だいたい殴れば解決する   作:三回転半ドリル土下座

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天童大地となった理由 上

 東京都立呪術高等専門学校は、はっきり言って広い。生徒数が二桁を切る事も珍しくない人数なのに、学校の面積は、恐らくそこらの大学くらいあるだろう。東京校に限らず、高専には呪術師の本拠地という役割も求められるので、仕方ないと言えば仕方ないのだが。いざという時は関東圏の人員収容だけではなく、要塞としての役割だって求められる。

 何が言いたいのかと言えば、平時の高専はひたすら静かだという事だ。生徒が揃っていてさえそう感じるのに、出払っている今はなお強く感じる。

 パンダは一人、もとい一匹することもなく、庭をさまよっていた。一年ズは合同で任務をしており、真希と棘は準一級査定中、ついでに乙骨は未だ国外任務から帰らず。三年は全員停学中で、四年はそもそも関わったことがない。

 こういった時は修行をするものなのだが、一人でできる事というのもたかがしれていた。パンダのように近接戦闘型ならなおさら。教師は交流会の後始末で忙しいため、授業を受けることも出来ない。

 つまるところ、有り体に言って彼は暇だった。それこそ、特に意味も無くパンダの真似しちゃおっかなーなんて考える程度には。

 パンダがパンダっぽい仕草をできるようになったところで、まごうことなく無意味だし時間の無駄だ。が、これだけ暇だとそういうたわけた発想に行き着きもする。本当に洒落にならないくらい暇なのだ。思わず脳(ないけど)がとろける。

 野生(最初からない)を失った事に若干の後悔を覚えながら歩いていると、ふと木陰で悟がぐでーっとしているのに気がついた。呼吸のテンポから寝ていない事は分かるが、同時に相当弱っているなとも思った。

 

「悟ー。ひまー」

「……あー」

(こりゃ本格的に死んでんな)

 

 いつもの無闇矢鱈に高いテンションでも、ウザ絡みでもなく、ぼんやりと返される。どれだけの激務だったかを物語っていた。

 とりあえず同じように、パンダも悟の隣に座ってぐだーっとした。

 

「なんだよー、そんなに大変だったか?」

「そりゃねえ。特級呪物が盗まれたなんてものに関わらず普通に大事だよ。結界を全部解体、再構築して、侵入経路と方法の洗い出し。それが終わったら今度は遮絶結界を作って、防御用の式神を配備して……もうかったるいったら。だいたい特級呪霊なんて一度懐に潜り込まれたら、式神程度じゃどうにもならないって言うのにね。やんなっちゃうよ」

 

 ぐちぐちと言いつつ仕事をこなしたのは、面倒であっても必要だとは認めているからだ。でなければ、悟がここまで手伝う筈がない。絶対に必要ないと思ったら、権力を使ってでも弾く男だ。

 

「文句言う割には、今寝ないのな」

「二時間後にまた作業が始まるからね。一度寝たら半日起きられない自信がある。そういうパンダこそ暇を持て余してるようだけど」

「誰もいないからなあ。それにこの陽気で自分から動きたくない」

「それには凄く同意」

 

 日差しはひたすら強い。気温はそこまで高くない筈だが、強烈な日光のせいで真夏日の中でも特にしんどい一日だった。寒暖に強いパンダ(もといぬいぐるみ)でもそう感じるのだ、人間ならばなおさら辛い。

 悟が冷房が効いた部屋に籠もらないのも、下手に気を抜かない為かもしれない、などと思う。いやまあ、外にいてもただだらけているなら大差ないと言えばそうなのだが。

 

「ちなみに俺が手伝えるような事ってある?」

「無理無理。信用がどうとか以前に技術が足りない。結界術の腕前があと三周りくらい高ければ何か頼んでたかもしれないけどね」

 

 そう言われると、ぐうの音もでなかった。

 あまり知られていないが、悟は結界術でもトップクラスの腕前を持っている。なにせ見たら大抵の事は真似できるのだ。六眼の性能だけではなく、本人の才覚も相当なものだと言える。ある意味当然だ。六眼があるから、六眼と無下限呪術の抱き合わせだからでぽんとなれるほど、特級呪術師は甘くない。

