だいたい殴れば解決する 作:三回転半ドリル土下座
五条悟以外の術師通行を制限する帳を掘削している途中、ぴくり、と大地はほんのわずかだけ動きを止めた。
「どうかしたのか?」
様子にすぐ気がついたのは、伯叔祖父である直毘人。他者と同じく周囲を警戒しながらも、ちらりと視線を向けてくる。
大地は一瞬だけ言葉に詰まった。言うべきか、言わないべきか。教えたところで何が変わるわけでもないと言われればその通りではある。変な動揺を与えるかもしれないと考えたら、口をつぐんだ方がいいかもしれない。
それでも彼は、正直に答える事を選んだ。ここにいる全員、選りすぐりの呪術師というのが大きい。悠仁以外は経験が豊富だし、現状を正しく理解した方がいいと判断する。
「悟の呪力が途絶えた」
「……それは、死んだという事ですか?」
慎重に問いかけてきた建人に即答する。
「いいや、違う。呪術師が死んだ時、呪力ってのは萎むもんだ。今回はそうじゃなくて、いきなりぶつりと消えた」
「では、考えられる可能性は?」
「そうだな。推論1、呪力感知もできないほど強力な結界の中に引きずり込まれた」
「あり得るのですか?」
「まず俺の呪力感知能力は、六眼を度外視した場合、全呪術師中一番だって前提で聞いて欲しいんだが」
という前置きをして、
「悟の呪力が消える直前、馬鹿でかい呪力が唐突に現れた。状況を考えると、強力な隠匿特化の結界術で隠れていたって線が濃厚だ。現れたのが結界を構築した術師だと考えると、あり得ない事じゃねえ」
「ちなみに、それは領域展開とは違うのですよね」
「違うな。あれは内外を区切りはしても、境界線そのものを分からなくするもんじゃない。ざっくり言うと、中の様子は分からなくても、領域展開という強大な術式の呪力は感知出来るわけだ。今はそれも感じない」
それすらも隠蔽するような領域展開の使い手だという可能性もないではないが。まあ、そこにどんな意味があるのかと問われれば難しい話ではある。基本的に、領域展開とは引きずり込んだ方が好都合、という事は気付かれないメリットが(例え縛りによる補強であっても)ない。
「推論2、どっかに転移させられた。この場合、残穢の糸が残る間もなく飛ばされる例を俺は知ってる」
「なるほど、俺の
「その通り。まるっきり同じものでなくとも、似たような術式の持ち主が協力している可能性は大いにある」
実のところ、一番有力な可能性がこれだった。これなら悟が戦域にいないという意味で、一時的に戦闘不能に出来る。何より、難易度という意味で一番簡単だ。
無下限呪術による防御は、実のところ、術者にダメージを与えなければ判定がかなりファジーなのだ。明確に拒絶されればその限りではないが、推論1で隠れた状態からの不意打ちとなれば、引っかかる可能性は大いにある。
曖昧になってしまうのは、大地が無下限呪術を理解し切れていないからだ。他人の術式という事もあるし、相伝術式と言えど他家のもの。詳細がほいほい入ってくるわけもない。大地がその手の術式を持っていないので、試したことすらないというのも一つの要因だ。
「推論3、五条悟が封印された」
「え? そんなことできんの?」
と、驚いたように、悠仁。
目を見開いた彼に、苦笑して返す。
「あくまで可能性だよ。呪力喪失の反応から、そういう事もあり得なくはないってだけだ」
自分でも突飛な事を言っている自覚はあるので、肩をすくめる。
「実行するためにはとてつもない忍耐と一定の戦力、何より封印に特化した呪具ないしは術式が必須となる。状況と準備の良さを考えるに、ギリギリなくはないってのが嫌らしいな。もしそうなら、後で下手こいた悟を思いきり煽ってやれ」
「そんなことしないけど」
「そうか? 東京校の奴らは嬉々としてやりそうだが」
「あー……。うん、まあ」
いくらか迷ったようだが、返す言葉もなかったらしい。そのまま曖昧に誤魔化した。
「ともあれ、俺達は2と3の体で動く」
「なんで?」
「1は考慮する必要が無いからな。2か3の場合は、悟が現在、戦闘可能な状態でないという点で共通する。どこを重視すべきかと言えばな」
両手――自分のそれと式神――に力を強く込める。術式反転を長時間維持しながら体も使うというのは、それなりに手間だった。結界の強度が思っていたより遙かに高いというのが一番の原因だが。
