡張術式を使いこなしているとはな」

「うるせえバアアァァァカ!」

 

 ついに野薔薇の語彙が死んだ。まあ攻撃無力化なんてされたらそうもなる。

 

「一通り見たが、やはり課題は悠仁、お前だ」

「えっ? 俺?」

「そうだ。お前には術式がない。呪力操作は黒閃の経験で多少改善されたが、根本的に呪力の出力が乏しい。今は身体能力で補っているがな。ならばお前に必要なのは手段! はっきり言おう、お前は黒閃に特化した術師となれ」

「いや、黒閃って意図的に出せるもんじゃないんじゃ。そう聞いてるけど」

「認識が雑だな。言葉を尽くすより見せた方が早いか」

 

 そんな事を言いながら、接近してくる。こうしている間にも、恵と野薔薇から津波のような攻撃が迫っているというのに。まるでものともしていない。

 大地が軽く拳を持ち上げた。悠仁は咄嗟に腕を十字にして防御態勢を取る。今までは初動を全くつかめなかったのに、今回のはあからさますぎる警告だ。

 しかし、そのまま打撃は飛んでこなかった。フェイントだと気付いたのは、本命の一撃を貰った時。

 今度の拳は、今までにないほど弱々しいものだった。打拳の威力だけではなく、乗っている呪力すらも目に見えて薄い。しかし次の瞬間、悠仁の体は吹き飛んでいた。

 

「――ッ!?」

 

 まるで肩から先が挽肉にされたかのような衝撃。威力はたやすく防御を貫通して、背中にまで疼痛を伝えていた。頭から上下の感覚がなくなり、視界が点滅する。やっと意識が安定したと思ったときには、十数メートルも離れた場所に居た。上半身が麻痺していて、すぐには立ち上がれそうにない。

 

「虎杖!」

 

 悲鳴のような野薔薇の声。

 大丈夫、死んではいない。そう答えたかったが、肺が痙攣して上手く言葉を発せられなかった。

 地に伏せている彼に、大地は淡々と続ける。

 

「黒閃は狙って出せない、というのはあくまで実戦レベルでの話だ。動かない対象にほどほどの呪力と軽い打撃であれば、黒閃を意図的に出すことは不可能ではない。例えば俺や悟などな。実戦で出そうと思ったら、成功率は二割を切るが」

「アンタらでそうなら普通は0.0001%を切るんだよ」

 

 恵が半眼になって呻いていたが。

 ようやく体の調子が戻り、未だ震えてはいるものの立てるようになる。黒閃を食らってこの程度という事は、本当に限界ギリギリまで手加減されていたのだろう。

 深呼吸を繰り返し、戦える程度まで回復させる。大丈夫、真人や植物の特級呪霊に貰った攻撃に比べれば、なんてことはない。威力もちゃんと全身に拡散できていた。

 戦闘に支障なし、とまではいかないものの、一応戦える段階にまで戻った時点で再度躍りかかる。新しい技はぽんと思いつくのだが、練度がまるでないそれが大地に通用するビジョンが全く見えず、結局普通に戦った。ただし、立ち位置は玉犬・渾と90度以上を維持する。恵も下手に式神を駆使するよりは玉犬・渾に力を集中すべきと見ており、能力が先ほどまでより数段上がっていた。もっとも、それでも攻撃を当てられすらしないが。

 当然の話として、黒閃を発生させるには攻撃を当てなければならない。黒閃はあくまで技ではなく、自然発生する事象なのだから。完璧に対処できるような相手とはひたすらに相性が悪かった。

 

「でもさ、俺やっぱ必殺技とか欲しいよ。なんかない?」

 

 連続した打撃、時折蹴りも混ぜて、タックルも試してみる。当たり前のように何も通じず、タックルは切られた上、地面に叩き付けられないよう優しく襟を引っ張られるというおまけ付きだ。

 これだけ優しくされてしまうのだから、喋る余裕も出てくる。というか、単に手詰まりとも言う。

 

「だから黒閃に特化すればいいって言ったろ」

「いやでもさあ、なんかもっとこう、凄い格好いいやつとか」

「むう……そういえばお前は、呪霊を殴るために呪物を飲み込むほどバイタリティに溢れた奴だったな。発想は短絡的でひたすらイカれてるが」

「酷くね?」

「そこに関してだけはアンタ何も言えないわよ」

「ド正論だろ」

 

