だいたい殴れば解決する   作:三回転半ドリル土下座

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渋谷事変6 一斉発起

「はあ!? (アホ)が封印されたってどういう事だよ!」

 

 連絡用の式神――夜蛾正道が作った呪骸――に向けて、真希は怒号を上げた。彼が嘘や冗談を言うような性格ではないと分かっていても、問いたださずにはいられない。

 五条悟が欠けるというのは、呪術師にとってそれほどの大事なのだ。

 感情が見えない(ぬいぐるみなのだから当たり前だが)顔で、呪骸は淡々と続ける。

 

『日下部一級が天童特級から直接聞いた、確実な話だ。天童特級はパンダ準二級を連れて再度帳の中へ突入、敵首魁の抹殺へ向かった。ここまではいいが問題は……』

「悟に対抗するために集められた戦力が、こっから好き勝手暴れ始めるって事だな」

 

 真希が忌々しげに吐き捨てる。

 それこそ一級特級の呪霊呪詛師がわらわらと出てくる羽目になるだろう。周囲を徘徊している、たかだか三級相当の呪霊や改造人間を適当に殺すのとは訳が違う。

 それだけではない。帳の強度と継続時間、さらには細かい条件からして、これは間違いなく交流会の時に見た嘱託式のものだ。強度を上げるために、起点となる呪具は帳の外側にあると本部は見ているが。問題は、そこには絶対に呪具を守る人員がいるという事だ。そいつらが攻撃に転じる可能性も低くない。

 悟を誘引した時点で、勝算があるだろうとは思っていたが。事態は思いのほか悪い。唯一の救いは、ここにたった四人しかいない特級呪術師の一人がいる事だろう。

 あれは普段こそパーそのものだが、接近戦なら悟すら避けて通るほど強い。その他については、正直真希には分からなかった。全くの無能という事もないだろうが。少なくとも憂太のように何でも出来るわけじゃない以上、手放しに信用していいものでもない。

 

「で、私らは何をすればいいんです?」

『任務は変わらん。帳の解除が最優先だ。ただ、今までとは違って積極的に動いて貰う』

 

 言葉を吟味する。

 つまり、理想で言えばこちらが先制攻撃を仕掛けたい訳だ。当然、そこまで上手くは行くまい。当たり前に、相手は情報網くらい構築しているだろうし。すでに悟封印は知れ渡っていると考えた方がいい。

 が、そここそ盲点でもある。敵側としたら、悟の封印そのものが呪術師にとって想定外だと思っているだろう。自分達が先手だと信じている者が少なからずいる。即座に攻めるというのは悪い話ではない。他にやりようがない、というのもある。

 

「まあ、分かりました。速やかに動きます」

『頼んだぞ。ここで部隊を編成し直すのは、正直恐怖がある。いきなりの大仕事で悪いとは思っている』

 

 そう言って、呪骸は即座に跳ねて消えた。

 通信が終わって、真希は大きくため息を吐く。彼女が一級に昇格したのはつい先日の事だ。まさか一級になって一発目の任務が、こんなものだとは思っていなかった。

 

「という訳だ。多分、面倒を掛ける。特に猪野さん」

 

 呟きながら振り向く。そこには二人、釘崎野薔薇と猪野琢真がいた。

 帳解除部隊・真希班。その部隊員として選ばれたのがこの二人なのは理由がある。野薔薇は年齢一桁の頃から階級問わず呪霊討伐を行っており、琢真も二級としては比較的豊富なキャリアを持つ。そして、両者共に、現在一級査定中だ。

 一級なりたての真希に対する配慮だと簡単に分かる。

 真希も術師を続けていた時間だけなら負けないが。長く四級でくすぶり、階級相応の仕事しか回されなかった程度。かたや地元で数少ない呪術師であり、仕事は難易度を問わずとにかく回されてきた者、かたや高専で高い階級持ちとして順調に戦ってきた者。経験の価値が違う。

 

