だいたい殴れば解決する   作:三回転半ドリル土下座

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渋谷事変1 テロ発生

 2018年 10月31日 19:00

 渋谷・東急百貨店から半径400メートルを包み込むように未確認の呪力で“帳”が下ろされる。

 性質としては一定以下の呪力を持つ存在が出入りできなくなる、というもの。つまりは、一般人の通行を制限するという目的だと判断された。副次効果として電波も遮断されており、視覚効果の影響もあって、内部の情報が完全に寸断されるという事態に陥る。

 19:20

 犯行声明が届く。曰く『五条悟を連れてこい』

 19:30

 補助監督や“窓(呪力および呪霊の観測が可能な補助監督未満の人間。今回は一般人の通行を制限する性質があるため、それなりに呪力を持った者達)”が先んじて結界内に侵入。内部情報を持ち帰る。今のところ混乱はあるものの、暴動までは発展せず。

 上層部はこれを、戦後最大規模の呪術テロと認定。

 19:40

 上層部により周辺呪術師の緊急招集発令。

 20:10

 呪術師の集合完了。それぞれが配置につく。一級術師を中心とした“帳”解除部隊四班の他、掃討部隊員多数、天童特級呪術師率いる突撃部隊で編成される。このうち解除部隊は最初、攻撃をせず、五条悟の攻撃後突入し呪霊、呪詛師を掃討するものとする。

 20:31

 五条悟、現場到着。同時に進行開始。

 

 

 

 20:20

 

「俺達の任務は非常に危険なものとなる。つまり、五条悟が戦闘を開始した瞬間帳の中に侵入し、時間差で奇襲を仕掛けるというものだ」

 

 その場に立っている人間、虎杖悠仁四級術師、七海建人一級術師、東堂葵一級術師へと話しかける。

 おのおの、顔つきはとても鋭い。建人だけは若干、勤務時間外の仕事を嫌がっている風にも感じられたが。かといって、これからの行動を厭う程でもない。

 

「主犯であるだろう、今まで顔を見せなかった呪詛師は悟に任せる。端的に言えば、残っているであろう特級呪霊ないし呪詛師をこちらで引き受ける、というのが目的だ。当然、危険が高いため拒否権は存在する。とはいえ悟が来たらすぐに帳内部へ入るつもりだから、嫌なら早めに言うように」

「はい先生!」

「先生ではないが。そこで無駄にいい返事をしている虎杖君どうぞ」

「五条先生なら一人で全部祓えるんじゃないっスか!」

「いい質問だ」

 

 パチン、と大地は指を鳴らした。

 

「その問いには『足手まといがいなければ』と返そう」

「足手まとい?」

「俺の予想では、現在帳は三層になっている。一番外に一般人の出入りができない帳。二層に五条悟以外の入出が制限されている帳。三層に、また一般人を閉じ込める帳。恐らく五条悟が入ったのに気付いた時点で、二層と三層の間に新しい帳を張るだろう。五条悟だけの出入りを制限する帳をな。するとどうなる?」

「……! 大量の一般人がいる中で戦う事になって、しかも出られない!」

「その通り。奴の力を知っているお前なら分かるな?」

 

 無下限呪術は、障害物がある場所でも無類の強さを発揮する。ただし、障害物を壊してはいけないという制約がかかれば、途端に強い制約が掛けられた。

 扱いづらさと大雑把さで言えば、無下限呪術はトップクラスに位置する。少なくとも大地は、悟が針の穴を通すような精密さで術式を行使している姿を見たことがなかった。

 どんな人間、どんな術式だろうと上に行けば行くほど単独の方が強い傾向があると言えど。悟のそれはあまりに大きい。下手をしたら、術式も領域展開も、全て封じられている中で戦うことになる。

 それでも負けるとは思えないものの、被害が拡大するのは目に見えていた。

 

「しかし、特級二人を投入ですか。上層部がよく許しましたね」

 

 建人の言葉は、言外に「上層部が一般人の被害など気にするわけがない」というものを含んでいた。それは概ね正しい。

 

「俺がいなければ、全部悟に押しつけろとなったかもしれんがな。大方、全ての功績を奴に持って行かれるのは業腹といった所だろう。後はまあ、浅はかというかしたたかというか、悟が死ぬようなら見殺しにしろとも言われてるな」

