だいたい殴れば解決する 作:三回転半ドリル土下座
加茂憲紀は、誰にも気付かれぬよう密かに嘆息した。実際、精神的な疲れは無視できない次元に達しつつある。
元来、呪術師というのは協調性に欠ける。これは術式の秘匿という面で、仕方なくもあるのだが。それにしたって、今の世代は自己中心的な者が多い。だいたいは葵と大地のせいだ。
それはもう、憲紀はとんでもなく苦労している。
一年下は与幸吉がいるからまだしも、三年は本当に纏まりがないのだ。葵は元より、桃だって放任主義極まっている。おかげで、憲紀が学年代表のまねごとをする羽目になっていた。いくら次期加茂家当主たれと振る舞っていると言っても、これは厳しい。
今回の任務など、その最たる物だった。
「くくく……楽しみだなあ」
隠しきれないにやけ面を晒しながら、憲紀の前を歩くのは葵だ。
今回の任務は、非常に珍しく委託されたものである。
通常、呪術師の任務とは行政機関がそれらしい痕跡を発見し、司法を通じて呪術師上層部へと通達、補助監督が残穢の有無を確かめるという流れになっていた。実のところ呪術師とは公務員なのだ。陰陽寮の流れを汲むのだから、当然と言えば当然だが。他にも準二級以上と突発的な遭遇をした場合、それを報告すれば給与が発生したりもする。これはあまりない。そして、一番少ない例が今回のような『委託』だ。
呪霊を知るのは限られた人間ではあるが、一般人が知らない訳ではない。例えば警察なんかがそうだし、国の上層部、そこに繋がりがある者など。後は知っている人間が口を滑らせた、などという例もあった。
まごうことなく咎められるべき行為ではあるのだが、特に罰則などはないため、抑止力としては全く機能していないのが実情だ。
まあ、見えない存在を誰が真に受けるわけでもなし。リスクを作ろうにも莫大な予算がいる。誰もそんな手間を請け負いたがらないというのが現実というものだ。
ともあれ。つまり委託とは、民間人から直接受けた呪霊討伐依頼である。
またため息が漏れる。今度は意図しないものだった。
委託任務は、ほぼ危険性がない。当然だ。民間人が直ちに死なないのだから、大抵は四級、高くて三級程度がせいぜい。少なくとも、準一級と一級が雁首そろえて出向くような仕事ではなかった。
今回の任務、本当は三輪霞に回される予定だった。しかし彼女の戦闘力は刀ありきであり、町中をふらふらとはできない。仕方なしに桃と組んで別の任務へとあたった。
色々たらい回しにされた挙げ句、最終的に憲紀が
「高田ちゃん、もしかしたら事務所にいるんじゃないか?」
「知らん……」
まあつまり、依頼主が葵が熱を入れ込んでるアイドル『高田ちゃん』が所属する事務所の大阪支部だったらしく、半ば無理矢理着いてきた訳だ。
はっきり言って、葵はいらない。というか無理矢理にでも置いてきたかった。が、ここで無理に突っぱねると後から非常に、ひっっっじょーに面倒くさい事態が起きるので、仕方なしに同行を許可した、という流れである。
受付に名乗ると、ゲストカードを渡された。芸能事務所と言ってもさして大きくない、ましてや賃貸でしかなく。受付から左に進んで三番目の扉を開ければすぐだった。
「高田ちゃーん!」
「止めろ。本当に止めろ」
思わず背中からどつく。
室内には数人の少女がおり、全員がこちらをぎょっとした目で見ていた。当たり前に、憲紀には誰一人として見覚えはなかった。
しばし機能停止していた彼女らは、再起動してすぐに声を上げた。
「マネージャーさーん! なんか一般ファンが事務所に乗り込んできたー」
(まあ、そうなるよな)
憲紀は頭を抱える。話が無意味にややこしくなった。
そんな状況を作った葵はと言えば、事務所内を一回り見渡すと、あからさまに落胆する。
「なんだ、高田ちゃんはいないのか」
そりゃ都合良くいるわけないだろうと思ったものの。指摘したところで響くはずもないので、言葉にはしない。