「だいじょーぶですよ。真希さん強いんですから」

「俺も七海サンに任されてるからな、後輩ちゃんの前で下手はうてねーぜ」

「頼もしい限りだ」

 

 実のところ、戦力という面ではあまり心配していない。というのも今回の問題において、解除部隊、つまり最前線で切った張ったを想定されている部隊には、最低でも一級査定中の者しか任命されていなかった。

 一級相当だけでも十五人の大戦力。これを超える戦力を相手が保持しているとは、さすがに考えたくない。

 ただし、数字で表せない部分だと話は変わる。

 敵には呪詛師も居る。今までは頭がおかしいだけだったり、まだ見ぬ黒幕に同調したりといった者だけだったが。今回限りは違う。

 五条悟の封印という絵図を描き、見事現実にしてみせた。これをどの程度呪詛師に信用させていたかは不明だが、少なくない数、もしかしたらという可能性に掛けていただろう。五条悟誕生以降、抑圧されてきた呪詛師の生き残り。彼らはそれこそ、死に物狂いで悟の奪還と解放を妨害してくるはずだ。

 弱くとも己をよく知る呪詛師は、ともすれば高位の呪霊より厄介である。術式を理解し使いこなすには、真希にはまだ五年足りない。

 

「とりあえず付けた当たりから速攻で回ろう。手分けはしない。確実に一つずつ潰す。今は早さよりも確実性が欲しい」

「異議なし」

「同じく」

 

 経験豊かな二人に同意されて、安堵する。

 とにもかくにも、第一に壊さなければならないのは術師を阻む帳だ。これさえ開ければ、戦いの幅が大きく広がる。ついでに分断を兼ねた帳の張り直しを防ぐために、呪詛師を殲滅したくはあるが。これは高望みというものだろう。

 

「しかし、本当に帳の外で帳を展開なんてできるもんなのかね。しかも制作者と術者は別で」

「聞いたことないですよね。少なくとも私は無理。帳だって最低限のものしか張れないし」

「疑問に思うのもしゃーない。そもそも結界術を委託して張ろうって時点で異次元の話だ。今回はホント例外ばっかりだよ」

 

 走りながら話す。やはりというか、天与呪縛の影響で身体能力だけに限れば、真希が一段も二段も上だ。そのため、歩調は二人に合わせる。

 実のところ、縛りというのはそれほど簡単な技術ではない。単純な効果以外を求めると、そもそも縛りを結ぼうという時点で高等技術なのだ――曖昧な内容だと縛りが完結せず、デメリットだけを負いかねない。真依と真希のように――。こういった、他者に事象を依存しながらも高い効果を出すなど、正気ならまず考えない。どれくらい意味不明かと言えば、縛りを多重に、しかも絡まるように結んで術式を変質させた天童大地くらい頭がおかしい。

 

(この馬鹿みたいに強固な帳をどうにかしたって事は、悟の封印解除も期待できる)

 

 帳の下手人はどう考えても格上。下手したら特級呪術師に匹敵するかもしれない。これは大地か、解放された悟に任せるしかないとして。二つか、できれば三つ。呪詛師の拠点を攻め落としておきたい。

 しかしそう上手く行くはずもなく、帳の内側から呪霊が溢れてきた。

 

「チッ。また後手かよ」

 

 舌打ちしながらも、そちらへと走るしかない。

 第二層の(呪術師、もとい一定以上の呪力を遮断する)帳に意図して穴を空け、そこから呪霊を解き放つ。協力者の呪詛師に対しては作戦成功の合図になるし、呪術師に対しては人間を襲わせる事で足止めにもなる。ついでに、戦闘能力の低い補助監督の妨害と情報妨害まで望める一石四鳥の策。ひたすらに嫌らしい。

 それでも、四級三級の呪霊だけであれば、まだ手間がかかるという程度で済んでいたのだが。穴から出てきたそれを見て、まあ当然いるだろうな、と思った。準一級……いや、一級ほどの力がある呪霊。幸いなことに、宿儺の指と比べるような化け物ではない。

