だいたい殴れば解決する 作:三回転半ドリル土下座
何度も映像を見返して、うなり続ける。無数のプランを立てては廃案し、また立てては捨てて。そんなことを何度も続けていく内に、最後まで残ったのは結局嘆息だけだった。
五条悟のように無敵かつ隙の無い術式を持っていても厄介だが。こういった、基礎能力を極限以上に高めた手合いは別種の面倒さがある。
「たっだいまー! あれ、夏油なに見てんの?」
「お帰り、真人。これは天童大地の記録だよ」
「ああ、結局撮れたんだ。随分手間かけてたもんね」
「本当だよ、全く」
たった数秒の記録を取るためだけに、とてつもない苦労をした。
真人が寄ってくると、何もない所から椅子が生えた。彼はその現象を気にもとめず座る。
空性結界もどき。最古にして最高の結界術使い、天元が日本中に張り巡らせた結界術補助機能。そいつをちょっと利用すれば、本物の空性結界を再現しろというならばともかく、劣化品程度ならば作れる。自由度は本物より遙かに低く、レスポンスも悪い。おまけに愚直だから、バカンス気分を味わいたい時くらいしか使えないものだが。
現在の設定は、ハワイのビーチだ。この設定に大きな意味があるわけではない。強い日差しがある環境を漏瑚が好んでいるというだけ。
環境を変えていると、ここが人など寄りつかないような山奥にある洞窟の中というのを忘れそうになる。
利便性で言えば都会部に劣るのは当然。が、呪霊の発生は概ね人が居る場所だ。人気の無い場所というのは、それだけで呪術師の追跡を困難にする。
早速くつろぎ始めた真人の正面にあるのは、昭和を思わせるブラウン管のテレビだ。そこでは、何度も同じ光景が繰り返されている。三人の男が立っており、うち二人がしゃがんだかと思えば……次の瞬間、立っていた男が発光し、画面がブラックアウトして最初へ戻る。
「……何これ」
「まあ、一応天童大地の戦闘記録だよ」
はっきりと問われてしまえば、傑も苦笑するしかない。
弁解させて貰うと、そもそも五条悟と違って一カ所に止まっていない人間は、捕捉する事すら難しいのだ。ましてや事前に罠を張って誘き寄せるなど不可能。だから高専の仕事をわざと作り、たまたま大地が来るのを待った。
効率的なやり方という一点を考えれば、やり方などいくらでもあった。というか、このやり方こそが効率という意味で最下層に位置する。それでも採用したのは、五条悟に絶対悟られないやり方だったからだ。
「で、何が分かったの?」
「重要な事はなーんにもだね。お手上げだよ。せいぜい、彼が強いのは術式じゃなくて本人って所かな。いや、彼が使えばどんな術式だろうと強くなる、と言うべきか」
ただ、と続ける。
「花御が
「花御が?」
「そう。ここはさすが特級と言うべきかな。これだけの力があれば、花御の防御力を真正面から小細工なしで貫けると私は見ている」
「ふうん」
面白くなさそうに、というかはっきりと不愉快そうに、真人。認めたくはないが認めざるをえない。そんな顔をしている。
彼の様子に対して、特に思うことなどありはしない。ただ。
(どれだけ高尚なお題目を掲げようと、君達は所詮、人から染み出た物でしかないんだよ。それを認めない限り、
ひたすらに愚かで哀れだ。そう傑は、密かに鼻で笑う。
「これ、何やってるの?」
「これって言うと?」
「俺にはこいつがただ突っ立ってるだけにしか見えないんだよね」
ああ、と得心がいく。
この短い映像では、確かに分からないだろう。傑とて画像をスロー再生して初めて分かったほどだ。それほどまでに精緻な呪力操作である。もしかしたら、呪力の扱いだけで言ったら及ばないかもしれない。無論、一番得意な結界術で負ける気は全くしないが。
「呪力の放出だよ。なんかもう意味不明なほど洗練されてるから、ぱっと見じゃ理解できないだろうけどね」
「へえ。術式じゃないんだ」
「この状況で使ってこないっていう事は、術式の効力が限られたシチュエーションでしか発揮できないか、もしくは術式が根本的に直接戦闘向けではないか。後者と考えるのは大分楽観的だから、前者のつもりで考えてるけど」
呪力を圧縮し放出するという攻撃手段は、極端に古くからある。それこそ歴史だけで言えば呪術よりも上だ。遙か太古、術式と言えば儀式とセットだった時代は、呪力砲と呪力による身体能力の底上げからの打撃こそが主な攻撃方法だったほど。