意図的に伏せていた、という訳ではないが、新しく現れた敵は特級呪術師相当だった。あえて告げもしなかったのは、下手に突っかかられても問題があるからだ。四人には、完全な状態で真人なる特級呪霊と戦って欲しい。
幸いにして、特級呪術師と思われる相手は、出力はともかく呪力操作において、大地より数段劣る。厳しく見ても、戦えば九割以上の可能性で勝てるだろう。
絶対でないのは、さすがに悟を出し抜いた相手には言い切れないからだ。逆に言えば、その程度の相手。
「プランを変更する。奇襲から強襲へ。気を引く囮役がいないんじゃ、奇襲なんざあったもんじゃない。一直線に進んで最大火力をブチかますぞ」
「押忍!」
「任せろ
「七海さんとじいちゃんは、当初の予定通り二人の支援を重点的に」
「分かっています」
「任せろぃ」
よし、と頷いてから。両腕を伸ばす。
やっと人が一人通れるだけの隙間を開くことができた。
「一人ずつ通ってくれ。最後は俺だ」
折良く、地下には膨大な呪力が五つ。敵の主戦力が勢揃いしていると考えていい。
悟がいないという絶望は、同時に最大の好機でもある。相手の戦力が一点にあつまって、全員が気を抜いていた。
一瞬で皆殺しにするチャンスだ。
さてどうしようか。夏油傑――もとい羂索は、困った顔をしてそれを見下ろした。
分厚いコンクリートを割って地面にめり込んでいるのは、今し方五条悟を封印した獄門疆。これを使ったのは当然初めてだから、確たることも言えないが……獄門疆が五条悟という情報に負けかけているのだろう。結界に対し内部の情報量でオーバーフローを起こさせる、というのは、理論上ないではない。羂索を持ってしても、初めて見る現象だが。
さすがに獄門疆の封印が解かれるという事はないだろうが、かといって今後どうなるかも分からない。時間経過で情報に適合して安定してくれるのが一番だが、最悪、この場に縛り付けられた状態で全てを終えなければならなくなる。
「ねえ夏油――あ、夏油でいいの? それとも本当の名で呼んだ方がいい?」
「好きな方でいいよ。どちらも呼ばれ慣れてるからね」
「じゃあ夏油で。これどしたの? 動かないの?」
殴られた中では、一番遠くに飛ばされていた真人が戻ってきながら。獄門疆を指で軽くつつくと、ころんと軽く転がる。その様子に拍子抜けした顔をしたが、次の瞬間、獄門疆はとんでもない勢いで天井に突き刺さった。地面のそれと似たようなクレーターを作る。
「殺人ピンボールって感じ」
「目が離せないのに近くにいなきゃいけないってすっごいヤだなあ」
「これってずっとこうなの?」
「多分、そのうち安定すると思う。封印特化の獄門疆が、一時的にとはいえ対象物に競り負けるっていうのは、少々予想外だけどね」
ふーん、とどうでも良さそうな返事をする真人。まあ確かに、さほど興味をそそられる内容でもないだろう。
最後にのそのそと脹相がやってきて、やっと全員が揃った。
「で、この後だけど……」
予定通り、宿儺の器を確保する、と言い切る前に。
「はいはーい! 俺、やっぱ虎杖悠仁殺したい」
「はあ!? 何を言っているのだ貴様は!」
「俺も虎杖悠仁と釘崎野薔薇を殺す。最初からそのつもりだ」
「キサマまで……!」
早速内紛が始まっていた。
その後は、五条悟さえいないなら呪術師勢力とは互角なんだから、無理に宿儺を復活させなくてもいいだとか。呪霊としての在り方はあーだこーだとか、羂索から見ればクッソどうでもいい問答を始める。
そんな中一人、羂索は思索していた。
残る特級呪術師はあと三人。夏油傑という器が特級な上、操縦しているのが羂索なのだから、特級の一人や二人ならかかってきても勝てる自信はある。が、三人同時だとさすがに無理だと考えていた。
渋谷に関して言えば、特級呪術師の集合は確実に間に合わない。ただし、その後――本来の目的を果たすとき、特級三人が揃っている可能性は大いにあった。最悪の事態とは、得てして意図的に起こされるものである。
漏瑚。真人。陀艮。脹相。どれも優秀な手札ではあるが、同時に誰一人として特級呪術師には及ばない。
五条悟の封印というセカンドプランが成功した以上、ファーストプランである宿儺の復活は必須ではないと考えていたが。今回ばかりは、少々現代の呪術師を舐めていたと言わざるをえなかった。保険として絶対に必要だ。