 ある意味では、悟がいる時代に侵入者というのはありがたかっただろう。注文した結界を確実に構築してくれるし、いなかったら数百倍の労力と人員が必要だっただろう。もしかしたらこの機会に古い結界を全部剥がし、新規にしてしまおうと思っているかもしれない。夜蛾正道は割とそういう男だ。少なくとも悟に関しては、酷使する事に何ら躊躇しない。

 

「なー悟。一つ聞きたいんだけど」

「……んへぁ?」

「お前、落ちかけてたな? 交流会の時に大地が自分と互角って言ってたけどさ、あれって嘘だろ」

「なんでそう思ったの?」

「だって触れられないじゃん」

 

 ある意味当然の答えだった。根本的に、物理的手段では『蒼』で作られた無限の領域を突破できない。これの厄介な所は、有害無害をオートで選別する所だ。

 高い呪力制御能力を持つ者の中には、たまに呪力を意識外で運用する人間がいる。これは反射的に、という低い次元ではない。呪力にある種のプログラミングみたいなものを流し、本当に条件と合致した瞬間、自動で動くのだ。パンダが知る限り、これを()()で行える者は悟だけだが。

 

「そうだねえ。パンダの疑問はもっともだし、着眼点も正しい」

 

 悟は頭をかきながら、少しだけ体を起こした。眠気からわずかに解放された様子だ。

 

「そうだなあ。どこから話すべきか……いや、横着しないで最初から順序立てた方が分かりやすいかも。前も言ったとおり、初めて出会ったのは十二年前だ」

「そんなに最初から話すの?」

「別にいいじゃないか。どうせこれから二時間、僕はなーんもすることがないんだからさ。ちょっとくらい暇つぶしに付き合ってくれてもいいだろ? 初めてあった大地はそこらにいるただの威勢がいいガキンチョで、お話にならないくらい弱い奴だったよ――」

 

 

 

 禪院大地は生まれながらの強者であった。歴代禪院家でも上位一割に入る膨大な呪力を持つ。平均年齢より大分早く、勝手がいいとは言えないものの相伝術式まで持って生まれた。また肉体的にも才に溢れ、天才的な体技を可能とした上に、身体の天与呪縛に準じる程の身体能力を持つ。次期禪院家当主候補の一人となる事が殆ど約束された人間だった。

 そして、当然のように驕った。

 仕方の無い事ではあるのだろう。本家筋に生まれ、将来を約束され、誰からも傅かれて生きてきた。これで齢一桁なのだから、人生が狂わない方がどうかしている。

 図に乗った大地少年が特に拘ったのが、強さに対してだった。本人の気質がそうであったというのもある。もしかしたら、呪術師として生きるのに弱者だというのは許されないと感覚的に理解していたのかもしれない。

 少年は概ね誰にとっても暴力的だった。年上だろうが直系だろうが構わず喧嘩を売り、勝ったり負けたり。勝てば嬉しく負ければ悔しく、そのたびに一喜一憂した。

 暴力性は他人だけではなく自分にも向けられ、年齢の割には過酷と言える鍛錬を己に課していた。ただし、この頃は努力の方向も目的も、全てが曖昧なものでしかなかったが。

 日々を過ごしていく内に、自覚せず達観した思考が生まれる。俺はいずれ最強になるのだろう、と。

 今現在こそ一番強くはない。だが、いずれ成長し、体と呪力が完成すれば。恐らく誰も自分には勝てなくなる。そんな諦めがあった。

 転機は意外に早く、五歳の頃に訪れた。

 本物の最強と出会うことで、大地は幼年期を終え、少年へと向かう――

 

「あー、だっるぅ。なんで俺――じゃなかった、僕が禪院家なんかに来なきゃいけないんだよ。お前らが来いっつうの」

 