 なんか仲間にまではしごを外された。悠仁はちょっと泣いた。

 

「だがまあ、お前が呪力というものを甘く見ているのは分かった。周囲には有力な術式を持つ者が揃っているから、勘違いも分からんではないが」

「勘違い?」

「見せてやる」

 

 同時――

 悠仁は全力で、背後へ跳ねた。玉犬・渾も同じく、大地から大きく距離を取っている。感じたのだ。大地の呪力が膨れ上がったのを。

 膨大な呪力は、右手に集中した。昏く、深く、濃密なそれは。深海の海を思わせる。一度飲み込まれれば、二度と戻れない。

 拳は真下へと下ろされ、地面に触れた瞬間。世界が死んだ。少なくとも、悠仁にはそう思えるだけの衝撃があった。

 呪術高専の広いグラウンド、一周五百メートルもあるそれが、たった一発で吹き飛んだ。地面は陥没し、グラウンド全体がひっくり返される。土埃が巻き上がって、何も見えなかった。人間が紙くずのように飛ばされて、誰がどこにいるのかすら定かではなかった。

 数秒後。振動が止んだのが先か、地面に墜落したのが先か。視界も通らない中、はっきりと感じたのは。ただ一人、悠然と立っている大地だった。

 

「こンの……バカァ! いきなり何やってんのよ! 思い切り砂かぶっちゃったじゃない!」

「ははっ、すまんな先生、許せ」

 

 外野から罵られ、気軽に返事などしている男に。しかし悠仁達が感じたのは、純粋な驚嘆だった。

 人間は――ただ呪力を極めただけで、こんな真似が出来る。

 

「……すっげ」

「その通り。ただ威力を求めるなら小細工など不要。最大にまで高めた呪力を一点集中し、さらに圧縮して解き放つ。これ以上の必殺はない」

「すげえのは分かったけど、もっと格好いいのがいい! 俺も超能力バトルしてえ!」

「フッ、向上心の塊か」

「ただわがままなだけだろ」

「根本的に呪術師を勘違いしてんのよアイツ」

 

 なんでいちいちボロクソに言われるんだろう。悠仁は今日何度目かの半泣きになった。

 

「じゃあこれはどうだ?」

 

 大地が左薬指を立てる。先端から、強烈なプレッシャーが放たれた。

 通常、呪力というのは見えない。見えても薄らした霧のようなものだ。残穢と言われるものの正体はこれで、様は残り香から呪力の痕跡を辿る手段となる。呪力を高めれば次第にはっきりとしていき、つまり、明確に視認できるほどになったら相手は戦闘態勢という事になる。

 膨大な呪力というのは、何度も、とまでは言わないが。幾度かは見てきた。例えば火山頭の特級呪霊であったり、植物型の特級呪霊だったり。彼らは薄ぼんやりではなく、明確に呪力が見えた。

 大地が今し方生み出したそれは。特級呪霊の中でも一握りのそれと比較してすら、次元の違う物だった。基本、常に揺れ動いている呪力が、まるで固形だ。

 

「基礎は必殺になる。逆に言えば、基礎がなければどれだけ優れた術式を持っていても宝の持ち腐れになるという訳だ。つまり、呪力操作を極限まで高めれば、術式なぞいらん。無論、あればあった方が便利ではあるがな」

 

 掲げられていた指が、まっすぐ突き出される。凝縮呪力が放たれた。

 

「レーザー!?」

 

 光の糸を引くような軌跡を描いて、呪力レーザーが地面を真っ二つに切り裂く。その切れ味は、どんな刃物よりなお鋭かった。

 呪力を極めただけで、ここまでできるものなのか。今まで見てきたどんな術式よりも、なお殺傷力で勝る。

 彼は態度で如実に語っていた。俺は禪院家だから強いのでも、良い術式を持っているから強いのでもない。ただただ俺が強いのだと。努力と研鑽を重ねた結果がたまたま今であり、例え術式がなかったとしても――我は我。

 何か声を掛けようとして。しかし次の瞬間、悠仁は意識が吹き飛んだ。

 