「えぇ……それっていいの?」

「全く良くありません。ですが、上は天童君で代役が務まると考えているんでしょう」

 

 ため息と共に、建人が答える。

 五条悟の誕生と同時に、呪詛師の多くは闇へと潜んだ。まかり間違って悟に目を付けられば、すなわち死だからだ。確かにとんでもない抑止力ではあるが――同時に、上層部はさほど重視していなかった。五条悟がその立場に居られるのは、どれだけ長く見積もっても半世紀程度でしかない。ましてや彼のような存在は、おいそれと現れるものではなく。

 実のところ、呪術界にとって今の均衡は、降ってわいたものでしかなかった。無いのが当然、有って奇跡。それに頭を抑えられていると上層部が考えている以上、排除の機会があれば狙うのは当然だ。

 

(それこそ、上層部と呪詛師が繋がっていてもおかしくねえと思える程度には)

 

 上層部は無能ではない。ただし賢明とも言いがたく、間違っても俗物ではないなどと言えなかった。結局の所、どこまでもいきすぎた懐古主義者の集まりなのだ。

 

「ただ突撃するにしては、ずいぶんなスタッフを集めたな。悠仁(ブラザー)はともかく、俺とMr.七海を集めるのは大変だっただろう」

「確かに引っ張ってくるのは一悶着あったが、理論展開が逆だな。お前と七海さんを引っ張ってきて悠仁を添えたんじゃなく、悠仁ありきのメンバーだ」

「え、俺?」

「なるほど……」

 

 全く意味が分かっていないという風な悠仁と、それだけで理解した葵。

 

「杞憂であればそれでよし。まあ可能性は一割もないが。本命は……」

 

 と、言いかけた所で。丁度補助監督がやってきた。新田新だ。彼は京都校の一年であり、また三級で昇級予定もない。呪術師希望ではあるものの戦力的に足りないと判断され、今回は補助監督に回されている。単純に渋谷が広すぎて人が足りないというのもあるし、何より術式が戦闘向けではなかった。

 

「天童さん、やっぱおりました。帳の中に改造人間っす」

「…………!」

 

 悠仁と建人、二人の顔が引きつる。予想を全くしてなかった訳ではないだろうが、居ると確定すれば、感情は高ぶるだろう。

 

「ツギハギ呪霊……あー、名前何だったか」

「真人」

「そうそれ、真人だ。実のところ、ここにいる俺以外のメンバーは対真人で考えてる。攻撃が唯一通じる悠仁は確定として、この上ない連携ができる葵、火力保証とバランサーに七海さん。あと一人いるんだが、まだ来てねえな。このまま遅れるようなら、最悪、置いていく事も考えてるが」

 

 無論、他に考えられる手がない訳ではない。例えば領域展延により術式を強制的に吹き飛ばしながらの打撃や、反転術式を纏いながら叩き込むなど。ただし浮かぶ手段はあくまで全て、通るかもしれないという程度のもの。

 確実にダメージを与えられると分かっている悠仁は、この部隊から絶対に外せない存在だった。もしかしたら悟でも普通のやり方では倒せず、呪力切れを狙うしかない可能性だってあるのだから。

 

天童班(お前達)に特級を一体担当して貰うというのは方便。実際は、確実に真人を祓って貰うために呼んだ」

 

 真人に限って言えば、五条悟云々は関係ない。こいつの存在、そして術式は、すでに人間であれば誰にとっても目障りなものになっている。だからこそ上層部も、景気よく一級相当の人間を四人も割り振ってくれたのだ。

 真人に対する捉え方は、上と下で温度差があるものの。このまま野放しには絶対にできないという点においては一致している。

 

「でも、術師が通れない帳が降りてるんだろ。それはどうやって抜けるんだ?」

「ふむ……俺の術式を知らない人間は?」

 

 問いかけに、誰も答えない。全員知っていると判断し続けた。

 

「支配握術は本来、触れた物を支配する術式だ。じゃあそれの反対は?」

「解放?」

「その通り。呪力で構築されたもの、とりわけ拘束や結界などの区切りをつけたものに対する特攻効果がある」

「先生からは、ぐっちゃぐちゃに縛ったせいで、元の術式とは別物だって聞いたけど」

()()はな。反転の方は特に弄っちゃいない」

 