事務所の奥からがたがた音がすると、慌てて飛び込んできたのは、二十代後半くらいに見える女性。目の下には疲れが感じられる。彼女は慌てて憲紀らの前に立ちはだかると、両手を広げ、そして葵を確認し、めちゃくちゃ怯えながら言った。そりゃあ身長190センチを超えた顔に傷のある男を前にしたら誰だって怖い。
「あっ、あのっ! こういうのは困ります! 警察を呼びますよ!?」
言われても、葵は無反応だった。むしろ興味がなくなったと言わんばかりにそっぽを向いている。憲紀の頭痛が加速した。
憲紀は仕方なく、代わりに説明を始めた。
「失礼、我々は高専から派遣された者です。こちらの所長に呼ばれてきました。当然アポイントメントは取っていますし、こちらがゲストカードになります」
「ええと……拝見しても?」
「どうぞ」
と、カードを渡す。
女性は未だいぶかしげにゲストカードを受け取ると、スマホを取り出して操作を初めた。IDの参照でもしているのだろう。
しばらくして。一応、招待されたという点に関してだけは信じてくれたようだ。視線はまだ疑わしげだったが。見るからに怪しい二人組――しかも片方はヤクザ者にすら見える風貌――な上、似合っていない学生服を着ているのだ。大人が監督に着いていない任務だと、往々にしてこういう事は起きる。
まあ最悪、文句さえ言われなければどうでもいい。
「すみません、所長は少々席を外していまして……」
「あっ! このでかい人、よく高田ちゃんの握手会とかライブに来る人じゃん」
「え? そうなの?」
「私も見たことあるかも。あんな人間違えようがないだろうし」
「フッ、俺も名が知れ渡っているな」
「一応言っておくが、悪名だぞ」
思わず余計な事を言ってしまった。自制する。
「とにかく、高田ちゃんがいないならば長居は不要だ。とっとと済ませてホテルに行くぞ」
「……待て。予定は直帰だ。なぜホテルへ行く」
「高田ちゃんが司会をする番組が放送するからだ。暢気に電車など乗っていては間に合わん」
「どうせ録画しているんだろう。後にしろ」
「はァーーー!?」
声に思わずびっくりしたのは。声を上げたのが、葵ではなかったからだった。
振り向くと、少女達が眉をつり上げてこちらを睨んでいる。というかそれだけに止まらず、おのおの、近場にあるものを掴み始めた。
「私たちを支えてるのはこういうドルヲタなんだよ!」
「何が録画で見ろだバァァァァカ! リアタイで見ろ! それが礼儀だろ!」
「あんたみたいな奴がアイドル業界を衰退させてるってわかってんの!?」
「こっちだってマジにアイドルやってんのよ! それを簡単に言いやがってふざけんな!」
「痛っ、ちょ、待て! ものを投げるな!」
飛んでくるのはティッシュ箱やらクッションやらで、大した事はないのだが。とにかく罵倒が胸に突き刺さる。まるで精神に直接ヤスリを掛けられている気分だった。
「許してやれとは言わん。所詮奴は、ものの道理が分かっていないつまらん男だ」
なぜか格好付けて断言する葵に、黄色い声が上がった。わいわいやっている輪から放り出され、一人部屋の隅でぽつんとする憲紀。
「なぜだ……どう考えても私の方が正しいことを言っているだろう……」
「その、うちの子が済みません」
とても申し訳なさそうなマネージャーの声は、却って傷口に染みた。
ある程度話が収まったところで、事務所のドアが開く。入ってきたのは初老くらいの男だった。清潔感ある見た目に髪も黒染めしているため、見た目は中年くらいに見えないこともない。ただ、伸びた背中だけでは、数十年分の疲れは隠しきれない様子だった。
「おや、あなた方はもしかして?」
「高専から派遣されました加茂憲紀と申します。あちらは東堂葵」
「ああ、やっと来て頂けましたか! 遅れて申し訳ありません!」
「いえ、こちらが幾分か早く来ただけですのでお気になさらず」
「……ええと、その姿で?」
所長がそういぶかしげに言ったのは、憲紀を、正確に言えば彼とその周囲を見たからだった。
髪はぼさぼさになって、少々埃がついている。近場には物が散乱しており、何かあったのは明白だった。そして、所属アイドルたちの周囲には不自然に物がない。