 

 

 はっと意識を取り戻した時、悠仁は空を見ていた。

 体を起こす。とりあえず、どこにも痛みはなかった。本当に、ただ気絶しただけらしい。

 

「やあ悠仁。おはよう」

「五条先生」

 

 隣には悟が座っていた。どうも試合は終わってしまったらしい。

 

「俺、なんでここにいるの?」

「それが笑っちゃうんだけどさあ、大地が撃った呪力砲、撃った場所が後から大爆発起こしたんだよね。悠仁はそれに巻き込まれて昏倒したって訳」

 

 ひとまず納得する。この場合、威力を褒めればいいのか、巻き込まれた自分の間抜けさを恥じればいいのかよく分からないが。

 

「で、負けたんだよね」

「そだね。まあ結果は分かってたし。さすがに今の実力じゃ、三人一緒にかかったところで大地相手に勝ち目はないよ」

 

 理屈としては分かるが、悔しいものは悔しかった。自分がほぼ無力であったとなればなおさら。

 思考を沈めて、己を顧みる。強くなるにはどうしたらいいか。悠仁は所詮新米呪術師、しかも生得術式を持っていない。いずれ宿儺の術式が転写されるというが、一体いつになるやら。どちらにしろ、生まれながらの呪術師には追いつかない。短期的にも強くなる方法が必要だ。どかばこずどんどっすん……

 眉をしかめて目を開ける。そろそろ目の前の現実から目を背けるのも限界だった。

 

「あとさあ、あれなに? なんか東堂が一人だけタコ殴りにされてるように見えるんだけど。いや、実際は東堂が一方的に殴ってるけど」

 

 第二試合は試合の体をなしていないというか、第一試合の焼き回しのようになっていた。ただし、大地のように容赦は無い。

 真依と真希とパンダがピンボールのように跳ね飛ばされては、殺気立って襲いかかっていた。葵はむちゃくちゃ楽しそうに受け止め、思い切りぶん殴っている。虐めてるんだか虐められてるんだか判断に困る光景だ。

 

「あれねー。どうも葵が大地に触発されてハッスルしちゃったみたい。ウケるっしょ」

「止めなくていいの?」

「止めるなら第一試合の時点で止めてるよ。葵だって殺しはしないし。それに、真依と真希が現実を思い知るにはいい機会だ」

 

 言っている意味が分からず、悠仁は首をかしげた。

 悟は基本ふざけているが、たまに教師の顔をする。実のところ、彼は常に重要な場面では先生をしていた。

 

「彼女らは棚ぼた的に力を得たからね。ちょーっと自分の力を見誤ってるんじゃないかって不安はあった。こういう時って、大抵上振れした場合を想定しちゃうんだ。葵は上手いこと、天狗になった鼻っ柱をへし折ってくれた。ただの偶然だろうけどね」

「へー」

「東京で悠仁達に低級の呪霊を祓って貰ったのも、その一環だったんだよ、実は。そっから徐々に力と都心の呪霊に慣れて貰おうと思ってたんだけど……ま、そこで上層部の腐ったミカンどもが特級の偵察なんて余計な事をしてくれたせいでご破算になったんだけど」

「あー……あれってそういう意図があったんだ」

「理由は一つじゃないけどね。実際、野薔薇には別の意図があったし」

 

 どうりで温い相手を任されると思った。策を弄すると言えば怖いかもしれないが、実際は獣が如き攻撃性を失ったため、差し引きマイナスだ。駆け引きは確かな基盤と、相手と同程度の知能がなければ逆効果になる。三級程度では、人質を取ったところで野薔薇を殺すのは無理だっただろう。怪我くらいはしただろうが。

 つくづく、自分達は悟に守られているのだな、と思う。こうしてただ体育祭もどきをしている間にも、ちゃんと成長を考えてくれている。

 ならば、後は応えなければならない。強くなって、せめて無力感で泣かずに済むよう。

 その後は特に問題など起きず、交流会は概ね恙なく終わった。結局、戦いはほぼ京都校の独壇場であったものの。チーム勝利側の人数数が理由で、東京校の勝利という形に落ち着く。

 なんともまあ締まらない終わり方ではあったが。終わりよければ全て良し。そういう事になった。

 

 

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