「さっきから考え込んでるけどさ、夏油はどうするの? こっちは俺か脹相が見つけたら虎杖悠仁を殺して、漏瑚が見つけたら宿儺を復活させる事に決まったんだけど」
「決まっとらんわ! 何を勝手にほざいとるんだ馬鹿たれ!」
「うーん、私も心情的には漏瑚に味方したいんだけどねえ。このまま獄門疆を放置もできないだろ? 宿儺にかまけて獄門疆を回収なんてされたら、それこそ片手落ちどころの話じゃないし」
「陀艮に任せるとかは?」
「!?」
ぎょっとした陀艮が、何言ってんだお前、とでも言いたげな目で真人を見る。
「悪くないけど、何かあった時に、ねえ?」
「あー。陀艮は足遅いし、結界も下手くそだから無理か」
「!?」
またもや流れ弾に当たったような顔で、陀艮。口下手なのでそれでも言い返せない。
「じゃあ陀艮はどっちにする? やっぱ虎杖悠仁抹殺だよね。あ、トドメは俺にやらせてよ」
「いいや、弟たちの敵だ。俺が殺す」
「えー。クギザカ……クギザキ? まあいいや、そっちはあげるんだから虎杖悠仁くらいちょうだいよ」
「何を馬鹿な事言っとるんだ! 陀艮は儂と宿儺復活に動く!」
「!?」
今度は行動の指針を勝手に決められて戸惑う陀艮。なんでか知らないが苦労担当みたくなっていた。
「あー、言い争っている所悪いんだけどね。陀艮はなるべく周囲の呪術師を駆除してくれないかな。できれば一級を中心に。せっかくのタイミングだから、ここで相手の手札を減らしておきたいんだよね」
言うと、陀艮はこくこくと頷いた。どうやら承知してくれたらしい。
雑魚の駆除だけが仕事と思わせておいて、いきなり特級呪霊が襲いかかってくれば、それなりに痛手を負わせられるだろう。相手もある程度の強さを想定しているから、それなりに高位の術師をそろえているだろうが。さすがに特級呪霊ともなれば、予想にはあっても対処しきれまい。
五条悟という安心感は、時として毒にもなり得るのだ。今はそれを最大限利用させて貰う。仮に失敗したところで。陀艮ごときが消えても、痛くも痒くもない。
「ちなみに私も獄門疆が動かせるようになったら、宿儺復活に動くからね」
「いいね。やっぱりゲームは難しくなくっちゃ」
「おい! だから儂は許さんと!」
「はいゲームスタート」
話が長くなりそうな漏瑚を無視して、真人が号令を掛ける。漏瑚も最初は地下五階で構えているつもりだったのだろうが……やっぱり短絡的というか衝動的というか、走り出した皆に焦って後を追おうとした。
どうでもいい。彼らが何をしようと、絶対に宿儺は、ひいては虎杖悠仁は殺せない。そういう風にしてある。
結局の所、このゲームは呪霊対呪霊ではない。羂索と呪術師、どちらが先に確保するかの勝負だ。
羂索は、彼らが消えるのも待たずつまらなさそうに視線を外し、獄門疆へ視線を落とし。状況が安定するのを待とうとした、その時だった。
地下五階の斜め上にある壁が、猛烈な勢いで破壊された。
その場に居た全員――それこそ羂索たちだけでなく、残っていた人間すらぎょっとしながらそちらを見る。ただの人間には気づけなかっただろうが、そこから唐突に、強烈な呪力が五つ現れた。
(っ! 動きが速い! 五条悟の成否に関係なくやるつもりだったのか!)
ネタとしては単純。こちらに察知されないよう、全員が呪力を潜めながら地下四階まで接近。壁をぶち抜いて襲いかかる。階段や吹き抜けを使わなかったのは、わずかでもこちらの意識にある通路を使わないため。
羂索の頭にすぐ浮かんだのは、司令塔の抹殺だった。
この部隊を指揮しているのは、特級呪術師と思われる大きな呪力を持つ奴に間違いない。少なくとも心情的な支柱にはなっている。
問題は、作戦を考えたのは誰か。そいつさえ潰せば、今後の動きが緩慢になるはずだ。最悪のパターンは、指揮官イコール司令塔だった場合だが……
緊急用に呪霊を数体呼び出している時、気付く。いつの間にか、穴周辺の呪力が四つに減っている事に。
多分、放たれたのは拳だったのだろう。多重に展開した呪霊と、全身全霊で強化した腕をあっさりと貫き、右腕を胸ごとごっそりえぐり取る。与えられた幸運のうち、どれか一つでも欠けていたら死んでいただろう。
(なんて……っ、威力!)