 実際に一級なのかは解らない。呪霊が準一級以上と認定されるためには、生得術式の有無で分かれる。つまり、どれだけ膨大な呪力を持っていようと、術式を使わなければ二級なのだ。逆に言うと術式を使えばどれだけ弱くとも準一級扱いされたりと、割と面倒なランク付けである。目の前のそいつが二級だろうと一級だろうと、とにかく強いのには変わりないが。

 昆虫型、多分蝗だろうそれを標的に定めながら、真希は速度を上げた。

 

「猪野さん、何タイプ?」

「遠距離寄りの万能」

「私はいくらか中距離もできる近距離特化。私が前に出て、猪野さんが補助。野薔薇は基本待機だ」

「えー! 私も戦えますよ!」

「分かってる。お前は切り札だ。私か猪野さんがオトしたら、お前がキメろ。もしくは、お前のがキマったら、私が確実にオトす」

「あーなるほどー。了解っす」

「?」

「説明してる暇はないんで、今は普通に戦えばいいとだけ思っててください」

「あいよ」

 

 軽く返事をして、琢真は穴あきニット帽を顔が完全に隠れるまでかぶった。

 彼の姿に、野薔薇と二人して思わずぎょっとする。全身黒ずくめなのも手伝って、完全に不審者だ。もしくは特殊部隊を何かと勘違いした、なんちゃって軍ヲタ。

 視線に気付いて、彼は慌てて弁明した。

 

「いや、これは術式に必要な儀式だからね。顔隠してないと発動しないの」

「それは言われずとも分かってますけど……」

「どうしてもやましい事があるようにしか……」

「くそぅ、最近の後輩は棘が強い」

 

 猪野琢真21歳、時たま自分の術式にコンプレックスを抱くお年頃だった。

 馬鹿なやりとりはさておき、蝗呪霊にほど近くなったところで、真希は腕を振る。何も持っていない筈のそこには、棍が握られていた。他者からは、いきなり武器が現れたように見えただろう。

 

「呪術師、だァ!」

 

 蝗呪霊がこちらを目視して、照準を切り替える。やはり、優先的に呪術師を狙うようになっていた。

 これで分かったのは、ある程度知能、というか意思疎通ができる呪霊は優先順位を設定されている事。そして、ただの捨て駒である事。

 圧倒的な優位を持つのだから、策略を張り巡らせればいい。相手には、それが簡単に思いつく頭脳を持つ者がいる。それでも策を弄さないのは、実行力がないからだ。シンプルにおつむが足りない。

 呪霊が持つ知性とは、概ね等級に比例する。強い呪霊ほど、高度な知性を持つわけだ。知性を持てば強いというわけではないし、特級でも獣のような存在はいる。あくまで傾向と言うだけでしかないものの。呪力以外の指標となる程度には、信頼が置ける。

 そして、会話ができれば作戦通りに動けるという訳でもない。この蝗は、どれだけ強くともやりやすい部類だ。

 

(相手は腕四本、昆虫型の呪霊は総じて素の身体能力と防御力が高い。おまけに生命力も。多分、空も飛ぶなり跳ねるなりくらいはしてくるだろ。ならやるべきは……)

 

 逃げない内にとっとと手足の一本をもぎ取って、野薔薇に渡す。

 真希が再度腕を振る。先ほどの軽い調子とは違って、今度は渾身の力で。真希と蝗呪霊、彼我の距離は20メートルを優に超える。棍の長さは、せいぜい2メートル強といった所だろう。当たり前に届くはずもない距離を――しかし、真希の一撃は切断した。

 

「!?」

 

 当たるはずのない攻撃で右腕二本を落とされ、蝗呪霊がぎょっとする。痛みこそないようだが、確実に判断は遅れていた。

 

「猪野さん! 腕を野薔薇に!」

「あいよ!」

 

 琢真の手から、式神が高速で射出される。未だ宙に浮いている腕をすくい上げるようにして貫き、野薔薇の前に落とした。

 

「おっ……」

 