「ウチの子達がすみません……」
「未成年を扱っているのだからこういう事もあります」
申し訳なさそうに深々と頭を下げる彼に対し、軽く返す。これが交渉であればたっぷり恩に着せるのが正解なのだろうが、憲紀らはただの実行部隊。さすがにそこまですることはない。必要なら後から来る補助監督が取り立てるだろう。
体を軽く払う。と同時に、ティッシュが落ちた。変な目で見られていた原因はこれかと気がつく。
「早速ですが本題に入りましょう」
「そうだ。高田ちゃんのサインをよこせ」
反射的に葵の尻を蹴っ飛ばした。この無駄にでかくて頑丈な男は小揺るぎもしない。
所長は小さく目を見開いて問うてくる。
「高田のファンなんですか?」
「最推しだとも」
「それは嬉しいですなあ。やっぱりウチの子のファンって人を見るとね、いくつになっても心が躍るもんで」
などと言うが、本音ではあるまい。曲がりなりにも大手芸能事務所の支部長を務める程の人間。腹芸で勝てるわけがない。
考えを証明するように、そして見透かすように、所長は続けた。
「もちろん、下心もありますよ。ウチのファンだったら、仕事もいつも以上にきっちりこなしてくれるんじゃないかって」
嘘ではないが全くの本音でもない、と憲紀は判断した。まあ実情がどうであっても、口で勝てない以上、どうすることもできないのだが。
もうちょっと話を詰めておいて欲しかった、とは思う。下手な呪霊よりも生きている人間の方がよほど厄介だというのは、往々にしてあった。いや、一番の問題は葵を連れてきてしまった事だが。
「おもてなしもせず恐縮ですが、早速お願いできますか?」
「勿論」
所長に案内され、奥へと通される。背後でアイドル達が憲紀を睨んでいた。そんなにいけない事を言ったのだろうか。ちょっと泣きそうになった。
通された先は、まあ一般的と言っていい応接室だ。
一人の少女がソファの上で膝を抱え座っている。顔は青ざめており、呼吸も大分浅い。そして、彼らには見えていないだろうが――肩の上に、だいたい三級程度の呪霊が取り憑いていた。尻尾のようなものを首に回し、軽く締め上げている。まるで嬲るように。
「所長、この方々が……?」
「そうだよ……」
話も聞かずに。葵が拳を放って、呪霊を吹き飛ばした。
いきなりパンチが迫ってびっくりした少女だったが、それ以上に驚いたのは、拳が頭の横を通過した瞬間、体調が良くなった事だろう。ぎょっとしながら首を触っている。
「お前、もうちょっと説明とか……」
「面倒」
憲紀の苦言に、葵はそれだけを返す。こういう事を頻繁にするから、葵は評判が悪いのだ。
「こちらを持っておいて下さい」
「これはお守り?」
「詳細は省きますが、今回のような事を防いでくれます」
彼女に話すつもりは毛頭無いが、お守りの中身は憲紀の血が付着しており、たっぷり残穢も残した。準二級以上は保証できないが、三級までならよほど強制力でも無い限り防いでくれる効果がある。お守り自体はその辺で買ってきたものだし、特に怪しまれるようなものでもない。
「体調不良が続くようなら、医者にかかってください。多分大丈夫だとは思いますが」
「ええと……」
何を応えていいのか変わらず、彼女は所長へと目を向ける。彼は小さく頷いた後、
「とりあえず席を外しなさい。僕はまだこの方達と話があるから」
「はい、分かりました」
釈然としない様子ではあったが、ひとまず言うとおりにはしてくれた。気になる事などいくらでもあるだろうが、問い詰められるのは所長であり。彼女を誤魔化すのは、少なくとも高専の役割ではない。
葵はすぐに部屋の隅へ寄ると、腕を組んで壁に背中を預けた。会話を最初から放棄している。
憲紀は促されて、ソファに座った。対面に所長も構える。
「今回の件、詳しい説明をいただければと思います。何か恨みを買った覚えなどはありますか?」
