だいたい殴れば解決する 作:三回転半ドリル土下座
天童大地がパンダ、日下部と接触したのとほぼ同時刻。彼の予想はある意味で正解であり、ある意味で外れていた。
というのも、
「待てェ! 宿儺の器ァ!」
「ほらほらほらぁ! どうしたのさ虎杖悠仁ィ!」
「弟たちの敵、取らせて貰う!」
偽夏油傑もとい羂索の手駒大半に、死ぬほど追いかけられていた。
「おおおおお!? 真人は分かるけど誰!? ホント残りは誰!?」
いやまあ、火山頭の方は顔くらいは知っている。悟が半殺しにした特級呪霊だ。だがそれにしたって、ここまでめちゃくちゃに追いかけられる謂われはない。
この状況は、ある意味で好都合ではある。外の人間が内部の異常に気付く前に、最大戦力達を足止めできるのだから。とはいえ、半ば殺気だって追いかけられる悠仁としては、たまったものではない。
特にやばいのが火山頭だ。攻撃力が本当に一桁違う。幸運なのは、一番強いであろう火山頭だけは悠仁を殺す気がない点だろうか。その分、真人と呪詛師は殺意ましましだが。
――大地が放った呪力砲は精密であり、人が被害を被らず、かつ真人のすぐ近くを通過していた。彼の呪力探知能力と呪力操作は知っていたつもりだったが、改めて見せられると、完全に化け物である。味方に居る分にはひたすら頼もしい。
見つけた真人は、予想に反して腹を抱え、口の端から血を滴らせていた。どういう理屈かは知らないが、きっちりダメージが入っていたようだ。真人の術式が無敵ではないと知ることができただけでも大きな成果だ。
真人の呪力は、大きく目減りしていた。
呪霊が死ぬ条件は、大きく分けて二つ。再構成させる間もなく死に至らしめるダメージを与えるか、もしくは呪力が切れるまですり潰すか。
呪霊に人間のような弱点などなければ、部位の欠損による戦力の低下は存在しない。反転術式を使うまでもなく、呪力さえあれば肉体の『補充』が可能だからだ。首だけにされたはずの火山頭が復活していたのもこの理屈である。無論、特級呪霊ほどの強度がある肉体を再構築するには、膨大な呪力が必要だろうが。
真人は自分の術式である無為転変を、魂の形を強制的に変更するものだと言っていた。これを常時発動しているために、魂の輪郭を捉えられない存在はダメージを与えられない。そして自分の魂をこねくり回すことで、いろんな形に変形させられる。
つまるところ、無為転変そのものには自分を回復させるような力が無いわけだ。一度ダメージを食らったら、他の呪霊と同様、膨大な呪力を消費して再生させるしかない。
弱った真人を見て、攻め時だと考えたのは、天童班の共通認識だった。真人が回復する前に仕留める。
悠仁を攻撃の中心として組み立て、構成は上手くいっていた。実際、かなりいいものを何発かたたき込めていたし。ただ予想外だったのは、火山頭と呪詛師が脇目も振らずこちらを――正確に言えば悠仁を標的に定めていた事だった。
さすがに火山頭の呪力はごっそり減っていたし、呪詛師の方はそもそもダメージがぬけておらず動きに精彩がない。しかし、いくらパフォーマンスを落としていても特級。そんな奴らに二人も乱入されては、さすがに受け止めきれなかった。
かくして、真人に再生の余裕を与えてしまい。今に至る。
「お爺ちゃん!? いい加減俺盾にするのやめてよ!」
「うっさいのう。火山野郎の時だけなのだから文句たれるな」
「チィッ! ちょこまかと鬱陶しい!」
敵が三人。とはいえ、全員が同じ目的を共有している訳ではない。
真人と呪詛師は他者を半ば無視して悠仁に攻撃を集中しているし、逆に火山頭は先に周囲の人間を排除しようとしている。そしてなぜか、悠仁だけは攻撃が甘い。このギャップが変に作用し、戦力で勝りながらもこちらを仕留めきれない理由になっていた。
