だいたい殴れば解決する   作:三回転半ドリル土下座

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復活のU

 がたがたと揺れる箱の中、悠仁はどきどきしながら膝を抱えて待機していた。

 真人との戦いからしばらく。鍛錬をしながら日々を過ごしていた所、姉妹校交流会なるものの話を聞いた。なんでも年に一度の、要は体育祭みたいなものであり、せっかくなのだからそこで生存のお披露目をしようと。学生皆が涙し、しかも地球温暖化まで解決するサプライズと聞いてはやらない理由がない。

 

「はーい、おまたー!」

 

 悟の陽気な声に反して、外からはちょくちょく非難の声が聞こえた。どうやら遅刻したらしい。先生はそういう所ある。似たような事をして建人も怒らせていたし。

 

「まーまー。そう怒んないの。(わたくし)、ちょっと出張で海外に行ってましてね。皆さんにお土産があるんですよ」

 

 有無を言わせず(つまり勢いだけで乗り切ろうと)、話を続ける。

 

「はい、京都校の皆にはこれ。ナントカって部族のお守りもらってきた。ちなみに呪具だけど効果は知らね」

「うちの生徒に怪しいもん渡してんじゃねー!」

 

 女性の怒声だが、これは口ぶりからして京都校の引率なのだろう。本当によく人を怒らせる人だなあ、とほんのり思う。

 箱の上部を、ぽんぽんと軽く二度叩かれた。準備しろという合図だ。体育座りから膝立ちになり、行きよいよく飛び出る準備をする。

 

「そして、東京校の皆にはハイこちら! 故人の虎杖悠仁くんでぇーす!」

「いえーい! 復活の悠仁(U)でーす!」

 

 勢いよく飛び出て、恵と野薔薇が泣きながら抱きついてくるあたりまでを想像していた悠仁は。揃いも揃ってゴミを見るような目で見られ、驚愕した。

 滑った――白けた雰囲気から察する。自信満々だっただけに、ひたすら切なかった。

 ぴしりと固まった悠仁を、キャスターががらがら音を立てながら方向転換させる。悟が向けた先には、見知らぬ人たち、つまり京都校の面々がいた。誰もこちらを見ていない。というか気にもしていなかった。

 悠仁は思わず、悟の方を振り返る。彼は『てへぺろ』としていた。その様子に、やっと気づく。

 

(担がれた――!)

 

 とてつもないショックを受ける。ここ一番で、先生に裏切られた。

 忘れるべきではなかったのだ。この人は割と平気でこういう事をする。

 悟は雑にごめんね、と言うような顔をした後、なんだか妙に怖い顔をした老人の方へと向かっていった。当然、悠仁はそのまま放置して。

 

「おい」

 

 野薔薇に、チンピラみたく箱の縁を蹴られる。思わず直立不動になった。

 

「何か言うことあんだろ」

「……黙っててすみませんでした」

 

 悠仁はちょっと泣いた。

 なんとか逃げようと視線をさまよわせて、その中で、やたらめったら目を引くゴツい男を見つけた。

 

「あっ、あーっ。あん時の。あん時はありがとうございました。確か天童だよな」

 

 自分でも非常に馬鹿みたいな言葉だと思ったが、一応関わった任務は機密に類するので仕方ない。

 大男、天童大地は、早くも興味をなくしたお土産を仕舞いながら、こちらを見た。なぜか野薔薇がうげ、と呻く。いや、それだけなら取り立てて気にする事でもないのだが。なぜだか、愛用の金槌を握りしめていた。

 

「お前に名乗ったか? まあ名乗ってなくても誰かから聞いてるか。で、お前は?」

「俺、虎杖悠仁。よろしく」

「ああよろしく」

 

 よしこれで空気変わったな。そう確信し、とりあえず箱から出る。

 そうしているうちに悟と老人の話も終わったようで、こちらに戻ってきていた。なぜだか老人がこちらに向ける視線に、強い殺意を感じたが。特に悪いことはしていないはずだ……多分。あまり自信はない。

 

「で、さっきから気になってたんだけど、そっちの奴誰よ」

 

 そう、ポニーテールの女性が言う。同級生じゃないから一個か二個上だろうな、と当たりをつけた。いや、呪術高専は四年制だったから、三個上の可能性もある。

 

「えっと、吉野順平です。よろしくお願いします」

「二年に編入の順平君でーす。みんなー、仲良くしましょうねー」

 

 多分、挨拶はもうちょっと早い段階でする予定だったのだろうが。悠仁が盛大に滑ったせいで言い出せなかったのだろう。誠に面目ない。

 

「特に真希、仲良くしなさいよ」

「なんで私だけ名指しなんだよ」

「いや、憂太が来た時にいびろうとしてたじゃん」

「しゃけしゃけ」

「うるせえ! あん時ゃ若かったんだよ! 蒸し返すな!」

(パンダがしゃべった!)