儀式の簡略化が進んでいくと共に、呪力砲はどんどんと使われなくなっていき。やがて儀式の破棄方法が発見されると同時に、呪力砲は術式を持たない弱者の技となってしまった。関係で言えば、投石と銃が近いだろうか。
逆に言えば、彼は投石で銃なみの威力と回転率をたたき出せる化け物、という意味でもあった。
(呪霊なら呪力に対する感度は人間よりも高いはずだけど……それでも理解出来ないほどの技術なのか)
高度すぎて理解が追いつかない、と言うだけならば簡単だが。特級ほどの相手がそうなる機会を目の当たりにするとは思わなかった。
「さすが五条悟に匹敵すると言われてるだけあるね」
新宿ですべき事を終えたら、彼の体に
現在ストックしてある二つの術式、それはどちらも優秀な物ではある。だが、あの呪力出力と操作技能はとてつもなく魅力的だ。例え術式が有用でなかったとしても。もしかしたら、宿儺の復活と五条悟の封印に変わり、自分が立つという第三の選択肢まであり得るかもしれなかった。
「こいつ本当に五条悟ほど強いの?」
「それはない」
素朴な疑問なのだろうが、真人の問いには即答する。
「五条悟が最強である理由はいくつかあるけど、最大の理由として六眼と無下限術式の相性がとてもいいって言うのがあるんだ。単純な話、この二つが掛け合わされている以上、物理攻撃は一切通用しない。彼を倒そうと思ったら、最低でも特異な術式をもっていなきゃいけないんだ。もっとも、それとてダメージを与える手段がある以上の意味は無いけど」
「でも、過去に倒した記録があるんだろ?」
「十種影法術の事かい? あれは八握剣異戒神将魔虚羅の儀式に引きずり込んだ相打ちだよ」
「倒したんじゃん」
「死んで勝つのと死んでも勝つのは意味が全然違うよ。魔虚羅で勝つっていうのは、単なる道連れ自爆だ」
「んー……人間の感覚ってよくわかんないなあ。どっちも同じじゃん」
「まあ、自分の命を尊ばない呪霊からしたらそうなってしまうかもね」
意識のギャップをどう説明すればいいか分からず、苦笑して曖昧に逃げる。そして肩をすくめながら、映像へと視線をやった。
「術式の相性を抜いても、六眼がある以上、呪力効率で絶対に敵わない。まあ、一つの戦場で五条悟並に戦える可能性なら、万に一つ無いわけじゃないけど。匹敵するって言うのは絶対にありえないよ」
「言い切るね」
「そりゃそうさ。もし比肩する存在が現れうるなら、もしくは五条悟がその程度なら、我々はここまで手間をかけていない」
ごもっとも、とでも言いたげに、真人はけたけた笑った。
まあ、強敵である事には変わらないが。
花御はこちらでもトップクラスの手札であり、なにより絶対に生還してくれるという信頼があったからこそ送り出せた。それが鎧袖一触というのは、予想以上と言うより他なかった。乙骨優太や九十九由基より上だと見ていいだろう。
彼は悟を封印した後に相手するとして。どう対処すべきかは難点である。
まず、花御が負けた時点で誰も攻撃を受け止めきれないと思った方がいい。領域展開を使ったかまでは分からないが……最低でも、対策として簡易領域は使えるという前提で考える。この時点で対策などあって無きが如しだ。
まず陀艮は却下だ。単純に戦力として心許ない。まだ呪胎である彼には荷が重すぎる。
火力という意味では漏瑚であれば上回るだろう。ただし、これはあくまで総合的なものでしかない。一点集中された攻撃まで上回れるかは未知数だし、速度によっては発揮する間もなく負ける。
(となると私か……)
もしくは真人だ。
「ねえ真人。渋谷に彼が来ていたらさ、君が殺してくれないかい?」
「へえ。俺を頼るなんて珍しいね」
「五条悟が対物理絶対防御を持つように、君も通常の攻撃手段だったらほとんどダメージ貰わないだろう? 正直な所、他に適任がいないというのが大きい」
「いいよ。花御の
(
思わず嘲笑しそうになる。慌ててそれを止めた。まさか呪いが仲良しごっことは。呆れてしまう暢気さだ。
まあせっかくその気になってくれているんだ。せいぜい乗せるとしよう。
「特級相手にどれくらいでとどめを刺せる?」