「本当になんで俺ばっか狙われてんの!?」
「うるさい! 死にたくなければ儂に従え!」
「弟のォ! 敵イイィ!」
「だから弟って誰だよ!」
訳の分からない状況にてんやわんやしつつも、少しずつこの状況に慣れてきた。
まず一つ。真人は戦力という意味で、呪力から推定されるものより格段に劣る。彼の持ち味は元の手で触れた場合の一撃必殺と、肉体の変形による変幻自在の動きだ。つまるところ、戦闘能力の大部分が奇策頼りである。はっきり言って、動きに慣れてしまえば素手以外に恐れる点はない(あくまで比較論であって、特級呪霊に相応しい力はあるが)。
呪詛師は遠近まんべんなく強いが、大地の打撃が一番大きく尾を引いている。動きこそ正統派で隙が無いものの、ダメージが長所の全てを削いでいる。術式も、交流会で見た赤血操術(だっただろうか)に似た血液を射出するもので、早く重い代わりに、貯めが長いせいで射線とタイミングを読みやすい。
この中で最強である火山頭は、『虎杖悠仁を殺さない』という面倒な制約を持っているせいで、持ち前の大火力をほぼ封じられていた。しかも直毘人が積極的に肉の盾にするせいで、人を殺すのに十分な火力でさえ戸惑いがちとなっている。それを見て、建人と葵まで悠仁を壁にし始めた。有効なのは分かる。分かるが、彼らは本当に人の心を持っているのだろうか。
「いっその事分断しますか?」
「駄目だな。火山野郎を担当する奴が即死して、こちらが数を減らすだけにしかならん。他の連中は虎杖から離れそうにないしな」
「かといって、今のままではそのうち
俺は大丈夫、と言えればいいのだが。さすがにこれだけの敵に囲まれてしまえば、強がりすら言えなかった。
いくら現在は微妙に足を引っ張り合っていると言っても、さすがに内輪もめまでは期待できないだろうし。かといって、攻勢に転ずる余裕など、どこをひっくり返してもない。
「これほんとどうしろってんだ」
相手の連携は完璧だ。というより、それぞれが得意な事をしたら、偶然連携が完成したというべきか。
真っ先に落としたい呪詛師は遠距離攻撃に専念しているし、真人は悠仁にだけは体を近づけない。逆に倒せる気がしない火山頭だけは近づいてくるものの、攻撃という攻撃をあっさり捌かれてしまう。しかも、悠仁以外は接近しただけで焼き殺されかねないというおまけ付き。
均衡を破る方法が必要だ。それも、一か八かではなく確実なものが。
(一番期待できそうなのは、天童が救援に来てくれる事だけど)
彼は今、黒幕と思わしき呪詛師と戦っている。悟すら封印して見せたやり手と。
仮に黒幕を倒したとして、こちらを任せた以上、優先してきてくれるかは賭けだ。あの空間には、確かにもう一匹呪霊がいた。そちらの始末を優先するという事は、十分にあり得る。
発生の早い血液の矢を手の甲で払い、真人のフレイルもどきは真正面から殴り飛ばす。殺意が本物なだけあって、威力も狙いも十分だ。火山頭は悠仁に対し、下手に威力の高い攻撃を放てないため、まずは周囲から落とそうとしているものの。立ち回りに圧されて上手くいっていない。
火山頭が羽虫みたいな式神を召喚し、それを迂回させて飛ばそうとするものの、悠仁が邪魔をして強制解除させる。多分、それで限界が来たのだろう。
「ああああああ! ひたすらに鬱陶しいわ!」
火山頭が、いきなり絶叫を上げた。
まずい。心の中で叫ぶ。均衡が崩れる前に、最強の忍耐に限界が来た。
「宿儺が変われば全身が焼けただれようと死にはせんだろう!? 達磨にしてくれるわ!」
「げっ」