 

 どちらかと言うと、明らかに着ぐるみではないパンダのような何かの方へ気を取られそうになったが。

 まあどうせ同じ学校内だ。いつでも遊びに行けるし、さして気にする事もないだろう。仮に女の先輩――真希がおっかなかったとしても、同級生だろう二人がかなり温厚なようだし。

 ひとまず顔合わせを終えて、その場は解散となった。

 雰囲気は案外だらだらとしていて、あまり『交流会』という感じがしない。あまりきっちりしたのは苦手だからいいのだが。人数が理由なのか、それとも呪術師界隈全体がこんな感じなのか。普通の学校とは違うなあ、などとぼんやり思う。

 

「そういや釘崎さ、なんで天童の名前が出た時、あんな嫌そうにしてたんだ?」

 

 思った事を、特に考えもせず言っただけなのだが。悠仁と順平以外の全員から、やけに深いため息が漏れた。とりわけ野薔薇のそれは、やたらに深い疲れが読んで取れる。

 真っ先に声を上げたのは、隣にいる野薔薇ではなく、背後の真希だった。

 

「だからあいつには逆らうなって言っといたのによ」

「だって真希さん! あんなにふざけた事抜かされて引き下がれるわけないでしょ!」

「そのせいで七面倒臭ぇ奴に目付けられたんだろうが」

「うぐっ」

 

 とりあえず、この二人が蛇蝎のごとく天童大地という人間を嫌っているのは分かったが。それ以外の情報が一切ない。ほかの面子だって、然もありなんという顔をしている。

 ちらりと順平の方を見るが、大分微妙そうな表情をしていた。まあ、彼にとって、大地はただの恩人だ。好かれていない、というか明確に嫌われていると分かれば、こんな表情にもなる。

 

「……結局何なの?」

「ちょうどいいから聞きなさいよ! あれは京都校と初顔合わせの時……」

 

 憤懣やるかたないのを隠しもせず、野薔薇はどすどすと足音を立てながら、語り始めた。

 

 

 

 釘崎野薔薇は、その日ずっと腑に落ちない感覚に陥っていた。というのも、担任の五条悟から変な忠告をされたのだ。

 姉妹校交流会、なるイベントがある。なんでも呪術高専には東京校と京都校があり、年に一度交流会と称して戦いをするんだとか。野薔薇はこれを、よくある学校同士のイベントだと解釈した。

 これ自体はどうでもいい。学校なら何らかのイベントがあって当然なのだから。問題は、交流会の打ち合わせについてくる生徒に対して、忠告をされたのだ。

 

『いいかい野薔薇、京都からもしボサボサ頭のでかい奴が来たら、絶対、ぜぇーったい逆らっちゃ駄目だからね』

 

 そんな風に言われた。

 もし一人の時に言われていたのならば、言い返せば面倒くさい事が起きるんだろうなー、という程度だっただろう。問題は、恵も一緒だったのに、野薔薇だけが釘を刺された点だった。

 私はそんな問題児に見えるのか、と噛みつこうとしたが。その前に、先生はそそくさと歩き始めた。

 

『とにかく言うべきことは言ったからね。じゃ、僕は仕事が詰まってるから』

 

 と、さっさと行ってしまっため、反論すらもできなかったが。

 忠告がただの冗談や酔狂でないと分かったのは、同じ事を同じ状況で、先輩である真希にも言われたからだ。

 

『いいか、釘崎。そのうち京都校の天童大地って奴に会うだろうから先に言っとくけど、あのアホに何言われたって絶対言い返すんじゃねえぞ』

 

 恵と一緒にパシられる直前、そんな事を言われた。ちなみに自分たちの分のジュース代ももらったので、ありがたくパシらさせてもらっている。散財癖のある野薔薇にとって、こういうちょっとした支援はありがたい。