「触れる場所を選ばないなら、一級でも三発って所だったから……特級なら倍を見て六発かなあ。ただし、宿儺の器以外なら何であれ頭なら一発だよ」
「六発……。難しいところだ」
初対面とはいえ一級呪術師風情を殺しきれなかった。何をどう言おうと、それが真人の実力。特級呪術師が相手であれば、触れるのも難しいに違いない。実際、傑であれば真人を瞬殺できる。
真人の不死性は、魂をこねくり回すという術式特性と呪霊の生存能力が合わさった物。術式でダメージを最小限、もしくは無に抑え、膨大な呪力量に明かせた再生能力で即座に復元しているだけだ。シンプルに対応する間もなく体の半分を吹き飛ばされたりなどすれば、価値は半減する。
あの恐ろしく発生の早い呪力砲は、高確率で真人の反応速度を上回る。真人の呪力が切れる前に、特級の頭に触れられるかと問われれば、まず無理だとしか。最悪、祓われず時間稼ぎだけできていてくれればいい。
倒すという甘い考えは持たない。もし特級呪霊で天童大地を殺すならば、甘く見積もって数体が連携をして、それでも届くかという相手だ。
どう考えても手札不足だし、策を講じようにも時間が足りない。
どのみち――
難しく考えるような事ではない。天童大地を倒せるかどうかなど、大きな問題ではないのだ。要所では間に合わない、それだけでいい。無下限呪術もない相手にそうするのは、特に難しい事ではなかった。
真人もすでに飽きて見ていない映像を、テレビごと消して。さっきから気になっていた事を問いかけた。
「ところで、何か用があってここに来たんじゃないのかい?」
「ああ! そうだった。気を取られてすっかり忘れてたよ」
デッキチェアから体を起こし、顔をこちらに向ける。
「虎杖悠仁って殺しちゃ駄目?」
「いきなりだねえ」
驚きはあるが、予想外という程でもない。虎杖悠仁の攻撃が真人に効くというのを抜いても、目障りな存在だと感じているのは知っていた。
人間を見下しているというのもあるが、単純に相性が悪いのだろう。傑は密かに、ただ殴られたのを根に持っているだけと思っていたが。まあどちらであったとしても、酷く幼稚なのには変わりない。
「宿儺はなるべく確保しておきたいんだけどなあ」
「へえ。絶対じゃないんだ」
真人がとても楽しそうに笑う。突破口を見つけた、とでも言いたそうな顔だ。
「まあね。私達の目的は両面宿儺の復活ではない。故に絶対条件ではないのさ。君達の目的は呪霊の楽園を作ることで、私の目的は混沌を生み出すこと。そのためには五条悟の排除が絶対条件であり、彼を倒せる可能性が一番高いのが宿儺。獄門疆に封印さえできれば、宿儺は絶対ではない」
そう、あらかじめ決めていた、そして表向きの理由を諳んじる。
まあその場合は、即座に呪霊の天下とはならず、先に人と呪霊の戦争が勃発するだろうが。同時に、十中八九負ける。
事実は、あえて指摘などしない。気付かない方が悪いのだ。無知と弱者は罪。大昔からの大原則。阿呆が阿呆のまま生きていけるほど、世の中は甘くない。
「じゃあさ、五条悟の封印後なら器を殺してもいいんだよね」
「うーん」
と、悩むふり。即答すれば真人は図に乗る。
馬鹿の操縦で重要なのは二つ。適度にじらす事と、利口にさせない事。
しばらく沈黙し、そろそろ真人が猫なで声でおねだりをする手前で、仕方なく折れてやったという風を装う。
「漏瑚にばれたら怒られるから秘密にね。あと、無茶をしたら誰も許さないよ」
「いいね! やっぱり夏油は話が分かる。じゃあ早速、準備しないと」
「引き時だけは間違えないように」
「分かってるさ」
ひらひらと手を振って、真人はデッキチェアから降り、足早に去って行った。
彼の背中を見送る事もせず、傑は空に視線を向ける。偽物の空がまぶしく照りつけていた。
(そう、真人に死なれちゃ困る。君にはもっと強くなって貰って……その術式を、私の為、大いに役立てて貰わなければいけないんだからね)
渋谷での決戦。考えただけでも胸が躍る。
五条悟だけ来てもいい。御三家総戦力で攻めてきてもいい。渋谷での仕込みは万全だし、呪霊操術のストックも問題ない。仮にまるごと無視されたとしても、それこそ日本全土に
「やっぱりお祭りの前っていうのは、いくつになっても心が躍るなあ」
全てがひっくり返る時、世界はどんな表情を見せるのだろう。それを夢見て、傑は微笑んだ。