「ない……とは申しません。こんな業界です、根拠ある恨みからただの嫉妬まで、いくらでもありますから。合法非合法問わず、業界伝手の嫌がらせだったら話は早かったのですが……。こういった手を取られてしまうと、嫉妬か怨恨か、事務所に対する攻撃か、はたまたアイドル本人に対するものか……さっぱり見当がつかない、というのが本音でして」
「まあそうでしょう」
呪霊被害に遭った者が真っ先に抱くもの、それは困惑だ。厄介なのは、感情が強いから発生する類いのものではない、という点。早い話、どれだけ軽い理由だろうとも『呪詛師』という存在さえ知っていればいくらでも実行可能だった。
呪術師でも割と勘違いしがちだが、呪霊を『操る』には特定の術式という先天的素養が必要だ。しかし、『けしかける』だけならば、呪力さえあればいくらでも可能である。一般家庭出身の呪術師が理解していない事は多い。
本当にただの偶然で憑かれたという可能性もなくはないが、可能性が極端に低いだけではなく、考慮しても意味の無いパターンであるため考えないことにする。
無論、それなりに有名で強い呪詛師なら、こんなせこい仕事は受けない。だが、一般人に毛が生えた程度の呪詛師となると、小遣い稼ぎにこういった仕事をする者は希に存在した。
まあ委託任務で原因が分からないことなど珍しくない。大抵は後ろ暗い事を数え切れないほどしている権力者の尻拭いなのだから。
当然目の前の男も、見た目通りの人好きがする人間であるはずがない。
(まあ、あまり過ぎた事をしていれば、補助監督が警察なりにリークするだろう)
利害で繋がっているわけではないのだから、そういう事もある。
こんな時、呪術師という立場は有利だ。呪術師というだけで一定の信用があり、かつ弁護士以上の独占市場であるため頼らざるを得ない。リスクを回避しようとすれば、信用があるかどうかも分からない呪詛師を頼るという別のリスクを負う羽目になる。
憲紀個人としては、呪術界隈の機能を好ましく思っていない。ただし、こういったところで役に立つ場合もある。何でも一長一短という事だろう。善いだけなど存在せず、また悪いだけというのもあり得ない。
「負い目を隠すならばそれでも私達は構いません。ただその場合、次は貴方かもしれない、というのはお忘れ無く」
「お、脅かさないでくださいよ」
「至って本気です」
所長が微笑の上に冷や汗を垂らしたのを確認してから続ける。
「実行犯の調査は勿論します。ただしそれは、主犯――依頼者の捜索でない事を承知しておいてください。何も話してくださらない以上、我々の伸ばせる手は有限です」
「あんたらは俺達の税金で運営されてるはずだ! 本気で取り組む義務があるだろ!」
「同じ主張を上層部になさってみられては? 伝手があるとは思えませんし、仮に言ったところではねのけられるでしょうが。それに、こんなことを言っても理解できないでしょうが、私は準一級であり、そちらの東堂は一級。呪術師としてはほぼ最高位に居ます。多少の文句程度なら聞き流せる立場にいるんですよ」
きっぱり言ってやると、男はうなだれた。
自分の命と立場、二つを天秤に掛けてなお沈黙を貫いている。それを見ても、憲紀が何かを思うことはなかった。ただ、これ以上聞ける話はないというだけ。
「それでは我々は失礼させて頂きます」
「ま、待て!」
腰を上げると、所長が声を上げる。まるで悲鳴のようだった。
「わ、私にもお守りを……」
そんな言葉があるだろうとは予想していた。だから、すでに手に持っていたお守りを振り向きもせずに投げる。
「念のため言っておきますが、そちらは呪霊に対してはある程度有効でも、呪詛師に対しては意味がありません。そちらが来ない事を祈ってください」
「ひ!? な、なぜ……」
俺がこんな目に。という言葉は、扉が閉まった為にくぐもっていた。
事務所を出て、街中を歩いている所で。隣に立つ葵に聞いた。
「責めないのだな」
「どうでもいいからな。それに、あれはつまらん男だ」
呪霊には残穢がしっかりと残っていた。それもはっきりと辿れる程に。多分、ド素人の仕業だろう。もしかしたら呪術師という言葉すら知らないかもしれない。