 ともあれ、情報を整理すると、その天童大地なる人物に、自分が狙われる確率が高いという事だ。特に何かをした記憶などない――もとい心当たりがありすぎて、何が原因か全く分からなかった。

 

「ねえ伏黒、天童大地って奴、結局何なの?」

「俺も名前くらいしか知らない。この界隈で名が知れてるって事は強いんだろうけど、その程度だ」

「まあ、そうよねえ」

 

 結局、野薔薇も知っている程度の事しか分からなかった。

 天童大地。呪術師もしくは呪詛師をやってて名前を知らない奴はモグリだ。ただし、有名なのは名前だけ。戦果だけは一人歩きしているものの、どこまでが真実なのやら。少なくとも、明らかに嘘じゃん、というものはいくつか混ざっている。術式やら容姿やら人物像やらは全く流れてこなかった。多分、意図的に隠されているのだろう。

 ジュースを買い終えて持って帰ろうとした時。三つの人影がある事に気がついた。

 一人はノースリーブに高専の制服を改造した女性。制服の改造は普通に行われているし、なんなら教師主導で改造制服を渡される事もある。虎杖悠仁とか。まあ改造制服はどうでもいいとして、顔立ちが真希にとてもよく似ている。髪を伸ばされたら見分けがつかないだろう。

 残りの二人は、はっきり言ってゴリラだった。どちらも190センチを超える五条悟に匹敵、ないしはそれ以上ある。先生は細マッチョなのだが、この二人は、明らかにレスラーか無差別級総合格闘家かという体格をしていた。髪型も独特で、それぞれドレッドのちょんまげにライオンヘア。

 

「禪院先輩じゃないですか。なんで東京(コッチ)にいるんです?」

「禪院じゃ真希と区別がつかないでしょ。真依って呼んでちょうだい」

 

 姿形こそ真希そっくりだが、中身は割と違うらしい。真依の方は、仕草がいかにも女性的だ。ボーイッシュなのが目立つ真希とはある意味真逆である。

 

「アナタ達、同級生の化け物が死んだんでしょ? ちょっと心配でね。悲しかった? 辛かった? それとも――せいせいした?」

 

 言葉に、野薔薇と恵の雰囲気がぴりつく。一瞬で理解した。真依は悪人ではないだろう。しかし、嫌な奴だ。

 

「真依、下らない話は後にしろ」

「俺たちはそんなどうでもいい話をしにきたんじゃないんだよ」

 

 と、嫌みをたたきつけてきた真依を押しのけるようにして、ゴリラ二人が前に出る。

 気分的にはさておき、彼らに対しては警戒を強める。肉体的にも、呪力的にも。この二人は真依とは次元が違う。

 

「悪いが俺の話を優先させてもらうぞ、兄弟(ブラザー)

「フッ、かまわん。後からゆっくり品定めをさせてもらうさ、親友(ブラザー)

「なんだこいつら気持ち悪っ」

 

 筋肉達磨二人がいちゃいちゃしてる姿を見せられて、一体何の見世物だとほおを引きつらせた。

 

「善意で言ってあげるけど、天童には逆らわない方がいいわよぉ」

 

 どこか面白がっている調子で、真依が言った。

 反感を覚える前に、なるほどと思う。このライオンゴリラが天童大地かと。確かにとてつもない雰囲気がある。

 が、同時にそれだけだとも思った。真に強い者は、何も感じられないものだ。例えば五条悟のように。これに関しては、比較対象が悪いだけとも言えるが。

 ずんずんとライオンゴリラもとい天童大地が前に進み、そして野薔薇の前で足を止める。

 

「お前が釘崎野薔薇か。芻霊呪法を使うという」

「まあそうだけど」

 

 だったら何だよ、と挑むような調子で言う。

 自分でもつっけんどんな対応だと思うが、こればかりは仕方がない。なにせ天童大地とかいう男は、いかにもこちらを挑発しているのだ。あるいは、舐め腐っている。

 そんな奴に友好的な態度を取れるほど、野薔薇は大人ではなかった。

 

「話は聞いているぞ。一般人からぽっと出てスカウトされた訳でもないのに、未だに三級呪術師にしかなれてないとな」

「……あ゛?」

 