天井から火山口のようなものが三つほど現れ、その照準が自分へと向いている。全身に呪力を充実させ、全力で防御を目論んだが――それが無意味だと本能で理解した。今の悠仁では、どう足掻いたところでこれを受け止める力は無い。
仮に火山頭の攻撃を凌げたとして。呪詛師が頭を、真人が心臓を狙っている。どう足掻いても二度目は防ぎきれない。
死ぬ――
全身を襲う寒気に、体がこわばりそうになって。
視界が赤く染まる寸前、目の前の光景がまるごと移り変わった。
瞬時に、悠仁は状況を理解する。即座に動けたのは、いくつかの要因があった。
呪詛師が攻撃の打ち終わりで呪力を再充実させるのに時間がかかったのに対し、悠仁は防御に満たしてた呪力をそのまま攻撃へ転用できた事。根本的に、ダメージ自体は悠仁の方が少なかった事。何より、
苦し紛れのように放たれた裏拳を、右手でたたき落とし。渾身の鉤突きから、呪詛師の肋骨を砕く感触がした。
東堂葵にとって、
実の所、この手の特に隠している訳ではなく、使用頻度が少ないために術式を知る者が少ないというパターンはそれなりにあった。共通点として地力が高いとか術式の攻撃能力がないとかがあるが、それらはどうでもいい。重要なのは、時に切り札としてこの上ないものになるという点だ。
「消え……?」
同時に、大抵の呪霊が抱える共通のジレンマ。それは経験不足だ。
基本的に、呪霊が持つ呪力の総量は、呪術師のそれを上回る。加えて、呪霊は呪霊同士で争う事がほぼ無く、横の繋がりも薄い。つまり、呪術師よりも呪術という能力に対する造詣が薄いのだ。
これは、生まれながらに術式を認識し、手足のように扱えるのとは別問題である。
それこそ呪術の存在が確認できる数千年前から
カタカナ語や当て字を使うタイプの術式は、こういった場合が多い。無論、絶対ではないし、ましてや法則性があるわけでもないが。あくまで比較論である。
つまり、
二つの勝機。
一つは、呪詛師と悠仁は実力が拮抗していた。ダメージの分だけ悠仁が有利だし、ましてや術式を利用した時点で接近戦に持ち込ませておけば、九割勝てる。
一つ、呪霊達の予想外なタイミングで、予想外の術式を発動した事。悠仁の代わりに焼かれた、二体の呪霊。これに意識を取られた側と、あくまで敵に集中していた存在。経験以上に、術式の不可解さと幅広さに対する理解、もとい諦め。
一瞬で最高速に達した直毘人が、殆ど指先を掠める程度に、火山頭と真人に触れた。ゼロコンマ数秒の遅れを、強制的に致命的な程引き延ばす。
葵渾身の右ストレートが火山頭へ、フルパフォーマンスの十劃呪法が真人に当たって爆ぜる。
「うガぁ!」
「おおっ」
火山頭は顔と目が割れたものの、その場に踏みとどまる。真人は吹き飛ばされ体を爆ぜさせながら、しかし痛手を負った様子はない。
「さすがは特級と言った所か。植物呪霊ほどではないが堅い」
「相変わらずダメージは与えられませんか。やはり虎杖君がいないのは厳しいですね」
「飛ばしたのは不味かったか?」
「いいえ、あの状況なら仕方ありません。私でも同じ様にしています」
両者共に深入りは不味いと感じ、追撃はしなかった。
「へえ、面白い術式じゃん。何したの?」
予想通りというか、すぐに体を戻しながら、真人。
言葉に、葵はにっと笑う。どうやって術式の開示をしようかと思っていたが、運良く相手から聞いてくれた。
「俺の
「なるほど、それで宿儺の器を逃がした訳か。脹相も一緒に送ったのは、彼奴なら一対一で勝てると踏んだ、と」
「射程距離も大分長そうだね。とはいえ、術式の開示もしてない状態で、発動条件も簡単。追いつけない程遠くはないはずだ」