教えなかったのは、義理もないからだ。これで少しくらい省みてくれればいい。何でも自分に都合良くいかせようとすれば、こういったしっぺ返しが来る。ああいう奴はいつか来るかもしれない報復に怯えているくらいの方が、世の中健全だ。
だがそれはそれとして人の道外れたやり方には変わりなく、責められる覚悟もしていた。
(いや)
正しくは、責めて貰いたかったと言うべきか。少しでも罪悪感を軽くするために。
結局の所、そんなものを考慮してやるつもりはないという事なのだろう。優しくも甘やかしもしない。心情すら考慮しない。
だから葵の事は嫌いなのだ。
無遠慮で不躾で、人の弱さを絶対に肯定しない。
「誘き出されてるぞ」
「分かっている」
都心部を離れ、電車とバス、ついでにタクシーまで乗り継いでおよそ一時間半。すでに大阪の片田舎へ突入している。
最初の頃は、半信半疑であった。というのも、残穢の残し方が巧妙だった為だ。
残穢と言っても結局はただの痕跡であり、時間経過や距離で薄れていく。普通は呪力を途絶えさせた時に追跡不可能となってしまうが、呪力の出し入れが自由に出来ない三流だと、珍しいがある事だ。つまりこれは、素人か素人を装った一級呪術師の仕業の二択となる。
ここに来て、憲紀も罠だと断言した。葵はもっと早い段階で悟っていたようだが。
(今の状況で我々を誘き出すとなれば……)
噂の呪霊と組む呪詛師しかあるまい。
誰がやったかの予想はつくが、さすがに狙いまでは分からなかった。この手の誘き寄せは最近それなりにある。今のところ、大した脅威とはなっていないため、さほど大きな問題になっていないものの。いや、だからこそ余計にか。無意味な行為に首をかしげる。
罠と言っても、そう大した物ではない。下らない憑き物被害で呪術師を呼び、そこに複数の呪霊をけしかけるというもの。大半は三級呪術師でもなんとか対処できるが、放置すれば呪いが周囲に解き放たれるのは明白。分かっていても踏むしかなかった。
残穢が途切れる少し手前でタクシーを降り、金を渡してとっとと帰らせる。これが呪詛師の仕業なら、戦闘を意図した点まで確定で続いているだろう。素人であれば半々と言ったところか。
山手前の盆地に入ると、結界術に体が触れる。帳と似たようなものだが、あれほど性能は高くない。本当にただ、人に見つからないためといった程度のものだ。ただ、性能が高くないからといって、技術的に簡単かと問われればそうでもなかった。最初から式が用意されており、後は数字を代入すればいいだけのものと、式自体を最初から作ることの違いとでも言えばいいのか。
(無駄に手が込んでいる)
これで、九割方確信をしていた呪詛師の仕業だと確定した。普段通りのものであれば、ここから数体から十数体の呪霊を祓えば終わる。のだが――
「ずいぶんな歓迎じゃないか」
「……冗談だろう?」
潜んでいた――それも葵ですら察知できないほど巧妙に潜まされていた呪霊の数、優に百を超える。
ざっと見回したところ、四級三級が殆どであるものの。ちらりと見えた中には、準二級ほどの力がありそうな呪霊もちらほらと見えた。
「京都百鬼夜行を思い出すな。些か質は足りんが」
「三輪に任せなかったのは幸運だと言うべきか」
彼女では逃げるしかなかったし、下手したら死んでいた。シン・陰流は生得領域を持たない者が会得する技術として非常に優秀だが、唯一の欠点として、決戦向けというものがある。そうでなくとも三級の霞では、準二級など手に余るし。
とはいえ、彼ら二人がかりであっても楽観できるとは言いがたいのだが。百を超える手勢というのはそれだけで驚異だし、こちらは二人揃って対多数に優れているとは言いがたい。
戦い方を考える間もなく、一斉に襲いかかってきた。
「っ! 数をそろえている時点で予想はしていたが!」
この呪霊は地方と都会の混成部隊だ。
原理はまだ解明されていないが、都会出身の呪霊が狡猾である事は知られている。地方の呪霊を盾、もとい捨て駒にし、都会の呪霊が隙を狙う。単純だが、対処方法がなく賢いやり方だ。
(鬱陶しい!)