 訂正、明確にこちらを馬鹿にしている。こいつを一言で表すならば、ひたすら図に乗ったクソ野郎だ。

 

「いかにも甘えたツラをしている。戦いは人に任せて安全圏でチクチクやるのが趣味か? まあ、腰抜けにお似合いの術式……」

 

 そこまで言われて、頭の中でプチ、と何かが切れる音がした。

 拳を思い切り握り込んで、呪力を集中させる。そして、クソ野郎のにやけた鼻っ柱に思い切り拳をたたき込んだ。

 メゴ、と通常、打撃ではあり得ない音がする。コンクリートの塊だって粉砕する一撃に、しかし大地は軽くのけぞっただけだった。それこそ鼻血すら出ていない。

 突き出された拳を軽く手で除けながら、男は笑っていた。ただし、今までの笑みとは別種のものを。

 

「惚れた」

「……は?」

 

 言っている意味が分からず、野薔薇は思わず呆けた。

 彼の後ろでは、真依がやっちゃったな、とでも言うように額に指を当て、嘆息している。

 

「そうだよな。気に入らなけりゃぶん殴る。実力差だなんだ、小賢しい事を勘定して行動を変えるのは、真に『強い女』ではない。俺の周囲は下らない女ばかりだった。媚びへつらう奴、罵られても黙っているしかない奴、そんなのばかりだ。そう、強い女は相手だ状況だなんてもんをいちいち考えない! お前のように!」

「ちょ、何!? 何なのこいつ! ねえ!」

「ブラボー、超兄弟(グッドブラザー)! ついに理想の女を見つけたな」

「お前はうるせえよクソゴリラ!!」

 

 明らかに話の通じないゴリラ達を無視して、多分常識的な二人に視線をやる。

 恵は何が何だか分からないと、ぽかんとしており。真依は小さくかぶりを振っていた。

 

「あーあ。だから相手するなって教えてあげといたじゃない」

「分かっていないな、真依。本当の意味で芯のある女とは、周りから駄目だと言われてもやるものなんだよ」

「確かに私はそういうタイプだけどお前に理解されると腹立つな!」

 

 釘崎野薔薇が釘崎野薔薇であるために。そのためならば、他者がどんなに下らないと言おうが、命を掛けられる。これは覚悟ではなく生き様の問題だ。

 だが、それはそれとしてさすがにこれは予想外である。

 

「今の拳、まだ弱々しかったが、迷いはなかった。悪くない一撃だったぞ、ハニー」

「誰がハニーだぶっ殺すぞ!」

 

 この日ほど、普段から呪具を持ち歩いていなかった事を後悔した事はない。持っていたら、絶対に『簪』をブチ込んでいた。

 本当ならば、今すぐにでも距離を取って逃げるべきなのだろうが。それはプライドが許さない。ぶちのめすにしたって、さすがに今の一撃を食らって全くの無傷では、得物なしにどうこうできる相手ではなかった。野薔薇は気が強くとも無謀ではない。実力差くらいは理解できた。

 

「伏黒おおお!」

「いや、俺に言われても。どうしろってんだ」

 

 助けを求めるが、彼は困ったように首を掻くだけだった。まあ、逆の立場で野薔薇が助けを求められたところで、どうしようもないだろうから仕方ない。後で殴りはするが。

 くい、とライオンゴリラが――先ほどまでの様子からは考えられないほど優しく――野薔薇の顎をつい、と上げた。見つめ合う形になってしまう。

 

「俺と結婚しよう」

 

 ぞわ――と全身から鳥肌が立つ。ただただ気色悪いという感想しか出てこなかった。だから、そこからの行動は考えたものではなく反射的に行ったもの。

 膝を蹴り上げて、金玉をぶっ潰す。さすがにこれはダメージが入ったらしく、大地の体がくの字に曲がった。そこから左拳が顎を狙う。これはかすめただけだが、どのみちろくに呪力も乗っていない牽制。本命の大ぶりな右フックは、全霊の呪力を乗せて、変態アホゴリラのこめかみにクリーンヒットした。

 崩れ落ちた巨体、さらにその後頭部を、全力を込めた踵で踏み潰す。ごん、と音が鳴って、地面に蜘蛛の巣状のひびが入った。

 

「死ね!!」

 

 最後に中指を立てながら叫ぶ。ほんの少しだけすっきりした。

 