 理由は色々ある。縛りを模索していた当初は、反転まで覚えていなかったというのは一番の理由だが。そちらにまで手を付けてしまうと、下手したら反転術式が永久的に使用できなくなってしまう恐れがあったからだ。いくら力を求めていると言っても、さすがに伸びるかもしれない力の未来まで担保するつもりはない。

 さすがに瞬時とはいかないが、時間を掛ければ人間が通れるだけの穴は作れる。それこそどんな強度の結界であっても。

 もしかしたら、一般人を閉じ込めている結界を破壊できるかもしれない。ただ、内部に改造人間がひしめいている時点で、それはもう妙手たりえなかった。無闇に改造人間を逃がすだけだ。

 それに、勘だが、この帳を壊すことにあまり意味は無いと思っていた。交流会で一度見た、嘱託式の帳。今回利用されているのはその可能性が高い。となれば、どこかに要があるはずだ。要が残っていたら、再度帳を下ろすのにさほど時間と労力が必要ない可能性が高い。

 

「オウ、話は終わったか」

 

 呟きながら、どしどしやってきたのは老人だ。いかにもやる気なさそうな足取りに、手にはコンビニ袋。中にいっぱいの酒を詰め込んでいる。こんな状態で店がやっているはずもないので、多分盗んできたのだろう。

 石畳の上に座り込み、コンビニ袋を乱暴に置くと、中のビール缶に手をかけ始める。

 

「えっと、この人は?」

「禪院直毘人。俺のじいちゃん」

 

 面食らった悠仁に説明する。彼はなおも疑わしげな様子だった。

 

「なんで酒? あ、もしかして術式関係?」

「いいや、ただの飲んだくれだ」

「馬鹿野郎、こんな事やる気なんかでるか。飲まなきゃやっとれんわ。全部五条の小僧に任せればいいものを」

「えぇー……」

 

 なんだか凄くショックを受けた様子で、悠仁。

 直毘人はビール缶を開けようとしたが、不意に手を止める。そして、別の缶やら瓶やらをその場に並べ始めた。どうやらビールという気分ではなかったようだ。酒を見比べながら、うんうんうなっている。

 五条悟の元にいる悠仁が絶句するのも分かる。東京校は、概ね「まずは一般人の安全を第一にしようか」という意識が強い。対して関西以西は、とにかく呪霊を祓え、一般人なんぞ知ったことかという気勢があった。

 どちらがいい悪いという訳ではない。ただの土地柄だ。これを知ったとき、大抵の人間はギャップに驚く。

 

「でも酔っ払いながら戦うのは危ないよ、お爺ちゃん。せめて勝った後にしよ?」

「あ? 俺が酔ったくらいで後れを取ると?」

「うーん、この話が通じない感じ」

 

 悠仁が四苦八苦して飲酒を止めようとしているが、なしのつぶてだ。へたしたら怒鳴られるかもしれないと思って、あまり強くも言えない様子ではある。

 

「じいちゃん」

「なんだ、お前まで小言を言うつもりじゃなかろうな」

「それはどうでもいいけど。こん中じゃ一番経験豊富で、しかも強いのはじいちゃんだ。攻守の要として面倒見てやってくれ。頼んだ」

「酒なんぞ飲んでる場合じゃねえ!」

「えー!」

 

 叫ぶと同時に、直毘人は全ての酒を蹴って吹き飛ばす。当たりにアルコールがまき散らされるが、そんなことお構いなしだ。

 

「今までやってられるかって言ってなかった!?」

「大馬鹿野郎! 孫に請われて張り切らんジジイがいるか!」

「完全にただの孫馬鹿ジジイだな」

「……まあ、こういう祖父は結構いますね」

「あー。そういやうちのじいちゃんも、ほっとけって言う割には構わないとへそを曲げる人だったなあ。なんか懐かしい」

 