それ以外に言い様がない。都会呪霊のせいで気を抜く暇も無かった。
百鬼夜行の時も思ったが、対多数の場合、自分の生得術式を憎く思う。呪力以外に自分の血液という制限を持つ赤血操術は、強くなればなるほど『血が足りない』というジレンマを持っていた。抗凝固薬が開発されて、少しはマシになったとはいえ。
「だから制服は嫌いなのだ!」
加茂家に伝わる戦闘服とは違い、高専の制服は血液をしまっておける場所がない。当たり前に、血液不足が頻発した。
「東堂! 私は遠からず血液が切れる!」
「なら殴ればいいだろう」
「そんな簡単な話か!」
一級と準一級の呪力差を抜きにしても。万能型と近接戦闘特化型では、呪力による肉体強化の上がり幅に圧倒的な差がある。ましてや憲紀と葵では、身体能力だって大差がついているのだ。
赤鱗躍動という手もあるにはあるものの、こちらはこちらで体の負荷が大きく、長期戦に向かない。
葵に連携を取るという意識が全くないのも面倒な所だった。これくらい、時間をかければ一人で殲滅できるという事実の現れなのだろうが。そのせいで、憲紀は血液を大量に消費して準二級を優先討伐し、とっとと離脱すべきか。地道に雑魚を潰すべきか選択しきれずにいた。
本人は、危なくなれば勝手に退くだろうという程度の意識しかない。いや、実際にそうではあるのだが。その通りなのが逆に腹が立った。
「やってるな」
「!?」
などと考えていたら、いきなり背後から声をかけられ、飛び上がるほどに驚く。
ぎょっとしながら背後を振り向くと、そこには大地が居た。外見はともかく、仕草という意味で言えば葵そっくりの姿勢でぴしりと立っていた。
「いつからそこに……」
「来たのはたった今だが、戦っているのはそこそこ前から気付いていた。帳もどきも、別に呪力まで寸断するものではないからな。たまたま残穢を辿ってきたら面白い事になっている」
「そもそも遠距離で分かるのがおかしいのだが」
実際、憲紀は背後に立たれるまで気付かなかった。まあこれは大地の呪力が極端に濃密かつロスがないのもあるが。
「どうだ、
「問題ない、
気持ち悪い程に仲がいい二人。
昔はこいつらも険悪だった――と、とても懐かしくなる。といっても、本当に出会った当初だけではある。
この二人は初対面、互いに互いの「女の趣味が悪い」と言い合って一触即発だった。しかし葵が「高田ちゃん」の実物を見せ、それに大地が理解を示すと一転、今のような肩を取り合う仲になる。曰く、アイドルをしていてなお媚びない姿勢が気に入った、だとか。
特級と一級が本気でいがみ合うよりは遙かにましだが、もうちょっと大人しい関係に着地して欲しかった、とは京都校の総意だ。
葵の答えに、大地は小さく顎を撫でる。
「しかしだな、この調子だと高田ちゃんの番組に間に合わんぞ。せっかくお前と見るつもりで来たのに」
「なに!? それなら話は別だ! とっとと片付けてくれ!」
「了解。ハリネズミ行くぞ」
ハリネズミという言葉が出た瞬間、憲紀の全身に冷や汗が溢れる。恐怖から、殆ど咄嗟に身をかがめていた。
次の瞬間には、大地の体から光が溢れ――一拍おいて、周囲の至る所から破砕音が響いた。
ハリネズミ。正確に言えば、これは技ではない。ごくごくありふれた呪力砲でしかなく、同時に大地唯一の遠距離攻撃手段でもある。ただし、大地の極端に磨かれた呪力操作で一発一発の威力が大砲なみに上昇し、それを数十数百と並列発動するのだが。