 飛んできた腕を地面に叩き付け、両腕を大きく振るう。片手に釘、片手に金槌。黒閃を経験したせいか、藁人形という触媒なしに術式を発動出来るようになった彼女は、千切れた腕に思い切り釘を突き刺し、金槌で貫いた。

 

「しゃぁァ!」

 

 共鳴り――共鳴した呪力が、蝗呪霊の致命的な部分を叩く。

 呪力差と強度の問題か、はたまた部位が悪かったのか、必殺には至らなかったが。とどめの一撃をくれてやる分には、十分な隙だ。

 先ほどとは打って変わり、鞭のようにしなるそれ。真希の尋常ならざる膂力で振られ、先端は軽く音速を超える。周囲にある障害物をたやすく破砕しながら、蝗呪霊の首を刎ねた。

 

「ダメ押しだ!」

 

 さらに、宙を舞う頭部に向かって。今度は威力を優先した琢真の式神が迫り、粉々に吹き飛ばす。

 呪力の喪失反応を確認してから、琢真がニット帽を上げた。

 

「遠近バランス良く配置されて、打撃力もある。いいチーム編成じゃん。さすがは夜蛾サン」

 

 苦も無く一級を祓えたことで、少しばかり士気が上がる。

 

「てか君の呪具……呪具? 凄いな。初めて見るけど」

 

 再び走り始めながら、どこか疑わしげな琢真の視線。

 基本的に、使い手の創意工夫で強くなったのではない術式や呪具は広く知られている。例えば十種影法術などが代表で、これは()()使()()()()強力な式神を使役できる。詳細は伝わらないとしても、大雑把な特徴くらいは知られているものだ。

 呪具も同じだが、こちらには一つの特徴がある。それは、術式と違って勝手に生まれる事が極端に少ないという点だ。とりわけ一級以上の呪具は、呪術師呪詛師関係なく、全員が知っていると言っていい。

 そりゃ気にするだろうな、と真希は思った。

 未確認の飛び抜けた呪具など、下手せずとも特大の地雷だ。

 ここで術式ごと秘匿する事もできるが。変なしこりを残すリスクを考えれば、素直に言ってしまった方がいい。

 

「私の術式は構築術式なんすよ」

「こうちく……呪力を物質に転換するんだっけ?」

「概ね合ってます」

 

 実際は全然違うが、結果だけ見れば変わらないので指摘しないことにする。

 

「で、構築術式で生み出した物って、やたら使用者の呪力と親和性高いんすよね。それで私は液体金属を作って、呪力で操作して形や強度を操ってるって訳です。呪具化してるのは、四六時中呪力を流してたから」

「構築術式ってそんなこともできんのかよ、すげえな」

「ま、手っ取り早く強くなるための、苦肉の策ですけどね」

 

 実際、想定していたのは液体金属の操作までで、呪具化は完全に棚ぼただった。はっきり言って、当初はこんなことをするよりも呪具を持った方が強いと考えていたし。呪具化する以前は、呪具が使用不能になった時のサブウェポン、あくまでその程度だった。

 

「釘崎ちゃん知ってたの?」

「もち! 真希さんの力であれ振られるとガチにやべえっすよ。全然近づけない」

 

 まあ、と小さく前置きをして。

 

「真依の方がやべーけどな」

「? なに?」

「なんでもないです」

 

 誰も知らない事実。恐らく、真依と繋がりが濃くなった真希だけが解っている。

 真依は弾丸を作る際、中央にわざと物質化しきらない曖昧な呪力を込めていた。そこに他者の術式を込めることで、擬似的に複数の生得領域を持つ事に成功している。あまり複雑な術式は再現不能なようだが、不義遊戯(ブギウギ)に傀儡操術、簡易領域などは代理運用できる。

 悔しいが、術式においては一日の長どころではない差がある。

 帳の中に満ちる呪霊は増すばかりで、いよいよ百鬼夜行染みてきた。

 まだこちらは何一つとして達成していない。戦いはこれからが正念場だ。

 愚痴の一つも吐く暇はなく。夜ははじまったばかり。

 

 

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