血液が逆流し、柔らかい血管は破裂して、血を大量に吐く。
計算外――その一言に尽きた。
術式が攻撃向けでないならば、近接戦闘能力を重点的に鍛えているだろう。ここまでは予想していた。ただ、シンプルに力量が異次元。自分より強いだろうという程度の事は考慮にあっても、まさか手も足も出ない程だとは。
そして、もう一つ。考えられる支援能力の中でも飛び抜けて面倒であり、かつ最悪の相性とすら言えるもの。
(まさか
近接戦闘型の術師にとって避けては通れぬ課題、いかにして相手に接近するか。それを無視できるというのは、格闘無双たる彼の特徴を何倍にも引き上げている。
懐にさえ入れば勝てる奴が、絶対懐へ潜り込める能力を持っていた。これに脅威を感じない者が、果たしてどれだけ居るのか。
彼の様を見て、呪霊達の判断は速かった。絶対に抗戦してはいけない。助けに入るなど以ての外。即座に離脱を開始し――しかし、致命的に遅い。
今度、彼(恐らく天童大地だろう)は術式を使わなかった。ただ走って近寄っただけ。誰にだって行えるような単純動作であっても、極端に洗練された体技と呪力操作が合わされば、視認すら難しいものになる。
放たれる四発の拳。真人の腹を抉り、漏瑚の胸骨を両腕ごと陥没させ、陀艮の背中を潰し、脹相の腹を穿つ。四者全員がなんとか死んではいないものの、別々の方向へと殴り飛ばされていた。
「チッ、さすがは特級の群れか」
一人一人が大きな街一つをたやすく壊滅させられるような戦力。それをたった一人、しかも、ものの数秒で壊滅させておいてこの言い草。ひたすらに傲慢だが……この男ならばそれが許されると思ってしまった。
同時に、羂索の頭に浮かぶもの。記憶というよりは感情、それも魂の慟哭とでも表現すべき何かに思える。
似ても似つかないのに、その背中は――五条悟とかぶっていた。
もしかしたらこれは、夏油傑の残滓、あるいは魂の残り香だろうか。
違う、と思考を否定した。今は夏油傑がどうかなど考えている時ではない。まず天童大地が五条悟に準ずる戦力だと認め、この場をどう切り抜けるか。
強者とは時として唐突に現れるものだ、というのは分かる。だが、盤面の全てをひっくり返される側になってみれば、たまったものではない。
「困ったな。すでに五条悟の相手をして、切り札なんて一つも残ってないんだけど」
右胸から先の欠損。奇しくも、羂索が夏油傑の遺体を手に入れたときと同じ姿。反転術式が使えるのだから、この程度では死なない。が、それはこの先を保証してくれるものではなく。次は防げないという確信があった。例え万全な状態であっても、大地をいなすのに二度目はない。
羂索は即座に反転術式による回復を放棄。大地が呪霊達を殴るために空けた二秒ほどの隙を利用し、新たな呪霊を取り出した。
一級仮想怨霊テケテケ。都市伝説の派生呪霊に多い、簡易領域や領域展開に特化した呪霊だ。相性次第では一級呪術師でも始末することが出来る。当然、こんなもので特級呪術師をなんとか出来るわけがない。作られた簡易領域は、テケテケが大地に踏み潰されるのと同時に解除された。
これでいい。大地がテケテケを始末するまでに浪費した三秒弱、それで呪霊は逃走を完了させていた。奴らが死ぬのはいい。だが、無駄死にだけは困る。特に真人は、死ぬ寸前に、自分の元へ戻ってきて貰わなければならない。
「欲を掻きすぎたな。反省するよ、お前を完全に殺しておくべきだった」
ヴン、と大地の体から式神が現れる。本体以上の呪力を纏ったそれは、死神という言葉すら生温い。
大地がほんの数歩分、羂索へと近寄る。ただ位置の調整をしただけなのか、それとも式神の縛りか何かなのか。さすがにこの状況では判断がつかない。ともかく、本体は指を天井へ向け、式神が羂索の頭をすり潰さんと接近していた。
大地の指先から、呪力砲が放たれる。映像で見たときとは違って荒々しく、そして太い砲撃が地上まで貫通し、天へと昇っていった。
「ショートカットだ! 予定通りに行け!」
彼と一緒に降りてきた術師たちが、次々に穴へと飛んでいく。その先にいるのは、多分だが真人だ。