 気だるげに歩くサングラスをした、少しばかりやさぐれた男。全身から面倒だという感情が滲み出ている。

 男の名前など大地は知らなかったし、どうでもよかった。ただ一つ、少年にとって重要なのは、彼のあり得ないほど洗練された呪力――つまり、今まで見たことがないほど強いというただ一点だけ。

 

「おい! おまえ!」

「……あ? なんだよクソガキ」

「あはははははは!」

「あ゙ー?」

 

 大地は問答無用で殴りかかる。まともに食らえば一級呪術師でももんどり打つような攻撃を、平気で放った。この頃の大地は、そういう類いの悪童だった。

 拳の脅威が分かっているだろうに、男は構えない。どころか、まともに対処する様子すら見せなかった。面倒くさそうに一瞥だけして、後は無視。相手にする価値などないと全身が言っていた。

 かくして、大地は男に触れることすらできなかった。どうしても男に一定以上近づけず、よく分かっていない大地はとにかく拳を乱打する。

 欠伸をしながら放置していた男は、いい加減面倒になったのだろう。大地に対して、ゆっくりと手を伸ばした。彼の中指は、親指に添えられている。

 デコピン。言ってしまえばただそれだけだ。しかし指が額に当たった瞬間、大地は遙か彼方まで吹き飛ばされた。単純な威力ではない。もし体を吹き飛ばすような威力があったら、首から上が消し飛んでいただろう。どんな力が働いたのか分からないが、とにかく大地は壁を突き破り、近くの倉庫と言い張っているあばら屋に半ばまでめり込んでやっと止まった。

 大地が次に気付いた時は、すでに日が傾きかけていた。

 体に大きな怪我はない。せいぜい擦り傷といった程度だ。咄嗟に呪力で体を守ったのだろうか。

 めり込んだ体を引っこ抜き、家へと帰る。男はすでに居なくなっていた。

 彼は真っ先に、情報を集めた。男の事はすぐに分かり、あれが噂の『五条悟』だという。

 大地は歓喜に震えた。怒りなどあろう筈もない。彼の五条悟は、呪詛師を牽制するために生み出されたただの情報操作ではなかった。最強の看板に嘘偽り無く、まさに天上人。仮に大地が理想的な成長を遂げたとして、()()()勝てない呪術師の姿がそこにあった。

 勝ちたい。あいつより強くなりたい。あれを超えられたら、さぞ気持ちいいだろう。

 この時からだ。大地が明確に方向を定めたのは。

 今まで漠然としてた『強くなる努力』を明確な『鍛錬』へと変えて三年、早くも大地は行き詰まった。呪力操作、呪力出力、体術。どれも円熟にはほど遠いが、上昇率が目に見えて下がったのだ。このまま続けても、強くなれはするだろう。しかし、五条悟の足下にも及ばない。それが分かってから、大地は賭けに出た。

 まずはじめに着手したのは呪力の質だ。おぼろげに思ったのは、呪力の質、もとに偏りが、精密操作の邪魔をしている。理論は合っているかもしれないし間違っているかもしれない。どちらであったとしても、大地に悩んでいる暇はなかった。

 次に着手したのは、術式だ。大地の持つ支配握術は、極端に汎用性が高い。利便性は同時にデメリットでもあった。

 まず注目しなければならなかったのは、対呪力効果が低いという事だ。なんでもできるという性質の分、呪力当たりの効果がとても薄い。それこそ効率で言えば、構築術式を下回る程だ。

 実のところ、こういった『普通であればまともに使いこなせない』術式が相伝としてありがたがられる例は結構ある。大抵は過去、強大な術師が誕生した場合だ。例えば構築術式は、『(よろず)』という術師が藤氏直属征伐部隊「五虚将」を単独で撃退したことで相伝術式となった文献が存在する。

 大地であれば支配握術も使いこなせるし、十分強くなれる。が――それだけでは六眼と無下限呪術、そして五条悟という才能の合わせ技には決して届かない。

 九歳にして、大地は圧倒的汎用性という長所を捨てる決意をした。求めたのは二つ、極端に尖った才能と圧倒的な力。

 通常は人と人で繋ぐ事により強い強制力を持つ『縛り』を、己と生得領域の間に結んだ。どのような手段でも解除できない、強烈な強制力を持つ縛り。デメリットは比例して、大地の力となる。