短気だが理解が早い火山頭に、一応考察はしているものの、理解は火山頭ほどではない真人。地力の違いもあって、やはりより厄介なのは火山頭だと再認識した。
「
「お前、馬鹿だなあ。そんだけ範囲が絞られてるから、虱潰しにすればいいだけじゃないか」
早速間抜けが引っかかった。
葵が含めた毒。本来、葵が持つ知覚範囲は、およそ半径50メートルだ。ついでに、近場から虱潰しにしなければいけないようにした事にも気付いていない。真人の方は他にも発動条件があるとでも察しているかのような得意顔だ。実際は、二体の呪霊が重なるのを待っていただけで、火山頭の攻撃に引っかかったのはただの偶然だというのに。
火山頭の方は、なんとなく察している風だったが。かといって確信があるはずもなく、指摘する程の根拠を持たない。
「とっとと此奴らを始末して、宿儺の器を探すぞ」
「えー。こいつら無視して、あの化け物が戻ってくるより早く見つけた方がよくない? もう無理言って虎杖悠仁を殺すなんて言わないからさ」
大地の存在が上手い具合にプレッシャーとなっている。
果たして、こいつらは気づいているだろうか。術式の開示に隠されたもう一つの毒に。
「チッ! 行け真人」
「いいの?」
「貴様が宿儺の器を殺さないというならば、最早競り合う理由もない。急ぎ奴を確保しろ。此奴らが片手間に始末できるほどたやすい相手ではないと気付いているだろう」
「まあそうだね。漏瑚も俺がいない方が、力を発揮できるだろうし」
言いながら、離脱する真人を。誰一人として追いかけようとはしなかった。
全員が火山頭――漏瑚に集中しながら、
「足止めせんで良いのか?」
「構わないでしょう。天童君でもダメージを与えられると分かった以上、あれの優先順位は格段に下がる」
「被害という意味なら、こいつを野放しにした方が遙かにだろうしな」
「ま、そうだな。儂らで倒せる可能性があるのもこいつだし。全く面倒な」
直毘人の言葉に、漏瑚の顔がぴくりと歪んだ。
「まるで貴様ら風情が儂を倒せるような言い草だな」
「うん? 気に障ったか? 安心せい、貴様を安くは見ておらんよ。奴を相手しても、どう足掻いたところで足止めがせいぜいだというだけの話だ」
「それを舐めていると言っているのだ!」
頭の火山から微妙に噴火させながら、周囲の熱量を格段に上げる。これは術式ではない。奴にとっては呪力を高めただけだろう。つまり、呪力特性だけで肌が焼けるのではないかと思えるほどの熱を発散した。
熱風に煽られ、建人がスーツの上着を脱ぎ捨てながら呟く。
「全く割に合いませんね」
「守銭奴女のような事をぼやくな」
呪力を高めるだけで必殺たり得るというのは確かに驚異だが、収縮率は大地と比べて遙か劣る。無闇に呪力をまき散らすことが、必ずしも有利になるわけではないと、漏瑚はまだ経験したことがない。
「さて、特級殺しを始めるか」
これもブラフだ。
閉鎖された環境、熱の逃げ場がない空間、逃げ道だって殆ど無い。少なくとも、勝負をしかけるべきはここではなかった。
いくらか想定以上のことは起きているが、今のところ、想定外とまでは行っていない。
呪詛師は悠仁に任せればいい。真人は、いくらか渋谷の中をさまよっている。首魁の男は最低でも大地と戦っている最中だし、消えた一番弱い特級も、帳の解除部隊なら余裕を持って倒せる。後は自分達がここで漏瑚を止められさえすれば、全てに片がつくだろう。
相手にとって、大地の存在は間違いなく計算外。
五条悟の封印でこちらのプランが崩されたのならば、今度は呪詛師が計画を壊される番だ。それを現実するために、まずは漏瑚を相手に生き延びる。そう覚悟を決めて、未だ周囲を溶かす勢いで熱を放つ、特級の中でもさらに化け物なそれを静かに視界へ納めた。