なるほど、彼らは特級の支援部隊などではなく、最初から対真人部隊だったのだ。ならば、メンバーに虎杖悠仁がいるのも頷ける。
今の術師は力も頭も足りない。なんでもかんでも、最終的には五条悟に頼ればいいという甘えがある為に。そんな考えを真っ向から否定してくれる戦略だ。もしかしたら、すでに顔を見せてしまった対漏瑚部隊などというものすら用意されているかもしれない。
中々どうして、厄介。特に天童大地は、五条悟と同じくらい、まともにやり合って勝てる気がしない。
「でも、ここは私の一本先取」
式神に頭をガリガリ削られながらも、羂索は一歩も引かずに術式を発動した。
極ノ番・うずまき。
領域展開と並び、呪霊操術の奥義。通常、これは膨大な出力の呪力砲としてしか機能しない。しかし、準一級以上の呪霊を運用した場合に限り、ある現象が起きる。それは、術式の抽出。呪霊の命を強制的に振り絞らせるという縛りを結ばせ、たった一度きり、強大な呪力を以て術式を発動できる。
本来あり得るはずのない現象――式神の打撃に、術式が崩されていく。透過し遠距離で炸裂する術式には干渉できないという法則を無視し、うずまきにより抽出した術式は大半を消し飛ばされてしまった。これもまた予想外ではあったが、構わない。発動する効果が二割でも一割でも、目的は十分に果たせる。
殴られ減衰した術式の残滓が大地に接触した瞬間、彼の姿は影も形もなくなっていた。
この場に自分以外誰もいなくなったのを確認した後、羂索は座り込む。右腕を失った状態で呪霊の使役、さらに頭部を破壊されながら極ノ番を発動。心身共に限界だ。
失血しすぎて眠ってしまいそうなのを堪えて、反転術式を練る。肉体が回復していくごとに、少しずつ意識もはっきりしてきた。
「全く……これで一体どれだけの時間がかせげるのやら」
大地に放ったのは、転移系術式だ。効果は直線上のどこかへ飛ばすというもの。
簡単であるが故に効果も高いが、減衰されてしまった上に、素材となったのも準一級呪霊。さほど遠くまで飛ばせたという期待は出来ない。幸いにしてこの転移は結界を無視するため、どうやって帳を突破したかは知らないが、同程度の時間はかかると期待できた。
「彼が、五条悟が余裕綽々で封印された自信の素か。本当に性格が悪いよ」
手持ちの情報全てを総合し、最大限の力を設定したつもりだったが、全然足りなかった。というか、そもそも本当に五条悟に匹敵しかねない力を持つなど誰が考えるのか。
根本的におかしいのだ。無下限呪術と六眼の抱き合わせと比肩するような力の持ち主がいるというのは。
救いと言えそうなのは、得意な戦法が分かったことか。ひたすらに呪力を圧縮して全身に纏い、とにもかくにもぶん殴る。その威力たるや、特級呪霊のさらに上澄みすら一撃で祓われかねない。実際、漏瑚達は死にかけていた。運が悪ければ本当に祓われていただろう。全員生きているのは、奇跡みたいな偶然だ。彼が殺す事よりも散らしてひとまとめにしない事を優先したのも、幸運の一つだろう。
確かに、映像でも呪力出力と操作には目を見張るものがあったが。実物を見て、初めて気がつく。あれですら手加減した、というよりは何気ない程度のものだったと。
「めちゃくちゃ過ぎるストロングスタイルで、真正面から押しつぶす。そんな奴、過去にいくらでも見てきたけど、怖いと思ったのは初めてだよ」
瞬間移動の術式と噛み合いすぎた才能。幾通りもの戦いを想定し、出した結果は『勝てない』だった。
「うーん、手の付けようがないね。まあ、それならそれで別にいいんだ。勝てないなら戦わなければいい」
再生し終えた右手で、額の縫い目をそっと撫でる。
確かに恐ろしく強く、厄介な相手だ。後は無下限を突破する方法さえあれば、本当に五条悟を倒しかねない。
強いだけならば。偏っているだけならば。やりようはいくらでもある。勝ち目がなかろうが、戦って負けようが大した問題ではないのだ。最後に笑って結末を迎えられる事だけが、羂索の目的なのだから。