 さらに欲したもう一つの力は、生得領域そのものを式神とする事で具現した。小細工はいらない。射程距離も利便性も、全て捨てる。代わりに得られたのは、自分と同等以上の圧倒的暴力。

 禪院家で居る限り、体術の心配だけはいらなかった。生きている者にも過去にも、教本はいくらでもある。下手に武器など持つより殴った方が強い、その『自負』と『縛り』が、射程距離たったの10メートル、人間以上の武器を持たない人型式神を具現化させる。

 そこへ至るまで、あらゆる苦労と苦悩があった。機会があるごとに悟へ喧嘩を売っては負け、時には大幅に弱くなりもする。

 惑いが無かったわけがない。思うように成果がでないだけならまだいい。時には大幅に力を減退させ、ほとんど呪力が使えるだけになった時すらある。進むべき道はこちらではなかったのではないか、縛りや理想型を間違えたのではないか。不安で眠れず、不眠症に陥った事すらあった。

 十二歳になって一応の成果が出るまで、安心して眠れた日は一日たりとてなかったと言っていい。ただ、見返りは絶大なものだった。

 時間停止の秘術。圧倒的な近接戦闘能力。恐ろしく強度の高い式神という優位。それら全てを支える呪力量と操作技術。

 誰も知らないし、言ったところで信じなかったかもしれない。たかだか十二歳の小僧が、すでに不動の二番手として君臨していたなど。

 最強に準じる力を持ったところで満足できない。目指すのはあくまで最強であり、二番手ではないのだ。そこからさらに、大地は能力を発展させた。黒閃を経験し、反転術式を覚え、極ノ番を習得する。当然、この間も基礎訓練は欠かさない。どうしたって呪力効率で劣る以上、他の方面で補わなければならないのだから。

 実力を跳ね上げた一因には、間違いなく自信の回復もあっただろう。二つの仮説が実を結び、自分の方向性が正しいと確信できた。迷わないというのはそれだけで武器である。呪力という、精神に強く作用される力を持つならばなおさら。

 この頃になると、禪院家内からも関心を持たれるようになっていた。いや、今まで無関心だった訳ではない。ただ、またぞろ訳の分からない事をしていると半ば放置されていただけで。早い話、ただの奇人変人扱いだったのだ。

 ただし、結果を出せば話は変わる。縛りの内容と手順を求められ、大地はあっさりと開示した。彼の考案した縛りは禪院家で密かに『大呪縛』と名付けられ、次世代のぱっとしない術師が使用すると決まる。まあこれは、当人に関係のない事だが。

 十三歳になった頃、大地は禪院家を除名され、分流という形で『天童家』を立ち上げ、半ば追放される形になった。一言で言って、やり過ぎたのである。

 彼は五条悟の強さを求めているが、当然禪院家では彼に匹敵する術者などいるはずがない。足りない質を数で補うという形で、彼は強い奴に片っ端から殴りかかっていた。この頃はまだ自制心が足りなかったので、かなり容赦なくボッコボコに。

 最初の内はゲラゲラ笑っていた当主である直毘人も、さすがに実働部隊が半壊したところでこりゃいかんと思ったとか。次期当主であろう大地を泣く泣く外へ放り出す事となる。なお、被害は減らなかった。直毘人はマジ泣きした。余談も余談だが、仕事は全部大地が終わらせた。

 強さを跳ね上げた大地であるが、なおまだ足りないと思っていた。素地も手段も、なにもかも。

 幾度も悟へ挑んで、ただの一度も触れられなかったからくりはまだ見抜けていない。仮にそれがなかったとしても、接近戦でほぼ100パーセント勝てる域にはまだ至っていない。近接戦闘特化として、これでは片手落ちだ。

 力を。

 もっと力を。

 さらなる力を。

 訓練と実践をひたすら続け、少しずつではあるが力量を増していき。そういった研鑽の果てに、天童大地は存在する。

 

 

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