「ふっ。さすがは俺の認めた女だ。一連の攻撃に、わずかの躊躇もない」

 

 まあ、ノーダメージなのだが。一体どんな鍛え方をしているのか、金的以外は全く効いていない。その金的すら、痛いからというより反射的に動いただけにも思えた。

 感覚は正解だと言うように、大地は当たり前のように立ち上がる。

 攻撃が通じないのは、もうそういうものだと思うしかないが。腹の虫は収まらないので、もう一度くらい殴ろうとしたところで。

 

「あーっ!」

 

 と、遠くから声が響く。

 すっ飛んできたのは、巫女装束に身を包み、顔に大きな傷がある女性だった。ぱっと見、二十歳を下回っているようには見えない――ということは、京都校の教師なのだろう。怒りの形相で突進する様は、さながら闘牛のようだった。

 

「あんたね、初対面の女性に罵倒から入るのやめなさいっていつも言ってるでしょ!?」

「しかしな、歌姫先生……」

「しかしもかかしもない! なんでこう問題しか起こさないのよ、この馬鹿!」

 

 女性――歌姫は勢いのままに、大地のすねを蹴り飛ばした。その程度で大男は小揺るぎもしないし、逆に女性の方が痛がっているくらいだ。

 歌姫はこちらに向くと、申し訳なさそうな顔をしながら言った。

 

「ごめんなさいね、うちのアホが」

「いや、うーん、まあ。いいですよとは言えないです。むちゃくちゃ迷惑だったし、ひたすらに気色悪いし」

「そうよね……」

 

 と、歌姫がひたすらに深いため息をつく。

 

「そう気を荒立てるな、歌姫先生。もっと気楽に構えるべきだぞ」

「九割はあんたら問題児のせいなのよ! あんたたちも見てるならなんで止めないの!」

「先生はおかしな事を言うな。俺は友の愛を止めるほど野暮ではない」

「この馬鹿どもが言って止まる訳ないじゃないですか」

「ああああああ!」

 

 頭をかきむしりながら、歌姫が吠える。痛いほどの苦悩が伝わってきた。

 

「呪術師って変な人が多いとは聴いてたけど……」

「いや、さすがにあれは特殊な例だ。ここまできっちり狂ってる奴はそうそういない。というかいてたまるか」

 

 とりあえず、先生のお説教(だか愚痴だか)の邪魔にならないよう、ひっそりと話す。同時に、さすがにあそこまでではないが、自分もたまにおかしな事をやらかすから自重しようかな、などと思った。さすがにあれと同列扱いは死んでもごめんだ。

 

「天童、そろそろ時間だ。高田ちゃんの握手会には早めに着きたい」

「もうそんな時間か。ふふ、俺も高田ちゃんデビューか……」

「アイドルに(うつつ)を抜かす筋肉もりもりマッチョマンの変態二人組って、思ってた以上に気味が悪いわねえ」

 

 しみじみと真依がつぶやく。どうやらあの二人はあんななりをして、アイドルの追っかけをしているらしい。なおさら気色悪い。

 と、大地が何かに気づいたかのように、こちらを向いた。

 

「勘違いしないでくれ、ハニー。俺はお前一筋だ。友の女に手を出すような卑劣漢でもないしな」

「高田ちゃんはただのアイドルで、そっちの男の彼女でもないでしょ。あと私はあんたのハニーでもない。頭イカれてんじゃないのアンタら」

 

 こうまで狂った光景を見せられると、まるで間違っているのは自分の方かのような感覚に陥ってくるから困る。後は、先生って大変なんだなーと、少しだけ悟を労れるような気がした。多分、実行はしないが。

 

「本当ならば、一年の力を見ておくつもりだったが。それは交流会にまで取っておこう」

「そういう事だ。ではな、ハニー」

「うるせえ二度と来んな死ね」

 

 何度もばっさり切り捨てているつもりなのだが、全くへこたれない様子でウインクまでしてくる大地。

 嵐が過ぎ去ったとやっと悟って、野薔薇は思い切り肩を落とした。

 

「つかれた」

「あー……なんだ、ドンマイ」

 

 普段、根暗だと感じる恵の一言が、なんだか無性に染み入った。

 

 

 

「……ってことがあったんだ」

「何それ怖っ」

 

 

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