これは全方位、一方向など自由自在に操ることが出来る。本人にとっては連続パンチ程度の労力なので当たり前と言えばその通りだ。さらには呪力の砲撃らしく好きなように軌道をねじ曲げられる。特級ともなれば、こんな何気ないものでも必殺になるという事なのだろう。
以前は「まるごと吹き飛ばす」とか言ってぶっ放していたが、これがまた葵以外から非難囂々だった。何するかこっちには分からんだろ、と。つまりこれは、本人が技と呼ぶに足る技術だから名付けられたのではなく、謂わば味方が分かるようにしたただの警告だ。今ではハリネズミと聞いた瞬間、全員が伏せるようになっている。
ともあれ、一瞬で準二級含む、まだ大半が残っていた呪霊は全て消し飛んだ。ついでに、そこらにあった木やら岩やら地面やらも同じ運命を辿っている。彼の呪力砲は威力が高すぎるからか何なのか、接触した物体が爆発するのだ。
熱風と石つぶてに複数方面から煽られて、顔を手で覆う。
収まった頃に顔を上げれば。風景は見るも無惨なものへと変貌していた。田舎道をちょっと外れた林の中といった場所だったのに、今はまるでミキサーにかけられたのではないかと言うほどぐちゃぐちゃにされ、地面まで陥没してる。
しばらく唖然とみていたが。やがて憲紀ははっと気がついた。
「帳は……」
「奴さんの張ったもんをちょいと弄って利用させて貰った」
「またそういう無茶を簡単に」
他者の張った結界など、承認があっても難しいというのに。術者が近くにいないとはいえ、当たり前のように改造するとは、相変わらずの化け物っぷりだ。むしろこいつに何ができないのかを聞いてみたい。
「とっとと帰るぞ」
「待て。これだけの罠は初めてだ。何か痕跡が……」
「無駄な事はやめろ。少なくともこの帳を張った術者は、俺以上の結界術を扱う。自分に繋がる所まで痕跡を残すようなへまは逆立ちしたってしないだろ。なら補助監督が後から見回っても一緒だ」
「…………。それらしい事を言ってテレビに急いでいる訳ではないだろうな」
「信用しろとは言わん。だが、それくらいはわきまえていると思って欲しいね」
すげなく言われれば、憲紀も目を閉じるしかない。彼が言うことも、もっともではあった。
大地が何も感じ取れないという事は、ここから半径一キロ以内には、呪的な偵察用の仕掛けすらないという事だ。機械で行われていたら、それこそこの面子で探しても絶対に見つからない。いや、下手に荒らして痕跡を消してしまう可能性を考えれば、今すぐ立ち去るのが一番か。
「加茂、そんなことより早く連絡をしろ」
「何のだ」
「お前、まさか寝ぼけているのか? 今までの温い罠を布石にして、準一級でも単独では死にかねない罠が構えていたんだぞ? 今すぐ先生に連絡して、方々に話を通すべきだろうが」
はっとする。そうだ、こんな目に合ったのは自分達だけとは限らない。本来、ここにいるのは霞だと考えると――顔が引きつる。
電話で急ぎ報告だけを上げる。詳しい話は帰ってからする事になるだろうが、ひとまずこれで犠牲者は減ると信じたい。
憲紀が連絡している間に、二人はとっとと道路へ戻っていた。どうやらすぐ戻るとタクシーは待たせていたようで、道に待機している。
乗り込みながら、憲紀は、もしかしたらここから敵が本格的に動くのではないかという恐怖を抱えていた。
しかし、彼の危惧をよそに。これ以降、罠はパタリと止んだ。