 直毘人の評価が、禪院家当主という立場を通り抜けて、ただのお爺ちゃんになっていたが。多分、誰にとってもどうでもいい事だろうし気にしない。

 彼はすっ飛んで起き上がると、準備運動などを始めていた。あまりの変わりように、悠仁のみならず視線を集める。呆れている、とも言う。

 まあともかく直毘人はかなりの気分屋なので、悪いことではない。気が乗らないからと言って何もしない、という事はないものの、最低限しかしないというのはとてもよくある。

 

「あ。でも孫に甘い割には、真希先輩達が嫌ってたけど。あっちは姪か」

「アイツらは俺に甘えてこんから好きじゃない」

「えぇー……」

 

 これはまごう事なきクソジジイ。皆の心が一つになった。

 まあ姪のことを嫌いだなんだと言いつつも、ちゃんと面倒を見てはいる。もし真希が自発的に禪院家を出て東京に行かなければ、直毘人が叩き出していただろう。呪力の無い人間が禪院家内を生きるのは、余人が思っているより遙かに厳しい。真依も一緒に放り出せなかったのだけは痛恨だろうな、と大地は思っている。真依は真希と違って、状況に流されがちな女だ。自分の意思より他者の決定に重きを置く。

 なんだかんだ打ち解けたあたりで、空を旋回する呪力に気がついた。冥冥が子飼いにしているカラスの一羽。それが降りてくる。

 

「話は終わりだ。そろそろ動くぞ」

「いきなり?」

「いきなりじゃない。この鳥は冥冥さんの、まあ式神みたいなもんだ。帳の内側で素早く連絡を取るには、このカラスに頼るしかない。覚えておけ」

 

 鳥の呪力は、概ね人間が自然に発散しているそれより弱い。普通ならば入出できないのだが、彼女は使役する鳥に強制的な縛りを結ばせて、命、もしくは寿命を対価に呪力を増大させることが出来た。帳第一層の中では唯一の遠距離連絡手段となる。

 とはいえ、要の冥冥が帳の外に居る以上、簡単な指示程度になるが。

 

「敵は可能な限り避けて、第二層の帳に接触する。まあ、あまり意味の無い行動かもしれんが」

「そうなの?」

「悟を引き込んだ理由が足止めだろうが何だろうが、どうしたって命がけだ。主力……というか特級相当の存在は全部悟に当てていると予想される。そうでもしなきゃ一瞬で壊滅だしな。あいつを相手しながら、外の様子をうかがってる余裕があると思うか?」

「無理だわ」

 

 悠仁の言葉に頷く。

 

「独立した結界術の欠点は、ちょっとやそっと何かあった程度だと術者に異常が伝わらない、という点にある。改造人間の様子が術者に伝わるかは知らんが、倒せば知られるという前提で動いた方がいいだろう。こちらが向かっている事を知られているのといないのとじゃ大きな違いだ。知らせて敵にプレッシャーを与えるより、完璧な奇襲をしかける方が価値があると言うのが俺の判断だ。別の案があるなら言ってくれていい」

 

 何もないのを確認し、大地は小走りに走り始める。

 

(つっても、奇襲が完璧に入ったとして、それだけでなんとかなる相手でもなさそうだが)

 

 一連の事件が全て同一組織による反抗ならば、相手の手はあまりにも長すぎる。しかも、常に先手を取られ続けているのだ。いくらこちらは事があってから動くのが基本と言っても、さすがに手回しが良すぎた。

 しかも。今までは漠然とした違和感だったが、今回の指令で確信した。上層部の一部が……もしかしたらまるごと呪詛師と繋がっている。

 今までは、いくら悟が既得権益を脅かしていると言っても、そこまではしないと思っていた、もしくは期待していた。が、まさか上層部がここまで阿呆だとは思わなかった。

 幸いにして、現在の上層部は大地の術式を知らない。説明したのは禪院家でもごく一部の者だけだし、体感しているのも悟のみ。彼とて、話しているのは信頼の置ける者のみだろう。そうだといいな。

 元々、時間停止は分かっていたとしてもなんとかなるようなものではないものの。少なくとも、相手が考慮していないという点では安心感がある。

 どうであれ、長い一日になる。そんな確信があった。

 

 




大地は正確には孫じゃありません。甚壱(直毘人の兄の子)の息子なので
孫だと言ってるのは、単に直毘人と大地が雑だからです
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